2010/05/02
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カテゴリ: 物語


『†Princesse du sang†』 光ノ章 2-06【牢獄】

光ノ章 2-06【牢獄】

―シャルロットSIDE―




 シャルロットは我が目を疑った。 聖堂内にミルフィーナ姿は無く、そればかりか一片の人影すら確認できなかったからである。

 「聖堂内の全て出入り口を調べてきて戴けますか?」

 ファティマ・イスはエドゥアルトの両手首の拘束を解くと微笑みながらそう告げる。

 「やれやれ、人使いの荒い御方だ」

 エドゥアルトは鬱血した皮膚を擦りながら嘆息混じりに肩を竦める。 しかし、女枢機卿にひと睨みされると、逃げるように立ち並ぶ大柱の間をすり抜けて側廊へと消えた。

 「ずっと腑に落ちないことがひとつあります」

 ファティマ・イスは視線を内陣方向に据えると、少女を促すように身廊を真っ直ぐに進む。

 「腑に落ちないことですか?」

 後に続くシャルロットが鸚鵡返しに尋ね返す。

 「はい、元老院がレムギザロス大聖堂を懺悔の場として選んだ理由です」

 「理由……」

 シャルロットは閉口して記憶に含まれる知識を手繰る。 教会法には“全ての罪人は懺悔の機会を宥恕される”と記載されている。 だが、懺悔の祈りを捧げるだけならば、この神都アレシャイムに群立する中規模以下の聖堂で十分事足りる筈である。 なにより教皇殺害の囚人を、その遺体の傍らで贖罪させる構図は如何にも間が抜けていた。

 「メナディエルの祝福を……」

 ファティマ・イスの祝祷の声に思考の檻から立ち返るシャルロット。 女枢機卿に先導されて無意識に進めた少女の脚は至聖所へと到っていた。 主祭壇の上には金銀螺細に装飾された棺が鎮座している。

 「この聖櫃のなかに……」

 シャルロットの両眼が一点に吸い寄せられた。 ゆっくりと少女の心低から恐怖という名の澱みが浮漂する。 だが、同時に別の感情も目覚める。 水晶の搭の出来事が現実のものであるなら、この内に眠る存在は“ヒト”ではない。 通常であるならば、気が触れたと忌避される内容でも、眼前に在らしめられた真実を否定することは誰にも出来ないだろう。 それは、ミルフィーナの潔白の証明には到らなくとも、酌量の余地を促すには十分である。
 シャルロットが大きく唾を飲み込む。 気づけばもう手が届く距離に聖櫃があった。 一旦決意をするとシャルロットは迷わなかった。 ファティマ・イスが止める間もなく棺の上蓋に両手を置き力任せにそれを押し退ける。
 聖堂内の静謐な空気に地響きと共に重々しい反響音が木霊する。

 「ファティマさま、これを―――」

 そして、シャルロットは声を失った。

 「どうして……」

 随分と間をあけて少女の口から零れた言葉は、掠れたように続かなかった。

 「遺体の損傷が重度であれば、処置重視で納棺を見送ることもあります。 ですが、どのような理由があろうとも、死者の魂を冒涜するような行為は感心致しかねますわ」

 ファティマ・イスは僅かに眉を顰めると空の棺から目を逸らす。

 「えらく馬鹿でかい音が聞こえたが何事だい?」

 声に遅れて、エドゥアルトの長躯が二階廻廊の手摺を飛び越えて至聖所へと降り立つ。 軽業師のような身軽さだが着地した場所に問題があった。

 「おっと、これは失礼つかまつった。 だが、留守中とは幸いしたな」

 エドゥアルトはおどけたように聖棺の中から左足を抜取る。

 「お二人とも悪行過失が目立ちますわね。 本来ならきつく仕置きが必要ですが……、今はそれどころではないようです」

 ファティマ・イスの視線の先、拝廊入口に物々しい気配が集束しつつあった。 今し方の轟音を聞き咎めたのか、それとも先程の虚実が発覚したのか、ふたつにひとつだろう。 衛兵の中に元老院の息のかかった人間が居たと考えるのが妥当だが、役人らしからぬ手際の良さである。

 「ああ、アレなら暫くは時間を稼げるはず。 見回りがてら大扉の貫木に細工を施しておいたからな」

 エドゥアルトは後頭部で両手を組むとしれじれと言ってのける。 まるでこうなることを予期していたかのような抜け目の無さである。

 「あら、気が利きますのね。 それでそちらの首尾は如何でした?」

 「正面大扉以外の全ての出入り口は内側から千錠されていた。 埃の積もり具合から推測するに、ここ数日の間、使用された形跡はないな。 とどのつまり、神隠しにでもあったのか、ミルフィーナ・ド・グラドユニオンは忽然と姿を消してしまったことになる」

 両の掌を上向きに返すと、お手上げといった様子で首を振るエドゥアルト。 だが、神の御許たる大聖堂で神の仕業とは冗談にもなっていない。

 「それではフィーナは何処に……」

 シャルロットのまだ幾分幼さの残る顔が焦燥に歪む。

 「そうですわ聖女さま。 先程の問いの答えですが、此方の青年のお陰で確信が持てました」

 「えっ? あっ……、懺悔の場所をレムギザロス大聖堂に定めた理由ですか?」

 不意に話題を振り戻されて当惑するシャルロット。

 「そうです、なぜ“ここ”でなければならなかったのか」

 ファティマ・イスが腰を屈めて主祭壇の側面に指先を宛がうと、シャルロットが覗き込むようにその所作を見守る。

 「メナディエルの紋章ですか……いえ、少し違う」

 主祭壇に刻まれた紋様は、教義の至純である“正義”“秩序”“公正”を司る宝玉を宿してはいたが、メナディエルの意匠とは別物であるようだった。

 「ほう、これはこれは……」

 エドゥアルトも興味深げに見入っているが、こちらは突き出された二つの腰元の曲線をしげしげと観察しているだけだ。
 その間にも、ファティマ・イスの人差し指は謎の紋様をなぞるよう動き、祭壇中央部に埋め込まれた女神の御玉たる翡翠石に到達する。 そして、異変は起こった。

 「なっ!?」

 シャルロットの驚愕に一瞬遅れてエドァアルトが声をあげる。 青年の反応が鈍いのは別種の妙味を味わっていた為だろう。

 「レムギザロス大聖堂の地下は歴代教皇の遺体を埋葬した地下霊廟となっております」

 それは太古の技法であろうか、主祭壇の円石が音もなく後方へと退き、地下空間へと続く入口が姿を現していた。

 「その話なら俺も聞いたことがある。 だが、よくこんな仕掛けがわかったものだな」

 エドゥアルトは女枢機卿の補説に頷くと、序に抱いた疑問を口にする。

 「ここは水晶の搭と並ぶ聖域のひとつです。 存在の秘匿はされておりませんが、出入りは祀職官以外、原則禁じられています。 ただ、この紋章の仕掛けは、以前別の場所で目にしたことがありました」

 ファティマ・イスは地下へと続く石段を背に微笑む。

 「それでは参りましょうか。 聖女さま、それと……」

 「エドゥアルト・ラガ・ディファルですよ。 ファティマ・イス枢機卿猊下」

 落胆より呆れた様子で返すエドゥアルト。 この女枢機卿に名を覚えて貰うまでには、まだまだ時間が掛かりそうであった。

 「あ、あの……、このなかに入るのですか?」

 「嫌なら無理強いは致しませんわ。 ですが、ミルフィーナ卿はこの先にいる筈です」

 少女の当惑気味の問い掛けにファティマ・イスが答える。 真意が何処にあれ、その言葉は少女の心から余計な感情を消し去るには十分だった。

 「ふむ、与えられた選択肢は引き返すか前に進むかだが。 俺としては、ぜひとも後者をお勧めしたいところだが―――」

 「勿論、先へ進みます」

 シャルロットは僅かに頬を紅潮させると凛として言い放った。

 「そう仰ると思ってましたよ。 ま、正義の代理人たる俺としては付き合わざるを得ないがね」

 口から洩れる不平不満とは裏腹にエドゥアルトも引き返すつもりなど更々なかったのである。







どの程度の文量に納めるか考え中なので、
現時点で、区切りはアルファベット表記で書いていきます。

※推敲はフリーページ内で行います





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Last updated  2010/05/02 03:37:13 PM


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4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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