『†Princesse du sang†』 月ノ章 1-01【慧眼】
月ノ章 1-01【慧眼】
―ミュークSIDE―
ミュークは卓上に並べられた鹿肉の蕃茄煮込みを三叉で突きながら、件の話を切り出す。
「……興味深いことですか?」
レムリアの力ない声がそれに応じる。
あの後、ルムファムの馬鹿力で湯船に引きずり込まれた挙句、手薬煉ひいて待ち受けていたミュークに身体の隅々まで念入りに手洗いされたレムリアは、未だ喪心状態から抜けきれていないようだった。 傍目には羨ましくも見える出来事だが、相手方の性癖に難があるので玩ばれた感が拭えないようだ。 それが、証拠にレムリアの目の下には黒ずんだクマが形成されていた。 逆にミュークの肌艶は増しているように見えるから尚更、不遇に感じるのだろう。
「うむ、ワチキに“アルジャベータの聖女”を拐して欲しいそうじゃ」
ミュークはまるで他愛無い日常会話のようにサラリと言ってのける。
「はぁ、なるほど―――って!? え、え~と……ボクの耳が確かなら“聖女の誘拐”がどうとか聞こえたような……」
レムリアが恐る恐る尋ね返す。
「レム、お主の耳は正常じゃ。 安心するがよい♪」
呑気に笑っているミュークと比べて、レムリアは事態をなかなか嚥下出来ずにいる。
「も、勿論、その話はお断りなさいましたよね?」
自然と見つめあう形になるミュークとレムリア。 暫しの沈黙の後、ミュークは不自然に視線を逸らすと、
「レムはまた料理の腕を上げたようじゃ」
レムリアお手製シチューを口に運び話題まで逸らそうとした。
「そ、そうですか♪」
そんなあからさまな逃げ口上にも馬鹿正直なレムリアは満更でもなさそうである。
「美味」
独り黙々と食事を続けていたルムファムからも同意の声があがる。 此方に他意はない。
それを聞いたレムリアは大きく胸を反らすと、
「何を隠そうこの鹿肉の蕃茄煮込みはボクの自信作なんです♪」
「そうじゃろう、そうじゃろう♪」
にやにやと人の悪い笑みを浮かべるミューク。
「一晩、赤葡萄酒漬けにした鹿肉を軽く炒めた後、熟成させた蕃茄と香味野菜を混ぜてじっくりと大鍋で煮込みます。 最期に隠し味の蜂蜜を入れて、もうひと煮たちさせれば完成です。 蕃茄の軽い酸味と蜂蜜の農耕な甘みが絶妙のハーモニーを―――」
レムリアの熱弁が不意に途切れる。 どうやら、口車に乗せられたことに漸く気がついたようだ。
「ボクをからかって楽しいですか?」
レムリアは不機嫌そうにそう呟く。
「ん、いや……そ、そんなことはないぞよ」
ミュークは慌てて表情を引き締めるが時既に遅かった。 レムリアの非難がましい視線が痛い。
「ほ、ほれっ、ルムもそうじゃろう?」
困り果てたミュークは隣で空皿の山を築いているルムファムに助け舟を乞う。
「美味」
だが、此方は、食欲のみに忠実でそれどころではないようだった。
「もういいです。 それで、やっぱり手遅れなんですか?」
レムリアはほとんど自棄糞に話を戻す。
「ワチキがこんな面白そうな余興を見過ごすと思うのかや?」
「でしょうね……」
該博深遠な知識を誇るミュークであるが、進んで厄介事を招き入れる傾向があった。
しかも、不公平なことに、ミュークの思いつきで酷い目に遭うのは常にレムリアの役回りで、当人にとってこれは受け入れ難い現実である。
レムリアは何かを覚悟したように大きく息を吐くと、
「アルジャベータの聖女はアダマストル公国の第一王女でもある筈です。 そんな密謀(たくらみ)が公になれば異端者の烙印を捺されるどころか、国家反逆罪に問われて極刑は免れないでしょう。 言葉は悪いですが、屍族であるミュークさまを信用して打ち明けられる話とは到底思えません」
「ワチキも同意見じゃな」
ミュークもレムリアの示唆する点は十二分に心得ていた。 依頼主が同族である人間以上に屍族を信頼しているわけもない。 だが、それを差し引いても異種族に頼らざる得ない何かがあるのだろう。 そこに裏がないと考えるほうに無理がある。
―――問題はその理由だ。
ミュークは鬱陶しそうに前髪をかき上げると提議された疑問を咀嚼する。
邪推すれば、依頼主が趨勢に応じて随意に関係者を始末したいと考えている場合だろう。 直接手を下さずとも教会や国、屍族を異端視する機関はいくらでも存在する。 容易に罪を着せることも可能であるし、なにより教敵である屍族の言葉に耳を傾ける人族は少ない。 密事が外部に漏れる危険性も低いだろう。
「(いや、使い捨ての駒を探すならもっと適当な存在がおるか……)」
落ちぶれたとはいえ二十二家に連なるウィズイッドの屍族に接触を図る危険を冒したのだ。 他にもそれ相応の目論見がある筈だ。
ミュークはそこで思考を断つと、
「レム、お主は依頼主の真意を何処にあると考える?」
根拠など幾らでも擁立出来るが、決定的な証左に欠けている為に合理的とはいえない。 ミュークはレムリアの純粋な意見も参考としたいようだ。
「真意ですか……。 そういえば、依頼主はなぜ聖女の身柄を必要としているのですか?」
レムリアは少し迷いながらそう尋ね返す。
「確実とまでは云えぬが、依頼主の目的は聖女そのものではない」
「じゃあ一体……、聖女の存在よりも価値を見出せるものなんて―――」
そこで、はたと思い至ったレムリアが目を見開く。
「そ、そうか、霊環アシュタリータ。 アダマストル王家に伝わる秘宝が目当てなんですね?」
「ご名答じゃ。 聖女が肌身離さず所持しておる宝具が目当てと思って間違いなかろう。 伝え聞くところによれば、その霊環とやらは一定の儀式を踏まねば、外すことの出来ぬ代物らしい。 生きたままといった条件もそこに含まれているのやも知れぬ」
聖女の存在は聖アルジャベータ公会にとって信仰の象徴でもある。 身代金を目的とするにはあまりにも大それているし、逆に宗派絡みの謀略ならば生きたままという条件が不要である。 利権絡みの線が薄くなれば、選択肢は限られていた。
「なによりそれは、ワチキが提示した“条件”を呑んだことからも明白じゃしな」
ミュークはそう口走ってから「しまった」という顔をする。 案の定、レムリアもその条件とやらに興味を抱いたようで、
「条件ですか?」
と、聞き返してくる。
「それは……まぁ、アレじゃ。 うむ、たいした内容ではない。 気にするなや」
しどろもどろに言葉が濁る。 ミュークも理由を明かせぬ謀に一枚噛むほど愚かではない。 だが、その代価が金銭に換えられぬほど魅力的なものであれば、やはり食指は動く。 そして、そのような報酬を依頼を引き受ける条件として要求していたのだった。
―――依頼の対価として聖女を所望すると
ミューク自身、仮面の人物の動揺を誘うつもりで、依頼内容と重複する報酬を口にしたのだが、ひょんなことから、隠された真実に一歩近づく破目になった。
「う、う~ん……」
全てを語らぬミュークにレムリアは未だ半信半疑であるようだ。
「屍族の首人といった珍品は好事家共の垂涎の的じゃ。 遠回りにも思えるが、今は非合法市場の流通経路に通じた人間との接触を増やすことが最善じゃろう」
取引相手のひとりは商人ギルドの長である。 彼が持つ磐石且つ幅広い情報網は首人となった母を探し出す大きな手助けとなるに違いない。 巧く立ち回れば相手の弱みを握ることすら可能かもしれないのだ。
ミュークの言わんとすることは理解出来るらしく、レムリアから反論の声はない。
「さて、大まかに事態は飲み込めたじゃろう。 レムも早々に覚悟を決めるのじゃ」
「な、なぜ、ボクだけ?」
ひとり名指しされたレムリアが恐る恐る尋ね返す。
そんなレムリアを面白がるようにミュークは大きな胸を張り、
「なんとなくじゃ」
とてつもなく不吉な予感を感じ、身震いするレムリアであった。
どこまでOKなのか?(既視感x3)&推敲 2016/05/11
もうすぐ核心 2013/07/10
夜々閑話・其の弐拾陸 2013/06/10
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人物紹介
【人族世界】
アダマストル公国
聖アルジャベータ騎士団
メナディエル聖教
その他
【屍族世界】
ウィズイッド家
用語辞典
一般用語
夜ノ章【短編集】
0-00【炎神】
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| 13/05/05(日) |
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| 10/05/19(水) |
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| >>光ノ章 2-06【霊廟】b |
| 10/05/02(日) |
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| >>光ノ章 2-04【涜聖】 |
| 10/04/07(水) |
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| 10/03/31(水) |
| >>光ノ章 2-03【涜聖】a |
| 10/03/26(金) |
| >>光ノ章 2-02【我意】 |
| 10/03/01(月) |
| >>光ノ章 2-01【籠姫】 |
| 09/06/11(木) |
| >>光ノ章 2-00【老卿】 |
| 09/06/03(水) |
| >>光ノ章 1-06【脱出】 |
| 09/04/17(金) |
| >>光ノ章 1-05【残光】 |
| 09/04/05(日) |
| >>光ノ章 1-04【蠱毒】 |
| 09/03/24(火) |
| >>光ノ章 1-03【呪夜】b |
| 09/03/17(火) |
| >>光ノ章 1-03【呪夜】a |
| 09/03/11(水) |
| >>光ノ章 1-02【古怪】 |
| 09/03/02(月) |
| >>光ノ章 1-01【神都】 |
| 09/02/19(木) |
| >>光ノ章 推敲完了 |
| 08/10/06(月) |
| >>光ノ章 0-01【世界】 |
| 08/07/16(水) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下b |
| 08/07/15(木) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下a |
| 08/07/09(水) |
| >>光ノ章 0-08【聖船】中 |
| 08/07/04(金) |
| >>光ノ章 0-07【聖船】上 |
| 08/06/30(月) |
| >>光ノ章 0-06【妹姫】下 |
| 08/06/26(木) |
| >>光ノ章 0-05【妹姫】中 |
| 08/05/30(金) |
| >>0-02【妹姫】挿絵03 |
| 08/05/28(水) |
| >>光ノ章 0-04【霊鈴】下 |
| 08/05/25(日) |
| >>光ノ章 0-03【霊鈴】上 |
| 08/05/22(木) |
| >>0-00【籠姫】挿絵02 |
| 08/05/21(水) |
| >>光ノ章 0-02【妹姫】上 |
| 08/05/18(日) |
| >>光ノ章 0-01【籠姫】下 |
| 08/05/14(水) |
| >>光ノ章 0-00【聖女】上 |
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| >> †Curse of blood†時更新 |
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| 16/01/13(水) |
| >>月ノ章 4-11【祟神】 |
| 16/01/09(火) |
| >>月ノ章 4-10【祟神】 |
| 15/12/22(火) |
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| 13/08/05(月) |
| >>月ノ章 4-08【奈落】 |
| 13/07/22(月) |
| >>月ノ章 4-07【霊廟】 |
| 13/07/15(月) |
| >>月ノ章 4-06【真因】 |
| 13/07/01(月) |
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| 13/06/10(月) |
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| 13/06/04(火) |
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| 13/05/15(水) |
| >>月ノ章 4-00【迷途】 |
| 11/04/01(金) |
| >>月ノ章 3-12【凶刃】下 |
| 11/03/09(水) |
| >>月ノ章 3-11【凶刃】中 |
| 11/03/03(木) |
| >>月ノ章 3-10【凶刃】上 |
| 11/02/27(日) |
| >>月ノ章 3-09【取引】下 |
| 11/02/20(日) |
| >>月ノ章 3-08【取引】中 |
| 11/02/14(月) |
| >>月ノ章 3-07【取引】上 |
| 11/02/07(月) |
| >>月ノ章 3-06【捕竜】 |
| 11/01/23(日) |
| >>月ノ章 3-05【語部】 |
| 11/01/18(火) |
| >>月ノ章 3-04【天敵】 |
| 11/01/12(水) |
| >>月ノ章 3-03【水都】 |
| 10/01/07(金) |
| >>月ノ章 3-02【思惑】 |
| 10/12/22(水) |
| >>月ノ章 3-01【月兎】 |
| 10/12/18(土) |
| >>月ノ章 3-00【金策】 |
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| >>月ノ章 2-08【転換】 |
| 10/02/16(火) |
| >>月ノ章 2-07【血渇】 |
| 10/02/07(日) |
| >>月ノ章 2-06【幻影】 |
| 10/01/27(水) |
| >>月ノ章 2-05【女難】 |
| 10/01/21(木) |
| >>月ノ章 2-04【国境】 |
| 09/11/16(日) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】c+ |
| 09/11/10(火) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下c |
| 09/11/09(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下b |
| 09/11/03(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下a |
| 09/10/22(木) |
| >>月ノ章 2-02【灯台】中ab |
| 09/10/01(木) |
| >>月ノ章 2-01【灯台】上 |
| 09/09/27(日) |
| >>月ノ章 2-00【呪地】 |
| 09/09/15(火) |
| >>月ノ章 1-06【余談】 |
| 09/08/31(月) |
| >>月ノ章 1-05【脱出】ab |
| 09/08/24(月) |
| >>月ノ章 1-04【取引】 |
| 09/08/07(金) |
| >>月ノ章 1-03【聖船】b |
| 09/08/04(火) |
| >>月ノ章 1-03【聖船】a |
| 09/08/02(日) |
| >>月ノ章 1-02【聖船】a |
| 09/07/14(火) |
| >>月ノ章 1-01【慧眼】 |
| 09/07/09(木) |
| >>月ノ章 1-00【日常】 |
| 09/06/21(日) |
| >>月ノ章 0-03【双子】 |
| 09/05/12(火) |
| >>月ノ章 0-02【双子】ab |
| 09/05/01(金) |
| >>月ノ章 0-01【双子】ab |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】b |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】a |
| 08/10/01(水) |
| >>月ノ章 1-00【兎姫】 |
| 08/09/26 (金) |
| >>月ノ章 0-09【潜入】 |
| 08/09/20(土) |
| >>月ノ章 0-08【死海】 |
| 08/09/12(金) |
| >>月ノ章 0-07【灯台】 |
| 08/09/07(日) |
| >>月ノ章 0-06【凶兆】 |
| 08/08/27(水) |
| >>月ノ章 0-05【翼竜】 |
| 08/08/10 (日) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下b |
| 08/08/07 (木) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下a |
| 08/08/04 (月) |
| >>月ノ章 0-03【双子】上 |
| 08/06/13(金) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】 |
| 08/06/07(土) |
| >>月ノ章 0-02【闇商】下 |
| 08/06/05(木) |
| >>月ノ章 0-01【闇商】上 |
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| >> †Curse of blood†時更新 |
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| 16/03/08(火) |
| >>血ノ章 4-08【姫妹】 |
| 16/02/21(日) |
| >>血ノ章 4-07【姫妹】 |
| 16/02/06(土) |
| >>血ノ章 4-06【屍妹】 |
| 15/10/25(日) |
| >>血ノ章 4-05【屍妹】 |
| 13/04/30(火) |
| >>血ノ章 4-04【接触】 |
| 13/04/16(火) |
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| 13/03/29(金) |
| >>血ノ章 4-01【恋敵】 |
| 11/04/11(月) |
| >>血ノ章 0-01【血契】 |
| 11/04/03(日) |
| >>血ノ章 4-00【囚姫】 |
| 11/04/02(土) |
| >>血ノ章 0-00【夜娘】 |
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| 血ノ章【ラグナウェル編】 |
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| 0-00【夜娘】 |
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| 4-01【変節】 |
| 4-02【目的】 |
| 4-03【煙街】 |
| 4-04【接触】 |
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