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小川のほとりに建つ、こじんまりしたホテルです。この村を、半日くらい歩きまわったけど、人通りがあったのは、ここの周辺くらいでした。例の「小さな村のパン屋さん」も、この近く。そんなに広くないけど、プラザのようになっていて、水辺で子供たちが遊んだり、散歩する人達がチラホラ。みんな話しをしながら、のんびり、ゆっくり歩きます。でも、日本の児童公園と違うのは、人が居ても静かなの。子供たちのキーキー声もないし、叱り付けるママたちの怒ってる声もない。どうしてかなー?水音を聞き、季節の風を感じ、植物の匂いに包まれる‥。歩き疲れて、ホテルのパブで、シェリー酒を飲みました。「豊かな時間を過ごす」ってことは、そんなに難しいことじゃなかったのかも‥。
2006年01月31日
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コッツウォルズに限らずヨーロッパの村や町を歩いていると、「自分の生活に必要なモノ」は、何と何なんだろー?と考えてしまいます。テレビやインターネットの普及で、何でも調べて何でも買える時代です。次々と欲しいモノが現れる今の時代、選び取るのは大変!英国の頑なと思えるほどの生活様式は、自分の価値観で選ぶ「身の丈に合った幸せ」でしょうか。通りすがりの人達の目を楽しませてくれるのは、低い生垣や塀に囲まれた美しい庭。窓辺に飾ってあるのは、モビールや鉢植えの花、バード・カービングに蝶の標本。カーテンごしに垣間見える地球儀や積まれた本にも、そこのお宅の人となりが主張されています。。
2006年01月30日
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コッツウォルズ地方は、田園地帯に小さな村が点在しています。小川にガチョウやアヒルが遊び、羊が草を食み、小鳥がさえずり、まるで絵本の中の一ページ。時間がゆっくり流れています。歩き回ってみたのは、日曜日の午後でしたが、道を歩いている人を、ほとんど見掛けないのです。街中の雑踏に慣れている私にとっては、ちょっと不思議な光景に映ります。写真のパン屋さんを見つけた時は、「あっ、やっぱり人が暮しているんだー」と、当たり前なのに、なぜか嬉しかった。焼きたてのクッキーやパイ、スコーンが並んでいます。お菓子と紅茶でティータイム。本を読んだり、丹精込めた庭を眺めたり‥。そんな日曜日の過ごし方なのでしょうね。
2006年01月29日
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イギリスのガーデニングってどんな感じ?最近、そう聞かれることが多いのです。なので、コッツウォルズ地方の小さな村の様子を何回かに分けて写真でアップいたします。イギリス式の考え方を感じ取って頂ければと思います。時代によって変っていくモノや情報に目を奪われたり、欲することなく、自然と協調して日々を暮す。ときには頑なと思えるほど、自分が思い描いた生活の範囲で幸せを追求する人たち。こんな「イギリス的幸せ」が凝縮されているモノの一つがガーデニングなんだなー‥と、私の目には映ったのですが。
2006年01月28日
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お人形が着ているのは、サルデーニャの正装です。今では民族衣装になってしまったけれど、昔はみんな普通に着ていたそうです。今でも山間の小さな村に行くと、「お婆ちゃんは黒い衣装を着ているよ」とのことですが、若い人にとっては、たまの「祭りの衣装」ですね。※写真は町内会のバザーで売っていた人形。 (盆踊りみたいな小さなお祭りです) 地元の蜂蜜や農産物、それにお母さんたち手作りの 人形や手芸品が並んでいました。
2006年01月27日
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これは陶器なんです。パンの焼き色を陶器で再現するイグナシアさんの作品です。サルデーニャ島カリアリ国際空港の近くにある、アッセミニは陶器の町として有名。この町に生まれたイグナシアさんは、、子供の頃から「将来は陶芸家になろう」という夢を持っていたそうです。彼女の工房を訪問したときの話は、前にご紹介しましたが、(イタリア通信・サルデーニャの蒼い風05年10月18日の日記)写真は完成した作品の一部です。サルデーニャに昔から伝わる細工パン。(こちらは本物のパンただしパン種を使いオーブンで焼き上げる教会への奉納品)防腐剤無しで小麦粉を使うため、苦心の作品も日持ちしないのを見て、セラミックで再現してみようと思い付いたそうです。今では、セラミックならではの独自な世界を作り上げ、サルデーニャのみならず、イタリア本土でも数々の賞を受けて活躍している陶芸家の一人です。
2006年01月26日
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大公開!というほど広い工房じゃないのですが‥。ショップの奥の小部屋に、机を一つ置いて‥と、いった感じです。さすがに長年使い込まれた机がありましたが、えっー、こんな隅っこで毎日コツコツ彫っているのねーと、最初はちょっと驚きました。このショップ兼仕事場には最近引っ越したばかりとのこと。だから「これからはお面だけじゃなく木工品いろいろ作ってみる」と、とても張り切っていたジュゼッペさん。飾り棚や鏡、壁掛けなどの試作品も手掛け始めたようです。
2006年01月25日
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写真は、木彫りのジュゼッペさんの工房です。木彫りのお面を一つ一つ手掘りしています。生活必需品といえるかどうか分かりませんが、お面は「島の祭り」の必需品です。春から秋にかけて、サルデーニャ島は祭りがいっぱい。毎週のように、どっかしらの町や村で「○○祭り」が催されて、昔ながらの民族衣装が正装です。この衣装とお面で、何処の村人なのか、どの辺の町なのか、が、分かるそうなんです。だからお面にも重要な意味があるみたい。木彫りも、長い時間をかけて、親から子へと受け継がれてきた工芸技術になってます。
2006年01月24日
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織物工房に限らず、ヨーロッパの小さな村や町を歩いていると、生活に必要なものは、その村でほとんどが手作りされていることに、驚くとともに感銘を受けてしまったわ。何でもデパートやスーパーや量販店に行きさえすれば揃ってしまう日本と違って、商店が残っていて、職人さんやモノ作る人たちが、ちゃんと、それで生活していける。こういうの見ると、仕事というのは、誰かのためにモノを作り、そして、それを売るのが商売だったのよねー‥。と、当たり前のことに気付いてしまった私です。前に、ご紹介したことあるオリエナ村のルチアとアルビーノご夫妻のパン工房。(イタリア通信・サルデーニャの蒼い風05年10月20日の日記)ステキなご自宅の地下室が、パン工房になっています。工房で使うパン焼き窯のような機械まで自分で改良を重ね作っているんですよ。自宅二階の一番眺めのいい場所にあるバスルームも製作途中。私から見ると完璧と思いますが、まだ改善の余地があるそうで、「我が家は進化する家なんだ!」とのこと。※写真は、 アルビーノさんが庭の片隅に作った作業場というか物置小屋。 手にしてるのはコルシカ島で拾ってきたというベッドの一部。 これを磨いたり手を加えて、アンティークの美しい真鍮のベッド に蘇らせてしまうんですよー!
2006年01月23日
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サルデーニャ島の織物美術館を観て思ったんだけど、昔から、布が使われる場面が多いみたいね。一生を通して布に込められるメッセージが沢山あるみたい。そういう意味でヨーロッパは「布の文化」なんだなー‥と、思ったの。織物美術館に入ると、私達を先ず出迎えるのは、葬儀の場面で使われる布の数々。死者を包むのは、本人が生前愛用していた布であったり、敷物や、参列者の被り物など、悲しみの場面の布々。やはり黒っぽいドッシリした布です。中に進むにつれ、結婚する時のため、母や娘たちが十年以上かけて準備する白や生成りの寝具やクロス類。生まれてくる赤ちゃんのために名前を入れたオクルミも。レース状に織ったり、手の込んだ刺繍を施したり華やかでそして、軽やかな感じです。日本のツヅラのような「チェスト風モノ入れ」カバーは家紋が入ったり、家柄を象徴するためにも当時は必需品だったそうです。祭りの山車が通過するときには、家々の窓やテラスに布を垂らして出迎えるというあたりも、スペインの教会の行事と同じです。日本の草木染めのように、自然の花や樹液や虫で糸を色染めして織る絨毯は、イスラムの影響を受けたと思われる模様もずいぶんありました。生活の隅々にまで及んで使われていた布。そういった意味では日本は「紙の文化」なんじゃないかな。
2006年01月22日
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写真が工房のマダムです。う~ん、マダムというよりはイタリアのマンマかな。クロスを一枚だけ頼む私の希望を根気強く聞いてくれました。(イタリア語ほとんど分からないけど見本と電卓で・・)予算の関係もあるので、ああしようか?こうしようか?糸を選び、模様や配色を決め、布の厚さ、始末の方法まで。一時間近くかかったけど、決めることが沢山あるのー!でも、送られてきた布地を見て、さすがーと納得です。ありがとーっ!
2006年01月21日
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写真は、サルデーニャ島、サムゲオという小さな村の織物工房です。今でも、熟練した職人さんが、一枚づつ手織りしています。すべて手作業なので、島の物価からみると、そんなに安くはありません。でも、お土産屋さんで売っている機械織りとは一味違う温かみがあるような気がします。私が注文で送ってもらった布ですが、職人さんが3週間近くかかって織り上げたもの。ベッドカバーの大きさで日本円にしたら一万円位です。時間と手間を考えたら、決して高価くはないと思いますが。実は、私も昨年、小型の「卓上手織り機」を買ったばかり。この空間で、麻、綿、羊毛、いろんな色の糸を眺めているだけでもイメージが膨らみ楽しい時間でした。この町にある「織物美術館」は、昔の生活に使われていたアンティークな布を見ることが出来ます。
2006年01月20日
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サルデーニャ島のサムゲオは織物の町。そこの工房で、布のあまりの美しさに、思わず手織りの布を注文してしまったという話しを前に書きました。(イタリア通信・サルデーニャの蒼い風05年10月15日の日記)その布が出来上がり、日本に届いたんです。生成りの麻糸をメインにして、模様部分は青とオレンジがかった黄色。サルデーニャ島の伝統的な模様は「鳥」だと聞いて、「こんな感じで作って欲しいなー」とアレコレ注文を述べてきただけに、「どんな風に出来たかな?」と楽しみに待っていたのです。写真だと質感がお伝えしにくいのですが、サラリと素朴なわりに存在感のある布に織りあがって、素晴らしい出来ばえ!ホントはテーブルクロスにでもと思い 頼んだのですが、思ったより大判だったので、我が家のベッドカバーにちょうどいいみたい。「サルデーニャの風を感じるベッドルームだわー‥」と、朝から一人悦に入ってます。ふふ。
2006年01月19日
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雨が上がったソウルの街。夜も更けていくのに、まだまだ喧騒に包まれて‥。この街も「眠らない街」のエネルギーを感じます。それでは、「雨のソウルでさようなら」って、 なんだか歌みたいですが‥。コリア・バージョンは、とりあえず終ります。(また行く事あると思います)なんたって、お互い、お隣りさんですものね。
2006年01月19日
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ソウルの街を歩いていると、通りの両側に食べ物屋さんの屋台が、とっても多い。日本のファーストフードみたいに、みんな気軽に買って道端で立ち喰いしてる姿をよく見かけます。蒸し物、揚げ物、甘いもの、焼きトウモロコシなど美味しそうな匂いに、ついつい釣られ立ち止まってしまうのよねー。中国の広州、一元飯屋(15円弱で食べられる)のような食堂がずいぶんあったけど、こんな屋台風景は無かったの。中国は「モノを食べるのはテーブルで」ということなのかなー、立ち喰いしてる姿は、まず見かけませんでした。韓国は、焼肉はもちろんだけど、美味しいモノの宝庫ですね!ちなみに、なぜか「雨の日はキムチ・チヂミを食べる」ことになっているそうで、雨降りの夕方は、どこのチヂミ屋さんも満員になるそうです。「だから、雨の日のチヂミ横丁、煙がモウモウですよー」と、ソウルっ子の女性が教えてくれました。きっと、雨降りの日は、「買物に行かず家にあるもので簡単に食事しましょー」と最初は奥さんたちが考えたのが、一般的に定着したのでは‥。
2006年01月19日
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ソウルの「タンゴな夜」もステキだったけど、市場の中の屋台で飲むマッコリは最高ね!写真は南大門の市場。この夜はときどき強い雨が吹き付けて、話し声もかき消され、雨がテントを打つ音がBGMなの‥。ネッ、雰囲気でしょ?飲んだマッコリはコリアのどぶろく。甘くて、ちょっと酸味があり、いくらでも飲めちゃいそう。それまで、日本の焼肉屋さんで飲むことはあったんだけど、本場の生どぶろくは、やっぱり美味しい!ちなみに、マッコリ、マッカリ、マッコルリなどいろいろ呼び名があり、何といえばいいの?と聞いたら、日本人が発音する場合、マッカリとマッコルリの中間位が一番、本場に近いそうです。
2006年01月18日
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港町ブエノス・アイレスで生まれたアルゼンチン・タンゴ。もともとは、タンゴを踊ること自体、男と女のちょっと危ない会話だったらしい。やがて、ヨーロッパに飛び火して、舞踏会で誰でも踊るほど、どんどん洗練されていった。その後、コンチネンタル・タンゴと呼ばれて世界中で大流行したそうです。私が子供の頃、家にはタンゴのレコードがあったから、その頃は、ポピュラーな音楽になっていたみたいね。「タンゴな夫婦」のお二人に言わせると、「そんなのタンゴじゃない!」とばかりに、ブエノスでタンゴな人生送っている訳だけど・・。※写真は、サルデーニャ島のオリスターノという辺鄙な町で、 ドアに張ってあった「タンゴ・レッスン」のポスター。 この町で踊るタンゴってどんなんだろー?
2006年01月17日
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スペインをはじめヨーロッパの人々が、新天地を求めて西に向かい、アルゼンチンのブエノス・アイレスに上陸しました。前にも書いたけど、こうして生まれたアルゼンチン・タンゴです。港町で大勢の人たちが、出会い、そして語り合う‥。言葉が違っても、誰しも何とかコミニュケーションをとろうとするものです。そしたら、やはり音楽が生まれるのですね。ブエノスはタンゴで、恋の駆け引きが生まれ、やがて別れ、哀しみ、絶望すらもタンゴは語って‥。※写真はお隣り「韓国のミロンガ」 本場ブエノスアイレスのミロンガとは 少し雰囲気が違うそうですが、タンゴな夜を堪能できます。 日本のディスコやクラブとは違いますね。 いずれ、年配のオジサマが踊る厚みのあるタンゴも 見てみたいものです。
2006年01月16日
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中国の「近代化革命の父」と呼ばれる孫文。この中山市に富農の子として生まれました。生家が美術館になっています。大きな家で裕福な暮らしぶりが覗えます。医者を目指し香港などで学びましたが、その後革命家に転身。日本に亡命していたこともあるので、私たちにとっても馴染み深い名前です。1905年に発表した三民主義は(民族の独立、民権の伸張、民生の安定)現在でも学生の必須科目になっているとのことです。私たちが行ったのは熱中症になりそうな暑い日、それも平日でしたが、中国各地からの訪問者が大勢いて、やはり「国父」なんですね。
2006年01月15日
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写真は滞在していた広東省・中山市・三角鎮の町。ホテルの窓から見た風景です。工場の寮に暮す人達や、近隣のホテルで働く女性たちが、自転車タクシーなどで買物に来る所です。なぜか洋服屋さんが多く目につきました。スーパーをはじめ薬局や食べ物屋さんも揃って、表通りは商店街。マンションが次々と建設中です。こぎれいな「新興の街」といった感じですかねー。そして中山市は「孫文」の出身地として有名なところでもあるんです。孫文の生家が美術館になっていると聞き、行って来たので、次回は、そのお話をちょっとだけしますね。
2006年01月15日
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昨日に引き続き、中国を訪問中の「将軍行列」のお話しを続けます。新聞見ると、道路は大渋滞、宿泊客も追い出し、訪問先は大混乱、市民大迷惑と、ますます大変なコトになっているんだそう。中国政府は、そもそも公式には将軍様の訪中を認めてない。だから、メディアの問い合わせに答える訳にもいかないし、と、対応にも苦慮している様子が覗えるわねー。大学と学生寮だけが集合する広州大学城と呼ばれるエリアや(珠江中州の一つにある)先端都市の繁栄ぶりを視察に来たというものの、友好国の「特殊なやりかた」に振り回されてタイヘンですね。※写真は広州でも、のどかな運河地帯。 夕日を眺めるお爺ちゃんと孫。 ここには将軍行列の「御成り~」は無いと思う‥。
2006年01月14日
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朝からニュースで騒いでいるのが「どこぞの国の将軍様」の滞在先。広州のホテル白天鷺賓館というのが例の「ホワイト・スワン・ホテル」新聞によるとホテルは一般客の受け入れ中止、ホテル内のレストランは営業中止、ものものしい警察隊の厳戒態勢がしかれ、なんだか大変なコトになっているらしい‥。あのあたり、イギリス租界のある川のほとり。近代ビルが立ち並ぶ沙面(シャーメン)の一角です。※写真は「ホワイト・スワン・ホテル」の内部 吹き抜けのあるロビーです。 ちなみに1995年には観光局から 中国一のホテルとして表彰されたそうです。
2006年01月13日
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珠海(ジュハイ)の街です。「出境大庁」から出て来たばかりの大きな荷物をキャリーに積んだ人たちが、何処やらに散って行く風景なんです。このキャリー+段ボール箱が、「運び屋さん」の典型的スタイルといわれているらしい‥。(その15)の写真見ても分かるように、帰りはみんな空になったキャリーだけ持って、すぐそこのマカオに(帰国)してました。駅ビルは各国の品物が溢れていて、ショッピングのメッカです!
2006年01月13日
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写真は珠海(ジュハイ)の街にある「出境大庁」ここがマカオへの出入口になっています。国境隔てたマカオは香港と同じように、中国でありながら、特別行政区。外国なんです。(一国二制度といわれるものね)だから、もちろんパスポートが必要だし、イミグレーション審査もあるんです。仕事で広州に滞在していた、うちの彼も一ヶ月に一度 中国から国外に出なければならないので、ここに出向いてました。中国出国→マカオ入国→マカオ出国→中国入国を、ざっと一時間~一時間半でやってのけちゃうというわけです。マカオ住民は身分証明書一枚で「居留民専用通道」をスイスイ行ったり来たり。なので、通称「運び屋さん」の商売も大繁盛のようでした。
2006年01月12日
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寒さに、かじかんだ手と真っ赤になった頬っぺ。こんな日には、熱々スイトンは何より嬉しい!ご近所達人のお母さんたちがボランティアで作ってくれたスイトンです。スイトンという言葉も知らない子供たちが、「旨い!」と喜び、お替り貰っていました。初めて食べる珍しい味のようです。うちの彼も同じように「旨い!お替りもらおう!」でしたが、こちらは懐かしい味の喜びだったと思います‥。
2006年01月12日
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秦野市の「昔の生活を体験してみよう!」というイベントの一つ。「ドラム缶を使う竹炭作り」の様子です。炭焼の他にも、参加者が種まきから収穫をして、最後は蕎麦を打つまでのような年間を通す企画や、「みんなでスイトンを食べる会」などいろいろあって、なかなかオモシロイんですよー。写真は竹を並べて火を点火したところ。これから一昼夜燃やし続けて、それから冷まして炭になるまで、まだまだ先は長いそうです。ご近所に暮す、名人の皆さんが、体験教室の先生方。さすが「この道○○十年の貫録」がにじみ出る皆さんたちです。
2006年01月12日
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地方から働きに出てきている若者たち、やっぱり故郷との電話は楽しみのようです。夜の長距離用の公衆電話は人が途絶える事はありません。電話ボックスの中に、イスが用意されているところをみると、けっこう長いこと話し込む人が多いのでしょうか。受付の係員がいるのも、日本とは違いますね。
2006年01月11日
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車がどんどん増えているとはいえ、みんなが普段利用するのは、自転車タクシー。大きな工場は町から離れているので退社時間になると、工場の正門前にずらりと並んで、お客さんを待っています。近場の町まで買物に出掛けたり、よく使われているみたい。二人で相乗りしている女性たちも見かけます。私たちが乗っていた車、あまりの暑さにバッテリーが上がってしまい、道端にエンストしてしまったとき、右往左往するこちらを横目にスイスイ走って行ったのが、この写真。こちらは、どうやらエアコンかけっぱなしが原因らしい。文明の利器に頼っている私たちは脆いものでした。
2006年01月11日
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大きな橋が、どんどん造られています。中国が車社会に移りつつある過渡期なんですね。こんな大きな橋は、渡るときにお金を払う有料の橋になっています。入る時に、お金を払うのですが、面白いのは、橋を所有する市のナンバープレートを付けている車は無料なのです。住民税の一部が橋の建造のために使われているから、という意味なのでしょうか。※写真は広州市番禺区と東莞市虎門を結ぶ「虎門大橋」 全長5.6kmに及ぶ、珠江をまたぐ最大の橋です。 (虎門には、アヘン戦争博物館があります)
2006年01月10日
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写真は、日本企業で通訳の仕事をしているホァンさんの一人息子クァンちゃんです。当年三歳のクァンちゃんは、食事のとき中国の詩を暗唱してくれました。とても流暢!李白や白楽天や、あとよく分からなかったけど、その他いろいろ故事みたいなものまで。ぜんぶ暗記してました。どうやら英才教育の、たまものらしい!お父さんのホァンさんに「どんな意味なの?」と聞いたらこちらは、あまり流暢じゃなく訳してくれました。クァンちゃんの眉間の赤い星は、中国のアニメのヒーローになりきっているんだそうです。
2006年01月10日
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写真は広州市内にある「マクドナルド」アメリカ資本主義の象徴のようなマックが中国にあること自体、驚いた!マクドナルドって世界中どこにでもあるの?どこの国でも子供たちはマックが好きみたい!ローマやパリのマックは、さすがに看板が赤と黄色じゃなくて、グレーと白で街並にとけ込むようには、していたけれど‥。規制がキビシイのでしょうね。東京の街も、もう少し色を絞り込んだら、もっとステキな街になるのになぁ‥。
2006年01月09日
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屏風に描かれた「百花斉放」の四文字。これを見てニヤリとしたアナタは、かなりの「中国通」ネッ!私は「中国通」じゃないけれど、うちの彼に特訓受けた、たまものかしら‥。ふふ※写真は広州「ホワイト・スワン・ホテル」にて
2006年01月09日
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通称「一人っ子政策」の中国。つまり子供は一人しか生んではいけないのよね。日本は少子化が悩みのタネだけど、その反対の悩みもあるみたい。じゃあ、生まれてしまったらどうするの?というと、どうやら罰金を払うといいらしい。でも、その罰金がまた高価いんですねー。広州で聞いてみたら、そこそこ高給とっている人で給料の軽く10ケ月分に該当する金額でした。都会と田舎では罰金にも差があるよーとのことなので他の地域は少し違うかもしれないけれど。それにしても、払える人はいいけれど、払えないで戸籍もなく学校にも行けない子供もいるみたいで‥。当然、「一人きりの大切な子」に対する親の期待もかなり大きくなるんでしょうね。ちなみに国家公務員は罰金払っても首になるそうで、この人たちは、みんな子供は一人が当たり前だそうです。※写真撮影させてもらったシン君の実家は農家。 シン君は姉も兄も妹もいる大家族の一員で幸せです。
2006年01月09日
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茶せんが一つあればOKです。器はカフエオレカップでも小鉢でもいいんです。たて方だって自己流です。陽射しの入る窓際で、一人静かに抹茶をたてる時間が嬉しいんです。公園で遊ぶ子供たちの声が遠くに聞こえます。日曜日なんだもん。
2006年01月08日
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赤ちゃん以外は、みんな忙しいのです!家の修理をしたり、収穫した野菜を干して保存食を作ったり。少し大きい子供たちは、大人の仕事を手伝って、よく働きます。こんな風景、日本にも在りましたよねー‥。
2006年01月08日
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シン君のお父さんが、家族のために食事の支度をしています。広東省の家庭には、ほとんどテレビがありましたが、内陸の農村の家にはテレビが無い地域も多いそうです。そういえば、前にお伝えした中山市の「祭りのような夜」に街角の「街頭テレビ」の前のイス席は観客で、いっぱいでした。大音量のテレビやビデオ・プロジェクターは、豊かさの象徴のようです。
2006年01月08日
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中国では、翡翠に彫刻を施したお守りがよく売られています。翡翠は古来より強力な護符や魔除けとされていて、男性にとっては権力や地位の象徴だったようです。今生と来世のあらゆる願いを満たすとされ、かつては 金やダイヤより重んじられていたそうです。富豪らは正妻に翡翠を贈り、第二夫人にはダイヤを贈ったとか。今でも、五徳(仁・義・礼・智・勇)を高める石といわれ、中国の男性でペンダントにしている人をよく見かけます。※写真は広州「ホワイト・スワン・ホテル」の ロビーにある「翡翠の船」
2006年01月07日
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都心部に働きに出て来るのは、内陸部・農村地帯の人たちが、ほとんどです。写真は中山市に働きに来ていたシン君の実家です。水牛が大きな労働力になっています。昼間は、お嫁さんも一緒に、家族全員が外での仕事。お婆ちゃんが孫の子守役。お爺ちゃんが、みんなの食事を作っています。大変そうですが、それぞれ役割があって、忙しいながらも、イキイキしているように私には見えました。
2006年01月07日
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お正月も一週間。胃も疲れてきたし、身体も重くなってきた。お餅に、オセチに、食べて飲んで、コタツでゴロゴロしてるんだもんね。ビタミンも不足している、こんな時、七草がゆはまことに理にかなっているんですねー。昔の人の知恵ってホントーに凄いっ!明日は、お米からコトコトお粥を炊きます。お米と水(1:8)を土鍋で一晩おいて、とろ火でゆっくり、ゆっくりね。七草の名前、毎年覚えるんだけど、どういう訳か翌年は忘れているの。すずな、すずしろ、ほとけのざ。ごぎょう、はこべら、せり、なづな。「この順序で唄うように覚えると忘れないのよ」と、教えてくれた母も、もういない。「七草って、何と何だっけー?」ついつい、心の中で母に聞いてしまいます‥。
2006年01月06日
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水上の家の裏通りです。この路地を通って、各家々に行くんですね。路地の入り口には、写真のような雑貨屋さんが必ずあり、ちょっとしたコンビニのような存在らしいです。高速道路や大橋が、次々建設中で、車社会になりつつあるとはいえ、まだまだバイクや自転車中心の生活のようでした。
2006年01月06日
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高層ビルが林立する広州市街から少し外れると、まだまだ写真のように水上生活している人たちも沢山いました。ちょっと郊外に出ただけで、都心部との格差は大きかった。何人かの若い人たちに「あなたの夢は何ですか?」と、通訳さんに聞いてもらいました。二十代、三十代の働き盛りの男女です。夢(目標といった方がいいかしら)は、ほとんど共通する答えが返ってきました。1.マンションを買うこと。2.子供をいい学校に入れること。3.そして、親を連れてあちこち旅行に出掛けたい。日本と違うのは、「親を連れて‥」という箇所でしょうか。夢の実現のため努力する彼等のパワーは凄いです!労働の合間に学校に通い、語学、IT関連、とにかく何でも勉強して今より「イイ仕事」に就こうとしています。う~む、ボヤボヤしていると日本の若者は負けちゃうぞー‥。
2006年01月06日
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先日「探しモノは?‥花のお茶」という話しの中で、「見つけたよー!」と書いたのですが‥そしたら早速「日本でも買えるんですか?」というお問い合わせを頂きました。新年だしね! 教えちゃいます!だって、花の香りは、幸せを運んでくれるんですもの。花茶は中国茶の一種です。世界三大銘茶のキーマンがベースになってます。詳細はこちらにアクセスしてね。http://plaza.rakuten.co.jp/jps2005/24001コポコポコポ‥と、お湯が沸く音を聞きながら、ガラスの急須に透けて見える花びらを眺めて、香り高いお茶を飲む‥。ほーっ、幸せ‥。五感で愉しむ「お茶のある風景」を、ぜひどうぞ!2006年が、私にも、あなたにも、幸せな一年になりますように‥と心から願いを込めて‥。
2006年01月05日
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魚市場の午後。朝早くから賑わう市場もお昼を過ぎるとのんびりしてます。売り切って帰る人もチラホラ。売っているのは、ほとんど年配の女性たちです。
2006年01月05日
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川が網の目ように流れている広州の街。やっぱり、街は川辺から発展していったんだなーと、いうのがよく分かる。「魚を獲る」、「モノを運ぶ」など、昔から人々の往来があった川辺の町は、魚市場を中心に、働く人が大勢いて活気があります。中国の人たちは、男の人も女の人も一緒に、よく働きますよー。※写真の川の先は海です。モーター付きの船なので 海まで漁に出掛けるのだと思います。 小さな食堂もたくさんあり、漁から戻って一休みです。
2006年01月05日
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毎週土曜日の朝にたつメルカート(市場)です。ローマの郊外エウル近くの住宅街。朝早くから車で買出しにくる人たちが集まってきます。ハム、パン、チーズはもちろん、洋服、ブーツなど革製品、バケツから絨毯まで生活必需品は何でも揃います。トランクから家具まであり、ちょっとしたデパート並みです。同じ雑多でも中国の市場とは、やはり違う雰囲気ですよね。
2006年01月04日
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外国に行って、市場を見て回るのは楽しいひと時です。スーパーマーケットも面白いけれど、特に朝市や生活必需品を売っている普通の市場が好きなの。みんなが毎日食べているモノや、普段使いの服や履物、そこの国の「普通の暮し」が並んでいて‥。それに、値段も安いし、言葉が分からなくても値引き交渉なら電卓一つあれば何とかなるしねー。※写真は広東省・三角鎮の市場。 そろそろ終りかけの店閉いをしているところ。 衣類を売る隣りで、肉や燻製を売っていたり雑多ですが!
2006年01月03日
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イタリアの子供たちに続いて、写真はモロッコの子供たちの笑顔です。イタリアの方は、ちょっとポーズをつけて子供ながらも、イタリア伊達男と美人女優って感じ。モロッコは、少しはにかんだ清純派。働き者のお母さんになるんだろうなー‥なんて考えてしまう。世界の子供たちの笑顔を、一人一人見つめていると、「頑張れよー!幸せにねー!」と思わず呼びかけてしまいます。
2006年01月03日
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お正月も三日目です。年賀状、返事のハガキをポストに入れたり、年末に借りておいたビデオの返却に出掛けたり、明日のゴミ出しに備えて、仕分けしたりと・・。我が家は、そろそろ片付けの体制に入っています。レンタル・ビデオ屋さんは近所の本屋さんの二階なんですが、ちょっとしたゲームコーナーもあったり、テレビゲームのソフトなんかも売っているのね。お年玉を貰い、ホクホク顔の子供たちで賑わっていました。で、親と一緒の子は、たいがい文房具売り場にいるというのも面白い。「オマエ、何か要るモノないのか?これはどうだ?」こういう場面では、どこも親の方が一生懸命なんですね。でも子供が欲しいモノは、文房具ではなくて、ゲームソフトや攻略本のようです。子供の目の輝きが違いますもの。今日のような天気のいい日ですら、外で、凧揚げやコマを回すなんて遊びは、もう無いのでしょうね。※写真はイタリアの子供たち。この、くったくない笑顔は 日本の子供たちにも健在なんでしょうか。
2006年01月03日
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写真は、カリアリの古い城塞跡。あちこち修復中のところも多いのですが、そのまま、住居や商店として使っています。床屋さんや雑貨屋さんもあって、「普通の暮らし」が、ありました。立ち入り禁止にして、保存しようという発想は無いことに驚いた。「日光東照宮」より古いのに・・・。
2006年01月02日
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「皆、どんなお正月なのかなー?」秦野の町を車でグルーッと周ってきました。巡回パトロールでもないのに何やってんのー?と、思うでしょ?私、お正月の街並みを見るのが好きなんです。ひと気の無いアーケード街に並ぶ門松や、シャッターが下りた商店のシメ飾り。酒屋さんは、少しだけシャッターを開けていたり・・。そういうの眺めるのが好き。最近は元旦も休まず営業しているスーパーなんかあるけれど、働く人は大変よねー。お正月の三が日くらいは、みんなで休んで、みんなが「少し不便」を我慢したらいいのになー。・・・と、思うのは私だけ?団地の中の小さなスーパーは、しっかり三が日お休みで、「新年は四日から営業いたします」の張り紙が、なぜか誇らしげに見えてしまう。最近は振袖姿に日本髪というのも、お正月の風物詩ではなくなったみたい。だから美容室を予約して、「髪結いさんは徹夜だよ」という話しも聞かなくなりました。※写真は、サルデーニャ島カリアリ「城塞跡の床屋さん」
2006年01月02日
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