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「私を作ったものー9:祭りの後。。。」から続くさあいよいよ受験戦争に突入だ。その前に普段の開成での俺の勉強法について触れておこう。俺は帰宅部だったので時間はたくさんあった。その間、何をしていたか?何してたんだろうね。社会見学。よく言うよ、ぶらぶらしてただけだろ。土日もよく遊びに行っていた。まぁね、出没時点は開成のある西日暮里から1本で行ける場所。神保町の本屋街とスキーショップ、池袋の名画座、上野や浅草の寄席、あとは徒歩で谷根千だ。「私の音楽史。。。ってJAZZばっかじゃん!」にも書いた「モダンジャズ シャルマン」と言うジャズ喫茶に通い詰めたのもこの頃だった。で、夕食時には家に帰ってテレビを見て銭湯に行って、22時頃から26時くらいまで勉強する。わりと普通の子でしょ。その内、24時から26時はラジオの深夜放送を聞く方がメインだったな。オールナイトニッポン、パックインミュージック、セイヤング。俺はパック派だった。オールナイトはがさつ、セイヤングはテーマソングがダサい。でも試験期間中は集中してやったよ。2週間前から自分でスケジュールを組んで全教科を洗い直す。その間は社会見学なしで帰宅してから27時くらいまでぶっ通しで勉強した。ちょっとだけ仮眠して、すぐに学校だ。この時には家が近いと言う事が大きなアドバンテージになった。そして試験期間の1週間は、どれだけ寝ないでいられるかが勝負の分かれ目。俺は1,2時間の仮眠で何とかなった。最終2日間は完徹だ。それでも結構頭はすっきりしていた。若さの勝利だよね。(ちなみに社会に出て入社した会社の課長昇格条件の一つに「2日間程度の完徹に耐える事」と言う凄い項目があった、昭和だろぉ)そして6年の運動会が終わり、皆が大学受験モードに切り替わる。俺も当然、その波に乗る。これはしんどかったわ。試験前モードの2週間が永遠に続く。睡眠時間3時間がず~っとだ。なんであんなに勉強していたんだろうね?自分でも分からない。「私を作ったものー3:デキスギ君成長記」に書いたように中学受験の時の俺のモチベーションは中学受験じゃなかったのよ。全国模試の順位を上げる事だった。むしろその方がよっぽど目的がはっきりしている。全国模試順位というアウトプットが毎月出るからね。でも大学受験は遥か8か月後。俺は本当にそのために毎日、3時間睡眠に耐えていたのか?誰に言われた訳でもない。どこかに書いてあった訳でもない。友達と睡眠時間を競った訳でもない。不思議な感覚だ。それでもだんだん試験の2月3月が近づいてくると、アドレナリンが出てくるのか眠れなくなるのだ。電池込 フライングアラームクロック 【空飛ぶ目覚まし時計)『LOVE it !』ランキングで紹介】価格:2,980円(税込、送料無料) (2026/8/5時点) 楽天で購入
2026年08月07日
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「私を作ったものー8:棒倒しの傾向と対策」から続く運動会が終わると開成の6年生は大学受験まっしぐらになる。修学旅行は5年の秋だし、文化祭にはもう関係がない。おっと、運動会後の大イベント、打ち上げがあったね。その前に触れていなかった運動会の準備について。運動会の運営は100%生徒が行う。これは部活や文化祭も同様なのだが、企画・計画・予算決め・資金集めまで全て生徒だ。先生も父兄もノータッチ。運動会のデカいアーチも応援グッズも予算取りをして資金を集める。スポンサーを探すのだ。親はご法度。主に先輩やご近所さん達。開成には名を成した大先輩がたくさんいるので、そう言う方々の会社を訪ねてスポンサーになって頂く。お返しはプログラムやアーチに会社名を表記する程度なのだが、先輩方は気持ちよく資金提供してくれた。これが後の人生にどれほど役に立つ事か。プロヂュース力、折衝力、人脈作り。開成で学ぶ事の内、勉強なんてほんの一部なのだ。そして楽しい楽しい打ち上げだ。当時の日暮里エリアにはそんなに飲食店がなたっかので、大抵は養老の滝。優勝した組は調子に乗ってカニ谷だ。この二択しかない。高校生が養老の滝だぁ?そうですよ。何なら担任の先生もお招きします。そして飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。昭和どころではない、明治かっつう状態だ。毎年の事だから養老の滝も公認、担当の先生も公認。問題なし。宴会の中身は半世紀以上前ですからカラオケなんかもちろんない。ほぼ春歌の連発ですね。春歌ってもう聞かないねぇ。絶滅した?「一つでたホイのよさホイノホイ♪」「一つとせ、一つと問われて何じゃいな♪」「昨日かあちゃんと寝た時にゃ♪」踊りの時には空のビール瓶が大活躍。バカですねぇ。養老の滝で平気で宴会を開くような奴らなので、雀荘くらいは普通に行く。駅近くの雀荘では先生とかち合う事もしばしば。ここがご丁寧に役満を上がった人の名を壁に掲げたりするのだ。「田中~、おまえ九蓮宝燈を上がったのか」なんて授業中にいきなり言い出す先生がいたりする。このひと時の宴が終わると6年生は大学受験一本に集中する。雀荘からも引退だ。授業も本気で受験対策モードになる。高校の教程はとっくに終わっているので、理系文系、あるいは国立私立等、目標校に狙いを定めたカリキュラムを生徒自らが組んでいく。なんなら学校に来なくたっていい。予備校に主軸を移したって良いのだ。と言っても予備校より開成の方がレベルが高いので、ほとんどの生徒は毎日ではないものの登校していた。開成の先生の行う受験対策授業は、特に入学試験の予想をする訳ではない。これまで通りのいわば「地頭」を良くするための授業だ。「私を作ったものー6:開成の授業とは?」で紹介した幾何の授業が良い例だろう。とにかく開成の授業は全集中して頭をフル回転させていないと追いつけないし、何よりその神髄が分からない。家での勉強よりも授業でどれだけ身に着けるかが勝負なのだ。私?私は国立理系のクチなのだが、平均よりチョイ下のランクだったので、まあ目立たない生徒だったね。そしてそこからの1年弱は本当にしんどかったな。「私を作ったものー10:受験とは孤独との闘い」に続く試験にでる英単語―実証データで重大箇所ズバリ公開 (青春新書)価格:1,642円(税込、送料別) (2026/8/4時点)楽天で購入「出る単」ってこんなになっちゃったの!俺たちの頃のあの出る単だよね。ちょっとびっくり。。。
2026年08月06日
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「私を作ったものー7:開成の流儀」から続く「私を作ったものー7:開成の流儀」から続くもう少し開成の棒倒しを語ってもいい?おもしろいのよ、楽しいのよ、棒倒し。なんであれがもっと広まらないかな。少なくとも日本では競技大会の1つや2つあっても良いのになぁ。(防衛大HPよ)今、棒倒し大会で見ておもしろいと言えば防衛大の体育祭だろう。確かに迫力満点だ。身を呈して国を守ろうという気迫に溢れている。でも我が開成運動会の棒倒し、もっと言えば俺達の頃の棒倒しも面白かったよ。何より戦略的だった。開成の棒倒しの陣形はこうだ。まず棒が防衛大とは違う。防衛大のはただの棒で、先端に一人守備人が掴まれるように更に細い棒が出ている。開成の棒は根本にマットを巻いて太くしている。その根本をアンコが支える。通常は4人。目立たない役割だが非常に重要。ちょっとやそっとでは倒れないのだ。アンコの外側をラインがスクラムを組むように取り囲む。総勢10名程が丸いラインダンスをする。その前に守備隊が陣取る。2人×6列ほど。人数と配置は戦略により変化する。さらに遊撃隊が4,5人、棒の周りで待機する。あとは攻撃隊が15人ほど。開成の1クラスは50人だが、本番までに大抵4,5人は怪我で離脱しているから、15名しか残っていない。これが2人×8列だったり、3人×5列だったりで棒に向かって突進するのだ。男同士が10mも全力で突進して正面からぶつかり合うって、なかなか無いよ。アメフトでも相撲でも至近距離だし、ラグビーくらいかな。ラグビーも基本は足へのタックルだよね。棒倒しは肩対肩、下手すりゃ頭対頭だ。当然怪我もする。それもあって今は開成でも防衛大でも攻撃隊vs守備隊の激突はなくなったようだ。でもあれが醍醐味なんだけどな。見ている方もやっている方も。しかし戦術はいろいろだ。基本は攻撃隊は敵の守備隊ブロックに突っ込む。攻撃隊の先頭はラグビー部、守備隊の先頭は柔道部。こいつらがガチで当たると良い音がする。しかしたまに守備隊を避けると言う戦略を取る組が出てくる。守備隊を迂回して棒にまっしぐらだ。それを遊撃隊と、遅れて横から守備隊が掴みかかる。この戦術を取る組は卑怯者と蔑まれるが(相撲で立ち合いに当たらずに突き落とす力士同様に)、勝ちゃあいいんだ。でも意外に横から守備隊に当たられる攻撃隊は脆いんよ。それにコイツら避けるな、と言うのは感じ取れるのだ。ラグビー部が先頭にいなかったりするから。そして攻撃隊の突貫が止まった後は、守備隊との組んずほぐれずの展開になる。棒倒しではキックとパンチはご法度。キックはラインにだけ許される。しかし興奮してくるとグーが飛ぶ蹴りが飛ぶ。するとすかさず審判団の制裁棒が入る。さすがに金属棒ではない。樹脂製だが結構痛い。それでもグーをやめないと2,3人の審判に拉致されて退場だ。攻撃は守備のマンマークを外して棒に飛びつく。待ってましたとラインが蹴り上げる。腕組みしているから両足キックだ。決まると悶絶する。口の中くらい普通に切る。それでも3人4人と飛びついて密着すればラインは沈黙する。こういった守備の穴をいかに見つけるかが勝負を分けるのだ。その穴から攻撃が棒によじ登り倒そうとする。しかしアンコとラインが強固に固めている内は2人程度では倒れない。すると攻撃はラインのスクラムを切りにかかる。これを外せばタガの外れた樽のように棒は崩壊する。中には守備隊にやられて痛がってうずくまる攻撃も出てくる。しかしマンマークしていた守備が他に行くと、ちゃっかり起き上がって棒に飛びついたりする。マリーシアな奴だ。上で紹介した守備隊、攻撃隊、遊撃隊の人数も隊形も自由なので、各組が知恵を絞って戦略を練る。攻撃隊は2人×8列で行くか、3人×5列で行くか。敵がそう来た時は守備隊はどう言う隊形で行く?遊撃隊はどこに何人?ラインを減らして遊撃隊に回すか。防衛大の棒倒しでいう所のサル、すなわち守備隊が棒の上で敵を待ち構えると言う戦術を始めて取った組が出た時には驚いた。練習中にも秘密にしていた戦術で、あれであの組はトーナメントを勝ち上がっていった。最後は負けて準優勝だったけどね。俺達か?オーソドックスな戦い方でオーソドックスに負けたよ。俺は主に守備隊の先頭。陣形によっては後方でこぼれてきた攻撃を捕まえる役割。俺ねデブだったから当たりは強い。捕まえたら簡単には逃がさない。でも走り回られると逃げられちゃう。なので戦術的にはマンマークな。敵は柔道部か相撲部。ラグビー部やサッカー部は他に任せた。無理やもん。おもしろかったなぁ。まさに青春だった。男子校の開成にはアニメ的なピンク色の青春はこれっっっっぽっちも無かったけど、ここでしか得られない事がたくさんあった。その最たる物が運動会だ。本当になんで棒倒しの競技会がないのかな。鎖骨の1本や2本、いいじゃんねぇ。「私を作ったものー9:祭りの後。。。」に続く「弱くても勝てます」 開成高校野球部のセオリー (新潮文庫 新潮文庫) [ 高橋 秀実 ]価格:605円(税込、送料無料) (2026/8/2時点)楽天で購入
2026年08月05日
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「私を作ったものー6:開成の授業とは? 」から続く開成学園の色々なユニークな先生を紹介したが、生徒達はもっとユニークだった。いや、ユニークに染め上げられた。特に何か。運動会と部活だろう。開成学園での6年間の総決算は運動会。それは間違いない。生徒達は学園生活の最後の炎を運動会で燃やし尽くし、その後は100%の受験生活に突入する。6年生は約1年前から準備に入り、正月が明けてからは勉強そっちのけで運動会一色になる。基本的にクラス対抗なのだが、高校は8クラス(俺の時には7クラス)、中学は6クラスなので、中学生はクラス内で運動会の組が分かれると言う現象が生まれる。6年は様々な役割を受け持つのだが、花形は何といっても応援団。学校の部活としての応援団はもちろんあるが、それはせいぜい1学年に10人くらい。しかし運動会では各組に15人以上の応援団員がいる。中学入学直後に新入生を取り囲んで竹刀で脅しながら校歌を叩き込んだ100名余は彼らだったのだ。各組が趣向を凝らして応援合戦を繰り広げる運動会本番は、ぜひぜひ一度見てほしい。運動会の役割の一つがこの生徒達の背景にあるアーチ作りだ。これは多くの高校でもやられているが、毎年デザインを考え、巨大なパネルにイラストを描いていく。この写真は開成のHP中の運動会紹介のページから転載しているが、改めて見ると生徒達はモコモコの防具みたいなのを着けてるね。今ってそうなの!と驚いてしまった。俺の時は1年から6年まで生身でやっていたから、当然怪我をする。各学年とも競技の練習をするのだが(その指導も6年の役目)その段階から腕を折ったの鎖骨を折ったのが連発する。なので指導員(俺もそうだった)の大きな役割は、本番までに怪我による離脱者を最小限に留める事だった。本番?本番はいいのよ、鎖骨の1本や2本。そして5年6年の競技は伝統の棒倒し。やってるやってる。あら、君達もヘッドギアとか付けてるのね。でも体の防具はなしか。よしよし。俺らは上は裸だったな。棒倒しは燃えるのよ。またやりたいくらいだわ。身体の強さだけじゃなく、戦略も大事だ。攻撃に重きを置くか、防御に人手を掛けるか、エースを攻撃に着けるか、ラインにするか。etc.基本的にポジションは4つ。攻撃隊と守備隊とラインとアンコ。攻撃隊は文字通り敵の守備隊に体当たりで突っ込んで、いち早く棒に飛び乗り上に昇って棒を倒す。花形だ。普通はここに陸上部・ラグビー部等のアスリートタイプを置く。守備隊は攻撃隊の突進を体を張って食い止め、とっつかまえて棒への攻撃を阻止する。柔道部・レスリング部の出番だ。身体の大きかった俺は守備隊の先頭を務めた。ラグビー部の奴らが本気で全速で突進してくるのを胸で受け止める怖さ、分かります?ラインは棒をスクラムを組んで取り囲んで、敵が来たらキックをかませる。ラインはに背が高く少しでも足の長い奴が当てがわれる。蹴りを入れていいのはラインだけ。他のポジションは蹴りはご法度。ここに全速で敵の攻撃隊が突っ込んできたらひとたまりもないので、守備隊は何としてもそれを阻止しなければならない。アンコはラインの内側で棒のマットに掴まり転倒を阻止する。地味だが重要な役目だ。そして今の開成HPの動画を見ると、今の棒のマットはすごく細いのね。これじゃあアンコも支えきれなくてすぐ倒れるんじゃないか?俺達の時は体操マットくらいのが巻かれていて倒れない。まぁ倒れない。攻撃隊は敵のラインに取り付き、まずスクラムの腕を切ってバラバラにする。そして棒に飛びついて昇っていく。するとラインの蹴りを喰らってもんどり打つ。たとえ昇れても一人ではビクともしないので2人3人と昇り、てっぺんで片側に荷重を掛けて倒しに行く。ラインはどこで全員のスクラムを切って棒を支えに行くか。守備隊はどこでマンマークをやめて棒の転倒阻止に動くか。戦術が分かれるところだ。前述のように俺達の頃の棒は容易には倒れないので、ほとんどの試合は延長戦サドンデスに突入する。5分の規定時間が10分15分はざら。決着が着かなければ再試合だ。そして次々に怪我で離脱していく。鎖骨骨折、上腕骨折、頭部裂傷、肩脱臼。。。口の中を切るくらいは怪我の内に入らない。だいたい1試合に一人。トーナメントが進む頃につれて4,5人は離脱していく。長時間・何試合ものトーナメントを勝ち抜くには、結局スタミナがものを言う。もちろん根っからの文系、ちっちゃくて細っこい奴もいるのよ。でもそいつらも含めて棒倒しではアドレナリン出っ放しだから、みんな目の色が変わる。あれは不思議だわぁ。で、かわいそうだけどやっぱ怪我しちゃうのよ。当たり慣れていないし、投げ飛ばされ慣れていない。お前は慣れていたのか?確かにぃ、なぜか慣れていたな。。。なんかえらく脅しちゃってますけど、今のビデオを見るとかなりマイルド。守備隊がいない。攻撃隊も本気で全速で当たってない。ラインも腕組んでいるだけで蹴りも入れてない。そうかぁ。攻撃隊と守備隊の衝突が見ものだったんだけどなぁ。ルールでそうしたのか、今の生徒達にはそれが精一杯なのかは知らないが、あの程度なら大きな怪我はしないと思う。まあ時代だね。安全第一だ。昔は相撲部のバカなんか本気で全速で頭で当たってくる。そんなのと頭でぶつかったらカチ割れる。なのでそいつらは横にいなす。当たり前だ。(漆!てめえ忘れてないからな!)棒倒しはいろんな学校でやられているが、見ると防衛大の棒倒しが開成に近いな。(https://www.youtube.com/watch?v=KX1Cehx0wzU)彼らも守備隊はないんだね。守備は先に棒に取り付いていて、昇ってくる敵を叩き落とす。なんかブラッド・ピットのゾンビ映画みたい。。。そして防衛大も今やヘッドギア装着なんだ。まぁ彼らはヘルメット慣れしてるからね。我が開成の運動会はたびたびマスコミでも取り上げられている。(https://www.youtube.com/watch?v=FUTF5NVclNw)競技はマイルドになったが、生徒達の本気度は変わらない。それこそが伝統。それでいいのだ!「私を作ったものー8:棒倒しの傾向と対策」へ続く
2026年08月04日
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「私を作ったものー5:ようこそ実力至上主義の教室へ」から続く「ようこそ実力至上主義の教室へ」とも比較されがちな開成学園。はたしてその実態は?生徒の扱い、成績の扱いはノベルスほどいやらしくはない。総合順位は張り出されるけどね。クラス編成もごく普通だ。ただし先生の扱いは差が出てくる。半年もすると「とてつもない天才」「普通の生徒」「何で開成に入れたの」と言う3グループが何となく分かってくる。下位の2グループの境界はフラフラしているが、頂点にいる3,4人は動かない。どう言う頭の構造をしていて、どう言う勉強をすればあのようになるのか想像もつかない。そいつらは6年生までずっとそのままだ。本当に脳の構造が違うのだろう。「俺って天才?」と勘違いしていた頃が懐かしいわ。当然、先生の扱いもその天才たちには違ってくる。逆に相手にしなくなる。いや教えるのではなく助手的に扱う。例えば4年の幾何の授業。この先生の授業はユニークで、各学期に全生徒に1問ずつ課題を与える。それだけだ。しかしこれがとてつもなく難しい。先生曰く大学の数学科で学ぶレベルだと。生徒はそれが解けた順に授業の時に一人ずつ解答を示す。解答は何を見ても良いし生徒同士相談しても良い。ネットなどない時代だから、ほとんどは自力だ。それが生徒の実力をどれほど上げていくか、想像に難くないだろう。私は好きだったな。幾何の解法は一つではないので、授業ではその解答に対して他の生徒から質問や指摘が相次ぐ。これがディベートのような展開になっていく。その時にかの天才くんはチェアマンのような役割を先生から与えらえる。必要となれば劣勢に立たされた側を支援してディベートを盛り上げる。いい授業でしょ。あれで俺は様々な事を学んだよ。将来文系に進む生徒にも相当ためになったはずだ。開成には面白い授業、ユニークな先生がたくさんいた。例えば中2の古文の先生はオバケと妖怪の研究をしていて、本も出していた。当然生徒達はオバケの話をしてとせがむ(かわいい所もあるのよ)。先生は授業を早めに切り上げてオバケの話をしてくれる。恨み辛みの幽霊ではなく、正統派の妖怪話、遠野に伝わるような話だ。例えば中3の英語の先生は竹の鞭を持ってきて、ちょっと教室がざわつこうものなら、机を「ビシッ」。さすがに生徒は叩かなかったが、こわかったなぁ。例えば高1の倫理社会の先生は自称「満州鉄道の元総裁」。もちろん誰も信じてはいないが本人は「世が世ならお前らなんか相手に教師なんかしてねえんだよ!」。当時は学生運動華やかなりし頃で、東大紛争や新宿フォークゲリラに参加しようと乗り出す生徒もいた。倫理社会の授業でも取り上げて生徒同士で議論もしたが、この先生は議論を煽るだけ煽って後は「勝手にしろ」が基本スタンス。要は自分達で考えて自分達が行動しろと言いたいのだ。開成の基本は全てこれだ。・自分達で考えて、自分達で行動しろ。それが俺の根底にもある。「私を作ったものー7:開成の流儀」に続く
2026年08月03日
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「私を作ったものー4:天才と変態は紙一重」から続く開成学園での生活が始まった。詰襟に黒ボタン、ペン剣の校章の帽子に肩掛けの布バッグ。家から開成までは歩いて15分。クラスで、いや学年で一番近かった。皆遠くから来ていることに驚いた。電車で1時間とかザラ。あの通勤ラッシュの中をだ。俺なんか遅刻しそうになったら必死に走れば7,8分だ。学校の予鈴が鳴ってからでも間に合う。(さすがに聞こえないけど)入学して始めに驚かされたのが、その封建主義的体質、と言うか匂い。上級生は絶対、先生よりえらい。学校で先輩に失礼をすると殴られる。普通に殴られる。(さすがに今は違うのだろうが)まず入学初日、新入生は講堂に集められ、周りを高3の応援団員が取り囲む。その数約100名(多い理由は後から説明する)。そして校歌と応援歌を覚えさせられる。「お前らよく聞け。これから俺達が校歌を歌ってやるから、その場で覚えろ!」で、一回応援団が歌う。譜面も歌詞カードも渡されない。「さあ歌ってみろ」歌える訳がない。12歳になったばかりの子供達は18を超えた長髪だの坊主頭だ髭面だの先輩に囲まれて、ほんの1,2フレーズを小声で歌った。「聞こえない!」「お前らやる気があるのか!」「ちゃんと覚えろ。お前ら入試を受けたのか?」竹刀を振りかざす先輩たちから一斉に罵声が飛んでくる。ビビりまくる新入生。それでも1時間ほどで何とか歌えるようになると、今度は応援歌だ。これが長いしメロディが古風。伊達に100年続いてないわ。「ちゃんと聞け!」「身体で覚えるんだよ」で、何だかんだで解放されたのは3時間後だ。ここで新入生は開成の基礎を叩きこまれる。・先輩は絶対である。・声がデカい方が勝つ。・記憶は頭でするものではない。身体でする。大変な学校に入ってしまった。みんなそう思った筈だ。世間一般の開成のイメージってこれ↓でしょ。実態はまるで違うから。少なくとも60年前は。ちなみに当時の開成には女性はほぼ0だった。生徒はもちんだが、先生も事務員も全部男。かろうじて擁護の先生がおばさん、そして図書室に若いおねえさんがいた。学内にたった二人だ。擁護のおばさんはヨーチンばばあと呼ばれていた。擦り傷切り傷にヨーチン、打ち身捻挫にもヨーチン、頭痛吐き気にもヨーチン。ガマの油かっつ~の。でもなぜか不思議に治ったな。。。図書室のおねえさんはそりゃあ人気だったよ。5年生6年生がまとわりついて離さない。下級生は遠くから指を咥えて見ているだけ。特に美人とかでもないが、当然アイドルになるよね。さてその「実力主義」の内容は?衝撃的だった。これまで話したように俺は下町の小学校では断トツだったし、全国模試でもそこそこの成績を上げていた。自信満々で入学した最初の数学のテスト、問題を見てウっと唸った。普通にまじめに授業を受けて復習くらいはしていたよ。それが手も足も出ない。で、結果は「0点」。俺は答案用紙を持ってそのままトイレに駆け込んだ。声を押し殺して泣いたよ。優等生の衝撃が分かるだろうか。いや「元優等生」だな。それでこの学校のレベルも自分の実力も勉強法も思い知らされた。これは相当性根を入れて掛からないと置いていかれる。。。「私を作ったものー6:開成の授業とは?」に続く子どもに勉強は教えるな 東大合格者数日本一 開成の校長先生が教える教育論 【電子書籍】[ 柳沢幸雄 ]価格:1,540円 (2026/7/31時点)楽天で購入
2026年08月02日
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「私を作ったものー3:デキスギ君成長記」から続く10代・20代・・・60代。。。 成長し衰退(とは言いたくはないが)していく中で、「俺って天才かも」と思った事って誰にでもあると思う。それは勉強ができるとか仕事ができると言う意味ではない。自分の勉強のレベルなんて中学に上がってすぐに思い知らされた。そう言う意味ではない。それはひらめきだったり気付きだったりが人並じゃないと自分で思う瞬間だ。思い上がり?もちろんそうですよ。でも思い上がりが人を救ったり勇気付けたりする事もある。優等生でできる子だった私は、やはり少し周りの子と違っていたようだ。2年生の運動会の時、クラスの皆は紅組の応援に夢中で盛り上がっていた。私は?1人屋上に上がって空を見ていた。黒い下敷きを目に当てて。その日は日食だった。屋上で一人、欠けていく太陽を飽きもせず見つめていた。私がいない事に気づいた先生が呼びに来て、しぶしぶ校庭に降りた事をよく覚えている。3年生の時には世界地図を見ていて、ふと思いついた事があった。それをどうしても確かめたくて、学校の地図帳にハサミを入れて大陸を切り抜いた。そしてそれらをパズルのように組み合わせようとした。そう、大陸移動説の証明だ。もちろん当時の3年生である私にはそんな学説がある事など知りもしなかった。いや実は大陸移動説自体は20世紀初頭に提唱されていたが、それがプレートテクトニクス理論により証明されたのは1960年代。私が小学生の頃だ。バラバラの地図帳を先生に見せたら小言を言われたが(先生も大陸移動説など知らなかっただろう)、私はなぜか自慢げだった。大陸がうまく繋がる事など誰にも言わなかったけど、自分では密かに思っていたのだ。「俺って天才?」「俺って天才説」が決定的になったのは、ある事実を知った時だった。それは、・アインシュタインの命日が私の誕生日だったと言う事実更に言えば、アインシュタインがアメリカ東部で亡くなった時刻は、時差を勘案すればまさに私が東京で生まれた時刻なのだ。それをアインシュタインの伝記を読んで知った私は、普通にこう思った。「じゃあ俺はアインシュタインの生まれ変わりか?」5年生の時に埋め込まれたその想いは、ずっと私の中にあった。それが理系の人生を歩むモチベーションになったし、勉強や仕事に向かう励みになった。人間は単純なのだよ。豚もおだてりゃ木に昇る。誰もおだててくれないのなら、自分で自分をおだてりゃいいじゃん。「思い過ごしも恋のうち」「思い上がりも人生を変える」「私を作ったものー5:ようこそ実力至上主義の教室へ」に続く【中古】7” Southern All Stars Omoi Sugoshitemo Koi No VIH1055 INVITATION Japan Vinyl /00080価格:422円(税込、送料別) (2026/7/29時点)楽天で購入
2026年08月01日
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