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音楽にジャンルは無い、とか、音楽は世界の言葉、とか、言うが、、今の僕は違うと思っている。今までもずっとそう思ってきた。思うといっても、単に頭で考えてきた訳じゃない!やってきたから、、、経験してきたから、、だから、そうなんだと「思う」。ジャンルの壁、それらは時代の壁、言語の壁、地域の壁、など色んな種類の素材で出来ている。でも、民族、国、人種、そういった壁なんて音楽の中で一度も見たことがない。そんなものハナから無い。そう確信している。そういう意味では音楽は世界の言葉、、?民族、国、人種の壁なんて、政治や利益追求で必要な「概念」じゃないのかな?もっと本音を吐露すれば「道具」に過ぎない。人間そのものの間には壁はない。あるのはその人間を育んできた文化の壁。同じコミュニティの中の人同士で起こる「立場の違い」というのも小さな次元での文化の違いか、、とも思う。壁って、障壁という存在だけじゃないんだよ。台風や津波から人を守る堤のように人を守っている。家だって壁があるから人が初めて暮らす事が出来る。壁は人と暮らし、文化を守り自然と上手に向き合っていくためにある。壁の中で暮らし続ける良さもあれば、我慢しなければならない辛さもある。常に壁を越えて渡り歩く自由と楽しさもあれば、一つの拠り所が持てない寂しさもある、、。壁には、壊しても良い壁と、壊してはいけない大事な壁がある。壁の向こう側とこちら側の人が十分に納得出来ていなければ、壁は必要なものだと思う。そして、壁は無理に越えなくても良い。壁に扉を見つけ、その鍵を手に入れれば良い。至難の業だが、新たな扉をちゃんと作れるのなら作っても良い。でも、恐らく死の覚悟が必要な場合もある。時代の鍵、言語の鍵、コミュニティの鍵、、その鍵を得る行為は、その壁の向こう側に入ることを許された事になる。そして、許してくれたのはその壁の向こう側の人。僕が音楽を初めた頃は盛期バロックを中心に活動してきた。古典派へ、ルネサンスへ、初期バロックへ、アイリッシュへ、日本のクラシックへ、、、思えば初めのバロックもそうだったが、いくつもの壁に扉を探す作業をしてきた。いくつもの壁を越えてきた事を振り返れば、その壁の向こうには「人」が居た。(また最近必要に迫られフランス近代の壁の扉の鍵を探している、、)音楽は目的か手段か、、そんな大それた事に僕は答えは出せない、、けれど、僕の人生の最後の最後にとっては、音楽は目的では無いような気がする。音楽は扉を開ける鍵であることは確かだと思っている。同じ音楽のカッコはしていても、鍵を持とうとしない音楽が奏でられる場合もある。そんな音楽はしたくない。壊してはいけない壁について、「壁なんて無い!」「壁を乗り越えろ!」「壁をぶちこわせ!」っていうのは、文化の中では夢想家であったり、侵入者や泥棒であったり、テロリストであったり、もするんじゃ無いかな、、?そして、僕はアマチュアの皆さんに歌を教えているわけだが、、アマチュアだからといって、夢想家であるだけなら許されるかもしれないが、、文化的な侵入者や泥棒やテロリストにはなって欲しくない!扉の向こう側の人と出会う喜びに是非ともふれて欲しい、、。そして音楽は見えない芸術だから、壁があるふりをして、越えたふりだけだって、やろうと思えば出来る。知らない間にやっていることもある、、だから、、、心して臨みたい、、。そう思う今日この頃です。
June 17, 2006
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住吉川は神戸市東灘区、JR住吉駅近くを流れる川。このところ毎週この住吉川上の橋を歩いて渡っている、、。仕事に向かうときはまじめに仕事の事を考えているのか、、そうでもないが、仕事から帰るとき、住吉川の流れが目にはいると、自動的に頭の中で流れている、、つい口をついて歌っているときもある、、、「す~みよ~し、が~わ~のさ~さな~が~れ~」 途中の歌詞は思い出せない、、、「ち~ぬ~のう~み~」 でも旋律は四十年経っても覚えている。僕が小学校の二年から五年まで通っていた小学校、神戸市立魚崎小学校の校歌。盛徳小学校、魚崎小学校、鶴甲小学校、、と神戸市内の三つの学校に通った、、その中でも、また中高大の校歌の中でも一番好きな校歌だった。勇ましく無く、押しつけがましく無く、歌っていて、何か、子供心でも、、胸きゅん、、、、としながら歌っていたことを覚えている。今調べたら、へ~ぇ、あの浜千鳥の弘田竜太郎作曲。浜千鳥も好きな歌。作詞は巌谷小波1 河原(かわら)の砂も つみゆけば 末 山となり 六甲の 高きもついに しのぐべし2 住吉川の ささ流れ よし細くとも 絶えせねば 広きに入らん ちぬの海3 動かぬ心 山に見て よどまぬ努力(ちから) 川に聞き 学ぶも楽し この校舎でも、この歌詞、、子供時代、意味は全くわかってなかった、、、、、埼玉県春日部市の豊春小学校の校歌もこのコンビの作品だった。
June 16, 2006
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合唱の指導、そして歌の指導をグループや個人でレッスンをしていると、結果的に色んな歌と関わることになる。バロックや古典、ルネサンスばかりではない、、。昨日は山口百恵、さだまさし、ビング・クロスビー、ハワイアンの録音を聴いた、、。とあるコーラスでやっている、「秋桜(コスモス)」を聴くために山口百恵のアルバムを聴いた。コーラスの人が録音したテープを貸してくれた、、。「としごろ」ん~、声も音程も定まってないなぁ~、所詮アイドルか、、。「ひと夏の経験」「横須賀ストーリー」と聴き進むうちに、、、「イミテーション・ゴールド」ぉお、、す、す、すごい、、これだけ変わるのか!そして、、「秋桜(コスモス)」やっぱり最後は上手いわ、、。っていうか魅力あるなぁ~。当時のおじさん達もこの魅力にやられたのかなぁ~。同じ年の僕は当時はあまりこの魅力には気づいて居なかった、、残念!次に、ハワイアン、、コープの講座で取り上げる予定の曲「アロハ・オエ」、、何種類か聴いた、それも日本人のグループの録音。ハワイアンは良く知らないので、色んな曲も聴いた。三橋信夫とマウイ・セレナーダースボス宮崎とコニーアイランダース山内雄喜、上原まき(Vo)そして、、Bing Crosby (やっぱ好きだなこの人の声、、)そのあと外の仕事に出かけ、帰りがけに一杯ウィスキーを引っかけて帰ろうと、アイリッシュパブに寄った。今日はhataoくん、kumiさん、harumiさんの演奏。kumaさんというフランス人のフルートやizumiさんのホイッスルも、、帰りしなに出口で何故かハワイ出身の人にあった。少しだけ、ハワイ語の発音について教えてくれた、、(タイムリーだ、、ネタが増えた!)。家に帰って、ハワイアンと一緒にレンタルCDで借りた小野リサを聴く、、。(これはプライベート、、。)小野リサは以前から気になっていたが、ちゃんと聴くのは初めて、、。「う~、、、。良い声~。たまらん~。」特に"Cachito"なんて、凄くキュートな歌声、、。はまってしまった、、。柔らかな声帯の鳴り、息のスピードも心地よい、、今日、また4枚ほどCDを借りてしまった。でも、色んな良い声、色んな良い歌を歌う人が沢山いるんだ、、という発見は理屈抜きで楽しい。やっぱ、声って、歌って良いな。ホント
June 10, 2006
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実はこの一月以上の間、気管支炎でした。4月の14日、受難礼拝を終え、次の朝、喉がヒリヒリ、、でも、ここまでは良くあること、、薬を飲み、マスクをし、、(そういえば欧米で普段一般人でマスクしてる人って居るんですかね、、)うがいの回数を増やし、、、でいつもは直るのだが、、、直らん!いつまで経っても、一向に!その後一番最悪だったのは、この四月から受け持ったコープ神戸の講座がまだ数回目という日の朝、、起きたとたん、何じゃ!こりゃ!「こ●■、こ×★?、こえ?◎×☆、、がっっ、、☆☆×■■」でも、来る予定ではないはずのピアニストが来てくれることになり、何とかその日は声をセーブして切り抜ける事が出来た、、。その日の症状がピークか、、と思っていたが、、そこからが長かった、、、、、、、、、、、、、、、。どうやら原因は「黄砂」、、、のようだ。それから今までの間、毎日の仕事はもちろんですが、本番もあった、、。新しい生徒もレッスンに来た、、。ホンマ、えらかった!(これって、関西弁?)が、、、今は、やっと、全快! (Happy!)しかし、今回の気管支炎、いろんな発見ももたらしてくれた。レッスンや合唱の指導で皆さんの声に対して出す指示、この指示をどうやって出しているかと言うこと、、。自分の体のコンディションが良くなければ、全く分からないことが多くなるし、出来ない、ということ、、。生徒さんの声を聴くことで、生徒さんの体の中に自分の体が入り込んでいる様だ、、ということ、、。生徒さんの歌っているときの体の中の様子に触れて、(実は自分の体の中、言っておくが、実際に生徒に触れるわけではないっ!)「あ、この辺りにこういう力が加われば、この人はこんな声が出せる。」というのを発見して、それをイメージとして伝える。そのために、身振り、手振り、歌ってみせる、言葉を使う、、って事だ。その入り込んだ自分の体の状態がおかしければ、生徒さんのどこをどうすれば良いのかが全く見えてこない!これまでの知識や経験の蓄積だけを言葉で伝えても、効果は全く無かった!でも気管支炎が治れば、生徒の体の中が見えてきた!(でも、医学的にでも、学問的にでも全く無いですよ。)歌は体の中の見えないところが楽器。歌う人間の自分の目の届く範囲には楽器の姿は全く無く、演奏している体の運動が目視出来るわけでも無い。ある人からこんな話を聞いた。生まれつき目の見えない人が、後天的に見えるようになった時、目の前にある物を見てしまうと、手でつかむことが出来なくなったそうだ。でも、目を閉じれば普通にその目の前の物をつかむことが出来る。歌うことと、同じだ。と思った。この経験から、今、考えているのは、自分の体の調子が悪くても、教える方法、伝える方法があるはず、だ、ということ。それを、見つけたい!(年取ってからも、教えなきゃいけないしね、、。もちろんそれだけじゃないけど)
June 8, 2006
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今日のドミニカ共和国移民の判決ニュースを見て、ボリビアを思い出さずにはいられなかった。There was no light, no water, only jungle no walls, only a tent roof.We had no desire to sing.ボリビア滞在中、伊芸さんという沖縄出身の日系人の方のお家にお世話になった。上はその伊芸さんの言葉。 Dale A.Olsenさんの著書「菊と歌」にあった。社会ニュース - 6月7日(水)14時14分
June 7, 2006
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昨日初めて引っ越し先を散歩した。まずは南へ向かう、ACTUSに立ち寄り国道43号線を酒心館まで、、そして「芦屋川から引っ越して石屋川か、、」なんて考えながら、、石屋川を北に上がる、国道2号線へ、、目指すは家の窓からもその一部が見えている、御影公会堂。「蛍の墓」にも登場するこの公会堂、昭和3年に建てられた。食堂のオムライスは名物らしい、、これはまた今度改めて食べに来よう、、。中にも入り、携帯のカメラで急遽撮影。(携帯なので写りは良くないですが、雰囲気は出てるかな、、。)中に入ると独特の懐かしい臭い、通っていた小学校を思い出すギターのサークルの練習か何かがあるのか、公会堂の中にはパッヘルベルのカノンが響いていた。大水害、空襲、震災を生き抜いた公会堂の壁さて、この公会堂のすぐ近くが僕の生まれ育った町。厳密には明石市で生まれているが、その一週間後この町に来た。47年も前のことになってしまった。「蛍の墓」の作者野坂昭如が空襲に会ったのは灘区中郷町、その道一つ隔てた上(北)が大和町、そこで僕は物心が付いた、、。僕が赤ん坊のころから小学校二年まで住んでいたその家は、神戸大空襲で焼かれた町に建てられた復興住宅の長屋だった。むしろ仮設住宅的なものだったかもしれない。今回の引っ越しは別に生まれ故郷に帰ってくることを狙った訳じゃない。西宮にはよく使うホールもあるし、長年指導しているコーラスも西宮にある、、。しかもアイリッシュパブも"Capall uisce"、"The Wexford tavern"と充実している!だから住み慣れた芦屋を中心に阪神間エリアで前の住まいより広い物件を探していた。しかし、 なかなか良い物件は無い、、。六甲の麓を離れることさえ無ければ、、そう思い範囲を広げると、、あった。100平米もあって間取りがレッスンに使いやすく、駅から徒歩2分。そこが、たまたま、生まれ育った町だったという訳、、。公会堂と共に、つかの間、ガキの頃を懐かしみました、、。また、近い内に愛機のデジカメを持って散歩に出かけよう、、。
June 4, 2006
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西洋音楽を日本で歌う、、自分だけが歌うのならまだしも、西洋音楽の歌を教える、、、、そんな毎日、、。江戸末期から明治維新にかけての日本ならば、欧米化は正に時代と直面した現実であったのだろう。多くの艦隊が日本に迫り、神戸や横浜で開港を、そして開国を迫ってきた時代、四の五の言っている場合では無かった。欧米と対峙するために欧米化することは必要なことだっただろう。この時代の日本の人たちにとって、まだ見えぬ部分は多々あったにせよ、欧米の存在、そしてその文化は日本の前に立ちはだかっていて、誰もが現実として捉えざるを得ない存在であったのだと思う。欧米列強に常に意識を向け、自国の文化を自ら意識的に排斥し、特に音楽は一般に西洋音楽のスタイルで演奏され、歌われ、聞かれることが時間が経つにつれ、いつのまにか普通になってしまった。欧米的であることがステイタスとなり、昭和の時代の高度成長期にはその欧米化が更に大衆化し加速してゆく、、。日本で暮らす日本人の視線での西洋風、欧米風文化、という日本独自の文化、日本文化が育ってくる、、。この日本文化の中での欧米化はもはや現実と向き合うことではなく、現実からかけ離れた幻想や理想、空想の中に有ったのかもしれない、、。国家存亡を揺るがす欧米の脅威は去ると、今度は、欧米は遠くにありて、、想うもの、、となっていった、、。しかし、欧米とその文化は今の時代、かつて無かった程現実的に目の前に近づいてきた。今の新しい世代の人たちは、前の世代の人たちの幻想の中にある西洋風、欧米風な日本文化よりも実際に目の前にある、欧米そのもの、そして欧米に限らず、異文化の持つパワーの方が断然面白いに決まっている!そして、そんな中でも日本文化のコミュニティで命を育んできた自分自身、その中にある文化のパワーの方が断然面白いに決まっている!こんな時代に、、、バロックやルネサンス音楽で、オーセンティックな音楽を求めようとする自分。様々な形で音楽を楽しむ日本のコミュニティの人たちにその場を託され生かされている自分。これこそが、今の私です。
June 1, 2006
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