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第5クール退院後1週間経過しても、食欲不振・味覚異常が戻らない。散歩もちょっとした坂道がしんどい。過去自宅療養中は旧東海道歩きもしていたし、有馬温泉旅行をしたり、娘家族たちとも会食したりしていたのに、雲泥の差である。このままでは快復しないと思ったので、K病院に電話して4月27日(月)急遽診察してもらった。血液検査でとんでもない異常が出た。白血球数は3300/μℓ下限に対して210、ヘモグロビンは下限13.7g/dℓに対して6.6、血小板数が下限15.8x10^4/μℓに対して4.1とズタズタの状態だった。急遽、白血球を増やすための注射と、赤血球(ヘモグロビン)を増やすための輸血をしてもらった。輸血を受けるのは人生初めての経験。その後、CT(造影剤なしの単純CT)撮影。もともとCT撮影は次の第6クール直後に行う予定だったが、第6クールを実施しても同じように血液が危険状態になる可能性も高く、腫瘍を小さくする効果も限られているであろうから、現時点で見極めておこうとのY先生の判断。これには私も賛同。翌日4月28日(火)もK病院に出頭、再度血液検査。ヘモグロビンは若干増えたものの、血小板はさらに減少し、そのうえ、この血小板減少が災いしてか、4月26日(日)の庭いじりで左手薬指にできた傷がひどい状態になっており、形成外科による治療も必要とのことで急遽入院となった。この傷のためであろう、39度を超える体温となっていた。自分では感じてなかったけど。昨晩それほど寒くもないのに、ガタガタ震えたり、ファンヒーターを点けてみたりしたのはそのためだったのだ。前日に撮ったCTの結果だが、「気持ち小さくなっているかな」という程度とのことだった。ショックだが、そんなものかもと思っていたので、あまり気持ちにダメージはなかった。白血球増量の注射を1回、赤血球輸血を1回、血小板輸血を2回してもらった。また形成外科の先生に左手薬指の治療をしてもらった。4月29日(祝)になって、今の血液状態では免疫力が極端に低く、4人部屋では色んな感染リスクが高いので、1人部屋に移りなさいとの指示があり、1人部屋に移った。好中球(白血球の大部分)増量注射、抗生剤の点滴1h×2。左手指の消毒治療があった。4月30日(水)朝採血。その結果を見て、Y先生が来てくださり、血液検査では危険水域は脱したとのこと(下記グラフ参照。でもまだ低い)。で、再び4人部屋に戻った。形成外科の先生による、左手薬指の治療があった。抗生剤の点滴1h×2。夕刻にようやく平熱に戻った。2週間の抗生剤点滴が必要とのことで、5月12日退院の予定。それまで、毎日抗生剤点滴午前中1回、夜1回、左手薬指の消毒剤交換が続く。退院直前に造影CTを撮影し、外科の先生と手術での摘出の可能性も含めて検討するとY先生。でも、手術での摘出は多少腫瘍が小さくなっても臓器に近接していてむつかしいと思う。粒子線治療も消化器に近接していてむつかしい。果たして、どんな解があるのだろうか。食欲や味覚異常は、少しずつ改善している気がするが、まだ、しんどい。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/30
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抗がん剤治療の自宅療養期間を利用して、映画を観に行ってきました。自宅療養中の劇場での映画鑑賞は2回めです。1回目の「国宝」は、私一人での鑑賞でしたが、今回の「ソング・サング・ブルー」は2人での鑑賞でした。監督·脚本:クレイグ・ブリュワー主演:ヒュー・ジャックマン ケイト・ハドソンアメリカの国民的歌手ニール・ダイアモンドのトリビュートバンドとして活動し、互いを信じ続けたあるミュージシャン夫婦の愛と再生の実話を描いた音楽ドラマ。展開もテンポよく、随所に散りばめられたニール・ダイヤモンドの楽曲も楽しめて、私には花マルの映画でした。
2026/04/26
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左目白内障手術後、3回目のA眼科診察でした。手術後の経過は特に問題なし。4月末に止める目薬と続ける目薬の指示がありました。左目術後の3種の目薬。1,2は4月末で終了、3のみ合計3ヵ月継続とのことで、3を2ケ処方してもらいました。右目は、緑内障対応ブリモ二ジン2回/日継続、エイベリスは中止継続です。次回診察は、6月4日の右目手術の後でOKとのこと←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/23
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抗がん剤治療第5クールを退院してまだ2日目でしんどかったですが、近くのシネコンが映画「国宝」を、4月23日まで1上映/日やっているというので、観に行ってきました。家内はすでに観ているので、1人ぼっちでの鑑賞となりました。久しぶりの映画館での映画鑑賞です。国宝監督 李相日脚本 奥寺佐渡子原作 吉田修一製作 村田千恵子・松橋真三音楽 原摩利彦主題歌 原摩利彦 feat. 井口理「Luminance」撮影 ソフィアン・エル・ファニ編集 今井剛制作会社 CREDEUS製作会社 映画「国宝」製作委員会配給 東宝公開 日本の旗 2025年6月6日上映時間 174分製作国 日本言語 日本語製作費 12億円興行収入 日本207.2億円(2026年4月時点)世界 $134,421,151【出演者】立花喜久雄(花井東一郎→三代目 花井半二郎):吉沢亮大垣俊介(花井半弥):横浜流星[60]福田春江:高畑充希大垣幸子:寺島しのぶ彰子:森七菜竹野:三浦貴大藤駒:見上愛少年・喜久雄:黒川想矢少年・俊介:越山敬達少女・春江:根本真陽徳次:下川恭平立花権五郎:永瀬正敏梅木:嶋田久作多野源吉:芹澤興人生田庄左衛門:大沢健立花マツ:宮澤エマ吾妻千五郎:中村鴈治郎小野川万菊:田中泯二代目 花井半二郎→四代目 花井白虎:渡辺謙[綾乃:瀧内公美京都での主要撮影ロケ地先斗町歌舞練場、南座、上七軒歌舞練場、光盛大明神、今宮神社、ウェスティン都ホテル京都11月24日までの公開172日間で173億7739万4500円となり、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が『南極物語』を抜いた2003年8月20日以来、22年と97日(8133日)ぶりに実写日本映画興収1位を更新しました。その実績が示すように、本当に見ごたえのある映画でした。
2026/04/22
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昨日4月20日朝の血液検査で白血球、血小板の量は、退院に問題ない量とのことで、り第5クールは予定通4月20日に退院。体重変化は、利尿剤フロセミド注射なしでスタートしたところ、第4クールより、第1・第2クールに近い状態で「むくみ」も相当だったので、既報のように抗がん剤3日目から、フロセミド注射をしてもらった。ただ、今までは自宅療養中も、錠剤フロセミドをしばらく服用したが、今回はなしでやってみる予定だ。一番つらいのが、味覚障害、食欲不振である。コンビニで買っての「持ち込み食」にしてもらったが、みそ汁など濃い味しか味を感じず、食欲も出ないし、吐き気も催す。クールを重ねるごとに酷くなっている。ドキソルビシンもイホマイドも今回増量してもらったので、その影響もあろう。この状態がいつまで続くかが心配である。食事が美味しく食べられるかどうかというのは大きい。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/21
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第5クール途中経過。ドキソルビシン+イホマイド2日、イホマイド2日の4日が終わった。あと、明日、日曜日にイホマイドを残すのみ。手術用着圧ソックスの「むくみ」への効果が大きいと思い、今回から利尿剤のフロセミド注射を止めてもらったのだが、第1クールほどではないが、「むくみ」が大きくなった。抗がん剤開始後3日目の今日、朝から利尿剤フロセミド注射を打ってもらうことにした。トイレに頻繁に行く。よく効いている。治療中の工夫3つを紹介。1つは行き先表示を置いたこと。第2クールからやっている、M病院のときもいやっていた。看護師さんや主治医が来た時、どこにいるか分かれば、携帯で呼んでもらうか、その場所に来ていただいて話ができる。何人かの看護師さんが「これ、ええわ」と言ってくれた。白のマグネットの下に名前、携帯番号を書いてある。2つ目は、「背中こすり紙タオル」。K病院点滴プログラムは、朝の早い時間に点滴が繋がらない時間帯があるので、その時間を使ってウォーキング(8000歩)と着替えをしている。この時間帯にシャワーができればいいが、この時間帯はシャワーは使えない。シャワー可能な時間に、点滴を一時中断して、シャワーをする手はある。でも看護師さんに、つけ外しをお願いしなければならない。看護師さんも人手不足だ。ある看護師さんは、昔の3倍くらい忙しくなったと言っていた。シャワーはお願いしにくい。そこで、この朝の時間帯に、ホット濡れタオルを数本ナースステーションでもらって体を拭いている。通常は背中は自分ではふけないので、看護師さんにお願いして拭いていただくのだが、やはり看護師さんの負担を考えるとお願いしづらい。そこで、体を拭くホット濡れタオルを4本繋いで、それを使って自分で背中を拭いている。下は、それを点滴機にぶら下げた写真。3つ目は、小型の「ろうと」。何のためか。体験者でしかも男性でないと分からないであろう。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/18
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昨日4月13日にK病院に入院し、第5クールの抗がん剤治療に入った。第4クールからの変化点は、Y先生とも相談し、次のようにした。① イホマイドもドキソルビシンも増量する。ドキソルビシンは生涯で使える量が決まっており、過去のM病院でも使っていたので、第5クール、第6クールで使い切る量まで上げる。もちろん1回の量は基準量以内で。イホマイドは通常治療の100%の量になってくると思われる。② 利尿剤を最初から注射するのを止めること。クールが進むにつれて、普段の状態では、ふくらはぎの「むくみ」はほとんどなくなってきたし、抗がん剤治療中の「むくみ」改善は手術用圧着ソックスの効果が大きいと思われるし、利尿剤注射は頻繁にトイレに行くことになり、それも嫌だから。③ 抗がん剤治療中は、クールが進むに連れて、徐々に食欲が落ちてきた。病院食は常に完食してきたが、第4クールになると無理やり食べている感じであった。苦しみは少しでも減らしたいので、病院食を止め、院内のコンビニ食で食事を採ることにしたい(病院では「持ち込み食」と呼んでいる)とY先生に申し出たところ、OKがいただけた。何を食べたかは記録に残すに必要があるとのことで、記録用シートに記入している。病院食代は請求されない。コンビニの方が高価になるが、止むを得ない。気持ち的に相当楽になった。今日は次のような食事になった。今日の朝食今日の昼食今日の夕食野菜はできるだけとるようにしている。それから腫瘍に関係ないが、困ったことが起こった。入院中にPC作業を行うための必要なデータをUSBメモリーに入れているが、アクセスできなくなってしまった。データは、もう1つの家に置いてきたPCにつけあるハードディスクにあるので、家内に持ってきてもらえないか思案中。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/15
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K病院での抗がん剤治療が第4クールまで終了した。明日から第5クールだ。第6クールで一旦終了予定。果たして、腫瘍の大きさは小さくなっているのだろうか。M病院の治療のときには、2クール終わるごとにCTをとってくれたので、だんだんと小さくなっているのが、データとして分かった。しかし、K病院では4クール終わっているがまだCTを撮ったことがない。第4クールのとき、主治医のY先生に伺ったら、第6クールまで終わってから、CTを撮るとのこと。データとして把握できるのは、5月中旬以降になりそうだ。M病院のときは、腫瘍の場所は残存腎臓の後ろの背中部だったし、体の中に向かって成長するかっこうだったので、腫瘍が大きくなっているか、小さくなっているかは、自分で触って確かめることができなかった。しかし、今回は前腹部で外、内外両方に向かって成長するかっこうなので触って感触を確かめることができる。触った感じでは、ピーク時より小さくなっていそうな気がするし、ズボンのベルト部とお腹の間隔が広くなったような気もする。下記に腫瘍発覚時と各クール治療開始時の体重を示す。腫瘍発覚時から第1クール開始時に向け、体重が約5kgも増えている。前にも書いたが、この増加は、急に運動不足になって太ったこと、腫瘍で血流が悪くなっていたところに運動不足で「むくみ」が発生したことが大きな要因として考えられるが、腫瘍が大きくなった分も幾分か含まれるかもしれない。その後、体重が漸減し、腫瘍発覚時レベルに戻っている。これは、第1クール前からウォーキングを開始して運動不足を解消したこと、それにより「むくみ」が解消したことが大きいと思うが、「むくみ」が解消した要素として、腫瘍が小さくなって血流がよくなったこともる理由として考えられないことはない。また、腫瘍自体が小さくなって、体重が減った分もあるかもしれない。希望的観測かもしれないが。いずれにしても明日から第5クール、終盤にかかる。もうひと頑張り。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/13
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今日は、長女家族、次女家族を招いての「すき焼きパーティー」でした。なかなか皆の都合が合わず、延び延びになって今日になってしまいした。久しぶりに孫たちと近くの公園で遊ぶこともできました。楽しい一日でした。私の癌のことがあるので、こうやって楽しく、3家族が集まれるのはこれが最後かもしれません。色々準備してくれた家内に感謝。
2026/04/12
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K病院での抗がん剤治療の第3クールと第4クールの間にインフルに罹ってしまったことは別の記事に書いた。第4クールの後、今度はお腹の不調。4月5日に、お腹に違和感を感じ、食欲不振。6日に下痢でやはり食欲なし。うどんを食べたり、家内に「おかゆ」を作ってもらったり(感謝)してしのぎ、8日ごろにだいぶ快復。でも、味覚異常は続き、完全に快復となったのは、翌日に娘家族を呼んでの「すき焼きパーティ」を控えた、今日11日になってしまった。10年ほどの前のM病院での6クールにわたる抗がん剤治療のときには、途中で体調不良になることはなかったと記憶しているが、今回はすでに2回も体調不良を経験。やはり年をとって、病気にかかりやすくなっているのだろうか。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/11
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以前の記事にも書きましたが、首から下のシャワーは白内障手術翌日(4月3日)から可能、入浴(首から下)と上を向いての洗髪は、4月5日から可能洗面・下を向いての洗髪は、4月9日から可能との医者からの指導です。上を向いての洗髪はなかなか難しいし、どうせ抗がん剤治療の副作用で、頭髪がほんどないのでスルーしました。そして今日は4月11日、シャワーを浴びるときに、洗面・下を向いての洗髪をしました。ただ、手術をした左目の上瞼は、優しくさわるよう気をつけました。9日ぶりの洗髪・洗顔となりました。←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/11
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今朝の読売新聞にショッキングなニュースが掲載されていました。粒子線治療の「先駆者」兵庫県立粒子線医療センターが来年度末で廃止されるとのこと。私は前の脂肪肉腫のとき、セカンドオピニオンで粒子線治療のことを知り、ここで治療をしてもらい、片方しか残っていない腎臓を温存したまま完治させることができました。この記事にコメントを寄せている沖本院長は、2015年に私がここで治療を受けたとき院長になられ、大変お世話になりました。退院してからも10年間にわたり経過観察を送り続け、いつも的確なフィードバックをいただきました。今回の脂肪肉腫の抗がん剤治療6クールが、5月中旬に終わり、K病院の主治医から次の治療方針が出たら、2箇所セカンドオピニオンを聞きに行こうと思っていたうちの一つがここです。今は、大阪などでも治療ができるようになりましたが、兵庫県立粒子線医療センターは歴史が長く知見が豊富だと思うからです。沖本院長に前もって手紙を出して事前にセカンドオピニオンを聞きに行く旨、伝えておきたいなぁと思っています。←前回「闘病記」 次回「闘病記」→
2026/04/10
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左目の白内障手術後、2回目のA眼科診察でした。左目の白内障手術後の経過は特に異常なしとのこと。緑内障の方も、眼圧は特に問題ないとのこと。白内障の3種の目薬のうち、2つは今月いっぱいまでだが、1つはその後も続けるとのこと。次回診察は、抗がん剤治療5クール目後の、4月23日となりました。←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/07
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4月2日の左目白内障手術から2日経過。白内障手術からしばらくやらなければならないことは、昨日も書いたように、3種の目薬を、上瞼をさわらないようにして、5分間以上を間をかけて、点眼すること。あと注意しなければならないのは、首から下のシャワーは、手術翌日から可能ですが、首から下の入浴や、上を向いての洗髪(すなわち、シャンプーや湯水が手術した目に入らない洗髪)は、手術の3日後(4月5日)からしかダメなこと。また、洗面や、下を向いての洗髪(シャンプーや湯水が手術した瞼を濡らす)は手術から1週間後(4月9日)からでないとダメ。もう1つ、寝ている間、どうしても上瞼を無意識にこすってしまう可能性があるので、寝るときは写真のような透明眼帯を着けて寝ること(手術翌日の診察まではガーゼがしてありましたが、それを取り去って透明になっています。)5月3日までですので、約1ヵ月続けなければなりません。←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/04
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別の記事に書いたように、今日は左目白内障手術の翌日で、K病院で眼帯を外してもらった。まだメガネは合わしてないけど前よりよく見えるようになった。天気もいいし、桜も満開に近いだろうということで、午後、二人でお花見を兼ねてご近所散歩。二人でご近所を散歩するのは、本当に久しぶりだ。がん治療の合間の楽しいひとときだった。感謝。ジューン・ベリー
2026/04/03
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昨日(4月2日)、K病院眼科で左目の白内障手術を行ったが、その日は左目は眼帯をしているので、どれくいらい見えやすくなっているかは分からなかった。翌日、9時半から術後の経過をみるために、家内に車で付き添ってもらってK病院眼科へ。 すぐに看護師さんに呼ばれ、眼帯を外して薬を洗い流してもらって、簡単な検査を受けた。驚いた。輪郭がはっきり見えると同時にコントラストも格段にいい。ただ、びっくり。ここまで効果があろうとは。まだそこそこ見えると思っていた右目も、左目と比べると格段の差。当面は手術をするつもりでなかった右目もすぐ手術したいと思った。 すぐ主治医のK先生の診察があったので、検査を受けた後、「右目もできるだけ早く手術をお願いしたい。」と申し出た。「えらい早い決断ですねぇ。」と言いながらも、日程を検討いただいた。抗がん剤治療の次の第5クールと第6クールの間か、第6クール直後がベストだが、なかなか都合よく空いておらず、6月4日の手術となった。左目の手術を経験しているので、今度は事前説明はなく、次の来院は手術の日となる。 左目の術後の目薬の差し方の指導を看護師さんから受けた。上瞼を押しては駄目、爪が目にかかってもいけない、目薬の先が睫についてもいけない(雑菌があるので)ので、左手の人差し指の根元で下瞼を押し下げ、握った左手の上に右手を置いて、かなりの距離から点眼をしなければならない。だから点眼薬の先を目の真上に持ってくるのがコツ。3種の目薬は各5分間以上間を空けないといけないので、それも含めて点眼の練習をした。比較的うまくできた。問題なし。左目術後の3種の目薬。 右目の手術前の目薬の処方と、通常の主治医A眼科へのレターをいただいたうえ、目薬を薬局で手に入れ、帰宅した。A眼科に行くのは、1週間以内でいいとのことだったが、今日、行っておいた。←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/03
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3月9日に、手術の事前説明を受け、4月2日に手術を受ける予定でした、ところが、インフルに罹ってしまい、抗がん剤治療の開始が1週間遅れてしまいました。もともとは退院後11日目に手術の予定でしたが、退院後3日という日程になってしましました。 しかし、病院側からは、遅らせましょうとかいう話もなく、私も退院後3日目であれば、問題ないと思い、予定通り、本日(4月2日)手術実施しました。 帰りが左目に眼帯を付けて片目になるので、車で往復はできません。家内に車で送ってもらって、8時半にK病院眼科へ。簡単な検査を受け、手術後の注意事項を看護師さんに聞きながら、ときどき手術前の目薬点眼を受けて待機。 手術予定は10時半でしたが、予定より早く10時に手術室に呼ばれました。手術着を羽織り、歯医者さんのような治療椅子に座って、手術開始。部分麻酔なので意識はあり、目に執刀していることは自覚できます。何をやっているかまでは分かりません、執刀医は主治医のK先生でしたが、「これから~をします。」という説明もなかったので。途中で看護師さんの「次の患者さん呼んでください。」という声が聞こえたので、手術が順調に進んでいることとと、流れ作業のように手術が行われるのだということが分かりました。 手術時間は、約30分。予定通り、無事終わりました。 診察室に戻り、手術の翌日から点眼する目薬の処方箋を作ってもらって、今日のところは終了。薬局で薬をもらって、家内に迎えに来てもらって帰宅しました。 一つ関所を通過しました。←前回「白内障手術」 次回「白内障手術」→
2026/04/02
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