『†Princesse du sang†』 光ノ章 3-10【蠢動】
光ノ章 3-10【蠢動】
―anotherSIDE―
薄闇に浮かび上がる八つの首座に六つの頭部―――其々が老若男女を象る古老たちである。
「頃来の聖職者どもは腑抜けばかりだと思っておったが全く以って殊勝なことだ」
感嘆と皮肉を内在した嗄れた響き。
「ヴィルヘルムの目的は、聖女に掛けられた嫌疑を払拭する為、敢えて私たちとの対立構図を明確化することでしょう。 真偽の選択を臣民の手に委ね、状況の打開に利用する算段かと」
それに応えたのは、何処か憂いを帯びたうら若い女の声。
「確かに吾らに反感を抱く信徒も多かろう」
「現し世では、ボクたちのことを人の皮を被った半妖とか」
更に別の声が応じ、それを奇妙な音階を宿す幼げな声が揶揄する。
「今更信心を得ようなど詮無きこと。 我らがヒトの身を捨てた理由を忘れたわけではあるまい。 そう、全ては数百年に亘る悲願を成就する為に……」
最後の一者が妄執を篭めてそう締め括った。
・
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・
ファティマ・イスはヴィルヘルムと密かに合流すると、精力的に外交攻勢を講じていた。
手始めに、教会内の有力者、特にアルジャベータ聖公会の重鎮たちと密に連絡を取り合った。 情報戦を制するには、敵陣営の内情をできるだけ詳しく知る必要があったのだ。
「しかし、あのような愚か者の戯言に貴族連合が賛同の意を示すとは慮外ですわ」
ファティマ・イス曰く、件の愚か者―――ゲティス・フォンという人物は、権威を笠に増長した挙句、放蕩の限りを尽くしてフォン家の名声を失墜せしめた張本人である。 元老院の遣り口には賛同致しかねるところだが、あの男から司教位を剥奪したことだけは評価に値した。
「大方、協力者に対して、失地の回復と既得権の復活を約束したのじゃろう」
ヴィルヘルムは泰然たる面持ちで述べる。
事実その推察は正鵠を射ていた。 ゲティスの下に集った貴族たちの大半は、彼の父である前教皇バレル三世の教会改革によって利権を失った者達である。 支援の対価として嘗ての特権的な地位を取り戻そうとする反動勢力と位置づけて差し支えなかった。
「浅慮で打算的な為業としか言いようがありません。 貴族道徳の真髄は高潔さである筈ですが、そういった精神は過去の遺物に成り果てたようですわね」
ファティマ・イスが辛辣に吐き捨てる。
現在、三陣営の中で最も巨大な勢力を保持するのは、貴族連合の後ろ盾を得たゲティス・フォンである。 その事実が彼女を苛立たせているのだろう。
「それはワシ等宗教人にとっても耳が痛い言葉じゃな。 もっとも、打算的であるが故に、必要以上に警戒することもなかろう」
「あら、それはどういった了見で?」
「数は多くとも、アレは覚悟なき烏合の衆じゃ」
ゲティスを担ぐ貴族たちは、我が身に降りかかる不幸―――この場合、一般市民にとっての幸福だが、を嘆きつつも一度は新体制を受け入れたのである。 真に気骨無き者など恐るるに足らずと言いたいのだろう。
「では当面の敵は元老院ということになりますわね」
細顎に指を添えたファティマ・イスがヴィルヘルムに目線で問い掛ける。
「そうなるかの」
教皇位は陣営の規模で決まるわけではない。 要は教皇選挙で枢機卿団の過半数票を得ればいいのだ。 そういった意味で、既に枢機卿三者から推薦を受けて、教会内の気脈に通じる元老院の後押しがあるアンヌフォルト・インスブルクは、最も聖座に近い存在と言えるだろう。 聖女も同様に枢機卿三名の票を確保しているが、今は咎人の身だ。 汚名を払拭できねば、教皇選挙どころではない。 加えて、アルジャベータ聖公会の総本山が座すアダマストル本国でもキナ臭い動きがあるようだった。
「じゃが、ここにきて白十字教の動向も腑に落ちぬ」
ヴィルヘルムが話題を転換する。
元より現白十字教の幹部には元老院の息の掛かった聖職者が多数存在した。 加えて同宗派では、偶像崇拝を禁ずるが故に、聖女と対立の構図が描かれることは、当然の成り行きである。
それは、白十字教区長でもあるアンヌベルクとライオネルの両枢機卿が元老院側に付いていることからも確認できる。
ところが、本来なら真っ先にアンヌフォルトを推薦すると思われたマグヌス卿が中立の立場をとったのだ。 彼は同宗派に多大な影響力を保持するギルドゥクリエースト家の次期当主候補であったから、教会の内情に通ずる者達は驚きを禁じ得なかった。
マグヌス卿の離反は元老院にとっても思わぬ誤算であったと考えるべきだろう。
「切り崩すのならば特定宗派に属さないカルロ卿だと考えていましたが、離反者の懐柔という選択肢もありえますわね」
ファティマ・イスはヴィルヘルムの世才に感化したように静かに瞠目していた。
・
・
・
一方、そのファティマ・イスに堕落者の烙印を捺されたゲティス・フォンの陣営は閉塞感に苛まれていた。
「くそ、どうなっている!?」
ゲティスが特徴的な狐目を更に吊り上げて、玉杯を床に叩きつける。
フォン家直轄の保養地に数えられるソウルガイス諸島群の一角ジフ・クロワ島に居を構えた後、貴族連合に後援を取り付けたまではよかった。 しかし、各枢機卿宛てに送った密書の成果が芳しくない。 このままでは一人蚊帳の外に追いやられたまま、道化を演じる羽目に陥るだろう。
「いっそのこと大軍を動員して神都を攻め落としてはどうだろうか?」
「なりませぬ。 アレシャイムは教会の聖地、そのようなことをなさってはゲティスさまの威光が地に堕ちますぞ」
ゲティスが安易に口走った放言に慌てたのは側近たちである。
もっとも、口ではそう諌めたが、内情は違っていた。
現時点でゲティス傘下の戦力は、フォン家直属の私兵五百に加えて、ルブリス島の貴族連合支部から形ばかりに参集した三百の雑兵である。 合わせて千にも満たぬ軍勢では、神都を守護する神聖騎士団に返り討ちに遭うのが関の山であろう。
「それにつけても、各地の貴族共はなにをしている!? 既に貴族連合から軍隊派遣の要請を受けているはずだ。 なぜ、一向に動こうとせぬ」
ゲティスもそれがわかっていたからこそ、貴族たちの打算的な退嬰さが余計に腹立たしかった。
教敵を討つために貴族連合に対して援軍を呼集したのだが、何かと理由をつけて門扉を閉ざす貴族が続出したのだ。 もっとも、喩え志があっても、教皇庁が座すルブリス島への渡航は著しく制限されている為、十分な兵士を送り出す手段にも欠けていた。 加えて大遠征ともなれば財政面の問題もある。 端から新教皇の下で、甘い汁を啜ろうとの打算的な腹積もりであるのだから、不確かな未来に、大枚を投資する者は少なかったのである。
「貴族たちも国の許可を得ずに出兵することはできません。 致し方ない判断かと存じますが……」
「渡航者に身を窶すなり、殉教者として教会船に潜り込むなり、方法は幾らでもあるだろう」
ゲティスの言い分はもっともだが、ここで廷臣相手に喚き散らしても仕方が無い。
「では今一度、貴族連合に対して出兵を促す教書を送り届けましょうか?」
初老の廷臣の問いかけに、暫しの沈黙がその場を支配する。
「……いや、奴らにその気がないのならば時間の無駄だろう。 ここは別の手段を―――そうか、そうだな。 このような回りくどい手段を講ぜずとも、予の対抗馬になりえる存在がこの世から消えてしまえばよいのだ」
ゲティスは己が抱いた着想に得心したように何度も頷くと、いつしか高らかな嘲笑を放っていた。
リュズレイの三姫記 -光と月ノ章- 5-00【… 2016/05/01
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-08【姫妹… 2016/03/08
リュズレイの三姫記 -血ノ章- 4-07【姫妹… 2016/02/21
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人物紹介
【人族世界】
アダマストル公国
聖アルジャベータ騎士団
メナディエル聖教
その他
【屍族世界】
ウィズイッド家
用語辞典
一般用語
夜ノ章【短編集】
0-00【炎神】
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| 10/03/01(月) |
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| 09/06/11(木) |
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| >>光ノ章 1-06【脱出】 |
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| >>光ノ章 1-05【残光】 |
| 09/04/05(日) |
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| 09/03/02(月) |
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| 09/02/19(木) |
| >>光ノ章 推敲完了 |
| 08/10/06(月) |
| >>光ノ章 0-01【世界】 |
| 08/07/16(水) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下b |
| 08/07/15(木) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下a |
| 08/07/09(水) |
| >>光ノ章 0-08【聖船】中 |
| 08/07/04(金) |
| >>光ノ章 0-07【聖船】上 |
| 08/06/30(月) |
| >>光ノ章 0-06【妹姫】下 |
| 08/06/26(木) |
| >>光ノ章 0-05【妹姫】中 |
| 08/05/30(金) |
| >>0-02【妹姫】挿絵03 |
| 08/05/28(水) |
| >>光ノ章 0-04【霊鈴】下 |
| 08/05/25(日) |
| >>光ノ章 0-03【霊鈴】上 |
| 08/05/22(木) |
| >>0-00【籠姫】挿絵02 |
| 08/05/21(水) |
| >>光ノ章 0-02【妹姫】上 |
| 08/05/18(日) |
| >>光ノ章 0-01【籠姫】下 |
| 08/05/14(水) |
| >>光ノ章 0-00【聖女】上 |
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| 16/01/13(水) |
| >>月ノ章 4-11【祟神】 |
| 16/01/09(火) |
| >>月ノ章 4-10【祟神】 |
| 15/12/22(火) |
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| >>月ノ章 4-08【奈落】 |
| 13/07/22(月) |
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| 13/07/15(月) |
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| 13/07/01(月) |
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| 13/06/17(月) |
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| 13/06/10(月) |
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| >>月ノ章 4-00【迷途】 |
| 11/04/01(金) |
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| 11/02/27(日) |
| >>月ノ章 3-09【取引】下 |
| 11/02/20(日) |
| >>月ノ章 3-08【取引】中 |
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| >>月ノ章 3-07【取引】上 |
| 11/02/07(月) |
| >>月ノ章 3-06【捕竜】 |
| 11/01/23(日) |
| >>月ノ章 3-05【語部】 |
| 11/01/18(火) |
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| >>月ノ章 3-03【水都】 |
| 10/01/07(金) |
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| 10/12/22(水) |
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| >>月ノ章 2-08【転換】 |
| 10/02/16(火) |
| >>月ノ章 2-07【血渇】 |
| 10/02/07(日) |
| >>月ノ章 2-06【幻影】 |
| 10/01/27(水) |
| >>月ノ章 2-05【女難】 |
| 10/01/21(木) |
| >>月ノ章 2-04【国境】 |
| 09/11/16(日) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】c+ |
| 09/11/10(火) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下c |
| 09/11/09(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下b |
| 09/11/03(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下a |
| 09/10/22(木) |
| >>月ノ章 2-02【灯台】中ab |
| 09/10/01(木) |
| >>月ノ章 2-01【灯台】上 |
| 09/09/27(日) |
| >>月ノ章 2-00【呪地】 |
| 09/09/15(火) |
| >>月ノ章 1-06【余談】 |
| 09/08/31(月) |
| >>月ノ章 1-05【脱出】ab |
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| >>月ノ章 1-04【取引】 |
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| >>月ノ章 1-03【聖船】b |
| 09/08/04(火) |
| >>月ノ章 1-03【聖船】a |
| 09/08/02(日) |
| >>月ノ章 1-02【聖船】a |
| 09/07/14(火) |
| >>月ノ章 1-01【慧眼】 |
| 09/07/09(木) |
| >>月ノ章 1-00【日常】 |
| 09/06/21(日) |
| >>月ノ章 0-03【双子】 |
| 09/05/12(火) |
| >>月ノ章 0-02【双子】ab |
| 09/05/01(金) |
| >>月ノ章 0-01【双子】ab |
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| >>月ノ章 0-00【屍族】b |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】a |
| 08/10/01(水) |
| >>月ノ章 1-00【兎姫】 |
| 08/09/26 (金) |
| >>月ノ章 0-09【潜入】 |
| 08/09/20(土) |
| >>月ノ章 0-08【死海】 |
| 08/09/12(金) |
| >>月ノ章 0-07【灯台】 |
| 08/09/07(日) |
| >>月ノ章 0-06【凶兆】 |
| 08/08/27(水) |
| >>月ノ章 0-05【翼竜】 |
| 08/08/10 (日) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下b |
| 08/08/07 (木) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下a |
| 08/08/04 (月) |
| >>月ノ章 0-03【双子】上 |
| 08/06/13(金) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】 |
| 08/06/07(土) |
| >>月ノ章 0-02【闇商】下 |
| 08/06/05(木) |
| >>月ノ章 0-01【闇商】上 |
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| 16/03/08(火) |
| >>血ノ章 4-08【姫妹】 |
| 16/02/21(日) |
| >>血ノ章 4-07【姫妹】 |
| 16/02/06(土) |
| >>血ノ章 4-06【屍妹】 |
| 15/10/25(日) |
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| >>血ノ章 4-04【接触】 |
| 13/04/16(火) |
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| >>血ノ章 4-02【目的】 |
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| 11/04/11(月) |
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| 11/04/03(日) |
| >>血ノ章 4-00【囚姫】 |
| 11/04/02(土) |
| >>血ノ章 0-00【夜娘】 |
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| 血ノ章【ラグナウェル編】 |
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| 0-01【血契】 |
| 4-00【囚姫】 |
| 4-01【変節】 |
| 4-02【目的】 |
| 4-03【煙街】 |
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