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2023.04.30
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最近は週刊文春やBBCがジャニー喜多川の性犯罪を報道したのに日本のマスコミが報道しないことが話題になったり、岸田文雄暗殺未遂事件が起きたりして、いろいろな被害が起きている。良い社会とは何かと考えると、個人の生命や財産の権利が守られて他人から被害が与えられないことが重要である。というわけで徒然なるままに被害について考えることにした。

●被害の種類

被害と言ってもいろいろな形の被害があるので、適当に分類してみる。

・身体的被害
殴られたりして怪我をすると体に傷跡ができるので、被害としてはわかりやすい。

・精神的被害
旭川のいじめ事件だと被害者は外傷は負っていなくてもPTSDを発症して精神的な被害を受けている。精神的被害は客観的に被害の度合いを測って定量化できないので過小評価されがちなのが問題である。

・金銭的被害
物を壊されたばあいはその物の市場価値分の金銭的被害を受けたと言える。親の形見の木彫りの熊とかの思い出の物を壊されても市場価値分しか被害として算定されなくて、プライスレスな分は精神的な被害として扱うことになる。

・時間的被害
1990年の新潟少女監禁事件では9歳の被害者は9年監禁されて、救出されても失われた10代の青春は戻ってこない。スラップ訴訟を吹っかけられたら裁判への対応に時間がかかって、たとえ勝訴しても嫌がらせの目的は達成できてしまう。

名誉棄損は風評による被害をうけているといえる。スマイリーキクチ中傷被害事件みたいに根拠のない中傷をインターネット流されるとねずみ講みたいに中傷を信じる人が次々に出てきてさらに中傷を繰り返すようになるので被害を回復するのが難しくなるので、早い段階で開示請求して中傷を止める必要がある。盗撮やリベンジポルノみたいに本人が公表したくないプライベートが流出して他人に見られるのも社会的被害を受けたと言える。

・権利的被害
無断二次創作による著作権の侵害とかは金銭的被害が出ていなくても著者として保障されるべき権利が侵害される被害を受けている。

●損害賠償と罰

何か被害があった時は民事では損害賠償請求をして、刑事事件では自由を奪う自由刑として懲役や禁固、財産を奪う財産刑として罰金や科料などの刑を科したりする。例えば傷害事件で身体的被害を受けた際には民事訴訟で怪我の治療にかかった医療費や怪我で仕事ができなくて収入が減少した分の損害賠償請求や、精神的苦痛を受けた分の慰謝料の請求ができるし、それとは別に傷害罪とかの刑事罰がある。
交通事故とかで被害を受けた場合は保険で被害をカバーできるものの、犯罪で被害を受けた場合はたいてい被害者がやられ損で損害賠償が不十分で、特に金銭目的の強盗や詐欺は犯人が金がなくて犯罪をしているので出所後の損害賠償がされないことが多い。それに刑事罰も不十分で、凶悪な犯罪なのに刑が軽すぎることがしばしばある。刑務所も鞭打ちとかの体罰を与えることはできなくて規則正しい生活をさせて仕事を覚えさせる更生施設になっているけれど、更生せずに再犯する人が多い。受刑者にとっては出所後に必死に底辺の仕事を探して薄給激務で働くよりも慣れた刑務所で命令されるほうが居心地が良いので、刑務所に戻りたがって出所後にすぐに犯罪をする人もいる。更生の可能性があることを理由に減刑された受刑者が更生せずに出所後に再犯しても裁判官が責任を取るわけでもないし、裁判官が庶民感覚からはずれたぬるい判決を出すので裁判員制度が作られたけれど、一審で裁判員が死刑にしても二審で素人の判断を否定して死刑を取り消すので、裁判員裁判に参加しても時間の無駄になっていて仕事を休んでまでやりたがらない。
国家は個人から復讐する権利を取り上げて公務員が刑罰として執行しているけれど、国家の対応が不十分な場合はリンチやテロが起きうる。例えばハイチだと警察が治安維持できなくてギャングが暴れていて、市民がギャングの逮捕や裁判を待たずに直接ギャングに反撃してリンチして殺害している。政治家や警察や裁判官が腐敗して犯罪者とグルになっている場合は国家に対するテロが起きうる。

●テロと被害

特定秘密の保護に関する法律第十二条第二項ではテロリズムは「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。」と定義されている。テロリストは大きな被害を起こして社会に不安を与えることで目的を達成していて、捕まることや死ぬことも辞さないので、罰が抑止力にならない。それゆえにテロを未然に防ぐことが重要で、事件が起きた後に動き出す警察ではテロには対処できないので、CIAや公安とかの諜報部が活動しているし、テロ防止のために公共施設のゴミ箱が撤去された。
世界の中では治安がいい方の日本でもテロは何度も起きていて、戦後に日本赤軍や東アジア反日武装戦線とかの極左組織が政治的目的でテロをしたり、オウム真理教が国家転覆を狙って警察庁長官を狙撃したり地下鉄サリン事件を起こしたりしたので、公安が危険な政治思想を持つ組織を継続的に監視して家宅捜索したりしている。最近は極左が高齢化して新興宗教ブームも終わって、政治思想がなくて自暴自棄になった人が一人で社会へ復讐するローンオフェンダー型のテロが起きていて監視が難しくなっている。
じゃあどうすればテロを防げるのか。そもそも政治家が善政をして国民が幸福で社会に対する不満が少ないならテロは起きにくいし、社会福祉を充実させて無敵の人が少なくなれば貧困や社会的孤立が原因でテロを起こそうとする人は減らすことができる。中国のように町中に監視カメラを設置してSNSの投稿まで監視して反体制派を早急に見つけ出すのも一つのやり方だけれど、悪政と弾圧のセットでは国民は幸福にならないし、より大きな不満を招いて下手をすれば内戦になりかねないので、独裁国家でない国は善政を目指すべきだろう。

・テロリストの主張の扱い方

テロリストにも何かしらの言い分があるので、自身の生命や将来をなげうって不利益をこうむってでもテロを実行する。安倍晋三暗殺事件では山上徹也の主張と暗殺の是非がごっちゃになって議論されていたけれど、テロリストの主張とテロ行為は別のものとして考えるべきだろう。私は旧統一教会の被害者が救済されるべきだという主張はその通りだと思うけれど、安倍晋三の暗殺というテロ行為には賛同しない。
統一教会に圧力をかけるとテロリストの思い通りなのでやるないう人がいるけれど、それはロジックがおかしい。例えばパンを食えと主張するテロリストと、米を食えと主張するテロリストと、麺類を食えと主張するテロリストがいたとしたら、テロリストの主張を聞くのは嫌なのでパンも米も麺類も食べないでオートミールを主食にするという人はいないだろう。テロリストが何を言おうが自分の善悪正誤の判断基準に沿って行動すればいいだけだし、日本人なら米を食うべきだと言う自分の主張とテロリストの主張がかぶったからと言ってテロを擁護していることにはならない。山上徹也が何を言おうがそれと関係なしに、統一教会にはいろいろ問題があるので対処をするべきである。
最近は島田雅彦が安倍晋三の暗殺について「こんなことを言うとひんしゅくを買うかもしれないけど、今までなんら一矢報いることができなかったリベラル市民として言えばね、せめて暗殺が成功してよかったと。まぁそれしか言えない」と発言して、これはテロの擁護なので炎上した。島田雅彦は「ネット放送「エアレボリューション」での軽率な発言により、大きな誤解を招いたことを反省し、今後、慎重な発言に努めることを改めてお伝えします。」「また大学の講義で殺人やテロリズムを容認するような発言をした事実は一切ないこと、言論に対する暴力的封殺であるテロリズムにも、先制攻撃や敵基地攻撃など専守防衛を逸脱する国家的暴力行為にも反対であることを明言します。」と釈明したけれど、そもそもテロリズムに反対なら暗殺が成功してよかったとは言わないだろう。本来左翼は言論の自由を守る立場だろうに、自分の気に入らない相手に対する言論封殺は内心は許容しているようである。

●報道のあり方

・どのくらいの被害を報道するべきか

マスコミは取材するリソースも紙面やニュース番組の時間も限られているので、世界中のすべての出来事を取り上げることはできない。じゃあ何か事件が起きたときにどういう話題が優先度が高いのか、適当に分類してみる。

1.大勢に被害がある出来事で、公共性が高い。戦争やテロや災害など。速報や新聞の一面レベル。
2.有名人や大企業の重大事件で、社会的影響が大きい。警察の冤罪でっちあげなど。全国ニュースの特集レベル。
3.一般人や中小企業の重大事件で、社会的影響が大きい。殺人事件など。全国ニュースレベル。
4.有名人や大企業の些細な事件で、社会的影響が小さい。芸能人の詐欺被害など。週刊誌、コレコレレベル。
5.一般人や中小企業の些細な事件で、社会的影響が小さい。田舎の交通事故など。ローカルニュースレベル。

もし無名の地下アイドルグループで枕営業強要とかのセクハラがあったら4番目に該当してマスコミがいちいち報道しなくてもしょうがないと思うけれど、ジャニー喜多川の性犯罪は2番目に該当する有名人の重大事件で常習性があって被害者が多くて未成年への性暴行としては日本最大レベルの事件だと思うし、報道しないのがおかしい。新聞とテレビ局がグループ化していて、テレビ番組の視聴率をジャニーズに頼っているのでテレビのニュース番組だけでなくて新聞でさえジャニー喜多川を取り上げていないようだけれど、取引先に忖度して報道しないのではマスコミの中立性が疑われてただでさえ信用が乏しいのにますます信用をなくすだろう。

・加害者への対応

松本サリン事件ではマスコミは第一通報人で被害者でもある河野義行氏を犯人のように報道して、全国から中傷の手紙が届く報道被害が起きた。マスコミが独自に取材して真相を調査すること自体はよいけれど、そもそも現行犯逮捕とかの明らかな犯行の証拠がある事件以外は裁判が終わるまでは容疑者が犯人かどうかは確定していないし、容疑者だからといって事件と関係のないプライベートまで暴いて本人や家族の人権侵害をしていいことにはならない。マスコミはしばしば卒業アルバムを晒すけれど、成人の犯罪に対して中学や高校の卒業アルバムを映したところで犯行動機と関係ないし、家族や同僚にインタビューするならまだしもほとんど付き合いのない元同級生にインタビューしてどんな子供だったかを聞いてもたいして意味がないだろう。本庄保険金殺人事件の容疑者は有料の記者会見を203回実施して1000万円を手に入れたそうだけれど、マスコミが取材のために容疑者に儲けさせる行動もやるべきでないし、本来は取材でなく裁判で明らかにするべきことである。
それに裁判の結果も真実とは限らない。2000年代に示談金目当ての痴漢冤罪でっちあげが問題になって『それでもボクはやってない』という映画が作られたように、女性は嘘をつかないという偏見を持った世間知らずな裁判官にあたると「疑わしきは被告人の利益に」という原則が無視されて物的証拠なしに自称被害者の証言だけででっちあげられた罪でも有罪になってしまうこともある。美濃加茂市長の藤井浩人は贈収賄で有罪になったけれど、これは詐欺師の証言だけで物的証拠がないまま有罪にされていて、私は不当判決だと思う。
テロリストの主張を報道するべきか否かも議論がある。テロを起こした時点で主張は無価値なので報道しなくていい、報道するとテロリストを英雄視する模倣犯が出るという見方もあるし、「盗人にも三分の理」みたいに弱者を無視するからテロが起きるので主張を聞くべきだという見方もある。私は再発防止という点でなぜテロを起こしたのかという主張や動機を分析する必要があると思う。例えばオウム真理教のテロのように宗教的動機による犯行なら同じ宗教の人がまたテロを起こすかもしれないので公安の監視や警備の強化が必要になるだろうし、市民も挙動不審な人や放置されたバッグとかに注意が必要になるし、その一方で神の声を聞いたとかの精神病の人の単独の犯行なら次の犯行を警戒する必要はないし、市民に注意喚起をする意味では犯人の主張や動機の報道に公益性があると思う。熊谷連続殺人事件では警察が不審者情報を自治体や教育機関に提供しなかったことが被害拡大につながったように、情報を隠すよりは公開するほうが防犯上のメリットがあるし、その公開された情報が有益か否かは個々の市民が判断すればよいだろう。

・被害者への対応

基本的に報道は被害者に寄り添ったものであるべきだろう。ニュージーランドの地震で自身で脚を切断した青年に対してフジテレビがスポーツできなくなったのはどんな気持ちかとインタビューしたのがデリカシーがないと炎上していたように、テレビ局は視聴率がほしいので被害者が嘆き悲しんでいる絵を撮りたがるのだろうけれど、それは被害者の傷をえぐる行為である。マスコミは被害者が世間に伝えたいメッセージを伝えるべきで、マスコミがほしがるセンセーショナルな返答を誘導をするべきではないし、招かれていないのに家や病院や葬式にマスコミ各社が大勢で押しかけるのも不躾である。マスコミが相談して取材する記者の代表を決めるとか、記者会見の場所を用意するなりして節度を持って取材すればいいだろう。
それに自称被害者も容疑者と同様に、裁判の結果が出るまでは被害者とは限らない。四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件で老人と揉めた女性が老人に財布を盗まれたと言って被害者ぶって逃げたように、DQNは被害者ぶって嘘をついたり罪を擦り付けたりして周囲を味方にしようとしたりその場を逃れようとしたりするので、自称被害者と加害者の証言が違う場合は双方の言い分を聞くべきである。秋田児童連続殺害事件のように子供の行方不明事件で実は親が子供を殺していたパターンもあるので、自称被害者がかわいそうだからといって肩入れするのは危ない。2019年に草津の黒岩町長が町議の新井祥子にセクハラ被害を訴えられて解職請求の住民投票で黒岩町長が失職したものの、後に新井祥子が虚偽の証言をしたことを認めて支援団体が解散したけれど、外国のマスコミがセカンドレイプの町として報道したことで草津町は風評被害を受けて、黒岩町長は名誉を回復するのに3年もかかった。マスコミはセンセーショナルに被害をわめきたてる被害者に偏見で肩入れして証言を鵜呑みにせずに、報道の仕方によってはマスコミが名誉棄損の加害者になりうることを自覚して客観的根拠をベースに事実を報道するべきである。

・犯行の手口の報道

岸田総理に爆発物が投げられた事件で、テレビ朝日の「サンデーLIVE」で銃器研究家の高倉総一郎氏がパイプ爆弾の作り方を解説していたけれど、これはテロリストに知恵をつけることになるので報道する必要がないだろう。たまたま容疑者の木村が小田急サラダ油男レベルの馬鹿で爆発物が爆発するまでの時間も威力も検証していなくて準備不足のままテロを実行したおかげで暗殺が失敗して死人が出なかったけれど、テロリストがより効果的に人を殺す方法を学習して入念に準備したら大勢犠牲者が出る可能性がある。凶器の作り方や使い方は警察官や警備員が知っていればいい話で一般人は知る必要がないし、一般人向けの報道はどう身を守るかという点に焦点を当てるべきである。軍事訓練を受けた外国のテロ組織は一発目の小さい爆発は陽動に使って二発目の大きな爆発で現場に集まった警察官や救急隊や野次馬を大勢殺すことを狙うので、テロ事件の現場をのんきにスマホで撮影していないで逃げるべきである。

●フィクションと被害

アクション映画では派手に車をぶつけたり建物を爆破したりするのが見どころになるけれど、アクションヒーローが多額の損害賠償請求に追われる場面は描かれない。ミステリも殺人の場面が見どころで、犯人を推理したところで話が終わってその後の裁判と懲役の様子は描かれない。加害による刺激がエンタメのフィクションの見どころになっていて、社会派ミステリや純文学とかの一部の作品以外では被害に対する罰や賠償には焦点が当たりにくい。そのせいかフィクションは暴力を描いていて有害だという人がいるし、事件が起きるとマスコミが犯人の部屋に漫画やゲームがあったと報道してフィクションの影響のせいにされがちである。
しかし最悪の事態に対する想像力を持てるようになるという点では凄惨な被害を描くことにもメリットがある。この世界では殺人、拷問、誘拐、臓器売買、民族浄化、人種差別、戦争、麻薬といったありとあらゆる凄惨な犯罪が起きている。大人は子供にアンパンマンとかの幼稚なほんわかした物語を見せて現実世界の汚い部分を見せないように保護して育てるけれど、いずれ子供も大人になって現実に直面するときが来る。それまでにフィクションで耐性をつけておけば過酷な現実に順応しやすくなるだろう。それにフィクションには被害からの救済という側面もある。何かの被害を受けた人が被害を言語化して物語にして客観的に認識することでトラウマを乗り越えることにつながるし、同じ被害を受けた他の人にとっても励ましになりうる。何か悪いことが起きても創作のネタができたと思えるならレジリエンスも高くなるだろうし、フィクションこそ生きる力として活用するべきである。





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最終更新日  2023.04.30 14:57:29
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