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今日は岐阜の生花市場に品物を出して帰り、朝食後榊の整理の仕事にかかっていると、隣のIさんがきて、白山様の修理の仕事をするが、年配の人ばかりなので下からセメンなど上げるの大変だから、私に手伝ってくれと言ってくる。Iさん以外には力仕事ができる人はいなさそうだったので、手伝うことにする。 白山様に上っていくと、神官がきていて修理に際するいろいろな儀式を執り行い始めていた。そおいうのに参加するつもりはなかったけれど、抜け出すのもせずとどまり、初めてのそんな儀式を見るという体験をする。 私自身は、白山様に祭られている祭神などに関心はないし、そおいうものを祭る場としての、そこに意味を感じているわけではない。その修理の話がある会合で持ち出されたとき、その場に居合わせた私は、白山様のようなところは私たちこの地に住むものが、この地の天と地のありとあらゆる存在が私たちの生活や、いのちをさせてくれていることへの感謝などを表現する場であればよく、あらためて白山様の本山のようなところから新しい神体を迎えたりする必要はない、自分たちの手ですべて作ればいいのではないか、と私の意見を伝えてはあった。もちろん聞き入れられはしなかったけど。 今日の修理は、社を壊してそのあとにコンクリを打ったりする仕事だった。それは宗教的な活動というよりも、この地の人々がそうしたことを通して、共同作業をすることの喜びのようなものを味わう場になっている気がした。それはそれでとてもよいことに感じられた。多分何か専門の人とか、本山とかに頼ることなく、この地の人が自らの手でそうした場を作る気になればもっといい気がした。
2005.02.25
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上の写真は榊をとりに行く林道の脇にあったつららを写したものです。雪はほとんど消えましたが、つららはまだしっかりぶら下がっています。 ところで一昨日だったか、野の花社の横の広場で留めていた軽トラに乗って、一休みしていたら、すこし向こうの畑のなかを猫があるって行くのが見えた。私は早速得意の猫の鳴き声の真似をした。しばらく続けていると、猫は立ち止まり不思議そうな顔をして、向きを変えてどんどん私の軽トラのほうに来た。その不思議そうなかをが面白くて、噴出しそうになるのをこらえてなおも続けると、3メートルくらいのところまでちかずいてきた。sの至近距離まで来た猫の不思議そうな顔がなんとも言えず魅力的だった。 思い出すだけで楽しい。 猫には迷惑な話なのだが。 猫はそれ以上は近づかず、へんな顔してときどき振り返りながら去っていった。 山の中でカラスが鳴いているときも、私はすぐその鳴きまねをしたくなる。その声に釣られてカラスが近づくなどということは、まったくないのだが。 今日も昼から前とはべつの深い谷底で榊をとった。底は上の林道からもしたの林道からも、行く道がなくなっていて、だからあまり人が入っておらず、榊のいい枝などは一杯あった。短い時間でかなりの数の枝を切り取った。それを紐で結わえて、谷底から道のない山の急な斜面を、小さな木やその枝を切りながら登った。道がないから、全て勘で、どの方向に行ったら何とか登れるか見つけていかなくてはならない。もう夕方4時過ぎていたし、夕方から雨が降るとも言っていたし、などと思いつつ、やぶを掻き分け、倒れている木をまたぎ、あるいは迂回しすこしづつ登ってゆくと、見慣れた景色が見えてきて、止めてある軽トラ、タンポポ号までもうそう遠くない地点にきているのが分かる。 こんなだから人はそんな谷に下りていこうとはしないのだ。それが私のねらい目で、そういうところを探して、そこに行く。なんとなく私の人生みたいでもあるのだが。
2005.02.24
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上の写真は、下の日記を買いた後、今日の昼間にとって来たマンサクを写したものです。 昨日は地下足袋を履いて山に行ったら、足がとても冷たかった。もちろん寒さがぶり返していて、冷たい風が吹いており、全てが冷たかったのだけど。 そんな仕事の帰りに林道の脇で、黄色い小さなマンサクの花が咲いていた。たぶん山の中では最初にさき始める花だろう。その写真をとるのを忘れたからそのままの形では、見せることが出来ない。仕事柄悲しいことに、そんな花を見るとつい金にならないだろうかと切ってきてしまう。道の駅に出すために、そのマンサクとネコヤナギと、クロモジをあわせてゴムでとめて10束ほど作った。 昨日は朝4時に起きて5時前に岐阜の生花市場に出かけ、品物を出してすぐ帰ってきて、8時前に食事をし、前の山に榊の小束作りのための枝を切りに行きました。それを終えたのが12時過ぎ、それを小束にするのを依頼している年配の女の人のところに持って行き、1時過ぎからすこし離れた国有林の林道の脇の山に榊の枝を採りに行ったのです。迷いもあり、選んだ場所が悪く、あまり取れませんでした。 5時過ぎに帰り、しばらくすると生花市場から今日の私の出した品物の売上の、明細のファックスが届きました。全部で2万4千円くらいになっていました。今月の稼ぎはこれだやっと4万円くらいです後3回出せるので、何とか10万円台に乗せたいと思っています。 3月になれば春の彼岸もあり、需要もあるのでもう少し稼げると思います。2月のように雪でその前半を棒に振るということもないでしょうし。 経済的には、今ほんとに厳しい。 でもともかくここまでこれたこと、その今までの私の生活といのちを支えてくれている、天と地のありとあらゆる存在、いつも枝を切らせてもらっている榊やシキミ、ネコヤナギ、そして近所の人たち、友人、知人たちに、ただただありがとうをいいます。 妹が私が購入した、消化を助けるためのサプリメントを食べて、すこし胃の調子が良くなたらしいのも、嬉しいことです。
2005.02.22
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昨日は前に書いたことのある、林道の奥の深い谷の榊を切り、シャグラという木の花芽のついたのも70本ほどきり、とても重くなったそれらを背負って山の斜面をあがりました。かなり重すぎて何度も休憩し、そのしんどさに一人大声を出していました。登りきって車のところにたどり着いたときは、汗だくだくでした。 その榊の枝などを今日花市場に持っていきましたが、全部で7000円ほどにしかなりませんでした。シャグラはたったの500円。もっと花芽のついたものでなければ良い値では売れないこと、秋の終わりならもう少し良い値になるが、今は安くなることなどを知りました。すこし前に採ってきた黒モジの枝も同じくらいの数を今日出したのですが、これは300円、1日がかりで採ってきたものですが、たった300円でした。シャグラと同じ理由で安くなったようです。 こうした仕事を始めてまだ3ヶ月もたたず、いろいろな失敗を通して学んでゆく時期のようです。榊は何とか6500円ぐらいになったのですが。当面やはり榊を中心にしてゆくしかありません。それにしても、2月は前半は雪で仕事が出来ませんでしたし、この床とよく雨も降るし、あまり稼ぐことが出来ず、やはり経済的にはすごいピンチです。 何か金におわれる日々がずーとつづいていて、なんとかこの状況を変えたいのですが、今のところ簡単には行きません。3月に入れば、かなり状況は変わるはずですが。 ネコヤナギは、そう良い値ではありませんでしたが大小100本ぐらいが、2000円で売れました。 疲れているから30分ほど仮眠します。雨が降っています。春にちかずく雨が。
2005.02.18
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この間何度か挑戦しているのですが、まだ私の軽トラでは林道の奥の榊のたくさんあるところには、入ってゆけません。雪の凍りついた急な坂道は上がれないのです。ですから手前の、比較的入り口に近いところで採れるところに入っています。しかし今はそこにはあまれいいものはありません。ですから昨日は榊ではなく、黒モジという花のつぼみをつけた小さな木や、日当たりのいいところで見つけたネコヤナギの枝を取りました。 ところが今日それらを積んで岐阜の花市場にむかって走っていたところ、わが軽トラはエンストを起こしてしまいました。降りい車なので今日のような雨の日は、湿気や水が電気系統の何処かに染み込むようで、調子が悪くなるのです.前からそういう傾向があったのですが、今日はひどく、岐阜に行くのはあきらめて途中から引き返してきました。1,2キロ走るとエンストし、しばらくすると乾いてくるのか、又エンジンがかかり、といったことを繰り返して、30分ぐらいのところを1時間半かけて帰ってきました。これでは仕事にならないので、その点だけ直してくれるようたのみました。 何か次から次と金の要ることが続き、先行きがすこしこころ持たないです。2月を乗り切れば後は何とかなりそうですが。
2005.02.16
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何とか時間的な余裕を作りたいことなどもあって、ある、私がこれはまともな感性、考え方にもとずい手仕事をしているなと判断した、あるネットワークビジネスのグループとのかかわりのなかで仕事を始めるということを、1年間そのぐる―ぷの扱っているサプリメントをたべつずけた後、これならいい製品としてやっていけるということも思えるようになったので、やっとスタートした。 一般にネットワークビジネスというのは、とても不健全なものが多いようだ。私は1年程前ハーバーライフにかかわり、いろんな事を知ったけど、良心的な人もいるとはいえ、初めて参加した人に多分70万ほどの商品を購入すると、地位がワンランク上がり、小ミッションとか言うのがかなり多く支払われるようになるから、ビジネスとして取り組むならそうしなければ損だ、みたいなところに人々を誘導する傾向もあって、ずいぶん危ないところだった気がする. 今は信頼のできるネットワークビジネスをやっている、そういうところに私はであっている気がする。いつかそんなものもあるということを、人々に分かってもらえるようにまともなビジネスをやりたい. 本業のほう、今日はクロモジという木のつぼみをつけたのとネコヤナギを採って来た。榊はまだ山に雪があるため私の車では登れず、とりあえずそんなものを採っている。2月は昨日初めて花市場に行っただけで、来月は苦しくなりそうだ。
2005.02.15
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5日に起きた大きな店での乳児殺人事件のことは、とても考えられないような事件ですけど、私は彼が1年数ヶ月の服役の後、刑務所を出所したばかりだったということに、やはり関心が向いてしまいます。それはほとんど金もなしに出所したことを意味していますし、保護施設を自分で出たとはいえ、この寒いなか、廃車された車の中で寝ていたなどということに、それはある人にとってはとても耐えがたいことだろうと思います。 被害者の親の悲しみについて、推し量りようもありませんが、今の日本の刑務所のあり方、出所者のサポート体制のあり方など、考えてしまいます。 私も3万円ぐらいしか持たずに出所し、結局、知り合いのヤクザの親分のところに5日ほど世話になりました.それやこれやで、何とか切り抜けましたが、かなりの不安がありました.特に寒い冬場に、ほとんど金もないまま外に出されるのは、身内の人とか友人などのいない人には、とても苦痛なことだろうと思います。
2005.02.08
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あの遺書は野の花社の前の壁に1枚貼り付けただけで、まだ誰にも配ってはいません。昨日の朝だったか配る前に妹の意見も聞き、とりあえず4軒ほどの人のところに配るつもりで出かけましたが、留守やタイミングの悪さなどで渡せませんでした。ただ配るだけというのも、配慮が足りない気がして、すこし事情など話もしておきたいと思いもしたからです。 妹の意見は、これはこの近所の人々には受け入れがたいところもあるし、たとえば前の河原に撒かれたら気持ちが悪いとか言う人もいるだろうし、お墓に埋めないでというのも抵抗あるだろうし、この辺の人は今までどうりの葬儀を、自分たちの場合はするだろうし、違和感が強いのじゃないか、みたいなことだったと思います。 そういうことはあるでしょう。だからと言って死に関して私が望むことを引っ込めるつもりはないし、こういうことを延ばし延ばしにしていたら、それを明らかにする前に私が死ぬこともあるのだから、それは私の本意ではないし、私の意志が近所の人にも明らかになっていないと、死んだとき残された妹などが私の遺志を実現することも難しい、といったこともあるから、出来るだけ早くしたい。前の河原や、山が出来ないのなら、七宗の国有林の山の深くに、ひっそりと友人たちの手で灰を撒いてもらう形でもいい。それはこの地の友人たちにもこのコピーを配り伝えておくからそうしてくれると思う。そんなことも話しました。 山の仕事はこれで1週間ぐらい休みました。パソコンのプリンターの修理、トラブルの解決、メールの添付写真の不開示の克服、食堂の換気扇の修理、食堂の神棚?の設置(妹が食堂の冷蔵庫の上に食べ物のお初をお供えしていたりしたので、感じが悪く、そんなものを作る。私自身が食事時などに全ての存在への感謝の祈りなどしたいと気があり、その際ある特定の場所を決めておいや方が、気持ちが定まりやすいためもある。その神棚には、天地のすべての存在への感謝の祈りをささげます、ということばを書いた額をつるしてあります。神棚を作るすこし前にかけたものですけれど。) 以下はその神棚の写真。 今日は友達ののぶをさんに押されて、風呂のボイラーの取り付けや、洗い場のモルタル塗りをしました。ボイラーの取り付けは水道の水の配管や、燃料の配管のど、道具や材料がそろっていないと難しいことを、もっぱら信夫さんがやっていたのですが思い知らされた感じです。まだまだ完成までには道が遠い感じです。 山の仕事はここ1週間休んでいたのですが、明日から再開するつもりです。1月の後半2回ほど、かなりいい榊を切っていったつもりですが、1束1000円でしか売れませんでした。私の榊の出し方にも問題があるように感じ、今日、電話ですこし前に生花市場で知り合ったベテランの人にそのことについて聞きました。私は榊のたけは15センチぐらいの幅なら、多少の長い短いはあってもいいのではないかと思っていましたが、彼から基本的に1番表に下枝とみな同じ大きさにそろえないといけない、そうしないと信頼されないことなど教えられました。問屋に出すときと違い、あくまで市場でのせり売りなのですから、品物が見た目道理のものでないと、ごまかしているように取られるとのことでした。 これからはそんなことにも気をつけつつ、よりいい品物を出していきたいと思います。ともかくこんな仕事は初めてなのですから、はじめから教えてもらわなければならないことでいっぱいなのです。 この1週間、サプリメントの紹介の仕事を始めるためのじゅんびもしていました。私自身は2,3年後にはこの仕事を本職にしたいと思っています。山の仕事は健康のための副業的なものにして。少しずつ自分のやりたいことを実現してゆくための準備をしてゆくそういう道筋に今立っている感じです。
2005.02.06
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今朝、もし私が死んだらこうしてほしいといった、遺書めいたものを作成しました。まだ当分死ぬことはないと思いますが、万が一交通事故などで死んだら、そのときになってでは遅いので、あらかじめその用意を部分的にであれしておきたかったからです。それが私の本意ですし、そうしておくことで、妹などがいらぬ苦しみを負うことの無いようにという思いからでもあります。 以下にその文を掲載しておきます。 いつも私を支えてくださっている近所の、この地域の皆さん、友 人、知人の皆さんへ もし私が死んだら こんにちは、皆さん。 久しぶりの大雪で、いろいろ大変なことと思います。 会社などに勤めておられる人は、朝夕の通勤のための車の運転など、道路が凍結しているので滑りやすく、危険ですし、家に居られる人々も雪かきやなにやかや、大変と思います。何とか無事に、この寒い季節、大雪のときを切り抜け、共に暖かな、野に山に花の咲く春を迎えたいものだと思います。 ところで突然ですが、また私には当分そんなことはないように十分気をつけて暮らしていくよう心がけていますが、私も普通の人間であり、ひょっとすればいつ何時死ぬことになるような運命に見舞われるかもしれない身の上ではあります。 それで縁起でもないことかも知れませんが、不躾なことかもしれませんが、今健康に生きていて、意識もはっきりしているときに、もし万が一に死んだときにはこうしてほしいということについて、書面の形で明確にし、家族及び皆さんにお知らせして置きたいと思い、これを書いています。1、 もし私が死んだら、儀式めいた堅苦しいことは一切しないで、火葬にし、もしそうしてもらうことが許されるなら 、その灰や骨のかけらをこの家の前の河原や周りの野や山に撒いていただけないでしょうか。家族や有志の人の手で。お墓に私の骨を埋めるようなことはしないでください。私はこの広い野山が好きで、その大地とそこに生えている草木と、そこに生きている生き物たちと共にありたいからです。 2、 もし何か私の死んだ後にそのことに関する集まりを持っていただけるなら、堅苦しい儀式めいたことは一切しないで、香典とその返し、喪服の着装など一切なしで、ただこの野の花社の広間で普通の格好でくつろいだ宴会の席など設け、そんなことがしていただけるならの話ですが、私の生前の、過ちの多かった、あるいははたから見ていたら面白おかしくもあったかもしれない日々の暮らし振りなどを笑い話のねたにし、おおいに笑い、話の花を咲かせるような場にしてください。 その際お酒や食料、酒のつまみなどは自由に持ち込んでください。残された私の家族も多少はそんなものを出すかもしれませんが、そんなことのために疲れるようなことは一切しないように言い残しておきますから、よろしくお願いします。3、 もしかしたら私が自分を見つめる上で師としている、和尚ラジニーシの弟子の友人たちが私の死を喜んでお祝いにきてくれ、ギターや笛など弾き、太鼓など叩いて楽しい音楽などを流してくれるかもしれませんが、それは許してやってください。ただしかれらが堅苦しい儀式めいたことをしようとしたら、それは止めさせてください。ともかくくつろいで、ただありのままの感じで、私の死を祝って下されば嬉しいです。私はたぶん死ぬまで私なりに十二分に生き抜き、何も思い残すこともなく死んでゆきますから、そのような私の生と死をお祝いしていただければ嬉しいです。以上よろしくお願いします。 2005年2月4日7時30分 野の花社 加藤三郎記了 以上のようなものですが、一応妹とも話し合った上で、今日にでもこれをとりあえず20枚くらいプリントアウトして、近所の人たちに配るつもりです。 夕方です。上記の遺書めいたたものはすこし気張ったところがあるとも思います(笑い)。思い残すことはないと言っても、ああ、あの女の人と親しくなって、心も体ももっと深くふれあいたかったなとか言う未練な思いは、今死ぬとしたら思い浮かべるだろうな―という気がします、ニコニコ。そういうごくあたりまえのことはあります。私なりにやれるだけのことはやってきたという思いと共に。1度くらいインドのプーナに行ってみたかったなとかも思うかもしれません。いろいろ自分なりにやれるだけのことはやっていますが、やりたいことがあまりやれてはいない今がありますから。今はそこに至る家庭として、それはそれで納得しているのですが。
2005.02.04
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上の写真は昨日の朝写したものです。そうめんの作りかけの風呂の屋根の雪、左側のひさしのほうが下がり気味になっていて、こ礼状フルと折れることもあるかもしれないと思い、その部分の雪は落としておきました。 当分山の仕事には入れないので、今日は蔵の中に最後まで残してあった、輪島塗の漆器を、楽天のフリーマーケットで売るための準備でもしようかと思う。1月は結局収入は10万くらいで、お金はどんどん出てゆく感じだし、やはり何らかの方法で少しでも稼がないと、食べていけなくなるという感じがあり、そちらに意識がむく。 つい数日前は山のなかで 榊の林の中野木漏れ日の暖かさ 雪が溶けたばかりの湿った足元 そこに吹くゆるやかな風 そんなものに春の兆しを感じていたのに 今は大雪の中 真冬の季節を思い知らされて 深い雪に閉ざされて生きている 春よこい 早くこい 榊きりですこしいためている被疑がうずくのを感じながら 野の花社の奥の 私の部屋で朝早く 2台のストーブをかけながら こうしてパソコンに向かっている 私です
2005.02.03
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朝早くにおきて、野の花社の北側の広場に積もった雪の様子を取ったものが、上の写真。デジカメで。 今日の朝の積雪は50センチくらい。久しぶりの大雪。今日は朝は雪かきをし、午後からはプリンターの調整にかかりきる。すったもんだして結局、コードのわずかな緩みからトラブルが発生していたことに気づく。 眠いから眠る。
2005.02.02
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又妹との長い話し合い。その終わりに彼女が、私のことは他の女の人に任せて、私は何処かへ行くわ、みたいな言い方したから、その言い方にこだわり、そういう言い方は納得できない、たしかにこの間彼女は私のことをケア―してくれた面もあるけど、それ以上に私は彼女のことをきずかい、多くのエネルギーを費やしてきた。別に彼女がここにいてくれる必要はなかった。私は多くの人に支えられながらここで一人でやってきたし、、一人でやっていける。だから私のやりたいことに協力してくれるとか、自分の健康や自分の抱えている課題を解くためにここにいるならいいけど、私が心配だからここにいるというようなことはして欲しくない。自分のためならいい。それならどれだけここにいてくれてもいい。そんなことを言ってしまう。なぜか分からないけど、彼女がある人にこの間ずっと私のことを見守ってきたみたいに言っているとかも聞いていて、すごい違和感を感じていたこともある。 今は言うべきことではなかったのかもしれない。ただそう言いたくなってしまったから、言ってしまった。物事を受け止める十分な準備も出来ていない人に、あることがらを早急にいってしまい、その人を傷つけるということは良くある私のパターンなのだけど、ひょっとすればこれもそうなのかもしれないとも思うところもある。 今日の早朝というか、昨日の夜遅くにはやんでいたらしい雪が、この昼過ぎからまた降り出して、もうすぐ30センチくらいになりそう。すこし前に拭いた風呂のトタン屋根の左端のひさしが重みで曲がっててきている。明日はどこまで積もるだろう。ここら変でも久しぶりの大雪になりそう。明日はぜひこのあたりのその雪景色をここに載せたい。
2005.02.01
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