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毎度毎度仕事ネタで…自分でもちょっとウンザリしています。だけど…今日も一日中仕事でそのことしか書くことがありましぇ~ん!今日は…月末というか…月初というか毎月ある少年にお手紙を書いているんです。私の働く会社では1店舗につき最低1人の子供を支援しているんですがうちの店舗の担当(?)はフィリピンに住んでいる小学4年生の男の子です。もちろん金銭面に関しては会社にお任せしています。なので私たちにできることは『元気にしていますかぁ~?』とか『何か困ったことはありませんかぁ~?』とかそういった手紙を書くことだけです。私は…恥ずかしながらこの少年に出逢って初めて世界には国籍や戸籍を持つこともできない子供たちがいるってことを知りました。なんか…悲しいですよね。両親も…親戚も…誰もいなくておまけに自分がどこの国の人間なのかも分からなくて本当に一人ぼっちってこういうことを言うんでしょうね。だから…私たちはどんなに忙しくてもこの手紙だけは毎月欠かさず書いているんです。何もしてあげられないけど唯一この少年と繋がりを持ってあげられるこの遠く離れた日本にいるいまいちパッとしない私だけど言葉は通じなくてもどこかで繋がっていることができるまぁ~そんな感じです。そして…この運動が少しでも皆に広まるように…。お金を寄付したり何かの活動に参加したりそういうんじゃなくても誰かに話したりちょっとでも考えたりそういったことが大切なんだと思います。ちなみに…↓↓ココに詳しく書かれています。http://www.childfund.or.jpさぁ~!!明日は…(今日か?!)注文していた品物を見に行ってきます。まだ受け取ることはできないんですけどね。ちょっと…大きい買い物をしまして…その途中経過を見に行ってくるんです。この夏…何も自分に買っていなかったからご褒美に…。ん~ご褒美には大きすぎるんですが…気になりますよね。ね?!ね?!でも…まだ内緒です!
Aug 31, 2006
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顔も性格も良くて仕事もできてプライベートも充実しててそういう人に憧れていつか自分もそうなりたいって…そう思っているぐらいが丁度良いのかなぁ~って思います。何でも持っている人は更に欲しいものができてもっともっとって欲張りになるのかなぁ~って思います。コトが起きたのは8月の初めでした。あるスタッフのお財布からお金が抜き取られていたんです。犯人は…残念ながら同じ職場で働く仲間でした。と言っても本人が自供したわけではないので何とも言えませんが…被害者の供述が鮮明で時間帯もハッキリしているどうやら勘違いということではないようです。こういう場合って…被害届を出してすぐに指紋鑑定…そんな展開になるんだろうけど…何せ同じ職場の仲間ですからねぇ~。被害者のスタッフも相当ショックを受けていたしコトを大きくした方がいいのかどうかずっと悩んでいたようです。私も一緒に警察へ行って相談してみました。盗難と言っても抜き取りだし時間も経っているということで指紋の鑑定は難しいとのこと。そして誰でも自由に出入りできる職場のため万が一犯人が違う人だったとき被害者や今加害者とされているスタッフどちらも職場に居づらくなってしまうということ。そんなこんなで…本人に直接白状させる方法が見つからず上司に相談する気にもなれず泣き寝入りするしかないのかなぁ~。でも…今もそうなんですが仕事やりにくいなぁ~って思います。彼女(加害者の方)まだ入社して数ヶ月しか経っていないのでどんな人なのかイマイチよく分かりませんが仕事の覚えは良いので今人の手が足りないということでとっても助かっていたんです。それに…メチャクチャ美人で…。普通キレイな人だと女子社員から僻まれたりするんですけどそんなことは通り越してうっとり見とれてしまうほどの美人なんです。だから…もったいないなぁ~って。中身のある美人だったら男性からだけではなく私たち女性からも憧れる人になっていたのに…。人のお金を盗んでおきながら平気な顔をしていられるんですからその神経はどうなっているんでしょうか…??さて…話題は変わって…今日ティラミスを食べました。昔…ティラミスが話題になったころ母親が料理の本を片手に作ってくれたことがあります。それはこんな意味があったことを知っていたからなんでしょうか…?ティラミスはイタリア語表記で「Tirami su」となります。これを解説すると「Tira」が「もちあげる」という意味。「mi」は「私を」そして「su」は「上に」という意味。これをつないで解釈すると「私を上にあげて」になり例えば「私を元気にして」「私を励まして」といった意味になります。まぁ~英語もよく分かっていない母なのできっと意味など全く知らなかったとは思いますがこのマメ知識を持っていると単なるデザートと侮れない気分になりますよね。今日のデザートにいかがでしょう…。
Aug 30, 2006
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小さい頃にやったかくれんぼ誰も見つけてくれないと急に不安になってしまってそれで慌てて姿を見せるんだけどそうすると結局一番先に見つかったのは私で『やっぱり私は鬼でいいや…』っていつもそう思っていました。余談です…。 明日で8月の勤務が終わります。と言っても…9月もずっと働くわけでこれで終わりではないんですが…とりあえずこの一ヶ月を振り返っていました。この一ヶ月は会社的には売上が倍以上になって嬉しいんですがその反面スタッフの身体はボロボロになりました。夏のイベントに一つも参加できずそれどころか身体を休める暇もなかったというのもありますがそれだけじゃなくて例えば…美容院に行ったり新しい化粧品を買いに行ったり洋服を見に行ったり友達とご飯を食べに行ったりそういう単純なことでもいいからしたかったんですよね。なんか…休みの日もミーティングとかで潰れちゃってたし…。女子オンリーの職場とは思えないぐらい『ガテン系か?!』って感じでした。 今まで支えてもらっていた柱が一本減ったことによってちょっぴり打たれ弱くなったのかもしれません。たった一本の柱に縋り付いていたためにそれを失った瞬間バランスを崩しているんだと思います。だけど…ずっと一人で乗り越えていくなんて無理だし…。まぁ~一言で言いますと『恋がしたい!!』ってことなんですが…。独身OLの独り言でした。真夜中の反省会…終了。
Aug 29, 2006
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物語のように生きる、と思えばたいていのことは大丈夫 生きることは、毎日が連続ドラマみたいなもの。哀しいことがあったときも、頭を抱えたくなるほど情けないことがあったときも。このストーリー展開はなかなかスゴイ、と思えば大丈夫。そして。人生のシナリオは何度だって、書き直すことができる。そう考えると、気持ちが大らかになるから不思議です。
Aug 28, 2006
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ひっぱれ、人生 どの道を えらんでも 咲く花が きっとある 運とかツキという言葉を使うことは、ほとんどない。だいたい、「ツキを呼ぶ」だとか「みるみる運がよくなる」なんてタイトルの本は読む前から、ありえない、と、思ってしまう。けれど。運命というものは確かにある、ような気がする。人はみな命題のようなものを抱えていて。それぞれの1本、を掴むために生きているのだと思う。そして、その「掴み」はいつも瞬間でおとずれる。一度ではなく、くりかえし、さまざまな色や形をともないながら。いつ、どこで、何を掴むのか。それはきっと、神様にしかわからない。ただ人生のなかでは、何かこう、ぐいっと自分の方に引っぱりこむ勢いのようなものが必要なときがある、と思うのだ。ただ待つのではなく、ただ迷うのではなく、シンプルにひっぱってみる。先にあるものは見えないけれど。たぶん、歩いているその最中でさえ、はっきりとわからないのだろうけど。どの道を辿っても、それぞれの、ちょうどの場所で花は咲く。人生はそういうふうにできている、という想像は心をかるくしてくれる。「ひっぱる」瞬間、希望と信念という言葉はどこかでしっかりとつながるのだと思う。
Aug 28, 2006
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ひとりぼっちの きりんはさみしくないよお月さまがぴかぴかの つのかざりをくれたからせいたかのっぽの きりんはうれしいよ誰かの やくにたてたならそれは なんだか ほこらしい 人もきりんも、この世の生きものはすべて。すこしばかりの淋しさを抱えながら生きている、そんな気がします。そして。もし、ひとりぼっちを感じることがあったとしても。きりんのように、首をまっすぐ空へと伸ばし、考えてみるのです。誰かのやくに、たっているだろうか、と。たとえば、何も思い浮かばなかったとしても・・・。生きていることは、それだけで誰かのやくに立っていること、立つことを、忘れてはいけないと思います。文句をいわず、ふてくされず、あきらめず、誰かのためになることを探す。小さな一つでも、それはいつか自分を支える力になるはず。人はみな、必ず誰かから必要とされる存在であり、それはまた、必要としてくれる人に支えられて生きているとも言えるのです。
Aug 27, 2006
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大人はいいなこどもは思うこどもは楽しそうだな大人は思う犬はのんきでいいなにんげんは思うだけど ほんとうはわたしは わたしでいいなと、思えたらいちばん いいな
Aug 26, 2006
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きのうより 一枚あたらしいわたしでよいよとくべつな人にならなくても 昨日のわたしと、今日のわたし。たいして変わらないように思えても、確実にどこかが違います。日付が一枚あたらしくなれば、わたしも一枚あたらしくなる。 日々の小さな変化、正確にいえば成長のようなものに意識を傾けるかどうかで、もしかすると、人生はずいぶん変わるのかもしれません。 何かを変えたいとき、一日ですべてを変えることはできないけれど。欲しいもの、叶えたい夢があるとき、一足飛びに手に入れることは無理だけど。 あたらしい自分に向き合って、「よしよし」と思えることは大事。それはきっと、小さな前進につながるはずだから。決して、とくべつである必要はなくて。まいにち一枚、ちゃんと新しくなっていれば十分だと思うのです。
Aug 26, 2006
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ふぅ、と こころ ふくらませる今日のわたししっかりふわり浮かびますよう 夏祭りのヨーヨーや、商店街で配られている風船や。まるくてふくらんでいるものは、なぜだか、人の心を嬉しくさせてしまう、不思議な力があります。中に入っているのは、ただの空気ではなくて。幸せな気持ちを運んできてくれる、とくべつな空気。 心がすこし、しぼんでいるかな、と感じるときも。沈んでいかないように、ちょっと力をいれて。私がふくらむように、ふう、っと。とくべつな空気を入れてみるといいかもしれません。ふくらませた心は、もしかするとそれほど長持ちしないかもしれないけれど・・・。とりあえず毎朝、ふうっと吹き込めば、日暮れまでは、ちゃんとふわり、浮かんでくれるはず。 浮かびさえすれば、流れてゆくことができて。浮かびさえすれば、ゆらゆら揺れることもできる。流されても、揺れても、かまわない。その前に、沈まないことが大切なのかもしれません。
Aug 25, 2006
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私らしくと おもうおなじ深さで 君らしさ を おもう 社会に出て働いたり、友達と一緒に過ごしたり、夫婦になったり、家族が増えたり、大切に思う人が増えたり、日常が暮らしとして重なるにつれ、自分の中の「あるがまま」という感情は、少しずつ、ほんの少しずつ、薄められていきます。 それは、ちょうどな濃さのカルピスだったら、美味しいけれど、薄めすぎてしまうと美味しくないし、なんだか物足りない。という感じに、どこか似ていて。 「ほんとうは、もっと私らしくいたいのに」「どうして、思いのままに生きられないのだろう?」なぜか唐突に、そんなことを思ったりします。 でも、よく考えてみると、「私らしく」と思う心は、そこに「誰か」の存在があってこそ、生まれてくるもの。なるべくなら傷つけあわずに、寄り添って生きていきたい。私を思うと同時に、隣にいる誰かを大切に思うから、「私らしさ」への揺れや疑問を感じてしまうのかもしれません。 社会の中で、友達との関係の中で、恋人同士の中で、夫婦の中で、家族の中で、大切な人と一緒に「私」を生きるのは、実はとても難しいこと。お互いに、そのときどきで、自分の心に折り合いながら、相手の思いをも汲み取る心がけが必要なのだと思います。 人はみな、そのカタチや表現方法は違っても、心のどこかにもっともっとと、自分らしさを求める心を抱えています。 日常は、思い通りにならないことがたくさんあるけれど。「私らしく」の、私を主張したくなったら・・・。同じように、隣にいる誰かも「自分らしく」と思っていることを忘れてはいけない、と。そんなことを、思うのです。
Aug 24, 2006
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ゆっくりで いいとおもう。私のはやさだから、見えるものがある。人はみな、心の中に自分だけの時計を持っている。その進み方は、他の誰かより早いかもしれないし、ゆっくりかもしれない。けれど、自分の速さだからめぐり合える風景があって、その速さだから見つけられる、たいせつなものがある。 ときどき、全力疾走で駆けてみたり。ときどき、ゆるゆるとチカラが抜けてしまったり。ときどき、誰かの速さにぴたりと合わせてみたりするけれど。それでも、自分のもっている速さは、確かにあるから。 自分の速さを、自分で守ること。ときには、自分の意志で変化させてゆけること。それが、「自分らしく」生きるってことなんだと思う。 自分の速さで進んでいれば、心はいつも晴れ。
Aug 23, 2006
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たったひとり 大切なのはそのときその人のたったひとりであること 心の距離が近い人は、ひとりだけじゃない。いろんな人と関わるし、大切な人は何人もいる。それは自分にとっても、相手にとっても同じこと。けれど、そばにいるときは、目の前のその人の『たったひとり』でありたいもの。その人だけを見つめてその人のことだけ考えてその人の笑顔を何よりもうれしいと思う大切な人のためにできることは、そのとき、そのときの、心ぜんぶをかたむけること。 誰かの『たったひとり』になれたら、心はいつも晴れ。
Aug 22, 2006
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まんなかどこを切っても まんなかにわたしらしいわたしが出るように まいにちは、いろんなことが起こる。笑顔で過ごせるときもあれば、そうじゃないときもあるし、調子のいいときもあれば、落ち込んでしまうときもある。 でも、どんな自分も、それがそのときの自分だから。自分の道は、まんなかを歩かなくてはだめ。 うまくいかないときほど、「まんなか」を意識してみよう。隅っこを歩くのではなく、隠れてしまうのではなく、私らしいわたしが、自分の真ん中に在るように。
Aug 21, 2006
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とびら ふりだしに戻るためのとびら。「お守り扉」を持っている。どれほどたくさんの扉をひらいても。どれほど遠い場所まで行ってしまっても。その一枚をあければ、たちまちふりだしに戻れる。心のなかには、そんな扉が一枚、あると思う。 それは、「お守り」みたいなもの。使わないかもしれないけれど、持っているだけで、安心な気持ちになれる。つまり、そういう感じの。 道に迷ってしまったとき、もう、どの方向へも進めないと感じたときは、その扉をひらいて、自分の原点を確かめてみる。その扉が、また別のあたらしい扉につながることを知れば、心はすこし、つよくなる。
Aug 21, 2006
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あぁ~この人とだったら遊んでもいいかな。 そんな人っていますよね。別に遊び人とか…そういうんじゃなくて…。どことなく自然にそう感じさせちゃう人。それは天性のものかもしれないしひそかに特訓されたものかもしれない。だけど…誘うの下手くそなよりもずっといいですよね。遊ぶときに一人がいいって人もいるだろうけど。どうせなら相手がいたほうが遊びの幅が広がります。楽しさは分けあってなんぼ。一人だけで欲張っていたらいつかは楽しさが苦しさに変わっちゃう。「今日空いてるかな?」こんな素っ気ないひと言だっていいから恥ずかしい気持ちを捨てて口を動かしたい。誘って断られるなら全然いいんです。でも誘わないと次が見えてこない。もしかしたらオッケーかもしれないのに動こうとしないと結果がわからないですもんね。告白だってそうです。簡単に両想いとか言いますが苦労に苦労を重ねて付き合っているんです。遠くから見ているだけで愛が叶ったら全員が幸せまっしぐらこの世はハートで埋もれてしまいます。そのひと言から始まる親友やら恋人との出会いがあるかもしれませんね。言えないままの人…いませんか?「遊ぼうぜ」そこから始まるドラマがある。「他愛ない話から遊びにつなげていこう」って思う今日この頃でした。(ただ単に遊びに行きたいだけでした…。)
Aug 20, 2006
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心が興奮している状態。人は成長するしだんんだんとそういった素直な気持ちが出せなくなります。昔、付き合っていた彼に言われたことがあります。『お前はいつも言葉が足りないんだよ…』って。激流に身を委ねる感情もときには必要だったりします。私たちは利口になり賢くもなるけれどなんていうか…子供のときのある種の無邪気さっていうのがなくなってきます。 ・遠足の前の日だったり。・欲しかったゲーム・ソフトの発売日だったり。・初めてのデートだったり。こう胸を躍らせる出来事が減っていってる気がします。で…こうつぶやくんですよね。(昔はよかったなぁ~。)最近の私自身にはこの「ワクワク」って表現があまり登場しません。 ちょっと本とかに紹介されたりするとみんながそれをなぞるかのようにすぐに真似をする。別に悪いって言っているわけではないんですが…ちょっとぼやきでした。で…そのワクワクがこれがどうこれからの時間に関わってくるのか?ってことなんですけど…例えば前日の夜がたとえどれだけ遅く寝たとしても次の日になにかメイン・イベントがある日。こんな日って朝起きることができたりする人もいたのではないでしょうか?私もそうです。だけど…ここまで心をときめかせるのは難しいです。ただ…この気持ちを忘れないことが大事ですよね。こういった心のゲージが溜まることを朝のほんの10分でもいいので始めてみたくありません?たまには心に水をあげてもいいはずですよね。『小さいときのあの感情をもう一度呼び起こそう!』そう思ったのでした…。
Aug 19, 2006
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いいことはたまぁ~にしか起こらないだけど…たまぁ~にしか起こらないからとっても嬉しいんだもし毎日がいいことだらけだったらどんどん欲張りになってしまうから…やっと…やっとやっとお盆休みも終わり一息ついているところです。この戦場のような休み中いろいろなことが起こりました。食事も…睡眠も…十分とることはできなかったし毎日毎日忙しくてクレームをいただいて怒られたり凄いカミナリや停電でパニックになるしもう…毎日がハプニングの連続でした。初めて点滴を打ちながら仕事をしました。『もう死にそう~!』ってスタッフ同士で言いながら乗り切っていました。でも不思議。辛くて…死にそうで…そんな毎日だったのに終わってしまえば結構元気な自分がいたりします。理不尽なことや納得のいかないことがたくさんあって逃げちゃおうかなって思ってたけどそれでも私の居場所が会社にあってうだうだ言いながら出勤していた自分がいたりします。これから皆さんのところに遊びに行きますがどんな夏休みを過ごしていましたか?私…浴衣を着て花火大会に行きたかったなぁ~。水着を着てプールにも行きたかったなぁ~。だけど…一緒に行ってくれる彼氏もいなくなっちゃったし…。そう思うと泣けてくる…今頃何してるのかなぁ~。時々でいいから私が思い出すように彼も私を思い出してほしい…そんなことを思う夏の夕暮れでした…。
Aug 18, 2006
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自分のことより人のこと考えられるほどそんなにできた人間じゃないし今君に「幸せになってね」なんて言えるほど大人じゃないだから私たちは探すんだどこかにきっとある人を好きになることの意味を…電話の向こうで幸せそうな君の声窓の外の夜空に浮かぶ星見つめて君の話 聞こえないように耳ふさいだ漫画の主人公ならここで「よかったね、君が幸せなら私もうれしいよ」なんて決めるんだろうけどあいにく世の中そんなにうまくできちゃいないだから私たちは叫ぶんだ必死に繕った不器用な言葉かもしれないけれど私の愛を自らの言葉で…君に届かないかもしれないし届いたって笑われるだけかもしれないそれでも私たちは叫ぶんだこの詞が星の囁きに抱かれることを祈って私の愛を私の言葉で…
Aug 17, 2006
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久しぶりに書店を登場させてみました。以前も…紹介したような…していないような…急にね、この本のことを思い出しました。もう一度、引っ張り出して読んでみようかなって…そしてもう一度思い起こしてみようかなって…『もしも世界が明日終わるとしたら』(ランス・ワベルズ編)という本を読んだことがあります。愛する人が、急にこの世からいなくなってしまったら?もしも明日、あなたが死んでしまうとしたら?何かをするのに今が最後のチャンスだったら?そんな視点から書かれた短編詩集です。明日という日がもうやってこないともしわかっていたらこれまで君を傷つけたことをどうか許して欲しいと心から思うだろう悲しみや苦しみがこれほど深く人を打ちのめすものだともしもわかっていたらそうしたら誰かのそばについていてあげられたのに なるべき人になるために神様は一生という時間を与えてくれたと気づいていたら自分にも他人にももっと忍耐強く接していただろう 幼い子どもの命が 時には絶たれてしまうこともあるとわかっていたらその小さな体を抱きしめてこんなふうに寝かしつける夜がもっと長くいつまでも続くようにとお願いしたのに この子を寝かしつけることはもう二度とないってわかっていたらしっかりと腕に抱いて急がずにゆっくりといまここにいる奇跡をかみしめるだろう私達の日常は、時にとても危うい均衡の上に成り立っています。秋田で、仙台で、幼い子供たちの命が奪われました。亡くなったお子さんのご家族の悲痛を思うと、とてもやりきれないです。事件や事故、災害、テロなどによって、突然引き裂かれるかもしれない絆。朝、元気で見送った子供が変わり果てた姿で戻ってきたとしたら。そう思うと、毎日のたわいもない場面の一瞬一瞬が大切に思われ、何気ない一言のもつ重みを感じる。考えてみましょうね。人生の最後を「もしわかってさえいたら…」という後悔で終わらせたくないですよね。惜しみなく愛し、急いで親切にしなさい。相手があなたにとって特別な存在だと感じられるように、その人との時間をつくりなさい。↑これは作者の言葉ですが胸に深く突き刺さりました。 今日は…ちょっと真面目な話になっちゃいましたね。
Aug 16, 2006
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毎晩お化粧を落とすとき感じるんです。自分の顔を鏡で見て『疲れてるなぁ~』『凄いクマだなぁ~』って…。今日もまた吹き出物が一つ増えていてコレがなかなかしぶとくて治ってくれないんです。朝から深夜までずっと化粧をしたままなので当然肌は荒れ放題なんですがこの吹き出物だけは見た目的にカッコイイものではありません。改めて数えてみたら7個もありました。あぁ~切ない…。それから今日は私の中学時代の担任の先生がお客様としてやってきました。10年ぶりぐらいに再会したのでメチャクチャ驚きましたが先生は何にも変わってなくて『あ!○○先生!!』って感じで一目見て分りました。先生って何でいつまでも当時のままなのか不思議ですよね。だけど私の方は相当大人になってしまっていたらしくあまりの変貌ぶりに先生も思い出すの時間がかかったようです。まぁ~こんな忙しいときに再会したものだからゆっくりお話もできなかったけどこのボロボロの肌を見て先生も幻滅しただろうなぁ~。なにしろ女子生徒にモテモテのカッコイイ先生でしたから…。あぁ~切ない…。先生…今の私はこのままでいいのですか?あのときのように正しい方向へ導いてくれませんか?
Aug 15, 2006
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以前、インターネットに繋がらなくなったり繋がっても極端に回線速度が遅くなったりしたことがありました。(我が家はADSLなので…) プロバイダのサポートに電話をかけると電話にひどい雑音が入って上手く話せませんでした。仕方がないので携帯の番号を伝えそこにかけ直してもらって話をすることにしたんです。結局それはモデムの調子が悪かったせいらしくモデムを交換してもらうことで問題は無事解決。電話にもノイズが入ることなく、その後は快適でした。サポートに電話している時や新しいモデムに交換しているときに思ったんですがPCからモデム、モデムからスプリッタ、モジュラージャック、そこからどんなふうに繋がっているのかは知らないけれど線が繋がっていて、それは外に出て、電柱を結ぶケーブルに繋がっている。そして、線路みたいに繋がっている。ずっとずっと遠くまで。この線は確かに繋がっている。遠く離れた大切な人の家まで。本当のところはどうなのかわからないけれど、そんなふうに思ったら、ちょっと嬉しくなりました。
Aug 14, 2006
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最近、仕事が忙しくて日記を更新せずに、そのまま放置してしまうことが多いのですが一日分も更新せずにそのまま放置している状態の日でも30件ほどのアクセスがあります。純粋に30人が見にきているわけではないと思うけどその人たちに何か応えたいなという気持ちから無性に更新してみたくなりました。とはいえ「何を書こうかな」と悩む始末。どうしようかと悩むうちにこの気持ちを素直に記事にすればいいんだ。またそんな大きな気持ちを表現しないのはもったいないかな…と思ったのが大きいかもしれません。こんな気持ちになれたのはアクセス数をみたことがきっかけ。過剰なアクセスは今の私にとっては必要ないけれど記事を読んでくれるあなたの存在を知ることができたのはアクセス数を知ったおかげ。そして、ひとつ気付いたことがあります。私はブログを始めてここまで顔も知らないあなたのために記事を書こうと思ったことはありません。素直な気持ちで、ありがとう。
Aug 13, 2006
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『生きてる~っ!』って叫びたくなるような感動がほしい。大自然や自分自身に、もっとときめきたい。宇宙の神秘を感激したい。そんな願いがあるのかもしれない…。だったら、『これ以上できない』っていうくらいすっごく丁寧に生きてみようかなって思う。心が揺さぶられるような出来事は特別な世界にあるんじゃなくてごく普通の暮らしの中にあるから。人の話を聞く、モノを作る、食べる、景色を眺める…。そうした日常の一つ一つの動作を他の事を考えながらするのをピタッとやめる。すばやいことや合理的なことより『どれくらい心を込められるか』にこだわってする。するとそこに、真心のワタシが現れる。真心のワタシは、100%のワタシ。100%のワタシは必ず何かと響きあう。その響きが、めくるめく感動なのかも…。同じ景色が、まったく違う景色に見えたら同じ自分がスケールの違う存在に思えたらそれって”モノスゴイ”ことでしょ?
Aug 12, 2006
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お盆スタートです。分かっていたことなのですが職場は戦場のように忙しく今日一日を無事に過ごすことだけを考えています。日記の更新もだいぶ遅れてしまい今必死になって振り返っていますがつい一日前のことですら思い出せない状態です。さて…今日は一件クレームをいただきました。障害をお持ちのお客様がご来店。そして、その方の付き添いの方からのクレームでした。ここに書ききれないほどの多くのお叱りの言葉をいただきました。障害をお持ちのお客様にとっては私の職場は非常に過ごしにくいところなんです。それを一つ一つ指摘されました。私たちスタッフもそれは嫌というほど分かっています。ただ、回転率をあげるために健常者向けに作られているということも十分すぎるくらい理解しています。いつかは指摘を受けるだろうなと思っていたときに改めて言われてしまうと心が痛みました。だけど、この忙しいときに…もちろんこちらに非があるわけですから謝罪はしましたが一時間以上もの間お説教のようなものを受け仕事が一時中断猫の手も借りたいくらい忙しいこの時期には痛手でした。『そんなこと本社に言ってよ…』そう思ってしまうほどでした。上司はお盆で休みだし謝罪してくれる責任者もいない。『申し訳ございません…』そう言って済ますことしかできませんでした。いつもならもっと丁寧に解決策を考えるんですけど…この時期は早く仕事をさばいていくことが最優先。そして今回のクレームは私たちにはどうすることもできませんから…。なんとか納得して帰っていただいたけど一つの出来事にいちいち泣いたり怒ったり考え込んだりそういうことしていられないそれが今は辛いですね。だけど、笑うことだけは忘れないようにしよう…そう思った一日でした。
Aug 11, 2006
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先に進んでいる人のことを見ると取り残された気持ちになってしまう。そんなときは、先のことを想像する。5年先。10年先。そのとき自分はどうなっていたいか。どんなところに立っていたいか。そうすると、今そう、あせらなくてもいいことが分かる。それより、やるべきことやっておいた方がいいことが明確に見えてくる。今は、先の自分と現実の自分は違う。だけど、やるべきことをやっていればそのうち想像と現実は近づいてくる。周りのスピードが早いとあせりがち。だけど、結局はやるべきことをやっていくことが1番、早いことになる。
Aug 10, 2006
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たくさんの人の中から出会えたこと。言葉を交わせたこと。気持ちが届いたこと。同じ時間を生きていること。そのことをときどき思い出してみる。何かが少しでも違っていたら出会えなかったかもしれない。一緒にいられなかったかもしれない。そのことを想像してみる。そうすると、やさしい気持ち。相手を思うこと。そういうことを思い出す。ずっと一緒にいるとその時間に慣れてしまって二人でいることが当たり前になってしまう。だけど、本当は、違う。たくさんの人の中から たった一人に出会えたこと。そのことを思い出すだけでいろんな気持ちがよみがえる。
Aug 9, 2006
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何度も何度も人を思い込みだけで判断してしまったとそのとき気づいていたらもっと人を愛して自分も愛されようと心を開いていたのにもし分かっていたら…同じことを見ても人はそれぞれ見方が違うんだってそうしたらたとえ意見は同じじゃなくてももっと楽しみながら人の話を聞けたのに
Aug 8, 2006
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山積みの書類の中で動けなくなってました…。気づけば8月が始まっていてお盆はもう目の前。あっという間に夏も終わって気づいた頃にはもう秋になっているんだろうなぁ~。花火大会も、夏祭りも知らない間に終わっていて水着も、浴衣も一度も着る機会がないまま今年も終わっちゃうんだろうなぁ~。毎日走り回って…必死に頑張って…転んだり…叩かれたり…『イタイ…』って思うけど…。だけど…自分と同じくらいイタイ思いをしている人や自分よりもっとイタイ思いをしている人を見かけたらそんなときは迷わず声をかけてあげよう…。『大丈夫?痛くない?』って…。人も。動物も。植物も。ちゃ~んと周りを見てイタイ思いをしている人がいないか気づいてあげよう…。それが痛みをなくす魔法なんだ…。
Aug 7, 2006
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我が家で20年近く飼っていたニャンコが昨日死んじゃいました。最近…もう歳をとっていたせいもあるんですが元気がなくて、エサもほとんど食べていなくて心配はしていたんだけど…仕事が忙しくってほとんどかまってあげられず両親に世話をまかせっきりでいました。昨晩、いよいよヤバイんじゃないかってことになってだけど…なかなか仕事も片付かなくってそれでも急いで帰ってきたんです。そしたら…もうグッタリしていて…家族3人と、兄夫婦の家族とみんなに看取られる中息をひきとりました。母は号泣父と兄は無言のままそして私は…悲しいというよりも『お疲れ様』って感じでした。だって、ニャンコの20年ってそうとう長い一生だと思うんです。『痛い』とか『辛い』とかそんな言葉も発せずによくここまでがんばったな…って。私が小学生の頃ドロドロに汚れたニャンコを拾ってきました。『死んだとき辛いから…』って家族全員が反対したのに私がどうしても飼いたいと言って…それが始まりでした。私が拾ってきたのに私は一人で勝手に実家を出て勝手に戻ってきてそんなときも家族同様黙って見ていてくれました。まぁ~思い出をあげればキリがありません。人と同じように動物や、命あるすべてのものに終わりがあるということですね。もし…また捨てられていたら私が必ず拾ってあげるから…それを最後の言葉としてニャンコにお別れを告げたのでした。 さぁ~そろそろお盆がやってきます。花火大会や夏祭りなどイベントも盛りだくさんですね。また忙しくなります。明日もがんばろっと♪
Aug 6, 2006
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仲の良いお友達が現在ブログをお休みしています。最初はね、PCの調子が悪いのかなぁ~って軽い気持ちで考えていました。それで…手紙を送って様子をみてみることにしました。だけど…音沙汰なし…。『どうしたのかな…?』ってメチャクチャ心配になってきました。ブログって元気のバロメーターでもあると思うんです。最近調子はどうなのか今何を思っているのかそういったことが分かるものだとも思うんです。だから…それがないと心配で…。元気でいてくれればそれでいいんだけど…。ここでしかお話できないから顔を見たり声を聴いたりできないから早くここに戻ってきてほしいです。
Aug 5, 2006
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ときどき、どこに立っているのか、わからなくなる。そんなときは、ずっと、ずっと、先を見る。自分の行きたいところ、目指すところを見ていれば、進んでいく方向は間違わない。時間はかかるかもしれないけど、たどりつく場所は間違わない。目の前にたくさん問題があると自分の立っているところを見失いがち。だから、そんなときは、ずっと、ずっと、先を見る。向かう場所を確認するために。自分のことを見失わないようにするために。
Aug 4, 2006
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なにか問題があるならその問題の原因を自分できちんと解決していく。気持ちは、一時的にごまかすことができる。知らないふりをする。気づかないふりをする。ほかのことで気をまぎらわす。そうすれば気持ちはほかのことにうつっていくから。だけど、原因をなくさなければ問題はなくならない。知らないふりをしてもまぎらわしてもひとりになると心配したり、気になったり、憂鬱になったり。問題の原因がわかっているなら時間がたっても、大変でもきちんと向き合うことが大事。大変なことだけどそれは、誰もかわりはしてくれないこと。
Aug 3, 2006
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そばにいれば、言葉は少しだけでいいのかもしれません。一緒に泣いたり、ぎゅっと抱きしめて励ましてあげらることができるから。でも、私はそばにいてあげられなくて、言葉でしか励ますことができません。「がんばれ」という言葉ひとつで、元気になれるときもあれば、「がんばれ」という言葉が重荷に感じるときもあります。本当は励ます言葉は、ひとりひとり違ったほうがいいんだろうけど、ここに訪れてくれる全ての人を応援することはできないのでこういうメッセージのようなページを作りたいな、と思っていました。ある時は、「がんばって」 ある時は、「がんばらないで」とメッセージを贈っちゃうこともあると思います。ここで幸せのたねを育てる参考になるものがあれば、まねっこしていただき、これはちょっとまねできないと感じたときは、よけていただいて、みなさんの幸せを育てる肥料にしていただければ、とってもとってもうれしいです。 最近みなさんのところへお邪魔できなくてもどかしいです。だけど、それでもなんとかこの日記だけは更新して何かのメッセージを届けようとしています。明日も良い一日でありますように‥‥。
Aug 2, 2006
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念ずれば花ひらく ~坂村真民~鳥は飛ばねばならぬ人は生きねばならぬ怒涛の海を飛びゆく鳥のように人も混沌の世を生きねばならぬ鳥は本能的に暗黒を突破すれば光明の島に着くことを知っているそのように人も一寸先は闇ではなく光であることを知らねばならぬ新しい年を迎えた日の朝わたしに与えられた命題鳥は飛ばねばならぬ人は生きねばならぬ いつの間にか8月気づけば日記がたまっていてようやく8月に突入しました。とりあえず…1日の日記は何か教訓なるものを書こうかと思いコレを載せました。さぁ~明日もがんばりましょう。
Aug 1, 2006
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