2009/03/17
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カテゴリ: 物語

『†Princesse du sang†』 光ノ章 1-03【呪夜】a
光ノ章 1-03【呪夜】a
―シャルロットSIDE―

 シャルロットは意を決すると足早に跳開橋を渡り、水晶の塔の鉄門へと至る。
 まるで少女の到着を待ちわびていたように鉄と鉄の擦れ合う音がシャルロットを向かい入れた。
 訪れた獲物を誘い込む顎の如く開かれた鉄扉。 一瞬の躊躇の後、シャルロットは塔内部に足を踏み入れた。 外よりは少しだけ温かい空気が少女を包み込む。

 暗い―――

 塔の中を照らす光源は、最上階へと続く石段の左右の壁に一定距離を開けて備え付けられた燭台から漏れる光だけだ。
 頼りない明かりが揺れる中、シャルロットは教皇の執務室がある最上階へと向かう。

 カツン――カツン――…

 静寂の空間に少女の靴音が反響する。

 「……(まるで、死刑台への階段を昇る囚人のような気分…)」

 シャルロットは冗談めいた感慨を抱く。
 階段を上り続けるといつしか少女の靴音に別の音が混じり始める。

 ―――ピチャ・・・ぴちゃ

 空耳や幻聴の類ではない確かな質感を保った響き。 それは何か液体の様なモノが垂れるような音だった。

 果てなしと思われる時間を掛けてシャルロットは最上層へと辿りつく。 闇の中に両開きの扉がぼんやりと浮かび上がる。 瀟洒な趣のあるその扉には異質な紋章が描かれていた。
 目の前に聳える扉はまるで別の世界へと誘う顎のように見えシャルロットは数回唾を飲み込む。
 何かが腐ったような臭いが扉の隙間から漂い少女の鼻を突く。 シャルロットは口元に手巾帯を当てたまま動けなくなっていた。

 「……聖下、シャルロット・アルジャベータ・リュズレイお召しにより参上致しました」

 得体の知れない恐怖に乾いた喉。 その奥底から引き上げるようにして漸く自らの洗礼名を告げるシャルロット。 銀製のノッカーに乗せた手の平からじっとりとした冷たい汗が滲んでくる。

 「お入りになられよ―――」

 室内から諾否の有無を受け、シャルロットは身を強張らせた。
 少女は扉にあてた腕に体をあずけるように体重をかける。 重厚な真鍮の開き戸は軋みながら内側へと開いていった。

 ――少女の瞳が驚愕に見開かれる。

 それと共に強烈な臭気がシャルロットを襲う。
 口元を手巾帯で塞いでいなかったら、シャルロットは悲鳴を上げていたに違いない。

 「なに・・・コレ・・・?」

 室内の至る所にまるで悪趣味な絵画のように紅い斑模様が走っている。 床には引き千切られた内臓や肉片が散乱している。 どのような力を加えればこのような惨状になるのかシャルロットには見当もつかない。 それらがかろうじて人間だった“モノ”だと判別できたのは、周囲に散らばった衣服と思しき布切れが血肉に絡まるように四散していたからだった。

 そしてシャルロットの真正面、円卓を挟むようにしてひと際豪奢な造りの肘掛椅子に白髪の老人が悠然と鎮座していた。

 「ようこそいらっしゃった。 待ち侘びていましたぞ」

 席を立ちフォン=バレル3世は深々と白髪頭を下げる。
 シャルロットは後ずさろうとする両脚を鼓舞しどうにかその場に留まっていた。

 「……聖下、これは…いったい……」

 出来るだけ室内の惨状を見ないようにフォン=バレル3世に問い掛ける。

 「これはお目汚しを。 意識の戻った供物が暴れだし食事に手間取ってしまいましてな」

 フォン=バレル3世はその言葉とは裏腹にまるで悪びれた様子も無く平然とそう述べる。 教皇が手に添えた玉杯を掲げると、そこには何か赤黒い液体のようなものが並々と注がれていた。 その時―――シャルロットの視界は上方から垂れ落ちてくる影を捉えた。 それは杯の中に一定の間隔で紅い波紋を生じさせていた。 少女は弾かれたように天井を見上げる。

 「―――ヒッ」

 常軌を逸したその光景に声にならない悲鳴を上げるシャルロット。
 そこには四肢をもぎ取られた生首が奇妙な調度品のように吊るされていた。 頭部の切断面から流れ落ちた血液が円卓の上の杯に零れ落ちていたのだ。

 「貴女には些か刺激が強すぎたかもしれませんな」

 シャルロットの視線を追い、フォン=バレル3世は苦笑する。

 「…酷い……どうしてこんな惨いことを」

 シャルロットの瞳から涙が溢れ出す。 少女はそれを拭おうともせずに震える声で訴えかける。

 「これは異なことを。 生きる為に糧を必要とするのは“貴女たち人間”も同じ筈ですぞ。 それにこの者達は中央異端審問会で死罪を宣告された咎人。 予は処刑人の手間を減らしているに過ぎないのだよ」

 「たとえ罪人であってもこのようなことが許されるわけ―――」

 シャルロットは不意に言葉を失う。 フォン=バレル3世は今なんと言ったのか? 教皇は確かに“貴女たち人間も”と―――口走っていた。 まるで自分自身は人間ではないと示唆するような言い草だ。 目の前の老人から発せられる違和感と左手の咬痕が今も伝える鼓動が避けていた結論を導き出す。

 「ま、まさか……本当に屍族―――」

 「ようやく気づかれましたか。 予は人を捨て屍族となった」

 フォン=バレルの両眼に僅かな燐光が灯る。

 「なぜ……」

 「世界は不完全すぎるのだ。 聖人や賢人がどのような理想を唱えようとも、人間の本質はなにも変わりはしない」

 フォン=バレル3世は少女の疑問には応えず、再び肘掛椅子に深く身を沈めると宙を仰ぎそう零す。

 「世の中に完全なものなどありませんわ。 それに―――」

 シャルロットはそこで一度言葉を切ると、姿勢をただし胸の前で手を合わせ祈るようにして続ける。

 「それに、人は変われます……多くの人が望めば世界だって変えられる筈です」

 それは誰よりも変化に憧れ、変わらずを得ないシャルロットの衷情でもあった。

 「確かにそれは正論ではある。 そして気高き理想でもあるのだろう。 だが予は絶望したのだよ。 メナディエル正教を統べる教皇座に就き、信徒に賢聖と讃えられた予が成したことなど刹那の灯火のようなものだ。 依然として権力者は“古き利権”にしがみつき、旧態依然の体質はどのような手段を講じても絶やすことは出来なかった。 なまじ改革が成されても支配者とその代弁者たちは自らを正当化し、新たな既得権を生み出し続ける。 無知な民はそれを否定する知恵を持たず、半ば理解できても抵抗する力など到底持ち得ない」

 言葉が重なるごとにファン=バレル3世の顔から表情が消えていく。

 「聖下は弱き者を助け、教会内に蔓延した悪しき風習を断つためにご尽力なさっておられます。 そして今も聖公会と白十字教の融和への道を切り開かれようとなさっていますわ。 それは聖下の理想ではないのですか?」

 シャルロットの感傷にもフォン=バレル3世は頭を振った。

 「だが、それも予の意志を継ぐべき者が絶えれば易々と水泡に帰すだろう。 人は弱く容易に欲望に屈する。 世界を正しく導く為には永久に変わらぬ意志を持った存在が必要だ。 そして、それは死すべき定めの者には勤まるまい」

 「だから屍族になられたと仰るのですか? 不死を得て世界を変えるために―――」

 シャルロットの硬く強張った表情に、困惑の影が差す。

 「勘違いをされては困る。 世界を変えるのは予ではない。 予はそれを見届けるために不死となったのだよ」

 フォン=バレル3世がそう言った時、空気が変貌した。
 教皇の足元から伸びた影が躍るようにゆらめき、獲物を狙う大蛇を形象化したように螺旋を描く。 その渦状に引き込まれるように周囲に飛び散った血液が収束していく。 何か奇妙な芸術のように見えざる技巧によって、それらはひとつのカタチへと練り上げられていく。

 奇怪な現象が終わりを告げると、ひとりの少女がそこに存在していた。
 闇を練り上げたかのような豪奢な漆黒のドレスが音もなく揺らぎ、

 「いつまで待たせるつもり? さっさとそのニセモノから霊環を奪って黙らせちゃってよ♪」

 無邪気な子供のような声がシャルロットの心臓を凍りつかせた。






※推敲はフリーページ内で行います。

巧いかどうかは別問題として、
こちらも漸く斎がノリノリで書いちゃう展開に突入(笑





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Last updated  2009/03/25 02:07:41 AM


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2-08【首人】
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3-01【鷹眼】
3-02【決断】
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Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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