2008/10/01
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カテゴリ: 物語
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『†Princesse du sang†』
月ノ章 1-00【兎姫】
―ミュークSIDE―



 この奇妙な人間達に出会えたのはむしろ幸運だったのかもしれない。例えそれが運命の悪戯であったとしても―――

 「自己紹介がまだじゃったな。 わちきはミューク・ウィズイッド。 血統アルカナ女教皇の現継承にして、偉大なるエルダーの末席に名を連ねる者じゃ」

 声の主、大屍族ミューク・ウィズイッドは、屍族の少女ルムファム・グリンハルトを従えて特等船室の扉の前に佇んでいた。

 「はぁ…これはこれは。 わたしはアリエッタ・ルーンフォルテと申します」

 アリエッタと名乗る少女は馬鹿正直にも深々と頭を垂れながら返礼してきた。その短躯には大陸最強の娘子軍、ガーディアンの紋章が刺繍された上衣を纏っている。だがその様相は如何にも頼り無い。眠たげに垂れる目元と一見寝癖のようにも見える癖毛も相俟って、まるで捨てられた仔犬のようである。他に目を引く点と言えば、その大人しそうな外見には似つかわしくない胸元の大きな隆起ぐらいか―――それは自らの大きすぎる胸に斜めな劣等感を持つミュークに妙な親近感を抱かせた。

 「ご丁寧な返礼痛み入る。 じゃが畏まる必要は無い。 わちきはお主達が人間であるという理由だけで蔑むような短慮な思考は持ち合わせておらぬ。 大人しくしておれば手荒な真似はせぬと約束しよう」

 「は、はぁ…」

 アリエッタはただの天然娘なのだが、ミュークはそれを屍族に対する緊張と受け取ったようだ。彼女は敵意が無いことを示すように両手を悠然と広げて見せる。

 「面倒な事は抜きに簡潔に話そう。 お主達、わちきのものになる気はないかの?」

 アリエッタにはその意味が理解できなかったらしく、不思議そうに小首を傾げていた。その仕草は小動物のようで微笑ましい。

 「アリアリ~。 これはいったいどーいうことですかっ!?」

 聖女とおぼしき少女がアリエッタを糾弾する。此方の少女は“屍族のモノになる”という言葉の意味が理解できたらしい。アリエッタの細首を両手で締め上げると、大きな目を更に剥きながらアリエッタに食って掛かる。頭の左右で結われた黄昏色の髪が少女の感情に呼応するように上下に跳ねていた。せっかくの愛らしい面持ちが台無しである。ミュークは他人事ではないようにがっかりしていた。

 「じ、じ…りま…ぜ…んお…」

 消え入りそうな声でどうにか応答するアリエッタ。どうやら、聖女にとってこのアリエッタという存在は苦情処理係りを兼ねているらしい。

 不憫だ―――ミュークはそう思ったが、彼女の自己防衛本能が少女達の日常に首を突っ込むことを猛烈に拒んだ。

 「そもそも、あれはなんですかぁ!!? あんなモノ認めるわけにはいきませんですっ!!!」

 わなわなと震える指先で、ミュークを指差す少女。
 少女の怒りの矛先を眼で追い視線を下げるミューク。そこにあるのは、彼女が動く度に魅惑的に揺れる豊かな膨らみ。

 ―――前言撤回、少女達はどちらも意味を理解している様子はない。

 ミュークは自己の危機感知能力に敬意を表すると共に、自分―――対岸の火事が原因で丸焦げになっているアリエッタにそっと哀悼の意を捧げる。

 「コレもアレもソレもぜ~んぶアリアリのせいですぅ!!」

 「あ~う~…」

 まるで死刑宣告を通達された罪人のように真っ青なアリエッタ。ふと視線が合ってしまい、素知らぬ振りで目線を逸らすミューク。だが流石に居た堪れなくなったのか、

 「取り込み中に悪いのじゃが…。 わちきの話を聞いておるのかや?」

 ミュークがおずおずと二人の間に割って入る。ただ、その声色からは完全に気勢を殺がれてしまっていた。

 「ぐぬぬ…。 そのようなモノをふりかざしても……くっ、くじけません……ですぅ」

 少女はミュークの大きな膨らみに気圧されるように数歩後退ると、唇をきゅっと噛み締めてさも口惜しそうに言い放った。

 「ふぅ……喩え胸が小さくとも、お主にはお主なりの魅力があろうに…」

 面倒になったミュークがきつい一言。
 しかし、それは今まで明確な表現を避けつつ、見えざる敵と戦い続けてきた少女に冷酷な現実を突きつけてしまった。確かに一度も自分の胸が小さいとは言っていない。

 「ち、ちちちちちちち…小さい!? よ、よくも、そ…そのような根も葉もない世迷言を……うぅ…っ」

 現実を受け入れ切れない少女に向け、ミュークは自分とアリエッタの大きな乳房を順に指差し事実を突きつける。

 「こ、この牛乳魔人共め~。プルは知恵袋の緒がぷっつんしました!!」

 確かに既に切れていそうな袋ではあるが、それを言うなら堪忍袋だろう。少女の奇怪な言語形態を解読することに気を配った弊害か、最も注意を払うべき部分―――少女が自らをプルと名乗った点を聞き流してしまったミューク。

 「ええ~、おっぱいが小さいことをお気になさって…いぎゃ!!?」

 余計なことを口走ったアリエッタを肘鉄で強制的に黙らせる少女。アリエッタにとっては衝撃の新事実だったのだが、確認を取る前に撃沈した。

 場の主導権が右往左往する奇怪な事態に陥り、ミュークは自分がなにか大きな勘違いをしているのかもしれないと感じ始めていた。
 頬を大きく膨らまし睨みつけてくるこの少女は、大衆が意識するような優雅で楚々たる雰囲気とは程遠い、大よそ聖女らしからぬ性格をしている。ミュークは今にも飛び掛らんと地団太を踏み続けている少女を注意深く観察する。聖女は御年、成人の儀を迎える年齢である筈だ。そう考えると目の前の少女は如何にも幼すぎる。

 「つかぬ事を訊きたいのじゃが…お主は……」

 そこで、ある事に気づく、騒動の原因ともなった少女の胸元。緩やかな曲線を描く小さな胸の上で清廉な輝きを放つ宝飾具。そこには聖女の血脈に連なり、代々女子しか生まれぬというリュズレイ家の刻印が刻まれていた。見紛うわけもない。ミュークは嘗てのその持ち主を知っていた。その記憶はミュークの疑問を拭い去ると同時に別の暗き感情を呼び起こしていた。

 「ほう…ほうほうほうほう♪」

 ミュークは腰の後ろで手を組むと、歓心したように目的の少女に近づいた。僅かに身を屈め、くんくんと鼻を鳴らす。その口元が意味ありげに笑っている。

 「ふむ、どうやら取り越し苦労だったようじゃな……確かに噂に違わぬ甘く芳しい処女の香。流石は聖女の血脈に連なる乙女といったところか」

 ミュークは無遠慮な視線を少女に投げ掛け、感心したように呟く。
 恍惚たる声色、その両眼に爛と好色な光が宿る。
 熱い息が少女の顔にかかった。それは湧き上がる欲求を抑えきれないように少女の首筋に移動する。

 「にゅにゅ!?」

 唐突に豹変したミュークの様子に、驚いた少女が咄嗟に身を引こうとする。しかし、ミュークはその動きをいとも簡単に封じると、少女の細身を抱き込むように引き寄せる。

 ―――血…血…血…血……

 どす黒い渇望が身裡より生まれ、それはミュークの精神を蝕んでいく…
 いけないと思いつつミュークは自らの行動を制止することが出来ない。それほどに聖女の身体を流れる純潔なる血潮は魅力的だった。それに少女の容姿がミュークの嗜好嗜虐を満たしていたこともあったのだろう。加えてここに辿り着くまでに“女教皇”の力を立て続けに行使していた。強大な力を保持するにはそれだけの代償を支払わねばならない。血統アルカナは別名“渇きの力”とも呼ばれ、その名の示すとおり、継承者に耐え難き渇きを齎す諸刃の剣でもあった。それは神が定めた不変なる摂理でもある。普段であれば強靭な自制心でそれらを押さえ込むミュークであったが、様々な要因が重なり理性のたがが外れてしまったようだ。
既にミュークの顔は屍族特有の退廃的な妖艶さに満ちていた。
 薄い紅色の唇を毒々しいくらい赤い舌が舐めるように蠢く。

 ―――少女の頬が一瞬引き攣る。

 次の瞬間、少女は自分に出来る最良の手段を講じていた。それはミュークの想像の範疇を遥かに超えた行動であった。

 「ひゃわぁぁぁ~」

 「んがっ」

 アリエッタの悲鳴とミュークの喉が潰れたような呻き声が重なる。
 少女が力任せに振り回したアリエッタと額でお見合いをしたミュークは、その場でもんどりうって倒れこむ。

 「むっ!!」

 転瞬、少女が大きく背後に跳ぶ。続けざま、何か硬いものがぶつかる鈍音。
 そこには左腕を突き出したままの格好で固まるルムの姿。まさか、躱されると思っていなかったようで、驚きに目を見開いている。
 ルムは僅かにその碧眼を細めると、目前の少女を見つめる。
 少女は頭を抑えて床に蹲っていた。どうやら、攻撃を避けた拍子に勢い余って背後の壁に後頭部を強か打ちつけたらしい。

 ルムは再び能面のような無表情に戻ると、流れるような動きで、未だ床に伏したままの少女に目掛けて手刀を繰りだした。しかし、少女はついた片膝を支点に身体を回転させると紙一重でそれをかわす。恐るべき身のこなしだった。いや、その動きは熟練の体さばきというより野生の感といった類のものに見える。

 「むはっ、いきなりコブシで語りあおうとは……。 “じょーしき”というものがないのですかっ!?」

 立ち上がった少女はいきなり襲いかかってきたルムに対し非難の声をあげる。知る人が見れば非常識同士が対峙している稀な場面であった。双方共にそこにあるべき緊迫感や緊張感といった類が欠如しているので、場が締まらないことこの上ない。
 少女は仏頂面でまじまじとルムの姿を観察する。どうやら少女にとっての最優先事項を思い出したようだ。何かを確かめるように自己の胸元とルムのそれを交互に見比べる。次の瞬間、少女はうれしそうに頬を緩めたかと思うと、

 「みゅふ…にゅふふふふ……にゃは♪」

 何かを必死に押し殺すような少女の含みをもった声。

 「にゃ~はっはっはっはぁ」

 ついに堪えきれなくなったようで、それは勝ち誇ったような高笑いへと変化する。
 少女は明らかに自分より年下と思えるルムと、その胸の大きさで競り勝ってご満悦だ。

 「お子ちゃ…にゅぐふっ!」

 少女が言い終える前に、その鳩尾にはルムの左拳が問答無用で吸い込まれていた。

 「“せんじょう”だけに油断は禁物」

 どうやら“船上”と“戦場”を掛けたらしい。
 足元に転がる3人の敗者達に向け、一人勝ち名乗りを挙げたルムファム・グリンハルトであった。







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Last updated  2008/10/02 03:29:42 AM


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その他

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0-00【炎神】



13/05/05(日)new02
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13/05/04(土)
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11/08/22(月)
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11/08/11(木)
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11/07/27(水)
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11/06/21(火)
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11/06/09(木)
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※以下略
>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
0-00【聖女】
0-01【妹姫】
0-02【夜冠】
0-03【聖船】
1-00【世界】
1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




16/01/13(水)new02
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16/01/09(火)
>>月ノ章 4-10【祟神】
15/12/22(火)
>>月ノ章 4-09【奈落】
13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
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13/06/10(月)
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13/06/04(火)
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11/01/18(火)
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10/01/27(水)
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10/01/21(木)
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09/11/16(日)
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08/09/07(日)
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08/08/27(水)
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4-01【因縁】
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3-03【船旅】上


3-04【船旅】下


3-05【真実】


3-06【魂牢】上


3-07【魂牢】中


3-08【魂牢】下


3-09【神娘】


3-10【聖座】


3-11【終焉】完


【†ミューク篇†】推敲中


Ж―†【月ノ章】†―Ж


0-00【屍族】


-0-01【双子】上-


-0-02【双子】中-


-0-03【双子】下-


1-00【日常】


1-01【慧眼】


1-02【聖船】上


1-03【聖船】下


1-04【妹姫】


1-05【脱出】


-1-06【余談】-


2-00【呪地】


2-01【灯台】上


2-02【灯台】中


2-03【灯台】下


2-04【国境】


-2-05【女難】-


2-06【幻影】


2-07【血渇】


2-08【転換】


3-00【金策】


3-01【月兎】


3-02【思惑】


3-03【水都】


3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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