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上の写真は今日入った山に生えていた紫式部です。これではないですが、今日は10本ほどの紫式部を採りました。 携帯から書き込めるようにしたので、この二回はそうしています。
2005.10.29
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はじめてヤーコンの花を見ました。
2005.10.29
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先日、山仕事の帰り道のリンドウで、大きな角をもった牡鹿に遭い、その写真を撮った旨書き込みましたが、携帯の写真をパソコンに送りなおしてみると、確かに彼は写っています。写真ではその悠々とした雰囲気はわかりませんが。その写真を冒頭に入れておきます。 今日は雨です。近くのふれあいという野菜などの直売所から榊の注文があったので、10本ほど届けたりした後は、野の花社に帰ってきています。雨は激しいというほどではないのですがかなり降っています。 これからどうするかまだ決めていません。
2005.10.29
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昨日は妹と2人で市場に行き、兄の病院に行った後、帰り道の途中にある玉龍寺という臨済宗のお寺に、そこの住職の老師を訪ねた。ハートテンプルとも看板が出ているし、悟り指南とか、悩み事解決、とかいう手書きの看板もある。ホームページもある。ここ2,3ヶ月のうちに4度ほど訪れていたが、老師は忙しく会うことができなかった。昨日はあらかじめ会う時間を決めて、会った。私は自分が過激派として事件を起こし、その誤りを自覚する過程で自分のとても深い醜さに直面し、それを見つめることで、精神的な変容を経てきたこと、刑務所などに19年いた後、3年程前に実家に帰り、そこで生活していることなど話した。そして現在の仕事のきつさや、妹との関係をどうしたらよいかわからず、悩んでいることなども話した。妹も同席している中で。 妹も楽な感じでその話に加わってくれた。 私が現在の日本の宗教に対して強い批判を抱き、宗教施設を爆破したことなどに関して、方法は間違っていたが、日本の宗教の多くには強く批判されるべき点が確かにある、とも言ってくれたし、私の変容の過程には大切な価値がある、これからはそれを生かす生き方をしてくださいとかも言われた。妹に関しては、いつでもここに来ていいし、しばらくここに滞在してもいいみたいにも言われた。 妹も老師は70を超えているのにサブちゃんより若い感じです、とかいい、その生き生きとした話方、雰囲気になにか楽になるところがあったようだった。老師は明日からヨーロッパに布教に行くということだった。その前日だったから、すこしひまがあったのかもしれない。 その後すぐ、賢治の学校歩・ホットに行った。車なら玉龍寺からものの5分ぐらいのところにある、日本におけるシュタイナーの思想などに学びながら、教育、精神的変容のための、またその他の生活を含めた総体的な変容のためのさまざまなワークショップを開いたりしているところだ。昨日はそこで裂き織り展が開かれていた。女の人と子供たちがほとんどだった。裂き織りの製品をはじめてみたし、その織り機もはじめてみた。古着から作られる製品が実に綺麗なことに驚いた。織り機自体は単純な感じで自分でもできそうで、暇があればやってみたい感じだった。 そのあと来ていた子供たちとよく遊んだ。妹も子供たちとよく触れ合っていた。 昨日はそうしたこともあって、妹にとってもいい日であったようだ。
2005.10.29
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パソコンの調子が悪く、ログインできなかった間も何人かの人が書き込みをしてくださったことを、嬉しく感じています。私のこのホームページはそう多くの人が訪れてくれるところではないのですが、訪れてくれる人、そして書き込んでくれる人が、私にとってはとても濃いつながりを感じられるものが多く、この片田舎にいながらにして、そうした人たちとの心のふれあいができているのを感じ、心癒されるところがあります。そしてこのつたない日記を、心から受け止めてくださる人がいることに、とても感謝しています。 今日も朝早くから山に行き、雨に濡れてまだ雫のたれているような万作を切り、野の花社に帰ってきて整理し、昼近くからまた山に入り午後5時ころかえってきました。その間妹と八百屋の人以外とは口を利くこともない、一人きりの時間を過ごしました。この仕事はおおむねそのように時間が過ぎてゆくのですが。 お昼すこし前に山に着くと 暖かくなった日差しの中 枯れたススキを縫うように紋黄蝶がひらひら飛んでいました 谷に下りると 紫式部の青い実 湿った倒木の上に茶色のキノコ 鳥たちの鳴き声 かすかな虫たちの鳴き声 そんななかで ずーと一人で榊を切りました そんなときをすごしてこのパソコンの前に座ります
2005.10.27
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インターネットの接続が完了していないとか、モデムのインストールができていないとかいう表示が出るので、いろいろやってみたがどうにもならない。で、NTTのカスタマーセンターに電話して事情を説明すると、じゃーこうしてくださいと簡単なリードですぐ完了。まったく知らないということはなんという大変なことだろう。 今の山の仕事も同じ面があるだろう。昨日は榊の小束が50速1000円、今まで出最安値。1束30円で作って貰っているから、1束10円以上の赤字。これも何かしらない理由があるのだろう。多分、坂きのこ棚を入れた容器の箱が適切なものでなく、いいかげんなことをしていると見られたのではないかと思う。ひょっとすれば、小束がたくさん出ていて値崩れがしたということかもしれないが。 多分今日は写真も入れることができるはず。万作の枝を母屋の前の道路のふちで整理しているところを写したものを、入れてみます。
2005.10.27
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やっとログインできました。こんな感覚も懐かしいものです。ウインドウズ98からNEにバージョンアップもしてあって、そのせいか書き込みの文字がかなり大きくなり、書きやすく読みやすくなっているのがうれしいです。少し使い方が違っているようで、まだ慣れませんが、すこしづつ慣れてゆくでしょう。 今やってみたのですが、まだ画像は取り込めないようです。復帰の最初に万作の紅葉したのを入れたかったのですが。
2005.10.26
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岐阜の町に出かけたり、ここの道の駅に日曜日に出かけたりするとき、当然よく魅 力的な女の人に出会う。そんな人を見ると、必ずのようにそんな人と触れ合いたい、 セックスしたい、その柔らかな乳房に触れたい、そのしなやかな身体を抱きしめたい、 などと思う。あの女の人との、深い心地よいとき、喜びに満ちたときをすごしたいと思 う。 これは本当に心からそう思う。そういう時間をこの私も持ちたいと。 ここの所そういうところまでいくことができるかもしれない出会いの場に行くこと もしていない。仕事や私生活上の必要なことにかまけて。 ときどき 若い恋人たちが指を絡ませて 私の前をあるってゆくのを見ている あの二人の指の間を流れている 心地よい感触 甘いエネルギイ とろけてしまうような切ないもの 私もそれを味わったことのあるその感触 それを彼らは今感じてあるっている そう感じる私の中にも少しだけ その甘い感触が流れる ああ、私もそんなときが持ちたい
2005.10.24
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今日市場に出した榊の枝が、30本1束にしたものが6500円の値段がついた。 ヤッホー、ニコニコ。それらの枝はいつも採っている場所とは違った場所で採ったも ので、少し良い物だなーという感じはあったが、そこまで良い値がつくとは思わな かった。私の採ってきたものは最近は良い物で4000円どまりで、5000えんに なることもなかったから、目をこすった。そんなこともあって、今日の売上は2万7千 円ほど。榊の小束のつくりの手間賃の支払い3000えんと、ガソリン代2000円 ぐらいの経費を引いて、2万2千円ぐらいが実費の収入か。 ともかくこんなことがある中で、どんなものを出せば高く売れるかということが体 験的に分かってくる。榊のそこまで良い枝は今入っている国有林にはあまりないのだ けれど。 マンサクも30本1500円くらいで売れた。あまり良い物とはいえなかったから 仕方がない。この前の金曜日のもののほうが、いくらかはよかったと思うけれど。あ れが20円にもならないというのは安すぎるといえば言えるけれど、買っていった花 屋さんがそれを認めれば、次に出すものは少し値を高くしてくれることになるのだろ うし、無駄ではないのだ。新米の私はともかく信頼されるためにもこうしたことにめ げず、できるだけ良い物を出してゆくよう努力するしかない。 柿は良い枝だと思ったが10本で500円。山からの帰り道の林道横で見つけた、 ガマズミのような赤い実をつけた枝は小さなもの3本が、500円。せりにかけられ る前に前取りされたのだけど、良い値をつけてくれた。 山の仕事は、意識さえしていれば自分の時間でなくなることはない。山の仕事だけ ではないのだけれど。自然の中に1日中浸っていられることは、私の望んでいること でもある。そういう面で、これは私のすごしたい生活になっているのだ。 ただそこに金儲けがからんできて、私の意識がそこにこだわりがちになるとこの仕事 も苦痛になってきたりする。だからこの仕事を喜びに満ちたものにするか、苦痛なも のにするかは、結局この私の意識に関わることで、私の責任なのだ。
2005.10.24
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夕方4時半は過ぎていただろうか、いつも入っている七宗の国有林の林道をタンポ ポ号で下りていると、とても大きな角を持った雄鹿が道端に立っていた。逃げもせず 車の中の私のほうを見ている感じだった。近くまで行き車をとめると、牡鹿は少し森 の中に入って立ち止まり、また私のほうを見ていた。 とても大きな角を持っていた。私は野生の鹿で、このような角を持った鹿を見たの は初めてだった。これまで子鹿と共に大人の鹿が2頭いることはよくあった。私はよ くわからないままにそのうちの1頭は牡鹿なのではないかと思っていたが、おじかが このような大きな角を持っているなら、これまで見たものは牡鹿ではなかったのかも しれない。 それにしてもこの鹿は、とても堂々としていた。 私は対写真をとりたくなり、7,8メートル離れたところに立っている牡鹿に向け て携帯で写真をとった。しかし後からそんなことをしないで、もっと見詰め合ってい ればよかったと思った。とても稀有な出会いなのだから。 結局、その牡鹿は少しづつ私から離れていった。 陽は落ちて、あたりは少し暗くなっていきつつあった。 やっと昨日頃から、冷たい風が吹き始めていた。 そんな夕方だった。 今日もよく働いた。朝5時半頃から北のほうにマンサクを採りに行き、50本程 とって、8時過ぎに野の花社に帰り、マンサクを整理した後道の駅に榊を出しに行っ た。昼過ぎに帰り昼飯を食べた後、前の山で榊の小束用の枝を切った。それを束にし てくれる人のところにもってゆき、その足で午後2時頃山に登った、七宗の国有林 の。そこで榊の枝を50本ほど採った。その他ガマズミのみに似た赤い実のなってい る枝や、長い髪飾りのような赤い種をつけているイタヤもみじの枝も採った。大きな ドウダンツツジも3本ほど。昨日柿の枝を隣の人に10本ぐらい貰ったし、榊の枝は 100本ぐらい集めたし、榊の小束は100本ぐらいできているし、明日もなんとか 2万円ぐらいは売り上げられそうだ。 体調も少しずつ良くなっている。ともかくできるだけ体を休めるようにしている。 それが功を奏してか、すこし身体がもとに戻ってきた感じがある。 敬子さんが送ってくれた、気管支に良いとか言う線香もときどき焚いている。 明日は早いから今日はもう寝よう。
2005.10.23
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久しぶりに、湯船にかなりの湯をためて、それにつかってきた。大体はシャワーで 済ませているのだけれど、たまにはゆったりと湯につかりたい気持ちになって。少し 冷えてきたこともあるけど、やはり風呂があるのは良い。冷えた体が温まる。
2005.10.21
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今日は例によって市場に行き、万作など一昨日とった枝物100本くらいと、大部 分は昨日採った、榊の枝95本、シキミの大きなもの20本、仏花に使うビシャ40 本、榊の小束50本を出した。 全部で売上は2万円ほどになったからまあまあだけれど、マンサクなどは全部で2 300円にしかならなかった。マンサクは85本で1500円、1本20円にもなら ない。19日に出したマンサクは80本ぐらいで6000円だったから、ずいぶん安 かった。ガソリン代ぐらいにしかならないというか。私には今日のマンサクのほうが 前回のよりかなり良いいと感じるものだったけれど、ベテランの70歳くらいの人 が、いいマンサクを大量に切ってきていたこともあるのか、ただみたいな値段だっ た。19日は私しか出していなかったこともあるだろう。また19日に出したものが 悪かったから、それが影響しているのかもしれない。 榊などがまあまあ良い値がつくようになっているから助かるけれど、やはり枝物は 難しい。ちなみに榊などは青物といい、お花の材料になるものは枝物という。私自身 は枝物、マンサクなどを採っているほうがやりがいがあるのだけれど、まだそれで食 べてゆけるほどにはなっていないのだ。 風呂に入るので、これでやめる。
2005.10.21
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多く心ある識者が言っていることだろうから、私などが言うことはないと思うが、 やはりこのことにはものが言いたくなる。 あまり丁寧な書き方はできないけれど、小泉の靖国参拝は、もう少し言うと次のよ うな点で誤りである。 靖国神社は、対外戦争に人々を動員する国家が、人々の天皇進行を利用し、あるい はかき立てたりして、天皇や国家に忠誠を誓い、戦争によって死んでいくことを、そ の本人や家族などに対し有意味化し、報われるものにすることによって、戦争を支え る大切な装置になっていたと言える。 そのような靖国の精神を内面化しているかぎり、その国家の戦争政策に誤りがある かどうかということは、考えられない。 あの戦争を真に反省するなら、あのような戦争に人々を大量に動員し、大量の無残 な死を作り出した国家のあり方、天皇信仰、靖国信仰、そうしたものの誤りも摘出さ れなければならない。もちろんそれに従った普通の人々がそれに従ったことの中にあ る誤りもそうである。そうでなければ、あの戦争で戦死していった人々に、哀悼の意 をささげることなど出来ない。 もし私たちが戦った反日武装闘争の中で死んでいった仲間や、その周りにいた人々 の死を心から悼み、そのお墓の前で手を合わせようとするなら、私たちがその頃抱い た思想とそれに従った私たちの行動の、どこにどのような誤りがあったのか、徹底的 に摘出し、自覚化するという作業が欠かせない。 小泉だって、私がそういうことはとてもよくわかるはずである。 ところがあの戦争のことになると、そういうまともな思考がなされないのである。 それは当然のことなのだけれど。あの戦争を反省するといいつつ、天皇の存在が少し も疑われないような思考の中にあるのだから。
2005.10.19
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ともかく書き込めたようですね。ほっとしました。 今の楽天広場は、1日に3回書き込めるはずですから、このメールを使ってもそれ が可能かどうか試して見ます。 ところで小泉の靖国神社参拝の件、以前加藤典洋さんが書いていたことを思い出し ます。小泉は自らの考え方のねじれにまったく無自覚ですが、そのことに触れる表現 というのも今のマスコミにはほとんどないのでしょうね。 と言っても私自身、典洋さんが書いていたねじれということについて、印象に強く 残っているものの、どういうものだったか語ることができません。 小泉は、靖国参拝の理由を、あの戦争を反省し、心ならずも死んでいった兵士たち などの、哀悼の誠をささげるのは当然ではないか、見たいな言い方をします。 こうした言い方は、かって私たちの戦った反日武装闘争において、心ならずも死ん でいった仲間、共思考者たちに対して、あの闘いを反省しつつ、それを支えた思想、 精神に対して、手を合わせ礼拝するのは当然ではないか、という言い方と同じことで す。 靖国参拝がその死者たちを冒涜するものであることは、靖国神社を支えた、そして 今も支えている思想、精神が、あの戦争を生み出した日本の側の思想、精神であり、 もしその戦争を心ならずも戦った兵士に哀悼の誠をささげるというのならば、靖国神 社をささえる思想の有害さをこそ、解明し、自覚し、2度とそのような精神に回帰し てはならないということになるのに、それが逆になってしまっているからです。 小泉が間違っているのは、靖国神社を支えた思想を不問にしているからです。真摯 にあの戦争を反省するというのなら、当然そのことが問題にされなければならないの に、そのことがまったく問題とされておらず、日本の伝統とか言う言辞でことを済ま しているからです。
2005.10.19
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いろいろ試みてみましたが、何かコンピュウターに問題が生じているようです。楽 天はもちろんヤフーにもログインできませんし、トラブルを解決しようとするマイク ロソフトのリンクを使っての試みも、エラーの発生の表示になり、原因は不明、解決 は不能みたいな表示が出ます。 ただ今回これは、楽天広場で私のメールアドレスに毎日1度送られてきている、こ れに返信すれば日記に書き込むことができます、というのを使っています。最近この 機能を使っていなかったので、すっかり忘れていましたが、ひょっとしたら可能かも しれないので、とりあえずこれで出してみます。
2005.10.19
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妹が最近たびたび私の背が小さくなったのではないかという。そうさ、あんたらの為苦労してるから背も縮むとか冗談を言って済ませたりしているけれど、これは多分、彼女が私に引け目や、何か圧倒されるものを感じ、私が大きく見えていたのが、ありのままに見られる様になってきたからだと思う。 私にもそういうことがあったからそう思うのだけど。逃亡生活をしていた1980年頃、私は和尚ラジニーシの弟子たちの瞑想センターに通い始めたのだが、初めに1年間ほどは、その弟子たちの存在感に圧倒され、彼らを仰ぎ見るような気持ちで見ていた。それが1年過ぎた辺りから等身大の人として見られるようになってきた。そんな体験から、妹の言葉を思うのだけれど。
2005.10.14
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昨日は岐阜の市場の帰りに、ふと裏道を通って帰ってきた。その途中で美濃加茂市の美和町のやまあいに立っている、大きな合掌観音の像のあるところに寄ってみた。何か俗悪な新興宗教の施設かもしれないと思い、興味本位の気持ちだった。 来訪を告げると中から出てきたのは作業着みたいな普段着を着た、飾り気のない、しかし目には力の或る年配の人だった。どういうわけでこの観音様を立てたのですか、と聞くと、次のようなことを話してくれた。 彼は昭和2年頃の生まれで、15、6歳で特攻隊に志願したが、死なずに帰ってきた。その過程で戦争の無残さ、ひどさを嫌というほど体験し、2度と戦争などしてはならないと思うようになり、戦争のない世界を作ることを念願として生きてきた。はじめは政治の世界に入り、そのための道を探ったが、政治の世界ほど汚いものはないのを感じ、それを止めた。そして宗教の世界を彷徨したが、これもまた金や良くの渦巻く汚い世界だった。結局は金儲けや権力欲の為に宗教があって、上のほうほど豪華な、贅沢な暮らしをしている。そんな世界にも嫌気が差したのと 、様々な宗教の遍歴を通して、合掌の姿に表されている精神こそ、すべての宗教の根本に或るものだと悟り、独自にそれにもとづいた、宗派にとらわれない精神的な活動をしようと考え、まずここのこの観音を建てた。とかとか。 私はそうした話を聞いた後、少し自分のことを話した。私の変容の過程を彼はすぐ理解してくれた。私は私が書いた本の中で、特攻隊の人々のことをかなりのページを割いて書いているが、こんな形での特攻隊の生き残りの人と出会うとは思わなかった。この野の花社からはものの15分くらいのところだから、割と気楽に行ける。これからも時々行って見ようと思う。 上の写真は昨日山で取ってきたアケビ。今日もアケビに出会い、山の中でおやつ代わりに食べさせてもらった。
2005.10.13
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昨日は朝から榊を切りに入り、注文のサイズの小さめなもの50本のほかに50本程の榊を切って来た。今回は注文に応じられたけれど、この先はわからない。8月の終わりに探し出した、良い榊野は得ているところの榊は、控えめに撮りつつももうほとんど切ってしまった。また次のところを探すのが大変な気がする。これまではつなぎにドウダンツツジなど切っていたけれど、もうドウダンつつじも終わりのようだし、そのいいものがないし。 私がやっている山の仕事は、初め数年間が大変な気がする。市場に持っていくことのできるような、良い木の枝が在るところを捜すところから始めなければならない。そのことに時間が取られる。そういうところがだんだん見つかり、コンスタントに良い枝を出せるようになれば、とても良い仕事だとは思うけど。今の私では、まだ先行き不安がる。経済的な余裕のなさも在る。その分体に無理が来る。 ともあれ、しかしこの3年間、私のこの体は本当によくやってくれた。急な山の上がり降り、思いにを背負っての山道の上がり、不安定な昨日絵での踏ん張り、木から落ちたり山の斜面で滑ったり、車で運転しつづけたり、ありとあらゆる酷使に耐えてここまで来てくれた。本当にありがたいことだ。 その体に少し不安がる。左の胸の辺りが、大きく息を吸うと少し痛い。木から落ちたときの後遺症か、大阪行きのとき大きな箪笥などを力任せに車に載せたりしたからかもしれない。 ともあれどんな困難に直面しているにせよ、日々の生活の中には、感謝に堪えないことがあふれている。時々がくと来るように安いこともあるけれど、市場で私のものが売れるおかげで、この一年間の危機は乗り越えられてきた。車も買えたし、東本願寺にも行けたし、妹のアパートの整理にも行けた。物が食べられ、くそが毎日良く出て、ともかくこうして元気に生きている。ありとあらゆるものに支えられて。 感謝しながらもう一眠りしよう。
2005.10.12
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今日は岐阜の市場に行く日だったから、4時頃には起きたけど、最近になく目覚めが良かった。榊の枝が、せりにかかる前に先取りされて、まずまずの値がついたし、その他のもまあまあの値がついた。 岐阜から帰り、道の駅に行くついでに、一昨日頃山で採ってきた、いわばにはえていたドウダンつつじの紅葉したものなどを鉢植えにして持っていた。写真を撮って置くのを忘れたけど、そのドウダンはとても美しいものだった。それを持っていて、道の駅の店員の女の人たちと、いくらにするか話し合ったりしている間に、多くの人の注目の的になり、3人ほどの人から買いたい旨の申込があった。しかし1番始めに買いたいといってきた人に売ってしまったから、望みをかなえてあげるわけには行かなかった。しかしその勢いで他のを買ってくれ、ものの10分くらいのうちに2500円ほどの売上になった。とても嬉しいことだ。 ありがとうドウダンツツジたち。私の金儲けに役立ってくれて。持っていった人たちが、その家の日当たりの良い場所にそれらを置いて、その美しさを楽しんでいてくれることを想像するのも楽しい。 その後榊の小束を35ほどだし、野の花社に帰ってきて昼飯を食い、1時ころから山に榊をきりに行く。途中雨に降られて少し濡れてしまうが、予定の120本くらいを気って降りてきた。途中、重みで折れそうな丸木の橋を渡ったりして。 帰ってきて夕食を食べた後すぐに市場から連絡があり、急だけど12日に榊野枝50本ほど持って来てもらいたいという、注文。明日雨が降りそうだけど、何とかそのくらいは撮れると思い、請け負う。そのほかに10本の注文も少し前にあった前に出したものが気に入ってもらえて、再注文のものだ。だから12日は最低60本程持っていかなくてはならない。何か風向きが変わっているみたい。1年間屋って信用がついたからか、何か分けがあって誰かが私を応援してくれているのか、このところ注文が良く来る。できないものや、余りに無理をしなければできないようなものは、断るつもりだけど。 ともかく何とかやって行けそうな気がする。今日は。 上の写真は、今日の夕方榊を背をって山道をあるっているときに、苔むした機の切り株の上で、イナゴくらいのバッタが、寒さの為かもう余り宇護憲苦なってそこにいたのを見つけて撮ったもの。苔むした着の切り株に、一つ葉だったかの植物が生えてもいるのが良い感じだった。
2005.10.10
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今日の朝は、ひどく気分が重かった。最近寝を気の気分がローだ。エンジンがかかるのが遅い感じ。何かかったるくて、体が重い。気分も低迷。何とか山に出かけ、山の中で動いているうちに、少しずつ体が軽くなり、夕方になると気分が良くなる。もっとも、昨日は何の収穫もなかったし、ほとんど体を使わず運転ばかりしていて疲れたが。今日は1日働いて、何とか1万2,300〇円の稼ぎはできた感じだから、楽なのかもしれない。現金なものだ。 今日は山の中で秋のひんやりした風が吹いていた。朝まだ8時くらいに山の中に入ったから、山道の草木は濡れていて、余計にそう感じたのかもしれない。何か秋の気配を鮮烈に感じた。なんにちぶりかのさわやかなはれのひだったからかもしれない。昼頃まで榊を撮り、120本ぐらいをからげて背負って、20分ほど山道、獣道を歩いて車まで来て、荷を下ろし、お茶を飲んだ後、しばらく道の上に転がって休む。空には細い筋のような気流の流のような雲。 その後榊を整理して、タンポポ号に載せ山を降りて野の花社につくと午後2時半。昼飯を食べるとすぐ、近くの山柿の枝を10本ほどきりに行き、その後また近くの山に植木用の苔を採りに行く。体が軽くなっていて快調に動く。 ともあれ存在は、私に今のような困難を与えてくれている。それには何か理由があり、そこから深く学ぶことを通して、私は更に深く生きることができるようになるだろう。 敬子さんアドバイスありがとう。 もう寝ます。明日は早いので。
2005.10.09
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多くの囚友たちが、娑婆は苦しくて刑務所の方が余程楽だったというけれど、ほんとにそう思うときがある。いまのように、金を稼ぐ為に長い時間働く必要はなかったし、夕方5時が来れば仕事は終わり、土曜・日曜・祭日?はかならず休みで、本も沢山読めたし、新聞読んだり、文章を書いたりする時間もあった。 ある意味で時間がゆったり流れていた。 出所してからのこの3年間、働き詰に働いてきたような気がする。良いこともいっぱい在ったのだけれど、ここへ来て初めて生活苦に押しつぶされてしまうような、疲れを感じる。これまでは何とか切りぬけてきたけれど、これからは難しいのではないかというような感じも在り、へこたれそうになっている。気力が萎えてくるような。 そういう日も在っていいのだと思う。いつも元気で前向きに生きているだけではなく、時には生活に打ちのめされそうに感じても良いのだと思う。ともかくここまでやってきた自分を誉めてやろう。少しくらい落ち込んでも、疲れて気力がなえても、良いんだそれで、それが私のあるがままの自分だ。強がらなくて良い。 これまで生活苦というようなことを味わったことはなかった。いま初めてそういうことを体験している。多分今も多くの日とが草した生活苦の中で、疲れはてながらも立ちあがって何とか日々の暮らしを経てているのだろうと思う。政治のことなど考える気力もなく、ひたすら明日の生活だけを考えて、精一杯生きている、そんな人々のことがほんの少しだけ分かるようになった気がする。 そんな気持ちの中、今日は雨の降る飛騨の野山を走った。御岳の迫る山の雄大さ、谷の深さに心奪われ、深まり行く紅葉の美しさに立ち止まりして。上の写真はその御岳のふもと近くの林の中で、唐松だかに絡まった蔦が美しく紅葉しているのをとったもの。
2005.10.08
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今日は雨の中を、ツヤドウダンや、万作、ナナカマドなど探して走りまわった。下呂から小坂、鈴蘭高原、濁河などまで足を伸ばした。しかしまとめて採れるようなものは全く見つからなかった。ナナカマドは濁ごの温泉街の中に、沢山枝を伸ばしていたけれど、もちろんそんなものを採るわけにもゆかなかった。でもはじめて市場以外の場所でナナカマドを見た。 ともかく朝9時頃から午後5時頃まで走りまわって、何の収穫もなかったから、今年はもうこうしたものを採ろうとするのは、止める。ベテランの人たちがやっているようなことを1年目の私がやれるはずがない。榊を中心に、近くの山でとれるものを採って出す。ともかく生活を維持する為にもその方が良い。それもそう簡単ではないのだが。近くの私たちが権利を買っている山も、4人の人が入っているので、切れる榊の枝が少なくなっている。ベテランの私の友人すらそう言っている。 これから年が明けて3月はじめになるまで、相当きびしい時期になるのを覚悟する必要がある。正直言って少ししんどく、仕事を変えることも考えてしまう。食べて行くのが難しいだけでなく、仕事の時間が長すぎて、自分のやりたいことがほとんどできない状況が続き、心身ともに疲れている感じがする。 上の写真は濁河ーにごりごで撮った、ナナカマドの写真。
2005.10.08
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朝起きてから昼頃まで、体調が悪い感じで気分が乗らず、妹と道の駅に行って榊の小束を出したり、買い物をしたりしてすごす。しかし稼がねばとお昼の後、山にドウダンツツジを採りに行く。山をあがったり、ツツジを切ったりして汗を流し始めると、体がもとどうりになる感じ。もやもやが吹っ飛ぶ。 朝起きたすぐに体温を測っても、今計っても6度00分くらい。以前と比べるとずいぶん体温が低くなっているけれど、これがいまの私の平熱なんだ。まあ体の調子はそう悪くはないのだろう。 妹は、アパートの引き上げができたことで少し吹っ切れたところがあるようだ。以前は食べられなかった濃い味噌汁も飲めるようになったし、日本酒も飲めるようになっている。おまけに唐辛子からいのは受け付けなかったのに、キムチも食べられるようになったとか。少しづつだけれど、何かが回復してきている。嬉しいことだ。 上の写真は今日撮りに行ったドウダンつつじの紅葉したもの。これは採っていない。
2005.10.06
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仕事で使っていたズボンが、膝の辺りで大きくかぎ裂きになったり、古くて使えなくなったりしたので、昨夜はズボンを5着ほど修理した。もらい物の丈の長いズボンの裾を切って、足踏みミシンで裾縫い3着ほどする。かぎ裂きのは布もつくボンドのようなもので布を張りつける。 こういう生活をしていると、修理の効くものは何とか修理して使おうという気になる。裾は中にミシンを突っ込めない分やりにくいし、膝の辺りも同様だ。だから膝の辺りはボンドで布をつけてみる。 今日そのズボンをはいて道の駅に行き、道の駅の店員の女性にそれを見せると、まず中から布を張って、外には何か柄になるような形に切ったものを張りつけると、カッコ良くなるよというアドバイスを受ける。納得。貼りつけたもので山仕事をすると、外側に布を貼りつけたところは少しづつ剥がれてくる。で、帰ってきてからミシンでその上から縫いつけた。 上の写真は、修理中のズボン。
2005.10.06
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昨日は朝八時過ぎにここを出て、途中昼飯など食べた後、午後3時ころに大阪につき、夜11時頃までアパートの荷物の積み込みと整理、今日は朝6時頃に起きて、やはり整理とごみ袋入れ。11時頃にほとんど終わり、帰路につく。洋服ダンスや普通の箪笥、冷蔵庫など大きな荷物も積んだので、タンポポ号は荷物でいっぱい。携帯で撮りたかったが、忘れてきたのでできず。 妹のアパートの整理をしていて、1985年頃ぐらいの彼女の写真も出てきた。暗くて悲しみを湛えた感じの表情。それを見ながら涙を流した。つらかったんだろうなと、改めて思った。 成長期の家族との関係、就職してからの職場での人間関係、私が事件を起こしてからの警察の尾行、監視などにさらされた長い歳月、それに加えて父母の老衰、母の看病、そう状態の兄とのかかわり、それはたとえ様がないほどの大変な体験、苦しみだったろう、確か私の訴訟の弁護士をしてくれた弁護士たちに対しても、かなりの金を支払っているはず。そんな中で何かが変容してしまっていても、それはごく当然のことだ。 そんな苦しみのほんのひとかけらでも体験する為に、今の妹との生活や、今回の大阪行きのことなどもあるのかもしれない。 今日は9時頃に野の花社につき、荷物を下ろしたらこの時間になっていた。妹のアパートの整理をしていて15000円ほど出てきた。帰ってそれを告げ、私の仕事代としてもらう。野花社はまた彼女の荷物が入ったこともあり、ものであふれている感じになってきた。
2005.10.03
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昨日の午後11時頃の野花社に帰り、今日また大阪に向かう。 妹のアパートの荷物の扱い方について、色々考えた末に、必要なもの以外は業者に廃棄を依頼するにも最低2、3万かかると言うことで、ごみ袋に詰めて出せるようなごみ以外は、野の花社に持って来て、そこで妹により分けてもらい、燃やせるものはこちらで燃やすことにしたのでそうなった。行ってみなければ状態が分からず、2トン車くらいの車をレンタルして、1回で運ぶ手もあったが、既に私は軽トラで向こうに行っていた為、それもできず、結局そうなる。燃料費以外は金がかからないということも在る。 一昨日は滋賀の今津に住んでいる友だちのところに行き、昼からびーるなど飲みながらご馳走になる。夕食もたっぷりの牛肉をなべで焼きながらのご馳走。日本酒のみながら。30年ぶりぐらいの再会だったけれど、ずーといつも出会っていた人たちみたいにくつろいでおられた。猫や犬とも仲良くなり、近くの浜を散歩もし、快適な風呂にも入り、寝心地の良い布団に包まれて寝た。 そんなことも有り余り疲れていない。カンパも頂いた有難く受け取った。おかげでお金のロスに気を使わず、行きかえりは美味しいものを食べて、体力もつけている。 上の写真はいま野の花社の前に咲いていコスモスです。
2005.10.02
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