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Life is like a box of chocolate人生はチョコレートの箱みたいなものこの言葉…ジ~ンときますねぇ~。映画フォレスト・ガンプの中で、ガンプ(トム・ハンクス)が言った言葉。人生、開けてみなくちゃ、やってみなくちゃわからない!だから一生懸命やろうじゃん!というのが私の解釈。できが悪くてもなんでもまず『やってみよう』というこの精神。今の私に一番必要とされている言葉なのです。この言葉…受験中一生懸命覚えた英文の一つなんですよねぇ~。さぁ~今日で9月も終わり。今月の成績なんですが…(↑成績と言っても仕事のね)最悪です。何が最悪かって…あとちょっとっていうところで終わったんです。ノルマ達成まであと1件売り上げ率もあと1%あとちょっただったのにぃ~ってところで終了。『あとちょっとだったのにぃ~委員会』があるとするなら間違いなく入れられることでしょう…。そして…支配人からのお説教が待ってます。で…昨日は仕事帰りにそのまま飲み会です。お昼から飲み会スタート。『え?お昼から??』って思われるかもしれませんが私たちの職場はお昼が仕事上がりなもので珍しくはないのです。まぁ~さすがに居酒屋さんはまだ営業していないので家にお酒やつまみを持ち寄って始めるんですが…不眠不休で始まった飲み会は酔いがまわるのも早くもうベロンベロンでした。いやいや…ハメをはずしたっていいんです!その代わり、とことんはずせばいいんです!だって、誰にも迷惑かけてないし…。で…今日も目覚めたのは夕方あっという間に休みも終わってしまい明日は支配人と顔を合わせなければいけません…。あぁ~行きたくないなぁ~。
Sep 30, 2006
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きっとある ドロップひとつぶんくらいのしあわせは それは、哀しいときも、苦しいときも。たぶん、どんなときも、てのひらにあるのだと思う。 小さくて、とてもかるくて、けれど甘やかな。それだけでもう、「今日はだいじょうぶ」と思えるような、ドロップひとつぶんぐらいの、しあわせ。 落ち込んだり、元気が出なかったり──。心がくじけているときだからこそ、気づくもの。あたたかくて、優しい色をした、きらきらひかるもの。いつも変わらずに、てのひらにあるもの。 そんなものたちを、ちゃんと感じられる自分でいよう。「ありがとう」って思う気持ちといっしょに。
Sep 29, 2006
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みつけてくれた人がいてみつめてくれる人がいてしあわせ、と思う どんな場所にいても、みつけてくれる人がいれば、笑顔になれる。 しあわせなときも、ふしあわせなときも、みつめてくれる人がいれば、勇気が湧いてくる。 みつけてもらうと、嬉しいから。みつめられたら、幸せだから。 みつめてくれる人に、「ありがとう」を伝えよう。それから。大切な人のことを、ちゃんとみつめていよう。
Sep 28, 2006
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以前まで一緒に働いていた、ちょっと年上の先輩の話です。その先輩は、当時数ヵ月後に結婚を約束した彼氏と一緒に住んでいました。私も何度か逢ったことがありますが、とても優しい男性でした。 先輩は、生活には不満はありませんでしたが、ただ一つ、悩みがありました。何でも言い合える間柄で、心の広い彼氏だったんですが、どうしても…どうしても…出来ないことがありました。それは、生理現象の一つ『オナラ』でした。だから、いつも我慢してるのだと、私に憂鬱気味に聞かせてくれました。そんなある日、先輩が、自宅で倒れ救急車で搬送される事態が起こりました。脂汗をかき、彼氏の目の前で、パタリと倒れたのです。原因が判らないまま、彼氏は相当心配して、救急車で付き添いました。…原因は、『オナラを我慢し過ぎて、毒素が血管内に回った為』だったそうです。私が思うに、人はオナラを我慢したことは、誰にでも経験があるでしょう。しかし、気を失うほどに我慢はなかなか出来ないものです。これも『恋』の仕業なのでしょうか?恥ずかしさ♪初々しさ♪かわいさ♪オナラを我慢した末倒れる!まさしく、身を削るほどの恋心です! この事件後、先輩は彼氏に言われたらしいです。『そんなことで嫌いになんかならない。だから、気にしないで、オナラをして欲しい。オナラをした後、「ごめんなさい」って言えばいいよ。』と… 先輩は、囚われていた何かに解放されたようになりました。その後、ぷっ『ごめんなさい…』ぷ~『ごめんなさい…』と…平和な日々が続いたそうです。そして先輩は晴れて約束り、彼氏と結婚。今も開放されて、幸せに暮らしています。恋をすれば、相手の奏でる生理現象の音も愛しいメロディ♪小鳥のさえずりなのでしょうね…?私も…先輩の気持ちが痛いほど分かります。実際…私も…『オナラ』だけではありませんがあれやこれやと我慢してしまう傾向にあります。だけど、一緒に暮らしていくということは普段と同じように生活していくという訳で…肩肘張っては生きていけないということなんでしょうね。そんな先輩と、昨日偶然にも美容室で逢いました。うちの職場で唯一寿退社できた先輩。相変わらず今も幸せに暮らしているようです。余談ですが…私の髪の毛もストレートにして落ち着きを取り戻したところです。ためらうよな そのようなレディ ためらいは とうに止めて 心躍らせてよ 恋すれば 誰もかれも つらいこともあるよ 素顔のままでいい♪ (桑田佳祐『素顔で踊らせて』より)
Sep 27, 2006
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今日あった 「うれしい」をたくさん話そう嬉しい気持ちが消えないうちに 毎日の中には、ちっちゃな「うれしい」がたくさんあって。嬉しいことは、はやく誰かに聞いてもらいたいと思う。 「かなしい」とか「ざんねん」の気持ちも、おなじように。誰かに聞いてもらえば、心が少し、かるくなると思う。 「うれしい」気持ちは、消えないうちに。「かなしい」気持ちは、消えてしまうように。 いちにちの終わりに、たくさん、なんでも話せる人。いちにちの終わりに、たくさん、なんでも聴ける人。そういう人に、そういうふたりに、なれたらいいなと思う。
Sep 26, 2006
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ある夜、私は夢を見た。私は、神様とともに砂浜を歩いていた。振り返ると、砂浜には二人分の足跡が残っていた。一つは私のもので、一つは神様のものだった。これは、これまでの私の人生の足跡であった。足跡を見ていると、私の人生の様々な場面が、走馬灯のように思い出された。よく見ると、これまでの私の人生の中で、足跡が一人分しかないときが何度もあることに気づいた。それは、私が辛く悲しい思いをしていた時期ばかりだった。あぁ~、あの時は、信頼していた友だちに裏切られた時だ。あぁ~、あの時は、失恋して落胆していた時だ。あぁ~、あの時は、事業で失敗した時だ。私は神様に尋ねた。「神様、あなたはずっといっしょにいてくれるものと思っていました。しかし、私がもっとも辛かった時期には、一人分の足跡しか残っていません。あなたを最も必要としていた時に、どうして私をお見捨てになられたのですか?」すると、神様は答えておっしゃった。「いとしい大切な我が子よ。私は、愛するお前を、決して見捨てたりしない。お前をひとりぼっちにはしない。一人分しかない足跡は、お前の足跡ではないよ。その足跡は、私の足跡なのだよ。悲しみに打ちひしがれるお前を背負って歩いた 私の足跡なのだよ。」 辛いとき…悲しいとき…ついつい不安になって孤独感でいっぱいになってしまうけれどそんなときでも自分が気づいていないだけで実は守られているんだなぁ~ってそう思うのでした。
Sep 25, 2006
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だから意味のないことって嫌い!!そりゃ~人生には意味のないことに時間をかけたり途中で寄り道をして周りの景色を眺めることも大事かもしれないけど…だけど仕事に関しては別。先日…本社の内部監査室から『変だなハガキ』というものが送られてきました。その名の通り仕事をしていく上で『ココは変だなぁ~』って思うことをハガキに書いて送るんです。本社もよっぽど暇なのか誰かの役に立ちたいと思っているのか理由はイマイチよく分かりませんが変だなぁ~と思うことは山のようにありますので差し支えのない程度に書いて(もちろん店舗名&名前も)支配人に提出しました。しかぁ~し!!!!!支配人さんYO~!本社に送っても良いハガキとコレは送るとマズイと思われるハガキしっかりと分別しているではありませんか!!コレでは意味がありません。本社は全店舗のすべての状況を把握していなくてはいけないのにそれを途中で阻んでいる人がいては伝わらないのです。支配人さん…何か隠さなくてはいけないようなことでもしているのですか??まぁ~そんなこともあろうかと思い支配人に提出するハガキと直接本社に送ってしまうハガキを2通に分けて書いていた私たちの方が一枚上手でしたけどねぇ~。どんな答えが本社から返ってくるのか楽しみですが店舗が多いためハガキを一枚一枚読むだけでも相当時間がかかる作業だと思います。さて…どうなることやら…。ところで…昨日(今日かな?)9月24日の午前3時頃ブログの更新していた方いませんか??私…昨日の日記3時頃『登録する』のボタンをクリックしたらいきなり『メンテナンス中』の画面になってとってもとっても悲しい思いをしました。事前にお知らせがなかったもので知らなかったんですけど…。知ってた方いらっしゃいますか??コレって悲しいですよね。
Sep 24, 2006
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スタッフで会議した結果…コレっ!!に決定しました。『キャトル』さんの『うふプリン』と『シュークリーム』実は…前日の日記での『プチ出張』とはテレビでおなじみの『はなまるマーケット』の『おめざ』その『おめざ』を集結させた『おめざフェア』に行ってきました。昨日は祝日ということもありものすごい人の数でした。すぐにでもその場で食べたいものばかりでしたが職場でちょっとしたイベントがありそこでスウィーツをプレゼントするということですぐに何点か購入して職場に持ち帰りスタッフ何人かで試食。あれこれと意見を出し合いながら打ち合わせも含めて会議をしておりました。まぁ~どれも美味しかったんですけどねぇ~。2点に絞らなくてはいけなかったので上記のスウィーツに決めさせていただきました。イベントは無事に終了。片付けや反省会もあったので結局徹夜での作業になってしまいました。で…今日は起きたらすでに夕方になっていました。ところで余談ですが…プリンの由来は 食料に困った船乗りが残り物の材料(パンくず・牛脂・卵など)を 一まとめにして蒸し焼きにして食べたのが始まりだそうです。 当時の船乗りさん…こんなに美味しいものを作ってくれてどうもありがとうございます。『カスタードプディング』の『プティング』が『プデン』と聞こえ更に『プッヂング』が『プリン』へと変わっていったと言われているそうです。『プリン』なんて可愛い名前に聞き間違えちゃった人そんなあなたにぜひお逢いしたいものです。私は…コンビニで売ってる『ミルクプリン』も好きなんですけどねぇ~。『キャトル』さんのスウィーツ楽天でも購入できるといいんだけどなぁ~。
Sep 23, 2006
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元気ですか?今、何していますか?私は…またいつもの月末です。今月も、ノルマを達成できるかどうかの瀬戸際です。どうしよう…。どうしたら、あなたのように気丈に振舞えるのでしょうか…。教えてください。もう…教えてくれない…か。で…話は変わりますがPC壊れちゃったみたいでもうず~っとブログを更新していないマユリン様!!(あえて実名出しちゃいます!)元気なのかなぁ~。それとも…具合でも悪いのかなぁ~。たまぁ~にものすごく話がしたくなります。どうか…どうか…早く戻ってきてください。明日は…プチ出張してきます。泊まり明けで出張なんて睡魔との戦いだと思うのですが…お気に入りのマイカーに乗って行ってきます。でもね、ちょっと…いや…かなり楽しみなんですよねぇ~。なんでかって??出張のメインは『食』なのです。ふふふふふ♪のちほどその模様を更新します。
Sep 22, 2006
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鏡を見て、自分の髪が乱れていたとき、どうやって髪の乱れをなおしますか?鏡の中の自分に手を伸ばして、その乱れをなおしますか?違いますよね。自分自身の髪に手をあててなおしますよね。それと同じことだと思いました。現実に起きる出来事は、一つの『結果』です。『結果』には必ず『原因』があり、その原因は、あなたの心の中にあるのです。つまり、あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡だと思ってもらうといいと思います。(本文より抜粋しました。)この言葉にはっとさせられ、とても短い文章の本でしたが何らかのヒントを得たような感じになりました。 『鏡の法則』主婦・栄子の息子は、学校の同級生からいじめをうけていました。しかし、息子は栄子には何も言ってくれず、そのことで何年も悩み続けていました。ひょんなキッカケから紹介を受けたコンサルタントに相談したところ、『あなたが大事なお子さんを人から責められて悩んでいるということは、あなたが、誰か感謝すべき人に感謝せずに、その人を責めて生きているからなんです』と告げられました。 感謝すべき人に感謝をして、今まで恨んでいた人を許すことによって問題を解決していく…。 ご存知の方も多いかもしれませんが、私は、大好きな人とコミュニケーションがうまくとれないままその人お別れしてしまい、そのことでずっと悩んでいました。悩んでいたというより、そのことを考えないように、他のことで気を紛らわせていました。その人に出逢った当初は、『私でいいのかな…』って思っていたのに、今では、『どうして私じゃダメなの…?』って思うようにもなりました。この本は、賛否両論、ネットでもいろいろと話題の多い本ですが、私は読んで良かったし、実際その通りだと思うこともありました。 私は、家族に感謝することなど忘れていました。それどころか、ここ何年も、父親とコミュニケーションをとることすらしていません。そんな私が、どうやって自分の好きな人と深い話ができるのだろう…。きっと、私が悩み続けていた心のもやもやを父親は何年もずっと味わい続けていたんだろうなぁ~って思いました。それだけじゃない…仕事のことばかり考えていて、休みがなくて疲れていたことも、うまくいかずにイライラしていたことも、すべ仕事のせいにしていたのかもしれません。本当の原因は自分にあったのかもしれない…。みんなは優しくしてくれていたのに、それに感謝するどころか、気づいてもいなかったかもしれない…。そして、大好きな人も、家族も、職場の人も、どこか許すことができず、『あの人のせいだ…』って恨んでいるのかもしれない…。 まぁ~私の場合は、塞ぎこんでしまうほどの深刻な問題ではありませんが例えば、みんなでしている仕事でミスがあった場合、『自分かもしれない…』って素直に認めることはできますが、一対一の関係だった場合、ついつい相手のことを責めてしまうんですよねぇ~。分かっているつもりではいましたが…人に感謝したり、人を許したり、ちゃんと言葉で言わないとダメってことなんだと思います。思っているだけでは伝わらないし、自分も納得がいきませんからね。この本、書店のビジネス関係のところでみつけたのでてっきり仕事に関する本だと思っていたんですが読んでみたら知らず知らずのうちにウルウルきてしまいました。機会があったら手にとって見てください。書店の方には申し訳ないのですが、立ち読みでも十分いけます。
Sep 21, 2006
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ときめくものが ありますか?まるで、まるで恋するみたいに心はずむもの。 「あ、これいいな」とか「この人は素敵」とか、魅力的なモノや人、考え方をシンプルに「いいな」と感じる心のアンテナがたくさんあるのは素敵なことです。 まるで恋するみたいに何かにときめく心は、いつだって溢れるほどのハッピーな気持ちを連れてきてくれるから。 家族がいても、お父さんやお母さんと呼ばれるようになっても。さらにさらに、すごく年をとっても。暮らしの中に心ときめく瞬間はたくさんあった方が、断然楽しくなると思うのです。 異性を「好き」になることだけがときめきではありません。たとえば、それが恋と呼べるようなものでなくても。「恋」してるみたいに夢中になれるもの、ドキドキできるものが見つかるかどうか、ということ。 ありふれた暮らしの、流れてゆく毎日のなかで、心ときめかせる時間をほんの少しでも持つことができれば・・・。それだけで、この人生は豊かで幸せなものだと胸を張れるような気がします。 「いいな」の気持ちを、心の中にできるだけたくさん溜めておけるように。「ときめき」のアンテナをいつも、忘れないようにピンと立てておきたいものです。
Sep 20, 2006
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ゆびさきで つたえるつたわる愛というものの本質 誰かを想う気持ちが深いとき、複雑なとき。伝えにくい、伝わりにくい想いと向き合ったとき。私たちは、その心を言葉で伝えることの難しさを感じます。 けれど、伝えるための手段は決して言葉だけではなくて。日々の暮らしを振り返ってみると、もっとストレートに、ごくシンプルに、心を伝える「手」があることに気づくのです。 逆に、わざと言葉にしなくていいときだって、そう。やっぱり、「手」があれば、それだけであたたかな気持ちになれるもの。 手をつなぐとき、手をふるとき、手をかさねるとき。 それはいつも、相手を大切に想う心や「だいすき」の気持ちを集められるだけ集めて。できるだけこぼさないように、この手で伝えたいと願っているときです。 まいにちの中には、手と手がつながる瞬間が数えきれないほどあるのですが・・・。私たちは、伝えきれない心を、その一瞬のつながりに込めているのかもしれません。 つながった指先は、目に見えなくても、一本の線になってちゃんと大切な人の心に届くから。心の温度は、きっと、手が伝えてくれるのだと思います。
Sep 19, 2006
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エールをもらって うれしいとき、次は誰かのために「がんばれ!」の音を奏でたいと思う。 心に元気がないとき。タイミングよくエールを送ってくれる友人は心からありがたい存在です。 それが意識的なものであっても、もしかするとほんの偶然でも。そのときの気持ちにジャストなエールをもらったとき、人は決して一人で生きているのではなくて、いつも、たくさんの人たちに支えられて今の自分がいることを実感するのです。 そして。受け取った「がんばれ!」のエールを、「がんばろう!」にかえるのは、ほかでもない自分自身の手。 ころころ、エールをもらったら─。心が元気になる音を、自分のために、そして大切な誰かにためにしっかりと奏でることが大切。家族も友人も、人はみな、支え、支えられて生きています。 ハッピーなときも、もしかすると、そうじゃないときも。受け取ったエールに感謝することを忘れず、今度は誰かのためにエールを送れる人であれたら、素敵だと思います。
Sep 18, 2006
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たとえばそれがさらさらとこぼれ落ちてしまっても それはたしかにさらさらとすくえてしまう星屑だから すくうほどにさらさらとこころ救われてゆくのでしょう
Sep 17, 2006
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立ち止まれば昨日と今日それぞれの空の青さが わかる人になる 人は心の中にいちまい、自分だけの空をもっている。それは今日、見上げた空の青と同じかもしれないし、違うかもしれない。もちろん、昨日の色と今日の色もぜんぜん違う。 もっとよく見つめるために、立ち止まり、立ち止まって人は、心の奥の自分の空をのぞきこむ。 そしてたとえば、「昨日と今日の空の青さ」がわかる人になれたなら──。どんな自分も見失わない"私"になれる。
Sep 16, 2006
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高校の恒例行事、24時間の歩行祭。最後の高校3年生の歩行祭で、歩いて歩いて、そして何かが動いていく。貴子と融、わだかまっている二人の歴史が今動き出し、そして始まる。あまりにも有名すぎる、第二回本屋大賞受賞作。読書というのは、歩行祭に似ているような気がします。楽しみにして準備して、例えば図書館で予約したり文庫を買ったり、そんなことをして、読む場所を整えて時間を作って読みはじめて、そして一瞬、現実を忘れてその世界に没頭します。そして読み終わって顔を上げて、また現実に戻る。その一瞬、その本を最初に読んだ、そのときの感動は、二度と訪れない。何度読み返しても、最初の感動を追体験できることはない。一瞬の出会い、だからこそ貴重で大事な、彼らとすごした時間たち。おおげさかな。私はいつもそんな気持ちで、本を読んでいる気がします。で、この本を読み終わって残念だと思いました。何が残念って、この本を読み終わってしまったことです。もうあの、楽しみにしていた昔に戻れない、読んでいる最中の幸福感は、同じ形では二度と訪れない。それがとても、寂しいのです。そして、今からこれを読める人が心底羨ましい。面白い本を読めば読むほど、私はそんなことを思って、読んでないころの自分に、戻りたくなる。だからこそ、本に没頭している時間はとても大事だし、その一瞬を忘れたくないし、大切にしたいと思います。まあ、もちろん、本だけの話じゃないのだけれど。高校生活だって、大学だって、楽しかった3年間はあまりにも短かった。そして、社会に出てからの何年間は、あまりにも早い。でも、その連続した時間の一瞬一瞬が、今の私を作っていて、これからもそれは変わりがないのだろう。たとえばこんな風に、眠いのに無理にパソコン前に座り、ろくに書きたいことが言葉にならずに、気ばかり焦って感想を書いている、この時間さえも、多分だけど、大切な時間なのだ。そんなことを思い出させる小説。流れていく時間、大切な時間、二人が歩いている、未来に向けて歩いている、そんな時間。二人は友達とただ歩いているだけ、それだけの話なのに、その時間を共有できたことが、私にも何かをもたらしてくれているような。こんなステキな思い出なんかないのに、無性に懐かしいのはなぜだろう。高校の頃、大学の頃に確かに得ていた何か、その漠然とした大事なものを、思い出せたからだろうか。大切だった時間たちを。高校3年生。つきあってるだの怪しいだの、そんなことが話題の中心で、そんな軽い話をしながらも、皆が中途半端で、将来の不安を感じて、そして今の日々がもう二度と戻らないことを知っている、そんな彼ら。相変わらず、恩田陸が描く高校生達は、とても魅力的でした。こんないい少年少女達に高校時代に出会った記憶はないけれど、なんだか昔恋をしていた人に再会できたような、不思議な気分になりました。誰かと、例えば美和子や杏奈みたいなステキな友達と、きゃーきゃーいいながら、融派と忍派にわかれて議論したい気持ちにかられました。ちなみに私は忍派。昔は絶対影のある融が好きだったけど、今は忍の大きなところに惹かれます。歳をとった証拠なのかな?まあそんな話は置いておいて。複雑な関係の貴子と融が、お互いの友達や周りに後押しされて、そして自らも一歩踏み出して、新しい関係を築いていく、そんな24時間。この小説がいいのは、その大事な一瞬一瞬を見事に切り取りつつも、この先に広がる彼らの将来にまで思いをはせられる、その余韻。さすが恩田陸、余韻を残すのに長けた作家で、いつも曖昧な終わりを提示してその世界に奥行きを与えてくれるけれど、ここまでの爽やかな余韻はありませんでした。彼らの将来は一筋縄ではいかないかもしれない、きっと、恋愛とかするし、憎悪なんだか愛情なんだかわからない感情に、これからも悩まされたりするだろう。でも大丈夫、彼らはその24時間を過ごして、ちゃんと始まったのだから。映画化されるみたいだけど、案外いいんじゃないかな。1200人が見る夕焼けと朝焼け、そして海。その映像化だけでも、意味があると思います。とても、映像的な小説だし。観るつもりなかったけど、ちょっと気になってきました。
Sep 15, 2006
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おなじ時間を 君といま 生きているという奇跡 思春期の頃、ときどき憎まれ口をたたいたことがあります。「べつに、この家の子どもじゃなくてもよかったんだけどね」母も、そんな私に、脅し文句を使うことがありました。「悪い子は、よそのおうちの子になりなさい!」 だけど、本当は。それは本心ではなくて。 たとえば、50年早く生まれていたら─。もしも、50年遅く生まれたら─。 自分の周りに存在する家族や友人や、すべての人と出会うことはなかったはず。 当たり前のようにみえる日常ですが。恋人であることも、親子であることも、夫婦であることも、友達であることも、本当は気の遠くなるような時間の流れの中にある、一瞬の奇跡のようなものだと思うのです。 もちろん、身近な人だけじゃなくて。私たちは毎日、新しい人と、新しいものと出会いながら、すれ違いながら暮らしています。そして、奇跡と呼べる出来事は、いつも、奇跡のような小さな出会いから始まっています。 昨日小さくすれ違った誰かも、明日出会うかもしれない誰かも。それらはすべて、大切な意味を持つ小さな奇跡。 そんなふうに思えたら。人は、どんなときも、誰に対しても、真摯な心で向き合えて。それはまた、人生をどんなふうにも変えてしまう新しい奇跡につながるのだと思います。
Sep 14, 2006
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「その人」に 恥じない生き方 しているだろか。「その人」の 数だけ私をおもう。 いつも誇れる自分であることは、難しいけれど。誰かに恥じない自分であることは、決して難しいことではない、と思います。 思い浮かべる「その人」によって、自分をふり返るときの、その気持ちも変わります。 両親を思うときは、子どもとしての自分。子どもを思うときは、親としての自分。尊敬する人を思うときは、すこし背伸びした自分。大切な人を思うときは、愛されたいと思う自分。 「その人」の数だけ、私があるのですが・・・。それらを集約すると、すべては「自分」に恥じない生き方、につながるように思うのです。 心を偽ることなく。誰よりも、何よりも、自分の心に恥じることのないように生きる。 「恥じない」という基準は、それぞれの心の中にちゃんとあるのだと思います。
Sep 13, 2006
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夕方ぐらいから急に混み始まってみんながそわそわしだして『なんだ‥?なんだ‥?』って思っていたら世間は3連休なんですね。なんだか祝日が月曜日に移動したりして敬老の日だか‥体育の日だかさっぱり分からなくなってしまいました。昔はね、『ハッピーマンデー』なんて言って『どんなハッピーな連休なの?!』って思っていたけど社会人になった今は『どこにハッピーがあるんだ?!』なんて思うようになってしまいました。18日は、敬老の日になったんですよね‥??小さい頃は、おじいちゃん&おばあちゃんにお年玉やお小遣いをもらったりおもちゃを買ってもらったり両親と比べるとだいぶワガママもきいてもらえたので大好きだったし、ことあるごとに遊びに行っていました。なのに‥だんだん私は勝手に成長しちゃってほとんど逢うこともなく疎遠になってしまいました。そういえばおじいちゃんのお葬式にも仕事で行けなかったなぁ~。なんて酷い孫なんだろう‥。気づいたら、私の両親も誰かのおじいちゃん&おばあちゃんになっていて私もそのうちおばあちゃんに‥その頃には日本国民のほとんどがおじいちゃん&おばあちゃんになっていてそうなったら『敬老の日』は別の名前に変わっちゃうのかな‥そんなふうに思います。きっと私の母がおばあちゃんにプレゼントを贈ると思うのでその中に、私の気持もちょっとだけ詰めてみようかなと思っています。そして今は亡きおじいちゃん怒ってるかなぁ~。せめておじいちゃんのことを思ってお空を見上げてみます。みなさん、良い休日を‥‥。
Sep 12, 2006
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永遠じゃないこと知るたびにもっと 優しくなりたい と思うなろう と思うどんなに、大好きな人でも。どんなに、大切な人でも。いつか必ず、別れはおとずれるもの。 「さよなら」までの時間は、永遠じゃない。それは、あたりまえすぎて、ふだんは、あまり深く考えないことだったりします。 だけど、だからこそ、「今日」という日は大事。「いま」という時間は大事。一緒に積み重ねてゆく「明日」も大事。 私たちは、いくつもの「さよなら」を繰り返しながら、永遠じゃないことを、確かめながら、もっと、ずっと、さらに、やさしい人になりたい、と願い、やさしい人になろう、と心に約束をしています。 いつかの、やさしい「さよなら」のために──。
Sep 11, 2006
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昨日、職場の後輩にメールを送ったんです。私は…別に、スタッフの精神面を管理したり悩んでいる人の相談役でもないのだけれどだけど、仕事がうまくいってなかったり思うようにノルマが達成できなかったりそういう人のことはなんとなく雰囲気で分かっているつもりです。案の定…彼女は悩んでいました。体を壊してしまうほどではないけれど思うようにノルマをあげることができず自分の抱えている仕事も進んでいないようでした。分かるなぁ~。営業の仕事をしているわけではないので普段の業務をこなしながらのノルマ。その月のシフトにもよるし、曜日にもよる。時間帯や、状況によっても左右されることです。私だって、順調に達成できる月もあれば必死になって最後の最後まで粘るときもあります。できればサービス業なのでノルマなんてなくしてただ純粋に接客に専念したい。だけど、会社の方針に背くわけにはいかないですからねぇ~。結局彼女には、『その気持ち分かるよぉ~』ってそんな言葉くらいしかかけてあげられませんでした。だって、偉そうな言葉を言ったところでいつ自分が仕事に行き詰まるかもしれないし…。でもね、一人だけの戦いのように感じてしまうことがあるんです。チームワークでやっている仕事だけどノルマの達成率や、稼働率や成績で評価されることを考えると結局は自分の力次第ってことにもなるしペナルティや減給されることを考えると他人を蹴落としてでも…って気持ちにもなるんです。だから、自分だけじゃないって思わせることは大事。何もしてあげられなくてもその重たい気持ちはスタッフ全員、平等に分け与えられてるんだって伝えてあげることが大事なんだなぁ~ってそんなことを思いました。
Sep 10, 2006
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ほんとうが見たいからみえないものは見ないと、決めるほんとうの姿。ほんとうの気持ち。ほんとうに必要なもの。 自分の中のほんとうも、誰かのほんとうも。曇りのない目で「本質」を見ることは難しいけれど、しっかりと見つめれば、必ず見えてくるのが「ほんとう」。 もしも、見えないのなら─。それは少なくとも、そのときの自分にとって「ほんとう」ではないのかもしれません。 人はときどき、見えないものを不安に感じたり、見えないものに憧れを抱くものですが・・・。見えないものばかりを見ようとすると、目の前の「ほんとう」が見えなくなってしまう。見えているものさえ、見えなくなってしまうことがあります。 大切なものを見失わないためには、自分の目に映るものをしっかりと見つめること、見えるものを信じること。 信じていれば、見えるものはたくさんあって。見つめていれば、今まで見えなかったものも見えてくる。そんなふうに、思うのです。私の目ものもらいができそうです…。長時間コンタクトをつけたままおまけにアイメイクのせいもあってかゆい…かゆいのです。 目頭がちょっと腫れてきてコレ…いよいよです。いよいよ本格的に腫れそうです。ちゃんとした「ほんとう」を見るためにも眼科に行かなくっちゃ。
Sep 9, 2006
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荻原 浩さんの『あの日にドライブ』を読み終えました。元エリート銀行員だった43歳の男が、ふとした弾みで銀行を辞めてしまう。公認会計士でもやろうと勉強を始めるが、簡単には受からない。そして、ある日新聞の求人欄にあったタクシー会社に就職することになる。家族の生活の為のつなぎとして…そしてある時、自分の人生が偶然でなりたっていることに気付く。ならば、自分が選ばなかった人生というものを見てやろうと学生時代に付き合っていた女性の家へタクシーで行ってみる。すると、ロングのお客がうまい具合についたりと運が上向いてきた。そして、男はその昔の彼女との生活を夢想し始める。人生、今からでも車線変更は可能だろうかと…。時々、この小説ではないけれど、今の生活は偶然なのだろうかと思うことがあります。あの時、別の職場を選んでいたら…あの彼と付き合って一緒になっていれば…あの一瞬にあちらへ行っていれば…あの時、違う言葉を言っていたら…あの時、違う行動をとっていたら…もっと、違った人生があったのではないかと…。そんな気持ちがどこかにあって偶然この本を手にし表紙をめくってみたとき自分の想っていた文字が目に入り手にとって、読み始めていました。そんな気持ちになったこと、ありませんか?でも、この小説を読んでなんとなく、今の生活も悪くないという気持ちが浮かんできているようなそんな、気持ちになっています。どんな道を選んだとしてもどんな選択をしたとしても今ココにいるのが自分であってその自分に満足がいっていなかったとしてもそれはそれでいいんじゃないかって…。自分の人生の今を考えるのには、何らかのヒントを与えてくれそうな小説でした。まぁ~人生を振り返るのにはまだ早い年齢なんですけどね…。
Sep 8, 2006
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当たり前の話なんですが…私は今、大人で世間一般から見たら一人の大人の女性で…仕事はある程度できるし後輩もできて、教える立場にいます。時々ミスしたりするけれど責任のある仕事も任されています。自分でお金を稼ぐようになって欲しいものはある程度買える交友関係も広げることができて女友達を誘って遊びに行ったりちょっと気になる男性ができたらアドレスを交換したりたまには自分で電話をかけて『今度食事でもどうですか?』なんて誘ってみたりすることもできます。 だけど、当たり前になる前には最初の一歩、『初めて』って時があったからなんですよね。例えば…初めて仕事をした時のこと緊張しながら先輩に挨拶したり初めて電話をとった時のこと初めてお客様と話した時のことあの時は手が震えるほどドキドキしてたなぁ~。初めてのお給料で時計を買った時もう嬉しくってず~っとず~っと肌身離さずつけていたなぁ~。初めて電話した時初めてメールが届いた時夢を見ているみたいで携帯電話を持ったままそのままスリスリしながら寝ちゃったこと思い出すなぁ~。そういった初めてのことが2回目も、3回目も、同じように思うことができたら普段生活していることが何倍もステキな出来事に早代わりするんじゃないかってふとそんなことを思いました。 で…何が言いたかったと言うと…私、車を購入したんです!!先日納車されましてこれがとっても可愛いくって愛おしくってたまりません。初めて○○したときのこと数々の出来事が思い出されて今浸っているところです。これからしばらくの間はこの愛車と共に生きていくことを誓います。でも…この車に必要以上にお金をかけてしまいそうな自分がちょっと心配です。早く助手席に乗ってくれる人を見つけないと…そう思ったのでした…。
Sep 7, 2006
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仕事中、ときどき思うんです。だいたい夜は2人で仕事をしていて深夜になるとほとんど1人になってしまいます。もし、そのときに地震や火事になってしまったら…って。例えばお客様が200人いたとします。そうしたら、2人のスタッフで仕事をしていると100人ずつの命を1人で背負わなくちゃいけないのかな…って。もちろん、避難訓練を定期的にしているしある程度の知識は持っているつもりです。だけど、いざというとき誰だって慌てて何もできなくなってしまうと思うんです。実際、大きな停電があったときまた、それほど大きくない地震があったときやぼや騒ぎがあったときでさえ冷や汗が出て、冷静に振舞うことに必死でしたから…。だけど、他の店舗であったことなんですが結構大きな火事があったんです。そしたら、スタッフの誘導の仕方が悪いとか報告、連絡が遅いとかそんな理由で、ほぼ全員解雇されてしまったんです。まぁ~それだけ危険も伴う仕事だから仕方がないと言われればそれまでなんですが…私だったらちゃんとできたのかな…って。スタッフ同士でもよく話し合うんです。もし地震や火事が起きたら…それだけじゃない今は強盗や犯罪もあって結構危ない人も来るんです。そういったとき警察、消防、救急が来てことがおさまる程度ならマニュアル通りの対応でできますが自分の命も危険だなと感じたときはやっぱり逃げた方がいいんじゃないかって…。無責任なことかもしれないけど…自分が犠牲になることによって大切な人が助かるっていう状況なら惜しむことなく立ち向かうことはできますが例えば、大きな地震や火事が起きてこのままではほぼ全員確実に死んでしまうそんな状況だったり誰かが自分の利益や欲望のために刃物や銃を私に向けているそんな状況のときは迷わず逃げてしまおうそんなことを思ってしまいました。だって、何の安全の保証もないし何かあっても誰も助けてくれないところだから…。皆さんの職場は何か安全対策とってますか??
Sep 6, 2006
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ふりだしに 戻るためのとびら。「お守り扉」を持っている。どれほどたくさんの扉をひらいても。どれほど遠い場所まで行ってしまっても。その一枚をあければ、たちまちふりだしに戻れる。心のなかには、そんな扉が一枚、あると思う。 それは、「お守り」みたいなもの。使わないかもしれないけれど、持っているだけで、安心な気持ちになれる。つまり、そういう感じの。 道に迷ってしまったとき、もう、どの方向へも進めないと感じたときは、その扉をひらいて、自分の原点を確かめてみる。その扉が、また別のあたらしい扉につながることを知れば、心はすこし、つよくなる。
Sep 5, 2006
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進めないとき進まないと 決めるわたしがそう決める人はいつもいつも、前向きに生きられるわけじゃない。 どうしても今、前に進めないと思うとき。これ以上は、頑張れそうにないと思うとき。そんなときは、無理に進まなくてもいいと思う。 だけど、「進めない」と思うと、心は後ろを向いてしまうから。そういうときは、自分の意志で「進まない」ことにする。 進まない理由を、誰かのせいや何かのせいにすることと、自分で決めて納得することは、ぜんぜんちがう。 自分で決めたことなら、いさぎよく立ち止まってもいいし、自分で決めたことなら、次の一歩もまた踏み出せる。 大切なのは、「わたしが決める」ということ。
Sep 4, 2006
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今月の肌診断結果はDでした。義姉が化粧品関係の仕事をしているので毎月彼女の後にくっついて行って肌診断をしているんですが…6月に診断を受けたときはB判定だったこの肌も7月…8月と激動の生活をおくっていたためにかなりお疲れモードのようでした…トホホ…。最近入社してきた若い女の子たちの肌がピチピチで少々焦りもありますのでこの辺で肌をしっかり休めて本来のみずみずしい素肌を取り戻そうとかたく心に誓ったのでした。そしてもう一つ今…女子のバレーボールワールドグランプリやってますよね…?!10月の終わりぐらいからは世界バレーっていうのが始まるらしいです。私…まったく運動できないのでスポーツ観戦もあまりしないんですがなんかバレーボールだけは応援しちゃうんですよね。で…職場の同僚と話が盛り上がってしまい11月にやる決勝ラウンドを観戦しに行くことになりました。たしか…名古屋とか大阪とかそっちの方だったと思うんですが…ですから…何としても日本代表の皆様には決勝まで残ってもらいたいんです。こっちはそれを見込んでチケットを購入するわけですから…。だけど…突破しなければならない試練が…。まず…有休をとること!!あと…東京より西へ行くこと…ぶっちゃけ初めてに近いです。知らない国へ行くのと同じくらい未知の世界です。今から…競馬予想のおっちゃんなみに赤ペン持って予想します。どのチケットを買うべきなのか…そして…最短ルートは…ん~少しでも安くすませたい…。…ってことでまだまだ先の話なんですが戦いは始まっているのです!!
Sep 3, 2006
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みなさまこんにちわ!!久しぶりの休みに戸惑ってしまって何をして良いのか分からずにオロオロしてしまったりょう☆412です。さて…先日の日記で大きな買い物をしてしまったと口を滑らせてしまった私なんですが…やはり金額も大きいもので家族全員あ~でもないこ~でもないって喧嘩寸前なんです。りょう家は私以外は全員超几帳面超心配性しっかり者さん揃いなんです。その為私がいるときは毎晩のように家族会議が開かれ私の思い切った選択にストップをかけてくるんです。まぁ~慎重に買い物をしろってことなんでしょうけど…。私がそのお店で買うことを決めたのは実は社長さんのことをとても気に入っているからなんです。もちろん売っているものも良いもので社長さんが納得のいったものだけしか置いていません。だけどそれだけじゃないんです。以前私の職場でヤ○ザさんたちの乱闘事件があったときその騒ぎを鎮めてくれた人なんです。あのとき私メチャクチャ怖くって『あ…もう殺される…』って思いました。そんなときその社長さんが来てくれて助けてくれたんです。そう…私にとっては正義の味方おっちゃんヒーローだったんです。あ…本人の名誉の為に言っておきますが社長さんはヤ○ザさんではありません。まぁ~そんなこんなでその社長さんのところで買おうかなって思いました。私は殴り合いの喧嘩したり口だけで争いを鎮めたりそんなことはできないけど(そんなことはしなくていいけど)だけど何か困っていたり助けを呼んでいる人がいればスーパーマンみたいにすぐに飛んでいけるよなそんなヒーローになりたいなってそう思うのです。
Sep 2, 2006
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目をあけて 夢をみるほんとうになる夢をみる 目を閉じてみた夢は、とんでもなく、幸せだったり、とてつもなく、こうふくな気持ちになれたりするけれど。 朝、目が覚めると、どれほど幸せな夢も、どんなに鮮明だった夢も、あっという間に色褪せて、思い出せなくなってしまって。ああ、もったいないなって、いつも思う。だから、ずっとずっと自分の中にためてゆきたい夢、現実の中で、消えてしまわないように、と願う夢は、ちゃんと、目をひらいて見なくてはだめ。 目を閉じないで──。しっかりと見つめる夢は、いつかきっと、こうふくな「ほんとう」になると信じて。
Sep 1, 2006
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