2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1
日記をサボりまくってしまった。そういう週でも通常は週末には書くのに、今週末はMACの前に座らなかった。言い訳は。。。ダミアンの引越しだったから。土曜日朝の6時におきて、7時に出発、ブルゴーニュ地方のあたりのド田舎へ2時間後につき、しかも、夕方の5時までには家財道具を預ける貸し倉庫がしまるのでパリにおそくとも4時前にはつかなくてはいけない強行軍。なのに。。。手伝いに来たメンバーは、なんと、うちのバンド3人プラス彼の60歳をこえた彼のお父さんだけ!ボーカルのアクラムはー一番筋肉ありそうなのにー断りの電話をしてきたらしい。私は最初頭数に入れられていなかったのに、メールが来て、電話したら、とにかく来てほしいといわれたので行った。ま、週末の引越しの手伝いなんてこんなもんでしょ。それにしても、こういうときもそれぞれ性格がでるもんだ。ダニエルはぺらぺらしゃべりながら、そして、”なんでこんなもんとっとくんだよー”とかいろいろ言いながらそれでもぽんぽん運んでいく。フィリップはなるべく働かないようにしているのがすぐわかる。ひとが運んでるのに、エレベーターのドアを開ける役をする。運ぶものがなくなってもトラックに積み上げるのを手伝いに行かない。男のくせに軽いものばかりしか持たない。私がもてないダンボールを必死でもちあげようとしてるのに手伝いもしない。ダンボールは足で押して持ち上げない。私は頭にきて、フィリップの横でほとんど”命令”する。毎回”ねーこれあたし運べないから運んで!””それは、軽くてあたしにでも運べるから、こっちもってって!””ちょっと、そんなのお父さんに運ばせたら気の毒じゃないの!”でも、最小限の労力をつかい、”あんた何しにきたの?”といいたくなる。パリに着いたら、トラックから荷物を渡すのだが、重い家具を出すときには台車をとりにいき、台車の横でみんなが運ぶのを待っている。家具がおわったらトラックから荷物を渡す役をする。受け取って運ぶのはわたしと、応援に来たダミアンの60近いお母さん!仕方がないから、こっちがトラックに乗り重そうなものを選んでフィリップに持たせる。あーあ。このやなやつとベース&ドラムのコンビ組むのがほんとにやなんだよね。ダニエルがよく、”あんたら、2人で練習しなきゃ!レッチリのベースとドラムみたいに息があってないと!”という。でも、こいつと2人で練習するかとおもうと気が重い。エゴイストで奇人でアスホールだとおもってるから。ところで、ダミアンの仕事はは劇場の舞台装置監督ーといっても、座って指図だけしてるんじゃなく、自分もせっせと装置を運ぶのだ。彼は37歳で、14歳と7歳の息子が2人いる。そして、もめにもめて、結婚してなかったけど、彼女と別れた。いつもお金がなく、パリのすべてがいやになり、地方の労働条件のいい劇場で働くために。一人で移った。これが、確か3ヶ月ぐらい前である。日記を見ればいつだったかわかるけど。それが、彼女の方がダミアンにパリにもどってきて子供の面倒をみてくれといいだした。人がいいダミアンは結局そうした。でも、生粋のパリ生まれのダミアンに田舎の暮らしはむいてなかったんだと思う。”人が意地悪だ”といっていた。田舎では”パリジャン”はあまり好かれない。そして、なんといっても”バンドのない生活なんて”。われわれは一言”絶対すぐ帰ってくるとおもった。だからやめとけっていっただろ”と。。。たった、3ヶ月で仕事をやめ、アパートを引き払ってきたため、仕事もアパートもない。新しいアパートの家賃も払えず、国の援助を受けることになった。それでもたいしたお金はもらえない。パリでは友達のうちに居候して仕事をみつけー多分あんなに嫌がってたパリの劇場でまた働くことになるだろうーアパートは低所得者用のアパートに応募している。それでも何とかなるだろう。この国ではとにかく”何とかなる”のである。セ・ラ・ヴィ!(C'est la vie-That's Life) だから。。。
2005.08.29
コメント(4)
パリの夏は終わった。。。。そして誰もいなくなった。と、言いたいところだが、夏が終わると人口が増えるのがパリ。夏の間すいていたメトロは以前のように混んでくる。気のせいかも知れないが、バカンスがおわるとみんなまた、くらーい顔のもどって通勤電車にのっている。以前と違うのはそのくらい顔も日焼けして多少健康的にみえること。最近天気がわるく、雨もおおく、¨涼しい¨ーといったら日本に住んでる人にはうらやましがられそうだが、太陽が少ない??ヨーロッパでは歓迎されない。今日は晴れているが、太陽も以前ほどのパワーがなく、弱々しい感じ。個人的には暑いと何も手につかず、仕事も音楽も能率が悪くなるので、このぐらいのほうがよろしい。芸術の秋ということで、がんばろう。なーんて、書いた次の日に残暑が舞い戻ってきたりしませんように。
2005.08.24
コメント(0)
やっと待ちに待った土曜日。カナダからの時差ぼけがついになおらず、会社でも家でももうろうとしていた。昨日の夜、「明日は好きなだけ寝れる」と、気を大きくして寝たのがあだになり、起きたら夕方の四時半。起きたときはさすがに自分の目を疑った。「と、と、時計まちがってんじゃないのーーーん!!」ああ、今晩も眠れないにちがいない。。。。とにかく、起きて、なんとか「朝ご飯?」を17時にたべる。といっても、近所のパン屋が「バカンス」で全滅なのでパンもない。コーヒーだけ飲んで、スタジオの電話し、18時半からの予約をいれる。前にも書いたけど、フランス人は週末の夕方には練習しない。でも、バンドが一つもないとスタジオは閉めてしまうので、個人練習が入らないという憂き目に遭う。とりあえず、スティックとペダルとクリックだけもって、音楽を聴きながらてくてく歩いていく。休暇中音楽をきいていないから、何を聞いても新鮮。いままであまり聞かなかった、ダニエルから「これ聞かなきゃ」と押し付けられた「TOOL」を聞いてみることにする。このドラムが新鮮だ。以前に「Drummer World」というサイトで、このドラマー、Danny Careyのビデオを見たことがある。ヘウ゛ぃなサウンド。大男が私の太ももぐらいはある腕で、バスン、バスンとたたいてる感じ。個人的には、しなやかな感じのドラマーが好きなので、というより、自分の体の大きさから、どう考えてもこういうタイプのドラマーをめざしても意味がないとおもい、あまり感知していなかた。でも、曲のなかで大きな役割を果たしているこの人のドラムはただ事ではない感じ。体型のわりに?スンマセンーとてもメロディアス。最近、ジャズだファンクだ、70年代のロックだの聞いていたので、こういうのはすごく新鮮だ。ダブルをダダダダっと踏んでいるいかにも「メタル」なものは、さすがに好きではないが、スローなヘウ゛ィサウンドがとにかくきにいってしまった。基本練習を1時間半ほどやり、練習中のパープルの曲を30分ほどたたき、苦手な部分の克服練習を追加したら予定の8時半を20分もすぎていた。おわって、お金をはらおうとすると、スタッフが「バカンス」のうえ、改装工事のためパリにきているオーナーが、「年に一回しかあわないねー。いいよ、今日はタダで」と。「TOOL」のドラムをききながら、何とも言えない満たされた気分で歩いてかえった。
2005.08.21
コメント(2)
昨日の夜家で日記を書いていたら、おもてから歓声がきこえてきた。夏になって酔っぱらった浮浪者の声がなぜか聞こえてこなくなったー浮浪者もバカンスなんだろうか???ーので、この歓声の原因はひとつしかない。そうおもって、テレビをつけた。フランスとコートイヴォワール(象牙海岸)の親善試合でフランスが先制点をいれたのだ。フランスのサッカーのナショナルチームが低迷しだしてからもうかなりになる。なのに、モンペリエで行われているこの特に重要でもない試合がなぜか異様にもりあがっている。そう、フランスサッカー界の神様?、ナショナルチームを引退したジダンがチームに復帰した最初の試合なのだ。彼が引退してから、エースをかくフランスのチームは冴えなかった。だから、もうそう若くない彼の復帰をフランス中の人が大きな期待をもってみまもっている。そして、後半に11年前にナショナルチームに選ばれて最初の試合でいれたのとおなじように、コーナーをうけゴール前からダイレクトに左足でシュートをいれた。アナウンサーは理性を失ったようである。応援団長のようにさけんでいる。とにかく、みんなジダンがすきなのだ。スーパースターとはそういうものだ、みんなが彼の復帰を期待と不安をもってみているなかに、復帰初戦でぼかんと強烈にかっこいいシュートをきめる。「おれがこのチームをまた救ってやる」といわんばかりに。英語だったら 差し向け、" I'm B A C K !"っていうかんじだろう。そう、映画のクライマックスで地球を救うヒーローのように。私はサッカーには特に興味はないが、この人のドリブルだけは口をぽかんとあけてみてしまう。「職人芸を」とおりこして、「芸術的」なのだ。あのしなやかな身のこなし。サッカーボールが彼の足に吸い寄せられるよう。ああいう風にドラムを叩けるようになりたい。。。。
2005.08.19
コメント(0)
真夏のパり。日本のお盆じゃないけれど、8月15日はフランスの祝日だということに今年初めて気がついた。なぜなら、毎年お盆あたりを狙って夏休みを取っているから。パリで働いているのになぜお盆かと言うと、単に仕事がまあまあ暇なのと、海外にいてもやはりしがない日本人サラリーマンとしては、日本の本社の人たちの神経を逆なでないために、むこうも休んでいる間を極力狙って休むのである。とほほ。今年は夏に日本からの両親とジョイントしてカナダにいった。そして、老体にむち打ってくる両親がロッキーマウンテンで凍死したらたまらんので、カナダの山でスキーシーズンをのぞく年間でももっともハイシーズンの8月上旬にした。ま、そのかいあってか、多分親の普段の行いがよかったのか、両親が到着してからの滞在中はいやというほど天気がよく、最後のほうはちょっと曇るとうれしくなるほど。さて、お盆のあたりにもどって、2~3日は時差ぼけでぼーっとしてすごす。そして、会社にも復帰し、そろそろドラムの練習をスタートしないとやばいとおもってスタジオに電話した。だれもでない。2つ目のスタジオ。だれもでない。もう一度かける。10コールめあたりで誰かがでた。「あーよかった。開いてるんですね」「明日からね」と。。。そう、パリの音楽スタジオもなんと「バカンス」で閉めるところが。しかも、2から3週間閉めるところもある。休み明けでやる気満々のーというか、はやく練習しないとやばいー私は途方にくれる。来年の夏休みはスタジオのバカンスにあわせなくては。
2005.08.17
コメント(3)
もう、バンクーバーをたってから何時間かかったか忘れた頃にパリに着いた。トロントの空港で乗り換えだったため、エールフランスの事故の影響を多少は気にしていたが、空港自体は表面的には通常通りという様相。のったエアーカナダ機の機材交換ということで、空港で2時間以上待った。飛ぶ前に交換するんだからラッキーとおもってー飛んでからじゃあおそいからーじっと待った。バンクーバーの空港からの便が定時に出発ということで、持っていたカナダドルを最後の1ドルまで使い切ったのが運のつき、二時間の間腹が減ってしかたがないのに、もうお金がない。クレジットカードでもハンバーガーが買える国だから、とも思ったが、いつとぶかわからないから買っても食べ終わらないかもということもあり、我慢してしまった。そして、やっと搭乗したら、今度は、チェックインしたのに登場しなかった乗客の荷物を降ろし、ゲートを離れて滑走路へむかったところ、またゲートにもどり、なんでも4個あったそのひとの荷物のうち3個しか出さなかったから、荷物をサーチするといいだし、でもその間だれひとり文句を言わずー多分みんな疲れきってー忘れたことに飛び立った。空腹が頂点をとおりすぎたころに、やっと晩飯にありつく。「ビーフ オア チキン!」と叫び続けるスチュアートの声がいまでも、耳に焼き付いている。ビーフは行きに連れが食べていまいちだったとのことで、さっきバンクーバーからトロント行きの国内線ーといっても5時間ぐらいかかるーで食べたけどまあいいやとチキンに。アルミホイルのふたをおそるおそるあけると、恐れていたことが。。。国内線で食べたのとまったく同じ調理方法のチキンが。。。でも、空腹のあまり残らず平らげた。同じ国で3時間も時差がある国から、予定より3時間もおくれてひっちゃかめっちゃかのドゴール空港について、どろどろに疲れて家に帰って、もう何時だかわからなくなったけど、16時間も寝て起きた。金曜にカナダを出て、パリは日曜日になっていた。
2005.08.14
コメント(3)
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()

![]()