『†Princesse du sang†』 光ノ章 3-09【神娘】
光ノ章 3-09【神娘】
―シャルロットSIDE―
「風?」
暫く進むと、シャルロットが訝しげに眉根を潜める。
「下方から空気の流れがあるようです」
ミルフィーナの言葉通り、吹き抜けの中、闇の底から、僅かな空気の流れが感じられた。 湿気を含んだ気流は緩やかな上昇風となり、女守護騎士団長の長い銀髪を撫でるように揺り動かしている。
「ふぅ」
シャルロットが小さく息を吐く。 じっとりとした冷たい汗が少女の首筋を伝っていた。
いつしか風に運ばれる冷気に、得体の知れない圧迫感が含まれるようになっていた。 それは腐敗臭にも似た瘴気。
「どうやら、ここが最下層のようです」
立ち止まったミルフィーナの眼前に、金属で造られた重厚な両開きの扉が浮き上がっている。
内側の吹き抜けは更なる深淵まで続いていることから、この巨大な地下空間は、人為的に造られたものではなく、元から存在していた巨大な縦穴洞窟を利用して、女神の荒御霊を封じる棺と為したようだ。
「わたしが……」
「……わかりました」
暫しの逡巡の後、ミルフィーナはシャルロットに場所を譲る。
「このなかにアルジャベータが……」
シャルロットの手の平が扉に触れる。 指先から冷気が氷のように染み込み、形容し難い不安と恐怖が心に絡みつく。
光から遠く遮断された深い闇の底で、ひとり取り残されて生き続ける苦しみとは如何程のものであろうか? 何も知らず、安穏と地上で暮らしていた自分に、アルジャベータに逢う資格があるのか? そう想うと両腕に篭められた圧力が急速に薄らいでしまう。
「シャルロットさま」
横からミルフィーナの手がシャルロットの手の甲に優しく重ねられる。
シャルロットは小さく頷くと掌に力を篭めていく。
「ここが……」
玄室の内部は蒼白い色彩に満たされていた。
そして真正面、天と地を繋ぐ巨大な磔柱に両腕を拘束された人影があった。 胸から下は十字架に同化するように深く埋もれ、既に人の姿を為していない。
胸元に深く突き刺さる一振りの剣の存在が、その人物の正体を如実に物語っていた。
「アル……ジャベータ……」
掠れた声、シャルロットが引き寄せられるように歩を進める。
「ここから先はあの娘の戦いじゃ」
後を追おうとしたミルフィーナを首人の言葉が押し止める。
シャルロットは玄室の中央に位置する十字架までの距離を、無限とも思える感情の揺らぎを超えて辿り着いていた。
「アルジャベータ」
シャルロットは、もう一度―――今度は、はっきりとその名を口にする。
目の前にすると、アルジャベータは己と比べてもさして変わりがないような年齢の少女だった。 ずっとこの冥らい地の底で、永遠とも思える苦しみの中で孤独に耐えていたのだろう。 金髪の聖女と称えられた頭髪は白く斑に染まっていた。 彼女にとって“生”とはどのような意味を持つものであったのか。 それを考えると胸が詰まる。
無意識に伸びたシャルロットの手がアルジャベータの骨ばった頬に触れた時、
「ん……」
彫像のように微動だにしなかったアルジャベータの身体が小さく揺れる。
ゆっくりと開いた瞳は、虚ろな左右非対称の光彩―――深い哀しみの色を宿していた。
「アナタは……?」
「わたしは……」
「いいえ、わかる。 アナタからはアノ人と同じ匂いがする。 よかった、アグリウスタと私の大切な子供たちは未来を繋ぐことが出来たのね」
「……はい」
シャルロットはそれだけを発するのが精一杯だった。 自身がここに来た目的など伝えられるわけもない。 教会を包み込む無益で愚かな争いの為に、アルジャベータが命を掛けて費やした全てを無に帰すことなど出来るはずもなかった。
自分がとても独りよがりで矮小な存在に思えてならない。 だが、それでも捨てきれない願いがシャルロットを突き動かす。
「わたしは……わたしは、自分の身勝手な想いを遂げるためにここに参りました」
途切れ途切れに思いの丈を吐露する。
教会の混乱、リュズレイの血が背負った宿命、自分が果たすべきと信じている全てを。
「断ち切らなければならない。 古き慣習に縛られ、子を奪われる母がなくなるように。 種族や人種の違いで、命を奪われることがなくなるように。 そして、生まれや身分に左右されて、自分自身を見失う不幸な人間が生まれないように」
それはふたりの母と、教会の対面を保つ為だけに存在を抹消された御子へと向けられた言葉。 そしてなにより、シャルロットが自分自身に投げかけたものであった。
「その為に、この剣が必要なのね?」
アルジャベータの瞳が全てを見透かすようにシャルロットを射る。
「はい。 それがどれくらい身勝手なことかも心得ています」
「気に病むことはありません。 私が救いたかったのもアグリウスタただ一人でした。 身近な誰かを守りたい、その想いが私を聖女たらしめていたのですから。 アナタはひとりの人間として愛すべき存在を守りなさい」
アルジャベータの頬が妙齢の少女のように僅かに緩む。
「わたしは生まれた時から聖女と崇められ生きてきました。 ただ与えられた運命を甘受して、そこに疑問など抱きもしなかった」
シャルロットが言葉を紡ぐ。
神聖などと崇められることが、どんなに愚かしく無意味なことであるかは自分自身の存在が証明している。 聖女の血脈など例え偶像であっても、事足りるのだ。 大事なのは生まれ持った資質などではなく、想いをカタチとして成し遂げる強さであることを。
「わたしにはこの剣の所持者足る資格などないのかもしれません。 それでもお譲り戴けますか?」
シャルロットはこの問いかけが何の意味も成さないことを理解していた。 しかし、それでも聞かずにはいられなかった。 その行為はアルジャベータの死に直結するのだから。 己に彼女の想いを受け止める資格があるのかを訊ねずにはいられなかった。
「永い時の流れの中で神剣の力は消えかけています。 私が人のカタチを保っていられるのも時間の問題でしょう。 それに久しくメナディエルの魂の苦悩を感じなくなりました。 アナタがアンネシュテフを受け継いでくれるのならば、私も安心してアグリウスタの元へいけます」
アルジャベータの言葉にシャルロットは無言で頷く。
そして、迷いも躊躇いもなく、決然と神剣の柄へと手を伸ばした。
「無駄にはしない。 これはわたしがわたしの意志で受け入れる“初めての”運命なのだから」
今なら理解できる。 なぜ、首人が自分に醜態ともいえる過去を明かしたのか、それは、物語の中心に居た者にしかこの輪廻の鎖を断ち切ることができないと悟っていたからであろう。
―――ありがとう……
アルジャベータの身体が塵となって消え去る寸前、彼女の口がそう象ったように見えた。
リュズレイの三姫記 -光と月ノ章- 5-00【… 2016/05/01
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-08【姫妹… 2016/03/08
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-07【姫妹… 2016/02/21
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アダマストル公国
聖アルジャベータ騎士団
メナディエル聖教
その他
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ウィズイッド家
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夜ノ章【短編集】
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| >>月ノ章 1-00【日常】 |
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| >>月ノ章 0-00【屍族】b |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】a |
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| >>月ノ章 1-00【兎姫】 |
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| 08/09/12(金) |
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| >>月ノ章 0-06【凶兆】 |
| 08/08/27(水) |
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| >>月ノ章 0-04【双子】下b |
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| 08/06/07(土) |
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| 11/04/02(土) |
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