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先日アビのホームページを覗いていて、アビの和尚のある一面への批判と、それこそがアビのエゴであり和尚はそれを写す鏡になっているけどアビはそのことに気づいていない、見たいな論争を読んだ。私自身はアビのように親鸞にそれほど親しみを感じず、和尚のほうが好きな人間だけど、アビが和尚のある側面や言葉、現実の行動にたいして批判の目を持つことも大切だということには、まったく同意する。和尚の言葉で私がすきなのは、和尚の言葉に従うのではなく、自分自身にしたがえ、それこそが和尚の望むことだといったものだ。そこにも難しいことがあるのだけど。それが真の自分から離れてゆく選択にもなりうるから、それこそ自分の求めているものだとして。また逆に自分こそ和尚の指し示す道を歩んでいるものだと思いつつも、実は和尚に依存し、和尚からも自由になって生きることに対する恐れの中に生き、それを正当化するために和尚の言葉にすがりつき、和尚を批判する人々に過敏に反応し、常に論争を挑まずに入られないような人もいる気がする。そんな時間をつぶすのは無駄かもしれないのに。 私自身は東京拘置所にいるときに、和尚の言葉や瞑想法に従うことからではなく、3人の人を殺して未決無期囚として生きていた飯田博久さんの勧めてくれた、自分の生きてきた道や犯罪を文章化して捉えなおすことにより、とても深い自己変容の過程を体験したということから自分なりの道を歩むことの大切さを学び、自覚したということがある。和尚の人々を真の瞑想に導こうとする多様な努力には、ほんとうに感謝し、共感し、それをとても尊いものだと思うけど、だからといって全能の人であるわけでもなく、自らも言っているように誤りも良くおかす人だったと考えることは事実に沿っていると思う。 光明を得た人は他者を映す鏡になる、ということはたしかにそんな面もあるのだろうけれど、それを全体化することはできないのではないか。たとえば和尚もクリシュナムルティは光明を得ていると認めていたけれど、そのクリシュナムルティは和尚を強く批判していたはずだし、和尚も彼を強く批判していた。光明を得た人は他者のエゴを写す鏡になるというのなら、2人の光明を得た人の間におきたこうした現実を、どのように理解するのだろう。 たまには私もこんなことを書いてみたくなった。しかし論争じみたことに時間を取る余裕はないから、この日記への批判などに応えるつもりはない。 なを私の意見ションの最後のほうで和尚の批判などしていましたが、いくつかの点で私のほうに誤りがあったと思います。和尚には自分をグルとみなすようなところは本当のところなかった点などについてです。
2005.03.31
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今日も岐阜の生花市場に榊とシキミを出荷する。この2日間ぐらいで採ったものが、2万円ぐらいになっている。このくらいの値で売れると、何とか労働に見合った値段になっている気がする。ようやく榊の値段がすこし良くなったのと、良いシキミを切っていったためだ。こんなペースで行ければ、すこし余裕が出てくるかもしれない。 1昨日は夕食時に妹が切って出してくれたリンゴを、値が高いのでなかなか食べる気にならず、私はいいから妹が食べるようにと言ったりして、それに納得行かない妹ときついことばのやり取りをしてしまった。私自身はサプリメントで必要量の5倍くらいのビタミンcを取っているなど、ありとあらゆるビタミン・ミネラル・微量栄養素を採っているため、あまり金のない今それほど気をつけて果物を取る必要を感じていないのだけれど、妹はそうしたフルーツを食べないと不安になるところがあり、多少高くてもフルーツを欠かさないようにしているといったことがある。妹がそうするのは良いとしても、同じペースで私も食べてゆくと、食費がどんどん高くなるような気もし、私自身はもう少しレベルを下げたいような気になってしまったからだ。 ともかく貯金が10万を切り、7月には軽トラの車検を受けるか買い替えをしなければならず、そのために10万の金は用意しなければならないし、年末には山に入る権利金を最低でも15万払わなければならないなどということがあり、その金を捻出するための工夫もしなければならないように感じ、すこし生活を切り詰めようなどと考え始めていたことから、リンゴを食べる食べないでシビア―なやり取りをしてしまった。冬中は山で体が冷えることもあり、帰宅してすこし酒を飲んだり、夏の暑いときはのどを潤すビールをすこし飲んだりするけど、その他ではほとんど遊びで金を使うこともなく、質素な生活をしているのだけど、すこしも金銭的な余裕が出てこないから、つい細かい金の使い方にまで意識が行ってしまう。何かみみっちいことで言い争ったりする自分も悲しい。 経済的に余裕のある生活は、やはり人の心もすこしはくつろがせることもあるだろう。余裕がないと、心身の調子が良くない妹の回復のためにも十分なことが出来なくなる。こういう生活の中ではいい稼ぎをするということは、とても需要な課題だ。
2005.03.30
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日曜日、27日に名古屋の瞑想会に行ったとき、参加者の中にオーストラリアと名古屋を行ったり来たりしている、オーストラリアに家があるとかいう女の人に出会った。すこしうらやましくもあった。私は妹とのここでの生活を維持するのに精一杯で、名古屋に2つ木に1回出かけてゆくのもなかなか出来ないような貧しさの中にいるから、良いなーとすこし思ったのだ、にこにこ。 しかし私の状況も、生きてゆき、社会と関わっていくその内実において、誰とも比較できない私独自の価値のある状況なのだ。そのことを思う。 いくつもの困難がたち現れてきていて、それは私の過去のありようとの関係の中で、逃れようもなく、多くの人々、友人たちが深い困難の中にいて、私もその困難に様々にかかわりを持ちつつ生きてゆく。それが私のありのままの現実で、それは誰もそれを代わって生きることはできない。 困難の深みに下りてゆくこと 谷の深みに降りてゆくこと その谷の湿った土やぬかるみに深く馴染み そこを私の棲家とすること その谷に差し込む木漏れ日の美しさに魅入られしたの写真は昨日の雨の中、野の花社に向かう車の中から撮ったものです。 アセビの花の美しさに見惚れ 足の先に湿気が触れてくるのを感じ 冷たさにすこしおののき 夜の暗さにすこし不安になりつつ ここを私の棲家とする にこにこ ありがとう 存在よ 大いなる存在よ あなたが私に与えてくれた全てに感謝します
2005.03.29
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上の写真は昨日山で撮ったアセビの花とその群生の写真です。
2005.03.28
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このパソコンはかなりおかしくなっているけれど、とりあえずまだ使うことは出来そうだ。部屋の蛍光灯は消して、手元を照らすように机に置く蛍光灯を点ければ、何とかここに日記を打ち込むこともできるのだ。この暗くなっている点について、修復は可能なのか、このパソコンを組み立ててくれた人に問い合わせ、それが不可能なら、もう少し良いパソコンを何らかの方法で手に入れることにトライしてみるつもり。 ところで今日は、昨日もそうだったけど朝から雪が降っている。昼間晴れれば雪は溶けるから、山に行けないことはないけど、とりあえず今日は昼近くまで山に行くのは止める。もう野山はかなりに春めき、いろいろな花が咲き始めているのにこの寒さ、真冬の寒さよりすこしこたえる。 昨日は久しぶりにテルヒトさんから連絡の電話が入った。懐かしい声を聞いた。とても元気そうだった。逃亡生活をしていた80年頃から83年頃にかけて、整体やヨガ、サイコセラピー。瞑想などのワークの中で知り合い、お金を稼ぐ仕事も共にしたりしたとてもユニークな人だった。刑務所に移送されてから連絡が途絶えていた気がするから15年ぶりくらいか。近いうちに会える気がする。 このにっのトップのタンポポは昨日撮ったものです。 昨日は朝から例のように岐阜の生花市場に出かけたのだけど、持っていったものも少なく1万円位にしかならないだろうと思っていたのが、1万5千円になった。しきみの大きな枝を35本ぐらい出したのが4500円で買われたので、そうなったのだった。 すこし眠いから寝よう。ここから昼過ぎに書く。 パソコンの暗くなっていたのが簡単に修復できました。修復というようなものではなくただモニターのコントラストの設定が、暗くなっていただけで、つまみをまわして調節しただけだった。こんな簡単なことも事態が重大にならないかぎり本気で調べようとしないから、今まで知らなかった。こういうことはいろんなことに通じることだという気がする。パソコン自体の寿命かもと大げさに考えていた私を大笑いする。パソコンさんごめんなさい。このパソコンに名前をつけよう。ノノコン、さんだ。にこにこ。これで自分の写した写真ももっと美しく見えるだろう。
2005.03.26
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パソコンの調子が悪い。画面がかなり暗くなって、普通の明かりをともしたままだと字が読みにくいまでになってしまった。この間すこしトラブルがあり、いろいろ弄くったことが原因かもしれない。少しの間ここへの書き込みは出来なくなるかもしれない。誰か1万円くらいで、古いパソコンを譲ってくれる人はいないだろうか。もうじきADSLに変換できるようになり、インターネットや電話の免で使いやすくなるのだけど。
2005.03.25
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昨日の昼まで、お彼岸に使うことで需要のあったシキミや榊の仕事、一応一区切りがついて、山の仕事は一休みです。しかし岐阜の生花市場のほうの榊の値段はそう上がらず、あまりいい稼ぎにはなっていません。夜昼休みなく働いて、今月は何とか20万近い稼ぎにはなると思いますが、労働のハードさ、時間の長さの割には少ない気もします。何かと出費も多く、余裕が出てくる感じがなく、仕事の内容などについての再考、組換えを行う必要も感じています。榊の大きな枝を市場に持ってゆくことは少なくして、友達の取引している問屋のほうに出せるようにしてゆけば、今の時点でも1本100円くらいで買ってもらえるので、市場のほうでは60円くらいにしかならないことからすると、かなり良い稼ぎになるのです。ほんとに認められれば140円くらいで売れるようになりますし。安定した稼ぎになります。なんとかそうした方向でできるようにしてゆきたいです。 その他では榊の小束は岐阜の市場でもかなり良い値で売れるので、自分で1日150束くらい作れるようになれば、1日1万2,3千円の稼ぎになる可能性もあり、その線も追求してみると良いかなと思っています。ただ小束つくりは慣れるまでは時間もかかり、その点でなかなかその気になれません。 ともあれ榊やしきみの需要は今後多くなることはなく、どちらかといえばこれからはそうしたものの需要は、すこしづつ減って行くでしょう。この仕事の将来性という点でも、山の仕事の内容も徐々に組み換えてゆく必要があるのかもしれません。 ところで昨日は午後からやっと風呂作りの仕事を再開しました。妹のためということもありますが、野の花社を自己洞察と共生のための共同作業の場として作り上げてゆくためにも、最低限必要なものとして何とか早いうちに完成させたいと思います。風呂ができれば、訪問者の宿泊ということも考えやすくなりますし。 野も山も春の訪れを感じさせてくれるものが多くなりました。 冒頭の写真は山のあちこちだ咲き始めたアセビの花です。 トップページの上の中央の写真はシキミの花です。これも可憐な花です。 ここまで書いたのが朝、ここからは夜です。とてもよく雨が降っています。まだ冷たい雨だとはいえ、確実に春の雨です。この雨でものみながいっきに萌え出てきそうな雨です。もっとも明日は冷え込むかも知れず、萌えだした草木の芽にはきつい寒さになるのかもしれませんが。財布の中が4000円くらいしかなくなったので、大阪に行くという妹のへのお金12000円、それだけでいいというからそれだけにしたのですが、今度生花市場から振り込まれるお金の妹分も妹に渡すためもあり、郵便局で2万5000円下ろしたら残りが4万円しかなくなりました。2月はあまり稼げなかったからいたしかたないですが、すこし心細いです。今年は今乗っている軽トラの車検が7月にきれることもあり、また軽トラを手に入れなければなりませんし、今入って榊など切っている国有林へ入る権利金を、15万か20万は負担しなければならなくなることもあり、月々5万円くらいは蓄えていかないと苦しいかなとも思うのですが、3月の今の時点でむしろ蓄えが尽きてきているということに、できるかなーという不安を感じます。今日あれから計算したら、今月の収入は、よくて15万ぐらいにしかなりません。農協の方にも預金は4万ほどあるはずですが、いつもぎりぎりの感じです。このごろは。 でもともかくこうしてやってこれたことがとてもありがたいことです。昨年と比べたら比べものにならないほどの収入があることも事実なのですし。 春の雨です。まだストーブをつけて部屋を暖かくしてこれを書いています。
2005.03.22
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妹のからだの調子は、ここにきたときから比べればだいぶよくなってきた気がする。消化を助けるサプリメントと、目に必要な栄養を与えるサプリメントは、彼女がそのことに不安を抱いていることもあり、きちっと食べていることなどもあるかもしれないが、私とよく話し合えること、言いたいことがい得るようになったこと、ここでそれなりに人との関係が出来てきたことなどもあるのかもしれない。 しかし、自己否定的なことばの連発は、今も変わりなく続いている。昨夜も食事時に、わたしてどうしてこうももたもたしたふうにしか生きてこれなかったんやろ、と自分を嘆く風に言うから 「おまえはそう生きざるをえなかったんや、幼いときは不和な父母、不和な祖母と父、成長してからは私の指名手配、裁判、服役、兄の狂気、脳梗塞で倒れた母の看病、そんな困難が長く続いたら、そうなって当然なのだ、どこもおかしくなんかないんだ、おまえのような困難の連続の中を生きてきた人はそういないんだ、他人と比較することはないんだ、それでいいんだもたもたしていて。余り自分を悪く言わないで、自分を愛して欲しい、苦しんできた自分を愛して欲しい」 みたいなことを強く言う。私自身が妹の自己避難的なことばの連発にうんざりしてしまうこともあるし、気が重くなるということもある。だからときどきそんな言い方をしてもいたのだけど、昨日はたまらなくなり、そんなことを強く言う。妹はそう強く言われてすこしは楽になったみたいだった。 妹には一昨日、アロマキャンドル?みたいな、眠る前などにすこしそのこころに安らぎの効果ももたらすとか言うキャンドルに火をつけて、その良い匂いをかいで寝るとよいとか言うようなものを買ってやる。名古屋のアマリンらがやっているアロマテラピーなどに関するセンターのようなところから取り寄せたもの。とてもその個人セッションなど受けてもらう余裕はないけど、そんなものなら割となじみやすいかもしれないとも思い。妹にそんなことにも関心を抱いて欲しいということもあった。私自身がそうしたものとも少しでもであって行きたいこともある。値段は送料込みで3500円。経済的に苦しい今は、すこしきつい気がするけど、一人の身近な人間の心と体が癒されてゆく可能性があれば、そのことのためなら困難を引く受けることが出来る気がする。 経済的には火の車、先の見えないような不安もあるのだけど。榊などの仕事はこれからはすこし上向いてゆくというし、岐阜の生花市場に出すことについても、同業者のいい先輩に出会い、榊のそろえ方、他のものの出し方など、電話でもときどき相談し、いろいろ教えてもらっている。まだ始めたばかりだから分からないことだらけだから、ほんとに助けてもらっている感じ。これは私の初めての本格的な商売なのだ。
2005.03.17
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忙しすぎる昨日は11時半頃寝て今日は4時に起きて夜10時まで仕事をした自分の時間がないいつまで続くのだろうこれがそんな中でも野山は春の兆し冬の寒さにおびえていた妹も野山の中に草木が萌えはじめているのをぐんぐん草木の芽が出てくるとその感動を私に伝えるあんなに冬をこわがっていたのにもう冬は過ぎすこしづつ暖かさの増してゆくそんな日々の中で寝ようもう寝よう
2005.03.16
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林道の脇に面白い形をした松が転がしてあったので、先日軽トラに乗せて運んできて、野の花社の玄関のところにおいて置きました。上の写真がそれです。
2005.03.13
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上の写真は昨日撮った、林道の頂上あたりから見える御嶽山の写真です。と言っても中央に良く写っている山の左横の白いのがそれで、写真ではかなり小さいものに見えますが。以上はあとで付け足したものです.ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 風呂上りの血圧は、もともと低いものだと思うが、去年の中頃までは110前後あった最高血圧が、後半頃から90台になり、今日は対に88になった。すこし気になる。体調は悪くなく、ハードな仕事をしているけれどその割に疲れは残らないし、肩こり、腰痛といったこともない。わずかに榊の枝を盛んに切るようになったことから、右腕の肘の当たりの関節がすこし痛いだけだ。今度は風呂に入る前に計ってみようと思う.それでも80台ならすこし考えてみたほうが良いだろう。ただこの間のハードな仕事がそれなりに影響しているのかもしれない。 昨日もあさ8時前に家を出て山にはいり、12時頃まで榊をきって、1度深い谷から榊の枝など110本ぐらいを林道のある道まで上げ、昼ご飯を済ませて又もう1度榊などきり、今度は70本くらいを背負って谷から上がった。帰ってきてから夕食をはさんで10時頃まで榊の整理をした。今日は4時おきして榊など積み込み5時には岐阜の生花市場に出かけた。でも今日は雨だったこともあり9時過ぎに帰ってきてからは、妹と話し合ったり、低血糖症に関するビデをオ妹と見たりした。妹に当てはまるところは多い気がしたが、妹自身はあまり身の入らない見かたしかしていなかった。その後私は疲れが出た感じで午後3時頃まで1時間くらい寝た。そしてサンホームに行き風呂に入り、血圧を測ったというわけです。 ちなみに身体のことでは、前に書いた爪白癬が薬では治らず、ティーツリーオイルがいいということでそれを3ヶ月ほど塗ってみましたがはかばかしくなく、結局他の人も勧めてくれていた酢を塗り始めてから、かなりなおってきました。最も古典的な水虫療法が爪白癬にも効くようです。これならその治療に高い金を払ったことが馬鹿みたいですが、それで1つのことを学んだ気がします。 ところで妹が自分のあり方を見つめる、自分の世話をすることが出来なければ人の世話など出来ないことを感じ始めていますが、こうした状況ではいろいろなセラピーなど受けることも出来ず、金もないこともあります、文章化して自らの犯罪を見つめ直すことをとおして自己回復したことについて書いた、飯田博久さんの文章のコピーを渡したところ、かなり身を入れて読んでいるみたいでした。ほんの少しでもそうした方向に妹の意識がむくようになれば嬉しい気がします。 ともあれ何とかもう少し余裕のある生活をしたいと強く思います。いつものことですが。
2005.03.11
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上の写真は、このところ良く降りてゆく谷の水の流れているところです。透明なため、どこから水なのか良く分かりませんが。このところつとめて谷川の水を飲むようにしています。やはり自然な水は美味しいことと、そこに含まれているミネラルなどが身体にはいいことなどからです。 サプリメントに関係する仕事を始めたいとも思っていることもあり、サプリメント、栄養療法などに関する本や資料をかなり読み始めていて、そんなことから食べ物や飲み水のことに前より関心が行くようになったからでもあります。ある資料には末期がんの老人が、栄養療法的な対処方法によってかなり短いあいだにガンから解放されてゆく過程が述べられています。この資料はビジネスとは関係ないもので、そんなことからもほんとうにそんなことが起こるのは事実のようです。 その資料をプリントアウトして、遠い親戚の年配の人に今朝渡してきたところ、夕方になって電話があり「私が思っていたとうりのことが書いてある。これはいい.」と喜んでくれました。ともかく栄養の不足が、多くの病気らしきものを生み出しているということについて、ほんとにもっと明確な知識をもつ必要を感じています。
2005.03.09
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上の写真は榊の枝をとりに入った山の帰りに、リンドウ脇に咲いていたマンサクを撮ったものです。林道脇のあちこちに、マンサクはよく咲いています。 今日も夜の10時頃まで働いてしまいまあした。 眠くてしょおうがないので寝ます。
2005.03.07
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上の写真は野の花社の食堂の冷蔵庫の上でさいているマンサクとネコヤナギです モンジュから紹介された「私に還る処方箋」という本、前はすこし関心のあるところを拾い読みしただけだったが、昨日から初めから読んでいる。栄養、いろいろな栄養の不足が、精神疾患とみなされがちな症状を引き起こすことがあることについて、事例を含めて分かりやすくかいてある。栄養の不足が、うつ病やパニック障害、統合失調症の症状を引き起こすなどということ、以前の私は考えたことがなかったから、この本は私に大切なことを教えてくれたことになる。 ところで相変わらず妹はいろいろに苦しんでいるようなのだが、私としてはどう関わってよいのか、未だに分からない。今の私は彼女の言うことに、あまり耳を傾けなくなっているところもある気がする。特に私に対する私には過度に感じられるきづかいは、うっとおしい。 そんな時私の語気はきつくなるようで、彼女にはそれがきつかったり、ここでもこころ安らかにすごせない原因の1つになっているようだ。 この妹との困難な関係も、何かとても大切のことを私に教えてくれる機会になっているのだろうし、これからもそうなのだろう。 ところで今日は近くの上麻生公民館を取り壊すということで、道の駅に榊を出した後行ってみたら、普通の大きさの箱型のピアノも自由に持ち出していい備品ということだったから、持ち出したかったが250キロぐらいはあり、車や人の手配もしなければならず、止める。ピアノに詳しい人に聞いてもらったら、音程がひどく狂っていてこのままでは使い物にならないとかで、それもあり止める。しかし素人の私には音程の微妙な狂いなどわからないし、ピアノの鍵盤を叩くとでてくるあの済んだ音だけでも心休まる感じがあり、とても惜しい感じがした。 それでもゴミの焼却きや、カーテンレール4本、ゴミ箱3つ、こうもりがさ5本、土お年のためなどに玄関などに敷く、金網のようなマット2枚、煮物用の大なべ1つ、薬缶2つなどを軽トラに積んで帰ってきた。おかげで山に行く時間がなくなったけど、まあよしとしよう。
2005.03.05
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今日も野の花社の食堂と、私の部屋を掃除する。暮れに掃除して以来の気がする。さすがに綺麗になって気持ちが良い。これからはつき2回ぐらいは掃除をしたい。そのくらいの余裕のある生活をしたい。まだ新聞を読む時間もない感じ。このホームページへのかかわりと、ネットワークビジネスやサプリメントに関する勉強もやりだしたしたこともあり、山の仕事に加えて、今のところかなり忙しい毎日になっている。 それに加えて昨日はついてるファシリテーターさんのホームページから、資料請求もした。キネシオロジーだかのようなセラピーにも関心があり、そろそろすこしずつそんなことにも触手を延ばしてみようという気持ちになったからだ。金と暇があれば、もう少しそんなことに関わりたい気持ちがある。ほんとうは勇気を出して、そういうことを初めから自分の仕事にしたほうがいいのかもしれないという気持ちもすこしはあるのだけど。 経済的な土台を作ってからとか言っている内に、何も出来ずに金を稼ぐことに汲々として10年が過ぎてしまうなどということになりかねない。すこしそんな気もするけど、とりあえず山の仕事を軌道に乗せ、それをささえにネットワークビジネスを軌道に乗せ、それを支えに自分がほんとうにやりたいことをやれるようにしたい、今のところはそおいう計画。もっともサプリメントの仕事はほんとに良心的にやることを通して、栄養療法的なワークに関わることにすることもできるし、そのようにしたい。 一応大体順調にきている気もする。 妹の唸り声が聞こえる。 このごろはため息ではなく唸り声という感じ。 力のある声だから、 前よりは良くなっているのかもしれない。 夜になって雪がたくさん降り始めた。 春の前の大雪とでも言うものになるのだろうか。 岐阜の片田舎の山間の村の 奥まったところで こうしてよる夜中、 一人パソコンを打っている 貯金が10万をきった 今月もかなり厳しい生活になりそうだ
2005.03.04
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今日は久しぶりに仕事を休み、夕方には近くの福祉施設、サンホームの風呂に入ってくる。この前いつ風呂に入ったか、忘れてしまうくらい、最近は風呂に入らない。ともするとよる身体を温かいお湯でふくのもしないで寝てしまうことが多かった。それでも特にそれだから体が疲れるという感じもない。ただはだがべとつく感じになってくるから、その感じが嫌で、何日おきかには身体を拭くのだが。 体の調子はすこぶるいいのだと思う。でもこのごろは、車を運転していて眠くなったら。缶コーヒーを買って飲んで目を覚ますー事実私はそれで眠気はなくなるーのではなく、近くで眠るようにしている。そのほうが金も使わないし、健康にもいいはずだから。 風呂は気持ちがいいのだけど、仮に10日も入っていなかったとしても、今日は行ったとき特にすっきりするということもない。いつも道理に気持ち良いだけだ。 もともとからだの調子は良いのに加えて、この1年間あるアメリカの会社の作ったサプリメントを、きちんと食べていることも影響している気がする。出所直後はモンジュの関わっている会社のサプリメントを、彼の便宜で2,3ヶ月食べることが出来たし、いろいろ私は恵まれている。 最近も重い事件が良く起こる。出所者がデパートだかで幼い子どもを殺した事件、少年が苛めなどの関連で、小学校の中に進入し先生を殺した事件、そして中津川での福祉施設の幹部職員の、家族5人だかを殺して無理心中の件。よく考えもしないでやり過ごしているだけなのだが。
2005.03.03
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昨日今日と、金山の屋根拭きの人の手伝いで、可児市の久久里というところに行っているのですが、働いている最中、かなりすごい光景に出会いました。30派以上にもなるトンビが、現場の家の隣の人に餌付けされていて、朝夕にパンの切れはしをその人が撒くと、そのおびただしいトンビが道路に舞い降りてくるのです。壮観です。 今日帰りしなに、私が午後の休憩の時に出された饅頭を取っておいて、やってもかなりのトンビが降りてきました。 次がその写真です。 眠いので寝ます 。
2005.03.02
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モンジュが私の白山様に関する記述に触れて、白山菊理姫神社、石川のそれについて触れるなどしていた。というかそのことに触れてその土地土地の固有のエネルギー、波長を感じ取るために、彼はそうしたところに赴くことが良くあるといったことなどを。 私自身はあまりそういうところに訪れたことがないためもあるけど、特にその土地固有の波長とう感じで感じとたことはない。ただそこに深い静謐さが漂い、何かを越えた存在のようなものを感じとるとき、そこを聖なる場所として感じるだけみたいなところがある。それだけで圧倒されてしまうような、静けさ。私はそんなものを感じるときが好きだ。 私の地域の白山様という小さな神社は、私の幼いことから中学生の頃まで、この地区の子どもたちが男女ともども、秋になるとだったか味ご飯や寿しなど持ち寄って山のこうという、子どもだけのお祭りみたいなことをやったところでもあり、その山は私たちのちゃんばら合戦のぶたいでもあった。あまりにも日常的な場で、特に聖性を感じさせられるようなことはなかった。今新しい目で、感じ方で触れれば何かあるのかもしれないけど。 私がここに2年程前に帰ってきて、とても深くこころを動かされたのは、この神渕の郷社であるか神渕神社を1人で訪れたと木のことだ。そこは人里から隔絶された場所にあり、その境内などに一人で立つと、そのふかいしずけさ、静謐さだった。祭られている神のことなど信じもしないが、その境内に漂っている聖なる気配には圧倒された。 モンジュがこの地を訪れることがあったら、ぜひ案内したい。
2005.03.01
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