るんたるんた 民族楽器専門店

るんたるんた 民族楽器専門店

PR

×

プロフィール

るんたrunta

るんたrunta

コメント新着

コロリ@ Re:浜下り(はまうい)由来の民話(04/06) 調べてみたら、浜下りと同じ習慣が江戸に…
背番号のないエースG @ Re:沖縄民謡  「石垣市役所新庁舎」に、上記の内容につ…
坂東太郎9422 @ Re:琉球舞踊  「管理栄養士・比嘉早苗」に、上記の内容…
イナミノニマニ @ 粟ぬ盛   はじめまして 「粟の酒」で検索して辿っ…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005年08月04日
XML
カテゴリ: 沖縄関係
このお話は、
5年前、竹富島の「安里屋(あさどや)クヤマ」の墓へお参りした時、
浜辺から、シャツは鮮血が染まり、手にはモリを二本持った風体のオジサンから聞きました。


「三日 墓 参り」

弘化元年「1844年」の事でした。
竹富島の 「新田マハツ」 という人が、田福家に嫁ぎました。
ところが マハツ には子供が1人もできませんでした。
マハツ は死ぬ間際に、
「自分が死んだら田福家のご先祖に申し訳が立たないので、田福家の墓には入れてくれるな」
と、言い残しました。
遺言通り、里の新田家の墓に入れる事にしました。

マハツ の里、新田家には妊娠して臨月の嫁がいました。
困った事です。
昔より竹富の習慣では、妊婦のいる家に死人が出ても、墓を開ける事が禁じられていました。

しかし、 マハツ の死に際の頼みであったので、新田家の墓にマハツを葬りました。

ところが墓の中では、新田家祖先の 「マツンーメ」 という人から、

「新田家には近日中に嫁がお産をひかえているにもかかわらず、その墓を勝手に開けた事は決して許されない。」
「早く現世に戻って、田福家嫁の安産を済ませてから、後生(ぐしょう)に来るように」

と、強く言い聞かせて、 マハツ

死亡していた マハツ は目を開き、棺桶のふたを開け、暗い墓の中で埋葬より3日間も生きていました。

丁度その頃、新田家墓所隣の畑地主である 「領本カイシ」 が、お墓のすぐ側で芋を掘っていました。
「なにやら墓の中から音が聞こえる」
と思い、耳を澄ますと人間らしき声がするのでした。

墓の中から
「カイシ、カイシ、墓を開けておくれ」 と、言う声が聞こえました。

「こ、この声は、三日前に、ここに埋葬したマハツの声に違いない」
と思い、 カイシ は驚いて村に帰り、村人や親族に伝えました。

村人達は、手に手に松明を準備して、午後6時に墓の入口を開けました。
そこには、生き帰った マハツ がいました。
そして、宇根の叔父さんが マハツ をおぶって村に帰ってきました。

マハツ は、祖先の伝えを親族に言い聞かせました。

その4日後、嫁が安産で子供を産み、マハツはその子にカナシと命名しました。
それから7日目に マハツ は死去したそうです。

その件があって以来、竹富島では3日目のお墓見舞いという行事が行われ、墓では死人の氏名を3回呼ぶようになった。
と聞きました。



あのオジサンは何者?
何故、この話を、炎天下の中で聞かせてくれたのか
不明です。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年08月04日 12時32分26秒
コメント(4) | コメントを書く
[沖縄関係] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:凄い夏向きの「怪談」???  
怖いのは苦手ですが、霊感(?)のある友人を持つようになってからは、真剣に考えると「異なるあちらの世界のメッセージ」ってあるな・・と思います。感じることの出来る人、出会う事のできる人、・・あちらさんは、区別してんでしょうか?? (2005年08月04日 15時09分27秒)

Re[1]:凄い夏向きの「怪談」???(08/04)  
るんたrunta  さん
花より薩摩琵琶さん

登場人物は、全て実在していました。

話をしてくれた人も実在します。
その方の母方の話という事らしいです。

昔の離島診療では、仮死か脈が薄い場合など、誤診に近い診断もあったようですね。

三日経っても、蘇生しなければ死亡という事ですね。
昔はそのまま、大きな亀甲墓などに埋葬していた為、この様な話は、ざらにあったらしいですね。 (2005年08月04日 17時57分09秒)

Re:沖縄八重山の昔話 「三日 墓 参り」(08/04)  
おサルとLee  さん
ああ・・・・
高い所と椎茸と怖い話が苦手な私には
「シャツは鮮血が染まり、手にはモリを二本持った風体のオジサン」
でもうすでに降参状態なんです・・・
((;゚Д゚)ガクガクブルブル


にしても、
私は全然知らなかったんですが、
昔は土葬だったんですね。 (2005年08月04日 20時50分39秒)

Re[1]:沖縄八重山の昔話 「三日 墓 参り」(08/04)  
るんたrunta  さん
おサルとLeeさん

「話しましょうね」で、この格好ですから、聞く事半分、モリの行方を目で追いかけるのに半分でしたよ。

昔はね。
墓に直接寝かせいれて、肉が朽ちるのを待ってから、骨洗いをして、大腿骨が入る陶器カメに入れて、数年後毎に、徐々に小さなカメに入れ替えていきます。

この作業も大変だから、一族ごとの墓「門中墓(一門の墓)」で、作業を行い、先祖を大切に語り継ぐ儀式としても、成り立っていたようですね。

現代葬儀では、故人を想う時間無く、骨になりますものね。
この方が案外、「死者や亡者」と怖がる対象になりやすく感じますよね。 (2005年08月04日 21時06分21秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: