2008/09/25
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カテゴリ: 物語
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『†Princesse du sang†』
月ノ章 0-09【潜入】
―ミュークSIDE―




 二人は甲板に上がると、航海灯の光を避け、照明の届かぬ夜の闇に身を潜める。

 「さて……」

 ミュークは独り言のように呟くと、船の構造を大まかに把握するべく周囲に目を走らせる。こういった作業は本来、レムが最も得意とするところだが、この場に居ないものをとやかくいっても仕方ない。

 ミュークは今いる位置を後方甲板付近だと確認すると、更に船の全体像を推し量る。
 教会船は上甲板に船首楼、船央楼、船尾楼を設けられた三島型の型であるようだ。
 船首楼は展望台、船央楼は半球を重ねた3層構造をしており船尾楼に座す聖堂へと続く身廊が伸びている。それぞれの楼閣からは帆柱が伸び、船央楼の主柱の上には物見台が設置されていた。

 「ゴハン……」

 何を思ったか唐突にルムがそう呟いた。人差し指を口に咥え物欲しそうだ。
 他に気を張っていた為に今まで気づかなかったが、確かに食欲をそそる香ばしい匂いが潮風に運ばれ周辺にも漂っていた。考えてみれば大灯台に着いてから碌な食事をとっていない。屍族の強靭な生体機能は一週間やそこら食事を抜いたところで死ぬ事はない。だが、ルムは屍族には珍しい大食漢であった。今回、計画性に欠けた行程を組んだせいでルムの数少ない楽しみを奪ってしまったのは確かだ。事が済んだら少女の貪欲な胃袋が満足するまで贅沢をさせてやろうと秘かにミュークは心に決める。

 「どうやら、夕餉の時刻らしいが……此方には返って好都合じゃな。 下手に寝静まった輩を相手にするより警戒が緩む分、動きやすくもなろう」

 それを裏付けるように船央楼付近の甲板には泥酔した水夫がひとり転がっている。

 「丁度よい、あの者に役に立って貰うとするかの」

 そう云うとミュークは泥酔状態で船縁に寄りかかる水夫へと無造作に近づいていく。男は時折、思い出したかのように手にした酒瓶を呷っている。

 「そこの男」

 「…んあっ? うぃ~ひっく……見ない顔、ひっく…だなぁ…新入りかぁ~?」

 男はミュークの呼びかけに、下げていた頭を気怠そうに上げる。かなり酔っているようで呂律が回っていない。視点も定まっておらず正常な判断は出来ていない様子だった。
 ミュークの双眸に深い紅色の輝きが宿る。すると男は魅入られたようにその視線を外す事が出来なくなる。

 「聖女は何処におる?」

 無造作にただそれだけを訪ねる。

 「な、なにを…言って……」

 ミュークの声は残響のように男の脳内に浸透していた。まるで心の奥底を覗かれているような感覚に陥っていた。
 暫くしてミュークは満足したように頷くと、

 「わかった」

 血統アルカナ“女教皇”の力。その双璧のひとつ“マインドリード”を行使したミュークは、男の意識の表層に浮かぶ記憶を撫でるように掬い上げていた。男が泥酔状態だった事もあり大した抵抗もなく目標の意識に潜り込めていた。
 ここに至り漸く只ならぬ異変を感じた男は、助けを呼ぼうと大きく口を開きかけたが、それよりも一瞬早くミュークの右腕が男の喉元を塞ぐ。男の声は蚊の鳴くような悲鳴に留まり、他の誰の耳にも届く事はなかった。ミュークは片膝を折ると、左の掌を男の額へと伸ばす。男の目は恐怖に見開かれていた。ミュークはそれを正面から見つめそっと呟く。

 「お主はここで何も見てはおらん。 早々に持ち場へと帰るがいい」

 すると男の身体は痙攣するように一度震えた。そのままふらふらと立ち上がり夢遊病者のような足取りでその場から歩き去った。

 ―――マインドコントロール

 それが女教皇の継承者に与えられたもう一つの力であった。
 血統アルカナ“女教皇”は人の心を操り読み解く力。その力の本質は、ウィズイッドの血族間でも継承者のみに知らされ秘匿されてきた。大屍族達は互いの血統アルカナが宿す力を畏怖し警戒していたからこそ、現在まで安易な衝突が避けられてきたのだ。他者に自らの力の種別や系統を見抜かれる事はあっても、その発動条件や本質自体は不可侵のものだ。継承者以外にそれを知られる事は、力そのものを封じられるのと同じだと言っても差支えはないだろう。少なくとも聖剣戦争以前の大屍族達はそうやってお互いを牽制しあって力の均衡を保っていた。

 ミュークは闇に溶け込むように巨大な船央楼の外周を沿うように移動する。船首側の扉まで周ると、そこには上甲板から船央楼内部へと続く扉、その両脇に上層の操舵室と下層の下級船室へと続く階段が見える。ミュークは周囲に人の気配がないことを確認すると僅かに扉を開けて中の様子を窺う。薄っすらと洋燈の明かりに照らし出された通路の両側には同じような船室が続いている。長い廊下には赤絨毯が敷かれていた。その先、正面奥には上層へと続く階段が見える。男の記憶通り船央楼中層は教会関係者の居住区となっているようだ。

 「教会の運命を左右するような貴賓を乗せている割に無用心じゃな」

 口ではそう言ったが、死海と呼ばれるこの危険地帯で外敵への警戒が緩む事はミュークの思惑通りだった。船の航行すらままならないこの海域で、海賊や私掠船の襲撃があるとは通常は考えない。特にこの船が教会船である以上国籍がある後者はまずありないといって差し支えないだろう。見張りと呼べるような者は殆ど居なく。その注意は外敵の侵入ではなく自然の脅威へと向けられている。交代で警備をしている者もいるようだが、無警戒といってよいほどのものだ。
 ミュークはそこに生じる心の隙をつこうと考えていた。彼女は人間がそういった常識や常道といったものに縛られがちな生物だと良く理解していたからだ。

 十分に隙を窺って、ミュークは扉の陰から躍り出る。そのまま大胆且つ慎重に狭い廊下を走り抜け、上層へと続く階段へと向かっていた。
 一見、無謀とも見える突貫であったが、ミュークには十分な勝算があった。この船の聖職者達は下層にある大広間で揃って食事をとる習慣があり、今はその時間であると読み取った記憶が語りかけていたからである。例え浸入を発見されても相手が少人数ならばどのようにも対処が出来る自信があったし、船室に残った者達にしても室外から多少の物音が生じても、この時間なら不審に思われることはないだろう。なにより波に揺られぎしぎしと軋む床は多少の物音なら掻き消してくれた。ミュークの抱く唯一の難点は、後から追随するルムの気配が全く察せられず振り返らねばその姿を確認出来ないことぐらいだ。

 階段を駆け上がると、通路の両脇に高位神官達の船室が並んでいる。ここは外部の階段からは辿り着けない特殊な構造となっている。
 ミュークは息を整えると先程の水夫から読み取った記憶を脳内で反復する。間も無く、男が聖女の存在を意識した際に表層へと浮かんだ記憶の断片のひとつを探り当てる。

 ―――聖女の居る特等船室は上層の最奥にある

 ミュークは記憶を確認すると、足早に貴賓室の方向へと歩みを進める。長くその場に留まっていた方が見つかる危険性が高まり迅速に事を運ぶ必要があった。

 他の船室よりも重厚な扉が目前に迫った時、室内から言い争うような声が聞こえてきた。
まだ幼い、舌足らずな少女の声だ。両開きの扉が僅かに開いており中から光が漏れていた。
そっと室内を覗いたミュークが僅かに考えるような仕草を見せた。

 中には流れるような金色の長い髪を頭の左右で纏めた年の頃12、3歳に見える愛らしい少女。一目見て印象に残るのはその瞳である。少女の瞳に宿ったオッドアイの輝きが神秘的であった。目元を彩った朱丹と紫丹の化粧が一層それを際立たせている。それともう一人、金髪の少女になぜか首を絞められて、垂れ目がちな瞳から大粒の涙を溢れさせている従者らしき少女。こちらの少女も負けず劣らずミュークの食指をそそった。
 恐らく金髪の少女がシャルロット姫で間違いないのだろう。噂によると聖女は深窓の美姫と名高かったのだが、目の前の少女は美しいというより可愛らしい形容した方がしっくりくる。口伝とは存外に当てにならないもの。そもそもシャルロット・リュズレイは籠姫として人目に晒されずに育てられたのだから尚更だろう。

 「(それにしても、愛らしいの……)」

 ミュークは何処か恍惚とした表情だ。まるで少女の金銀妖眼に魅了されてしまったようである。
ごくりと大きく喉を鳴らすと、ミュークはルムに向かいにっと笑う。

 「あの娘をわちきのモノにしたい」

 ルムの耳元でそう呟いた。

 「……」

 ルムは無表情であったが、明らかに何か言いたげだ。
 ミュークはそんなルムの様子に、ひとつ咳払いをすると、

 「し、下心などないぞ。 そ、そうじゃ! 聖女を手荒に扱うわけにもいかぬから仕方なくそうしたほうが良いかなと考えたわけで…。 やっ、やましい気持ちなどこれっぽっちも……」

 どうやらミュークは無類の美童美少女趣味であったらしい。
 だが、ミュークの公私混同にもルムは取り立てて逆らつもりはなく、彼女の苦しい弁明が窮する前にコクリと頷く。ミュークにすれば連れてきたのがルムで幸いした。これがレムであったならば明らかに一悶着したことだろう。

 ルムの了解を取るとミュークはうれしそうに頬を緩めた。そして、何を思ったか後先考えずに勢い良く扉を開け放つ。

 「お主がシャルロット姫じゃな。 誠に不躾で申し訳ないのじゃが・・・わちきに拐かされてくれんかの?」

 欲望とは人間屍族問わず正常な判断を狂わせるらしい。レムが大灯台で抱いた危惧は確かに的を射ていたようだ。

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※推敲はフリーページ内で行ないます。

今回も書き殴り過ぎて訂正箇所が多そうな回です(汗
ふぅ……これで月ノ章も0章終了です

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Last updated  2008/09/26 03:16:52 AM


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11/08/22(月)
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※以下略
>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
0-00【聖女】
0-01【妹姫】
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0-03【聖船】
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1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
>>月ノ章 4-10【祟神】
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13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
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08/06/13(金)
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08/06/07(土)
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08/06/05(木)
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※以下略
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
0-03【双子】下
1-00【日常】
1-01【慧眼】
1-02【聖船】上
1-03【聖船】下
1-04【妹姫】
1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
2-02【灯台】中
2-03【灯台】下
2-04【国境】
2-05【女難】
2-06【幻影】
2-07【血渇】
2-08【転換】
3-00【金策】
3-01【月兎】
3-02【思惑】
3-03【水都】
3-04【天敵】
3-05【語部】
3-06【捕竜】
3-07【取引】上
3-08【取引】中
3-09【取引】下
3-10【凶刃】上
3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
4-00【迷途】
4-01【因縁】
4-02【再会】
4-03【技師】
4-04【出立】
4-05【奇縁】
4-06【真因】
4-07【霊廟】
4-08【奈落】上
4-09【奈落】下
4-10【祟神】上
4-11【祟神】下




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※以下略
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血ノ章【ラグナウェル編】
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4-03【煙街】
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4-08【姫妹】




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1-03【聖船】下


1-04【妹姫】


1-05【脱出】


-1-06【余談】-


2-00【呪地】


2-01【灯台】上


2-02【灯台】中


2-03【灯台】下


2-04【国境】


-2-05【女難】-


2-06【幻影】


2-07【血渇】


2-08【転換】


3-00【金策】


3-01【月兎】


3-02【思惑】


3-03【水都】


3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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