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日本人は、昭和の頃までは子供達を「問答無用」で叱りました。

この様な場合、親側にも子供達を「言い訳するな!!」と殴れる程の揺ぎ無い“信念・強さ”が必要なのです。

その“信念”は、恒久不変の「悪い事は悪い」と断言する“正義”で成り立っています。
その“強さ”は、自分自身が「悪い事は悪い」との確信に向かう決心と真心が支えていました。

ところが、アメリカから「子供達も、親と同等」「子供達が“悲しむ”様な叱り方はしないで」との“優しい教育”が入って来ました。

その結果がどうなったかは、アメリカ自身の現状が教えてくれています。

大勢の“叱られなかった大人達”が、“ヒトとヒトとの距離感”さえ掴めなくなっています。

彼等は、お互いに傷付け合い弁護士やらセラピストやらに高額なお金を支払って“叱られ”たがっています。

azarea自身、下校時に交わしたお友達との約束を忘れた事がありました。

待ち草臥れた数人のクラス・メートが心配しながら呼びに訪れた際、私はすっかり部屋着に着替えて漫画本を読んでいたのです。

「あ!!」と思い出しながらも面倒臭そうな表情を浮かべた途端母から殴り飛ばされました。
「つい、うっかり忘れたので」等と言い掛けると再び「言い訳をするんじゃない」と肩を掴んで引き回され「皆に、きちんと謝りなさい」と言われました。

小学校高学年でしたので、皆の前で泣き喚く自体となり自分が恥ずかしく惨めに感じました。

叱られれば、“悲しい”のは当然です。

でも、その重みが残るからこそ「一度交わした“約束”を、忘れてはいけない」と身に染みました。

最近は、“アメリカ”を仰ぎ見る我が国でも上記の様な“悲しみを避ける”教育論が増えています。

azareaが接している親御さんからも、そう主張される方々が現れました。

「“援助交際”をしている娘を叱りたくない。“彼女”から、“嫌な親”だと思われたくないから」

「万引きやキセル乗車を繰り返している知人を、別な友人が注意していた。だが、本人の“自由”に口を出す“余計なおせっかい”だと思う」

※azareaは、この様な“個人主義”者ではありません。
私にご相談をされる以上は、判って頂くまで、何度でも説得を続けます。

最近、TVバラエティでアメリカの母親達がイギリスのプロのお母さん達から叱られる番組が放映されています。

問題がある家庭の殆ど90%は、“子供達を叱れなくなり、トラブルを夫婦で擦り付け合った結果”の様子です。

これ等の母親達は、イギリス人の母親が我が子を叱ると必ず猛反発します。
「子供達が、可哀相じゃないの!!」

イギリス人の母親達は、こう反論します。
「では、あなたの子供達が善悪の区別さえ付かないまま大人になるのは“可哀相”では無いの?」

同じ欧米でも、アメリカは特にイギリスともフランスとも違う近視眼的な観点である事が判ります。

azareaより手前の“団塊の世代”位から、そのアメリカを無条件に見習う教育法が良しとされ権勢を振るって来ました。

先日も、日本の雑誌にある“教育相談”が掲載されていました。

我が子が、“他所のお子様に暴力を振るったり私物を奪っている”と被害に遭った子供の親から報告され抗議を受けている」との内容でした。

※(此処からは、azareaの2007・5・1の日記をご参照下さい)

彼等が奉じる通り、子供とは言え苛立ちはあるでしょう。

ただ、その鬱憤の捌け口に無関係な他人を傷付け“イジメ”るのは被害者は勿論ご本人にとってさえ“悪い影響を及ぼす止めるべき行為”なのです。

※他人を“イジメ”るヒトビトの末路に付いてはazareaのフリーページを、お読み下さい。

子供の頃に、他人を“イジメ”ては簡単にストレスを解消する“癖”を身に付けるとそれに付随して 対人関係の複雑さ・難しさから逃避する習慣になります。

その結果、“虚勢を張る・嘘を付く・他人を信じる事も甘える事も出来ない・厳しい真実から目を背ける”人生になってしまいます。

“イジメているあなたは、悪くない”

これは、甘い囁きです。
“自分は、他人をイジメたんだ”と言う後ろめたさからさえ逃れて無責任さも追随する生き方になります。

果ては、自分が“イジメ”た相手に「許されて、抱きしめて貰いたい」だの「イジメてくれて、ありがとうと“感謝”されたい」等とさえ願う倒錯した発想までも罷り通らせようとしています。

ところが、この様な人間の感情を無視した屁理屈だけの“優しさ”は実際の人間関係には全く通用しません。

それは、客観的に見れば単に(迷惑な)“無神経・無自覚な人間”になるだけだからです。

彼等は、「何度友人(恋人・伴侶)を作っても、何時の間にか誰もいなくなるのはどうしてだろう」と苦しみ本当に困った時孤独を思い知る人生になるのでしょう。






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最終更新日  2007年12月08日 20時50分40秒
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