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145 『戦 後史の正体1945-2012』 孫崎亨 創元社 186頁¥1500 2012.8.10 初版第1刷発行 [目次] 序章 なぜ「高校生でも読める」戦後史の本を書くの か 第1章「終戦」から占領へ 第2章冷戦の始まり 第3章講和条約と日米安保条約 第4章保守合同と安保改定 第5章自民党と経済成長の時代 第6章冷戦終結と米国の変容 第7章9・11とイラク戦争後の世界 あとがき 資料 年表 INDEX [内容] ここで扱われているのは、戦後史といっても、「日本の政治の戦後史」です。日 本の戦後史は余りに米国追随型であった、 というのが本書の主張のようです。 そして最後に歴代首相を、自主派、対米追随派、一部抵抗派に分類しています。 自主派には、重光葵、石橋 湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中 角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護熙、鳩山由紀夫が、対米追随派には、吉田 茂、池田勇 人、三木武夫、中曽根康弘、小泉純一郎、小渕恵三などが入れられ ています。 [感想] 歴史というのは、同じ事象でも見方によって色合いが大きく異なって見えるもの です。私には、この本では、戦後史の見方 が対米という軸に集中しすぎている ように思われます。ソ連や中国の動きとそれらの脅威を軽くみすぎです。ここに この本を紹介するからと いって、この本の内容を勧めるわけではありません。 ただ、戦後史の流れから少しでも「事実fact」をくみ取り理解するには、いろい ろな見方の本を読 み、できるかぎり詳しく把握することが大切と思います。 [抄録] 〇1951年のサンフランシスコ講和条約では、48か国の代表が条約に調印した。ソ 連は会議に出席したが調印を拒んだ。中国(中華民国)は招待されず、インドは 参加を拒 否した。会議の初日、米国トルーマン大統領は「われわれのあいだに 勝者もなく、敗者もなく、ただ平和に協力する対等な者だけがある」とい う言 葉で演説を締めくくった。セイロン代表は「憎悪は憎悪によって消えるのではな く、愛によって消える」とのべた。しかし、1947年に最初の対日講和条約案で は、「日本軍国主義の復活 はアジア最大の脅威であり、これを防止するため に、日本は無期限に連合国の統制のもとにとどまらねばならない」とされてい た。(121頁) **************************************************** ランダム読書日記 by 道は るか MICHI Haluka (2015.3.29. No.145)
2015.03.31
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144 『図 説 本の歴史』 樺山紘一編 宗村泉・緒方宏大・中西保仁 共著 河出書房新社 126頁¥1800 2011.7.30 初版第1刷発行 [目次] 第1章書物という仕組みは 第2章本が揺り籠から出る 第3章書物にみなぎる活気 第4章本の熟成した味わい 第5章書物はどこへゆくか [内容] 2頁を1単位として「本の歴史」に関する55テーマを 扱っています。文字、 活字と印刷、書物、読者など、本に関連する歴史的話題が展開されています。編 者は印刷博物館館長で、著者らも同館職 員です。ちなみに印刷博物館は、凸版 印刷株式会社により東京都文京区水道1丁目の「トッパン小石川ビル」に2000年 に設立されました。 [感想] この本の魅力は、簡潔な内容の文章の中に掲げられている美し く鮮明な写真の 数々です。本好きの人ならこれらの写真を眺めているだけで楽しい気分になるこ と請け合い。本が提示するものは、単に情報だ けではありません。装丁や紙や 活字体を含めた全体です。読書ののちには、読んだ本の手触りや匂いまでもが記 憶に残ります。 [抄録] ○ドイツ人グーテンベルクが開発した15世紀の活字書体は、当時の西ヨーロッパ で書かれた典礼書体を模したものである。ペン先を斜めに削った特 殊なペンに よって書かれたごつごつした書体で「ゴシック体」とよばれた。活版印刷がイタ リアに伝わると、古代ローマのトラヤヌス帝碑文を 手本とした優雅な曲線で構 成された活字「ローマン体」が造られた。さらに16世紀にアルドゥス・マヌティ ウスという印刷人が、文字 を斜めに傾けた「イタリック体」を開発した。18世 紀になると、タテ線とヨコ線が同じ太さの「サンセリ フ体」が英国で生まれ た。(20-21頁) ○紀元前213年に秦 の始皇帝は、秦朝が定めた新しい郡県制に異を唱える書籍を 焼却させ、著者を死罪にした。世に言う「焚書坑儒」である。中国では、王朝が 交 替するたびに焚書がくりかえされたので、古代典籍の多くが失われた。欧州 では、ルネサンス期のフィレンツェで、修道士サヴォナローラによ り信仰を冒 涜するものとして芸術作品や著作物の焼却が行われた。さらにドイツでは、ナチ スの第三帝国支配下において、政権に批判的な哲学 書や文学書が焼却された。 (52-53頁) ○日本での最初のベストセラーは、幕末から明治初めにかけて出版された福沢諭 吉の『西洋事情』(全10冊)である。発行部数は15万部であった。つぎのベスト セラーは、中村正直が1871年に出した翻訳本『西国立志編』で、100万部を超え た。(112頁) **************************************************** ランダム読書日記 by 道は るか MICHI Haluka (2015.3.23. No.144)
2015.03.23
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143 『修 道院へようこそ』 心のやすらぎを手にするための11章 Peter Seewald編 Simone Kosog著(島 田道子訳) 創元社 191頁¥1400 2010.5.10 初版第1刷発行 [目次] はじめに 第1章修道院へようこそ 第2章「修道院の安息」に関する短い考察 第3章一日のリズムについて―正しいリズムを見つける方法 第4章沈黙について―安らぎを得るための最初のステップ 第5章静寂について―安らぎを得るために、なぜ静かな決まった場所が必要なのか 第6章聞くことについて―なぜ、正しい「検挙」と「従順」が必要なのか 第7章補備の暮らしについて―安らぎを日常にとり入れる方法 第8章祈りについて―安らぎに近づくもっとも重要な方法 第9章黙想について―魂の深みへ降りていく方法 第10章自分自身について―自分自身と、また他人と、いままでよりも仲よく暮ら すための方法 第11章人生のリズムについて―自分の人生と、うまく折り合うための方法 資料編 代表的なドイツの修道院と日本の修道院 [内容] この本は、12世紀に建立されたドイツ最古のシトー会女子修道院であ るオー バーシェーネンフェルト女子大修道院を、35歳の女性編集者が体験訪問した経験 にもとづいて書かれた本です。 [感想] 昨年の夏、修道院の生活を扱ったドキュメンタリー映 画「大いなる沈黙へ」 を東京日比谷の映画館まででかけて観てきました。それはアルプスの麓にあるフ ランスの戒律の厳しいグランド・シャル トルーズという男子修道院で行われる 修道士の生活を撮った映画でした。3時間近い長編でしたが、照明や効果音やナ レーションは 一切ありませんでした。申し込みから10年目に撮影許可が与えら れ、カトリック信者のドイツ人 監督がひとりで撮影したものでした。 [抄録] ○修道生活の歴史は、紀元3世紀ごろにエジプトで最初の隠修士(いんしゅうし) たちが、町や村での生活を捨ててナイル河畔の砂漠に 移って庵(いおり)を結 び、祈りと静寂の生活を送ったことに始まる。喧噪と多忙に満ちた俗世を去るこ とが目的であった。(33頁) ○最初の隠修士は聖アントニウス(251頃~356)で あった。彼はエジプトの名門 の出であったが、ある日聖書のマタイ伝19章24節にある「金持ちが神の国に入る よりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」という聖句に出会って打ちのめ され、直 ちに全財産を寄付し、町外れ、洞窟、砂漠の奥へと居を移し、絶対的 静けさの中で禁欲的生活を送った。彼は日没後に1度だけ食事をした。それもパ ンと塩と水を口にするだけ であった。(35頁) ○修道院とは、ただ人生に疲れた人間が救いを求めて訪れる場所ではない。そこ は天との確かな結びつきを求めて、人びとが 絶えざる努力をつづける戦いの場 でもある。(186頁) **************************************************** ランダム読書日記 by 道はるか MICHI Haluka (2015.3.17. No.143)
2015.03.17
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142 『気 候の文化史』 ヴォルフガナング・ベーリンガー(松岡尚子ほか計6名訳) 丸善プラネット 355頁¥2800 2014.2.10 初版第1刷発行 [目次] 序章 はじめに 第1章気候について 第2章地球温暖化―完新世 第3章地球寒冷化―小氷期 第4章小氷期が文化に及ぼした影響 第5章地球温暖化―現代の温暖期 第6章環境破壊の罪と温室ガス気候―結び あとがき 訳者あとがき 図の解説 参考文献 註 [内容] 「私たちの祖先は氷期に生まれ、苛酷な厳寒期を生き抜き、温暖期に文化を育 んできた。文明の興亡は気 候抜きには語れない。いわば気候が歴史を作ってき たのだ」とカバーに記してあります。著者は、地球寒冷化にくらべれば温暖化の ほうが望ま しい、また排出ガスをたとえゼロにできたとしても地球温暖化は進 むであろうと考えています。そして「時代は変わり、それとともに我らもま た 変わる」というラテン語の格言をこの本の末尾に掲げています。 [感想] この本は、少し難解です。それはここに描かれている 世界史的事件や気候と 関連した社会の変動についての歴史的知識が私に不足しているためでしょう。し かし辛抱強く丹念に読んでいると、少し ずつ理解が広がり、1万年前からの地 球上で起こった歴史と気候の壮大な関連に圧倒されます。気候の悪化は、農作物 の生産を妨げ、飢えを通 して病気の流行をもたらし、時代の絵画や音楽にまで 影響するということが描かれています。なお、こういうテーマが多様な著書の和 訳本に は、日本語索引が不可欠と思われます。 [抄録] ○スイスの作家マックス・フリッシュは「人類は完新世に出現した」と記した。 もっといえば、完新世の地球温暖化こそが、 人類の高度な文明を発達させた。 完新世初期の世界人口はおよそ500万人であった。(56頁) ○ヨーロッパの民間信仰では、異常気象は常に人間の影響によるとされた。とく に凶作、不妊、不自然な病気の発生は、魔女 のせいとされた。14世紀に小氷期 が進むにつれて魔女の犯罪は増加してい き、小氷期の最も過酷な時期であった 1600年前後に魔女狩りもピークを迎えた。(183頁) ○19世紀半ばアイルランドは大飢饉により、貧しい人々は、 飢えに苦しみ、加え て熱病、胃腸病、チフス、壊血病にかかり、住民の25%が死亡した。その原因 は、1. 当時のアイルランド人の栄養源が多様でなく、ジャガイモに偏っていた こと。2. ジャガイモに疫病がはやり、収穫量が1845年から1848年の4年間、平 年にくらべ30から60%も減 収したこと。3. 最初の凶作年には、英国政府が大 量のトウモロコシを 米国から買付けてあったので、飢饉が回避された。しかし 翌年も凶作となり、その蓄えは尽きてしまった。4. 政権が交代して自由貿易政 策がとられ、危機の克服は 市場にゆだねられた結果、食料の供給が崩壊した。 (234頁)5. 追加として、当時のヨーロッパで栽培されていたジャガイモは導 入されたわずか数個のイモから栄養繁殖で増殖された子 孫であり、先祖が疫病 に弱い個体であったため、子孫の全個体が疫病に罹ったことも悲劇の原因となっ た。6. ジャガイモ疫病の病原体のほうは、南米から肥料とし てグアノ(糞化 石)を輸入したことによるのではないかと著者は考えている。 **************************************************** ランダム読書日記 by 道はるか MICHI Haluka (2015.3.12. No.142)
2015.03.12
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141 『チーズと文明』 ポール・キンステッド(和田佐規子訳) 築地書館 343頁¥2800 2013.6.10 初版第1刷発行 [目次] はしがき はじめに 文明史と交差するチーズの歴史 第1章チーズの起源 古代南西アジア 第2章文明のゆりかご チーズと宗教 第3章貿易のゆくえ 青銅器とレンネット 第4章地中海の奇跡 ギリシャ世界のチーズ 第5章ローマ帝国とキリスト教 体系化されるチーズ 第6章荘園と修道院 チーズ多様化の時代 第7章イングランドとオランダの明暗 市場原理とチーズ 第8章伝統製法の消滅 ピューリタンとチーズ工場 第9章新旧両世界のあいだ 原産地名称保護と安全性をめぐって 参考文献 索引 訳者あとがき [内容] 古代南西アジアで誕生したチーズの現代までの歴史がつづられています。この本 は、いろいろな種類のチー ズについて、その歴史上の起源を明かしてくれるの で、チーズに目がない人には興味深いことでしょう。 [感想] ヤギかヒツジの胃で作った水筒に新鮮なミルクを入れ て旅に出た遊牧民が、 旅の途中で休んでミルクを飲もうとして水筒を開けたら、ミルクが固まっていた のが、チーズの最初の発見だという。こ のよく知られた話は、信ぴょう性が薄 いと書いてあります。チーズやバターは新石器時代人がミルクを利用するように なるとすぐに作られた が、少なくともその後千年間(紀元前550年ごろまで)は、 成 人はラクトース(乳糖)に対してアレルギーがあり新鮮なミルクを飲むと激し い下痢をおこすので飲めなかったということです。つまり、ミルクを 飲む習慣 のほうがチーズを食べることよりずっと後のことだというのです。おどろき。 [抄録] ○紀元前7000年まで に古代オリエント文明の中心地「肥沃な三日月地帯」全体に すでに羊とヤギの牧畜が広がってはいたが、このころはまだ動物飼育は肉用で、 ミ ルク用でなかった。羊やヤギの野生種では出産した子どもに与える以上のミ ルクを出すことはほとんどできなかった。(23頁) ○牛乳と違って、羊乳からクリームを分離できないのでバターを造れなかった。 バターはアングロサクソンの時代では贅沢品 で、中世後期、酪農が羊乳から牛 乳に比重を移して初めて、広く手に入るようになったのである。(195頁) ○13世紀にはチーズの生産は羊毛生産と切り離され始めた。 牛はミルク生産、羊 は羊毛生産のためにそれぞれ飼育されるようになった。こうして荘園でのチーズ 製造は羊乳から牛乳へと移った。その結 果、イングランドの羊乳チーズは15世 紀終までにほとんど姿を消した。(201頁) **************************************************** ランダム読書日記 by 道は るか MICHI Haluka (2015.3.1. No.141)
2015.03.01
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