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最近、”歴史通”という本を読んでいたら…韓流はウソだらけ…という記事に目が留まった。史実無視のフィクションということだ。なんでも史書に記述が乏しい。でも少しくらい史実と違っても楽しめればいいいのではないかという意見もあるけど…いやだいぶん違うようですよ。そして、そうも言ってられなくなったようだ。韓国の場合、歴史ドラマは、歴史認識論争と表裏一体です。確信犯的に過去を美化し、自分達の歴史の正統性を主張するためのドラマを国策として送り出す傾向にあるようです。僕は、嫌韓だから、ぜんぜん見ないけどね。K-popもぜんぜん流行っていないのに…テレビで垂れ流されているのは、ちょっとどうかと思うけど…まあ、少女時代とKARAは売れているようなので良しとしておくけど…俳優は、ぺ・ヨンジュンくらいしか知らない。それはさておき…李氏朝鮮の歴史について考えていきたいと思う。僕は、全く不勉強で…申し訳ありません。さて以下、李氏朝鮮の歴史について…”歴史通11月号”から一部抜粋させていただきました。ちょっと、アレンジもしちゃったけど…↓↓↓↓李氏朝鮮の歴史は、それは悲惨なものでした。派閥争いが絶えず、科挙官僚はライバルを蹴落とす事ばかり考え、相手の小さなすきをついてはその一族を根絶やしするというようなありさまで、500年にわたって政治も文化も停滞したままでした。(そう、これが日本が統治する前の朝鮮なのです。)朝鮮の身分制度は、両班・中人・常民・賎民・奴婢に分かれるようです。そして、支配階級である両班は、一割にも満たない。明に加担してモンゴル(北元)と高麗王を裏切り、李氏朝鮮を建国した李成桂は、韓国人は、絶対に認めようとしませんが、実は満州の女直人です。(そうです。李氏朝鮮を興した人物は、朝鮮族ではないのです。)高麗時代には、朝鮮半島はモンゴルの一部だったので、貨幣経済も発達し、食生活も豊かだったようです。でも李氏朝鮮になったとたん、鎖国状態になり、文化は停滞。技術革新も嫌い、羊もいなくなり、国全体が貧しくなった。特産品がないので、明に朝貢するときには、女官と宦官を差し出すのです。要するに人間しか財産と呼べるものがなかったようです。(李氏朝鮮の前は、豊かな暮らしをしていたようですね。この500年という長い期間、明や清の属国だったわけですが…ひどい仕打ちを受けてきたようです。)そういう何もいいことがなかった五百年の歴史のなかから、史書の一行か二行を取り出して明るく美しく描いたのが『宮廷女官チャングムの誓い』と『ファン・ジニ』というわけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・文章で見ると、どれくらい悲惨だったかは、伝わってきませんが…写真で見るとうむうむと納得してしまう。まあ写真は、日本統治前の明治の頃の写真ですよね。ネットで流れているので、だれでも見ることができる。ところで、先の大戦の開戦時と終戦時に外務大臣だった東郷茂徳氏は、鹿児島出身でもともと朴茂徳という名の朝鮮人でした。5歳の時、姓を東郷に変えた。だから、戦前の日本には、朝鮮人に対する差別はなかったと思うよ。(念のため)日帝時代に日本の外務大臣が朝鮮人だったなんて…びっくりですよね。戦後は、朝鮮人があまりにも醜いことをしたので…差別も仕方がないと思うよ。そういう経験をした人たちが数多くいるうちは…これもそのうち調べて記事にするけど…あまりにも醜いので止めるかも…・生田警察署襲撃事件(1945年12月24日、1946年1月9日)・富坂警察署襲撃事件(1946年1月3日)あげれば…きりがないのである。まあ、”真実を書いたら…なんで、避難をあびるのか!!”ってどこかで聞いた様なセリフ。まあ、いっか~。とりあえず、今後の勉強の為、課題を提議しておきます。
2011.10.30
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この統一教のブログ村の中で、様々な反日的な内容を垂れ流している人がいるんだけど…この人は、何処で教育されてきたのだろうと不思議に思う。さて、ここに、ある人のブログからの引用なのだが…先ず、創氏改名がどんなものか理解する為に、ここに記すとする。以下、”依存症の独り言”より『創氏改名強制もデタラメ 韓国のウソを暴く』から少し抜粋?いや、かなりの部分をコピペしてしまった。(すみません。)↓↓↓↓辻本武氏という、在日問題や近代の日韓(朝)関係を検証されている方がいる。極めて実証的で、非常に参考になる。辻本氏は以下のように書いている。「創氏改名とは何か」創氏改名の通説への疑問創氏改名とは「日本が朝鮮植民地支配の際に、皇民化政策の一環として、朝鮮人から固有の姓を奪い日本式の名前に強制的に変えさせた。これを拒否しようとしたものは非国民とされ、様々な嫌がらせを受け、結局は日本名に変えた」というような説がまるで定説であるかのように流布されてきた。私も朝鮮問題にかかわりはじめた20年程前の時は、この説を素直に信じたものだった。その後いろんな朝鮮関係の本や資料を読み、また創氏改名を実際に体験した在日一世のお年寄りの話を聞いていくうちに、この説に疑問を抱くようになった。戦時中の朝鮮関係の本や資料を見ていくと、1940年の創氏改名後であるにもかかわらず、日本式の名前ではなく、明らかに名前を変えていない朝鮮人が少なからず見つかる。最初これを見つけた時は、この人は強制的に日本名をつけられようとされても本名を通してきた人なのだろうか、きっと日本帝国主義の創氏改名政策に最後まで抵抗した人なのだろう、こんな人はおそらく特殊例外の民族的英雄に違いない、などと想像していた。しかしいろんな文献を読むと、それはごく少数の例外では決してなく、わりとよくあるケースであることにすぐに気がついた。で、辻本氏は以下の例を挙げている。「近代庶民生活誌(4)流言」(三一書房 1985)には憲兵司令部資料(昭和18年12月~同20年5月)、東京憲兵部資料(昭和19年12月~同20年5月)など、流言飛語に関して取り調べた資料が集録されている。そのなかで流言飛語を行なったとして検挙されたりした朝鮮人の具体名が出ている。数えてみると全部で49名(他に日本人か朝鮮人か不明が5名ある)であるが、そのうち次の9名は本名(法律上の名前)を日本式の名前に変えていない。南圭一・趙明鐘・河奉根・林鳳爍・李基世・張仁洙・金達順・朴鄭与・川口龍夫コト呂永根なお残りの40名のうち2名は、鄭和欽コト日高輝男・金漢寿コト金光秀雄となっており、通名は朝鮮名だが本名は日本名である。他はすべて日本式の名前となっている。以上のように、辻本氏は、史実を挙げて「創氏改名」の通説を否定した。彼のHPを読めば、もっとたくさんの具体例を読むことができる。引用したのは、ほんの一例にすぎない。が、それでも彼は「創氏改名」を以下のように批判する。創氏改名令の真の意図 朝鮮の家族制度を否定し、日本の家族制度を導入する。これが1939年の創氏改名を含む民事令改正の日本の意図であった。そしてそれは当然朝鮮の民族性を否定しようとするものであった。日本は名前でもって民族性の否定を考えたのではなく、家族制度の変更という実際はもっと深刻なところでそれを考えたのである。辻本氏の結論を、私は頭から否定するつもりはない。史実を実証的に検証された結果だからである。が、私の見解はもちろん違う。創氏は、父系社会のため母親のみ本貫の違いにより別姓となる宗族制度を、家制度に改めるために家族単位の「氏」を新たに作成したものである。つまり、一族から女性を排除する宗族制度を、家族を基本にした家制度に改める、これが創氏の目的だったのだ。ところで僕の見解は、ここの部分は、激しく同意します。さて、朝鮮は、歴史的に見て、すでに創氏改名をしていることも付け加えておきます。それは、宗主国中国にならって、中国式の名前になってます。宗族制度って、シナのものでしょう。そして、あの族譜もほとんどが捏造だろうと思う。今生きている朝鮮人がすべて両班(ヤンバン)の子孫のわけないでしょう。「従軍慰安婦」「収奪」「強制連行」「創氏改名」韓国・朝鮮人は、史実をねじ曲げて我が国と我が国民を非難し、賠償と謝罪を求め続けてきた。彼らの言い分に同意することは100%ありえない。韓国・朝鮮人が、在日も含めて、史実を素直に受け容れない限り、真の友好はない。彼らに対する差別もなくならない。そして、「反日」日本人に対する憤りは募るばかりである。韓国・朝鮮人は、もっと真正面から歴史と向き合うべきだ。そもそも、強制された「創氏改名」を、なぜ未だに「通名」として使い続けるのだ。屈辱ではないのか?…中略…韓国・朝鮮人のみなさん!いつまでも「歴史の被害者」を偽装して、日本社会に寄生するのはやめてほしい。通名ではなく、本名で生活してほしい。そして、未来永劫、日本に住みつくのであれば、「日の丸」に忠誠を誓った上で帰化してもらいたい。「反日」日本人のみなさん!国内で歴史を捏造するのはやめてもらいたい。韓国・朝鮮よりひどい行為である、ということの自覚はないのか?自分が生まれ、育ち、そして生活している国に唾を吐きかけて恥ずかしくないのか?特に民主党と社民党の売国議員!岡崎トミ子、円より子(落選)、千葉景子(落選)、和田ひろ子(引退)、喜納昌吉(落選)―以上民主、吉川春子(引退)―共産、福島瑞穂―社民、糸数慶子―無所属、この連中は、慰安婦に対する謝罪と賠償を求める法案(戦時性的強制被害者問題解決促進法案)を何度も共同提案している。しかも、対象に日本人慰安婦を含めるよう共産党が申し入れたのに、民主党と社民党は拒否した。あくまでも謝罪と賠償の対象は、韓国・朝鮮人その他の外国人に限ると。もう、とことん「反日」なのだ。そして、連中の裏にいるのが仙谷由人(前官房長官)である。この部分もおかしいでしょう。対象に日本人を含んでいたら、まだ整合性がとれるのにね。つまり、民主党や社民党って、どこまでも反日極左団体なのかもね。創氏改名、と言うか「日本名での創氏」は“強制”ではなかった。右でも左でもない実証的な研究者(辻本武氏)が明らかにしてくれた。「朝鮮名を通した朝鮮人は多いとは言えないが、ごく少数の特殊例外とも決して言えるものではない」と彼は断言している。右翼が言っているわけではない。韓国・朝鮮人問題に長らくかかわってきた研究者の言葉なのだ。↑↑↑↑しかし、この統一教もダメな団体になっちゃったね。”帰って来い”と言われても…思想・信条が違う。無理ですね。
2011.10.30
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第一次世界大戦後の1919年にパリ講和会議が開かれたんですよね。この会議においてね。皆様も知ってのとおり、今日の国連の全身に当たる国際連盟が創設されたんだよね。これくらいは、学校で習ってるよね。しかし、ここで、日本が5大国の一つとして参加していて、そして、世界の国で初めて、人種的差別撤廃案を主張したんだ。まあ、唐突感もあったんだろうけど…欧米はそれこそ、植民地をじゃんじゃん広げて、分捕り合戦をしてたからね。まあ、ここから推測すると、日本が文化水準というか、そういう根本的なものが欧米よりもはるかに進んでいたということだろう。そして、日本の提案に先頭に立って猛反対したのがウイルソン大統領(米)なんだ。ウイルソン大統領は、『民族自決』を提唱した理想主義者として歴史に名を刻まれている。(何となく皮肉な事だが…欧米中心で世の中が回っていたのだ。)民族自決とは、各民族がそれぞれ独立する自由を許されるべき事なのだが…これは、白人だけで、はじめから有色人種は除外されているんだ。これが、この時代の感覚なのだから…まあ、しょうがないね。こういう辛酸をなめながら…日本の人々の努力によって、有色人種が日の目を見るようになるんだろう。ウイキペデイアより人種的差別撤廃提案1919年2月、日本全権である牧野伸顕が新設される国際連盟規約委員会において、連盟規約に人種的差別撤廃を入れるように提案した。これは「人種あるいは国籍如何により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約す」というもので、国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初である。当初、この提案は多くの植民地を有するイギリスや白豪主義政策をとるオーストラリアなどに猛反対され一度は退けられた。しかし、西洋列強の圧力に苦しんでいたリベリア人やアイルランド人などから人種的差別撤廃提案に感謝の言葉を受けた日本は説得交渉を続ける。4月11日の最終委員会において日本は連盟規約前文に「国家平等の原則と国民の公正な処遇を約す」との文言を盛り込むという修正案を作成し、再度提案する。イギリスが修正案に反対し採決を却下させようとするが、日本は「修正案はあくまで理念をうたうものであって、その国の内政における法律的規制を求めるものではないにも関わらず、これを拒否しようというのは、イギリスが他の国を平等と見ていない証拠である」とし、修正案の採決を求めた。修正案は採決の結果、出席者16票中11票の賛成(フランス、イタリア他)を得るに至り、賛成多数により可決かと思われた。しかし議長であったアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンはこの案に反対。それまで全ての議題は多数決で採決されていたにも関わらず、突如『重要な議題については全会一致が必要である』として日本の提案を退けた。ウィルソンが急いで次に進もうとすると、牧野伸顕は遮り「日本代表団は、議事録にとどめるために、この会議で過半数の賛成票があったことを明確に記述するよう希望する」と述べ、議事録に残された。
2011.10.21
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オランダ ハーグにある国際司法裁判所!!なぜ、ココで、主張しないのか?あれだけ、あっちこっちで、竹島は自分達の領土とか言っているのに…↓↓↓彼らの主張には、国際法に基づく根拠が何もないからである。問題提議の為…ここにアップしますね。ところで、真実を述べたつもりでも…それが本当の真実とはかぎらない。本人は、そのつもりでも…残念ながら…うそも百回言えば…真実になる。…かの国の法則である。
2011.10.20
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この記事は、僕がよく訪問している産経応援さんの記事からのコピペです。まあ、悟葉秋声子(ごようせいし)様の記事らしいのですが…なかなかよくまとまっていますので…ここに載せちゃいました。↓↓↓ 朝鮮の国号を与えたのは「明(みん)」である。元寇(げんこう)と呼ばれた2度に渉る日本侵略、文永・弘安の役に敗れたフビライ汗(ハン)の元が漢族の明(みん)、朱元璋(しゅげんしょう)に取って替わられ 元に忠誠を尽くした高麗(こうらい)も共に滅亡した時代である。親明派の李成桂(りせいけい)は歴史的に卑しい国号のみを与えられてきた支那の王朝 明に立派な国号を欲しいと懇願して下賜(かし)されたのが「朝鮮」という国名である。その李氏朝鮮の4代 世宗大王(セジョンダワン)が1446年に漢文の補助文字として制定したのがハングル文字である。連綿と続く青史の中で「朝鮮の歴史」は支那の歴史そのものであって朝鮮のそれではなく 詩文、哲学、経典等の学問的著述は全て漢文であってハングル文字は漢文を読む為の送り仮名的要素でしかなかった。だから一般国民はハングル文字を指して「訓民正音」或いは「諺文(ウォンモン)」と呼び蔑(さげす)み、女文字とまで呼んでいた。あくまで 漢文が国字であり支那を中華と仰ぐ小華の歴史であった。 その朝鮮が中華である支那のGNPを追い越した時 全国的なナショナリズムの高揚が爆発して 独立国としての国語が必要であるとの願望からハングル文字が脚光を浴びた訳である。それは日本が大東亜戦争に敗北し 支那の地では毛沢東が原始共同体的農場経営に力瘤(ちからこぶ)を入れていた頃であるから 60余年以前の頃であろうか。即ち 長い朝鮮の歴史の中で自前のハングル文字を公私共に使用することはなかったのである。だから 朝鮮には民族的文化遺産は殆(ほとん)ど無に等しく そのヒステリックな国民的性格と「恨(はん)」の感情から宣(のたま)うのが「日本の文化は全て朝鮮文化のコピーである」という大嘘である。夜郎自大(やろうじだい)の物言いを色刷りにしたようなものだ。その朝鮮が日本の伝統文化である柔道、剣道、空手、茶道を始め鮨(すし)文化までをも朝鮮が元祖であると言い始めたのであるから驚いた。鮨のネタに狗肉(くにく=犬の肉)があったとでも主張したいのであろうか。歴史的に宗主国であった支那も本当は朝鮮が一番嫌いな国であるらしい。昔 支那の王朝に取り入って宮廷を牛耳り 奸計(かんけい)を策して私利私欲を貪(むさぼ)った宦官(かんがん)は朝鮮民族が多かったことも理由の一つに挙げられるのだが 支那の歴史的人物が朝鮮人であったと主張していることが大原因であるそうだ。流石(さすが)に嘘もここまで言うと噴き出してしまうのだが 儒教の祖である孔子が朝鮮人であると明言するのである。孔子は紀元前5C~6Cに活躍した春秋時代の人物であるが 「詩経」「書経」「春秋」など支那の古典を整理編集し 支那人が絶対に到達し得ない「人生道徳」を説いた。その支那の古典を最高経典とし教養人の必須科目とし 更には孔子、孟子が説いた儒学と朝鮮民族が共鳴できる「負け犬の遠吠え」的な朱子学を国学としてきた朝鮮民族が 余りにも親近感を持つ孔子を自らの先祖とするのは理解出来るが、しかし戴けない。支那人が激怒するはずである。 支那には歴史的三美女が伝説として存在している。諸説があって三美女が統一されてはいないのではあるが 日本で一番有名であろうはずの楊貴妃は残念ながらどの説にもその名が登場する事はない。しかし 諸説の三美女の中に必ず登場するのが「西施(せいし)」である。これも春秋時代を生きた人物であり 近く寄れば鳥肌の立つ絶世の美女であったそうだ。当時 呉越戦争に敗れた越王「勾践(こうせん)」は 戦勝国の呉王「夫差(ふさ)」が色好みであることを知り 夫差に西施を献上した。西施の余りの美しさに我を忘れた夫差は国事を放擲(ほうてき)してうつつを抜かし 呉を滅亡に至らしめる原因となった。「傾国の美女」とはこの西施のことである。しかし この西施も朝鮮民族であると主張して止まないことが更に支那人の怒りを増幅させている。漢民族に言わせれば「その頃 朝鮮人が整形手術の技術など備えていなかっただろう。整形美容のない時代に朝鮮族の美女など存在するはずもない。」である。江沢民の時代より外交的弱者である日本を叩き続け 支那国民の反日感情を煽(あお)り続けてきた漢民族が本当に嫌いなのは朝鮮民族である。大嫌いではあるが国境の備えとして必要不可欠であるから 北朝鮮は大事にせざるを得ない。しかし韓国は小華という属国でありながら 宗主国である中華帝国支那の歴史までをも改竄(かいざん)して憚(はばか)らぬのであるから 絶対に許しては置けぬというところであろうか。 しかし その中華帝国にも翳(かげ)りが見え始めた。人民元を刷り続けてリーマンショックを克服し成長を維持してきた支那も 遂に「赤い吐息」を吐(つ)き始めたようだ。人件費は高騰の兆しを見せ始めて物価が上昇し 全ての産業が売り上げを減少させている。対欧米輸出もユーロ、ドル安によって激減し始め それならばと国内需要に救いを求めて経済政策を打ち出したのだが インフレが始まりそうになって慌てふためいている。そしてインフレ懸念を払拭する為に総量規制を敷いたと途端に 地価が大暴落し始めたようだ。なんでも 投機用不動産に対する銀行の貸出しは許可されぬことになり 各都市圏の地価は1週間で10%もの下落を見せたそうである。その国内不安と反政府感情の矛先が弱い国日本に向けられることは間違いないであろうが 支那バブルが弾(はじ)けた時の日本政府の対応が案じられる。本来100兆円単価の額で輪転機(大量印刷用の機械)を回してデフレ日本を救うべきはずの日銀もこの支那バブル崩壊を視野に入れた上で 万策尽きた支那政府が放出する米国債を買い支える為に隠忍自重(いんにんじちょう)しているのであれば評価出来るのであるが 多分そうではあるまい。支那と南北朝鮮、梅毒国家ロシア等々の夜郎自大と境を接する日本の前途は誠に多難である。それにしてもこのブログ村は、もうダメですね。反日工作員が暗躍していて…勝共団体やセーゲーイルボーは何してんのかな~。シックは、感化されやすいから…どうなっても知らんけどね。昨今、教会内に、何となく反日左翼的な思想が蔓延してきて、保守的な人たちは、去っていったようです。もう、昔の教会には戻らないだろう。
2011.10.15
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これが大事ですよ。シックの皆様。独りよがりにならず…共生の意識を持ってくださいね。さて、僕が、教会のホーム生活をしていた頃は、横と横のつながりは、なかったですね。個人個人でしたね。まあ、これも、反牧対策で仕方がなかったのですが…そうでもしないと、芋ほり式で、じゃんじゃん落ちていきますもんね。つまり、一人が反牧につかまって、普通の人に戻っちゃうと…持っている情報をすべてあらいざらい、そこでぶちまけるものですから…その情報を基に、親にもまだあかしていない人の情報まで筒抜けになって…そして、つかまって、普通の人に戻っちゃうというふうに。こういうことがあってか、横とは一切の情報は共有しなくなったんだ。だから、同じ兄弟姉妹といえども、名前くらいしか知らないということになちゃったんだね。まあ、その名前も時には、偽名だったりして…後から、あなたは、こういう名前だったのね。という感じになったこともあったけど…(笑)もう後手後手だよね。ココは、もう、反牧につかまって…芋ほり式でじゃんじゃん落ちようが、横と横のつながりを大切にしていただきたいものですね。その積み重ねで、だんだん雰囲気も変わってくるのかな。いや、監禁されないような組織になるべきですよね。あの団体なら大丈夫といわれるぐらい、世間からの評価がそれなりになれば…監禁はされなくなるであろう。そこまで、じっと…耐えるしかないだろう!!それだけのことをやってきた団体なのだから…甘んじて受けるしかないのだ。しかし、そういうふうに世間の評価を上げるための努力をしているのだろうか?まあ、知る由もないのだが…自叙伝で何とかと…思っているのだろうか?200万部といっても…シックが一人平均100冊ぐらい買ってるとしたら…実際は、2万部だ。そろそろ…考え方を変えてみては?シックの皆様が、一つ、一つのご縁を大切にしながら、目の前のことに心を尽くして生き始めたら…自然と、良い方向へ向かっていくのではないかと思う。日本の神様は、八百万(やおよろず)といわれるが、これは、無限という意味だ。八百万(はっぴゃくまん)という意味ではない。形のない抽象的な神が山や樹木や小川やあらゆる物を通して姿を顕すと考えられているんだ。どこぞの誰かが…多神教のような言い方をしていたが、そうではない。一神教の神とも少し違う。日本人には、”おかげさまで”という感覚がある。これは、民族に受けつがれてきたものだ。これを大切にして!!
2011.10.15
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過ぎ去った過去を振り返りながら…(お前は、過去ばっかり…という声が聞こえてきそうだけど…)過去に未来があるということなんだよね。ささいなことがすべて繋がっているということなんだね。過去も大事だし、今も大事なんだ。ちょっとした今の出来事が大きな未来への道しるべになっているような気がするんだね。ところで、統一教へ導かれていく…ということは、一線を越える。この連続なんだよね。”神は、乗り越えられる試練しか与えない”なんて…言うけど…そう、小さなハードルを次々飛び越えて…もう、後戻りできない場所まで導いちゃうってことかな。統一教への導かれ方は…青年の場合ですけどね。何らかの手段で、教会員の人と接触。その後、授受作用を通して、仲良くなる。ビデオセンターでの学習(教義に関するものや、ものの考え方・捉え方)まあ、ある時に会社を辞め、社会との繋がりを完全に絶つ。と…端折ったけど。その後、銀行系カードローンで名義貸し。←これで、借金に対して抵抗感が薄れる。あっ。これは、社会人のうちに。その後、自分名義のカードローンで苦しめられることになるのだが…さて、今回は、”自分名義のカードローン”について書いてみたい。(おいおい、今まではふりかよ!!というツコッミはかんべんね)さすがに、今はしてないと思うけど…仮にこんなことしていたら…もう弁解の余地なし。犯罪ですからね!!どんな理屈があろうとも…(現役の人は、いや、オトウサマガーー。あれ、これ民主党のいい訳みたい。○○ガー)それは、いつ頃だっただろうか?初級トレ(新生トレ)が終わり、中級トレ(実践トレ)に所属していた頃だろうか。実践とは、路傍にて伝道活動することなんだ。路傍演説もさせられ、路傍講義もしたかな。これも小さなハードルだね。心の中では、”こんな人前でいやだな…”そう思いながら…ある人は、堂々と演説して、自分に陶酔して…(おい、お前はナルシストか…)そんな人は、いなかったような気がしますね。ある時、一人一人に面接が入る。この”面接”という言葉…非常に脅威を感じる言葉だね。”ちょっと、話し合いしましょう”とか言ってくれるほうが、心地いいのだが…(”ちょっと、授受作用しましょう”とか…なんか、変なこと連想しちゃうぞーーー僕は、”かんべんしてください”とマザーの顔を見ながら断ったりして…)話がそれてしまったけど…そう、この面接で、名義貸しの話が初めて出るのだ。今の摂理。オトウサマガー。とか言いながら、くどくどと…決意するまで…続けられる。この決意するまでが、また小さなハードルだな。このハードルが越えれなかった人も多々いるのだ。僕と同時期に初級トレにいた人も、いつのまにか来なくなったんだ。この人は、名義貸しはしたけど…これが原因で、永遠の命(統一教的に言えば…)を失うことになるんだ。もう絶対に関わり合いを持つのを止めるようになるんだ。この一つの”永遠の命”に対して…その当時のアベルは、どのように感じたのだろうか?まあ、あまり深くは考えていないだろう。つづく。
2011.10.10
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にほんブログ村僕は、20年前くらいに、会社を辞めて、ある宗教(統一教)へ献身した。(それはもうわかったわいという声が聞こえてきそうだけど…)この”会社を辞めた”という行為は、僕にとっての一つの一線だと思う。それは、社会との関わり合いを捨てたということだ。これで、永遠に宗教の中で生きることができたら…まあ、それもアリかと思うが…実際は、どうだろう?献身して、数年で、何か…雲行きが怪しくなってきたぞーーー。なぜか、印鑑販売会社をたたみ…ビデオセンターを縮小し…教会が預かっていたカード(銀行系ローンカード)を壮婦の人たちに配って、何とか返済をよろしく…って献身した自分達にも、献金ノルマがきて…”こづかい”すら…何時もらえるんだという状況になり…バイトを奨励されたり…この年齢で、大学の頃と同じように、求人情報を見て、午前中バイトをしたりとか…(今、振り返ると…何をやってんだろうね。この貴重な若い時に。普通は、生きる為のいろいろな経験をこの時期にしておくもんだよ。)返済カードを預かった、組長を中心とする婦人達は、いろいろとアイデアを出し、ある組は、たこ焼き販売を、スーパーの前でしたり、惣菜やを営んだり…いろいろだ。これも最初の頃は、よかったのだが…何せ、返済の為の経済活動だから…だんだん心情が枯れてくる。そして、待ったなしの摂理!!こういう状況になって、次々と献身者たちが離れていく…海外宣教の話が出てきて…女性達は、さっさとそちらへ…この組織に希望が見出せなくなってくる。この一線によって、今でも、求人情報を見ている自分がいる。働いていても、何か良い仕事は?と思いながら…そう、仕事が、生きる為に仕方なくすることになってしまったのだ。この年齢になっても…未だに自分の道を明確にできていないない自分がいるということだ。まだ、社会の中でさまよっているのだ。このことは、自分にとっては、恥ずかしい事なんだけど…まあ、この際、反面教師にでもしてもらって…献身を思いとどまって、少しでも社会と関わり合いをもって生きていってほしいからだ。教会へ献身して、何らかの経験となって、社会で評価されるなら…まだいいけど…評価されるものでもなく…何とかこの空白経歴を埋めるべく…何とかして…僕の空白経歴の理由は、病気をしたことにしているのだが…これは、どうなんだろうね。どういう印象をもたれているのだろうか?社会保険の加入履歴を見れば…相手側は、ある程度わかってしまうだろうから…難しいことだ。いや、発想を変えなければ…ここから抜け出す事ができない。この経験を良いものとして…今後の人生に役立つといいのだが…
2011.10.09
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僕は、この本を読んでみたいと思う。皆さんもどうですか?読書の秋ですもんね!!つづく。さて、この本は、数年前に出版されたもので、2世の人が書いたものらしいのです。アマゾンのレビューを読むと…ぐぐっとくるものがある。筆者のライフヒストリーだからだ。彼が、2世として生まれて、宗教に対しての様々な心情的な葛藤を経験して、それを正直に真摯に綴ったもののようだ。2世として生まれた人は、是非読むべきだ!!ココに、”人間としての尊厳”という魂の叫びのようなものを感じるかもしれない!!それにしても、この筆者は、今はどうしているのだろうか?
2011.10.06
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もし、”天地人哲っちゃん”という人が、多くのシックの前で講和したり、講義するような立場だったら…誰も聞いてないだろうなあ…とちょっと心配してしまいますね。テッチャン自身がいろいろな経験を通して感じて得た内容ではない感じがするのだ。すらすらと…原理ぽっい言葉を連ねているけど…実践では不向きなような感じだ。”彼が、とうとうと語る内容は、それはありがたいかもしれないけど…わたし達には関係ないよね。”とか…そういう声が聞こえてきそうだ。もし、講師の立場で、こんな感じだったら…”あああ、また、彼は、一人でどこかへ行ってしまった~”と聴衆から思われているかも…すみませんね。ふと思ったことですから…と、一応、あやまっとくけど…この文は、いただけませんね。↓↓>更には、統一教の実態は悲惨だと語りながら、悲惨な事実を並べながら100あるうち10しかない悲惨な現実を、あたかもすべてであるかのように語りながら、仮に、企業の製品(商品)で、100あるうちの10が不良品だったら…その企業は潰れちゃうぞーーこれ一般論だけど…100あるうちの10も悲惨な状況があったら…それはもう、その組織は、問題ありだと思うよ。こういうところに、社会的な常識ってものが欠如しているのかも…と思ってしまう!!
2011.10.06
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にほんブログ村一線を踏み越えるのは案外簡単なものらしい…その時点では、たったの一歩でどれほど大きなものを踏み越えてしまったかに気づかない。気づくのは必ず、後になってからだ。そして、もちろん、後からではもう遅い。そんなふうに取り返しのつかない一歩が……これは、ある小説からの引用だ。…なかなか、興味深い。僕が、一線を踏み越えた感覚は、ある人に借金をお願いしたときだ。なぜ、お金が必要だったかは、まあ、わかるよね。そう、統一教の献金摂理ですね。あの当時、30万だったか、200万復帰だったかは忘れてしまったが…その頃、僕は、献身者で、お金もなく…お金を稼ぐ術もなかった。何も担保するものがない人間に誰がお金を貸してくれるのだろうか?冷静になって考えてみると、良くわかるのだが…その当時は、何とか復帰しなければ…そういう思いに支配されていたようだ。結局、何人かの知人に話したのだが…日頃の人付き合いの希薄な事もあって…ほとんど断られてしまった。中には、数万円だけくれた者もいたが…まあ、こんな経験を通して…”何やってんだろーー”という思いになったのも事実だ。なんとも、後味の悪さだけが残っている。兄弟にお金の無心をしたときは…もうそれが引き金となって…親族に知れ渡ってしまった。もはや…後戻りできない。人間として失格のレッテルを貼られてしまったような感じだ。このレッテルがこれから先ずっとーー僕を悩ます事になる。つづく。眠いので、今日はこの辺にしておく。さて、最近、柏CHのHPには、このブログも紹介されておりましたね。ちゃぬさんのブログで、ちゃぬさんのブログがCH系のHPで紹介されていると知ったので、早速、コメントしようと思ったのだが…自分のまで紹介されているとは…いやはや…何といっていいものやら…ミセス・キムさんのブログは、かなり辛辣に批判されていましたが…これもウラを返せば、それだけ脅威に感じているのだろう。gildong(スペル間違っていたらごめんなさい!!)さんは、どちらかいうと、顕進さん派といわれており…反対派でもないと思うが…ちゃぬさんは、原理、教会組織、教祖家庭を検証しているだけだと思うし…こういうブログを信仰している人たちが書いていいと思う。献金FAXさんも別に反対派というわけでなく、原理、教会組織、教祖家庭を検証しているにすぎないと思う。あつさんのブログは、家族の中に信者になった人がいて…それで振り回されて、次第に原理とは?教祖とは?この統一教という宗教に対して検証しているのだと思う。そして、僕のブログは、まあ下らないブログですね。これからも適当に書きますよ。すみません。”ようさんのブログ”が抜けていた。ようさんのブログは、昔、僕が2CHを眺めていたころの…様々な記事が掲載されていて…なかなか興味深い!!何となく眺めていた内容が鮮明によみがえる!!
2011.10.05
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自問自答しながら…毎日、毎日、暮してる。この統一教に縁したことを後悔している自分がいるのだ。(後悔しても、時計の針は、元に戻らないのだが…。)なぜ、あの時…あれを買わなければ…というか。あれだけ遅い時間に、二人組みの女の子を招き入れてしまったのか。なぜだろう。なぜ、あの日に限って、家にいたのだろうか。まあ、不思議なことと言えば、不思議な事になっちゃうんだけど…その当時、これも神が導いた事というふうに漠然と理解していた。アリ地獄に落ちたアリの様に、徐々に中心に向かって落ちて行く(堕ちていく)…そう、印鑑の購入から…古印供養…もっと、良く見てくれる先生がいる。…その言葉に、何となくOKを出してしまい、次の日曜日にカルチャーセンターへいそいそと出かけてしまった。なぜか、少し若い先生(?)。”えっ”という感じ。僕のイメージしていた先生像とのギャップに…このちょっとした違和感?…これさえも目が曇っていたのか…気づく事ができなかった。”神や先祖に守られていたんですよ。”と言われれば…当時は、”そういうもんかなあ”と思ってしまった。勉強が進めば進むほど…だんだん宗教色が強くなる。こちらの反応を見ながらのきわどいトーク。僕の場合は、ある日を境にして、完全に屈服(?)してしまった自分がいたので…まあ、なすがままだったんだけどね。(非常に素直だったのだろう)今も素直なのだが…間違った事は嫌いなのだ。うそ、偽りが目に付いたら…もう覚めてくる。今から10年くらい前くらいから…だんだん覚めてきたのかも…栄進さんが亡くなった事件(?)。誉進さんが出て行った事。孝進さんが離婚しちゃった事。恩進さんが、出ていって、別の男性と結婚してしまった事。蘭淑さんの告白。こうなってくると…洪水のような情報が…ありとあらゆる、統一教のタブーが…韓定食さんのブログには、原理講論の内容と聖書の内容の微妙な食い違い(巧妙な罠)等を学び…清平の発行している書物を読んでみたら…えっ。あまりに史実と違うことに気づき…とくに、あの元寇のこと。やんわりと朝鮮側のことをフオローしているのだ。そして、きわめつけは…ある日のビデオか何かで、国進さんの隣にいる奥さんが違うぞーーーえっ。どういうこと????それぐらいの衝撃を受けたことを思い出す。いつの間に、再婚????まあ、エンドレス献金もどうかと思うけど…幹部達の不正蓄財も頭にきたけど…韓国牧会者には、日本へ来て、祖国へ家を建てることが目標の人もいるらしい。こんなことを聞いていては、何も力が湧きませんね。ということで、現在に至っている。『追記』もう、自分にうそをつくことはできないんだ。自分に忠実に生きていきたい。さて、今さら、こんなことを書いたかというと、自分の立ち位置をはっきりしておかないと…勘違いする人もいるからだ。つづく。
2011.10.02
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KANさんの『愛が勝つ』という歌がありますが、僕がこの歌の存在を知ったのは、ずいぶん後になってからである。この歌がヒットしていたのは、1992年前後だろうと思うのですが、僕は、この頃、ホーム生活(ある宗教団体に献身していたのですが…)をしておりまして、テレビ等は、全く見ていない生活だった。ホームでは、出発式(そう、伝道へ出かける前に意識(モチベーション)を高める儀式のようなものかな)で、いつも歌を歌ってたんだ。責任者の手作りの歌詞本がありまして、そこには、”愛は勝つ”という歌や”どんなときも”という歌も掲載されていたんだ。その頃、うーーむ。なかなか良い歌だなと思いながら…みんなで歌っていたことを思い出す。さて、この歌は、責任者の誰かが作ったものかなと漠然と思っていたんだ。そう、今から思えば、それだけ、情報が遮断されていたということなんだ。それだから、人生の中の数年間分の期間抜けている感じなのだ。こういう感覚は、献身者ならわかるであろう。社会と隔離された中で、み旨という名の活動に従事する。日曜の礼拝すら、まともに受けたことがないのである。会話をするのは、仲間うちだけ…じゃあ、なぜ、この歌があの歌詞本に掲載されていたのか?それは、責任者達が、テレビを見て、この世の中には、どんな曲が流行っているか知っていたからである。何とまあ、ずるいよね。ここに、『愛は勝つ』の歌詞を載せておりましたが・・・あるところから、クレームがはいりました。著作権がからんでいるようです。真に申し訳ございませんでした。
2011.10.01
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