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2022.04.06
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最近ABEMA Primeで『「結婚中も浮気や不倫は当たり前」なぜ女性を巻き込む?恋愛とお金にだらしない男のロジックは?若新雄純「クズ性の受容も大事だ」』という動画でクズ男を特集していて、クズアピールするとモテるそうな。お笑い芸人やYouTuberとかにもクズ自慢をする人たちがいて人気がある。社会がクズだらけになってはいけないと思うので、徒然なるままにクズについて考えにけり。

●なぜ人はクズになるのか

・若者の真善美離れ

仏教が説く仏性と古代ギリシア哲学が説く最高善のアレテーは似ていて、個々人が個性を活かして社会に貢献することを善とみなす。仏教は人格の向上を目指して怒りや驕りを捨てるために修行する。学者は長年研究してロジックを積み重ねて真理にたどり着こうとする。芸術家は生涯をかけて傑作を残そうとする。昔は宗教が学問と芸術も兼ねていて、人格と知性と感性を修養する必要があったからこそ宗教者は尊敬の対象になりえたし、宗教は人心の安定の名目で為政者に保護されてきた。
しかし資本主義の時代になって拝金主義者が増えると、金儲けにならないものは価値がないとみなすようになって、人格や知性の修養が尊敬の対象でなくなる。そのうえ宗教は政党の集票装置になって利権化して堕落して信者が離れて、学問は専門的になりすぎて天才や働かなくても研究に打ち込める金持ちのエリートくらいしか新しい発見や発明をできなくなって、芸術は手工芸品は機械生産にとってかわられて絵画や音楽や文学は商業化して大量生産されてネタがやりつくされて新しいものがなくなって、生涯かけて打ち込むほど宗教や学問や芸術に魅力がなくなった。
バブル崩壊後に日本人の賃金が減る一方で物価が上がって貧しくなりつつあることで、金儲けにならないうえに時間がかかって成果が出にくいことがなおさら敬遠されるようになって、短期間で楽に稼げる仮想通貨取引やパパ活とかの文明の発展に寄与しない金儲けがもてはやされるようになる。

・クズのほうが目立てる

SNS時代は目立たない平凡な人よりもクズのほうが有名になれるので、凡人は苦労して人格の向上を目指すよりも楽して有名になって儲けることを目指すようになって、どれだけクズで馬鹿で恥知らずになれるのかを競って痴態や奇行や暴言をSNSに投稿するようになった。良識ある平凡な意見を言うよりも非常識な逆張りで炎上するほうがSNSのフォロワーは増えるので、炎上目当てで意図的に非常識な言動をする人が増えた。子供は善悪の判断がつかないので、SNSで有名だというだけでクズに憧れてクズな言動をするようになる。
加藤純一の暴言もローガン・ポールのいたずらも人気だけれど、芸と呼べるような洗練がないし、それで儲かったからといって文明の発展に寄与したかというと、むしろ人間の品性を貶めて文明を退化させている。見取り図というお笑い芸人の南大阪のカスカップルネタや有吉弘行の毒舌あだ名みたいに芸としてクズを演じるならよいけれど、自分がクズであることを見世物にするのは芸ではない。割れ鍋に綴じ蓋ということわざがあるようにクズには相応のクズが集まるし、うんこに蠅がたかるようなものを人気があるととらえて全身にうんこを塗りたくるべきではない。

・クズを排除する社会的強制力の喪失

家父長制の時代には娘の結婚相手の男性には家督を継いでもらうことになるので人柄がチェックされて、博打や女遊びをするクズとの結婚は反対された。クズを好きになって駆け落ちすると親に勘当されて家業を継げなくなって生活に困窮することになるので、クズが家族から排除されやすい仕組みになっている。
ところが核家族化して個人主義になると、付き合っている当人が両想いなら相手がクズだろうが止める人がいなくなる。家業を継ぐわけでもないので親から勘当されようが仕事に影響がないし、最近は保証会社があるので親が保証人にならなくても家を借りられるし、結婚生活が破綻したところで母子家庭なら生活保護をもらいやすいので、クズと付き合うデメリットが少なくなる。
それに善良な人であるべきという価値観は他人に強制することはできないので、個人主義の社会で自ら望んでクズになっている人を改心させる手段がない。

・合法的なクズの金儲けの手段が増えた

基本的にクズな男はまともな会社に就職できないので、暴力団に所属したり、女に売春させてヒモになったり、押し売りや詐欺やぼったくりや賭博とかの違法なシノギをしてきて、表社会には出られない存在だった。
ところが情報商材や転売や迷惑系YouTuberのように学歴や職歴がなくても合法的に稼げる方法が出てきたので、クズが表社会で活動するようになる。こうしたモラルとしてはだめでも合法的な金儲けは人を騙したり迷惑をかけたりすることに罪悪感を感じないサイコパスの反社会的なクズなほうが儲かるし、儲かるほどSNSやオンラインサロンでフォロワーを集められるようになるので、クズであることを助長するインセンティブになってしまう。

・クズな男のほうがモテる

女性がサイコパスな男性に惹かれるのはくず男と付き合ってくずな子供を産むほうが遺伝子を残す可能性が高くなるからだというようなことを脳科学者の中野信子が言っていた。真面目な男性はつまらないと見なされる一方で、オラついているほうがモテるので、オラオラ系やちょい悪オヤジとかのナンパ用のファッションが流行ったりする。

・クズが濃縮する

良識ある人は女性の仕事のキャリアや子供の幸せを考えて計画的に子供を作るのに対して、クズは先のことを考えずに性欲任せで避妊せずに子供を作るので、クズは分別のない若いうちにカップルになって子供を作って、子供が子供を育てるような状態になって非常識なクズが再生産される。クズ親が子供に万引きを仕込むことがエリート教育と揶揄されるように、子供に罪はないのだけれど親と環境が悪いせいでクズのエリートになってしまう。

●芸術とクズ

芸術は常識を逸脱するものであるがゆえに良くも悪くも常人では芸術家になれなくて狂気ともいえる情熱が必要なので、芸術家の中にはモラルのない人がいる。

・文学的なクズ

自然主義以前の文学では、教養として古典を学んで格調高い形式で優雅な詩を作ったり、昔話みたいな道徳的な教訓がある話を作ってきた。フランスで自然主義文学が生まれて、美化しない人間像を書くのが芸術なのだという価値観に代わると、日本の純文学では自分はこんなにどうしようもないクズなんだと浮気や借金や暴力とかの私生活を私小説として露悪的に書くようになって、一部の小説家がクズ化した。そんでバー通いして女遊びした話とかを私小説にしても芸術としての洗練がなくて技術的な見どころもないので飽きられて、大正時代の私小説作家の作品は後世の人が読むほどの価値がないものとして古典として残らなかった。現代の純文学作家はたいてい大卒の常識がある普通の人なので、常識の範囲内のつまらない小説を書いていて古典として残らなさそうである。

・テレビ的なクズ

文学がオワコンになって映画とテレビの時代になると、クズがメディア業界に集るようになる。もともとやくざが芸能関係を仕切っていたうえに儲かるのでいっそうクズが集まるようになった。芸能事務所に芸のないカキタレが所属して性接待して、テレビ局や広告代理店は芸能事務所を利用して政治家や実業家を接待して利権を得て、クズが金と社会的な影響力を持つようになった。男性の芸能人は女遊びを芸の肥やしとみなして倫理観が低いので俳優やアイドルは不倫や未成年のファンとの淫行の問題を起こすし、木下ほうかや園子温みたいに女優と寝たがる映画監督がいるし、薬物ややくざとの付き合いで消える人もいる。

・音楽的なクズ

音楽は芸術至上主義の傾向が強い業界で、人格がクズだろうがよい演奏をする人が評価されて権力を持つようになるのでクズ率が高くなる。例えばアメリカ映画の『セッション』では才能ある若いジャズドラマーがクズ指揮者にパワハラされる様子が描かれている。学校の吹奏楽部は体育会系なのでクズ顧問のパワハラで音楽嫌いになる人がいるし、クズ親に虐待のように無理やりピアノを練習させられてピアノ嫌いになる人もいる。

●クズの見分け方

・利他的な仕事をしているか、利己的なシノギをしているか

他人を幸福にしたり他人の役に立ったりする利他的な行為で金を稼ぐのは仕事である。自分の糊口をしのげれば他人がどうなろうがかまわないという利己的な行為で他人を不幸にして損害を与えて金を稼ぐのがシノギで、例えば情報商材とかで他人を騙して儲けるのはクズである。YouTuberのヒカルは過去に情報商材で稼いだことに罪悪感を持っているそうで、善人になろうと軌道修正しようとしている点ではましである。
ホストはまっとうな接客をするならサービス業という仕事だけれど、頭の弱い女性を酔わせて判断力が落ちた状態にしたうえでおだてて借金漬けにして風俗に沈めるホストはクズである。2000年代のホストブームの時にドキュメンタリー番組でホストの特集がたくさんあったけれど、私が印象に残ったのは人気があるのにナンバーワン競争をやめて客の懐具合を気遣ってがつがつした営業をしなくなって4位くらいで泰然としているベテランホストで、そういうホストは倫理観をもって仕事をしているといえる。

・クズ同士でつるんでいる

クズが集まることで意思決定の際により過激なほうを選択するリスキーシフトが起きて、どんどんクズな行為をやるようになって倫理的な抵抗がなくなっていく。例えばいじめやカツアゲとかの少年犯罪はたいてい単独犯でなくてクズグループに主犯と従犯がいるし、逮捕後も少年院で知り合った人とグループを作ってまた犯罪をしたりする。尼崎事件の犯人たちはクズ同士が養子縁組して疑似家族を作ってクズが濃縮されていた。
クズでもまともな人との付き合いがあるなら言動をたしなめられたりして倫理的なブレーキになるので更生の可能性がある。

・他人を治療したがる

人間の健康になりたいという願望はなくならないので、健康食品やダイエットや病気の治療はしばしば詐欺の対象になって、効果がない製品が売られたり、効果がないセラピーが行われたりする。
占い師や霊能力者とかは人生相談としては役に立つこともあるし、運気が上がるアクセサリーとかはプラセボ効果でやる気がでることもあるので、科学的な根拠がないとはいえ必ずしも有害というわけでもない。神社や神主に神通力はなくても、交通安全のお守りは目につくところに置くことで交通安全を意識する効果があるし、安産祈願や学業成就のお守りは励ましになる。
しかし医学の素人がスピリチュアルな医療行為で金儲けしようとする場合は有害なクズである。世界中の高学歴な医者が大学病院で長年臨床を重ねて製薬会社が数千億円を投資して新薬を研究しても直せない難病がスピリチュアルパワーで奇跡的に治ることは絶対にないし、治療法が分かっている病気は病院で治るのでそもそもスピリチュアルパワーに頼る必要がない。遠隔レイキヒーリングで病気が治るとか、オメガヒーリングでオーラのバリアがどうのこうので病気が治るとか、除霊で病気が治るとか、テラヘルツ波のブレスレットで血液サラサラになるとか、聴くだけでがんが治る周波数とかは医学的根拠がない詐欺で、これで金儲けをしている人は自分の利益のためなら他人の病気が悪化して死のうがかまわないし責任を取るつもりもないというクズで、善人のふりをして人助けっぽいことをして他人に感謝されて尊敬されて自尊心を満たしたいクズがスピリチュアル系の教祖になりたがるようである。安産祈願とかの祈願だけならいいけれど、実際は治療できないのに治療できると主張して金をもらったら詐欺である。スピリチュアル治療をして偶然症状が治まったら自分の手柄にして、スピリチュアル治療をしても症状が悪化したらそれは好転反応で効果が出ていると主張して、スピリチュアル治療をせずに症状が悪化したらスピリチュアル治療をするように促して、どう転んでも自分を正当化して利益につなげる詐欺スキームになっている。
発達障害や境界知能や認知機能が低下した老人とかで騙されやすい人は一定数いるし、科学的根拠がない似非科学やスピリチュアルな主張を信じてしまう人がいること自体はしょうがない。しかしそういう社会的弱者を騙して金儲けしていいということにはならない。

・脅しや命令で従えようとする

普通の人は人づきあいで相手の意見は尊重するし、こうしたらいいんじゃないのという提案はしても命令はせずに判断は相手に任せる。一方でクズは対話して相手の意見を聞くつもりがなくて、自分の利益のために相手に命令して自分に従えようとする。例えば除霊しないと病気が悪化するとかの脅しは、言い換えれば病気を悪化させたくなければ除霊しろという間接的な命令で、殴られたくなければ金を出せというカツアゲがスピリチュアルに形を変えたものである。クズは堂々と間違った主張や命令をして、気が弱い人がこれを突っぱねられないとクズの言いなりになって金づるになる。
あるいは普通の人は業務内で部下に対して監督や指示をしても、高圧的な命令はしない。一方でクズは支配欲を満たすために命令したり大声で威圧したりする。学校の教師やスポーツのコーチや映画監督には立場を利用してパワハラやセクハラをするクズがいる。DVは暴力や暴言で家族を従えようとするクズである。

・感情や欲を制御できない

普通の人は社会的な倫理や法律に従うけれど、クズは感情をコントロールする前頭前野が未発達で、怒りや欲などの衝動を抑えられずに後のことをよく考えずに犯罪を犯す。長期的な計画も前頭前野で考えているので、前頭前野が未発達だと長期的な計画を持てずにその場その場の短気な行動で人生を台無しにしてしまう。キレてあおり運転をしたり、快楽を抑えられずに薬をキメたり、金銭欲を抑えられずに強盗したりするようなのがこのタイプのクズである。

●良い人間になろう

私は地元で一番素行が悪い公立中学校に行ったのだけれど、小学校の同級生Tが中学で不良化してたまたま番長になってしまったので、私もヤンキーとつるんでいた。といっても私は何か悪事をしたわけでもなくて、放課後に一緒に海岸で流木を集めて焚火をしたりしていた。私は彼らにまっとうに生きて欲しかったのだけれど、当時の私には他人にアドバイスできるような知識も経験もなかったし、彼らは中卒でとび職になったけれど仕事が続かなくて20代で薬物で逮捕されて、Tの母親は自殺してしまった。私は最後にTの家に遊びに行った時に、Tの母親がまた来てねと言った声をずっと覚えている。
私は高校で地元で一番偏差値が高い進学校に行ったのだけれど、同級生Kが大学卒業後にパーティーピーポーのホストになって私のアパートに転がり込んできて居候したので、私も彼とつるんでクラブに行っていろいろなクズと知り合った。クズだからといって平気で悪事をしているサイコパスというわけでもなくて、クズなりに人間関係や人生がうまくいかないことに苦悩していた。良い人間になって金や欲を追及するのをやめれば苦悩せずに済むのだけれど、他人にアドバイスしたところで価値観や行動を変えることはできないもので、本人がクズの生き方ではだめだと自覚しないと変わらないものである。
クズは最高善のアレテーや仏性を成し遂げられないという点で、どんなにモテようが金を稼ごうが幸福にはなれない。人を踏み台にして不幸にして利益を得ればそのぶん信用を失って恨みを買う。メキシコの麻薬王はいくら金を持ったところで金を使い切る前に対立する組織に殺されるし、関東連合の元リーダーはぶいぶい言った時期もあっただろうけれど自殺したし、無期懲役になりたくて東海道新幹線で殺人した犯人は望み通りの無期懲役になって満足したわけではなくて精神を病んで刑務官の気を引くために体にうんこを塗りたくるようになったし、クズの末路はたいてい悲惨なものである。尼崎事件の犯人は生きていても意味がないと言って留置所で自殺したけれど、初めから生きる意味がある生き方をしていればよいだろうに気づくのが遅すぎる。
最近は大きな地震が頻発して南海トラフが起きそうな気配がしたり、コロナが流行したり、戦争が起きたりして、自分の死が身近なものになってきた。自分がいずれ死ぬ存在だと自覚することで、有限の人生をどう生きるべきかという指針や長期的な計画が生まれる。せっかく何十年も人生があるのに、刹那の享楽を追及して無計画に短絡的で利己的な行動ばかりするのではもったいないし、真善美の探求や利他的な行動に時間を割いてもよいではないか。利他の精神を持たなければ自分が他人から何かをしてもらうことに対して感謝も持てないし、他人に何かをやってもらって当然だという態度では期待通りにやってもらえないことに対して不満や怒りがたまるだろうし、毎日不満や怒りを抱えているのでは幸福とはいえないだろう。あるいは人を騙したり法の隙間をかいくぐったりして金儲けをするのは一代限りの生存戦略としては機能しても、文明の発展に寄与しないし子孫に家業として技術や知識を残せるわけでもない。社会は信用と協力でなりたっているのだから、他人の信用を得られる立派な人間を目指すのが結局は一番得をする幸福な生き方である。





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最終更新日  2022.04.06 15:06:23 コメントを書く
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