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128 「孤高の鬼たち」 文藝春秋編 文春文庫 348頁¥420 1989.11.10 初版第1刷発行 副題 素顔の作家 [目次] I 作家が描く作家の肖像 三鷹下連雀・太宰治 ----- 瀬戸内寂聴 隣りの”伯父さん”とわたし ----- 山口瞳 長編小説の鬼 ----- 北川荘平 室生犀星の大きな愛 ----- 萩原葉子 宇野千代言行録 ----- 吉屋信子 憂国の詩人・三好達治 ----- 河盛好蔵 II 家族が描く作家の肖像 夏目漱石の「猫」の娘 ----- 松岡筆子 父龍之介の映像 ----- 芥川比呂志 坂口安吾と「青鬼の褌を洗う女」 --- 坂口三千代 貧乏詩人の妻といわれて ----- 山之口静江 III 師弟が描く作家の肖像 太宰治のこと ----- 井伏鱒二 鬼の面 ----- 今東光 枯野の人・宇野皓ニ ----- 水上勉 解説 [内容] 文藝春秋の本誌や別冊に、折々に掲載された短編を集めた ものです。 「作家の言行が、人間的興味の対象とされるのは、そこに 個性的な生き方が読みとれるからだ」と、と解説の冒頭 にあります。ここには漱石、芥川、太宰、川端康成など、 著名な作家の生活が身近な人を通して描かれています。 [感想] 漱石が家庭では子煩悩であったこと、 銭湯で会った谷崎潤一郎の話 川端康成と近所づきあいだった山口瞳の話、 など、中には作品からは窺い知れない日常もあり、 改めて作品を再読したくなります。 13の短編中、とくに惹かれたのは、 冒頭の寂聴による太宰と5人の女性- 初代、田部シメ子、美知子、太田静子、山崎富栄の話でした。 [頁のかけら] ○ (谷崎の輝かしい成功にショックを受け) 和辻哲郎は小説をあきらめて哲学に進み、芦田均は文学を 捨てて外交官を志した。 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.30 No.128)
2010.01.30
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127 「ビッグバン宇宙論」 上・下 Simon Singh (青木薫訳) 新潮社 298+284頁¥1600+¥1600 2006.6.25 初版第1刷発行 原著題 BIG BANG [目次] 上巻 第1章 はじめに神は..... 第2章 宇宙の理論 第3章 大論争 下巻 第4章 宇宙論の一匹狼たち 第5章 パラダイム・シフト エピローグ 謝辞 付録-科学とは何か? 用語解説 訳者あとがき [内容] この本は、各章の終わりに、その章の要約が記されている親切な本です。 これをさらに辿って要約すると; 上巻では 1. 紀元前6世紀のギリシャで、哲学者たちは宇宙を自然現象 として記述しはじめた。 彼らは実権と観測、論理と理論を使って地球、太陽、月の大きさと、 それら相互の距離を測ることに成功した。 ギリシャの天文学者は宇宙について間違った「地球中心モデル」 を作った。 2. 16世紀にコペルニクスが円軌道の「太陽中心モデル」を 唱えたが、無視された。 3. テイコのデータを駆使して、ケプラーが楕円軌道の 「太陽中心モデル」を確立した。 4. ガリレオは「太陽中心モデル」を支持した。彼は 木星の衛星、太陽の黒点、金星の満ち欠けを発見した。 5. 1670年、レーマーが、木星の衛星の観測から光の速度は有限 であることを示した。 6. 宇宙は光を伝達するエーテルという物質で満たされていると 信じた人たちがいた。 しかし、マイケルソンとモーリーの実験でエーテルの存在は否定された。 7. アインシュタインは、光の速度は観測者に対して一定であると主張した。 この仮定にもとづいて、1905年に「特殊相対性理論」を作った。 これによれば、空間と時間はともに伸縮する。 1915年に「一般相対性理論」を作りあげた。 これは優れた重力理論となった。 8. アインシュタインは宇宙全体を調べ、重力による宇宙の収縮 を避けるため、 「一般相対性理論」に宇宙定数を加えて、 静的で永遠の宇宙像を描いた。 9. フリードマンとルメートルは、宇宙定数を捨て、膨張する宇宙を唱えた。 しかし、この「ビッグバン・モデル」は無視された。 10. 1929年ハッブルが銀河の距離と速度の間に直線的関係が あることを示した。宇宙は今日も膨張していた。 宇宙は無限の過去から存在していたのではなく、宇宙の全物質が 小さく押し込められていた揺籃期があり、それが爆発して進化したと 考えられた。 ついに「ビッグバン・モデル」が検証された。 下巻では、「ビッグバン・モデル」と「定常宇宙モデル」との相克が 詳しく描かれています。 1950年にはまだ。「ビッグバン・モデル」と「定常宇宙モデル」の 闘いが続いていた。 しかし、やがて「ビッグバン・モデル」が持っていた実証のなさという 弱点が、観測によってつぎつぎと証拠がみつかり、 ついに主流の説となった。 著者は英国ケンブリッジ大学大学院で素粒子物理学の博士号 を取得し、ジュネーヴの研究センターに勤務後、BBCに転職、 その後「フェルマーの最終定理」、「暗号解読」などの世界的 ベストセラーを生み出したサイエンス・ライターです。 [感想] 宇宙論の発展過程だけでなく、どのような人たちがどのような 状況で結論にたどりついたかが、実にわかりやすく興味深く 描かれていて、飽きさせません。 天文学や宇宙に興味にある人には、ぜひお薦めの本です。 (本文とは関係がないのですが、本ブログNo.125で書いた ジャガイモ疫病を「胴枯れ病」と誤訳した例がこの本210頁 にも見られます。残念です。) [頁のかけら] ○ 宇宙についてもっとも理解しがたいのは、宇宙が理解可能 だということだ。 アルバート・アインシュタイン **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.26. No.127)
2010.01.26
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126 「失敗という人生はない」(再) 曽野綾子新潮文庫 240頁¥480 1991.6.25 初版第1刷発行副題 真実についての528の断章 [目次] まえがき人生に失敗ということはない愛は生命そのものである神は私たちひとりひとりの中にいる無力からの出発持てる能力を生かす”私”は人々の中で生かされる曽野綾子の世界-岡宣子著作リスト[内容]曽野綾子の代表作の中から、真実をめぐる528の言葉を選び、全6章に構成したアフォリズム集、と裏表紙にあります。[感想]ある文章を、前後の関係から断ち切って抜き出して提示することは、とかくその文章の本来の意味を誤解させるもととなりがちです。でもここに並べられた528もの文章の断片を読んでいくと、曽野綾子という作家がどのように人生を捉えているかが少しずつ解ってくる気がします。ここに並んでいる文章は、作家の包み隠さない言葉です。良い悪い、好き嫌いはともかくとして、このようにはっきり物をいう人が、近時は少ないように思います。[頁のかけら] ○「愛」ほど変質しやすいものはない。 愛はその辺に転がしておけば、すぐ腐る。 愛もまた状況の温暖なところでは、腐敗が一段と進む。○祈るなんて非科学的だなんていうのは、貧しい痩せた心情なんですよ。それは人間の思いあがりなんだ。やるだけのことをやって、祈るほかはないんですよ。○ 日本人であるということは、三つの意味を持つ。日本という国家から恩恵を受ける。日本という国を、少しずつでもよくするために、ささやかな 市民的な協力をする。日本という国の持つ不運や悪をも自分のものとして甘受する。この三つが揃わなくては独立国の国民ではない。 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.22. No.126)
2010.01.22
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125 「悩ましい翻訳語」 -科学用語の由来と誤訳 垂水雄二(たるみ ゆうじ) 八坂書房 207頁¥1900 2009.11.25 初版第1刷発行 [目次] はじめに 第1章 イヌも歩けば誤訳にあたる 第2章 草木もなびく誤りへの道 第3章 人と自然を取り巻く闇 第4章 こんな訳語に誰がした 第5章 進化論をめぐる思い違い 第6章 心理学用語の憂鬱 第7章 生物学用語の正しい使い方 第8章 悩ましきカタカナ語 あとがきに代えて 参考文献/索引/著者紹介 [内容] 翻訳書の編集や翻訳者としての経験から出会った誤訳に まつわる話を、実例とともに解説した本です。 [感想] 私も一例を加えたい。 アイルランドの大飢饉(1845-1849)の話で出るジャガイモの病名blightを 「胴枯れ病」とか「ジャガイモ胴枯れ病」とか訳している本が実に多い。 「疫病」が正しい。 これは、岩波「英和大辞典」(1970)などでblightの訳として 「胴枯れ病」だけを上げているのが原因であろう。 植物病害は英名が同じでも植物によって和名が異なる (別の病気ゆえ)ので、植物病理学の本でよく確かめる必要がある。 (胴枯れ病は養蚕がはなやかなりし頃のクワの病名だった。 そもそもジャガイモには胴などない!) [頁のかけら] ○ 聖書の日本語訳には、ナツメヤシを「しゅろ(棕櫚)」、オリーヴを 「かんらん(橄欖)」、バッタを「いなご(蝗)」にするといった誤訳が散見され る。 ○ 誤訳の実例 great white shark 大きな白いサメ(誤訳)→ ホオジロザメ african wild dog アフリカ野生犬 (誤訳) → リカオン guinea pig ギニア豚 (誤訳) → モルモット guinea fowl ギニア鶏 (誤訳) → ホロホロチョウ fruit fly ミバエ (遺伝学では誤訳) → ショウジョウバエ locust イナゴ(誤訳) → バッタ (アフリカトノサマバッタ) (聖書) pollution 公害(誤訳) → 汚染 natural selection 自然選択 (著者は容認しない)→ 自然淘汰 control group 統制群 (誤訳) → 対照群 warning color 警戒色 (著者は容認しない) → 警告色 inbreeding 内婚 (遺伝学では誤訳) → 近親交配, 近交 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.18. No.125)
2010.01.18
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124 「害虫の誕生」 -虫からみた日本史- 瀬戸口明久 ちくま新書 217頁¥720 2009.7.10 初版第1刷発行 [目次] プロローグ 第1章 近世日本における「虫」 第2章 明治日本と「害虫」 第3章 病気ー植民地統治と近代都市の形成 第4章 戦争ー「敵」を科学で撃ち倒す エピローグ 主要参考文献 図版出典一覧 あとがき [内容] 江戸時代、虫は自然発生するものだと考えられていた。 そのため害虫による農業への被害はたたりとされ、 それを防ぐ方法は田圃にお札を立てるという神頼みだけだった。 当時はまだ、いわゆる「害虫」は存在していなかったのだ。 しかし、明治、大正、昭和と近代化の過程で、「害虫」は 次第に人々の手による排除の対象になっていく。 と、表紙裏に書いてあります。 虫、とくに農業害虫(ニカメイガ、イナゴ、カイガラムシなど) と衛生害虫(ノミ、シラミ、ハエ、カ)の被害を、人はどのようにとらえ、 どのように対処してきたかが歴史を追って描かれています。 [感想] かつては、男の子の多くは、野原を駈けずりまわって、 バッタやトンボを追いかけまわして楽しんだものでした。 丸の内でバッタが飛び、浅草でアカトンボが道の水溜りに群れて いたことがあったのです。かくいう私も、父親が作ってくれた 大きめの虫かごにトノサマバッタを飼ったときの敷き草の匂い が忘れられません。 大人になっても昆虫から離れられない人は少なくありません [頁のかけら] (虫の日本史) 701年:日本最初の害虫の記録、「続日本紀」に蝗被害の記述 9世紀初: 斎部広成(いんべのひろなり)による「古語拾遺」の記述 1787年:森島中良「紅毛雑話」で顕微鏡でみた蚊やシラミの図を描く 1826年:大蔵永常「除蝗録」で「注油駆除法」を推薦 1885年:玉利喜造が殺虫剤製造のため栽培する除虫菊の種子を輸入 1895年:松村松年(しょうねん)札幌農学校ではじめて昆虫学を講義 1896年:名和靖が「名和昆虫研究所」を設立。月刊誌「昆虫世界」を発行 1899年:国立農事試験場に昆虫部設立。小貫信太郎が部長就任 1909年:台湾のイセリアカイガラムシ防除にはじめて天敵を導入 1914年:小泉丹(まこと)が台湾総督府の医動物学研究室を設立 1921年:穀物燻蒸用に毒ガス「クロールピクリン」の商業生産開始 1943年:「青色蛍光誘蛾灯」の実用化(東大、東京芝浦電気など) 1946年:GHQは日本人全員にシラミ駆除用にDDTを撒布 1950年代:有機リン殺虫剤パラチオンが輸入されニカメイガに使用される 1970年代:殺虫剤に限らず天敵やフェロモンも使う「総合防除」の導入 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.17. No.124)
2010.01.17
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123 「幸田家のしつけ」 橋本敏男 平凡社新書 254頁¥740 2009.2.13 初版第1刷発行 [目次] 序文 第1章 理詰めで教える掃除の達人 第2章 父に向けた手厚い看護 第3章 反発しながらも畏敬の心 第4章 父は遊ばせ上手 第5章 最もおししいときに食す 第6章 無言で育む美しい心 第7章 「わかる」とは「結ぶ」こと 第8章 形が人を美しく見せる 第9章 着物は着こなしにある 第10章 言葉遣いに厳しく 第11章 父と娘の性教育問答 第12章 夫婦の不和で傷つく子の心 第13章 男の子に甘い父心 第14章 生死の間に最後の教え あとがき 参考引用書籍一覧 [内容] 幸田露伴の娘、文(あや)は家の食事の支度を十四歳から手助けし、 十六歳からは一切をひとり任された。 厳しいしつけに反発しながらも敬わざるをえない絶対的な父。 文豪の父をもつ娘という特異な関係から生まれたしつけの話が、 ここに描かれています。 [感想] 継母にかわり娘にしつけをした父。 そのしつけを見事に受けとめた聡明で強い娘。 子供は親の思い描いたとおりには育たぬものですが、 ここに描かれているのはみごとに,成功した「関係」でしょう。 それでも娘の文は、父が自分を愛してくれていることを実感 したのは、父の臨終に間もないときであったと告白している。 [頁のかけら] ○ 「父にいわれました。悪い言葉をつかわないのは みずからを守ることなんだ。人さまによく言うばかりじゃなくて、 自分をいやしくしないことだ。」 文 ○ 天の成せる麗質、これを美人という。 刻苦して或境界を開いた人、これを佳人という。 ○ きれいになりたい頃、私は鏡から失望と悲しみをうけとった。 文 ○ 無理におとなの承知している感覚なんかを、子供に押しつけるな。 そんなのよくないことだ。 うちのもののすることは、子供が自然に秋の夜といふものを 理解するときを静かに見きはめていて、そのときこちらも 一緒になって秋の夜を楽しむなり哀しむなりしてやればいいんだ。 露伴 **************************************************** ランダム読書日記 by 行道はるか YUKUMICHI Haruka (2010.1.12. No.123)
2010.01.12
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