2007/08/15
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カテゴリ: 物語

  第1章 1-12【呪夜】
シャルロットSIDE


「冗談は顔だけになさって」

  にべも無く軽口を封じられ、少し寂しげにみえるエドゥアルト。
  先行するファティマ・イスの背中を見つめながら、エドゥアルトと肩を並べる。

  牢獄の下層に到るにつれて、吹き抜けの中、闇の底から、僅かな空気の流れを感じるようになっていた。
  湿気を含んだそれは緩やかな上昇風となり、私とファティマ・イスの長い髪を撫でるように揺り動かす。
  流される髪を軽く抑えながら、永久に続くかのような螺旋階段を降る。

  (・・・)

  次第に風に運ばれるその空気に、得体の知れない臭いが含まれるようになる。

  きっと、その正体に気付いているのだろう。

  それが死臭だと私にもすぐ分かった。

  カツン――カツン――…

  聞こえてくる音は、靴裏が一定の間隔で石段を叩くリズムだけ。

「斬首台への階段を昇る囚人は、今の俺と同じ気分かもな」

「私たちは降っているのですけどね」

「違いない」

  揚げ足をとる私に、真顔で言葉を返すエドゥアルト。その後、彼は笑いながら鼻歌を歌いだす。
  前方から嗜めるような咳払いが聞こえてきたが、まるでお構い無だった。
  今はエドィアルトのそんな感性が羨ましくもあり、有難くもあった。
  この青年の醸し出す雰囲気は、何処かプルミエールに通じるところがある。

「どうやら、ここが最下層のようですわね」

  エドゥアルトに傾けていた視線を前方に戻す。
  目の前に突然、金属で作られた両開きの扉が現れていた。
  そこが螺旋階段の終点だった。
  内側にその顎を広げる吹き抜け部分、その闇の空間は更なる深淵まで続いているようだ。
  エンシェントガーデンの地下に広がるこの広大な空間は、『贖罪の牢獄』を造る為に、掘られたのだと考えていが。その様を見る限り、元から存在していた巨大な縦穴洞窟を利用して、この牢獄を建築したのだろう。

「私が…」

  そこまで言っただけで、私の意を理解したファティマ・イスが場所を譲ってくれた。

  扉には異質な紋章が描かれていた。
  記憶の済からそれが屍霊術で使われる『墓守』の印だと気づく。
  私の足音に微かだけど別の音が混じり始める…何か液体の様なモノが垂れる音…

  ピチャ・・・ぴちゃ

  目の前に聳える扉はまるで、別の世界へと誘う顎のように見え、

  ゴク…

  …

  (…お兄様)

  ファティマ・イスの言葉通りなら、お兄様はこの中に囚われている。
  だが、私はこの扉を開けることに恐怖していた。
  光から遮断された、こんな闇の底で、人間が無事でいられるとは到底思えなかった。

  何度か唾を飲み込む。
  何かが腐ったような臭いが扉の隙間から漂ってくる。
  もはや息をするのも困難な状況だった。
  私は口元にハンカチを当て、奇怪な細工の施された鉄扉に、無造作に手を置いたまま動けなくなっていた。

  (…ラグナお兄様)

  お兄様の名を、心の中で呪文のように繰り返す。
  じっとりとした冷たい汗が手のひらに滲んでくる。
  私はもう一度、古びた鉄扉を見つめて身を強張らせた。
  そのまま体をあずける様に腕に体重をかけると扉が軋みながら内側に開いていく。


  ――視界が紅く染まった――


  それとともに強烈な臭気が私達を襲う。
  私は後ずさろうとする両脚を鼓舞すると、室内に1歩踏み込む。

「うっ」

  口元をハンカチで塞いでいなかったら、悲鳴を上げていたに違いない。

「なに・・・コレ・・・?」

  まるで悪趣味な絵画のように室内の至る所に紅い斑模様が走っている。
  臭気の正体は死臭と腐敗臭が交じり合ったものだったようだ。
  床には幾つもの人であったらしい塊が飛び散っていた。
  それが、かろうじて人間だったモノだと判別できたのは、四肢をもぎ取られた胴体に、処刑人が纏う黒い衣装を巻きつけていたからだ。

  そして真正面、牢獄としては奇妙なほど豪奢な造りの石畳の上に、大きな十字架が立て掛けられていた。

「お兄様っ!!」

  そこに四肢を拘束され張り付けにされた人影を確認して、悲鳴とも歓声ともとれる声を張り上げる。
  呪縛から解き放たれたかのように、私はお兄様の元に駆け寄った。

「いけませんわっ!!」

  ファティマ・イスの静止の声も耳に入らなかった。
  室内に敵が潜んでいる危険性も、ドレスが血で汚れるのも、まったく厭わずにその身体に抱きつく。
  破かれた血染めの服を纏うお兄様のご様子に、不吉な予感が頭を過ぎる。
  が、その両腕が戒められた鎖からすり抜けると、私は不意にその両腕で抱きしめられた。

  抑えていた感情が溢れ出し自然に涙が頬を伝う。

「お兄様がいないと、私は死にたくなってしまうの…だから、もう一人にしないで…」

  私の言葉に返答はない。
  ただ、掻き抱くその腕に更に圧力が加わる。
  まるで、力加減がされていない。それは私を傷つけるようにきつく締め上げてくる。
  心の中から得も知れぬ不安が湧き上がる。

「ラ…グナ…お兄様…?…痛い…です」

  お兄様は苦悶の声をあげる私に、全く反応を示さない。

「リュズレイは一族揃って、馬鹿力かよっ!!」

  お兄様の腕を私から引き剥がす為に、エドゥアルトが背後から力を込める。

「だめっ!!」

  ファティマ・イスが迷いを含む緩慢な動作で、輪糸を振るおうする様子が視界の端に入り、私は慌てて声を荒げる。
  お兄様の事を必要とするファティマ・イスが、その命を脅かすような真似をするとは思えなかったが、私は僅かでもお兄様が傷付く様子を見たくはなかった。何より、それを許す気もない。
  そんなファティマ・イスとのやり取りの中、ひとり荒い息をつきながら、エドゥアルトは渾身の力を込めてお兄様の腕を引く、

  ――僅かに隙間が生まれる。

「くっ」

  ――ビリィィ…

  私は半ば無理矢理にお兄様から身を離す。
  お兄様の指先に挟まれた衣服が嫌な音を立てて引き千切れる。
  その鋭く伸びた爪先は私の白い肌に幾本かの赤い線を残す。
  先程、アトラック=ナチャの胃液で溶かされた部分が広がり、更に露出が多くなっていた。
  だが、今は羞恥心を感じている余裕はなかった。

「…どうなっているんだ」

  エドゥアルトの驚きの視線の先で、先程までお兄様だったモノは、奇妙な仮面をつけた処刑人の姿に変わっていた。
  私はその様子を呆然と見つめる。
  周囲を隅々まで見渡しても、ここに、お兄様の姿を確認することは出来なかった。
  僅かに生まれた希望が再び閉ざされた事の絶望は計り知れなかった。

  私はその場に両膝を落とすと、恥じも外聞もなく泣き崩れる。

「もう…イヤなのに…どう・・・して」

  ――唐突に、それは起こった

  何も無かった空間、そこに不意に生まれた質量。その渦状の何かに引き込まれるように周囲に飛び散った血液が収束していく。

『ようこそ♪人ならざるモノの領域へ…』

  ここで最初に私たちを出迎えた声は、やはりあの少女のものだった。

『ここはシャルロット・リュズレイ、貴女の為だけによういした特別な場所よ』

  見上げた私の前で、何かの奇妙な芸術のように、空中に留まった血液が見えざる技巧によって、ひとつのカタチに練り上げられていく。
  しばらくの後、それはひとりの少女を模ってそこに存在していた。

『初めまして、アタシはラールウェア=オルカザード。この地に存在する全ての魔術を統べる者』

  その名を聞いた瞬間に私は凍りつく。
  私を庇うようにエドゥアルトがその身を挺し、腰に携えた細剣を抜き放つ。

  ―オルカザード―

  血統アルカナ【魔術師】を継ぐ大屍族の血脈。
  魔術に携わる者、いやそれ以外の者であっても、その名を知らぬ者はいないであろう。
  オルカザード家は魔術の祖とも伝えられ。この世界に於いて、既に滅びてしまった魔術の系統及び、戒められた禁呪、その全ての知識を継承している由緒正しき家系である。
  そればかりか、旧時代の不完全な魔術のカタチを、現在の安定したものに再構築したのはオルカザード家の尽力が不可欠であったともされている。

「由緒正しきオルカザードのご息女が、何用ですか?」

  少女を模った血像の背後に回りこむようにして、ファティマ・イスが慎重に訪ねる。

『う~ん、本来の用事はもう終わっちゃったんだけどー。序に未来のお姉さまに、ご挨拶をしておこうと考えたの♪』

「お兄様を何処へやったのっ!!」

  私は直感的にこの少女がお兄様と関わりがあると感じていた。

『ラグナ様はもうここにはいないよ。それにアレはアタシのモノなの』

「何を…なにを言っているのっ!お兄様は誰のものでもありませんわっ!!」

  顔を上げ全てが紅で模られた少女を睨みつけるように怒気を放つ。
  未だ頬を伝う涙が床の上で弾ける。

『そうかもね。でも、アタシは違う。これはね定められた事なの。ず~と昔にアタシとアノ人が出会ってしまった時からね』

  そういって、少女がゆっくりと此方に手を差し伸べる。

『だって、誰でもない、アタシがそう決めたんだから♪』

  それを見咎めたファティマ・イスが、輪糸を少女の体に巻きつけるように放つが、液体で出来たラールウェアを傷つける事は叶わなかった。




  地獄の焔よ、我が古の呪約に従い

  彼の敵を灰燼とかせ



  少女の口が囁くように、謳うように、力ある言葉を紡いでいく。
  私を真っ直ぐに指したラールウェアの指先に巨大な力が収束していくのがわかる。

「魔術っ!?対魔法結界が通じないのっ!!」

  驚きの声をあげるファティマ・イス。

『それに、関係ないの…だって、アナタ達は全員ここで死んじゃうんだもん♪』


―――炎渦呪波―――






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Last updated  2007/08/15 07:45:46 AM


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1-01【神都】
1-02【古怪】
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1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
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2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
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3-08【魂牢】下
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
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1-01【慧眼】
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1-03【聖船】下
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1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
2-02【灯台】中
2-03【灯台】下
2-04【国境】
2-05【女難】
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2-08【転換】
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3-12【凶刃】下
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4-01【因縁】
4-02【再会】
4-03【技師】
4-04【出立】
4-05【奇縁】
4-06【真因】
4-07【霊廟】
4-08【奈落】上
4-09【奈落】下
4-10【祟神】上
4-11【祟神】下




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3-08【魂牢】下


3-09【神娘】


3-10【聖座】


3-11【終焉】完


【†ミューク篇†】推敲中


Ж―†【月ノ章】†―Ж


0-00【屍族】


-0-01【双子】上-


-0-02【双子】中-


-0-03【双子】下-


1-00【日常】


1-01【慧眼】


1-02【聖船】上


1-03【聖船】下


1-04【妹姫】


1-05【脱出】


-1-06【余談】-


2-00【呪地】


2-01【灯台】上


2-02【灯台】中


2-03【灯台】下


2-04【国境】


-2-05【女難】-


2-06【幻影】


2-07【血渇】


2-08【転換】


3-00【金策】


3-01【月兎】


3-02【思惑】


3-03【水都】


3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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