2007/08/02
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カテゴリ: 物語

  第1章 1-09【霧想】
シャルロットSIDE


  ザザァーー…ザァーー…

  小さな帆船が夜のレベス湖を進む。
  船が通り過ぎたあとには、月明かりに照らされ僅かに白く輝く航跡が浮かんでは消えていく。

  私は、自分自身が何者かに用意された舞台の上に立つ登場人物のような錯覚を覚えていた。

  (お兄様の為にならどのような事態も覚悟の上)

  そう考えていた。勿論その気持ちに偽りはない。
  私達の目的はいざとなれば他人を害し、その生命を奪う可能性もあると頭では判っていた。
  だが、いざ目の前で人の死を目の当たりにすると、膝の震えが止まらなくなっていた。ファティマ・イスに手を貸して貰わねば船に乗り込むのも難が生じたほどの動揺振りだった。


  あの子を聖宮に残してくる事が本当に正しい判断だったのかも疑わしくなる。

  (…私はあの幼き日のままに未だ運命に流され続けているのだろうか?)

  今も自らの宿命から逃げる為に、お兄様を求めているのかもしれなかった。きっと、そこから私を解き放ってくると信じているからこそ…

「少しは落ち着きましたか?」

「…はい、大丈夫です。それよりも妹の事が心配になってきました…」

「プルミエール様の事は、ルミファに任せておけば大丈夫でしょう。彼女はとてもしっかりした娘です」

  ミュミュを追って窓から落ちかけたプルミエールを助けた侍女。
  執務室を出立する際、ルミファと名乗るその少女に私からも妹の事を頼んではいた。
  だが、相手はあのプルミエールである。流石に手に余るのではないかと思えてくる。

「…」

  深く考えていると妹とルミファという少女、どちらをより心配して良いのか判らなくなってきた…


「そんなにご心配かしら?」

「…いえ、きっと大丈夫だと思います。いざとなればヴィルヘルム様がアノ子を助けてくださると思います」

  私は自らの弱気を心から追い出す確かな名。恩師の名前をだす。
  ヴィルヘルム先生はアレシャイムでもファティマ・イスと同格の枢機卿位にある。
  先生とはアレシャイムに訪れた初日に言葉を交わして以来、話す機会が設けられていなかった。


「そういえば、ヴィルヘルム卿とは縁が深くいらっしゃるのですわね。あの御仁が御見方ならこころ強いでしょう」

「はい、ヴィルヘルム様には私と妹の家庭教師をして頂いております。今は専ら妹の方ですが」

「あの方から学べる事はとても多いはず。そう…もしかしたら、ラグナ様の事はヴィルヘルム卿にお聞きになったのかしら?」

「いえ、そういうわけでは…」

  ファティマ・イスの鋭い眼光に言葉を濁す。
  ヴィルヘルム先生からお兄様の事は固く口止めされていた。
  戸惑うような私の表情から何かを汲み取ったのか、彼女はそれ以上の追求をしなかった。

  2人が口を閉ざすと、聞こえるのは船の舳先が湖面を掻き分ける細波の音と、高地独特の風の囁きのみであった。
  あの細腕の何処にそのような力があるのかファティマ・イスは表情ひとつ変えずに風向きに合わせ、見事に帆の角度を調節する。その慣れた手腕から彼女がこういった帆船を操るのが最初ではない事がわかる。いや、その手並みは熟練の域に達しているように見えた。
  そういえば、アルハバネという土地に住む水上生活者達は、こういった帆船の扱いに長けていると聞いたことがある。そこでは生まれてから死ぬまで一度も陸地を踏まずにその生涯を終える者もいるらしいが、もしかしたら、彼女の出身はアルハバネなのだろうか?

  (でも、操帆の技術だけでそう判断するのは早合点すぎますわね…)

  それにアルハバネといえばサリナハームの南端にある街で、先の戦乱で流民となった最下層の人間が住む貧民窟としても有名だった。国からも市民権を与えられず。そこは国家の行政の対象から切り離された無法地帯でもある。ファティマ・イスと結びつく要素は少なすぎる。

  嘗てのヴィルヘルム先生の言葉を不意に思い出す。

『貧民窟にある憎しみや悲しみ、飢えと貧しさ…それらを知ることも王族としての大事な努めです。人は生まれながらにして平等ではありません。どうか世界から目を背け賜わぬよう…』

  指先で湖面にそっと触れてみる。

  (冷たい…)

  心は誰にでもあり、誰にでも感じられるもの。そこに触れることを恐れていては何も解決しない。
  お兄様が私の心の氷塊を溶かすことができたのも、私の心に触れることを恐れなかったからなのであろう。
  もし、目の前のこの女性の心に触れることが出来たのならば…

「ふふふ・・・。シャルロット様にそのように見つめられると、とても不思議な気分になってしまいますわね」

「えっ!? あっ…。もっ、申し訳ありません」

  遠い日の漠然とした、それでいて鮮明な思考に割り込む意味深な言葉に我にかえる。
  どうやら、先ほどからずっと帆を操る彼女の姿を見つめ続けていたらしい。
  月光が闇に浮かび上がらせる雪化粧を施したような彼女の姿は、まるで命のない人形のように思えてならなかった。

「別に構いませんわ。それよりも中央付近はレベス湖の中でも最も水深が深い場所です。気を抜いて落ちないようにしてくださいませね。漕ぎ手が一人になってしまっては大変だわ」

「はっ、はい」

  なんとなく、気恥ずかしい気持ちになってしまい彼女から顔を背ける。

  (…漕ぎ手?)

  その時になって、私は初めて周囲の異変に気づいた。
  レベス湖の中心に近づくにつれ周りの気温が下がっていくような錯覚を感じる。それに伴うように視界が次第に悪くなっていく。
  私が両手で肩を抱くような仕草を見せるのとほぼ同時に何かが水面に落ちる音が響く。

「ここからは、オールを使って進みましょう。エンシェントガーデンの周辺は常に湖面から発生する深い霧に包まれています。どのような作用なのか…この霧の中では風を感じる事が出来ません」

  言われてみれば、先ほどまで船の帆を散々煽っていたはずの風が止んでいることに気づく。
  既に深い霧は、周りの全てを遮断するかのように立ち込めていた。
  まるでそこだけが時間の流れから切り離されているとでもいうように…

  ギィ…ギィィ…

  なんとか重いオールを二人掛かりで動かし続けていると。不意に、濃霧の中に巨大な山のような影がぼんやりとその姿を現す。次第にはっきりとその輪郭を浮き彫りにしていく青白い影。
  孤島に到着する頃にはその全景を完全に曝け出していた。

「貴女を連れてきて正解でしたわね。私一人では途中で力尽きていたかもしれないわ」

  ファティマ・イスの冗談ともとれる発言に対し笑うべきかどうか迷っている間に、彼女は手際よくエンシェントガーデンの桟橋に船を着け。陸上の人となっていた。

「ふぅ」

  私は軽く息をつき彼女に倣う。
  改めて目の前の強大な建築物に目をやる。
  不思議な事に神殿が建立されている孤島には霧がかかってはいない。頭上から降り注ぐ月明かりが白大理石で造られた壮麗な神殿を、より神秘的に彩っていた。
  最初、このような場所が古来の礼拝の中心地だったとはとても信じられなかったが、今ならわかる気がする。

  ここはとても不思議な力で満ちていた。



眠いです…もう限界…
明日、見直してから改稿します…





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Last updated  2007/08/03 03:09:14 AM


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