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「あなたは行くがいいのだ」 黒田三郎
あなたは行くがいいのだ
男爵夫人の舞踏会に
あなたは行くがいいのだ
病みついた僕に電話であいさつなどせずに
あなたは行くがいいのだ
並木道の向こうへ
僕はひとり夕やみの入ってくる窓辺にいて
一枚一枚きれいな衣装をぬぐように
今は過去をぬぎ捨てねばならぬ
ああ みんなぬいでしまったときに
僕はひとりの病人となり
サナトリウムへ行ってしまうのだ
都会のわけのわからぬ忙しさのなかで
いつのまにかがたがたの自動車のように
僕は動かなくなってしまったのだ
自分の走って来た何万キロの道を
海に行く道や曲がった道 泥だらけの道を
にわかに僕は思い出さねばならなくなった
あなたは行くがいいのだ
恋人よ
窓辺にいて僕は思う
あなたの首にかかる髪の毛を
あなたのやわらかな腕を
あなたのすらりとのびた脚を
「賭け」 黒田三郎
五百万円の持参金付の女房をもらったとて
貧乏人の僕がどうなるものか
ピアノを買ってお酒を飲んで
カーテンの陰で接吻して
それだけのことではないか
美しくそう明で貞淑な奥さんをもらったとて
飲んだくれの僕がどうなるものか
新しいシルクハットのようにそいつを手に持って
持てあます
それだけのことではないか
ああ
そのとき
この世がしんとしづかになったのだった
その白いビルディングの二階で
僕は見たのである
馬鹿さ加減が
ちょうど僕と同じ位で
貧乏でお天気屋で
強情で
胸のボタンにはヤコブセンのバラ
ふたつの眼には不信心な悲しみ
ブドウの種を吐き出すように
毒舌を吐き散らす
唇の両側に深いえくぼ
僕は見たのである
ひとりの少女を
一世一代の勝負をするために
僕はそこで何を賭ければよかったのか
ポケットをひっくりかえし
持参金付の縁談や
詩人の月桂冠や未払の勘定書
ちぎれたボタン
ありとあらゆるものを
つまみ出して
さて
財布をさかさにふったって
賭けるものが何もないのである
僕は
僕の破滅を賭けた
僕の破滅を
この世がしんとしづまりかえっているなかで
僕は初心な賭博者のように
閉じていた眼をひらいたのである
詩集「一人の女に」(1954・昭森社)
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