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1 主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。 2 神の神であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。 3 主の主であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。 4 ただひとり、大いなる不思議を行われる方に。その恵みはとこしえまで。 5 英知をもって天を造られた方に。その恵みはとこしえまで。 6 地を水の上に敷かれた方に。その恵みはとこしえまで。 7 大いなる光を造られた方に。その恵みはとこしえまで。 8 昼を治める太陽を造られた方に。その恵みはとこしえまで。 9 夜を治める月と星を造られた方に。その恵みはとこしえまで。 10 エジプトの初子を打たれた方に。その恵みはとこしえまで。 11 主はイスラエルをエジプトの真ん中から連れ出された。その恵みはとこしえまで。 12 力強い手と差し伸ばされた腕をもって。その恵みはとこしえまで。 13 葦の海を二つに分けられた方に。その恵みはとこしえまで。 14 主はイスラエルにその中を通らせられた。その恵みはとこしえまで。 15 パロとその軍勢を葦の海に投げ込まれた。その恵みはとこしえまで。 16 荒野で御民を導かれた方に。その恵みはとこしえまで。 17 大いなる王たちを打たれた方に。その恵みはとこしえまで。 18 主は力ある王たちを、殺された。その恵みはとこしえまで。 19 エモリ人の王シホンを殺された。その恵みはとこしえまで。 20 バシャンの王オグを殺された。その恵みはとこしえまで。 21 主は彼らの地を、相続の地として与えられた。その恵みはとこしえまで。 22 主のしもべイスラエルに相続の地として。その恵みはとこしえまで。 23 主は私たちが卑しめられたとき、私たちを御心に留められた。その恵みはとこしえまで。 24 主は私たちを敵から救い出された。その恵みはとこしえまで。 25 主はすべての肉なる者に食物を与えられる。その恵みはとこしえまで。 26 天の神に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。
2013年02月27日
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2013年02月26日
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2013年02月25日
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2013年02月24日
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2013年02月23日
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おはようございます。寒い日が続きますが、どうぞお体を大切にして、今日も素敵な一日をお過ごしください。 毎日、ネット上でみなさんの幸せな顔を思い描きながら、幸せを感じさせてもらっています。みなさんの幸せは私の幸せだからです。 ベルナノスのいう人は、『他人の喜びに喜びを見出すこと。これが幸福の秘訣である。』と言いました。私もそうだと思います。 しかし私たちは、「自分の喜びに喜びを見出すこと」こそ、幸福の秘訣であると考えやすいと思います。 お金持ちになり、豪邸に住み、高級車に乗り、豊かな生活をしている人が幸せだと考えやすいです。権力があり、有名人として生きることが幸せだと考えやすいですが、実際は、成功者ほど孤独であったり、物質的には豊かなのに心がすさんでいる人は多いものです。 豊かであることがいけないという話しではなく、その人がどんな状況の中にあっても、「自分の喜びだけに喜びを見出そうとしてるか?」ではなく、「他人の喜びに喜びを見出しているか?」にかかっているだろうと思います。 私は牧師として、「他人が幸せになること」をひたすら願っています。聖書の言葉を語りながら、喜んで聞いてくれている人の姿を見て、無上の喜びを感じます。 他人の喜びに喜びを見出そうとしたら、幸せになる事が出来ます。 他人の喜びに喜びを見出さないと、そこに忍び込んで来る感情は「ねたみ」です。自分の幸せだけを願っても、世の中、自分より幸せそうな人はいくらでもあります。その人に「ねたみ」を感じた途端不幸を感じ、惨めな思いになります。 自分の心の貧しさに原因があると気付けたら望みがありますが、不幸と惨めさの原因は、相手のせいだと考えると、不幸の連鎖が始まります。 世の中で、相手を否定したり、非難したり、いじわるをしたり、何らかの悪意を持ってやって来る人は、ほとんど間違いなく「ねたみ」の思いがどこかに潜んでいると思います。 ねたんでいる相手が持ってる自由とか、豊かさとか、賞賛とか、富や栄誉などを、自分がほしいと思っているのに、それを横取りされてしまったように思って腹が立って来ます。 相手の喜びに喜びを見出せたとしたらどうでしょう? つまり、「よかったね。」と心から言ってあげることです。一緒に喜ぶことです。そうできたら、絶対に幸福になるし、喜びに溢れて来ます。 さらに、もう一歩進んで、他人の喜びのために仕える事です。他人の喜ぶ顔を見るために自分を犠牲にして、相手に与えるように生きたら、最上の幸せと最上の人生になります。 イエス・キリストは、まさに他人の喜びに仕えた人です。他人の喜びのために、他人が持っている不幸を身代わりに背負って十字架について死なれました。十字架の死によって罪を赦し、悪魔を追い出し、心と体の健康を与え、祝福を与えられ、天国に入れて下さいます。これは他人である私たちの喜びです。その喜びに仕えるためにイエス様は生きられました。 私たちは、誰かの身代わりに死んだり十字架にかかることは出来ませんが、しかし、そういう思いで生きることは可能です。 天国と地獄は、死んでから行くだけの場所ではありません。この世にすでに存在しています。 他人の喜びに喜びを見出し、他人の喜びに仕える人の心はすでに天国です。しかし、自分の喜びに喜びを見出そうとしている人の心には、ねたみが付きものです。そうなったら、心は天国から地獄に真っ逆さまです。天国と地獄を分けるのは、「他人の喜びに生きるか?」「自分の喜びに生きるか?」で二分してしまいます。 あなたは愛されています。そして、あなたの喜びを喜んで下さり、あなたの喜びのために仕えて下さっている方がいます。その愛に感動し、その愛を受け止め、今度はあなたも、他の誰かの喜びを喜びとし、喜びに仕えて参りましょう。そんな幸せと喜びの天国のような一日一日をすごして行きましょう。良い週末でありますように。祝福を祈ります。
2013年02月22日
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あるお寺に、粘土でできたみすぼらしい姿の仏像がありました。あまりにもみすぼらしいので誰も見向きしないので、一人の人が気の毒に思って、その仏像を引き取ることにしました。仏像をロープで結んで、クレーンで持ち上げようとしたら、何と壊れてしまいました。 壊れた粘土の下から輝く黄金が出て来ました。その仏像は黄金の仏像だったのです。 その昔、敵国が攻め込んで来る前に、敵に持ち去られないように、黄金の仏像を粘土で固め、わざとみすぼらしい姿にしたのです。 この黄金の仏像のように、本来のあなたは輝き、最高に素晴らしい存在なのです。しかし、罪の粘土、汚れの粘土、悪魔が持ってきたのろいや貧しさの粘土、病いの粘土、死の粘土をかぶせられてしまっているのです。 その殻を破ったら、本来のあなたが出て来ます。どうしたらいいでしょうか? 小手先の方法論ではなく、新しく生まれ変わることです。 イエス・キリストは、「新しく生まれ変わらなければならない」と言われました。 新しく生まれ変わるためには、あなたを救うために十字架で死に、よみがえったキリストを信じることです。キリストを信じて受け入れたら、キリストの身に起こったことがあなた自身にも起こるのです。 古い自分は、あの黄金の仏像にかぶされたきたない粘土のような罪です。新しく生まれ変わったら、本来のあなたになるのです。そのあなたは、無限の可能性に満ち、何でもでき、愛と幸せに満ちた人です。 聖書は、性悪説と性善説の二つが書かれています。 本当のあなたはすばらしい。しかし、今のままのあなたはダメな存在。だから、「新しく生まれ変わりなさい。」と言われるのです。 (写真:進藤師ご夫妻と)
2013年02月21日
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自分がミスをした時、自分を責めてしまうことはないでしょうか? 自分のミスを責めたり、自分を「バカだ」とののしったり、自分を非難するのはやめましょう。 自分のすることは何もかも間違っていると感じて、さらにミスを繰り返すことになります。 「大丈夫。大したことはない」と自分に語ってみたら、プレッシャーは軽くなり、ミスも繰りかえさなくなります。 自分に優しくすると、自分の間違った決断やミスに対して、客観的に受け止めるゆとりが出来て、同じミスを繰り返さないようになります。 誰だってミスは犯します。わざとそうした訳ではありません。 私を造り、愛しておられる神はあなたを責めず、優しく受け入れておられます。神がして下さったように、自分自身にも寛大になったら、他人に対しても優しく接することができるようになります。 「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」(ヨハネ15:12) あなた自身を許し、受け入れ、寛容に受け止めたら、きっと次から、ミスを繰り返さないようになって行きます。自分を責めるエネルギーを前進に使って行きましょう。
2013年02月20日
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”count it all joy when ye fall into divers temptations. ~Chapter 1 James from the New Testament.~” 「試練を喜びなさい」と聖書は教えてくれます。試練はとても苦しく耐えがたい体験です。試練が来た時に、「おっ、来たぞ! ヤッター!!」と思う人はいないはずです。試練を喜ぶ理由は、試練がその人に忍耐を与え、完全な人にしてくれるからです。 試練を通してのみ、どんなことにも動揺しないで正しい道を歩みつづける、完全な人に近づくことができるのです。そして、天国ではいのちの冠をいただくことができます。ここに試練を大いに喜べる理由があります。 今、試練の中にある人もいると思います。今、試練を経験していなくても、いつかは試練に会います。試練に会った時、この言葉を思い出して下さい。試練を喜び、すべてを感謝し、忍耐を貫き、完全な人にさせて頂きましょう。 私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。 My brethren, count it all joy when ye fall into divers temptations; 信仰が試されると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。 Knowing this, that the trying of your faith worketh patience. その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。 But let patience have her perfect work, that ye may be perfect and entire, wanting nothing. あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。 If any of you lack wisdom, let him ask of God, that giveth to all men liberally, and upbraideth not; and it shall be given him. ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。 But let him ask in faith, nothing wavering. For he that wavereth is like a wave of the sea driven with the wind and tossed. そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。 For let not that man think that he shall receive any thing of the Lord. そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です。 A double minded man is unstable in all his ways. 貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。 Let the brother of low degree rejoice in that he is exalted: 富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。なぜなら、富んでいる人は、草の花のように過ぎ去っていくからです。 But the rich, in that he is made low: because as the flower of the grass he shall pass away. 太陽が熱風を伴って上って来ると、草を枯らしてしまいます。すると、その花は落ち、美しい姿は滅びます。同じように、富んでいる人も、働きの最中に消えて行くのです。 For the sun is no sooner risen with a burning heat, but it withereth the grass, and the flower thereof falleth, and the grace of the fashion of it perisheth: so also shall the rich man fade away in his ways. 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。 Blessed is the man that endureth temptation: for when he is tried, he shall receive the crown of life, which the Lord hath promised to them that love him. だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。 Let no man say when he is tempted, I am tempted of God: for God cannot be tempted with evil, neither tempteth he any man: 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。 But every man is tempted, when he is drawn away of his own lust, and enticed. 欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。 Then when lust hath conceived, it bringeth forth sin: and sin, when it is finished, bringeth forth death. 愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。 Do not err, my beloved brethren.
2013年02月19日
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おはようございます。曇っていますが気持ちいいですね。今日も素晴らしい一日となると信じています。 今日「2月19日」は? 「万国郵便連合加盟記念日」・・・1877(明治10)年のこの日、日本が、郵便の国際機関・万国郵便連合(UPU)に加盟した。万国郵便連合ができたのは1874(明治7)年で、日本は独立国としては世界で23番目、アジアでは最初に加盟した。戦前に一度脱退し、1948(昭和23)年6月1日に再加盟した。 「プロレスの日」・・・1954(昭和29)年のこの日、日本初のプロレスの本格的な国際試合、力道山・木村組対シャープ兄弟の試合が開催された。 「強制収容を忘れない日」・・・1942(昭和17)年のこの日、ルーズベルト大統領の命令により、アメリカ在住の日系人11万2千人が強制収容所へ転住させられた。 「天地の日」・・・ポーランドの天文学者で地動説を提唱したコペルニクスの1473年の誕生日。 今日、色々な記念日を取り上げたのは、何気ない今日1日の重みを感じたいからです。 人生には、たくさんの喜びや感動、美しい出来事があります。その一つ一つをどれくらいの重みで受け止めているでしょうか。 朝日が登り、あたたかい光に町が包まれて行く様子。早朝の澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込んでいるでしょうか。もしかしたら、仕事に出かける準備で追われていて、それどころではないかも知れません。 人生の最期が近づいた時、「もっと人生を楽しみ、日常のひと時を楽しんでいたら良かった!」と考えるのではなく、いつも、今この時、この瞬間を楽しみ、大切に過ごして行きたいものです。 仕事に対して、情熱を込め、感動や興奮を感じているでしょうか。何気なくその場を切り抜けてしまっていないでしょうか。 作家・思想家・詩人のソロー(Henry David Thoreau、1817~1862)は、『人間は皆、静かな絶望の中に生きている。』と語りました。 大切な一日を『静かな絶望』で生きてしまってはもったいないことです。今日という一日を、昨日と同じ一日として退屈に生きるのではなく、二度と戻って来ないかけがえのない一日としてすごしてみませんか。 今日は、まぎれもなくあなたの人生です。リハーサルではなく本番です。神に祈り、大切に、情熱を込め、期待を込めて一日をスタートし、今日一日を最高に充実した時間にして行きたいですね。 「きょうこそ、主がお造りになった日です。 さあ、この日をぞんぶんに楽しみましょう。」(詩篇118:24) 「This is the day which the Lord hath made; we will rejoice and be glad in it.」(Psalm 118:24) 今日一日をぞんぶんに楽しみましょう。祝福をお祈りします。
2013年02月18日
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素晴らしい人生の出発点は、「あるがままを受け入れる」ところからはじまります。 曲がったものは、「まっすぐだといいのに」と思うのではなく、曲がったままをそのまま受け入れることです。 自分のタイプが三角だとしたら、「丸になりたい」と思って、自分じゃない自分になろうとするのではなく、三角の自分をそのまま受け入れ、最高の三角の自分を目指すことです。 目の前の四角の人に、が「丸であるべき」と思うのではなく、四角のままで受け入れることです。 「曲がっていないものを、まっすぐにはできない。なくなっているものを、数えることはできない。」(伝道者の書1:15)と、聖書に書かれていますが、現状をそのまま受け入れ、楽しみ、感謝したら、不要なストレスを感じることなく、人生が楽しくなります。 同時に、現状維持や自己満足に陥ることはなく、前進し、成長することができます。 「あるがままを受け入れる」ために3つの大切なことがあります。 1、「変えられないものを受け入れる心」・・・柔軟な否定しない心。 2、「変えられるものを変える勇気」・・・決断力。 3、「その両者を見分ける知恵」・・・知恵を神に祈り求める。 「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)と、聖書は語ります。 「あるがままを受け入れ」て、良い一週間をお過ごし下さい。祝福を祈ります。
2013年02月17日
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成功するかしないかの鍵を探るならば、その人の「態度」が大きく関わっていることがわかります。 誰でも喜怒哀楽を味わいます。それに対する「態度」によって、あなたの人生が大きく変ります。この「態度」こそが、あなたの人生の成功と失敗をも左右させる鍵なのです。 「問題があるかないか」が「問題」なのではありません。「問題に対してどう対処するか」こそが「問題」なのです。 クレームを言って来たり、返品して来るお客さんにどのような対応をするかで、その店の印象は変ってしまいます。 「本当に申し訳ありませんでした。問題点を指摘してくれてありがとうございます」と誠実な笑顔で言われたら、そのお客さんは、きっとこの店の良いお得いさんになるでしょう。 現に私も経験したことがあります。本当に気分がいいものです。 「お客さんに問題があったんじゃないですか? 今回だけですよ」といやな顔で対応をされたらどうでしょうか? 「こんな店に二度と来るもんか!」と思うのではないでしょうか? 私たちの「態度」が、私たちの人生を決定します。「否定的な態度」をやめて、「積極的な態度」で生きて行きましょう。 今日は日曜日です。創造者であり、救い主である神を礼拝して、一週間をスタートしませんか? 神に対する私たちの最も「肯定的な態度」が、神を礼拝することなのです。 所属している教会がある方は、その教会を大切にし、今日も教会で礼拝をしましょう。 東京近辺の方は、どうぞ一度教会にいらっしゃいませんか? 新宿福興教会 http://www.geocities.jp/sgr_ch/ また、東京周辺でない方は、お近くの教会を紹介致しますし、インターネットでライブ礼拝をすることができます。下記URLから良かったらご参加下さい。 インターネットでの放送もしています。どうぞご活用ください。 〈1〉朝10時半~12時 〈2〉夕4時半~6時 ニコニコ動画 http://nico.ms/l/co114841 ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
2013年02月16日
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天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。 殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。 泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。 石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。 捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。 引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。 愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。
2013年02月15日
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昨年の夏は猛暑で大変でした。今年の冬は都心で大雪が降って大混乱になり、足元が滑って怪我をしたり、車がスリップして交通事故が起きたりしました。 私たちの美しい地球は、今でもとても住みやすい場所ですが、神様が造られた最初の時は今とは比べ物にならないくらい素晴らしい状態でした。アダムとエバが罪を犯した時に、エデンの園から追放されました。それ以降、人類の中に罪が満ち溢れたため、神様は、ノアの洪水を起こしました。地球は全部水浸しになり、大地殻変動が起こり、壊滅的な環境破壊が起こりました。 私は、これまで、車1台とバイク4台の新車を買いました。また、車5台とバイク4台は中古車を買いました。中古車を買った理由は、ただ一つ、安いからです。できれば新車がいいに決まっています。全てがピカピカで、スムーズです。新車の香りも好きですし、絶好調です。乗っているうちに、味が出て来て、馴染んできます。でも、どんな新車も段々劣化し、最後は廃車になります。 地球も段々劣化し、やがて壊れる日が来ます。形あるものは時の経過とともに壊れていくのは、万物に共通しています。これをエントロピーの法則といいます。 地球の劣化の兆候は、地震、津波、竜巻、噴火、温暖化・寒冷化などで表れています。 いつかこの世界には終わりの日が来ます。その事実を受け入れる時に、人は謙遜にさせられます。 2つの終わりの時があります。 1、 文字通り、この世界の終わりの日。 2、 自分の死の日。自分が死ぬ日は、自分にとってこの世が終わる日です。 1のこの世界の終りの日は、神様以外にはわかりません。 「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることはありません。ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」(マタイ24:35~36)と聖書には書かれています。 しかし、2の終わりの日は、間違いなく120年以内に来ます。人生はいつまでも続くものではありません。必ず終わりの日が来ます。その終わりの日を見据えながら、今日、そして、今を生きて行きましょう。 1、 時間は有限です。浪費しないためにも、毎朝、神様に祈り、神様の導きを頂いてからスタートして下さい。 2、 人生の、長期・中期・短期の目標を神様に祈り、明確にしてそこに向かって行きましょう。 3、 死後の備えをしましょう。聖書には、「あなたはあなたの神に会う備えをせよ。」(アモス4章12節)と書かれています。 神様に会う備えは特に大切です。 人は罪を持ったままでは、天国に入ることはできません。罪を持った人は、地獄に行かざるを得ません。しかし、私たちの罪の身代りに、キリストが十字架で死んで、復活してくださったことによって、その罪を帳消しにして下さいました。 神様に会う備えは、イエス・キリストの十字架と復活が私自身の罪を赦して天国へ導くためであったと信じることです。 この事実を信じた人をクリスチャンと呼びます。私は、キリスト教を含め、宗教という形式には人を救う力がないと思っています。イエス・キリストだけが人を完全に救って下さるのだと信じています。自分の死後の備えができたならば天国に行けます。「終わりよければすべてよし」です。 死後が天国であるならば、長期・中期・短期の目標を神様に祈って明確に定め、一日一日を大切に生きて行けばいいのです。 そして、一瞬一瞬を楽しんで行きましょう。「晴れの日はハレルヤ」「雨の日はアーメン」「雪の日はユーキを持って!」 今日も最高の一日となることを信じます。
2013年02月14日
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人生には、忘れるべきことが多くあります。同時に、忘れてはいけないことも多くあります。 忘れるべきことは、失敗や嫌なマイナスの記憶です。これらは教訓としたら、きれいさっぱり忘れてしまうことが一番です。 次に、忘れてはいけないことは、良かったこと、うれしかったこと、感謝の記憶です。ことあるごとに思い出し、思い巡らし、感謝をして下さい。短時間で、心は喜びで一杯になるはずです。 人は、忘れるべきことに限ってなかなか忘れられないで、クヨクヨ悩んでしまいます。しかし、忘れてはいけないことを、いとも簡単に忘れてしまいます。これを逆にしたらすごいことが起こります。 意識して、忘れるべきことを忘れ、忘れてはいけないことを思い出し、感謝する習慣を身に付け付けませんか。 聖書は、「後ろのものを忘れ、前のものに向ってからだを伸ばしつつ、目標を目指して走り・・・」(ピリピ3:14)と語ります。この後ろのものとは、忘れるべきことです。 また聖書は、「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103:2節)とも語ります。この主の良くして下さったこととは、忘れてはいけないことです。 私は、人生の中で、数数え切れない悲しい、つらい、痛い、苦しい経験をして来ました。もしこれらのことをしっかり記憶していたら、何回も自殺できるかも知れません。あるいは、人生を投げ出して、ろくでもない生活をしていたかも知れません。 しかし、クリスチャンになり、毎日神に祈ることによって、マイナスの記憶を忘れられるようになりました。さらに、それだけではなく、マイナスの記憶が宝のようになり、プラスの記憶に変わったのです。 そして、プラスの記憶をいつも心に記憶し、思いめぐらしています。 神が私を愛しておられ、私を救い、天国に行けること。祈りに答えて下さり、数々の祝福が与えられたこと。 何よりも感謝しているのは、マイナスだと思っていたことが、後で振り返ってみたら、すばらしいプラスに変わっていたできごとです。 私は、毎日が幸せです。そして、毎週日曜日、教会で神を賛美し、神をたたえます。 また、人から受けた親切は、特に心にしみます。人は、自分のことで精一杯です。そんな中で、親切にしてくれることは決して当たり前ではなく、奇跡です。 インターネットの世界で、あなたと出会うことができ、このように文章を通して心通わすことができ、毎日幸せを感じています。 毎日、祈りを通して、忘れるべきことを忘れ、忘れてはいけないことを記憶し、感謝することで、幸せを感じています。 今日も、祈りからスタートし、朝一番から幸せ一杯になって、今日一日も歩んでください。おはようございます。そして、行ってらっしゃい。良い一日でありますように。
2013年02月11日
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おはようございます。三連休最後の日の朝、「建国記念の日」。寒いですが青空が広がり、気持ちの良い朝ですね。 みなさんはどのような一日を過ごしますか? 新しい一週間に神様の祝福が豊かにありますようにお祈りしています。 「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」(詩篇19:1) 新宿福興教会 2/10 日曜礼拝 朝11時礼拝(画像あり) http://youtu.be/pb6j3VwLGpw 夕方5時礼拝(画像静止画) http://youtu.be/FycZrmEAhNc 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/ 新宿福興教会 http://www.geocities.jp/sgr_ch/
2013年02月10日
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中世のキリスト教の修道院で三人の修業僧が一週間の沈黙の業に入った。三日目に一人の僧が「あー、三日目になった」とつぶやくと二人目が「おっ、おまえ、しゃべったぞ」と指摘し、共に失格者になった。そして三人目はほほえみながら、たいそう自信ありげに「ああ、これでしゃべらないのはおれだけだな」としゃべってしまった。 これは、沈黙をすることの難しさを教えてくれる話ですが、人間関係の会話においても同じかも知れません。 「聞き上手は話し上手」と言われますが、相手の話をじっと黙って聞いているだけでは楽しくないものです。しかし、心がけたいのは、神様が私たちに、「耳を二つ」「口を一つ」下さったのは、少なくても聞くことと話すことの割合を2:1にするようにと暗示されているように思います。 聖書には、「だれでも、聞くには早く、語るにはおそく・・・しなさい。」と書かれています。 ある老人が「人の話を聞くのがうまい」と評判になりました。じっと、心ゆくまで耳を傾けて話を聞いてくれるのです。ある人が「聞き上手になる秘訣」を教えてもらおうと、老人を訪ねました。「聞き上手になる秘訣を教えてもらえませんか?」「はっ?ちょっと待って下さい。補聴器がないと話が聞けないもんでね。」 聞き上手になる秘訣は、「補聴器」を外して話を聞くそうです。いくら人の話を聞くのが上手な人でも、補聴器をつけてまともに聞いていたらやってられないのだそうです。人の話をじっと聞くのは難しいものです。 人の話をじっと聞くのは難しくても、神の言葉をじっと聞くことは有益です。 聖書には、「イエスは答えて言われた。『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」と書かれてあります。 人が生きるためには、「パン」だけではなく、「ジャム」も「バター」も「飲み物」も必要ということではなく、「パン」は、飲食全般の総称として語り、人が生きていくためには食べ物が必要だけど、それだけでは生きていけない。「神の言葉」という「心のパン(食事)」が必要だと教えているのです。 人は、「食欲」「睡眠欲」「性欲」のほかに、「愛されること」「自分が重要な存在であると感じられること」「人から認められること」などを心が求めています。その全てを「神の言葉」である「心のパン(食事)」は満たしてくれます。 イエスさまは、「心の貧しい者は幸いです」と教えられました。今心が渇き、、「愛されること」「自分が重要な存在であると感じられること」「人から認められること」などを求めている人は、神の言葉を聞く心があるので幸いです。 しかし、イエスさまは、「あなたがた富む者は哀れです。慰めをすでに受けているから。いま食べ飽きているあなたがたは哀れです。やがて飢えるようになるから。いま笑うあなたがたは哀れです。やがて悲しみ泣くようになるから。みなの人がほめるとき、あなたがたは哀れです。」(ルカ6:24~26)と、世の中の常識とはまるで反対の話をされました。 それは、本当に必要なものは「神の言葉」である「心のパン(食事)」なのに、疑似餌(ルアー「lure」)で釣られる魚のように、心を永遠に満たし、栄養を与える食事ではないもので心を満たしている人は「哀れ」だという意味です。 「お金」は大切です。しかし、使えばなくなるし、落とせば消えます。「名誉・名声」は素晴らしいですが、ちょっとした失敗や不祥事で「不名誉・汚名」に変わり得ます。「人の愛」は最高のものですが、いつまでも続くものではないし、変わる可能性があります。これらを否定しているのではなく、心の拠り所にしたら、それが崩れる時に、一緒に落胆し、悲嘆に暮れます。 しかし、「神の言葉」である「心のパン(食事)」は、決してあなたを失望させたり、裏切ることはありません。 日曜日、教会に行き、「神の言葉」に耳を傾け、「心のパン(食事)」を食べませんか? 神の言葉を聞き、神を礼拝し、一週間をスタートさせませんか? 新宿福興教会 http://www.geocities.jp/sgr_ch/ もしくは、お近くの教会、所属する教会に行きましょう。どこの教会に行ったらいいかわからない人は、住んでいる地域を教えて下されば、教会を紹介致します。 また、インターネットの前で、スマートフォンやタブレット片手にインターネット礼拝をすることもできます。 「教会の集会を生放送」します。 (後ほど、録画放送のURLもお知らせいたします) 〈1〉朝10時半~昼12時 〈2〉夕4時半~6時 ニコニコ動画 http://nico.ms/l/co114841 ユーストリーム http://www.ustream.tv/channel/david-kanno ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
2013年02月09日
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「マフラーのチェンジ」と言いますと、ふつうは首に巻くマフラーをイメージするでしょう。 「バレンタイン・デーに、好きな人に手あみのマフラーをプレゼントするんだ!」 昔、けな気な女の子がうきうきしながら話している姿を思い出します。 今日、私が話す「マフラー」は、首に巻く「マフラー」ではなく、車の消音器の「マフラー」です。 「ちょっと変だな?」 最近、愛車のエンジン音が異常だと感じていました。 「エンジンから変な音がしますよ!」 先日、大阪に行った時、私を見送ってくれた人が言ってくれました。 「やっぱりそうか!?」 車屋に行って点検してもらいました。 「マフラーが真っ二つに折れてますよ!」 「弱ったなぁ、でも、このまま放って置こうか」 首に巻くマフラーとちがい、車のマフラーは結構高いのです。 「このままだと車検は通らないですよ!」 「ある日突然、マフラーが落ちてしまうかも知れませんよ!」 こう警告されて、ついに交換を決意しました。 同じ静かなマフラーじゃ面白くないので、スポーツマフラーに交換しました。 エンジンをかけた途端、「ゴーーー」。 静かですが、重低音が響き渡たります。アイドリングの状態での振動も増えました。 2000rpm(回転)を超えると、スポーツカーのような精悍な音がします。 後悔しましたが、「いや!」と心を入れ替えて、逆に感謝することにしました。 「V6」の高級車のように静かだった車が、スポーツカーのように刺激的な音を出してくれます。 高級感は失われましたが、楽しい車に生まれ変わりました。 人生には「チェンジ」が付き物です。みなさんの環境や人間関係に、ある日突然、「チェンジ」が起こるかも知れません。 大切なモノを失くしたり、壊したり、病気になったり、怪我をしたりします。大切な人との関係が良くなったり悪くなったり、子どもが生まれたり、知り合いと死別したり、色々な「チェンジ」が起こります。人生に大きな喜怒哀楽を感じる時です。「チェンジ」は、退屈や「マンネリ」を吹き飛ばしてくれます。 でも、一瞬心が痛むことはあっても、長い目で見れば、すべてのマイナスは、必ずプラスに変わります。 「終わり良ければすべて良し」と言います。一時的に悲しいできごとに遭遇しても、その後が以前より良くなるならば、感謝できます。 どんなことが起こっても「感謝」することを忘れないようにしましょう。 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(テサロニケ5:16~18)と聖書に書かれています。 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28)とも書かれています。 「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」とは、神が「マイナスをプラス」に、「ピンチをチャンス」に変えて下さるということです。 今日も「チェンジ」を感謝する一日でありますように。みなさんの祝福をお祈りしています。
2013年02月07日
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「人事を尽くして天命を待つ」と言います。「人間としてできるかぎりのことをして、その上は天命に任せて心を労しない」(広辞苑)という意味です。 自分の最善を尽くした上で、結果は神にお任せすることで、悪い結果を心配しないで、良い結果を期待してワクワクして過ごせたら、幸せな時間を過ごせますね。 でも、そこには、「なんでも自分勝手に頑張りさえすれば、あとは神様が尻拭いしてくれるにちがいない」という無責任な心も含まれてはいないでしょうか。うまくいけば、自分の努力の功績です。まずくいけば、助けてくれなかった神の責任です。 まずは「天命を待って」、神様から見た最善の導きをキャッチし、その上で「人事を尽くす」べきではないでしょうか。 うまくいけば、神の良い導きの功績です。まずくいけば、自分が人事を尽くさなかった責任です。 毎朝、神様に心を向け、祈ることから始めましょう。神様は、その日の導きを必ず与えて下さいます。神の導きに従って全力を尽くしましょう。最後には必ず良い結果を手にすることができます。 「主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。」(詩篇25:5) 「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8:14) 「もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。」(ガラテヤ5:25)
2013年02月05日
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「病は気から」です。心配やイライラは、あなたを病気になりやすくし、あなたの病気を重くします。 病気になると、心が弱くなり、心配してイライラします。 ですから、病気になったら、まず心を神とつないでください。心が神と直結すると、楽しくなり、明るくなり、温かくなり、優しくなり、強くなり、元気になります。体が「元気な心」とつながっていれば、自然に「元気な体」になります。 「信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます」(新約聖書 ヤコブ5:15) この聖句にあるように、神はあなたの病気を超自然的にいやしてくださいます。また、信仰によって神とつながった心が元気になるので、自然に健康が回復します。「病は気から」なら、「健康も気から」です。 最近、ウィルス性の風邪が流行っています。神を信じて心を神としっかりとつなげ、手洗いやうがいなどもこまめにしながら、お元気で生活してください。今日も良い一日でありますように。
2013年02月04日
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社会を変え、世界に平和をもたらしたいと思うなら、自分の心の中に平和を見出しことから始めないといけません。自分との平和は、造り主である神との平和から始まります。 「信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」(ローマ5:1) 神との平和が、自分自身の中に平和をもたらし、その平和は、喜びと愛をもたらします。喜びと愛を今週も分かち合いながら過ごして行きましょう。祝福を祈ります。
2013年02月04日
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おはようございます。良い日曜日をお過ごし下さい。今日も日曜日恒例のジョークから。 次郎君は算数が大嫌い。いま授業で大きな数の勉強をしているのですが、1億がどのぐらいなのかわかりません。宿題を途中でやめて、勉強部屋から外をぼーと眺めていると、雲が動いて、ひげを生やしたおじさんの形になりました。そして、次郎君に話しかけました。「次郎や、何をしているんだね」 「もしかして神様?!」 「そうだよ。宿題ができないんだね」 「神様、僕、1億ってどれぐらいかわからないんだ。だから宿題するのがいやになっちゃった・・・。たとえば、1億年ってどれぐらいなんですか?」 「1億年か。君にとっての1億年は私にとっては1分と同じだな」 「へー。じゃあ1億円ってどれぐらい?」 「1億円か。君にとっての1億円は私にとっては1円と同じだよ」 「うわ! 神様、お願いです。僕、おこづかいがほしんです。1円だけでいいんです。神様の1円をください。宿題も一生懸命にやります。ママやパパの言うこともちゃんと聞きます」 「よしよし、1円ぐらいお安いご用だ」 「わーい! やったー!」 「じゃ、ちょっと取ってくるから、そのまま、1分ほど待ってなさい」「はーい!」 聖書には、「愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。」(第二ペテロ3:8)と書かれています。 神様の世界の時間と私たち人間の世界の時間は全く違います。 しかし、日曜日に教会に行き、心を静めて神様の言葉に耳を傾ける時に、私たち人間の世界の中に神様の世界がやって来ます。 その時、「永遠の今」を生きることになり、限りある私たちが、限りない神と直結され、一つになって生きて行くことができます。 神様と一緒に歩む一日は千年のようであり、神様と交わる1分は1億年に匹敵するほど豊かな時間になります。 どうぞ、日曜日は教会へ! 「新宿福興教会」に歓迎します http://www.geocities.jp/sgr_ch/ もしくは、お近くの教会、所属する教会に行きましょう。どこの教会に行ったらいいかわからない人は、住んでいる地域を教えて下されば、教会を紹介致します。 また、インターネットの前で、スマートフォンやタブレット片手にインターネット礼拝をすることもできます。 「教会の集会を生放送」します。 (後ほど、録画放送のURLもお知らせいたします) 〈1〉朝10時半~昼12時 〈2〉夕4時半~6時 ニコニコ動画 http://nico.ms/l/co114841 ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
2013年02月02日
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「1月行く、2月逃げる、3月去る」というのは、「1月」は正月があり、成人式があり、あっという間に「行ってしまう」ように過ぎ去り、「2月」は28日までしかないので、「逃げる」ように過ぎ去り、「3月」は年度末で忙しく、「去る」ように過ぎてしまうことをいうのでしょう。 「時は金なり(Time is money.)」と言われますが、時間はいつまでも続くように感じますが、そうではありません。気が付いたら、人生の半ばとなり、終盤となって行くものです。時間は宝物です。 神が人間に平等に与えられた賜物は「時間」です。何人であろうと、誰であろうと、「1日」「24時間」を平等に頂いています。しかし、時間は生き物です。同じ「1時間」でも、暇でどうでも良いことに使うことができますが、「1時間」を何十倍にも使うことができます。 時間の積み重ねが人生です。人生にはやがて終わりがあるのですから、時間は「金」のように大切ですし、「命」そのものです。 何もしない無駄な時間、無意味な時間を過ごすにはあまりにももったいないです。時間を無駄にしないためには、「1日」の初めに、祈りと「1日」の計画を立てる時間を持つことをお薦めします。 紙に、「やるべきこと」を書き出し、祈りながら「優先順位」を付け、その順位の「1位」から行って行くことです。大切なポイントは、やりたいことは後回しにして、やるべきことから行うことです。単純なことですが、人は、やりたいことからやって行き、気が付いたら、やるべきことをやる時間がなくなって、後で苦労することがあります。そうではなく、やるべきことを先に済ませて、後で、やりたいことを心ゆくまで、思う存分やったらいいのです。 「1月は行く月」「2月は逃げる月」「3月は去る月」といわれますが、これは言葉遊びにもなっています。「1月」の「い」が「行く」で、「2月」の「に」が「逃げる」で、「3月」の「さ」が「去る」です。言葉遊びは言葉遊びでいいですが、時を遊んで過ぎ去らせてはいけません。「時は金」であり、「命」です。 世の中の悲観的・ネガティブな常識に対して、私たちは神を信じ、「1月祈る、2月ニコニコする、3月賛美する」と楽観的・ポジティブに言うことができます。文字通り、「1月は祈る月」「2月はニコニコする月」「3月は賛美する月」にすれば、なんと充実したすばらしい時を生きることができるでしょうか! 「4月勝利、5月ゴーゴー、6月ロマンス」、、、、ご自分の好きな語呂合わせで、毎月を楽しく有意義に生きることができます。 聖書は、「今の時を生かして用いなさい」(エペソ5:16)と語ります。一度の人生、二度と戻ってこない今日の今のこの時間を大切に、有意義に、意味あるものとして過ごして行きましょう。良い週末をお過ごし下さい。
2013年02月01日
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