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2019.05.23
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カテゴリ: 教養書


●感想

実家に帰ったら父がこれをブックオフで108円で買ったようで、暇つぶしに読んでみたら面白かった。宮本武蔵自体が武芸と芸術の両方の才能がある特異な人物なのでどう特集してもそれなりに面白くなるし、ムックなので特に新しいことや詳しい研究が書いてあるわけではないのだけれど、この本は武蔵の足跡の地図があってどの場所で誰と対決したのかわかりやすかったり、吉川英治版『宮本武蔵』の実在の人物と架空の人物の相関図があったり、武蔵の肖像画や彫刻や絵画の写真があったり、年譜があったりして、宮本武蔵の全体像をさっくりと知る資料としてはわかりやすくてよい。名勝負の部分は2-3ページの掌編小説のような感じで書かれていてイラストも多くて、エンタメ寄りの読んで楽しい資料のような感じになっている。「現代にも通じる武蔵流”勝ち抜く術”を学ぶ」と自己啓発書みたいな副題がついているけれど、この副題はとってつけたような感じで現代が云々というのはあまり掘り下げられていないし、『五輪書』の解説もちょろっとある程度なので、その辺は物足りない。



昔は剣闘士の命がけの試合が見世物にされたけれど、現代の見世物はスポーツだろう。スポーツやeスポーツや将棋や囲碁のゲームが面白いのは選手や棋士が一つ一つの試合で人生をかけて物凄い集中力で努力と才能をぶつけ合って勝負しているからである。活躍すれば年棒や賞金が増えて人気になってスポンサーがついてテレビに出てどんどん収入が増えるけれど、プロとしての成果を出せなかったり怪我をしたりすれば社会に放り出されて世間知らずな一般人として生きていかないといけない厳しい世界での勝負だからこそ面白いし、名場面や名勝負というのがファンの記憶と共に残る。しかしプロ選手というは不自由なもので、ルールや審判に従わないといけないし、戦う相手を自分では選べないし、オーナーやスポンサーやファンの御機嫌取りをしないといけない。その一方で文学はテーマも書き方も自由に選べるし、誰に喧嘩を売ってどう戦うかも自由に選べる。ならば文学はスポーツやゲームよりも魅力があるのかというと、ない。小説家が文学に人生をかけていないし、戦っていないからだ。
私はこのブログで文学がつまらんくだらん下手くそと文句ばかり言っていたら、文学に人生はかけられないというメッセージをもらったことがある。儲からない文学に人生をかけられないというのは常識的な損得勘定がある人ならそう思って当然だろうし、いまどき文学に理想を求める私の態度はドン・キホーテ的な時代錯誤に映るかもしれない。戦後の言論の自由がある資本主義社会で育った人は芸術を生き方ではなく単なる職業としてとらえていて、生きている間にうまく金を稼ぐことだけ考えて、誰とも戦うつもりがなくて権力者に喧嘩を売って投獄されたり死んだりすることも考えていない。それが平和な時代に生きている普通の人の感覚なのだろう。しかし芸術家というのは何者かになるか無名のまま死ぬかという覚悟を持って創作に生涯をかけたわけで、その勝負に勝った巨匠たちの名作と競うには巨匠と同等以上の思想の深みに到達して技術を洗練させないといけないけれど、脱サラして3年やってみて作家デビューできなかったらあきらめて普通に働くというような副業みたいな考え方で作家を目指す人がうわべだけまねた文学ごっこをしたところで芸術家として大成する見込みがないし勝負にならない。人生をかけて勝負する気がなくて途中で書くことがなくなって飽きて辞めるならはじめから文学なんかやらなきゃいいし、金儲けをしたいなら小説の印税で稼ぐなんて回りくどいことをしないで株式投資で信用二階建てでもやりゃいいのである。死ぬ覚悟を決めて自分の死に向き合ったときにようやく死んでいった先人たちと競うスタートラインに立てる。それから他人が死ぬ様子を眺めて、自分の無力さと才能のなさと人生の短さと人生の無意味さを目の当たりにして、希望を捨てて地獄の門をくぐって狂気の深淵を覗きながらも狂気に呑まれないようにするには思想が必要である。大正時代の文学青年は自殺者が多かったらしいけれど、思想がないまま文学に首を突っ込んだときに希望を見つけられないと破滅する。芥川龍之介や川端康成や三島由紀夫やヘミングウェイのように名を上げて成功した作家でさえ自殺する。一時期人気作家になった人でも死んだあとは作品が読まれなくなってはじめから存在しなかったかのように消えていく。おしゃれな芸術家の肩書がほしいなんていう人は死屍累々の腐臭が漂う世界で屍を踏み越えてさらに先に進む覚悟なんてないだろう。今日死ぬかもしれぬ、これが最後の文章になるかもしれぬという気魄もなく、惰性の文章でどんな戦いができるというのだ。
現代のフィクションは儲からない芸術ではなく儲かるエンタメが中心になっていて、赤川次郎や村上春樹の小説がどんなに売れてもそれは職業作家が生産した商品であって思想がある芸術ではない。エンタメ小説が悪いというわけではなくて、娯楽として楽しんで余暇を充実させるのには役に立つ。しかし家族の死だとか自分の余命宣告だとか国家存続をかけた戦争だとかの人生の岐路に差し掛かってどう生きるべきかという思想が必要になったときにはエンタメ小説は人生の支えにはならない。娯楽は小説だけでなくて漫画も映画もゲームもすでに消費しきれないほどあるので娯楽の選択肢を増やしたところでたいした違いはないし、現代人が生きるために必要なのは娯楽でなく思想である。日本映画がだめになってコナンとポケモンだらけになって、音楽はEXILE系列とAKB系列の軽薄な商業音楽だらけになって、文学が思想を担えないならだれが思想を担うというのだ。ペンは剣よりも強しというけれど、小説家は宮本武蔵の剣よりも強い武器を持ちながら、文学の自由さを現実世界の怪物たる権力者や虚無主義や原理主義と対峙するための武器として使わず、安全圏にこもって小さな箱庭作りに人生を費やして、自分の名前で勝負せずに文豪の名前を冠したひからびた文学賞をもらってひからびた偉そうなジジババによしよしと頭をなでてもらって満足するのは情けなくはないか。勝ち組になった小説家は負け組が戦っている恐ろしい怪物など目に入らないし、怪物と戦おうとも思わないし、もはや自分の人生を脅かすものはないと確信してスコーンを焼いたりパリに住んだりしておしゃれな文化人を気取っているのだ。マインクラフトで遊ぶYouTuberみたいな空想の世界の箱庭遊びをやるなら文学でやる必然性がないではないか。
現代社会は物質的に満たされていて便利で華やかでも精神的に貧しい文明で、貧乏人は自分が生きるのに精いっぱいで他人を気にかける余裕がなくなって、金持ちは他人を踏み台にして不正をしてでも自分さえよければよいという守銭奴だらけになって、マスコミは無責任に勝ち組だの負け組だのの対立を煽って、そこで負け組になった人は将来を悲観してそれ以上に不幸になるくらいなら自殺してしまうし、生きても無意味だと思った人は人生をかけた勝負をすることさえなく自殺してしまうし、どうせ死ぬなら社会への当てつけでテロをしようとする人も出てくるし、精神科医も患者に向き合ううちに精神を病んだりする。それぞれが問題を抱えていて、それぞれの戦いに負けている。戦前の大多数の人は学歴がなかったので高度経済成長期の仕事に生涯を費やすことで人生の無意味さを考えないようにしたけれど、すでに社会が発展してしまって必要とされなくなった現代人は積極的に死ぬ理由はないにしても幸福でないみじめな人生を生きる理由もなく、戦いに負けたときに生きることを肯定するような思想がほしいのだ。人生は苦痛だから子供を産まないという反出生主義は近代や現代ならでは人生の否定の仕方で、そこから建設的な考え方は出てこない。近い将来は医療が発達してがんも早期発見して治療できるようになるだろうけれど、いくら医療が発達しようが死ぬ意思を持った人を外科手術で救うことはできない。しかしいかにして生きるかという思想があれば五体満足で死に急ぐ人は少なくできるかもしれない。昔サルトルが飢えて死ぬ子供の前で文学は有効かと疑問を投げかけたけれど、飢えていないのに自殺する大人の前で文学は有効かと現代の小説家に聞いたらどう答えるだろうか。どんな作品で答えるだろうか。自分の命をかけて勝負してみないとその答えは出てこないし、他人の人生を変えて社会を変える力がある芸術は出てこない。敵と戦ってこそ剣士、剣豪だし、現実世界の権力や諸問題と戦ってこそ文士、文豪というものだろう。

★★★★☆






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最終更新日  2019.05.23 21:15:07
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