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「……緋、深《ひしん》」予想以上に凍え震えた声に、どこか他人事のように驚いた。口周りの筋肉だけでなく肺の奥底まで凍り付いてしまったかのようだ。たった3文字の名前すら、たどたどしく、か細い返事しかできない。そんな朔夜の声に反応して、緋深のつり上がった紅い瞳の奥が、揺らめいたいた。様々な感情が入り交じり、混沌としているのを見て朔夜は眉を顰めた。どうしたのだろう。何を考えているのだろう。わからない。わからないのは当り前だ。朔夜は緋深ではないのだ。わかる、と言うのなら、それは傲慢だと朔夜は思う。だが決して、今、緋深の中で溢れる感情は優しいものではない。それだけは分かった。これは緋深自身を傷つける感情だと。朔夜よりきつく、強く眉を顰める緋深は、激情に耐えているように見えた。その表情に、朔夜まで辛くなる。どうすればいいか分からない、自分の不甲斐なさが、辛い。何かを、何を言えばいいのか分からないが、声を、言葉を伝えたいと思い朔夜は震える口を開こうとする。だが、それは壊れ物を扱うように触れた緋深の手のひらで口を覆われ失敗した。「喋らなくていいから…」唇に触れる、細いがところどころまめができた指は生きている証しである温もりが失われていた。だが温もりがない指先は、不自然に赤みを帯びている。ゆらゆらと揺れるそれを、朔夜はみつめた。どうしたのだろう、と内心首を傾げたが、すぐに答えは出た。視線を落とした先にある、朔夜の指も緋深と同じ赤さが宿っていた。指先の皮を捲られ、内にある肉を引きづりだされたかのような赤。冷え切って感覚がなくなってしまっている証しだ。緋深は朔夜よりは平然とし、余裕があるように見える。だが、それは辛さを見せていないだけなのだ。同じように寒さに声が震え、指先が赤く染まり、体温が低下している。当たり前のことだった。そんな当たり前のことに、今更気付いた。触れて温もりをあげることができたなら、と朔夜は思ったが身体は動かない。何より朔夜の指先に差し出せる温もりはなかった。(……………何も、できない)大したことができるなんて、朔夜は思ってはいなかった。だが些細なことすらできない自分は、何て弱いのだろう。心も、身体も。何故こんなにも弱く、無力なのだろう。朔夜はぎゅっと目を瞑る。(だからっ、……巻き込んでしまった)緋深は関係なかったのに、この状況に追い込んだのは紛れも無く自分だ。後悔をしても、したりない。謝ってすむ問題じゃとうになくなっている。このまま自身が凍死してもそれは仕方がないことだった。《あの人》から、逃げると決めた。逃げ出して、その先で野垂れ死んだとしても、それは自業自得なのだ。ふいに脳裏に《あの人》の姿が過ぎり、身体に寒さからではない震えが走った。ぞわりと内蔵を凍えた手のひらで撫で上げられたかのような、不快な悪寒だ。(けど……《あの人》が、悪いんじゃない…)朔夜が変わってしまったのだ。《あの人》を見ると条件反射で[あの時]を思い出してしまようになった。温かく優しかった空間が、冷たく孤独なものに見えてしまうようになった。変わったことを、後悔はしていない。後悔などありえない。変わっていく朔夜を支え、見守ってくれた人達がいる限り。だが、これは朔夜の問題なのだ。緋深が死ぬなどあってはならない。(……私が、緋深と関わらなければ……っ)突如思考の渦から無理矢理引き上げられた。緋深に抱きすくめられたのだ。思考の渦に沈み溺れゆくことを、許さぬと言うように。きつい腕の檻で密着したが、そこから僅かな体温しか感じられない。それが更にじくりと朔夜の胸の奥深くを抉る。緋深は優しい。今も朔夜を雪から守るために後ろから抱きしめる形で、緋深自身の身体で雪を受け止めている。それはまるで漆黒の闇の中で、そっと光で包んでくれる淡い炎のような優しさだった。決して朔夜を己の熱で傷つけぬよう、温度を自ら落とした炎。どこまでも優しい炎は、まさに緋深そのものだ。だから、気付きたくなかった。その優しさに縋り付いてしまっていることに。縋れば巻き込むと分かっていた。こういうことになると、心の隅で理解していたはずだった。なのに無意識に目をそらし、閉じていた。弱すぎる自分は、優しく繋いでくれる手を振り解けなかった。その結果がこれだ。自覚した、自分の咎の重さに押しつぶされそうになる。後悔と罪悪感は、決して朔夜を逃がさない、と言わんばかりに心の奥底から次々と現れ絡みつく。心の奥底に意識を引き込まれそうになったが、はっと気づき朔夜は絡みつくそれを振り払った。音が、聞こえたのだ。軽い、さくりさくりと雪を踏む音だった。始めは空耳かと思ったが、だんだんと現実味を帯びてくる。ゆっくりと、だが何者かが確実に近づいてきていた。「もう……追い、つかれたのか?」耳元で呟かれた、普段より低く聞こえた声に、目だけで緋深の様子を伺う。尋ねたのは朔夜ではなく、緋深自身にだったのだろう。緋深は朔夜を見てはいなかった。木々の奥を睨みつける紅い瞳には、触れるだけで全てを焼き払う苛烈な炎に似た剣呑な光があった。朔夜の視線に気付いた緋深がそっと安心させるように目を細め微笑む。不安にどうしても微笑み返せずにいる朔夜を、そっと緋深は移動させる。胸にもたれ掛かっている朔夜の身体を木に預けた。決して身体の体勢が崩れ、真っ白な雪ででき海に沈まないように、との気遣い。その優しさに朔夜はまた、胸の奥深い、柔らかな部分を鋭く切り裂かれた気がした。今にも泣きだしそうな表情をどうとったのか、緋深はそっと手を握る。名残惜しげに、だが素早く緋深は朔夜の手を離すと、すっと立ち上がると隙がない構えを取った。
2005年10月16日
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ようやく、続きアップです。えっと…このリレー小説は1話ごと交替ではなく。区切りの良いところで交替です。だから、早く上げようと頑張ったのですが。まだ、正直主人公が掴めてなくて(苦笑)一筋縄でない、妙な子なもので。書きながら掴んでいく、手探り状況が現状です。あと、1話。あと1話で、茜夜さんにバトンタッチになります。このかなり長編になる話を、気長に、見捨てずに読んでくださると嬉しいです。
2005年10月16日
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