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日本のファンの皆さんには見る機会のなかった、中国で刊行された正子公也の表紙を中心にご紹介しています。『今古伝奇・単月号』は、このコーナーでお馴染みとなった『今古伝奇』の姉妹版で、『今古伝奇』創刊二十周年を記念して刊行されました。ちなみに「単月号」とは「奇数月号」という意味です。今回の表紙の題材は、中国武侠小説を代表する古龍(こりゅう)の作品から「辺城浪子(へんじょうろうし)」です。昨日の答えは……楚留香の隣にいる美女の足にご注目ください。やはりまだ中国では“生足”はタブー、「セクシーすぎる」という理由で、中国のデザイナーがそっと隠してしまいました。実は、今回の辺城浪子も、女性の左足(生足!)が隠されているのです。
2007年05月31日
古 龍 (著), 土屋 文子 (翻訳) 出版社: 小学館 (1998/12)これはすでに絶版となっている小学館文庫『楚留香』シリーズの表紙です。SKSさんのご指摘どおり、『今古伝奇・単月号』(5月29日掲載)の創刊号の表紙を飾ったものと同じイラストが元になっていますが、一か所、大きく違う部分があります。お分かりになるでしょうか?(答えは明日のブログで)この絵は正子公也が、“中国武侠もの”という新しいジャンルに試行錯誤していた頃の作品で、それぞれの絵に様々なバージョンが存在します。古龍作品の他にも、金庸(きんよう)作品の人物画も数点手掛けています(未発表。楊過・小龍女・東邪の絵は、金庸先生にお会いした際に所望され、プリントしたものを差し上げました)
2007年05月30日
前回までは「絵巻水滸伝」の好漢たちが表紙を飾った本を紹介してきましたが、今回は日本のファンの皆さんには見る機会のなかった、中国で刊行された正子公也の表紙を中心にご紹介いたします。『今古伝奇・単月号』は、このコーナーではお馴染みとなった『今古伝奇』の姉妹版で、『今古伝奇』創刊二十周年を記念して刊行(季刊)されました。表紙の題材は、中国武侠小説を代表する古龍(こりゅう)の作品から「楚留香(そりゅうこう)」です。
2007年05月29日
「明日の饅頭はお前の尻さ!!」絵巻水滸伝(第3巻)(第二十六回 十字坡より、“母夜叉”孫二娘~正子公也撰)
2007年05月28日
「敵だろうが、味方だろうが、関係ない。宋江殿は……俺が、助ける」絵巻水滸伝(第3巻)(第二十回 転蓬より、“石将軍”石勇~森下翠撰)
2007年05月27日
水滸伝ファンの皆さんならば、いつか好漢になりたい、また既に好漢だという方も多いでしょう。中国へ行った時、中国の好漢と交流する機会があった時、ぜひ使いたい好漢としての一言を勉強してみましょう。「好漢と出会ったら~とっさの一句2)」2)一緒に酒を呑もう!!★我イ門 一起 ロ曷酒 ロ巴!! Wo men yiqi he jiu baウォメン イーチ フージュウ バ【語句】※ロ曷:飲む※ロ巴:~しましょう、~してください 【発音のポイント】※フー~これは少し難しい発音です。唇は丸めず、しっかりと横に引いて発音しましょう
2007年05月26日
我らが欧鵬、なんと宮沢りえちゃんと共演です!その電話線はどこから?なんて、無粋なことは聞かないでおきましょう。 お楽しみの今古伝奇表紙シリーズもこれでおしまいです。もしかしたら、この後も続いていたのかもしれませんが、見本が送られてこなかったのです。(掲載依頼のあった好漢は約30人でした)関係者の方、もしご覧になっていたら、ご連絡お願い致します!
2007年05月25日
たびたび紹介している『正子公也の水滸傳絵詞』が掲載されている本です。ゲーム本として出版されていますが、実際の内容はゲームとは関係ありません。水滸伝120回本に登場する360人の人物(これらの人々がゲームに登場するわけですが)の原典準拠の人物紹介が掲載されており、ちょっとした人物事典になっています。 表紙に名前がないため、あまり知られていませんが、実は人物紹介の著者は『絵巻水滸伝』の執筆にかかる前の森下翠です。120回本(駒田信二訳)から、掲載する360人のすべての言動を抜き出し、短いながら人物伝としてまとめました。あまり登場しない人物や、言動に一貫性がないように感じる人物も、その登場から退場 までを眺めていると、不思議とその「人生」が見えてきます。この時の作業が、後の『絵巻水滸伝』の好漢像を創り出す大きな助けとなっているのです。また正子公也のイラストも12ページにわたりカラーで掲載されています。これらの絵は一番最初のバージョンで、後に微妙に描きなおされています。画集等に掲載されているものとどこが違うか、比べてみても面白いかもしれません。
2007年05月24日
あだ名の“小李広”は“漢の飛将軍”李広に由来し、数多(あまた)の戦場でその芸術的な技を披露、“弓の花栄”の勇名は天下に轟きます。唇紅く、豹の如き眼、ひき締まった長躯、凧絵から抜け出た若武者のようです。戦鼓、陣鉦(じんがね)が鳴り響く中、天かける馬を駈り、英気颯爽、七本の矢をいっぱいに引きしぼる、清秀の美丈夫 の姿が浮かんできました。『小李広 花栄(しょうりこう かえい)』 絵と文★正子公也*『絵詞』は1996年に描いた水滸伝人物画約20点に添えられた、正子公也の文章を当時のまま、掲載しました。(初出;光栄刊「水滸伝」好漢ファイル)
2007年05月23日
水滸伝ファンの皆さんならば、いつか好漢になりたい、また既に好漢だという方も多いでしょう。中国へ行った時、中国の好漢と交流する機会があった時、ぜひ使いたい好漢としての一言を勉強してみましょう。「好漢と出会ったら~とっさの一句1)」1)あんた、好漢だね!!★イ尓 真是 好漢!! Ni zhenshi haohan ニー ヂェンシィ ハオハン!!【語句】※真是:ほんとうに~だ【発音のポイント】※とにかく好漢らしく、元気に発音してみまょう
2007年05月22日
「俺の虞美人はどこにいるのかね」絵巻水滸伝(7)(第五十二回 青州の賊より、“小覇王”周通~正子公也撰)
2007年05月21日
絵巻水滸伝は、好漢たちのあだ名を英訳しています。パール・バック訳などを参考に、ほぼ直訳のものが多いですが、一部、意訳されたあだ名もあります。たとえば、林冲の「豹子頭」。これは、通常「Leopard Headed」(豹あたま)とされることが多いようです。林冲は原典中では、豹のような頭の形…エラが張り、目が丸く、顎が突き出し…と、三国志の豪傑・張飛のような容貌であると書かれています。ですから、豹あたまで良かったわけですが…。我らが林教頭は、憂いをひめた悲劇の主人公。張飛と林冲の共通点は蛇矛くらいで、もはや「豹あたま」は似合いません。そこで、「頭」を「第一、最も優れた」の意味として、「Leopard the Gerat」~偉大なる豹、としたわけです。林冲は禁軍中で最も強い、と言われていましたが、虎のような勇猛さはありません。豹のごとく敏捷で、精悍--とくに、チベットなどに生息する白と黒の美しい毛皮をもつ雪豹を見ると、林冲のイメージにぴったりのような気がします。絶滅を危惧されているせいでしょうか、雪豹の目は、どこか憂いを帯びています。あだ名を英訳については、以前(5月9日)の日記のコメントでも触れています。SKSさんからの「孫立の英語版あだ名のThorって何のことでしょうか?」に対する答えですが、ちょうどよい機会ですので、再録しましょう。※水滸伝のあだ名の中には、「小李広」「小温侯」など中国の歴史上の人物名が多く出てきます。これは、漢字表記であれば、まだなんとなくイメージもわきますが、英訳した場合はすべて、単なる名前の発音になってしまいます。「リトル・リーカン ファーロン(小李広 花栄)」では、なんのことかちょっと分かりませんね。そこで、絵巻水滸伝では好漢たちのあだ名をすべて、英語圏の人にもすぐイメージがわくようなものに意訳することにしたのです(英国在住の作家・入江敦彦氏の多大なるご協力をいただきました。また新しい画集をお持ちの方は、人物紹介の英訳を見てみてください。好漢以外の人物、あるいは場所なども英訳されているんですよ。翻訳家でもある画家の島田精治氏にご協力いただきました)。ご質問の孫立のあだ名Thorとは、「トール」、北欧神話の戦いの神であり、雷神です。ミョルニールの槌という無敵のハンマーを武器に、凶悪な巨人たちと戦います。また、金の髪のシフと呼ばれる美しい妻をもち、愛妻家でもあります。尉遅恭は鞭をとって無敵、死後は邪悪なものを退ける門神とされました。その神のイメージと、孫立本人のイメージで「青ざめたトール」の名を選びました(森下翠の好きな神様でもありましたので…)。固有名詞の英訳については、これからも改訂しながら進めていくつもりです。そして、いつか絵巻水滸伝が海外で翻訳されれば嬉しいですね!
2007年05月20日
久々の今古伝奇、今回はライバル・呂方に負けじと郭盛登場!でも、もはや彼の存在よりも、赤ちゃんを抱いた奥さんの横の「ふくろう」のほうが気になってしかたありません。犬といっしょに飼っているのでしょうか。気をつけて!猫が狙っていますよ!※「今古伝奇」は、正子公也の許可を得てイラストを使用しています。
2007年05月19日
「思うままに生きよ!! 行きたい道を行き、行きたい場所へ行け!!」絵巻水滸伝(7)(第五十二回 青州の賊より、“花和尚”魯智深~森下翠撰)
2007年05月18日
東渓村(とうけいそん)の名主・晁蓋に、生辰綱(せいしんこう)掠奪計画を打ち明けられた呉用は、しばし沈思し、やがて静かに答えます。「おやんなさい。智恵も貸しましょう」白皙痩身(はくせきそうしん)、書は万巻に通ず。智恵多き星、“今孔明”の称あり。孔明が劉備に、張良が劉邦に身を託したように、呉用は晁蓋にその理想を託し、無頼の山賊達を恐るべき異能集団へと導いてゆくのです。『智多星 呉用(ちたせい ごよう)』 絵と文★正子公也*『絵詞』は1996年に描いた水滸伝人物画約20点に添えられた、正子公也の文章を当時のまま、掲載しました。(初出;光栄刊「水滸伝」好漢ファイル)
2007年05月17日
“双鞭”呼延灼(そうべん こえんしゃく)官軍の将であった呼延灼は、二本の鋼鞭を使うことから“双鞭”と呼ばれます。卓越した統率力を発揮する歴戦の名将であり、軍規を重んじ、脆弱な官軍の中にあって、その率いる軍は無敵。“軍神”とも尊称されました。彼は、宋朝建国の功臣、呼延賛の末裔です。呼延賛は太原(現在の山西省)の人。若くして騎兵軍の兵卒になり、その武勇を宋の太祖に見いだされ、班長から軍使、軍校、鉄騎軍指揮使と出世していきます。戦では先鋒となり、敵城に一番乗りし、その後も軍職を歴任します。文字通りたたき上げの軍人で、権勢や財貨には執着せず 、死ぬ寸前まで軍人としての務めを果たしました(紀元1000年没)。呼延灼は心臓の上に『赤心殺賊』の刺青をしていますが、これは呼延賛がその身に刺青していた言葉です。その妻子はもちろん、奴婢にいたるまで同じ刺青をさせていました。その伝統が呼延灼の代まで連綿と受け継がれて来たのです(すると、剣娘や双子の妹たちもどこかに刺青をしているのでしょうか。もしかしたら、韓滔、彭 キも……)さらに息子たちは、これとは別に耳の後ろに、「出門忘家為国家、臨陣忘死為主」(門を出ては国家のために家を忘れ、陣に望んでは主のために死を忘れる)と刺青していました。太祖の深い恩愛に感じた呼延賛は、呼延家が永遠に国家に報いることだけを願う家であれと望んでいたのでしょう。とはいえ、呼延賛は勇敢ではありましたが、豪快ゆえに少し軽率なところもあり、人を驚かすような行動を好む人物で、沈着冷静、謹厳な呼延灼とはだいぶ趣が違ったようです。破陣刀、降魔杵、鉄頭巾といった重さ数十斤の武器で身をかため、常に「わしは敵中で死ぬぞ」と言っていました。建国の気運をまとった、あくまで無骨 な武辺であったのです。彼の教育方法も、また無骨もなのでした。呼延賛には四人の息子がいましたが、真冬でも幼い子供たちに冷水で沐浴させ、体を鍛えさせました。一方で、子供が病気になった時には、薬になるということで、自分の股肉を割いて羹を作り、与えたというエピソードも残っています。呼延賛が死んでから百余年、宋国も、宋国の官軍もすっかり様相を異にしています。しかし、呼延灼と呼延賛は、同じ夢を抱いています。それは、戦場で死ぬこと──です。呼延賛は、その夢を果たすことができませんでした。おそらく老年に入っていたであろう呼延賛の最後の仕事は、戦ではなく、皇太后陵の警備であったからです。軍神──“双鞭”呼延灼。彼の望みは、はたして叶うことになるのでしょうか。 絵巻水滸伝(7)
2007年05月16日
奇しくも琢鹿の野に相まみえる、数多の官軍と、梁山泊の仲間たち。この一大決戦、何れが制するのか── 知るは、天のみ!そして、幽鬼の如く戦場を彷徨いながら"おそろしい敵"と戦い続ける、二人の男──史文恭と盧俊義。 はたして、"玉麒麟"盧俊義とは何者なのか。この男に与えられた宿命の星・天コウ星の"めざめ"、それは──。※文中の‘琢’は、正しくは「さんずいの琢」です。 『絵巻水滸伝』第79回 「帰還」、本日公開!( キノトロープ/絵巻水滸伝)
2007年05月15日
こちらの「大唐雙龍傳」は、前回紹介した出版社とは別の出版社から刊行されている、修訂版(全20巻)です。現在、どちらの版もネット等で入手可能のようです。「大唐雙龍傳」の表紙、キャラクターデザインには「絵巻水滸伝」からだけではなく、「絵巻三國志」(もしくは「百花三国志」)の英雄たちも活躍しています。右上;楊虚彦役の趙雲、下段左から李靖役の太史慈、宇文化及役の呂布、それに黄忠(配役未詳)。※すでに流通されてしまった商品なので、これが無断使用であることを明示するため、ここに掲載することにしました(本には別人が描いた絵として掲載されています)。無断での画像使用は一切承認しておりませんので、世界の皆様、使用したい場合はまずはご連絡くださいませ。
2007年05月14日
これは、正子公也の弟さんが、中国出張の際、現地のガイドから「今、一番売れているゲームです」と手渡されたゲームのパッケージです。これを見て、ブラザー正子は「これ、兄貴の絵です」と言うと、ガイドさんはビックリしたそうです。残念ながら、この絵も正子公也の表記はなく、無断で使用されていました。弟からの中国みやげ、正子は嬉しいような、悲しいような…。ちなみにこのゲーム、内容は水滸伝とは関係なく、8種類の武侠シミュレーションゲームが入ったお徳用パックのようです。
2007年05月13日
絵巻水滸伝の好漢たちは、意外なところでも活躍しています。彼らが表紙に登場した本を紹介しましょう。これは、正子本人は全く知らないところで無断で使用されている画像の一部です。善意の方が発見し、届けてくださいました。さて、元になった好漢がお分かりになるでしょうか?もっとも、彼らは水滸伝とは別人として登場するのですが…。「大唐雙龍傳」は台湾の出版社から約60巻(そのうち半分が正子の絵の無断使用であるらしい)が刊行されています。この作品は大陸で大ヒットし、映画、テレビドラマ、マンガにもなっています。現在は別の出版社(時報出版)から全20巻が刊行中です。(表紙のほぼ総てに正子の絵が無断使用されています)※すでに流通されてしまった商品なので、これが無断使用であることを明示するため、ここに掲載することにしました(本には別人の絵として掲載されています)。無断での画像使用は一切承認しておりませんので、世界の皆様、使用したい場合はまずはご連絡くださいませ。
2007年05月12日
絵巻水滸伝の好漢たちは、意外なところでも活躍しています。彼らが表紙に登場した本を紹介しましょう。最近、中国でのキャラクター模倣問題が注目を集めていますが、絵巻水滸伝などのイラストも、時々、まったく思いがけないところで発見されることがあります…。これは、正子本人は全く知らないところで無断で使用されている画像です。善意の方が発見し、届けてくださいました。左は徐子陵。右は我らが林冲。 ※すでに流通されてしまった商品なので、これが無断使用であることを明示するため、ここに掲載することにしました(本には別人の絵として掲載されています)。無断での画像使用は一切承認しておりませんので、世界の皆様、使用したい場合はまずはご連絡くださいませ。
2007年05月11日
絵巻水滸伝には強面の豪傑たちが次々と登場し、縦横無尽に活躍しますが、彼らが連れている可愛い動物たちも負けてはいません。中でも、最も出番が多く、なおかつ好漢顔負けの大活躍をしているのが、“鼓上蚤”時遷の連れている子鼠──“ネズ公”でしょう。このネズ公のモデルも、森下家のねずみ。正体はジャンガリアン・ハムスターです。縁日で買われて来た、やぶれ耳のネズ公は、おっとりとした、おとなしい性格でした。夕飯時になると小屋から出てきて立ち上がり、じっと何かおいしいものが貰えるのを待っていたものです。そして、ある寒い日、やはり静かに、眠ったまま冷た くなっていました。もう何年も前のことですが、今も本の中で元気で可愛い姿が見られるのは、本当に嬉しいですね。
2007年05月10日
狼牙棒と同じく、これも重量によって敵を叩きつぶす打撃武器です。短い柄のついた、棒状もしくは竹の形をした一メートル前後の武器で、刃はありません。その起源は先秦時代の竹鞭で、これを使って軽い罪を犯した罪人を打つ刑罰がありました。鉄製の鞭が現れたのは五代~唐の時代、その形状が宋代まで受け継がれました。しかし、打撃するのみの鞭は殺傷力が低いため、軍隊中では一般的な武器ではなかったようです。『水滸伝』には、鞭を使う好漢が三人登場します。“双鞭”呼延灼、“病尉遅”孫立、“小尉遅”孫新の三人です。呼延灼が使うのは八陵鋼鞭(八角形)、孫立は竹節虎眼(円形)を使います。孫新は孫立の弟ですから、これも竹節虎眼でしょう。角をつけたり、節をつけたりするのは、打撃力を高めるためです。特筆にあたいするのは、呼延灼がそのあだ名“双鞭”の通り、二本の鞭を使うことでしょう。彼の鞭は右手が十三斤、左手が十二斤。それぞれ七~八キロの重さになります。それを両手に握り、馬上で扱うのですから(当然、手綱を持つことはできません)、尋常の腕力、技量ではありません。また、孫兄弟のあだ名に使われている“尉遅”とは、唐初の英雄、尉遅恭(字は敬徳)のこと。彼が鉄鞭の名手だったとされているからです。※参考文献『武器と防具』(篠田耕一 新紀元社) 『図説・中国武器集成』(学研) 『古代兵器』(経済管理出版社)
2007年05月09日
おめでとうございます!記念すべき5万アクセスは羅夢陀さんに踏んでいただきました。リクエストは「混世魔王 樊瑞」、渋いですね!いよいよ第八巻から登場しますので、単行本で読んでいる方も、どうぞ活躍をお楽しみに。これからも皆さんのたくさんのご訪問をお待ちしています!
2007年05月08日
みなさん、楽しいGWを過ごされたでしょうか?いつも、たくさんのご訪問ありがとうございます。お蔭様で早くも5万ヒットが目前となりました。つきましては、5万ヒットを記念して、久しぶりに★記念画像・リクエスト企画★を行います。これは5万アクセス目を踏まれた方に、記念画像をリクエストしていただく企画です。見事5万ヒット目を獲得された方は、なるべく早く「メッセージを送る」から、ご希望の人物(できれば女性が良いのですが、男性でも構いません)と、リクエスト者として公表可能なハンドルネームをご連絡ください。なお、1時間を経過してもご連絡がなかった場合は、この権利は無効となりますのでご注意ください。5万というきりのよい数字ですので、ぜひリクエストしていただきたいですね。みなさん、どうぞ右上のカウンターにご注目下さい!
2007年05月07日
かつての宮城があった場所は、今は美しい公園となっています。徽宗皇帝や慕容貴妃もこんな船で遊んだのでしょうか。 (写真撮影:森下翠)
2007年05月06日
かつての開封の北東にあった塔です。1049年(仁宗の皇祐元年・伏魔殿が開く九年前です)に建てられました。煉瓦作りなのに鉄塔と呼ばれるのは、外壁を覆う煉瓦が鉄のような色に見えるからです。 (写真撮影:森下翠)
2007年05月05日
開封に残る唯一の宋代の石獅子です。 (写真撮影:森下翠)
2007年05月04日
北宋の首都だった東京開封(現在の河南省開封)は、度重なる黄河の氾濫によって泥土に埋まり、今はもうその繁栄の面影をしのぶよすがは殆どありません。しかし、かつての宮城があった場所に通じる御街には、宋代の町並みを再現した建物が並び、多くの観光客で賑わっています。 (写真撮影:森下翠)
2007年05月03日
絵巻水滸伝の好漢たちは、意外なところでも活躍しています。彼らが表紙に登場した本を紹介しましょう。 芸術倶楽部(vol.35) 特集:粱山泊の英雄たち 出版社: 芸術出版社 /星雲社サイズ: 全集・双書発行年月: 1999年10月巻頭特集「日出づる国の水滸天導一〇八星 梁山泊の英雄たち 古今絵師入魂活写」で、浮世絵師・月岡芳年と正子公也の水滸画が紹介されています(それぞれ十数点)。現在は入手困難のようです。
2007年05月02日
当初、「柴錬水滸伝」の表紙を飾るはずだったのは、なんと宋万と鄒淵でした。これはデザイナー・安彦勝博氏による最初のデザイン案です。さすが、目の付け所が素晴らしい。デザイン的には非常に面白いのですが、彼らがメジャーではないため、出版社サイドからNGがでました。「残念だのう、宋万よ」「そうだのう、鄒淵よ」
2007年05月01日
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