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2013年03月31日
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2013年03月30日
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2013年03月29日
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2013年03月28日
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2013年03月27日
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2013年03月26日
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2013年03月25日
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2013年03月24日
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2013年03月23日
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昨年末、街頭でのあるアンケート調査で、「殺人事件が多く起こってると感じる」と答えた人が多くいました。 実際は、殺人などの凶悪犯罪は、10年前に比べると半減しています。代わりに、性犯罪、傷害、詐欺などの犯罪が増えています。 原因は、マスコミの報道にあります。以前は、報道しなかったような事件までもどんどん取り上げるようになったからです。 マスコミが取り上げるニュースは、消極的・否定的なものが多いです。それを知った人たちは、「みんな大変だ。まだ私はましな方だ!」とホッとできます。 しかし、人々の成功や幸せをニュースにしたら、新聞雑誌は売れなくなり、TVやラジオは消されてしまうでしょう。ねたみを感じ、みじめさを感じるからです。 殺人事件は本当に減ったのでしょうか? 神の目にはどう映っているのでしょうか? 聖書を二ヶ所引用します。 『兄弟を憎む者はみな、人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。』(第一ヨハネ3:15) 『しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって「能なし。」と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、「ばか者。」と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。 』(マタイ5:22)と聖書は語ります。 神の目には、人を憎んだなら「殺人を犯した」と映るのです。そうしたら、神の目から見たら、世界中には殺人者だらけです。 TVの国会中継を見ると国会議員たちはほぼ全滅です。結婚をした男女も毎日殺人を犯しているでしょう。運転の仕事をしている人も渋滞で割り込まれるたびに殺人を犯し、サラリーマンも上司や部下、同僚との関係で殺人を犯し、学生も生徒同士、教師との関係で、そして最後に・・・。私も神の目から見たら殺人を犯していると気づく人は賢い人です。 神は、人を憎んだり、見下げたり、バカ者呼ばわりするくらいでなぜ殺人と見るのでしょうか? その思いの中に、すでに殺人の種が含まれているのです。そして、その殺人の種が成長し、やがて殺人を実際に起こしてしまうことにつながってしまいます。 法律は、行為罪しか裁きませんが、神は心の中にある殺人の種を殺人と見て裁かれます。なぜそんなに厳しいのでしょう? 神は、それほどまでに、人々を愛しておられ、「傷ついてほしくない」と思っておられます。人を傷つけることは、イコール、神を傷つけるに等しいのです。 どうぞ、神の前に、自らが殺人者であることを認めて、罪の赦しと新しい命と愛を頂いて、人を愛し、人を生かす生き方をさせて頂きましょう。 最後に聖書をもう一度引用します。素晴らしい一日でありますように。 『キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょう。子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。』(第一ヨハネ3:16~18)
2013年03月22日
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ステージで歌ったり、講演をする時に、練習でうまく行ったのに、本番ではうまく行かなかったことがありませんか。 私はそんな体験をよくしました。 本番で緊張しないように、『練習を本番、本番を練習』のように考えたためでした。 本番では緊張感がなくなり、力が十分に発揮されなかったのです。 だから今は、『いつも本番!』と考えています。 牧師の仕事は、人に向けられた活動であっても、神に向かっての奉仕です。 歌の練習は「神への賛美」であり、講演の練習は「神への祈り」りなのです。まさに本番そのものです。 本番の時も、「神への賛美」と「神への祈り」です。だから『いつも本番!』です。 この考え方は、どんな仕事や分野にも応用できます。 ある人は、自分の仕事を「つまらないもの」と考えて、雑に行うので「雑用」にしてしまいます。 ある人は、人が見ている時だけ一生懸命に働いて、人がいなくなると手抜き仕事にしてしまいます。 そのように仕事をしていると、ある時、怠けている姿を社長に見られてしまうものです。 人が見ていなくても一生懸命に働く人も、一生懸命に働いている姿を、誰かが、どこかで見ているものです。 そして、不意に見られた姿こそが、「その人の本当の姿」として心に焼き付けられ、良くも悪くもその評判は瞬く間に広がって行くものです。 人生は、そんなに長くありません。「いつも本番」と考え、人が見ていても、見ていなくても、一生懸命に生きる。その秘訣は、人に対してではなく、神に対して生きることです。 クリスチャンでも、神を本当に信じていない人もいます。その人は偽善的になり、人の前にいる時と、人目のないところでは二重人格になります。 神が実在し、今共におられる方として信じるクリスチャンは、いつもでも、神に向かって一生懸命に仕事をします。 神は、その人の目に隠れたところで行う愛のワザを喜んで見ておられます。その人にさらに素晴らしい仕事と祝福を与えます。 「小さい事に忠実な人は大きいことにも忠実であり、小さい事に不忠実な人は大きい事にも不忠実です。」(ルカ16:10) 全ての事を神に向かって行い、いつも本番だと考えて生きましょう!そんなあなたに、さらに素晴らしい仕事と大きな祝福が追いかけて来るはずです。 良い一日でありますように。
2013年03月21日
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「The only thing we have to fear is fear itself.」 「私たちが恐れなければならない唯一のことは、恐れそのものである。」 この言葉は、アメリカ第32代大統領を勤めた「Franklin Delano Roosevelt(フランクリン・デラノ・ローズヴェルト 1882~1945)」の言葉です。 聖書には、「恐れるな!」という言葉が「366回」出て来ます。それは、神様が私たちに、うるう年を含めて毎日「恐れるな!」と言って下さっているのです。 「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1:9) 神様が一緒にいて下さるので恐る必要がないのです。
2013年03月20日
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今日、3月20日(水)は「春分の日」です。 「春分の日」は、「祝日法第2条」によると「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」とされています。 「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」(詩篇19:1)と聖書は語ります。 「春分の日」に、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」と共に、自然を創造され、生物を造られた神をいつくしむ日としたいものです。 今日は国民の祝日です。一人で過ごす人も、家族や友人知人と一緒に過ごす人も、互いに感謝を表し、いつくしみ合う一日でありますように。 「愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。」(第一ヨハネ4:11~12)
2013年03月19日
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こんばんは。お仕事お疲れ様でした。今日も最高の一日だったことと確信します。 本日午後1時半頃、志賀高原の一の瀬ダイヤモンドスキー場で、小学5年生の男の子がゲレンデの圧雪車の下敷きになり死亡しました。 このスキー場は、今年になってから行った場所ですし、長男と同じ年の男の子が巻き込まれた事故ですので、心を痛めて書き込みをしました。 圧雪車は、ゲレンデでは動く凶器です。運転手さんは、いつも最悪を想定し、細心の注意して運転してもらいたいです。実は、夕暮れの志賀高原で、除雪車にひかれそうになりました。「まさかこんなところに人がいるはずがない!?」と思ったのか、私がいることに気がついていないようで、恐い思いをしました。 普段は、外に出かけていることの方が多いのですが、今日は、一日教会で祈りに費やしています。時間がたくさんあることに感謝し、中身の濃い時間を過ごしています。 祈り、神と交わる1日は千年のようにとても濃い、豊かな時間です。そんな時間を、時には過ごしてみませんか? 「愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。」(ペテロ第二3:8)
2013年03月19日
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日本国内の福島第1原発の1号機の使用済み燃料プールの冷却が、一時停電のために止まっていましたが、19日午後2時20分ごろ、再開しました。ホッとしています。 今日は、一日教会で祈っていますが、原発が安全に稼働するように、また、TPP参加や国の政財界のために共に祈って行きましょう。
2013年03月19日
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今だから言えるのだと思います。私が出会った人みんなが我が師です。 私の両親、兄弟、親戚、幼稚園の先生、小学校・中学校・高校・大学の先生、友達、親友、妻、同僚、先輩、後輩、様々な業種の人たち、町内会、消防団、PTA、地域の人たち、教会内外で出会う人たち、全てが私の師です。師からたくさんのことを学んできました。 師は大きく3種類に分けられます。 私に取って、模範としている人が何人かいます。また、メンターも少数ですがいます。たくさんのことを教えて頂き感謝しています。 私に取って、模範とすべき部分と「こういう部分はもっとこうしたらいい」ということを教えてくれる人がたくさんいます。 私に取って、反面教師もたくさんいます。 の師は、ごく希にしかいません。特に、メンターとして、具体的に、深く関わりを持って頂ける師との出会いは神様が下さったプレゼントです。 私がこういう話をすると、「うらやましい。私にもそんな師がいたらもっといい人生が生きられるのに」と言ってくれた人がいます。 私は、の師に感謝していますが、「の師がいなくてもとの師がいれば大丈夫です」と話します。 との師は、探さなくてもどこにでもいます。大切なことは、との師に関して、安易に批判したり、毛嫌いしたりするのではなく、その人の生い立ちを聞いてみたり、感じたり、その人の身になって考えてみることです。そのプロセスの中でたくさんのことを学べます。 特にの師は、不幸な過去、両親の不和、親からの虐待、いじめ、トラウマになるような衝撃的なできごとを経験しています。中には、親に甘やかされて、わがままを矯正してもらえなかった人もいます。そこには、幸せを感じられなかった幼少期や過去が見えて来ます。結果、劣等感、ねたみ、憎しみ、怒り、コンプレックスなどを持っていることがわかります。 その痛みがわかると、単なる反面教師ではなく、共に泣きながら、「つらかったね」「悲しかったね」「よく生き抜いてきたね」と口に出さなくても、本当によく生きて来たなー!と感心させられます。 私は、そこに寄り添いながらイエス様の愛を語ります。心が通い合い、心の傷がいやされはじめ、その人の表情が変えられて行きます。私は、このプロセスにおいて、とても多くのことを学ばせられます。 もちろん、出会う人の中に、心が固く閉ざされて、心通わすことができない反面教師もいます。私は、できるかぎりその人の心を感じ、その人のきっとあるつらい過去を推測しながら、神にその心のいやしを祈ります。 そして、反面教師から、「その人がやっていることと同じことをしない」ということをしっかりと学ぶ必要があります。 教師と反面教師を見分ける基準は、自分の理想や好き嫌いでしょうか? そうではありません。聖書こそが基準であり、イエス・キリストこそが最大の教師であり、模範です。 その特徴は 神を第一にする 神を愛する 自分を愛する 他者を愛する 神に栄光を捧げる 自我を否定する 他者の利益を第一に考える 全てを感謝する 贅沢を戒め、質素でシンプルな生活を心がける 夢とビジョンを持って使命に生きる この基準をしっかり持っているならば、もっと言えば、イエス・キリストと出会い、その方を師とし、直結して生きるならば、人生で出会う全ての人が我が師となり、そこから人生に必要な全てのことを学ぶことができます。 今日一日も、良き学びの時でありますように。祝福を祈ります。
2013年03月18日
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おはようございます。新しい週が始まり、今週も何がすばらしいことが起こるのではないかという期待が心から湧いています。「人生楽ありゃ、苦もあるさ」と水戸黄門の主題歌(「あゝ人生に涙あり」作詞・山上路夫)のワンフレーズにあるように、色々なことが起こります、だからこそ人生は楽しいのではないかと思います。みなさんの一週間に豊かな祝福がありますようにお祈りいたします。 「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」(詩篇30:5) 新宿福興教会 日曜日の礼拝の動画です。よかったらどうぞ。 3/10朝9時礼拝 http://youtu.be/jXhaiUD1aU4 3/10朝11時礼拝 http://youtu.be/GBoY6o9Ixs0 3/10夕方5時礼拝 http://youtu.be/j9VXu1bKNgs
2013年03月17日
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おはようございます。三寒四温で、寒い日と温かい日が数日単位で交互にやって来ますが、確実に、春が近づいていることを感じますね。 思い出すと、小学生時代、コタツはあっても、暖房がなかったので寒くて布団から出たくなかったことを思い出します。 しかし、思い切って布団から飛び出し、着替えをして学校に行ったら何とかなるんですよね。 人生には、心が凍えてしまうような孤独で、つらく悲しい時があります。 「北風と太陽」の童話で、旅人のコートを脱がせたのは強い北風ではなく、温かい太陽であったように、人はそんな温もりや優しさを求めています。太陽は、時に悪天候や雲によって遮断されることがありますが、いつも温かく照らし続けているように、キリストの愛は、私たちを包み、いやし、凍えた心を温めて、愛と喜びと平安で一杯にしてくれます。 「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」と述べられたのです(マタイ28:20) 教会では、毎週日曜日に神を礼拝する集会があります。 〈1〉朝9時~10時 〈2〉朝10時半~昼12時 〈3〉夕4時半~6時 それぞれ「教会の集会を生放送」します。 ニコニコ動画 http://nico.ms/l/co114841 ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor 教会(Church)HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/ 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
2013年03月16日
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おはようございます。週末になりました。一週間お疲れ様でした。今日も最高の一日となりますようにお祈りします。 人生とは、思い通りに行かないから面白いのかも知れません。自分の思い描いた通りにことが進んだとしたら、きっと退屈になってしまいます。 聖書は、試練が誰にでも起こることと、試練の中で脱出の道が与えられることを教えます。 「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」(コリント人への手紙第一10:13) 試練に会った時、「この試練は耐えられないものではない!」事実を受け入れて下さい。それだけで必要以上に苦しまないですみます。 私は、毎年ガン検査を受けます。ガン検査で苦しいのは、バリウムを飲んでの胃ガン検査です。バリウムとともに、炭酸を飲まされますが、そうするとゲップをしたくてたまらなくなります。しかし、ゲップをしてしまったら、もう一度やり直しになるので、ガマンしなければなりません。検査の時間が永遠に続くように感じます。 さらに、検査の結果、再検査が必要だと言われたら、もっと苦しい胃カメラ検査が待っています。これは拷問のように苦しいです。 みなさんに取っての試練はなんですか? それは、人それぞれですよね。他の人から見て何でもないと思えることでも、その人に取っては大変な試練であるということがあります。 1994年に起こった「松本サリン事件」で、第一発見者の河野さんは大変な試練の中にいました。 マスコミによって犯人に仕立て上げられ、奥さんはサリンを嗅いだことで意識不明になり、自宅から農薬が発見されたことによって、警察も河野さんを容疑者として疑っていました。誤認逮捕してもおかしくな雰囲気でした。当時、誰もが河野さんこそが、松本サリン事件の犯人だと思い込んでいたことでしょう。 しかし、実際は冤罪でした。誰も信じてくれないその時、試練以外の何者でもありませんでした。試練の中で、先程も引用したこの聖書の言葉が河野さんを支えました。 「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」(コリント人への手紙第一10:13) 聖書の言葉には力があります。あなたが試練の中にあっても大丈夫です。この言葉がきっとあなたをも支えてくれます。 今日も素敵な一日でありますようにお祈りいたします。どうもありがとうございます。
2013年03月15日
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おはようございます。とても気持ちのいい朝ですね。今日も元気に素晴らしい一日でありますように。 イギリスのことわざに、 一日の間、幸せでいたいならば、床屋に行きなさい。 一週間、幸せでいたいなら、車を買いなさい。 一ヶ月間、幸せでいたいなら、結婚をしなさい。 一年間、幸せでいたいなら、家を買いなさい。 一生の間、幸せでいたいなら、正直に生きなさい。 とあります。 正直に生きることの大切さとすばらしさを私たちに教えてくれます。 些細なことで見栄を張ったりするために嘘をついてしまって、その嘘がバレそうになり、その嘘を隠すためにさらに嘘をつき、嘘をつき続けて、終いにはどういう嘘をついたかもわからなくなってしまって、嘘がバレてしまったことはないですか? 子供の頃なら愛嬌で済みますが、場合によっては信頼を失ってしまうことがあります。嘘は、一次的に得をしたようでも、長い目で見たら大損です。 このことわざは、「一生の間、幸せでいたいなら、正直に生きなさい。」と伝えるために、「一日の幸せ」「一週間の幸せ」「一か月の幸せ」「一年間の幸せ」と比較しながら、「確かにその通り!」と思わせた上で、「これよりももっと幸せがあるよ、それは一生の幸せだよ」と締めくくっります。 私は18歳の時にクリスチャンになりました。20歳の時に神様に自分自身を捧げて、牧師になる決断をしました。以前は、自分の好き勝手な人生を生きていて、幸せなはずですが、そうではありませんでした。 自分の弱さや間違いを認めたら負けだと思っていました。人に馬鹿にされないように強がって生きていました。 見栄のために、持ってもいない物を「俺それ持ってる」と言ってしまったことがありました。友達は「見たい。今から見に行こう!」と言うのです。 嘘を隠すために、いくつもの嘘をつきました。嘘はバレませんでしたが、自分が悪人になったような気分になり、何一ついい事はありませんでした。 クリスチャンになってからは、神が私をあるがままで愛していてくださることを知り、見栄を張ったり、格好つける必要がなくなり、とても楽になりました。 見栄のために嘘をつく必要がなくなり、「言いたくありません」「言えません」と、黙秘権を使ったりします(*^_^*) クリスチャンになって、嘘をつく必要がなくなっただけでも、罪責感を感じる必要がなく、平安だし幸せです。 私に相談してくれた人は、ずっと隠しながら後ろめたい感情に苦しみ、ある日、嘘がバレてしまって、家族や社会の信頼を失ってしまいました。この人も、自分の罪を悔い改め、クリスチャンになり、今は、嘘をつかなくてもいい人生を幸せに生きています。 正直な人生は、損をしたり、格好悪く見えることもあるかも知れません。正直者はバカを見るでしょうか? 短期的に見たらそういうこともあるかも知れません。しかし、長期的に見たら、嘘がバレて恥ずかしい思いをしているバカを見ることでしょう。 そして、振り返ってみて、一生幸せだったと言えるはずです。 「一生の間、幸せでいたいなら、正直に生きなさい。 」に加え、「永遠に、幸せでいたいなら、クリスチャンになりなさい 」を付け加えたいと思います。 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3:16) 見栄を張ったり、嘘をつく必要がない幸せな人生と共に、永遠の命と天国のパスポートを頂いて、永遠に天国を生きる人生が与えられます。 今日は、「お茶の水クリスチャンセンター404」で、お昼頃から講演をします。クリスチャンの人生のすばらしさをお話したいと思います。 天国に続く幸せな一日でありますように。
2013年03月15日
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おはようございます。週の後半になりました。雨の朝を迎えられ心の渇きもいやされるようです。素敵な一日でありますように。 人には、打ち明けたいけれど、言えない悩みがあるものです。そうじゃないでしょうか? 自殺など、取り返しがつかないことが起こってしまった後に、「誰かが聞いてあげられたらこんなことにならなかったかも知れないのに・・・、」と言われることがあります。 相手によっては、理解してもらえないばかりか、批判されたり、馬鹿にされたりして、かえってストレスが溜まってしまって、話したばかりに余計につらい状況になってしまうことがあります。 悩みを解消する方法は、 1、小出しにして、多数の人に打ち明け、相談することです。この場合、話す相手がどこまでならば許容してくれるか、理解できるかを見極める必要があります。 2、自助グループなど、共通の悩みを持ち、クローズドで、秘密が守られるような集まりの場で話を聞いてもらったり、互いに受け止め合うことです。これは前の方法よりももう少し深い話ができますが、どこまで話したらいいかは微妙です。 3、カウンセラーや私のような牧師や各専門家に相談することです。その道のエキスパートですから、色々な経験もありますので、適切なアドバイスをしてもらえる可能性があります。しかし、専門家でも完全な解決を得られることは稀です。 4、神に全てを打ち明けることです。神は、あらかじめ私たちの全てを知っておられ、完全な解決策と解決する力を持っておられます。全知全能です。神に祈ることが完全な解決への第一歩であり、全てです。そして、神に祈ると同時に、1~3の方法も併用して下さい。しかし、まず祈ることで、問題は解決していなくても、心では解決できます。そして、祈ると適切な導きが与えられます。 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6~7) 「いつくしみ深き 友なるイエスは 罪・咎・憂いを 取り去りたもう 心のなげきを 包まず述べて などかはおろさぬ 負える重荷を」(賛美歌312「いつくしみ深き」)
2013年03月13日
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Supplements of mind that works in the "disappointment" and "burnout" and "depression" "
2013年03月11日
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2013年03月10日
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2013年03月10日
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("Do not you go to church on Sunday?") 日本人の宗教の感覚からすると、毎週教会に通うというのはなかなかピンと来ない人が多いだろうと思います。 宗教の話題になると、「私は無宗教です」と答える人が意外に多く、しかし、誕生した時や七五三は神社、結婚は教会、葬式はお寺という人が多く、クリスマスはキリスト教的なり、新年には神社仏閣に初詣に行く人が多くいます。 国民の宗教の人口の総計は2億人に達すると聞いたことがあります。掛け持ちをしているのでしょうか? しかし、「無宗教です」と答える人が多く、せいぜい「仏教です」と答えますが、年に何度かのお付き合いに留まっています。 キリスト教徒の信仰は、一年365日、一日24時間です。いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝し、神と共に歩みます。 日曜日に教会に行くのは信仰の全てではなく一部です。しかし、信仰生活は、日曜日に教会に行くことから始まります。 ある人を教会にお誘いしたら、「私は、外国の神様より日本の神様の方が肌に合ってますので・・・」とやんわり断られたことがあります。確かに、キリスト教は欧米を経由して伝わって来ましたが、その意味では、仏教も外来の宗教です。にもかかわらず、仏教を外来の宗教と実感している人はほとんどいないと思います。 仏教は、日本に合わせて形を変えました。結果として、日本は仏教の影響を受けていますし、生活レベルに浸透しました。 キリスト教は、欧米の文化に合わせて発展したキリスト教を、そのまま直輸入しました。本来は、本質を変えず、日本に合わせて発展させるべきでした。しかし、今からでも遅くありません。 日本の神道はユダヤ教の影響を受けています。仏教もキリスト教の景教の影響を受けています。もし、欧米経由のキリスト教ではなく、初代教会のキリスト教を日本に持って来て、日本の文化に合わせて布教して行ったら、きっと日本人に合うものとなり、日本人を支え、励まし、救うことができると信じます。 キリスト教は、外国から伝わってきたことは事実ですが、聖書の神は、全人類と全宇宙を造られたお方です。その神を共に礼拝したら、みんな仲良しになれるはずです。 今は、国益や利権が絡んで、世界中で戦争が起こっていたり、日本でも一触即発で戦争になってもおかしくない状況に近づいています。 私たちから、創造者である神を礼拝することを始めませんか? 聖書を学んでみませんか? 新宿福興教会 http://www.geocities.jp/sgr_ch/ また、インターネットで教会の集会の生中継と録画放送をしています。もしよかったらご利用下さり、ご視聴下さい。 〈1〉朝8時~朝9時 〈2〉朝10時半~昼12時 〈3〉夕4時半~6時 「教会の集会を生放送」します。 ニコニコ動画 http://nico.ms/l/co114841 ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor 教会(Church)HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/ 説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/ Live broadcast of the Japan time 〈1〉am8~ 〈2)am10:30~ 〈3〉pm4:30~ live1 http://www.geocities.jp/sgr_ch/ live2 http://nico.ms/l/co114841 live3 http://www.stickam.jp/profile/pastor sermon summary Http://pastor.ti-da.net/
2013年03月09日
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「習慣的な悪習慣」が人生を破壊し、破滅させてしまいます。 私の身近な知り合いの友人が、1~2年前に飲酒運転と電柱への物損事故により逮捕されました。二人の友人が50万円をカンパし、釈放されて、前科は付いたものの事なきを得ました。 友人は懲りませんでした。少し前に、またもや無免許運転と証拠隠滅と交通違反などの罪により逮捕されました。弁護人などの尽力により釈放されることができました。判決は、今月の3月29日の予定で「執行猶予」になるか? 「実刑判決」になるか? 五分五分のようです。 友人がここに至るまでに、「習慣的悪習慣」を持っていたと推測できます。 「これくらいはいいだろう!?」「今回だけ!」「今日で最後!」と、自分に甘く、幼稚な判断の繰り返しが、やがて習慣になり、白日の下にさらされることになったと思います。 次に、イエス・キリストの弟子のイスカリオテのユダの話をします。彼は、キリストから見込まれて、12弟子の一人に選ばれました。卓越した才能と可能性に満ちていたはずです。だから、一番信頼されてないと任されない会計係に任命され、財務を一人で管理するようになりました。 ユダは、最初はお金をちょっとだけゴマ化し、少額ずつ盗むことから始めました。やがて、それが習慣となり、「習慣的悪習慣」となりました。最後は、キリストを銀貨30枚で売り渡し、裏切り、首つり自殺して人生の幕を閉じました。 前者の私の友人は、生きていますので、人生をやり直すチャンスがあります。裏切りのユダは、やり直しのチャンスを自分で閉じてしまいました。ユダにもやり直しのチャンスはあったのです。残念です。 チャンスとは何でしょうか? 悔い改めることです。イエス・キリストに「赦して下さい!」「罪を離れます!」と祈ることです。 読者のみなさんの中には、もしかしたら、白日の下にさらされていないけれど、「習慣的悪習慣」を続けている人がいるかも知れません。 「これくらいはいいだろう!?」「今回だけ!」「今日で最後!」と続けないで、今日、悔い改めるましょう。もちろん、そのまま悪習慣を続けることもできますが、問題が大ごとになっていない今、人生のやり直しのチャンスのある今日、悔い改めませんか? 「不倫」「キセル乗車」「万引き」「脱税」「交通違反」「ルール違反」など。 最後に、別の友人の話をします。性犯罪を犯し、20年以上刑務所に入っていましたが、一年くらい前にシャバに出て来ました。20年も性犯罪で刑務所に入っていたというのは、相当悪いことをしたに違いありません。しかし彼は、刑務所の中でイエス・キリストを信じて、人生のやり直しを決断しました。 罪を悔い改めただけではなく、今は、刑務所から出て来る人の心のケアと支援をし、NPO法人を立ち上げて、活躍しています。 人生はどこからでもやり直せます。 「今は恵みの時、今は救いの日です。」(第二コリント6:2)と聖書は語ります。 あなたの人生を「習慣的な悪習慣」によって破壊し、破滅させないで下さい。今日悔い改め、今から新しい人生を歩み始めましょう。祝福を祈ります。
2013年03月08日
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2013年03月07日
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未来に希望が持てない子供が増えています。未来像である親の姿を見て失望しているからかも知れません。 親は子供の未来を考えて、教育に一生懸命になり犠牲を払って投資します。 子供は、親の期待に答えようと一生懸命に勉強に励みます。 親も子供も、案外ストレスを感じています。親も自分の時間や睡眠時間を削り、子供が勉強できる環境作りのために自分を犠牲にし、子供は、親の期待に応えようとしても応えきれず、罪責感を感じています。 親は子供に、将来の安定と幸福、快適と安らぎを見つけてほしいと願って一生懸命ですが、子供は、親の願いとは別の夢を持っています。 教育も大切ですが、子供のお手本や未来像として、「こんな大人になりたい」という生き方を提供できているでしょうか? 考えてみたいものです。 そのために、親自身も確かなお手本と未来像を持つ必要があります。天の父です。天の父は、全ての人のお手本であり、理想像です。その方を信じ、共に歩み、目標としていたら、親は、子供のお手本や未来像となります。 最近、子供たちの自殺、うつや引きこもりが増えています。背景には、親を含めた大人の姿を見て失望し、未来に希望が持てないからではないでしょうか。 教育も大切ですが、それ以上に大切な見えるお手本や未来像の欠如がこの国に行き詰まりをもたらしています。 あなたが子供の親でなくても、多くの子どもたちがあたなを見て、「こんな大人になりたい」という見えるお手本や未来像であるならば、日本に未来があります。 「どうか、私にならう者となってください。」(第一コリント4:16)
2013年03月06日
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2013年03月05日
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2013年03月04日
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先週の金曜日、出張先で春一番の強風を全身で味わいました。 「冬は寒くて嫌だな」と思っていても、段々慣れてしまいます。 人は、変わることに対して痛みを覚えます。特に、慣れて、馴染んだものを変えることには大きな痛みを伴います。 冬を吹き飛ばし、春を運んでくれるように、春一番は強風を吹かせます。 みなさんの人生の中に、春一番のような強風が吹いていませんか? 試練や失敗などは、形を変えた春一番です。 試練や失敗は、挫折させるためのものではなく、あなたが変わるためのものです。 変化のために心の準備をさせてくれます。 感謝して、春一番のような変化の前兆を受け入れて、今日も今週も前進しましょう。祝福を祈ります。
2013年03月03日
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朝11時礼拝 http://youtu.be/DspCWfB6nMM 夕方5時礼拝 http://youtu.be/DlhZuPaMaMM
2013年03月03日
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2013年03月01日
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