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今日で5月も終わり。小雨降る瀬戸内の海はなかなか風情がある。さて、夫がまた頭に血を上らせている。(もしかして血圧が上がり気味なのではないかしら)きっかけは一本の電話だ。「言いにくいことなんやけど」と切り出されたその内容はこうだ。市の道路の草刈りをして自治会の資金源にしようという話が持ち上がっている。1メートル10円とか。よく見えない話ではある。夫は不愉快に思ったようで、「うちには草刈り機もないし、年ですから、労役分をお金で払わせてもらいます」と、明らかな不満を表明した。ノーと言ったことは後を引く。夜中に起きていた夫がつぶやいた。「これはね、嫌がらせだよ。ぼくたちの墓地のうしろに草が生えているだろう、それを何とかしろということだよ。そういう持って回ったやり方をするんだよ」「ふうん」私にはますます分からない。電話の主の言葉を反芻しているうちに思いついたらしい。地域の人(誰かは知らぬが)から嫌がらせを受けているのだと。そして今朝、小雨の中、墓地の様子を見に行った。「たいして草は生えていない。無縁仏の場所には生えているけどね」そして滔々と地域の人々にあれやこれや言われているという話。黙って聞いていた。そして言った。「今読んでいる内田先生の本にあったんだけどね、何か事が起きたとき、過去の傷を思い出して、現在の痛みを軽くしようとする人がいるんだって。トラウマの人。でも達人とか賢者とか言われる人は、未来から現在を見るんだって」と格闘家の武蔵の話をした。「パンチを受けた現在を、その後反撃した場面から振り返るんだって」死後の自分から現在の自分を見るとか、十分にこなれないままではあったけど、話をした。ほとんど伝わらなかったような感じ。でも、私の話が彼を攻撃するものではないということは、通じたようだ。何か事が起きたとき、人は過去の出来事に後戻りして危機に備えるものらしい。今回の夫の怒りやその後の行動は、過去に彼が味わった嫌がらせを思い出し、それに対抗して速やかにアクションを起こしたということになろうか。小さな寒村の自治会の出来事である。そんなに大げさに考えなくても、と私などは思う。しかし激烈な出世競争を生き抜いてきた(それも途中で陥れられたと本人は思っている)夫は、主権争いのにおいのする出来事に関しては、わずかな動きにも敏感に反応する。「こんなことは過去にいくらも経験している、やられてたまるか!」というわけ。骨粗鬆症をきっかけに活溌に動き出した私に対して、彼が猜疑心を起動し警戒したことも、同じような心理過程を辿っていると考えれば説明がつく。未来の危機を先取りしてその芽は早いうちにつぶす。自分に刃向かおうとする相手に対しては、威嚇をすることで自分の身を守る。彼が社会人として磨きに磨いた技である。現在の「怒り」や「不安」と波立つ心を、過去に巻き戻すことでなだめているのだろうか。先日の一件にしても、彼の威嚇(したつもりはないと言う)を感じ取った私は、これまた過去の忌まわしい事件に舞い戻っていた。夫が浴びせたさまざまな言葉をいちいち思い出しては、人に話した。そうすることで、私は凶暴な夫により囚われの人となっている哀れな女である、と言いたかったわけだ。はて、私は「哀れな女」と見られたいのだろうか?ノーである。そんなことない。「幸せな女」と見られたい。人に羨ましがられる女になりたい、と強く思っていたこともあったじゃないか。しかし夫の嫌がらせに見事に反応して感情を揺さぶられ、結果として彼の恫喝に屈した。いや、屈したと思いたくない私がいた。にもかかわらず、心身の受けたダメージはかなり大きい。眠れないほどに興奮状態になっている。そう、彼との格闘に敗れたのだ。繰り出されるパンチを軽々とかわすなどの芸当もできず、もろに相手の思うままに踊らされた。エアー拳で殴られたのだ。このダメージを何とか軽減したい。逃げ出す?ううん、逃げても結果は見えている。戻るに決まっている。それなら逃げるのはやめ。しかしこのダメージは何だ。殴られたわけでもないのに。格闘における私の技が未熟だということは認めたくない。(人生の格闘に未熟だと言うことは、人間的に幼いということだからね)そこで相手が「狂気の人」であるというところに逃れた。彼が異常だから私はこれだけダメージを受けたのよ。私が弱いからじゃない。狂気の人と結婚した悲劇の女、である。と言う一方で、こんなにも強力な男だから私は泣く泣くここに連れられて来た、と彼との歴史を、当然ながら私に都合良く改竄して話す。聴き手は二人いた。二人とも、黙って聴いてくれる人だった。カウンセリングマインドのある人というのか。私の一方的な話を聴いてくれる人である。「あなたは自分に都合よく記憶を改竄しているんじゃない?」なんてことは言わない。そんなことは言われたくないから、言わない人を選んだのか。私って、よくよくプライドが高い。他人に言われる前に自分で気づきたいのだ。こうして「気づいたよ」ということを書いている私がそうである。あのときは「悲劇の女」と思われたかった私が、今日は「気づきの女」と思われたがっている。未来の私に聞いてみよう。「どっちがいい?」「気づきの女、がいいに決まっているわよ」と、即答だった。「死と身体」にある「トラウマの人」に私が該当するかどうか、よく分からない。夫との格闘に敗れて傷を負ったとき、過去に散々やられた事件を思い出していた。あのときよりはまし、と確かに思った。過去の記憶にさかのぼって現在の自分の痛みを軽減しようとしたのだろうか。よく分からないな。しかし事が起きて時間が経つと、過去の記憶の中から都合の良いデータを集めて、現在の自分を語ろうとした。このことは間違いない。それも二人の聴き手に別の物語をこしらえて。「狂気の老夫をもつ悲劇の妻」「やくざまがいの男に強奪され軟禁されている妻」ま、どちらも同じといえば同じだな。物語というのは、脳はいくらも量産できるものなのだ。「妄想」とは脳の暴走なんだもんね。よく暴走する私の脳よ。どうやら、お得意の妄想の力で私は「哀れな被害者物語」に居着いていたらしい。居着くとは病むことなり、だそうである。その物語から離れられないということね。もういい加減にせえ。って何度も書いている気がする。はて、何を言おうとしていたのだったか。そうそう。これから私が目指すのは、未来から見た私、という生き方。出来たらいいな。いや、きっと出来るよ。この強烈な個性の夫との縁を、未来の私は微笑んで見ている。死後の私が、現在の私に微笑みかける。「なかなか頑張っているね」って。このブログには、さまざまな人格が登場するのだけれど、今後「死後の私」が一つのポジションを獲得することになると思う。「死後の私」が「現在の私」に語りかける。なんて素敵な思いつき!ということで、とても爽快、胸を張って腹筋伸ばしをしている私です。
2008年05月31日
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天はなにゆえ私に内田樹をつかわしたもうたか。内田樹の「死と身体」を読んでいる。たまたまひと月ほど前に買っていた。しばらくぶりに本でも読もうか、という気分のときにアマゾンで購入した。いや、「目からうろこ」である。いやいや、そうなることが分かっていて買ったのだ。多分。読みながら、私は自分自身をチェックする。それをさせてくれるのが内田氏である。ということは、内田氏自身が自己検証しながら書いているということだ。これもたまたま先日、木田元の言葉を思い出していた。哲学は人生の補助線だ、といったことを、木田元が言っていた。そのことを思い出していた。補助線というのは、問題解決の際にとても有効だ、と思いながら。そう、私自身が抱える難問を解くのに、その補助線を勝手ながらつかわせていただいている。八重粉さんやらろくさんやらの登場もその一つ。驚くほどの効果が、私の場合はある。その木田元のことが、内田本に出てきた。へえ、いや、当然か。それはともかく、内田先生の「妄想のすすめ」には泣けた。私のために書いてくれたのであろうか、と思える内容である。単なる空想や想像を、あえて「妄想」と名付ける。これは私が過去の日記で故意にやったこと。同じ事を、先生もおやりになっている。その上で、「妄想」は脳の暴走であると喝破されている。しかも、今どきの人は「取り越し苦労」的妄想を優先的になしているように思える、と。ああ、そうよそうよそうなのよ。最悪の事態を想定して危機に備えているつもり…そうなんです、そうなんです、危機に備えているつもり。ところがこれでは、自分の「妄想」の正しさを立証せんとする欲望に、現実が負けてしまうのだ。おお!なんと、死への欲望のしぶとさよ。という話がなぜか「身体の教育(呼吸法や瞑想法や錬丹法)の必要に結びつくのかは、また長い話がある」とおっしゃる。その続きは京都新聞を読めと。そんな新聞手に入りませぬ。ですがですが、私も偶然、身体をつかう、呼吸を整えるという方向に歩き始めている。きっと辿り着くであろう。内田翁?の着地点とほぼおなじところに。そんな安心感をおぼえている。この不思議な偶然の重なりにほとんど狂喜乱舞、うーん、オーバーかな。最悪の事態を「妄想」するのをやめようと思う。それはかなり難しいこと。長年の癖だから。しかし決意した。将来の自分のイメージを、膝なんか痛くない、自由に都会を闊歩する元気ばあちゃんにする。子どもや孫もいる。友人もいる。現夫の子どもたちともノー天気に交流する。物怖じしない、明るくて気前のいい婆さん。ちょっと頼まれて文章なんか書いたりもするインテリ婆さん。とりあえず、こんなイメージで行こうかな。しかししかし、最悪の事態へと転がる「妄想」を止めるのは簡単じゃない。へその下の丹田とかの力が必要になってくる。多分。それを今鍛え始めたところなのだ。まだきっかけを掴んだところだけれど、膝痛および骨そしょう症がなかったら、この段階に至っていない。ラッキーラッキー。で、この点については頑固な夫が、先日の大戦争のおかげか、とても素直になっている。昨日は彼の背中及び腰の歪みをとる?マッサージもどきを施した。すると、彼はすうすう寝てしまった。気持ちよかったのだそうだ。私がサルサの先生に教わったことの一部を実践したまでのことだけれど、受けた恩恵はすぐに分け与えようという気持ちになったのだ。それはとても素直に彼の身体に入っていった。そのことがまた私を喜ばせた。気前のいい私、うん、なかなかいいね。人からいただいたものは、後生大事に自分で抱えているのではなく、人に与える。そうやって回っていくのだ。なんてことを何度も言っている気がするな。同じ事を繰り返しながら、特に成長するというのでもなく、生きていくのが人間よ。てなことを内田翁が書いておられたような…。ありがとうございます。天の配剤に感謝。
2008年05月30日
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本日は「素直な直子」さんからの投稿。いや、今日はほんとに私、素直なの。数日前からまた膝が痛くなってね。昨日は、エアロビクスをやめてお爺さんお婆さんと輪投げのゲームなんか交えた体操に参加しました。さすがにこれは、ちょっとね。運動しているって感じがしない。なのに膝は痛い。今日はどうしようかな、サルサだけど。とりあえず出かけて、ご主人様も快く送り出してくれて、インストラクターの先生にご相談。「ずっとそういう歩き方をしてきたんですね。ちょうどよかった。今日はウオーキングをやる予定です」「え、膝が痛いのにウオーキング?」と半信半疑でしたが参加しました。そしたら、まあ、大発見!私の長年のウオーキングの悪癖がすとんと分かったの。膝ばかりに負担をかけてゴメンね、膝くん。「運動神経のいい人とか、もともと走るのが速い人は、ごく自然にやっていることですが、そうでない人はできていない」なるほど。私、できていない。こうすれば膝に負担がかからないというウオーキングの練習をひたすらやる。股関節のあたりの筋肉、太股の内側の筋肉、それが私にはほとんどゼロみたい。ここを使って歩く訓練をしたわけ。そのエクササイズを踏まえて、サルサのステップを10分間ほど踏んだのですが、不思議や不思議、膝が痛くないの。えーっ?そして、今日の私のステップと先週までのステップの違いが、分かった!ドスドスと踏んでいたステップが、軽やかになったのです。そう、私の歩き方は、膝にドンドンと負荷のかかる歩き方だったのですよ。まあ、びっくり。そして、納得。これだと、膝は痛くない。天からつり上げられたようにするのですけどね。腹筋というのか横隔膜あたりの筋肉を立てて。それ以外にも、背中の一部がかたいと言われ、それに適した運動をしているうちに柔らかくなったり。まあ、故障者には願ったりの先生に出合えたようです。「下手に筋肉トレーニングなんかしたら、痛めますよ」ともおっしゃる。そうなんです、それを心配していたのです。と、とにかく素直にうれしい今日の私。素直な私のまっすぐなメッセージは、きっとご主人様の心も素直にすることでしょう。ありがとう、今日の一日!
2008年05月29日
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今朝は気になったニュースが一つ。元TBSの女子アナ自殺。抑鬱状態にあったことは、彼女の公式ブログからも推測できる。母親との衝突や恋愛問題もあったようだ。報道をやりたい!とフリーになって一年だという。女子アナになった人たちは、それまで男子に負けない優秀な成績で前途洋々希望に満ちた学生時代を過ごした人が多いだろう。しかし実社会に一歩踏み出すと、理想と現実のギャップは大きい。アナウンサーといえども、会社員である。テレビ局といえども、企業である。安住アナが「久米さんみたいになりたかった」と泣くのが現場の現実である。アナウンサーに幻想をもって入ってきた人が多いのだろう。さらに女子アナには、女性性を売り物にするという現実が待っている。これは当人が自覚していないだけで、十分それを武器にして生きてきているはずである。しかし、そんなのヤだ。報道がしたい。多くの女子アナはそう思うらしい。悔しいよね。私だって女のはしくれ、よく分かる。しかし現実は厳しい。社内営業なんて不潔だわ、と思ったかどうか知らないが、そう思うとフリーになろうと考える。誰かそそのかす人がいるかもしれない。フリーになればもっと自分の能力を生かした仕事ができる。ところが、そうはどっこい問屋が卸さない。来る仕事はイベントの司会や、スポンサーの片棒担ぎの仕事ばかり。違う、違う、こんなつもりじゃなかった。だいたい報道をやりたいなんて、10年早い。報道の現場はアスリートのそれに近い過酷な環境だと推測する。自殺した女性のことを言っているのではないけれど、多くの元優等生であるところの女子アナたち全般に向けて言っている。ま、犬の遠吠えですか。女子アナになりたいと思う女子たちも含めて、です。人気者、有名人になりたいというギャルてき欲望に、お勉強ができるという自負心が加わって、女子アナになりたい人が多いのではないかしら、とおばさんは勝手に想像している。あ、そうそうお給料がいいし、競争率の高いものが価値が高いと刷り込まれた人たちだというのも理由だね。そんな中で勝ち残っていくのは並大抵のことではない。タフネスが求められる。母親からの自立もままならぬようなお嬢さんには、難しい。特にフリーなんて、一本一本の仕事が勝負だ。こちらから仕事を選べる境遇になるには、遠く苦難の道のりがある。サラリーマンでいることの呑気さは、失ってはじめて分かるものだよ。いろんな意味でセーフティネットに守られているでしょ。良い意味でも悪い意味でも、ゆるみがち。フリーは厳しいよ。ま、それはともかく、自殺、それも抑鬱状態からの自殺について。抑鬱状態の最大の特徴は、素人の私の目から見ると、外に向けてもいい攻撃性が内側に、自分に向かうこと、である。すべてのことを、私が悪いんだ、と過剰に反省し、落ち込む。なくなった彼女のブログは、なんて悲しいおりこうさん的なブログだろう。彼女は自らの内なる攻撃性を外に向けて発散する秘密の場所すらなかたのね、と思えてならない。攻撃性、攻撃なんて、あってはならない、いけないこと。特に女性が他人を攻撃するなんて…というお行儀のいいしつけをされた方なのかもしれないけれど。死ぬくらいなら、人の悪口だって何だって言っていいのよ。あくまでも「死ぬくらいなら」という但し書き付き。そんな危機でもないのに悪口の垂れ流しをし、ひどくなると自分はさておいて他人の攻撃ばかりしている御仁もいるようだけれどね。このあたりにほどよいバランス感覚が求められる。****以下は、八重粉さんの投稿。このたびのろくさんとの諍いについてまとめたとのこと。掃除機をかけながら思いました。わたくしとろくさんが、かように激しい衝突を、性懲りもなく繰り返すのはなぜかしらと。結論から申しますとね、やはりわたくしたちの出会いそのものに原因がありますわね。認めないわけにはいかないでしょう。そう、もう15年も前になりますか。どちらにも配偶者があり、子どもがありました。両方の家庭を壊してまで、わたくしたち、一緒になったのでございます。激しい恋愛でございました。性は生に通ずるなんて申しますが、わたくしたちは性愛というパンドラの筺を開けてしまったようでございます。魑魅魍魎が跋扈する世界でございます。理性や知性、それから自我などというものも溶解してしまいかねない、おどろおどろしい世界でございます。かろうじてその闇から抜け出しはいたしましたが。まあ、時々、闇の世界の大王が、わたくしたちを手招きするようでございます。それがわたくしたちの間に深い溝をつくるきっかけとなります。通常のご夫婦には、あいだにお子が生まれますね。二人の遺伝子を分かち合ったお子がね。夫婦のどちらにとっても大切な大切な、自分の続きでございます。このように共通の大切なものがあるということは、夫婦の危機を回避するのにとても重要なのでございますよ。仮に理性や知性を取っ払った人間でも、自分の種を絶やさない、守ろうという本能(岸田秀先生によれば、人間のそれは壊れているといいますが)は、まぁ、あるのでございます。子どもというセーフティネットがある限り、わたくしたちのような天と地がひっくり返るような、そう信と不信が180度逆転するような事態には、なかなかならないでしょう。少なくともブレーキにはなりましょう。さて、わたくしたちの間に、ともに大切にしたいものがあるのでございましょうか。あるとすれば、「結婚」というかたちそのものでしょうか。けれど、これは今にも切れそうな脆弱な絆でございます。このか細い絆を頼りに、わたくしも、ろくさんも、必死で生きているのです。フリーのアナウンサーのように。日々、生き残りをかけて、綱渡りのような人生を。いわばサバイバルでございますね。家族や親戚とも遠く離れたわたくしたちにとって、セーフティーネットはないに等しいのでございます。二人きりの世界。尺度を計る基準がたった一つでございます。ですから、相手の些細な変化にも敏感になりましょう。この女は自分を捨てて再び、新しい男をみつけていくのではあるまいか。わたくしの新しい行動に、ろくさんがこんな危機感を抱いても無理はありません。わたくしにしても、ろくさんの怖いオーラを感じますと、過剰に防衛してしまいます。ああ、この人はまた勝手にわたくしを疑っている、怖い。過去のろくさん冷徹さばかりを思い出します。恐怖心というのは、自分を守る強力なセンサーでございます。これを失っては、サバンナを生き延びることはできません。最大の防御は攻撃である、というバトルが展開されることになります。先日、ヨガの先生がこうおっしゃいました。長い呼吸というのは、寿命を長くします。短い呼吸、喧嘩したりするとそうなりますが、この短い呼吸が寿命を縮めます。生涯の呼吸数というのは決まっているので、短い呼吸をしていると早く使い果たすのです。ああ、そうでございましょうねぇ。わたくしは、確実に寿命を縮めているのかもしれません。ゆったりと長~い呼吸。わたくしの寿命がどのくらいかは知りませんが、まあ自分でいたしましたことの落とし前は自分でつけるくらいの覚悟はございます。ここまで充実した人生を過ごさせていただいているのですから、100歳まで生きたいなんて無茶なお願いは申しますまい。ねぇ、フリーというのが、いかに厳しいか。セーフティーネットのおかげがどれくらい大きいか、お分かり下さいましたでしょうか。そういえば、フリーって、自由という意味でしたか。では、いずれまた。
2008年05月27日
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暑い。仕事が終わったので資料やCDを送り返すために郵便局へ車を飛ばす。ついでにスーパーに寄って、半額の牛肉(朝行くとこういうご利益がある)などを買って、今夜はすき焼きにしよう、暑いけど、旦那の好物だし、などなど考えながらパタパタ駆け足で買い物を済ませる。そしてはっと気がつく。私はこういう効率のよい買い物をする自由も久しくなかったのだわと。夫と同伴の買い物はとてもゆったりとしたテンポで進む。重い荷物は持てない、運転も一人ではままならぬ妻、に付き添っているつもりの夫さんなんだけど、こちらはこちらで相手のテンポに合わせ、ご意見を伺いながらカートを押す。一人で買い物するときはカートなんてめんどくさいものは要らない。片手に篭をぶら下げてたったたったと急ぎ足。だって、夫が要らぬ心配をする前に帰らなければならないから。と、超特急で帰宅し、しかも好物の牛肉を手にしていたにもかかわらず、うむ。嫌がらせの一つも言わずにはいられない心境のようだ。靴下を収納しているプラスチックの押入用抽出を、ベランダに出していた。太陽の下で、虫どもが撤退してくれればいいと思った。一昨日両足を差した虫は、靴下から現れたのではあるまいか、との推理。ところがわが夫、にこやかな顔でこうのたもうた。「何か重しをしないと、そのうち飛ぶよ」声をかけられてその抽出を見ると、別に飛んでいきそうな気はしない。そのままの感想を言った。するとね、彼は言ったの。「言うこときかないならいい」あれ? 私はびっくり。ただの感想だし、飛んでいって困るものでもなし。拾いに行けばいいだけの話だもの。まあ、このあたりの暮らし方の相違というのか、考え方の違いは昔からある。なのに今日彼がわざわざそのような嫌味を言うのはなぜ?と、思った次第。笑いながらではあるけれど、私のことを「夫の言うことをきかない妻」と決めつけてのおっしゃりよう。「決めつけないで」と今日はさらりと元気に一言返してここに来た。いろいろと私に対してご不満があるようです。特に、言うことをきかない、というところ。気に入らないことに直接文句が言えない場合は、別のところを攻める。これは彼のなかで常識。嫌がらせの挑発に乗らなかったのは、でかした。でも両の肩に乳酸が出るのをしっかり感じた。自分の思い通りにコトを進めたい人なのである。それに私が従っていないと、ご不満の様子。深く追及したりはしない。相手の思うつぼ、というか、所詮不毛なバトルだから。彼も最近「お友達」と言うと少し違うけれど、何かを共有する相手が出来た。そのことで妻を批判する自由を獲得したのなら、それもいいけど。たぶん、ちょっと違う…。おととい、彼と彼のお仲間とともに神戸に行った。ロープウエイに乗ったとき、おかしかった。高所恐怖症が3人もいた。夫もその中の一人。高所恐怖症の人って、怖がりとは縁のないような人が多い。恐怖って、それを感じない人には分かりようのないものだ。私がある状態になった夫に恐怖を感じるのも、そういう意味で、他人様には分かってもらえない。もちろん怖がらせている当人にもね。そういう意味では、人は孤独な生き物だ、なんて思った。怖いのは怖いんだから、しかたない。なるべくその「怖い」状態にならないようにするしかない。それとも、その場から遁走するか。午後、私はヨガに一時間、夫から頂戴した時間を費やす。今朝見たスポーツ紙の記事(当然テレビからの受け売り)、納得した。泰葉と小朝、元夫婦の舌戦である。やっぱりね、と泰葉に同情した。彼女のへんてこぶりには、当初いやな感じを持った。金屏風に肩を出した衣裳で、ピースサインでも出しかねない陽気な離婚会見。しかし小朝にはもっといやな感じを抱いた。よくは分からないが、とても陰険な何かを。泰葉ひとりで会見させるのを嫌がって、二人の会見となったという。泰葉が一人だと何を言われるか分からない、と思ったのだろう。そういう女性である。ここで言っていいこと悪いことが分からない。あることないことぶちまけかねない。会見の中で、こっそりと小朝は毒をしのばせていた。一例をあげると、この離婚の理由は主に妻が嫁としての務めを果たさなかったからで、というものにしたかったのだろう。朝遅くふわあ~っとあくびしながら降りてくる妻にずいぶん癒されました、的なことを言ったのだ。一見妻を讃えているかに見える。ところがどっこい、妻は朝寝坊でぼくは先に起きてご飯を…てなことをアピールしたのである。巧妙に毒が仕込まれている会見だった。泰葉のへんてこぶりばかりに注目が集まったけれど、みんなが忘れたころにばれちゃった。女性マネージャーとの仲がね。ふんふん、そういうことだったの。それじゃあ、泰葉さんがおかしなテンションになるわけだ。小朝は妻にアメリカで音楽の勉強までさせてやった夫らしい。泰葉のあの年に似合わぬキャラクターは、もちろん生まれつきもあろうが、小朝が要求したものだったたろうと推測する。そうしなければ、彼女は小朝と一緒に暮らせなかったのだろう。子どもっぽい、ちょっとお馬鹿な妻を、演じなければならない理由があったのだ。小朝は、自分の思い通りにコトを進めたい人の典型である。男の人にはこれは美徳とされる場合が多い。信念の人、ぶれない人、強い男ってね。でも彼の強さは、かたわらにアホで弱々しい妻、あるいはマネージャーなしには存在し得ないのであった。私は運転がうまくはない、しかし夫の介助がなくても運転はできる。分からないときに教えてもらう手段はいくらもある。ところが私の夫の頭には、本当に私が一人では心細くて運転できない妻、のイメージが固定しているらしい。そのイメージにそぐわぬ私を、彼は「言うことをきかない妻」というのである。やれやれ。今日はこの程度にしよっと。
2008年05月26日
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「わあ、元気ですかー」たぶんそう言っていた。スーパーの駐車場で出会ったH美ちゃん。いお、以前書を習っていた頃の知りあいで、先ごろ不要になった額を買っていただいた方である。自宅に来て貰って、ひとしきり涙を流さんばかりに笑って話をした。骨そしょう症を打ち明け運動しなくては、と言い合ったのがつい先日。夕飯を食べようとするころ電話が鳴った。彼女から「ご飯食べた?ちりめんの釜揚げがあるんやけど。今日解禁なんや。おじいちゃんが…」話は明るく続き、遠慮なくちりめんの釜揚げを頂くことにした。夫はバラを何輪か花束にして私の車に同乗、H美ちゃんの家へ頂戴に行く。ほんとに、明るくて、泣き虫で、いい人なんだ。玄関に入ると、舅さんが好きだという油絵が骨董などと混ざってところ狭しと飾ってある。なかに異質なパステル調の絵。「あら、マリー・ローランサンじゃない?」「え、どうして知ってるの? あ、マリーとか書いてある」「これ、超有名な人の絵よ」夫も「鑑定団に出せるよ」なんて言う。「えーまさか」H美ちゃんは、どこまでも明るい。書の先生の葬儀では体中の水分をしぼり出すように泣いていたのだ。感情が素直にほとばしる人らしい。歯医者ではあまりに大げさに騒ぐので、出入りを止められたとの逸話もある。でもね、かわいいな。マリー・ローランサンなんて知らなくていい。舅の趣味を笑顔で披露し、他人にやさしい心を持つ女性。自分にないものに、とっても惹かれる私である。ほんとに、柔和な女性だ。夕暮れ時、バラを見ていると、近所で飼い始めた雑種犬と飼い主が現れた。小さくてころころした二ヶ月の犬。ころころ、たったた、ほんとにじっとしていない。犬や猫は敬遠している私にも、遠慮なく飛びついてくる。遊びたいのね。遊べるかな。追いかけてみる。相手は待っている気配。追いかけっこする気だね。負けるよ、きみの足の速さには。何とも何度も私にとびついてくる。かわいい。ほんと、かわいいね。おかげで今日の私はハッピー気分。生きているってこういうことよ。大変なときもあるけど、三日も過ぎれば誰かが幸せを連れてくる。幸せを貯金していると、いいねえ。幸せ貯金は他人にしとかなきゃだめよ。自分のために貯金するんじゃなくてね。H美ちゃんは、なぜか先日、誰にも話していないという深刻な話をしてくれたのだった。こちらの好意が伝わったのかなあ。だからそのことは誰にも話していないけど。悲しみも笑顔に変えて頑張っているのよ。他人には何の悩みもない人のように見える彼女も。
2008年05月23日
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今日は八重粉さんから久々の投稿です。まあ、わが家の庭をご覧下さい。海を借景に満開のバラたちが微笑んでいます。おや、隣のミカン畑に白髪頭のお婆さん。せっせと草をむしっておられます。いえね、これもまたわが亭主をご機嫌ななめにするんですよ。この腰の曲がったお婆さんは畑の持ち主ではありません。つまり自分の畑ではないにもかかわらず草取りをしているのですね。よく分からないなあ、というのがわたくしの感想で、それだけのことなんですが、亭主のろくさんは、これに引っかかる。「あの婆さんは自分へのあてつけで○○さんの畑の草を取っているんだ」あるいは「○○さんにおべんちゃらしているんだ」と申しまして、それはそれは機嫌が悪うなるんです。このお婆さんを含む西隣のお宅の人々を、ろくさんは忌み嫌うんですね。60歳の定年を過ぎたご主人とこのお婆さんのことを特に。わけが分からないのですが、私が「そんなふうに考えないほうがいいれんじゃない?」とか言うと、ますます不機嫌になるので近ごろは、「ほんとねえ、何か嫌味だよね」と言うことにしております。さて、わたくし、朝からエンドウ豆の皮むきをいたしました。ろくさんは、窓ぎわで新聞を開いております。テレビの音もしない、波の音と鳥の声だけ、静かな朝です。わたくしは黙々と皮をむきました。女が黙るとき。これはすこーし怖いときですよ、世の旦那様方。これはろくさんが育ててくれたエンドウ豆、ありがとうね、エンドウ豆。私の好物エンドウ豆、ろくさんも「俺も大好きだ」と言うから、植えてもらいました。ところが「俺も好きだ」は少し違うニュアンスだったみたいでございます。調子を合わせるというか、ね。エンドウ豆の最終収穫を済ませて昨日は豆尽くしの献立でございました。そしたらまあ、夜中に三度もトイレに起きたんだそうでございます。いえ、お腹の具合が…。まあ、そうでしたの。ご免なさいね。あなたの「好き」を額面通りに受け止めて、私の「好き」と同じくらいだと勝手に解釈して、エンドウ豆の料理ばかりたべさせてしまいましたのね。そんなことを心の中で唱えながら、黙々と皮をむきました。女がエンドウ豆の皮をむくとき。ふふふ、ちょっと不気味ですね。ろくさんの「おれ様天下」に、はいはい、と黙って頷く賢妻に、わたくしなれますでしょうか。ろくさんの「おれ様」に対抗して「わたくし様」が頑張ると、ねえ、おんなじじゃございませんか。わたくしは、もはや「おれ様」に対抗するつもりはございません。「おれ様」的には、ほとんどビョーキの妻を介護するやさしい夫、という物語を作らないと、ご自分を支えられないのかも知れませんね。「お前はビョーキだ」と繰り返し言われると、暗示にかかりやすいわたくしなどは、ほんとに病気かも知れない、という気分になるのです。悲しいですわね。おれ様の物語は、いくらでもお作りいただいて結構ですよ。でもね、わたくし、病気にはなりたくありませんから、「あなたは病気ではない」と繰り返し言ってもらえる場所に通うことに致しました。エクササイズですね。インストラクターのお仕事は、生徒を元気にすることですから、当然「あなたはビョーキです」なんておっしゃいません。これでかろうじて、わたくしはバランスを取れるようですよ。「おれ様」物語に登場する妻は、黙々と豆の皮をむいている。これなら何とかOKがでますかしら。元気にエアロビクスなんかしていないのですよ。しんとした部屋の中で、忍耐強く豆をむく。こほんこほんと咳き込みながら。ろくさん作・演出の物語には、そんなわたくしが必要かも知れません。わたくしがその役を見事に演じられればよいのですが、はてさてどうなりますことやら。ろくさんの「おれ様」物語に、いちゃもんはつけますまい。ろくさんにはろくさんの世界があるのでございます。わたくしが大根役者め出て行け、となりますかどうか。この物語、このあとの展開がなかなか楽しみでございましょう?
2008年05月22日
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娘に宛てて。今日もフィットネスに行ってきました。リフレッシュ体操45分、かんたんエアロ1時間。汗をいっぱいかいて、酸素もたっぷり取り入れて、ほら見て!朝書いた日記よりはるかに健康な日記が書けますよ、きっと。なぜこんなたっぷりフィットネスが出来たかというと、夫が出かけているから。バラのお仲間と、すてきな庭を拝見に行きました。帰りに誰かお連れするとのこと。部屋もきれいに掃除できているし、万全。今日のかんたんエアロは、30分間いわゆるエアロビクス、次の15分間は太極拳、最後の15分でリラクゼーション。あっという間の1時間で、着替えが必要なほど汗をかきました。今度から温泉に入って帰れば?と、もう一人のエアロ仲間に言われました。そうなの、生徒はたったの二人。そして嬉しいことに、先生は女性!これでサルサに通えない事態が生じてもエアロに行けばいい、とひと安心。やっぱり慣れてくるとね、お年寄り相手のゆる~い体操では物足りなくなりそうです。この地域は高齢化が進んでいるせいでしょう、エアロやサルサに来る人が極端に少ない。たしかに運動量が多いけど。私はまだなんとかやれそう。膝さえ痛まなければ。O脚だって直りますよ、筋肉をつければ。そう言われたので、今夜お風呂上がりに脚の写真を撮ります!何ヶ月で変化するか、楽しみです。骨の量だって、これまで動いていない人だからすぐに増えるわよ。てなことを言ってもらって、ああこんな会話が元気のもとになる、と嬉しい私。おとといの、夫との間で起きた久々の騒動について。これからどうするか、を思いついたので少し。彼が嫌がらせを始めたら、「あら、毒のあるお話はいやよ」と思いっきり明るく冗談で逃れるのがいい。彼は「あんたがやろうとしているサルサは男性とくっついて踊るのか」と聞きたかったのだろう。それにジョークを交えて言えるような状態ではなかったから、あんな嫌味たっぷりの探るような言い方になった。何をウソをついている、本当のことを言え、ごまかすな、とね。彼でなくても、世のご亭主たちは、妻が生き生きと外で活動することに対して嫉妬するらしい。昨日の友人から聞いた。へえ、そうなんだ。ちくちく、チクチク嫌味を言われるのは、たまらない。近ごろは随分ユーモアのあるやりとりができる人になっていたのにね。同情すべきところもあるにはある。母の日前後の私は、近年になくハッピーな日々を送った。息子が来て親孝行するし、娘も幸せそうだし、母の日には珍しく二人揃って、それぞれにプレゼントをくれた。一方の夫は、ここ10年ほど、そういった子どもからの幸せな贈り物をもらっていない。このあたりに気を配れば、自分だけハッピー!と喜んではいられなかったはずだ。私の足りないところ。おまけに骨粗鬆症になったら、むしろ嬉々として素歩ツー施設に通うではないか。どちらも彼が怒るようなことをしているわけではない。それだけに、彼はなるべく大人にしていようと努力していた。しかし、嫌味のひとつも言いたくなったのだろう。一時間、私の帰りを待っている間に。雨が降ってもいて、暗い日だった。ネットなんかやっていたから、余計まずいよね。そんなこんなが重なって、直球を投げられない夫はかすかなすき間から物言いをつけたわけだ。**ここで夫がバラ友を連れて帰ってきたのでおもてなし中断**時間が空いてしまった。まあ、以上のような折り合いをつけましたが、どうですか、娘さん。私の感情は、右に左にと一気に振れる特徴を持つ。それは私の弱さであり、それがなければ今回のようなダメージを受ける事態にもならなかっただろうね。筋肉なんかついたら少しはこの「振れ幅」が小さくなるかもしれない。どうも、身体の芯になる筋肉がないことが、ブレを大きくする理由の一つのような気がするのですよ。勘ですけどね。夫さんの「噴火」も、バランスよくガスが抜ければ、休火山にはなるのではないか。このところずっと休火山だったんだからね。なにしろ新しいこととか初めてのことに、とても警戒心の強い人だ。私が書を習い始めたときも、男の先生(お爺ちゃん)だったので、今回のような事態が起きた。「あんたはお年寄りが好きだからね」なんて嫌味を言ってね。だけど時間が経てば、お年寄りとの間で何が起きるわけでもなく、彼も安心していた。このようなことになるといいね。
2008年05月21日
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息子はもちろん娘だってもうとっくに私のブログなど読んでいないだろうと高を括っていたら、読んでいたらしい。心配のメールが入った。だからと言うわけではないけれど、安心召されの日記を書こうと思う。お日さまにしたたかにあぶられたので、エネルギーの供給がなされたのか。ものは考えよう、である。これが結論。全く、適当にお書きになっているやもしれぬ内田大明神のブログをちら見したら、そういう結論になった。妄想性人格障害に限りなく近い(と私には見える/この私が精神を病んでいると仮定すると、この見立ては誤りとなる)夫と、何のご縁か暮らしている。もしかしたら、加齢とともに認知機能が衰え…、という可能性もある。これも私の見たて。私の精神が正常か異常かは、自分には分からない。夫は私が「病んでいる」と言う。昨日の午後、友人達が夫のバラを見に来てほめ讃えてくれたので、バラ=彼の自尊心が満たされることとなり、おとといの強ばった身体と顔から緊張が解けた。まあDVの理論からいくと、当然の成り行きだけどね。高まっていた緊張が大爆発で放出されたので、おとなしくなっただけのことである。昨日の私はとにかく眠りたい。不眠なぞ全く無縁の私には寝不足はこたえる。友人たちが帰った後、ごろりと横になった私に夫が優しい声で聞く。「具合悪いのか?」「ううん、ねむいだけよ」おやおや、具合悪くなった原因はなんだとお思い? 他人事みたいだよねあ。晩ご飯も簡単にとテーブルに並べる。こんなときは文句など皆無だから安心して。「今朝もお昼もろくろく食べてないんじゃないか」と心配そうな老夫。食べられないようなったのは何故だったかしら。と心の中で突っ込みつつ、とにかく寝たい。早々と床に就き(「今夜はボク、ここで寝たいんだけど」「いいんじゃない?」私もとりあえずのやさしさで応える)、爆睡した。昨日の午後6時半ころから今朝の6時半まで12時間たっぷり。さすがに疲れの8割はとれた。朝目覚めると、「ん? 起きれるの」とまたまた優しい声。夫はいつものジェントルな男に戻っていた。今日はバラの先生と(最近タッグを組むことになって誠に仲がいい。共通の敵が出来たのである。男たちが組織を作る過程、牛耳っていくプロセスがよく分かる)お出かけなのでご機嫌のようだ。昨夜、半ば眠っていたが、かかってきた電話を聞くともなく聞いていると、「いや、家内が具合が悪くてね、今も寝ているんですよ。だからちょっと拾ってくれませんかね」と、その先生にアッシーくんのおねだりをしている。おお、他人に物を頼むのは大嫌いなのに。しかも私は明日も具合が悪いことになっている。こうやって彼は便宜的なウソを適当について自分に都合の良い状況をつくっていくんだな。さすがキビシイ競争の中、社長にまでなった人だ。組織の中で他人をけ落としていく能力は半端じゃないことがよく分かる。私など赤ん坊同然だ。その話になった。「あんたも一緒に行く?」ほう、一応、聞くんだ。「いや、私、今日は遠慮しとくわ」電話で言ったのと微妙に違う文脈で夫が語るので、私は言ってやった。「あ、昨日の電話、聞こえてたよ」「起きてたのか」といやーな顔。「いや、今日もあんたは具合が悪くて運転するのは無理かなと思ってね」「私、昨日もあの状態で遠くまで運転して行ったんだけど」「あ、そうだったね」夫、あたふた。「思いやりだよ。運転は大変かなという」ああ、登場した「思いやり」。はるか昔、彼が嫉妬妄想で勝手に怒って私を責め続け、その間違いが立証されると必ず彼はこう言った。「思いやりだよ、思いやりがほしいんだよ」私に思いやりが足りないという結論になる。嫌味のひとつも言ってやれ、と私は思う。「ねえ、私が、どうして具合悪くなったと思ってるの?」嫌味には即反応した。「そうやって、いつもいつも人のせいにする。病んでるよ。病気だよ。いつまで被害者やってるんだ」おう! これか。私が自ら「もう被害者はやめる」と宣言したことを逆手にとられた。私は言いたい。私が被害者であることをやめるといった中身はこうよ。妻が夫から離れると夫は嫉妬妄想を起こして爆発する、という被害「妄想」(とあえて言ったんだけど)をストップさせることにした。この妄想から恐怖が生まれるのだから。もう、これからは自らの想像で恐怖心をあおることはしないよ、という宣言だったのだ。しかし、おととい私が感じた恐怖は、妄想、いや正しくは想像によって生み出されたものとは少し違う。いやおおいに違う。肌で、皮膚で感じるリアルな恐怖だった。「怖い。だから、同じ部屋で寝ることはできない」と言った。それには夫も同意して別室で寝た。私の呼吸もすべて、彼の周りに張り巡らされた強固なバリアで跳ね返されてくる。こんな緊張状態に堪えられない私の弱さも確かにあろう。しかしこの破壊力は、豹変した彼と遭遇してみなければわからないだろう。空気を伝ってくるいわく言いがたい恐怖、というものは確かにあるのだ。夫が私を殴ったとか、椅子を投げつけたとかの「爆発」なら、分かりやすい。他人にも理解してもらいやすい。しかし、これほど私がダメージを受けるような行動は、実際にはなかった。罵る、これは当然ある。「うそをつくな。ごまかすな。本当のことを言え。素直になれ」と言い募った。これに私がヒステリックに反応した、と彼は言う。「うそもついていないし、ごまかしてもいない。本当のことを言えって、何を言わせたいの?」と必死に抗弁するいつものパターンに陥る。いや、いつもの、ではない。この日は久々に強いダメージを受けた。あの、水をかけられ、鉄製の椅子やアイロンが飛んできた事件以来である。ぐったりと全身のエネルギーが消費しつくされた状態になった。あの時のように物が飛んできたわけでもないし、激しい言い合いも長時間にわたったわけではない。では、なぜこんなに消耗したのか。私が弱っているのか。最近の私たちの諍いは、彼の無言の圧力に対して私の反撃がかなり力を持っていたようだ。彼は「ごめん」と謝ったりもした。しかし、今回の爆破力はすごかった。嫌がらせの毒が半端じゃなかったのだ。その毒の挑発に私が乗ってしまったのか。自分ではよく分からない。今回のようなダメージを再々受けるようなことがあるなら命がもたない、と思うほどの打撃だった。一点だけ、救いがある。私がヒステリックになっているから話ができない、と彼が言う。「じゃあ、その私がウソをついていてごまかそうとしていると決めつけるのはやめて」と私は言った。決めつけとか思いこみが「病」の兆しだと私が話したことが効いているのか、彼はその「決めつけ」をやめた。おかげで、私は少し落ち着いた。こうして書いていると、自分では見えなかったことが表れてくるような気がする。まだ、よく分からないけど、書き残しておくね。「あなたの顔が目(大きくてぎょろりと睨んでいる)が怖い、顔が黄色くなってる」と恐怖のさなか私は言った。そのことを気にしたらしい。今朝、夫に「病気だ」と言われて「そうなった原因を反省もせずに、私を勝手に病人にして自分はいたわる夫というストーリーにしてしまってるじゃない」と返すと、彼の反論はこうであった。「あんただって顔色が悪いとか、人を病気にしようとした」。大いに道筋がはずれた話になる。「私が具合が悪くなったのを、私が心が病んでいるせいにするのはやめて」私はなおも言う。「あなたとのトラブルがなければ、私は具合が悪くなんてなっていないの。自分が仕掛けた喧嘩なのに、反省もしないで、妻が病んでいると責めるの」そう、夫はトラブルの発端が何であるかを、あえて「忘却」しようとしている。彼の毒入り嫌がらせが始まりだったのだ。しかし彼はその「毒」などないと言い張るだろう。ただちょっと「サルサは腰を振って踊るあれだろう」と言っただけなのに、妻が過剰反応した、と言うだろう。今朝の言い合いで私は心理学用語など使っていないつもりだが、喧嘩のなれの果てに彼がいつも言うのは「心理学かなんか知らんが、分析ばかり」と憎々しげにいう。私が困っているのは、あなたが自分に非がないと思っている点です。ここまで書いてきて、おとといの諍いのいきさつがよく見えてきた。嫉妬妄想、がほんとにないのなら、こんな夫婦喧嘩は山とある。世の亭主族は、自分が怒ったり怒鳴ったりすることで相手を威嚇し、縮み上がらせることで従わせるテクニックを、自覚していないようだ。いや、知ってて使っているのかな。犬をしつける、子どもをしつける、すべて、「痛い思いをさせて怖がらせれば言うことをきく」というやり方だ。この究極のあらわれが、幼児虐待なのにね。妻を恐怖におののかせて、自分の思い通りに動かす、これが夫が再び手にしようとしている権力の姿である。私が「恐怖さよなら宣言」をしたから、ガツンと一発お見舞いされたのかしら。こうして書いてみると、おとといの恐怖はすでに和らぎ、昨日の疲労感脱力感も回復してきた。このまま記憶のかなたに葬り去られるのだろうか。再び、三たび、彼が爆発によって私を震え上がらせるまで。DVのパンフにはこの繰り返しのパターンに一定の決まったサイクルがあると書かれていたようだったが。娘を安心させようと書き始めたのに、わが家のDVの記録みたいになった。DVと口にするのを夫が忌み嫌うので、DVとは表だっては言わないが、ここに書いておこう。異性関係にことさら執着を見せる男、である。私の夫は。妄想性人格障害かなにか、ほんとのところは知らない。でも、男女関係、いわゆるヤラシイことに異様な関心がある。ジェントルな彼が「あの女子高生は○○されている」と殺人事件の報道を見ると必ず言う。違和感を感じる私がおかしいのか。「ものは考えよう」に戻る。とりあえずの危機は去った。着のみ着のまま、家出をし…という愚考はするまい。彼が妄想しようがなにしようが構わない。ただ私を脅かして恐怖に陥れ、妻が神経を病んだかのような話にもっていかれるのは困る。それが困るから、こうして書いている。友だちにも話している。私が完璧に正しいとも、どっこもおかしくないとも、言っていない。読んだ人が判断してくれればいい。強力な政治力を有した夫によって一方的に「病人」にされてしまわないための保険である、このブログは。であるから、私の生活は表面上は今まで通りに続けられるだろう。フィットネスにも行って、骨を増産しよう。サルサも、ちょっと怖いけど明日は行くつもり。靴を頼んであるからね。ほんと、ブログには感謝だ。「書く」という行為が、夫婦の密室から解放してくれる。
2008年05月21日
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やっぱり…。どっと乳酸が出た。肩に力が入り、頭に血が上り…。しかし今日の私は違う。こらえる。口を閉ざす。夫は、「もうこれ以上言わない。好きにしろ」と、顔をまっ赤にして言った。「ちょっと言うとあんたは頭に血が上るから、もう言わない」と言うのである。「どちらが?」と言い合いになるところを、私はぐっと堪えた。やっぱり…、という思いがため息とともに悲しみになる。彼は堪えている。私が感じた彼の身体のこわばり、身構えた様子はここあたりから来ていたのかもしれない。私がフィットネスに行くことに関して、何も言うまいと決めているらしい。自分の頭が生んだ妄想を必死に否定しているのだろうか。私には分からない。ただ、分からない。ここにとどまる。これ以上言い募ることもしない。妻の異性関係を恐れる彼の妄想が、これからますますエスカレートしていくのでは、と恐怖することをしない。しないと決めたから。老人特有の嫉妬妄想だと決めつけない。そう決めたから。なんだか涙ぐましい努力だよね。我ながら。それにしても私自身のうかつ、なんだろうか。サルサが男女ペアで踊るものだったとは、知らなかった。単にフィットネスにリズムとステップがついたものと思っていた。不覚にも。夫の妄想への恐れは私の妄想に過ぎなかったと額面通りに信じたのか。ばっかだね、私。夫は、何かの話に紛れて「サルサって腰を振って踊るダンスだろ」と言ったのだ。「え?」いつもと違う毒気を含んだ物言いに、私は驚いた。唐突だったから。私でさえどんなステップか知らないのに、彼がサルサを知っているとは思えない。毎日同じテレビを見ていて、そんなダンス見たいことないし。「私、詳しくは知らないまま行ったけど、あなた、なんで知っているの?」すると彼はいきり立って言った。「あんたが知らないものもあるんだ!」と変なところで怒る。おかしい。どうして彼はこんなに感情的なの。彼の感情の波にあおられて、私の感情が波立つ。おかしい、変だ。私の疑問は、こうして書いているうちに解けていく。ああ、調べたのね。ネットで。私も調べてみた。サルサとは…と。ペアで踊るダンスとあった。そう、これを見たの。そしてイメージを膨らませたのね。私が帰ったときは、その妄想を必死に抑えていたのね。だからこわばった顔をしていたの。前回のときも、前々回の時も、あえて深く考えないようにしていたけど、やっぱり私のいない1時間を、妄想に苦しめられていたのね。これは私の「妄想」?そうでないことを祈りたい。あなたの「妄想」が訂正不可能なものなら、私の今後はつらいものになる。あなたが堪えたら何とかなるものではないでしょう。きっと。私があなたの挑発に乗らなければ済むという話でもないでしょう。またおおごとになるのかしら。つらいな。ほんとのこと言うと、こわいよ。彼が堪えに堪えた揚げ句、全く関係のないところで爆発する人だということを知っているから。地雷と呼ばれた彼を知っているから。我慢して我慢し通せる人ではないことを、私の記憶は知っている。どうしたらいいのか。わからない。
2008年05月19日
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私が自らの妄想に「居着いて」自縄自縛に陥っている、という話をして幾日経ったろう。自らの妄想とは「夫は私と離れると妻が浮気をするのではという定型的な妄想に駆られる」というものだ。夫が妄想することを妄想して固まっていたわけである。これは死ぬまで自分を不幸なままにしておかんとする「病」である!と膝を打ち、夫に打ち明けた。いつまで被害者面しておる!と、自らを叱咤したつもりだったが、私の「妄想告白」は夫を攻撃することになったのか。よく分からない。ただ、それ以来夫の「妄想」は私の中では過去のものになった。あるのかもしれないが、私の知るところではないというポジションを、私はようやく獲得した。夫の妄想を妄想していた私に居座っていた「恐怖」は、それから消えた。ものの見事に、消えたのだ。ウソみたいだ。あの恐怖はやはり自らの妄想が生んでいたものだったのか。自らを弱者、被害者という位置に固定せんがために、敵が必要なのだった。強大で、恐ろしい敵が。理不尽な恐怖を私にもたらす敵が必要だったのだ。私が被害者であり続けるために。被害者と加害者という構図を捨ててから、私はやさしくなった。夫が一人で家にいるときの顔を、寂しげだと見るようになった。きっと妄想しているに違いないと決めつけて恐怖し、先制攻撃を仕掛けていたかつての私はもういない。それにしても、今日の天気はどんより曇っている。今日は午後の一時間、ヨガで身体をほぐしてきた。身体を動かすと、心が解放される。心身があたたまるのだ。文字通り。ところが家に帰ると、夫はかじかんだ様子でひんやりした部屋にいた。よくお笑いの人たちが言う、ドン引きで冷え切った空気。これを温めるのは大変だ、とかれらが言うところのね。人がお腹を抱えて笑うことと、空気があたたまること。こんなに身体を動かすことの効用を、私が身体で示しているのに、夫はとても冷ややかだ。どうしてかなあ。彼はなぜか懸命に頑張っている人のよう。我慢大会で競う人のよう。私の夫に限らない。男の人は、なかなか単純にはいかないようだね。押しつけるつもりは全くないのだが、私の状態と彼の状態のあまりの違いに、正直驚いたのよ。夫は今、私の告白をどう受け止めたらいいのかとまどっているんだろう。身構えていると言ってもいい。彼が心身を開くのは、私のあり方次第ということかもしれないけど。
2008年05月19日
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トンネルの中にいる時は、そこがトンネルだとは気づかない。トンネルをぬけてはじめて自分が今までトンネルの中にいたことに気づく。といった感慨を、今朝トイレの中で深くした。思わず、感謝。周りの人、人、人に。まず夫、次に~悩める友人~、つぎにおととい電話をくれた友人。アカデミー賞の授賞式みたいになるので、今私のいる場所から遠い人たちはここには書かないけれど。心の中で、感謝。年老いていくということは、力を失うこと。出来ていたことが、次第に出来なくなること。これと折り合うのは、なかなか難しかった。だって「できる」ことが価値である世の中を、気ままに生きてきた。それに「できる女」と賞賛される喜びをたんと味わった。一度その味を知ると、なかなか忘れられない。だから、時間がかかった。勝者と敗者の二項対立ではない世界へのシフトは、けっこう難しい。言葉ではわかっても、それが「腑に落ちる」までの道のりは遠い。たとえば、弱い人たちへのいたわり。弱者への思いやり。これを教科書通りに唱える習慣が、私にはない。納得しないことは実行できない。私が本当に納得するときは、自分の中の弱い部分を受け入れたとき。懸命に「強く」あろうと生きてきた私に、これは困難な仕事だった。「出来ない」ということを認めるのが、悔しい人間だったから。今朝、天啓のように、イメージが広がった。トンネルを抜けて、つぎのステージに移った私。晴れ晴れとした顔をして空を見上げ両手を広げている私。そんなイメージが見えた。よかった。ほんとに、嬉しい。ありがとう。さてさて、トンネルを抜けたところは、最終ステージではない、もちろん。今度はどんなトンネルが待ち受けているのか。怖いような、楽しみなような。
2008年05月19日
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汗ばむ季節になった。心身が嬉々としている。(ヘンな文章)近くのスポーツ施設の会員になって、二日、通った。お年寄りと一緒の体操とサルサの二回。どちらもそれなりに良い。お爺さんお婆さん、足が悪い人などの集まりでは、簡単な体操。ワハハワハハと笑いながら汗をかく。ほどよい、のがいい。つぎの日は、私の大好きなラテンのダンス。と思ったが、まずはストレッチ、それからレクチャー、最後にほんの少しステップを踏む。これも、私の衰えた身体にふさわしい適度な運動となった。身体を動かせば身体が喜ぶことを、今さらながら実感した。なんてこった。いい汗。家に帰ると、部屋がしーんと冷たい空気で満ちている。夫の心身が非活性状態であることが、リアルに分かる。いいよ、いいよ。そのうちあなたもお誘いします。身体をほどよく動かして、バカみたいに笑うことは必要よ。特に隠居した初老の夫婦にはね。そんな私の思いは、夢にまで現れる。夫が息子の姿を借りて出てきたのだ。いろいろきついこと言ったとか、ひどいことしたとか。やたらに反省していた。そして息子=夫の頭をかき抱き、よしよしをしていたのだ。そうかそうか、私は弱りつつある、つまり年老いていく夫に対して、随分シビアなことを言い続けた妻であったと思っているわけだ。それは昼間の意識には出て来ないが、ちゃんと夢がバランスをとる。慈しむ愛、といった夢だった。それは不思議に夫にも通じたようで、今日の彼は心身が冷え切ってはいない。いっとき閉じられていた心の扉が開かれた。今思うに、私は「老い」を拒んでいた。夫が老いていくことに恐怖を抱いていた。老いが狂いに通じるのでは…などと。自分の老いが現実になったとき、偶然が私を気づかせてくれた。ほんと、偶然というのかシンクロニシティというのか、有り難い。誰かの力によって今、今日の私がいる。そんな気持ちになった。息子が中一の時に私あてに書いた手紙を、最近読んだ話。友だちが、それを読んで涙を流し、夫は「文章力がある」と感心した手紙。その中身は、ひたすら「感謝」であった。両親、家庭の環境、先生や先輩のおかげで、ぼくは成長して今日ここにいる。そんな内容が繰り返し書かれていた。その手紙のことを、電話をかけてきた息子に話した。そしたら彼はちゃんと覚えていたのだ。「今だったら書けないだろうけど」と彼は笑った。中一になったばかりの息子が、こんな気持ちになったということの意味を、いまになって知る。その当時の私がどんな生き方をしていたかを、知る。息子の手紙が、私自身の自負心を回復させてくれたのだ。頑張ってたよね、そのころの母さん。たまにはそんなことを言われたい。言ってもらったようなものだね。ありがとう。話は変わる。サルサの教室で、横隔膜のあたりの筋肉を伸ばすストレッチをした。背骨を左右に揺らして整える体操をした。私は、揺れすぎるらしい。力が外に逃げる、と言われた。それはなぜか。そのナンタラ筋がないのでブレーキの役目を果たさないのだという。私のように運動をしたことがない人は、柔らかいけれど、身体の芯になる筋肉がない。だから外へ外へ力が逃げるのだそうだ。これって、私の生きる姿勢とおんなじじゃない。私は膝を打った。身体のバランスって、生き方のバランスなんだ。ややバランスの悪い生き方でしたね。とても柔軟なのはいいけれど、芯がない。ふふふ。笑ってしまう。わかって嬉しい。高校生の頃、友だちから「こんにゃく」と呼ばれたことを思い出した。こんにゃくだよねえ、まったく。じき60になる頃になって、こんにゃくは卒業するかも。身体と心の繋がりとは、暗喩なんかじゃなかった。そんなこんなが、とても嬉しい。ああ、ハッピー。なのに何故かしら。先だってテレビにも取り上げられたくらい生き生き活動している友だちからの電話が、スムーズではなかった。よく分からないけれど、彼女の今の状態が少し非日常的なのかもしれない。それに、ついていけないのだろう、きっと。だって、我々一般の人にとってテレビに取り上げられることは、尋常ではない出来事だからね。
2008年05月17日
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自分が被害者だと思っている人間は、自分のことしか考えない。他人の不幸に涙したりも、しない。自分の不幸と重なるときのみ、涙する。そう、自分を慰撫する涙。しかしひとたび「被害者」の位置を捨てたとき、涙は他人のためにこぼれる。なんと不思議な現象であることか。昨日娘から電話があった。連休に来た息子との話を振り返る。彼らの父の実家に10年振りに連れていかれたときの話だ。二人が感情の部分をいたく揺さぶられてきたことは、話す息子の目に表れていた。じいちゃんとばあちゃんー彼らはいつの間にかそう言うー二人とも小さくなってた。ばあちゃんは脳梗塞で入院しててリハビリしてる。お見舞いに行った。じいちゃんは独り暮らししてる。でもパソコンを習っているんだよ。デジカメで撮った写真をその場でプリントしてた。いとこの結婚式には親戚総出でマイクロバスで行くとか話してた。田舎だからね。俺と似たような感じのいとこがいたよ。おばさんは一人だけ来てた、どっちの人かな。断片的な話から情景を想像した私は、息子に言った。「九州に行っていろいろ考えさせられたって、おねえちゃんは言ってたけど、じいちゃんとばあちゃんが可哀想になったんだね」そう私が言うと、息子は小さく頷いた。その目はちゃんと「ボクも同じだった」と語っていた。ああ、やさしい子どもたち。私の気持ちも揺さぶられた。酒を飲んで暴れる義父の話は、元夫から聞いていた。その義父が義母を死に至らしめた(元夫の実の母は彼が16歳の時に亡くなっていた)、といった意味がこめられていたように思う。父を憎んでいる息子と私は結婚したと感じていた。当然ながら、義父の酒癖の悪さは、後に「依存症」という言葉に私が飛びつくきっかけともなった。「じいちゃんは、お酒、飲んでた?」息子に聞いた。「うん、一、二杯」「そう、その程度で抑えているんだね」息子にとって血の繋がった祖父の酒乱の話は、聞きたくない話のようだった。当然だよね。昨日の娘の話は、義父についての部分が少しニュアンスが違っていた。義父と私の軋轢を見聞きしていたからだろう。「相変わらずだと思ったよ。一、二杯で急にテンションあがっちゃって。父さんも相変わらず。ずっと飲んでるし」私が元夫の飲酒と義父の酒癖を同じ意味で嫌っていることを、娘は知っている。ここに関しては私の教育!?が功を奏した娘と、それを拒否し祖父や父をかばうポジションに自らを置く息子との違いが出た。「おばさんがガンの治療中で、カツラを被ってた。顔色も悪かったよ。苦労したんだね」娘は父の妹が、実家のそばにいたがために相当苦労したのだろうと同情した。ああ○子さんが…。私は夢のなかにまで、彼女のことを引きずっていた。わずかとはいえ、言葉を交わしたことのある人だ。いつになく胸が痛んだ。息子が、いずれ訪れる母親の死について考えただろうことが想像できた。いろんなことを感じてきたんだね。息子の心を揺さぶったさまざまな出来事。揺さぶられた彼の感情の波は、目には見えないけれど、私の心に伝わったらしい。もしかしたら、息子の心を私は勝手に代弁しようとしている。分かった上であえて書く。息子はまだ、自分たちから母を奪った男を許していないんではないか。息子はこうも言った。「おねえちゃんは考えすぎなんだよ。俺は考えなさ過ぎかもしれんけど」彼は分かっている。このことに関しては自らストップをかけているのだ。だから夫ともそこそこ会話をし、表だって感情をぶつけたりしないでいられるのだ。それなのに、いつまでも息子の恨みを代弁しているつもりの私はなんだ。情けない。それは私自身の恨みではないか。息子を楯に使うんじゃないよ。息子はとっくに自らを「被害者」とするところから脱出している。じいちゃんやばあちゃん、母親らに向けた彼の優しさがその証拠だ。娘にしたら、はるか昔に卒業していた。アダルトチルドレンなんて、まだ読んでるの?彼女は10年も前にそう言った。なんだなんだ、気がつけば私ひとりが取り残されていた。いや、今回私の開眼を最も強く後押ししたのは、息子が被害者を卒業したことかもしれない。彼にはじめて自分が注いだ愛情を信じてもらえた、と私は思ったのだ。なにものにも代え難く、そのことが嬉しかった。息子が私を恨み憎みしていた息子が、感謝というかたちの、あるいは親孝行というかたちの「愛情」を注いでくれたのだ。そう感じた。一週間前の私は、息子の感情に刺激されて、夫を恨む「被害者」を再度引っ張り出した。しかし昨日、それは間違っていたことに気づく。息子は私に幸せになってほしいと願っているはずだ。娘だってそうだ。それなのに、だれ? 不幸になりたがっているのは。自説の正しさを証明せんがために、自らを不幸のブラックホールに投げ込んでいるのは、だれ?腕力のある男によって私は子どもたちと引き離された、この話はもうおしまい。子どもたちが、「そうじゃないよ、母さん」と言っているではないか。かなり深い部分にしぶとく巣くっていた怨念が、昨日、太陽の光を浴びた。怨念が自己呪縛であったことを、夫に告白したのだ。間違っていたかもしれない。図らずも、彼に対する攻撃になってしまったかもしれない。夫の沈黙を見ていて、そう思う。しかし、おとといまでの私とは違う私がいる。冷たい空気を夫の全身から感じ取って、「海へ行って来るね」と言う私がいる。「顔色を見る」ことが激減した。彼の沈黙を、必要があってのことだろうと見ている私がいる。それは私への攻撃だ、と思わない私がいる。私は私ひとりの幸せを願ってはいない。この確信に似た気持ちが、私の背中をしゃんとする。こんな心境に至ったことを、心から喜んでいる。わずらわしいと思っていた親戚が、巡り巡って弱った私を助けてくれた。親族というセーフティーネット、である。
2008年05月15日
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「被害者意識」というマインドが含有している有毒性。敬愛する内田先生の一文である。毎度!今日はこれについて先ず考える。難しい言葉を平たく、庶民の具体例に照らし合わせて書くことを、わたくしは得意とする。ね、たぶん。なので、卑近な例を材料に書いてみる。早速脱線するけど、この「被害者意識」って、何? あの年寄りによくある「僻み」と近い? それとも同義?「僻み」と言い換えると、途端にわたくしに身近な言葉となる。「僻みっぽくなったよね、最近」「それはあんたの僻みだよ」わが夫婦の間で、ときおり交わされる会話である。年を取ると僻みっぽくなる。これは、加齢とともに誰かに依存したくなる、いや、せざるを得ない状況が生まれる、というところから来ているのかもしれない。この僻みという感情?は、強者である相手に向かって「~してくれない」と訴えるときに現れる。そう、相手が強者で自分は弱者であるという関係を前提にしている。ところがこれがかわりばんこに現れる私たち夫婦のような場合、強者と弱者が時々入れ替わっていることが分かる。はいはい、「共依存」という言葉が的確でしょう。そう言っても別にいいけど、そう言い切ってしまうと思考停止に陥るので、とりあえず横に置きますよ。本線に戻る。「僻み」ではなくて、「被害者意識」とした場合、やはり趣が変わる。被害者がいる以上は、一方に加害者がいる。(ははあん、とすると、我々夫婦は、互いに相手を加害者だと思っているのだな)被害者は加害者に向かって「正当な」権利を主張する。本来私のもとにあるべき某かが、加害者によって奪い取られた、という構図だからね。私が毎度内田詣でをする理由の一つは、この「正しい」の胡散臭さについて常に言及する人だから。話を元に戻そうね。この被害者的立ち位置に「居着く」ことが「病」である。(だそうだ。柳生宗矩も澤庵禅師も「病とはある状態に居着くこと」と言っているらしい。ふむ)~健全な想念は適度に揺らいで、あちこちにふらふらするが、病的な想念は一点に固着して動かない。その可動域の狭さが妄想の特徴なのである~ほら、私が「妄想」について悩んでいるとこんな答えが返ってくる。まるでシンクロしている、と~信者~は思う。あちこちにふらふらするのが得意技の私が、なぜか「DV被害者」という立ち位置には「居着く」のである。よほど強烈な教育?を受けたのか。そしてちょうど、まさにその位置に私が「居着いた」と感じたときに、この文章に遭遇した。これでますます~信者~になってしまうな…。「被害者」という立ち位置に居着くと、目の前の相手は恐ろしい顔をした「加害者」になる。当然脅える。攻撃されている被害者と位置づけているわけだから、戦闘態勢になる。迎え撃つ。被害者対加害者の構図は、闘いしか生まない。闘いの末、勝者か敗者に分かれる。世の中が勝者と敗者の二者しかいないことになる。そんなバカな、と健全なる魂は主張する。しかし「被害者意識」の毒は健全なる魂を凌駕する。悪貨は良貨を駆逐する。嗚呼。ね、被害者意識の有毒性について、私の場合に即して考えると、こうなる。一度このストーリーを自らに当てはめると、振り払うのは容易ではないらしい。なぜだろう。実際、私の目の前の敵は、それほど強大でもない。少々偏屈な年寄りに過ぎない。いや、なかなかよく働くいい男だ。しかし、それでは自らの被害者性が損なわれる。(そう、そこに気づかせてくれた内田先生に感謝!)ここで妄想が登場するのである。相方の妄想ではない、私の側の妄想である。私の自由を奪った夫は私が離れようとすると、自らの不安を嫉妬妄想にすり替えて連れ戻そうとする、という固着したストーリー(バカの一つおぼえ!)が出現する。これこそ、「定型」の妄想ではないか。互いに「僻み」あっている夫婦である。どちらか一方が強大な加害者であるとは考えにくい。シーソーのように、かわりばんこに、強者になり弱者になる。互いに助け合っている夫婦、という見方をそろそろ採用したらどう?私自身がある一点に固着しがち、つまり「病」の側に振れがちな状態であることが、今朝はわかった。あっちに行ってこっちに戻ってきた。ふらふらできてよかった。やや健全さを取り戻しただろうか。被害者的立ち位置から物を言うとすっきりする。しかし物事はそうそうすっきりはしないものだ。世の中には勝者と敗者の二者があるのではない。ここ数日の夫を見て、勝ち負けの世界で動き回る人の強さ=狡猾さを見た。そのことが、私を「弱者」の位置に居着かせたともいえる。この「居着き」の状態から脱するには、自分に対する呪いを解くことだ。勝者でもない敗者でもない私。加害者でも被害者でもない私。そう、ふらふらと楽しく幸せになりたいな。「病」を自ら呼び込むような状況は、敬して遠ざかることにしよう。私は幸せになりたい! 今だって幸せじゃん!
2008年05月14日
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たった今、アマゾンから荷物が届いた。トレーニング用のバランスボール、DVD付き。差出人の名はないが、わかっている。息子が帰る際に、母の日にアマゾンから贈るよ、と言っていたあれである。骨そしょう症ですっかりお婆さんになった母親に、ああ何年ぶりかしらプレゼントであった。今、愛しのダーリンがボールを膨らましてくれている。小さい頃、息子が道ばたの花を摘んで「はい、母の日」と差しだしてくれた時以来の喜び。申し遅れたが、娘からも母の日のプレゼントが届いていたのよ。赤いバラとガーベラ&バラの絵のエプロン。これは彼氏と二人からとの電話付きだ。もちろん彼氏のお母様にも贈った由。娘の幸せそうな声で、喜びも倍!ああ、なんてすばらしい母の日だろ。全国的に宣伝したい気分で、ここに記す。ふふ。
2008年05月13日
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ああごめんなさい。何日ご無沙汰してしまったんだろ。連休は思わぬ吉事。息子がやってきた。その前に少々仕事を引き受けていた。どうせどこへ行くでもない連休だ、皆さんが遊んでいる間に働きましょ、と思っていた。息子が来て親孝行してくれるので、母もめいっぱいそれに応えたい。いえも親孝行といっても、肩たたきやご飯を作ったりとかをやってくれたわけではない。ではないが、間違いなく「親孝行」をしてくれた。私がそう感じたのだから、そうなのだ。ありがたい。ほんと、ありがたい。連休中の感動感激は、いずれ書く機会があるかもしれない。今日は、すでにその後。恒例になった、春のばらの展覧会である。主役は夫、私は運転手兼お手伝い。にこやかに機嫌良く、展覧会の円滑な進行に貢献した(つもり)。で、その間に、例の悩める友と長時間を共に過ごした。そして、ここでもお役に立つべく大サービス(したつもり)。おかげでへとへとになった。体力なくなっておるな。確かに。大サービスとか貢献とか言いつつ、それは私自身にはね返ってくるありがたき疲労のはずである。ね。ところが、現状はさに非ず。もうくたくただし、がっくり。わが夫が、バラの奥さま&おじさま方の間で、妙に活気づいたのである。彼が貝のように自分に閉じこもってしまってはいないことがわかっただけでもよしとしよう。奥さま&おじさま方々の、よくあるもめ事に、わが夫は見事に同調した。早い話が、バラを作って人に見せようという人々は、ほとんど老いつつある自己愛人間たちである。発表会とか展覧会に一生懸命になるってことは、私はすごい!が欲しいわけである。他人の目にさらし、他人に讃えられたい。いや、これはこれで健全なる自己愛である。一人自分の世界でご満悦の奇人より、何倍も健全。そう、わが夫は、久しぶりのその「健全」が復活したのである。俺もまだまだ血の気が多いな、と自ら口にするほど、感情の山谷を上り下りなさったのである。そのかたわらに、妻であるところの私はいた。いやはや。わがままな夫というのはこういうものであったか。最近、私と二人の生活で、すっかりトゲを抜かれたバラになっていた夫。健全なる!老人たちとの軋轢が、彼の生命を蘇らせた。かく言う私も、じつはその夫に「同期」してしまったようである。夫はなんて邪気が多いんだろ。こんなに人を疑うことに想像の泉を使うなんてもったいない話だ。「人のいないところで悪口を言い、目の前にくるとおべんちゃらだ、あの人は何だ!」「あの男は何様だ! 俺にそんなことをさせる権利があるのか!」などなど、あんまり聞きたくない情けない話。しかし、たまにはあけすけにしゃべってもらおうじゃない。はいはい、それから?「あの人は、こないだの○○のとき二泊もして酒を飲みまくったらしい」あのハイソな奥さまが、旦那さんに留守番させて高級ホテルに泊まってワインをがぶ飲みしたという噂を仕入れてきてのたまう。「それでご主人とけんかになったらしいが、ご主人が怒るのは当たり前だ!」と意気が上がる。妻が夫を置いて外泊し、酒を飲むことが、姦通罪ででもあるかのような怒りようだ。日頃妻に虐げられて、言うことも言えない夫が、他人の話を借りて妻を責めている。ふむ。よほど、自分の思いを後押ししてくれる味方を得たのであろう。聞いていて次第にイライラしてきた私。そういえば、奥さま&おじさまたちの前で、私を「しょうがない妻で」という顔をして見せたではないか。家の中でとは180度違う態度に唖然とした妻である私。そうかそうか、この男もズルシャモであったな。このズルシャモは、夫が頭にきた相手にぶつけるセリフである。私も何度か投げつけられた。今回は酒を飲んだ奥さまAのことを、ズルシャモと吐き捨てる。外では、どうしようもない悪妻の面倒を見ているなかなか出来た夫、ということにしておるのじゃな!ぎぎぎぎっ。いつの間にか、私まで、人間不信に同期した。不信の妻になっていた。ありゃりゃのりゃ。このように、人の心は揺れて揺れてどこまでも。人との交わりが必要なのは、この一事を見ても明らかである。一人、自室にこもっている若者よ、老人よ、外に出よ!カビの生えた独居老人にだけはなるまいぞ。というわけで、近くの温泉&フィットネス&トレーニングジム施設に申し込みをすませた私である。夫よ、機嫌よう私を外に出しておくれよね。
2008年05月13日
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