るんたるんた 民族楽器専門店

るんたるんた 民族楽器専門店

PR

×

プロフィール

るんたrunta

るんたrunta

コメント新着

コロリ@ Re:浜下り(はまうい)由来の民話(04/06) 調べてみたら、浜下りと同じ習慣が江戸に…
背番号のないエースG @ Re:沖縄民謡  「石垣市役所新庁舎」に、上記の内容につ…
坂東太郎9422 @ Re:琉球舞踊  「管理栄養士・比嘉早苗」に、上記の内容…
イナミノニマニ @ 粟ぬ盛   はじめまして 「粟の酒」で検索して辿っ…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2006年04月04日
XML
カテゴリ: 沖縄関係
今日4月4日は「沖縄県誕生の日」

沖縄と言う名前には、二種類の由来説があります。

「オキ・ナ・ハ」と言う三つの言葉から構成されている説
「オキ=海の沖」「ナ=魚」「ハ=場」を意味していると言われています。
「沖にある漁場」が語源だとされています。

別の説では「オキ=海の奥」「ナハ=島」を意味した説
「沖の島」が語源だという説もあります。
〔ちなみに那覇と言う名前の意味として、『島』を意味しているとも考えられています〕

歴史の教科書には、1871年(明治4)『廃藩置県』が断行されたと書かれています。

その藩は『琉球藩』です。
つまり今の沖縄県のことですね。

その『琉球藩』が「沖縄県」になったのは、1879年(明治12)3月11日。
八重山にまで広がったのは、同年12月5日です。

沖縄県誕生には、複雑な事情がありました。

「1609年(慶長14)」
薩摩藩大名島津氏が占領するまでは、今の沖縄県と奄美諸島の一部は「琉球王国」とよばれる独立国家でした。
島津氏侵攻で、琉球王国は薩摩藩の一部になりましたが、薩摩藩の政策により税徴収という搾取はあったものの(飼い慣らされた)独立王政を続けていました。
「1637年(寛永14)」人頭税(税率80%)制度が廃藩置県終了したにも拘らず、
「1903年(明治36)」人頭税廃止まで続く『地租条例及国税徴収法へ変換』
薩摩藩政策の税「人頭税」は、そのまま徴収して、徴収先の鹿児島県の一部になる事は考えられなかった。(八重山・宮古地方のみ)


廃藩置県では、『鹿児島県』の一部となりました。
しかし、これが〔日本政府の琉球占領〕と、とらえた琉球国民は清(現在の中国)に救援を求め、日本政府に抵抗しました。
事態を重く見た政府は、鹿児島県の管轄から琉球地域を分離した琉球国の首脳が管理する『琉球藩』を置くことにより事態静観することにしました。
しかし、それでも琉球国民の日本政府に対する不満は根強くのこります。

ついに「1879年(明治12)」3月11日


その沖縄県も、「1945年(昭和20)」
第二次世界大戦の日本敗戦によるアメリカ占領、米軍管理下のもと「琉球政府」が設置されます。
その前年には、八重山人は台湾へ集団疎開をしていました。
戦時中は、マラリアが蔓延(マラリア蚊を生物兵器として投下した説もあります)戦意喪失が目立つようになりました。

「1969年(昭和44)」
佐藤・ニクソン会談日米共同声明で『1972年(昭和47)沖縄返還決定』

「1972年(昭和47)」5月15日
『祖国復帰』






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月04日 08時13分42秒
コメントを書く
[沖縄関係] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: