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108 「藍が来た道」 村上道太郎 (むらかみ みちたろう) 新潮選書 219頁¥874 1989.10.20 初版第1刷発行 [目次] はじめに I 海を渡ってきた藍 一、 ヒロシゲ ブルー 二、 紺屋の白袴 三、 頼朝の袴 四、 貴族の衣 五、 青丹よしの色 六、 水はだの帯 七、 大国主命の衣の謎 八、 倭人の面影 九、 卑弥呼と魏王の贈り物 II 藍は地球をめぐる 一、正倉院とシルクロード 二、 ヨーロッパの藍 三、 アフリカの藍 四、 アメリカの藍 III 私と藍 あとがき [内容] イルクーツクの捕虜収容所での苛酷な日々から生還した著者は、 草木染めの世界に救われ、独学で道を究めた。 60歳台に入り、都会の生活と個展、講演、執筆に疲れ、仕事からくる 神経痛に悩み、北伊豆の山中に引きこもったとき、はじめて藍に 出会う。 以後、古代の染色技術の研究から「藍の生葉染めと乾葉染め」、 「ヨーロッパ藍の栽培と染色」、「植物染めの機械化」などに成功した。 このような著者による藍談義です。縦横無尽に語られる世界各国 の藍の話はつきません。 [感想] この本を紹介しようと思ったのは、偶然テレビで藤田まこと主演の 「必殺仕事人」の中で藍職人が藍を染めるシーンをみたからでした。 著者は「藍とはどんな木ですか」と質問されて驚いたと書いていますが、 恥ずかしながら私も、藍はある1種類の植物だと思いこんでいました。 藍と呼ばれるている植物は世界中で数多くあって、藍はそれぞれ 特徴のあるそれらのさまざま植物の総称だということを知りました。 日本本州 タデアイ(蓼藍) タデ科 沖縄 琉球藍 北海道 蝦夷大青(北海道藍) アブラナ科 この本ではそのほか世界の藍として、 インド藍、アフリカのスーダンやナイジェリアの藍、米国のインディオ による藍、アンデスの藍、などが出てきます。 [頁のかけら] ○ (チュニジアの女性には、結婚や祭りに「ハンナ」と呼ばれる化粧 を手足に施す習慣があり、それと関連して娘が嫁ぐ日の歌が紹介さ れています。ハンナとはミソハギ科のツマクレナイのこと) 娘よ この日を楽しみに お前を育てた なんてうれしい 美しく装って あなたは この家を去る おめでたいのに わたしは さびしい **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2009.22 No.108)
2009.01.22
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107 「ジャガイモのきた道-文明・飢饉・戦争」 山本紀夫 (やまもと のりお) 岩波新書 204頁¥740 2008.5.20 初版第1刷発行 [目次] はじめに 第1章 ジャガイモの誕生 -野生種から栽培種へ 第2章 山岳文明を生んだジャガイモ -インカ帝国の農耕文化 第3章 「悪魔の植物」、ヨーロッパへ -飢饉と戦争 第4章 ヒマラヤの「ジャガイモ革命」 -雲の上の畑で 第5章 日本人とジャガイモ -北国の保存技術 第6章 伝統と近代化のはざまで -インカの末裔たちとジャガイモ 終章 偏見をのりこえて -ジャガイモと人間の未来 あとがき 参考文献 [内容] ジャガイモは富士山の高さに匹敵する標高3000mから4000mの 南米アンデス高地の高山植物として生まれました。 この本では、ジャガイモこそアンデス先住民を支えた作物であった ことを証明すべく努めてきた民俗植物学を専攻する著者が、 ジャガイモの生い立ちから、世界各地への伝播と普及、そして 人々の暮らしに与えた影響について語っています。 [感想] 作物の中でジャガイモほどエピソードの多い作物はないでしょう。 アンデスの山岳地帯で野生のジャガイモからどのように栽培種が生まれたか。 南米アンデスから海を越えて、ヨーロッパの平地にどのように伝わったのか。 当初は気味悪がられたジャガイモが、どのように受け入れられていったのか。 ジャガイモの不作で起こったアイルランドの大飢饉はどのような有様だったのか、 などなど。 海外ではこのようなジャガイモにまつわる話を扱った本はいくつも出て いますが、この新書本では、それらを引用しながらも、著者長年の 研究成果が随所に説かれています。またインカ時代のジャガイモの 植えつけ風景、ダブリンにある大飢饉を表わす群像、パリ地下鉄に あるパルマンティエの肖像、エベレスト山麓でのジャガイモの収穫状況、 など興味深い写真も多く載っています。 [頁のかけら] ○ 江上(波夫)氏は、イモを中心とする芋農耕では文明は生まれ ない、とはっきり述べている。また、江上氏も伊東(俊太郎)氏も 穀物農耕こそが文明を生んだと強調している。これらの説のためか、 これまでアンデス文明もイモではなく、トウモロコシを中心とする農耕 が生んだというのが定説であった。たとえば、日本の高等学校の 歴史教科書でもほとんど例外なく「アンデス文明はトウモロコシ農耕 を基礎に成立、発達した」と記述されている。(中略) しかし、私自身は、ちがう、と思っている。 ○ 初めてインカの領土に入ったスペイン人たちを驚嘆させた農耕 技術が少なくとも二つあった。ひとつは灌漑であり、もうひとつは階段 耕作である。 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2009.15 No.107)
2009.01.15
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