『†Princesse du sang†』 光ノ章 2-03【涜聖】
光ノ章 2-03【涜聖】
―シャルロットSIDE―
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・
「貴女が…」
エドゥアルトに伴われヴィルヘルムの執務室に帰還したシャルロットを艶やかな微笑が出迎えた。
「いえ、ファティマ様がなぜここに?」
愛用の肘掛け椅子に腰を落とすヴィルヘルムの傍らに立つ人物。 それは老卿と同色の枢機卿衣を纏ったファティマ・イスだった。 もっとも、シャルロットが驚くのも仕方が無い。 先日の白の間の一件がなければ、接点など皆無に近い両者である。
「私が助力を申し出たことがそんなに不思議かしら?」
シャルロットの抱く疑念を先読みしたかのように真意を質すファティマ・イス。 その言葉からこの女枢機卿が件の協力者であることを少女は理解する。
「い、いえ……、けっしてそのようなことは」
心にも無いとはこれ正にだが、他に適当な返答が浮かばないシャルロット。 少女の紅玉眼が困ったように宙を泳いでいる。 暫くの間、ファティマ・イスはその様子を愉しげに見守っていたが、不意に真顔に戻ると再度口を開いた。
「三日後、ミルフィーナ卿は烙印刑に処された後、投獄執行に先立ち神都を引き回される筈ですわ」
それはシャルロットを現実へと立ち戻らせるには十分な内容だった。 その表情が自然と強張った。
「どうして……それではまるで」
晒し者である―――そう言い掛けて言葉を呑む。 ミルフィーナは守護騎士の聖務に対し実直過ぎる嫌いもあったが、騎士としてのみならず信徒しても模範となる高潔で崇高な人柄であった。 その無実を信じるシャルロットにとって、殊更彼女の尊厳を傷つける行為を黙って見過ごすことなどできるわけもない。
「どうにかして取止める手立てはないのですか?」
切羽詰った口調でファティマ・イスに訴えかけるシャルロット。
「それはできませんわ。 この付加刑は私自身が枢機卿会議で提言したものですから」
「なぜ……」
思いも掛けない返答に立ち尽くすシャルロット。
「ワシもファティマ殿の意見には賛成じゃ。 聖下亡き今、無用に臣民の不安を煽るわけにはいかぬからの」
少女の心に更なる悲嘆を重ねたのはヴィルヘルムだった。 シャルロットは味方と目していた老卿に裏切られ不満を露にする。
「フィーナが贖罪の牢獄へと収容されることは、審問会に於いての決定事項とお聞き致しました。 彼の牢獄から生きて帰還した囚人が皆無だとも……。 既に極刑に等しい処罰が下った者に、更なる厳罰付加することは正しい行いとは到底思えません」
メナディエル正教の典範に於いて、その信徒たる者に死罪は適用されない。 それは如何なる理由があろうと遵守されるべき古き伝統でもある。 故に通例なら極刑に値する重罪を犯した信徒、特に社会的地位の高い人間は、元老院の与り知る不帰の収容所“贖罪の牢獄”へと送還される慣わしであった。
「この件を内々に処理すれば、教会内外に無用な歪が生じかねんのじゃ」
老卿は疲れたように瞑目すると、大きな鷲鼻にかかる老眼鏡を軽く押し上げる。
「予てより咎を犯した高位聖職者や貴族たちは、金銭供与によってその罪を軽減されておった。 贖罪の牢獄は、そういった者達の巣窟となっていると実しやかに囁かれておる。 端から贖罪の牢獄など実在せず、元老院との裏取引の媒体として作り出された空想虚言の類だと専らの噂じゃ。 もっとも、ワシも古書・聖書の類で得た知識のみで語っておる故、偉そうなことは言えぬがの」
要するにヴィルヘルムは、全てはそういった流説に対する事前策だと言いたいのだろう。
「元老院がそれを望んだのですか?」
だが、そこには疑問が残る。 確かに教会にとって都合の悪い噂の流布は好まざるところであろう。 しかし、古老たちは教皇の死に関連する何らかの真実を秘匿せんと目論んでいる節があった。 その当事者であるミルフィーナが民衆の前に姿を晒すことは別種の危険性を孕んでいる筈である。
「いいえ、先程も申しましたが、この件に関しては私の独断ですわ」
シャルロットが吐き出した疑問をファティマ・イスが受ける。
「聖宮内警備の不備や亡き聖下の名誉を守る為にも、信徒の感情を鎮める最善の策として付加刑を提案致しました。 先に主席意枢機卿が述べられた裏の理由も、抜け目のない古老たちなら言わずも知れたものでしょうから、元老院の抱く危惧を煽るには十分過ぎますわ」
現状を考慮すれば、元老院も枢機卿会議で議決した請求を無視できないと見越した上でのファティマ・イスの提議である。 その端整な顔にも自信の色が窺えた。
「そんなことの為にフィーナを犠牲にしたのですか?」
だが、如何に理に適っていようとミルフィーナを貶める企てなど了承できる筈もないシャルロット。 少女の敵愾心に満ちた紅眼がファティマ・イスを射抜く。 己の意見が利己的で大儀とは程遠いことを理解していても糾弾せずにはいられなかったのだろう。
「あら、早合点しないでくださいましね。 そうすることはミルフィーナ卿の、強いては聖女さまの為でもあるのです。 これで生死さえ定かではなかった彼女の所在を確かめられるのですから」
シャルロットの両の瞳孔が開く。 どうやら少女もファティマ・イスの意図するところを汲み取ったようだ。 このままミルフィーナの処遇を秘密裏に進められては、救出など夢物語に終わるだろう。 現に手詰まりに陥っていたからこそシャルロットはここに居るのである。 この議決は元老院に視えざる楔を打ち込み。 囚われたミルフィーナを陽の元に誘いだす格好の手段でもあった。
「護送隊を襲ってミルフィーナ卿を助け出すのかい?」
今まで執務室の壁に寄りかかって聞き耳を立てていたエドゥアルトが興味あり気に尋ねる。
「いいえ、それでは何の解決にもなりませんわ。 ミルフィーナ卿の経歴に新たな罪状が追加されるだけです」
「それならどうするのですか?」
これはシャルロットの質問だ。
「護送隊の後を追えば贖罪の牢獄へと案内してくださりますわ。 あとはミルフィーナ卿から直接ことの真相を聞き出せば宜しいかと思われます」
ファティマ・イスは穏やかな口調で理路整然と述べる。
だが、シャルロットはどこか釈然としない。 それは女枢機卿の言葉に揺らぎや淀みといったものを全く感じなかった為である。 更に両者の目的にも決定的な差異が生じている。 シャルロットの望みはあくまでミルフィーナの救出であり、真実の有無など二の次であった。 しかし、ファティマ・イスが重視するのはあきらかに後者である。 恐らく、ミルフィーナの無実が証明されない限り、彼女は救出の手助けには加担しないだろう。 もっともそれが故に、その言葉は嘘偽りない本心からのものであるともとれた。
「だが、不可解だな」
エドゥアルトはヴィルヘルムを窺うように一瞥した後、ファティマ・イスへと向き直る。 その視線は目上の者に向けられているとは思えぬほどに太太しい。
「あら、なにか疑問でもありますのかしら?」
「会話の内容から察するに、シャルロット姫とファティマ・イス猊下は到底有縁とは言い難い。 こう言っちゃ悪いが、地位も名誉もある人間が赤の他人の為にそこまでする理由が皆目見当がつかないものでね」
エドゥアルトは意図的に相手の感情を逆撫ですることで、何らかの反応を引き出そうとしているようだ。 言葉を釣り糸にした駆け引きはヴィルヘルムの最も得意とする所だが、この直弟子も同様らしい。
「他人の良心を素直に信じられないなんて、随分と狭隘な殿方ですわね」
「捻くれているのは生まれつきでね。 あらぬ誤解を招くことも多いが、そのお陰で命拾いもしている」
青年と女枢機卿の視線が絡まる。 暫し無言の小康状態が続くが、それに終止符を打ったのはファティマ・イスだった。
「いいわ、最初から聖女さまにはお話するつもりでした。 それに遅かれ早かれ公になることですから、主席枢機卿がご一緒な今が最良の時かもしれません」
ファティマ・イスの決意を籠めた瞳がシャルロットを見据えていた。
リュズレイの三姫記 -光と月ノ章- 5-00【… 2016/05/01
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-08【姫妹… 2016/03/08
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| 09/04/26(日) |
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| >>月ノ章 1-00【兎姫】 |
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| >>月ノ章 0-03【双子】上 |
| 08/06/13(金) |
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| 08/06/07(土) |
| >>月ノ章 0-02【闇商】下 |
| 08/06/05(木) |
| >>月ノ章 0-01【闇商】上 |
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| 16/02/06(土) |
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