2007/07/22
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カテゴリ: 物語

  第1章 1-06【焦燥】
シャルロットSIDE


  繊細な絵柄の施された白銀製のカップからハーブの豊かな香りが心地よく漂っていた。


「シャルロット様の想い人はラグナ様でしょう?」

「なっ!?」

  ファティマ・イスの余りにも唐突な問い掛けに私は言葉を失う。口に含んでいた水分を思わず吐き出しそうになる。
  その後、彼女の言葉に含まれる意味に気づくと、羞恥心で一気に頭に血が上る。傍から見れば目に見えて頬に朱がさしていることだろう。私は自らの狼狽を隠すように不躾な言葉を発したファティマ・イスをきつく睨む。

「どのような意味があってそのような事を仰られるのですか?」

「うふふ、肯定も否定もしてはいただけないかしら?これから話す事に大変関わりが深い事なのよ」

  ファティマ・イスはまったく怯むこともなく話を続ける。

  お兄様は私を誰よりも大切にしてくださっていたし、私もそんなお兄様をお慕いしていた。2人の必要以上に親密な関係に良からぬ噂がたったのも一度や二度ではない。不謹慎だったけれど私はそんな噂がたつのが少し可笑しくもあり、嬉しくもあった。勿論、私もお兄様もその類の話をまったく意に介してはいない。一番過敏に反応していたのは第三者のプルミエールだったぐらいだ。面と向かって部外者と言ったら物凄い剣幕で怒り出すか泣き出すかでしょう…けど。

「そうですわね、少し意地悪だったかしら…では、答えやすい質問に致しましょう」

  ファティマ・イスは手にもった杯を口元で傾け芳しい香りを漂わせる液体を喉に流し込むと、視線をこちらに合わせてくる。

「シャルロット様はなぜこのアレシャイムに?」

  (また、その質問…)

「私が教皇様の死を悼んでは可笑しいですか?」

  私は抑えた声で反論した。今日は本当に同じような質問を幾度もされる日だと思う。そんなに私がアレシャイムに来たことが不思議に思えるのだろうか?

  …いや、誰の目にも他の目的があるように見えてしまうのかもしれない。

「可笑しくはないわ。でも、そうね…私も、シャルロット様と同じ人物に興味があるといったら質問の意味がおわかりになるかしら?」

「・・・」

  それが誰かなど聞くまでもない。ファティマ・イスが指す人物はお兄様の事だろう。


「ファティマ様がお兄様を『贖罪の牢獄』に収監せしめたのですか?」

「そのように怖いお顔はおよしくださいませ。放っておけば送還先のニクネヴェンで有無を言わせず裁かれていた『貴女の大切な』お兄様でもあるラグナ様を救い出したのは私ですよ。公国や王国とは違いアレシャイムではどのような重罪者にも死罪を禁止しています。故に暫くはラグナ様の命の安全も保障はされています」

  『貴女の大切な』という部分を殊更に強調した物言いに再び羞恥心を煽られる。
  そんな私の様子に彼女は口元を僅かに緩めると話を続ける。

「勿論、何事もなくそのような行為に及べば教皇庁への不満や猜疑の目はさけられません。私個人の感情では不本意ではありましたが、ラグナ様には然るべき罪を負って戴いてはいます」

「まさかっ…!!お兄様に接触する機会を得るが為だけに異端者の容疑をかけたのですかっ!?」

  私は怒りのあまり奥歯を噛み締める。
  異端者として投獄されたのならば尊属殺の罪の軽減など端から不可能だった。
  死罪がないとは良くいったものだ。異端審問にかけられた人間の殆どは聖審と称した拷問の中で命を落としているのだ。形式的に死刑がないのもその必要がないからだとも言えた。

「そう思われても致し方ないわね。あのままラグナ様が罪人としてニクネベェンの牢獄に投獄されていたら私には何も出来なくなっていたわ。こうする事がラグナ様の為でもあったのよ」

「お兄様が聖審にかけられているのなら今すぐに辞めさせてくださいっ!!」

  自らの激情を隠すことを忘れ机越しにファティマ・イスに掴みかかる。彼女は私の両手を振りほどく事もなく苦々しげな調子で瞳を閉じていた。
  目の前のこの女が許せなかった。だがそれ以上に憎悪の対象であるこの人物の力を借りなければ何も出来ない自分が情けなかった…

「残念だけどラグナ様の異端審問に関しての権利は既に私にはないの…どうやら裏で取引していた事を誰かに嗅ぎつけられたようだわ」

  言葉がみつからない…

「…それで、お兄様は今何処に?」

  ファティマ・イスに伸ばした腕を引き寄せると血が滲むほどにこぶしを握り締める。
  彼女は私がアレシャイムに訪れた真の理由を感づいているのだろう。このような話を持ちかけてきたのもそれを利用する為であろうから。

「それをお教えするにはまず、貴女の協力が約束されていなければなりません。これは私にとっても危険な賭けなのよ」

「最初の質問にならお答えする必要はありません。ここに来た理由についてなら、既に察しはついていらっしゃるのでしょう?そして私は全てを捨てる覚悟でここにいます」

  自分の持つ手ごまが十分な取引材料となることを確信したのか静かに頷くファティマ・イス。

「…いいでしょう。それを質問の答えとして受け取っておきます。私と貴女の利害はラグナ様の無事を望むという点に於いて対立する事はありません。それだけは覚えておいてください。…貴女のお兄様は『贖罪の牢獄』の最下層に位置する屍血の間に収監されいるはずです」

  長いレース状のカーテンが吹きつけた風に揺られ、窓から差し込んできた月の光が赤い絨毯の上に落ちる。月明かりと室内の光源、双方に照らされたファティマ・イスに2つの影が現れた。そしてその2つが同時に胸元でメナディエルの聖印をきると私によって乱された胸元を整える。

「これ以上、聖審が長引けば命の保障は私にも出来ないところです。最下層は一部の特権を持つ者とそこに収監される罪人、そして拷問を執行する処刑人のみが立ちいれる場所です。私自ら牢獄の最下層に赴き、隙を見てラグナ様を連れ出しましょう。シャルロット様は聖宮を脱出する準備を済ませておいてください」

「私も連れて行ってください。お兄様の為にならどのような事でもいたしますから…」

  暫く何事か思案していたファティマ・イスだったが迷った挙句に、私の決意を汲み取ってくれたのか、ゆっくりとだが頷いてくれた。

「お気遣い感謝致します」

「断っても、無理にでもついて来る気だったのでしょう?でも条件があるわ。この聖宮内では例え相手が誰であろうと油断だけはしないようにお願いします」

「それはファティマ様にも言えるのでしょうか?」

  私の皮肉に僅かに小首をかしげたが、その後、楽しそうに笑みをつくると、ぞっとするほど淑やかな口調で肯定の言葉が聞こえてきた。


今回はちょっとお話が短いのですが、それには理由があります。
次のお話がほぼ全て幼少期のシャルロットの心理描写と生い立ち、
そして死んだ母親と兄であるラグナへの想いになる予定だからです。
ちょうどここが区切りが良かったのです。

次回のお話のタイトルは 『籠姫』 です (*゜∀゜*)丿
結構早めにUPします…はず…かも…きっと…





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Last updated  2007/07/23 03:38:44 AM


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3-02【決断】
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3-04【船旅】下
3-05【真実】
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3-02【思惑】
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3-07【取引】上
3-08【取引】中
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