2007/07/24
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  第1章 1-07【籠姫】
シャルロットSIDE


コツコツコツ…

  聖霊音祭が催されている宮殿とは別に、その裏手に在る古い神殿へと繋がる石畳に靴音が響く。
  宮内に取り付けられた蛍石の光源に2つの影が照らし出される。自然蛍石に青白く浮かび上がる魔術文字からそれらに恒久処理が施されているのがわかる。

  ―聖神殿エンシェントガーデン

  そう呼称される古き神殿こそが、この聖地に建築された最初の大聖堂でもあった。そしてその地下には『贖罪の牢獄』と呼ばれる大陸でも最も古き牢獄が展開している。現在、神殿都市セラディムの市街地に建築されているレムギサロス大聖堂は第12代大教皇と伝えられるアルフォンヌが己の権威の象徴として建造させたものだとされている。『双貌の使徒』と称されたアルフォンヌは自らの性を男と偽って教皇の座についた最初の女教皇でもある。とても才覚のある人物で、アレシャイムに蔓延していた卑しき風習や凝り固まった慣わしの殆どを廃絶した人物として名高いが、彼女が聖座についていたという記録は不完全で、現在では彼女の存在自体の信憑性も疑われている。格言う私自身のアルフォンヌ大教皇に関する知識も口承で伝わったものを人伝えに聞いただけなのだが。

コツコツコツ…

  …それにしても、もう随分長い間、床を叩く硬質な音を聞いている気がする。
  半歩前を黙々と歩く美女の横顔を軽く覗き見る。殆どの人間は彼女の死に化粧のような奇異な風貌に目を奪われがちだが、彼女にとってそれらは自らの感情を覆い隠す為の仮面なのかもしれない。ファティマ・イスの出生については謎に包まれていたが、噂ではどこぞの没落した名家の出身だとも言われていた。幼い頃に預けられた修道院で目覚しい学業の成果をあげ、聖都の聖堂学院に特待生として招かれたらしい。学院に於いても聖書の知識で彼女を越える者は存在しなかったという。ファティマ・イスはその類稀なる才気によって多くの尊敬と権威を獲得して今の枢機卿という地位についている。



「でも、正直驚きだわ」

  ファティマ・イスは真っ直ぐと前を向いたまま話しかけてきた。

「何がですか?」

「お気を悪くなさらないでね。巧くいえないけれど、貴女はもっと淑やかで慎重な人間だと聞いていたから。ラグナ様の存在が貴女をそうさせるのかしら?」

  彼女の視線が僅かだがコチラに向けられたのを確認し、それに応えるようにゆっくりと首を横に振る。
  私は周りが思っているような、冷静で穏和な人柄などではない。幼い頃から自らの心を硬い殻で覆って生きてきた。そうしなければ私の心はとおの昔に壊れてしまっていただろうから。

「これが本当の私です」

  柔らかく微笑みながら様々な感情の入り混じった視線を投げかける。そこにこの冷徹な女性は何をみたのだろうか?私は初めてファティマ・イスに自らの素顔を見せた気がした。

  生まれ落ちたその瞬間から、リュズレイのしきたりに呪縛され『籠姫』として育てられた私は、周りから一人取り残されるような恐怖心に常に蝕まれていた。物心がついた時にはただ一人を除き、他の誰にも心を許さずに生きている自分がいた。そんな私にとって唯一の心の拠り所はお母様の存在だった。私と同じ境遇で育てられたお母様は私の心の内を誰よりも、私自身さえよりも良く理解してくださっていたのだろう。私をそのぬくもりで常に包み込んでくれていた。

  だが、私にとって唯一の安らぎの場は程なくして失われる事になる。まだ7歳だった私にとってお母様の死は受け入れがたい事実だった。自らの全てが失われたかのような衝撃に私は以前にまして心を閉ざしていく。

  ―私は全てを拒絶する事により自らの感情を閉じ込める牢獄を創りだした。


  私にとって自分以外の人間は全て異質だった。教えられた礼節に則った機械的な反応しか示さない私に好んで近づこうとするものはいなかった。

  ―私は人間とは同種の存在から異質なモノを探し出しそれを排除する生き物だという事を学んだ。

  お母様の死から半年が経つ頃には、身内とすら最低限の礼節を保つ為の会話しか交わさなくなっていた。私にはそれ以上の事を望まれていないように思われたからだ。大人達はそれでも積極的に語りかけてきたが、すぐにそれが無駄な努力だと気づいたようで、まるで腫れ物に触るかのようにだんだんと距離をとっていった。

  ―私は壊れかけた人形のように振舞う事で鬱陶しい大人達を遠ざける術を心得ていく。

  生きながらにして人形に成り果てた私にも兄妹というものがいた。だが、その存在を意識した事はなかった。妹は話し相手としては幼過ぎたし、お兄様はとても利発で活発な性格だったらしく、幼くして王立学院の寄宿舎に入って英才教育を受けていたからだ。王城内で時折お見かけしたお兄様の周りには常に人の輪が出来ていた。

  その頃からだ。お兄様が学院の合間に城を訪れる機会が次第に増えていったのは。私の私室にも度々訪れるようになり、その度にお兄様は私が聞いていようといまいと関係なく他愛もない話をするようになっていた。

  私は最初、それをとても鬱陶しく感じていた。身近に他人がいる事により常に感情を抑えこまなければならなかったからだ。でも私がどんなにそっけない態度を取ろうともお兄様の心は変わらなかった。
  大人達とは違い、無感情な私から離れていくどころか不可侵だった場所にまで踏み込んでくるその様子に私は一種の苛立ちさえ感じ始めていた。

『私に構わないでくださいっ…!!』

  ある日、閉ざしたはずの心に踏み込まれることを恐れた私の不安や恐怖が一気にあふれ出した。私は無我夢中でお兄様に自らの激情をぶつけていた。

  でも、それは今思うと怒りでも不安でもなかったのかもしれない。

  ―私は泣いていたのだから…

  そんな私に最初に気づいてくれたのはお兄様だった…私は自分が泣いている事にさえ気づいていなかった。
  お兄様の腕の中で私は始めて他人に涙を見せる心地よさを知ることとなった。

『シャルはもう少しワガママを言えるようになったほうがいいかもな』

『…でも、私は誰にも迷惑をかけたくはないのです…お兄様はそんな私でも良いのですか?』

『そうだね。ワガママを言えるって事はシャルがその相手に心を開いているって証だから』

  …お兄様の胸に顔を埋めたまま私はもう少しこのままでいたいと掠れるような声で呟いた。

  ―私は想いを伝える事の大切さを始めて教えて貰った。

  それからのお兄様は毎日私の私室に訪れるようになった。話に聞くと周囲の反対を押し切り王立学院を辞めてしまったらしい。
  次第に私にとってお兄様と過ごす時間は当たり前の時となっていった。
  嘗て、お母様がそうしてくれたように、夜、ベッドの中で子供向けの童話を読んでくれるお兄様の声を聞きながら、そのぬくもりに包まれて眠る事に安心感を感じるている自分に気づくことになる。

  それからは、お兄様の隣が私にとって唯一の安住の場となる。
  お兄様は泣いている私をいつも最初に気づいてくれる存在だった。私は初めて他の誰かの為に自分には何ができるのだろうと考えるようになった。

  ―私は人を想う心の大切さを感じることが出来た。

  母から兄へと繋がれたその想いは今も尚、私の心を心地よく縛りつける大切な絆だった。
  ある日、お兄様は人が変わったように、心を閉ざしてしまわれた。もしお兄様が一人では抱えきれない何かを背負っておられるのならば今度は私が側にいて抱きしめてあげる番だと思う。

  遠いあの日々に生まれたこの感情も、そうやって紡がれていくのだろう。

  (今の私をお母様は褒めてくださるかしら…)

  いや、考えるまでもない。あの人はいつも私の気持ちを一番に考えてくれていた。もし、生きていらっしゃったらきっと『頑張りなさい』と背中を押してくれるはずだ。

  私は瞳を閉じると幼心に鮮明に染みついたお母様の笑顔を思いおこし、その歩みに力を込めた。


いつも通り、誤字脱字・訂正箇所がたくさんありそうです。
小説には小説でしか表現できないものって確かにありますよね。
いつの日かそういったものを表現できるようになりたいと感じます。






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Last updated  2007/07/25 03:03:43 AM


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>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
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1-00【世界】
1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
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1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
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15/12/22(火)
>>月ノ章 4-09【奈落】
13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
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13/07/01(月)
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10/01/21(木)
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09/11/16(日)
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09/11/09(月)
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09/11/03(月)
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09/08/31(月)
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09/04/26(日)
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08/08/07 (木)
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08/06/13(金)
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※以下略
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
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1-00【日常】
1-01【慧眼】
1-02【聖船】上
1-03【聖船】下
1-04【妹姫】
1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
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2-05【女難】
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2-08【転換】
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3-02【思惑】
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3-06【捕竜】
3-07【取引】上
3-08【取引】中
3-09【取引】下
3-10【凶刃】上
3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
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4-01【因縁】
4-02【再会】
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※以下略
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血ノ章【ラグナウェル編】
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