『†Princesse du sang†』 光ノ章 2-01【籠姫】
光ノ章 2-01【籠姫】
―シャルロットSIDE―
ソフィアと名乗る女性は優雅な所作で膝を折ると、俯きがちな少女の顔を覗き込む。
「今日は、アナタとお友達になりたいと思ってやってきたのだけど…」
「いらない」
シャルロットはソフィアの緑宝石の双眸から目を逸らすことなく拒絶した。 それは他者の思惑に屈することを嫌う少女なりの意思表示であった。
「そう言うと思っていたわ。 でも、私は我慢強いから大丈夫。 だって、今までずっと…この瞬間を待ち侘びていたのだから……」
謎掛けのように語尾を濁すと、ソフィアは気にした素振りもなく微笑んだ。
その言葉通りソフィアは見掛けによらず豪胆な性格だった。 彼女は日ごとシャルロットの私室を訪れると、乳母のサリマと共に身の回りの世話を献身的に始めたのだ。 その直向なまでに尽瘁する姿は、傍目から見ても常軌を逸していた。
それから間も無くして、ソフィア・リュズレイは時を待ったかのように父ルクサーの後妻に迎えられた。 正妻を亡くし、その喪が明けきらぬ内に後妻を娶ったことは、国内でも様々な物議を醸した。 しかし、アダマストル公国が聖女の血脈を受け継ぐ女帝制であることを考慮すれば、必要不可欠な処置とも解釈できた。 次代の女王候補であるシャルロットが成人するまでの間、王権を担える血脈者がルクサーと婚姻することが最も妥当な選択肢だったのである。
「お友達になる前に、お母さんになってしまったわね」
ソフィアは冗談めかしてそう言った。
義母となった彼女は一層深い愛情をシャルロットへと注いだ。 ソフィアは籠姫の戒律を破ることすら厭わずに、少女の元へと頻繁に脚を運んでいた。
気づくと、シャルロットは苛立ちと戸惑いをソフィアという固体に対して抱くようになっていた。 だが、少女は無関心を貫くことでそれをやり過ごそうと考えた。 そうすることで、大概の人間の心は離れていくことを少女は知っていたのだ。 だが、ソフィアは少女に何も求めはしなかった。
「(どうして…)」
そんなソフィアの心裡をシャルロットは計りかねた。 まるで腫れ物を扱うように接してくる血族たち。 忌避と畏敬の入り混じった視線を投掛けてくる王侯貴族や高位聖職者達。 煌びやかに彩られた虚構に満ちた少女の世界で、ソフィアという名の異物は無視できないものとなっていた。
「なんで…なんで……ここに居るの? 私は友達にもならないし…、あなたを母親だとも思わない!!」
それは、シャルロットが示した初めての激情だった。 少女はソフィアへと向けた視線を支えきれなくなると、その場にへたり込み大声で泣き始めてしまった。
「これ以上、私の世界に入ってこないでよ…」
ソフィアはシャルロットをその腕に抱え込むと、少女の頬に手を添えて顔を上げさせた。
「それは違うわ。 アナタ自身が望まない限り、他の誰も、喩え神様だって…アナタの世界に入ることは適わない。 私を受け入れたくないのなら拒絶すればいいの。 でもね、アナタがどんなに拒んでも私の中にはシャルロットが居る。 それを変えることもまた、私以外の何者にも出来ない」
それは、壊れかけた心を守る為に少女自身が己に課した呪縛だった。 シャルロットが必死に隠し続けてきたモノの正体に、ソフィアは気づいているようだった。
「怖かったの…」
シャルロットの目から大粒の涙が零れ落ちる。 少女はそれを拭おうともせずに、震える声で話し続ける。
「私は私が嫌いだった…、認めたくなかった……。 だから、だから―――」
シャルロットが恐れていたのは、他者に心を開くことではなかった。 誰よりも何よりもシャルロットが嫌悪する存在―――それは、自分自身であった。 そんな自分を受け入れてくれる人間が現れることを少女は何よりも恐れていたのだ。 それは忌避すべき己という存在が世界に確立されることの証明でもあったからである。
「シャルロット。 アナタがアナタであることを否定する必要はないのよ。 喩えアナタが聖女であろうとなかろうと、私の中のシャルロットは生まれた時からたった一人しかいないのだから」
ソフィアという存在は灰色に塗り込められた少女の心に差した初めての色彩だった。 ともすれば、彼女の笑顔の中に求めて已まなかった母親の姿を重ね見ていただけなのかもしれない。 だが、理由はどうあれ、シャルロットの時間はこの時から動きだしたのだった。
・
・
・
寝台に横たわったまま、ぼんやりと窓の向こう側に視線を延ばすシャルロット。 そこには澄み切った青い空が続いていた。
「(いつからだろう、こうやって見上げる空が美しいと感じられるようになったのは……)」
シャルロットはそんなことを漠然と考えていた。
幼き日に仰ぎ見た狭く切り取られた空と、今現在、視界を占めるこの空は、一体何が違ったのだろうか? そんな疑問がシャルロットの胸中を占めていた。
「そうだ…。 私に大切な人が出来る度に、ただ無機質だった周囲の風景に、様々な思い出が刻まれたいった。 お義母様や婆やの中に在る自分自身を認めた時、あの風変わりな妹たちが突然に押しかけて来た時も、爺や先生に出会ったことも―――そしてフィーナ……少し頑固で恥ずかしがり屋な彼女は、私にとってはじめての友達だった」
己の弱さすら甘受出来ずに逃げ続けていた幼き日の自分に、シャルロットは今更戻るわけにはいかなかった。
「(お義母様のお言葉通りかもしれない…。 私は何を恐れていたのだろう。 事が公になれば、全てが壊れてしまうと思っていた。 大切な人達も、帰る場所も、何もかも失ってしまうかもしれないと―――でも、違う。 私はフィーナを信じている。 無実たる得る証拠なんてなくても、私は私自身の意志で行動すればいいのだから)」
シャルロットの双眸には揺るぎない決意の色が宿っていた。
リュズレイの三姫記 -光と月ノ章- 5-00【… 2016/05/01
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-08【姫妹… 2016/03/08
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