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2026.01.10
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カテゴリ: 小説
7つの短編集。1995年に文藝春秋から単行本で出版されたのが2011年に河出文庫になった。

「家族写真」は娘が就職した記念に家族写真を撮ったら、写真館が家族写真を拡大して店に飾る話。
三人称。現実と写真の対比を軸にして視点人物を父から娘に変えてテクニカルに展開する純文学らしい構成。オチの方向性の予想はつくけれど、短編ながら登場人物だけの話に留まらずに小さな村の人たちがわざわざ他人の家族写真を見に行くような集落の雰囲気も描いているのはよい。「悪魔」は純文学的な仕掛けとしては機能するけれど、宗教の概念が唐突に出てきて浮いている感じ。キリスト教だと悪魔は神に敵対して人間を誘惑して堕落させる存在で、仏教だと悪魔(マーラ)は仏道修行を邪魔する存在で、宗教によって悪魔の解釈が違う。この小説の文脈だとたぶんキリスト教の悪魔なのだろうけれど、キリスト教徒の一家というわけでもなさそうなので、その辺は不自然な気がする。

「わが胸のマハトマ」はガンディーが断食で死にかけているときに父を嫌う息子のハリラールが看病する話。
三人称。焦点人物をガンディーからハリラールに移行して意識の流れで内面を掘り下げつつ、死んだとされるハリラールが実は生きていたということにして父と子の関係性を逆転させるという純文学らしい力技が炸裂している。史実にフィクションを混ぜるやり方はこの作者の得意とする手法だけれど、フィクションとしてのオチの面白さを優先したせいか、そのぶんリアリティーはなくなってしまうので、オチを面白いと思うかどうかは読者によって判断が分かれるかもしれない。

「谷間」は男二人が農薬を飲んで心中した事件のノンフィクションを書こうとしたら、取材テープに知らない女性の声が入っていた話。
三人称。心中事件の謎が解決しないうちに別の謎をかぶせて物語の軸をずらして作者の弟の話題に誘導して結局謎は謎のままというポストモダン的怪談のような荒業。弟が実在するのか架空なのか知らないけれど、作者の身内ネタは何度も使えないので珍しい。

「光線の感じ」は暗算が得意な銀行員の女が虫歯の治療中に不倫相手の自動車教習所の二輪車の指導員の男のことを想像する話。

「緑色の経験」は担当編集者が柿内君から女性に代わって、大雪山のSOS木文字遭難事件の真相を考える話。
僕の一人称で日記に書く形式。謎に謎を重ねて別の展開を導いていくミステリ的展開で、純文学というよりはどんでん返し系の小ぶりなエンタメ小説。現代では賞味期限切れのネタかもしれない。

「塩山再訪」は印刷会社の社長が未亡人の有子と故郷の塩山を旅行したらバーテンダーが同級生だった話。
私(社長)の一人称。なぜ語るのかという動機が不明でナラトロジー的な始末ができていないので、三人称で書く方がよい。社長の傲慢な人格や郷愁はよく書けていて、ただの懐古趣味にならずにオチがあるのもよい。物語と関係ない部分で作者のファンにしかわからない小ネタもある。ちなみに山梨県塩山市は2005年に合併して甲州市になったようで、今は存在しない塩山の名前が小説の中に残っていて記憶が引き継がれていくのはよい。

「松籟」はコスメ化粧品の管理職15人が鷺沼海岸駅の民宿で変な研修を受ける話。
三人称で、主人公らしい人物がおらず、ページに文章がみっちり詰まった文体。文体と内容が合っていて、あえて特定の人物に焦点を当てずに人物像を曖昧にすることで幻想的な怪談っぽさが増していてよい。この小説ならではの技法と言える。

全体の感想としては、芥川賞受賞後の短編ということで気合が入っているのか、いかにも純文学というような前衛的な工夫を凝らしていて各短編で趣向が違っていて飽きずに面白く読めた。

★★★★☆



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最終更新日  2026.01.10 21:11:50
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