2007/06/29
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カテゴリ: 物語

  第1章 1-03【異質】
シャルロットSIDE


  聖宮の入り口に差し掛ると、左右に控えた警備の護衛官が口々にアアル=セナートルの御名を唱え聖印をきるとメナディエルの祝福を求めてくる。
  高位聖職者の手の甲に接吻する行為は『祝福のキス』と呼ばれメナディエル聖十字教の信者にとっては儀礼上の意味がある。私自身はメナディエルの信徒ではあるが在俗者でしかない。だがリュズレイの血筋とその特殊な女系血統に連なる伝統は、女神メナディエルの祝福に結び付けれら、今でも神聖視されている。
  アレシャイムは【メナディエル聖十字教】【リエルローザン神教】大陸2大宗教の根源ともいえる古代神アアル=セナートルを奉る地ではあるが、その御名は既に象徴的なものでしかなく、教皇庁内部も一部の古参者を除き殆どの者はメナディル又はティークの敬虔な信者であった。
  2人の護衛官は目前で恭しく跪くと、はやる気持ちを抑えきれないのか我先にと私の差し伸べた左手の甲に『祝福のキス』を求める。
  私に対する幾分大げさにも思える振る舞いから、この2人の護衛官は共にメナディルの熱心な信者であるようだ。

  この地での信心の深さを問いても無益な事だとわかってはいたが、多少どころかかなり辟易としていた。今まで、対人以前に外界との接触を最小限に抑え育てられてきたのだから致し方ないのだけど…
  事前の覚悟がなかったら逃げ出したい気分だ。
  そして、それにも増して頭痛の種は目の前のプルミエールだった。


  程なくすると、聖宮内部の祭典・祭事用にと造られた『白の間』の入り口が見えてくる。
  目の前で他者を威嚇しつつ弾むようなステップを器用に踏む妹に続き、大理石で造られた白い壁の広間に入ると、その雄大な造りにしばし圧倒されてしまった。
  高い天井には神代のものであろうか、壮大な天井画が描かれていた。
  いみじくも、白の大広間へと現れた私とプルミエールのドレスにあしらわれた紋章を視界に認めた列席者から既に耳慣れてしまったざわめきが漏れる。
  続けて各国の居並ぶ重臣や廷臣の間から敬虔と奇異の目が向けられる。多少感じられる敵愾心はリエルローザンの信徒から向けられているのだろう。

  リュズレイの古めかしい仕来りから解き放たれ外の世界に触れてから幾度と合間見えた視線である。
  リュズレイの第一嫡女(長女)は成人するまでの間、俗世との接触を絶たれ、城と屋敷の往復時以外は1歩も外に出る事を許されない。それどころか血縁者以外の人間に顔を見せる事も禁じられていた為、常に頭からダオロスの布と呼ばれるヴェールの着用を義務付けられていた。
  私自身、成人の儀を迎えるまでは、外界を本の中の世界として程度の認識でしか捉えていなかったのだから、周りの物珍しげな視線に関して不満や懐疑の感情を抱く事はなかった。外の生活に慣れるまでは私も同じ視線を周囲に投げかけていたのだからお互い様である。

 「ぬぅー…おバカどもにプルがれいせつのなんたるかをたたきこんであげましょーか?」

  きっとこの広間内で一番礼節から縁遠いであろう人物が一言。
  妹の不審な動きを目の端に捉えた私は危険物の首根っこを右手で押さえこむ。
  そのまま周囲を見渡すと、プルミエールを掲げた方向の人間が面白いように視線を逸らしていく。

  ふと、その中に貴紳・淑女にとり囲まれた一つの集団がある事に気づいた。

  理由は直ぐには分かった。
  その中心にいる男女の一対。
  女性の方は白蝋のように白い肌の人物。悪趣味なまでに金銀珠玉で飾り付けられた礼服に身を包み、ぞっとするような喜悦の笑いを浮かべている。

  ―女の名はファティマ・イス


  そして、【メナディエル聖十字教】において異端審問の総てを司る最高顧問でもあった。

  教皇不在の使徒座空位と呼ばれるこの期間においてのみ、その権力は最高位に措かれている。
  フォン=ヴァレル大教皇崩御に伴い次の聖座に座る者がアレシャイム枢機卿7人の投票によって選出されるからだ。
  政治と宗教が密接に関係しているバールペオルでは、次期教皇の選出は大陸での覇権争いに於いても大きな影響を与える事になる。教皇選挙の際に新教皇との間に深い信頼関係を結ぶ事ができれば後の宗教裁判や教会運営を有利に進めることができるのだ。
  【メナディエル聖十字教】・【リエルローザン神教】共に現在、水面下での駆け引きは熾烈を極めているのだろう。この2大神教の対立はベルムーテス大公国とヤガ=カルプフェルト王国の代理闘争とも言えるものだ。

  現枢機卿位にあるものはヴィルヘルム卿、ハンス卿、マグヌス卿、ルイーズ卿、アンヌベルク卿、カルロ卿、ファティマ卿の7名だ。
  その内、ファティマ卿、ルイーズ卿は【メナディエル聖十字教】。ハンス卿、アンヌベルク卿は【リエルローザン神教】の敬虔な信者である。
  それ故、教皇選挙において重要となるのはヴィルヘルム卿、マグヌス卿、カルロ卿の持つ浮動票という事になる。
  けれど、メナディエルの信徒としては不心得かもしれないが、今の私にとっては教会の勢力争いも、国家間の利害関係もどうでもよいものだった。

  どちらにしても出来るだけファティマ卿とは係わり合いになりたくはなかった。それは彼女の傍らにいる男の事もある。
  周囲の人間とは明らかに違った存在だと認識せざるを得ない。それは地位や体格の為だけではなく、その本質、魂が私達とは根本的に違うからだと私は思う。
  周りにいる人間はあの如何にも人が良さそうな柔和な笑顔に騙されているのか、もしくはその権威の傘にでも入ろうという打算的な考えで近づいているのだろう。
  叔父様もこの2人にだけは気を許してはいけないと日頃から念を押していた。
  出来るなら気づかれぬまま人混みに紛れ込みたかったのだけど、望まぬも視線があってしまった。
  人垣が左右に割れるとその傍らに寄り添うように佇んでいる小さな影が目に入る。

  「ディール殿下!?」

  私の驚きの声に答えるかのようにその男はディール殿下を伴い背中まで伸びた白髪を揺らしつつ大股で近づいてくる。
  私とは同色であって異なる深紅の瞳。ファティマ卿と同様に病的なまでに青白い肌。だがそこには決定的な違いがあった。人工的な手段で白く染め上げられたファティマ卿の肌とは違い、この男は先天性のアルビノだった。
  側に引き寄せているプルミエールがドレスの袖口をギュっと掴んでくるのを感じる。

  「これはこれは大陸でも美姫と評判のリュズレイの姫君に、このような席でお会いできるとは光栄の至りです。神の思し召しに感謝せねばなりません」

  時期を考えれば明らかに不適切な発言だが私の視線はディール殿下に釘付けだった。
  国の行事の際に王族が着る祭儀用の衣装に身を包んだまだ年端もゆかぬ少年。
  その年齢よりも遥かに聡明そうな顔立ち…
  だが、常に生き生きと輝いていたその瞳からは全ての感情が失われてしまっているように思えた。

 「ふがふが・・・んぐぅ」

  「アルストファー公王陛下にはご機嫌麗しく。それにディール様にもお会いできて光栄です」

  紅玉の瞳から表情を消し相手を敬う言葉とそれに反する挑発的な意味をあえて含ませる。
  本来ならここでアルストファーを称えるべき呼称は『大公』であって1国の長である『公王』ではない。
  彼がその地位についた敬意を考えれば痛烈な皮肉に聞こえたはずだが、少なくとも表面的に動じた気配は見せなかった。

  「それにしても貴女がここに来るとは本当に思ってもみなかった事です。どういった心境の変化ですかな?」

  そういって愛想良く言葉を返してくるが、そこには私の内心をさぐるような気配が含まれていた。
  『籠の中の姫君』とまで噂された私がなんの理由もなくリュズレイという名の『籠』をでるとは思えなかったらしい。

  「もちろん、フォン=ヴァレル大教皇聖下の死を悼んでの事です。それに、どうしてもお会いしたい方がいらっしゃったので…」

  お兄様の事は伏せつつ慎重に言葉を選ぶ。

  「ほぅ、その者が誰かはわかりませぬが、羨ましいかぎりですな。シャルロット姫がそこまでご執心されるとはの。だが気をつけることですぞ、その気持ちを利用してよからぬ事を企む輩もおるかもしれませぬからな」

 「ふがふがふが… ががぁ~」

  不意に、アルストファーの視線が私の両腕に抱え込まれるように口を塞がれているプルミエールに落ちる。

  その視線に気づいたプルミエールがジタバタと暴れだすが、私は諸々を遮るように言葉を返す。

  「リュズレ家の人間は女性であっても、自らの身を守れるぐらいの武芸の嗜みは皆心得ています。ご心配には及びません」

  アルストファーは満足そうに頷くと、

  「それほどの強い意志をお持ちならいらぬ心配だったようですな。それに聖宮内の警備は厳重、賊が入る心配はない。武芸の嗜みもココでは無用の長物でありましょう。先ほど助言は心の隙をつかれぬようにといった、ただの老婆心です。どうかお気になされぬように…」

  聖宮内部には防衛の関係上、護衛の付き添いも許されていない。
  モチロン帯剣も認められない。
  ここで帯剣を許されているのは、教皇直属の聖宮護衛官だけになっている。
  それに、内部にはいくつもの対魔法結界が張られているため魔法を使う事もかなわない。

  (でも、もっとも危険な生物が目の前にいらっしゃいますけど…)
  そう思ったが流石に口にはださなかった。
  私はそろそろこの場を切り上げた方が良いと感じていた。
  これ以上ここにいても得られるものはないように思えたからだ。
  …少なくとも目の前にいるディール殿下は私の知るあの聡明で無垢な少年ではない。
  この会話中にも人形のように生気を失くしたお顔から感情の変化を読み取る事は叶わなかった。

  「そういえば、ウィルホード殿は見えておられぬようですな?領国内の不祥事の後始末にでも追われているのかな?」

  アルストファーが会話の終焉を予期し気を緩めた私を見計らったかのように切り出してきた。

  それは全てを承知した上で私の心情を逆撫でするような言葉。
  一瞬、感情的になりそうな自分を抑えきれなかった私は…

 「しょあくのごんげがよくいいますねー。そ・れ・にっ!!、半屍族のブンザイでえらそうにですぅー」

  厳重に捕縛作業を遂行していた両腕の力を思わず緩めてしまっていた。
  『しまった』と思った時には既にもう遅い。






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Last updated  2007/06/30 03:53:01 AM


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11/08/11(木)
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>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
0-00【聖女】
0-01【妹姫】
0-02【夜冠】
0-03【聖船】
1-00【世界】
1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
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13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
>>月ノ章 4-07【霊廟】
13/07/15(月)
>>月ノ章 4-06【真因】
13/07/01(月)
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13/06/17(月)
>>月ノ章 4-03【技師】
13/06/10(月)
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13/06/04(火)
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13/05/15(水)
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11/02/20(日)
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11/02/14(月)
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11/02/07(月)
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11/01/23(日)
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11/01/18(火)
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11/01/12(水)
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10/02/07(日)
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10/01/27(水)
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10/01/21(木)
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09/11/16(日)
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09/11/09(月)
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08/08/27(水)
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08/06/13(金)
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※以下略
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
0-03【双子】下
1-00【日常】
1-01【慧眼】
1-02【聖船】上
1-03【聖船】下
1-04【妹姫】
1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
2-02【灯台】中
2-03【灯台】下
2-04【国境】
2-05【女難】
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2-08【転換】
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3-02【思惑】
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3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
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4-01【因縁】
4-02【再会】
4-03【技師】
4-04【出立】
4-05【奇縁】
4-06【真因】
4-07【霊廟】
4-08【奈落】上
4-09【奈落】下
4-10【祟神】上
4-11【祟神】下




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>>血ノ章 4-08【姫妹】
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※以下略
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血ノ章【ラグナウェル編】
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0-01【血契】
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3-04【船旅】下


3-05【真実】


3-06【魂牢】上


3-07【魂牢】中


3-08【魂牢】下


3-09【神娘】


3-10【聖座】


3-11【終焉】完


【†ミューク篇†】推敲中


Ж―†【月ノ章】†―Ж


0-00【屍族】


-0-01【双子】上-


-0-02【双子】中-


-0-03【双子】下-


1-00【日常】


1-01【慧眼】


1-02【聖船】上


1-03【聖船】下


1-04【妹姫】


1-05【脱出】


-1-06【余談】-


2-00【呪地】


2-01【灯台】上


2-02【灯台】中


2-03【灯台】下


2-04【国境】


-2-05【女難】-


2-06【幻影】


2-07【血渇】


2-08【転換】


3-00【金策】


3-01【月兎】


3-02【思惑】


3-03【水都】


3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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