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【2018年2月20日(火)】 今日はガイドOFF日。第3火曜日は夕刻月イチの三味線レッスンがあるので、勤務不能日にしており、勤務が入りません。 研究員中間発表の3月3日まで、OFF日が今日を含めて4日しかないので、早く文書作成に入りたいところです。しかし、フィールドワークが消化不良なので、今日、歴彩館に行って都市計画図を確認したうえ、「お滝」でのインタビューをしようと考えました。しかし、家内は今日友達との「歩こう会」の日。「歩こう会」とはいうものの、今日はエキスポシティとのことなので、どこが「歩こう会」なのかという感じです。家内は午前中から出るため、ワンちゃんをお昼くらいまで面倒を見なければならず、出られるとしても昼過ぎです。しかし、交通費を気にせず、最速の交通機関を使えば、歴菜館も「お滝」も行けると踏みました。 まず歴彩館へ。目的は過去の都市計画図で、所在不明の「東福寺滝」、「真心滝」、「岩滝」、「不動滝」/「岩龍滝」の場所のヒントを得ることです。大正時代の都市計画図は、山間部が全くあてにならないことが前回分かりましたので、昭和時代の都市計画図を係の方に出してもらって調べ始めました。 短時間で済まそうと思いましたが、やはり甘かったです。時間がかかりそうです。早々に今日の「お滝」訪問でのインタビューはあきらめました。地図確認に集中しました。 とはいうものの、あまり収穫はなかったのです。そんな中の収穫は次のようなことです。・「真心滝」は、前回のフィールドワークで訪れた印章大社があった場所ではないかと推定していましたが、印章大社がこの場所に地図上で現われるのは、昭和62年の地図からです。それ以前の地図では、山になっています。山を削って、昭和57年以降、昭和62年以前に建てられたようです。大正15年の吉田初三郎地図にすでに「真心滝」は載っているので、「真心滝」の場所は、ここではないということになります。 ネット情報では、「採石場ができて潰された」との記述がありましたので、採石場らしき場所をトレースしてみました。しかし、採石場が現われる以前の地図では、建物も何もありません。結局、「真心滝」の場所は不明のままです。・「末広滝」の上流部の変化をトレースしてみました。次のような変化が見られました。これが何を意味するのかは不明です。 Aの建造物は以前新たな「お滝」を発見した場所です。この「お滝」が昭和44年から昭和50年に造られたものということなのかもしれません。この滝は「不動滝」あるいは「岩龍滝」だと思っていたのですが、この年代に造られたものであるとすると、そうではないということになります。 やはり「末広滝」の管理者へのインタビューが必要です。また、階段下の建物は、「七面滝」をお世話されている方から聞いた「金鉱石」採掘場所ではないかと考えており、その場所もこの世話人の方にもう一度インタビューする必要があります。・「東福寺滝」は全く手掛かり得られずです。 今日、フィールドワークができなかったので、文書作成前にもう一度フィールドワークをしたいところです。しかし、中間発表まで、あとOFF日は3日しかありません。悩ましいところです。レジュメや発表用資料を一通り作っておいて、時間があればフィールドワークをするということにするか、発表をした後、フィールドワークをして、最終レジュメに間に合わせるかです。悩ましいところです。 三味線レッスンに向かいました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/20
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【2018年2月17日(土)】 研究員活動の今後の予定は、・3月3日 第2回目の中間発表・3月22日 最終発表レジュメ案提出・4月28日 最終発表です。 日があるようですが、ガイドやプライベートの予定が詰まっていて、あまり時間がありません。3月3日まで昼間時間がとれるのが、今日を含めて5日しかありません。3月3日以降、3月22日までも、7日だけです。これに確定申告作成、他の「冬旅」スポット見学が入ります。早く、文書、発表資料作成に入りたいところですが、フィールドワークや文献閲読が不十分なので、もう少しだけ継続です。 今日はフィールドワークに行こうと思い家を出たところ、天気が悪くなりそうだったので、急きょ歴彩館行きに予定変更しました。 歴彩館では前回ざっと見た地形図を閲覧しました。まず、いくつか最近のものを出していただきました。しかし、2万分の1や2万5000分の1では粗過ぎて、「お滝」の管理棟を捕捉するのは困難だと判断し、深追いはやめました。 次に都市計画図を閲覧しました。地形図は最古のものは明治22年のものがありましたが、こちらは大正11年のものが最古です。縮尺は3000分の1程度で、管理棟が捕捉できます。しかし、大正時代のものは、山中のお滝場の管理棟は全く捕捉していないことが分かりました。今回の目的には全く使い物になりません。 地形図や都市計画図である程度、「お滝」の成立時期が分かると思っていたのですが、ダメでした。 残った時間を利用して、「伏見稲荷大社御鎮座千三百年史」をもう一度ざっと読んで、今回の準備に必要だと思われる部分を約50枚コピーしました。中間発表と最終レジュメ作成までの文献検索は、今回を最後にしたいと思います。あとフィールドワークを1回行って、それ以外の時間は文書、発表資料作成に割きたいと思います。 今日は私の63回目の誕生日。家内は私が出歩いてばかりいて好き勝手しているので機嫌よくないし、おまけに体調不良。晩御飯もケーキも無しの誕生日でした。さきほど、コーヒーとビスケットで遅い夕食を済ませました。家内の体調不良が心配です。寒いと言っているので、風邪か、インフルエンザか。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/17
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【2018年2月14日(水)】 今日の研究員フィールドワークの途中、昼食は伏見稲荷大社エリアの修学旅行昼食処見学を兼ねて、京阪伏見稲荷駅踏切を東に渡った北側のラーメン屋さん「京都翔龍」に入りました。 京都歩きの際に一度入ったことがあり、2回目です。12時を少し過ぎていましたが、お客は誰も入っていませんでした。外国人で混雑する参道ですが意外でした。ラーメン並は700円ですが、スープが「しょうゆ」「黒しょうゆ」「味噌」「煮干し」「塩」「白湯」「カレー」から選べます。私は、あっさり狙いで「煮干し」をチョイス。 味はよかったですが、ちょっと私には塩から過ぎました。せっかく「煮干し」を頼んだのに、塩辛さが勝ってしまって、それらしくありませんでした。チャーシューは、チャーシュー麺と間違えたのではないかというほど、たくさん入っていました。しかし、こちらも塩辛過ぎました。そして油が多かったです。 それにお店は広くなく、2人掛けの席が3つか4つとカウンターが8席くらいしかありません。修学旅行用としては苦しい店構えです。 修学旅行で伏見稲荷はよく来ますが、今までこのエリアで昼食になったことはありません。朝一番の目的地か、一日の最後の目的地になることが多いからかもしれません。伏見稲荷付近で昼食となり、是非ラーメンが食べたいという生徒さんのために、もっと他にラーメン屋さんを探しておくべきかもしれません。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/14
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【2018年2月14日(水)】 今日は、ガイドオフ日。普通なら在宅するところですが、研究員の2回目の中間発表が3月3日にあり、最終レジュメ案提出が3月22日なので、追い込みのため今日も研究員活動で外出しました。次女が里帰り出産を終え、この16日に東京に帰るので、その準備で家内も忙しそうにしているので、申し訳なかったのですが。家内に白い目で見られながら、「行ってらっしゃい」の言葉もなく出かけました。少々つらいですが、できるだけよい論文にしたいので、ここしばらくは止むを得ません。 まずは、フィールドワークへ。 伏見稲荷大社の御茶屋に寄って仲間に挨拶。受付はSさん、その時の門の当番は同期のJさんでした。Jさんはインフルエンザで休んでおられましたが、今日は出勤でした。ただ、まだ鼻声で、医者から「歳をとったら、インフルエンザからの快復も時間がかかる」と言われたそうです。 まず、吉田初三郎絵図の「熊鷹滝」を探します。 その途中、「愛染寺」の燈籠を探しました。納札所を東に行った橋の手前に「愛染寺」と彫った燈籠を発見しました。何度もここは通っていますが、気が付きませんでした。「愛染寺」は明治維新後の廃仏毀釈で廃寺となった伏見稲荷大社の本願所。字彫にもあるように宿坊にもなっていました。この燈籠が建てられた年代も彫られていましたが、風化していてよく読めません。「文禄」かもしれません。「愛染寺」と彫られた燈籠判読が困難だが「文禄」とも読める(この写真では難しいですが) 御産婆稲荷から北のお山参道を上ります。以前フィールドワークした際に、小丸居神社近くで、谷底のほうに「お塚」を発見したので、それが吉田初三郎図絵の「熊鷹滝」の跡ではないかと考えていました。小丸居神社横の「梶亭」というお店で、蝋燭を買い求め、研究員の名刺もお渡しして、お店の方にお話をお聞きしました。フィールドワークで名刺を使うのは初めてです。お店の方はお年は70歳代とお見受けしました。お伺いしたことをまとめます。・子供の頃、「お滝」が谷底に見える「お塚」のところにあった。 「お滝」と呼んでいただけで、それが「熊鷹滝」かどうかは分からない。・ほどなく「お滝」は廃絶になった。・昔は下から行けたのだが、その道がなくなったので、「お塚」参拝の方のために、 この近くから降りられうように階段道が作られた。一般の方は通ることができない。 (上記の無くなった道というのは、以前のフィールドワークで大日本大道教横を 通って行こうとして、途中で道がなくなっていたところだと思われる。)・今は、お塚にお参りする方もほとんどいない。 やはり谷底に見える「お塚」の場所が、「熊鷹滝」跡と判断していいようです。谷底に見える「お塚」。ここが「熊鷹滝」と思われる。 次に、やはり吉田初三郎図絵の「ねざめの滝」の調査です。三ツ辻まで上がって、この前訪れた「坊崖遺跡」横を通って、荒木滝の上に出ました。その下に「お塚」が庭にたくさんある民家があります。そこが「めざめの滝」のあった場所だと考えていました。以前、フィールドワークでは外から見ただけで、「お滝」は発見できませんでした。「お塚」にお参りされる方のために、家の門が開放されているようですので、中に入ってみました。池はありましたが、「お滝」の跡は発見できませんでした。家の裏手のほうに「お滝」がありそうな雰囲気でしたが、普通の民家になっているところの裏で廻り込む勇気はありませんでした。 その下の「権太夫滝」の社務所に入って、ここでも蝋燭を買い求めたうえで、管理者の方に研究員の名刺をお渡しして、色々とインタビューさせていただきました。前回、お話を伺ったときは、年配の女性の方でしたが、今日は年配の男性の方でした。以前、全寺社巡りのときに立ち寄って、伏見稲荷周辺に「お滝」が20箇所くらいあると教えていただいた方かもしれません。分かったことは、次のような内容です。・上流の今農地になっているとろは、池があって、私の子供の頃は、その水を飲料水にも 使っていた。蛇口をひねるとその池水が流れ出した。 「お滝」の水もその池の水を使っていた。しかし、その池が今は農地になっている。 ところが湧水がそのあたりに出るので、池がなくても「お滝」の水源は確保できている。・上流の荒木滝とここの権太夫滝の間に「ねざめの滝」があった。 今、一般の住宅になっていて、お塚だけが残っている。裏に「お滝」があった。 代替わりされたときに、「お滝」を廃絶されたようだ。 私が生まれたのは昭和13年だが、物ごころついた頃には、すでに「お滝」はなかった。・その「お塚」は「明心教」という教会の設立したお塚だった。・北谷の「お滝」は湧水や自然流があり、「お滝」の水量には困らないが、 南谷は宅地蔵造成で湧水が出にくくなったと聞いている、上記に出てくる権太夫滝、荒木滝上流の池の跡 ここでお昼時になったので、本殿方向に戻って、京阪伏見稲荷駅近くのラーメン屋さんで、昼食をとりました。修学旅行の昼食処下見を兼ねているので、こちら。 昼食後、「ぬりこべ地蔵」に寄って、奥社(千本鳥居の出口)方向を目指しましたが、偶然「清め滝」に東側から入る道を発見しました。「清め滝」ではお堂の前で、読経をする3、4人の集団に遭遇しました。「お滝」は廃絶になっていますが、お塚やお堂は全部ではないにしても、こうやって信者さんによって保持されているのだということを目の当たりにしました。 南谷を上っていきます。八嶋滝、命婦滝を通り過ぎ、弘法滝へ。弘法滝でも蝋燭を買い求めて、管理者の方(年配の女性の方)にお話をお伺いしました。ここでは、研究員の名刺を渡しませんでしたが、今後のこともあるので、渡しておけばよかったと後悔です。分かったことは下記のような内容です。・明治中頃、先々代が開いた「お滝」。「お塚」と同時に開いた。・水源は「お滝」の上の湧水。この湧水からの「お滝」は「お塚」建設前からあったのかも しれない。・南谷の「お滝」のある場所は、伏見稲荷の境内地や公有になったことはなく、 ずっと個人所有の土地・弘法大師をお祀りしているので、滝行をする方は、「オダイさん」より仏教信徒が多い。・昨日も3~4人滝行をされた。 もちろんピークのときに比べると、滝行をする人数は減っている。 さらに上って、青木滝を通り過ぎ、「真心滝」があったと思われる場所へ。七面滝に下りる道の手前に、石材置き場のような場所があり、その奥に鳥居と「お塚」が一つ。 さらに奥には、神社の社務所跡のような建物が残っていました。 裏に「お滝」の跡がありそうだったのですが、私有地なので、無理に探索するわけにも行かず、ここが「真心滝」の場所とは特定できませんでしたが、その可能性は大です。 次に、「七面滝」へ。今回のフィールドワークでは初めて訪れますが、以前、全寺社巡りで訪問したことがあります。ネットで色々調べていたら、最近整備がされたとのこと。滝に下りるところに、こんな看板を発見。鳥居に七面天女の扁額 木彫をされる方がアトリエにされているようです。以前は、こんな洒落た看板はなかったような気がします。 ここの方が、「お滝」「お塚」のお世話をしておられるようです。こんな張り紙が。 滝に下りてみたら、確かに以前訪れたときよりきれいに整備されていました。七面滝 ネットで既知でしたが、やはり宝塔寺の管理のようです。 外国人も多くなっているので、英語での警告も。 お滝から上がってきたときに、管理棟から人声して、外国人の男女が出てきました。外国人観光客がふらっと立ち寄ったようです。私も思いきって入ってみました。中年の男性の方がいらっしゃって、蝋燭を買い求めたところ、マッチを持って滝まで下りてくださいました。蝋燭は「お滝」の近くの参拝所に置いてあったのです。この方が張り紙のお名前にあった大岩さんのようです。「お代は特にいただきません。」ということでしたが、それではあまりにも申し訳ないので、多めにお賽銭をあげさせていただきました。大岩さんから色々お伺いしたことを列挙します。・23年前からこの場所をお借りするようになり、アトリエにして、 お滝の世話をさせていただいている。 以前は管理棟所有者の方も住んでおられたが、今は、ここには住まわれていない。・「お滝」の水源は湧水。上流に金鉱石?を掘っていた穴があるが、そこに湧水があり、 それを使っている。「お滝」の脇を流れる水は川の水。 ここの「お滝」の水は大雨が降ったりすると、たくさんの水流になる。 水質的に飲み水にはならない。 下の「鳴滝」は飲料水になり、実際に飲んでいる。水流が「七面滝」とは異なる湧水。・この場所は、宝塔寺の所有。・滝行をされる方は日蓮宗の信徒さんが多い。 山伏装束の方が、護摩を焚いたりされることもある。・「鳴滝」の世話もしている。所有者の方は、別のところに住まわれている。 固定資産税も大変なので、市に土地を寄付されようとしたが、宙に浮いたままになっている。 木の乾燥場として使ったりしているが、谷底なのでなかなか乾かない。・真心滝というのが過去近くにあったというのは初耳。 印章社というお社があり、お塚とともに引っ越したのは知っている。 掲示にあったように、鳥居がきれいに整備されていました。 その奥の鳴滝は逆に荒れ放題 しかし、お滝はさきほどの方がお世話をされているので、整備されていました。 さらに上流の「白菊滝」へ。白菊滝 入口に大正4年建立の碑がありました。「お滝」建設の年代が明らかになりました。 その奥が「御剱滝」 一番奥のお塚。結界が置いてあって、侵入禁止になっていました。 そのお塚の管理棟のようですが、閉まっていて、連絡先が貼ってありました。今後、お話をお聞きすることもあろうかと撮影しました。「お滝」の管理棟は別にあります。 「お塚」が設置されていた、あるいは設置できる階段状の土地はありますが、「お塚」は見当たらず、全体でも「お塚」の数が少なく、年代字彫を見つけることができませんでした。 その上の「末広滝」へ。ここの管理棟でも、蝋燭を買い求めて、管理者の方に「岩滝」「岩龍滝」「不動滝」のことをお聞きしたかったのですが、残念ながら管理棟は閉まっていました。 もと来た道を引き返して、京阪電車伏見稲荷駅から、丹波橋駅に向かいました。 「京の冬の旅」の大黒寺を見学した後、伏見中央図書館に入りました。初めて使う図書館です。大正2年発行の「お滝」を掲載した地図「伏見稲荷神社御山獨案内図」が、ここでしか見ることができないので、この図書館に来ました。伏見稲荷神社御山獨案内図 大正末期の吉田初三郎絵図にあって、こちらにはない滝や、名前の変わっている滝もあり、滝の建立年代や変遷をトレースできそうです。 その他2冊、伏見稲荷大社関連の本を閲覧しましたが、特に有用な情報は発見できませんでした。 こんな出歩いて好き勝手ばかりしているので、家内や次女からのバレンタインチョコは無しです。トホホ。でも、今日一日、全体的には大きな収穫のフィールドワークと古地図閲覧になったので、それは慰めです。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/14
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【2018年2月6日(火)】 伏見稲荷御茶屋のガイド11日目(こちら)の前に、研究員の8回目のフィールドワークを行いました。勤務前のショート・フィールドワークとしては、4回目になります。前回1月24日にフィールドワークを行った後は、伏見稲荷御茶屋勤務の朝、足元が悪い日が続きましたので、間が空いてしまいました。 実は、前回勤務日(2月2日)は足元が悪くなかったので、フィールドワークをしたのですが、カメラにSDカードが入っていなくて、写真を撮ることができませんでしたので、今日やり直しをしました。 2月2日の目的は、吉田初三郎図絵にある、「熊鷹滝」を探すことでした。2月2日にウロウロと探し回っていたとき、1つの滝を新たに発見しました。今日も、まずそこに行ってみました。 「御産婆稲荷」からお山巡りの裏参道を少し上がったところに「伏見稲荷本教間力教会」があります。2月2日にその駐車場の奥に、「お滝」を発見しました。以前、ネットで発見した「間力の滝」のようです。見たところわりと新しい時代に建設されたようですので、吉田初三郎図絵の「熊鷹滝」とは直接関係ないようです。 伏見稲荷本教間力教会「間力の滝」 水は流れていません。早朝だからかもしれません。まだ新しい由緒書き「お滝」の上の小さな鳥居の字彫は平成7年「お滝」入口の鳥居の字彫は昭和57年 2月2日ここを発見した後、「熊鷹滝」探索のため、事前にグーグルマップで目星を付けておいた道を行ってみました。「間力教会」の上の「大日本大道教」の横をすり抜けて谷に下りていく細道です。しかし、途中で道が判然としなくなっていました。道なき道を行って見ることも考えましたが、足元が滑りやすいのと、勤務の待ち合わせ時間に遅刻する可能性もあるので、この日は断念しました。また時間があるとおきにトライしてみようと思います。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/06
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【2018年2月4日(日)】 今日の梅小路公園勤務(こちら)の昼食で使った「とんかつ一番」というお店です。 勤務のペアの方から、鉄道博物館・水族館・西本願寺での修学旅行ガイドのときの昼食処としてもいいのではないかということで紹介いただいて昼食時間に入ってみました。 創業60年で、飾り気のない昔ながらの店構えです。 「ソースカツ丼」が、税別で650円と手ごろだったので、それを注文。卵を使わず、トンカツをカットしただけなので、サクサク感が際立ちます。その下にキャベツが敷いてあるのもいいです。美味しかったです。ご飯がそんなに多くないので、ボリューム的にはそうでもないかなと思いましたが、なんのなんの。帰宅したら普通はお腹が減っているのに、今日はあまり夕食を食べたいと思いませんでした。カツ丼恐るべし。 美味しいので梅小路公園勤務の際は、リピーターになりたいところですが、ちょっとボリュームが大きいので、これからも、イートインでの軽い食事にしておきます。でも、修学旅行で水族館や西本願寺に来てお昼時になったときの、昼食場所の候補の一つです。 「しあわせ食堂」という本、「カラスのいとし京都めし」という漫画に、このお店が掲載されていました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2018/02/04
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