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学研歴史群像シリーズ『三国志英雄録』が発売になりました。巻頭カラー特集「英傑の賦」に11ページにわたり正子公也のイラストが掲載されています。イラストはすべて、画集『百花三国志』に収録されているものを、学研編集部の方でトリミングし再構成したものです。それぞれの絵に吉川英治『三国志』の文章が付されています。 三国志英雄録
2007年01月31日
前回、紹介した最初のバージョンを基に3パターンほど作り、塩田監督との打ち合わせを経て決定しました。初めの城を、かなり無理をして3分の1の高さに縮めたものですから、パースが不自然になってしまいました。監督にはその旨をお伝えし、おかしな所は修正しながら進めるようお願いして、後はお任せしたのですが……監督は美術スタッフに「この絵と同じに作ってください」と依頼されたそうです。不安定な感じが、逆に良かったのかも知れません。パースの狂った建築物を作ることなど不可能だと思ったのですが、美術の方に完成間近のミニチュアを見せていただいて、驚きました。二次元の絵がそのまま立体に、見事に再現されていました。美術スタッフの力量、さすがです。僕が今、絵を描いているのも、手塚治虫先生に憧れて、マンガ家を目指したのが始まりでした。手塚先生が医学博士でありながら漫画家でしたから、僕は理学博士で漫画家になってやろうと決心したのですが、残念ながら漫画家にも理学博士にもなれませんでした。それでも、僕の師匠の寺沢武一先生は、手塚先生のチーフアシスタントでしたので、僕は一応、"手塚治虫の孫弟子"と言うことになります。『どろろ』のコンセプトデザインの依頼があったのは、二年前の7月末でした。その頃は、『PROMISEー無極』(2006年2月公開)の仕事からようやく解放され、あとは中国国内向けポスターの絵数点を残すのみという時期でした。映画『無極』は「"未来"における3000年前、アジアのどこか」そして、『どろろ』は「はるか古(いにしえ)か遠い未来か定かでない、日本によく似たとある国」。図らずも、2つの映画は、よく似た世界観を持っていたのです。僕は、それほど苦労することなく、『無極』の住人から『どろろ』の住人へと、引っ越すことができたのでした。 このように映画『どろろ』は、偶然とはいえ、不思議な縁を感じた作品でした。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月30日
これは醍醐城の最初のバージョンです。「城主・醍醐景光が、その領土を広げるごとに上へ上へと増築される城」というのは塩田監督のアイデアです。構造上ありえない建築ですが、"権力"というものを象徴的に表現したいと思って描いたら、このような不安定で不気味なデザインになりました。画面だと分かり辛いかも知れませんが、上へ行くほど屋根や瓦などの装飾が豪華になっています。また、「日本によく似た、とある国」という設定のため、中国風の建築物も取り入れて無国籍な雰囲気を出しています。お城の上の方では、"醍醐の桜"が満開です。しかし、監督から、これでは「高すぎる」ということで、3分の1ぐらいの高さにして欲しいと言われました。映画の画面は横長なので、画面に収め難いという理由もありました。 さて、これが最終的にはどのようなデザインに落ち着いたか、それは次回で。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月29日
当初は、妖怪のデザインもやって欲しい、という依頼だったのですが、時間的余裕がなかったため、百武朋さん(妖怪大戦争の妖怪造型でご存知の方も多いはず)に救援をお願いしました。二人で方向性の打ち合わせをし、初めの10体ほどは百武さんのラフデザインをチェックさせていただき、清書したものを監督に見ていただきましたが、あとは百武さんにお任せしました。百武さんのデザインはどれも秀逸で、特に「桜魔神」は僕のお気に入りです。マイマイオンバは唯一、僕がデザインした妖怪です。劇中では土屋アンナさんが演じていらっしゃいます。空中に静止して動きもほとんどなく、ゆっくりと羽ばたいて金色の毒の鱗粉を撒き散らす、というイメージでしたが、監督は素早い動きでインパクトのある表現にしたかったそうです。(僕のイラストでは20m位に巨大化したイメージで描いています)妖怪デザインは、時間さえあればもっと描きたかったので、また機会があれば挑戦したいと思っています。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月28日
映画『どろろ』が本日公開となりました。劇場パンフレットにデザイン画数点と共に、正子公也の紹介とインタビューが(1ページですが)掲載されています。デザイン画は、映画に使用されなかったものも、あえて紹介していただいています。その他に昨日当ブログで紹介した、百鬼丸が登場するシーンのイメージイラストが、1ページ全面を使って掲載されています。全国の公開劇場情報は下記の「どろろ」公式ホームページを御覧ください。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月27日
今日は旧暦の十二月八日、すなわち臘八(ろうはち)です。『絵巻水滸伝 第76・77回 元宵』で、北京丐幇(かいほう)の幇主・許大丐(きょたいかい)が流民たちにふるまった“臘八粥”(ろうはちがゆ)──これは中国伝統の食べ物で、もち米に棗(なつめ)やクルミ、蓮の実など八種類の具を入れて甘く炊いたお粥です。十二月八日頃は、一年でもっとも寒い時期といわれています。そのため、滋養のある臘八粥を食べるのです。もともとは十二月八日に釈迦が悟りを開いたことにちなみ、寺院で法会を行い、檀徒に粥を配っていたのが始まりです。それが民間に広まりました。“臘八粥”のことは、北宋時代の東京・開封の風俗・歳時を描いた『東京夢華録』にも書かれています。この日にはどの家も臘八粥を作り、先祖に供えたり、親戚に配ったりしていました。梁山泊の厨房でも臘八粥が煮られ、好漢たちが舌鼓を打っていたことでしょう。皆さんも、栄養を摂って、風邪などひかないようにして下さい。※いろいろな木の実の入った甘いお粥…日本人にはちょっと馴染みがない食べ物かもしれません。いったいどんなものなのか、臘八粥を味わってみたい方は、どうぞ中国食品店などで売っている缶入りの「八宝粥」を買ってみて下さい。
2007年01月26日
いよいよ明日、正子公也がヴィジュアルコンセプトデザイナーとして参加した、映画「どろろ」の公開が始まります。今日ご紹介するのは、映画の冒頭で百鬼丸が登場するシーンのイメージイラストです。監督から求められたイメージは「地平線の向こうから虚無が歩いてくるという感じ」でした。画面右下、百鬼丸の左手首が先導するように這っています。監督いわく「手は歩きません!」……面白いアイデアだと思ったのですが。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月26日
いつも応援、ありがとうございます。今日は、『絵巻水滸伝』の読者の皆さまに、悲しいお知らせをしなければなりません。このたび『絵巻水滸伝』の第六巻以降の定価が、今までの2,500円から、3,500円に値上げされることになりました。『絵巻水滸伝』を出版するに当たって、おもしろく、安く、素敵な本にしたいと、僕は当初、価格を2000円以下にして欲しいと出版社に申し入れました。魁星出版さん(この時は未だ社名も決まっていませんでした)も賛同してくだり、なんとかその価格を実現しようと努力していただいたのですが、どう見積もっても2500円が限界という結論に達したのです。それでも、何10万部も売れている本は別にして、大判でフルカラー(平均254ページ)でこの価格は、かなり勇気のいるものでした。つまり、これは増刷を見込んでの値段設定だったのです。森下先生と僕が、思いのほか売れ行きが芳しくないという報告を受けたのは、昨年の11月14日でした。まさに青天の霹靂でした。魁星出版さんの方ではもっと以前から分かっていたのですが、まだ刊行中であり我々の連載も終わっておらず、気落ちしてモチベーションがさがることを懸念してのご配慮から、報告が後回しになったのでしょう。このままでは値上げやむなし、とのお話しに、森下先生と僕は「僕たちも作品を作るほかに、何かできることはないだろうか」と考え、いくつかを実行に移しました。そのひとつがこのブログでした。さっそく翌日15日から始めて、以来、今日まで毎日なんとかやってまいりました。また、魁星出版さん、キノトロープさんも一丸となって知恵を絞り、某編集者さんの言葉をお借りすれば「『絵巻水滸伝』に詰まった思いの、熱を広める」という努力を全力でやっていただきました。力及ばず、十巻を最後まで刊行するためには、値上げせざるを得ないということになってしまいましたが、魁星出版さん、キノトロープさんには心から感謝しています。もともと、『絵巻水滸伝』の値上げ回避を目的として始めた当ブログですが、始めてみると皆さんの生の反応がとても温かくて楽しくて、ともすればネガティブになりがちなときに、たいへんな励みになったのです。これは皆さんから頂いた、意外な、うれしいプレゼントでした。ですから読んでくださる方がいらっしゃる限り、僕たちはできるだけこのブログを続けて行こうと思います。第六巻以降は作者としては、とても買ってくださいとお願い出来る価格ではありません。魁星出版さんには、全国の図書館に置いていただくよう交渉をお願いしたのですが、全十巻揃いでないと手配は困難とのことでした。しかし、利用している図書館に個人がリクエストすれば、シリーズ刊行中のものであっても、かなりの確率で入れてくれるようです。僕も学生の頃、高くて買えない本があるときは図書館のお姉さんに頼むと、必ず入れてくれました。皆さんも是非、ご近所の図書館や学校の図書室へ行って、リクエストしてみてください。僕たちにとって、より多くのかたに読んでいただけることに勝る喜びはございません。どうか、よろしくお願いします。全十巻は必ず刊行し、今後これ以上の値上がりもないということを、魁星出版さんはお約束してくださいました。連載中の最新のものも、今までどおり、キノトロープさんのご厚意により、水滸伝サイトにて無料でご覧いただけます。『絵巻水滸伝』がここまで続けてこられたのも、ひとえに皆様の応援のおかげです。どうかご理解いただき、今後とも変わらぬご声援をお願いいたします。 平成19年1月25日 正子公也全十巻ご予約のかたには、第六巻以降のキャンセルを受け付けております。ご不明な点等、お問い合わせは魁星出版まで、お願い致します。魁星出版株式会社http://www.kaisei-pb.co.jp/〒112-0014東京都文京区関口1-47-12江戸川橋ビル3階Tel:03-5225-1241 Fax:03-5228-7160E-mail:info@kaisei-pb.co.jp
2007年01月25日
中井貴一さん演じる醍醐景光の衣装デザインです。醍醐景光は天下統一という己れの野望と引き換えに、48の魔物たちと、やがて生まれる我が子の体の48ヶ所を捧げる契約を結びます。そうして生まれたのが百鬼丸です。百鬼丸は自分の身体を取り戻すため、魔物退治の旅に出るのです。魔物との契約の証(あか)しである額の傷は、錨(イカリ)の形にデザインしています。イカリの紋様は原作の「どろろ」に描かれた、百鬼丸の服の模様でおなじみですね。じつは当初、監督からはマンガチックになるので、映画に取り入れるのは難しい、と言われたのですが、40年前に「どろろ」と接した僕にとって、百鬼丸の服にはイカリの図柄は不可欠でした。実写にも耐え得るように質感を馴染ませ、百鬼丸の服に再現しました。そして、こんなストーリーを考え、監督にお話ししました。「ーーこのイカリ印は醍醐家の裏家紋であり、景光の妻・百合は、生まれたばかりの百鬼丸をそのイカリ紋の布に包んで川に流します。成長した百鬼丸は、この布で服を仕立ててもらい、旅に出ます。そして、百鬼丸と再会した百合は、服のイカリ紋を見て、百鬼丸が我が子だと知るのでした」映画の中では、微妙にこの設定が生かされています。僕は、このイカリの形を象徴的な記号として、景光の額の傷や醍醐軍の槍の形に表現しています。塩田監督は、あれは百鬼丸が背負わされている宿命の重さをメタファーとして込めたのかも知れない、とおっしゃっていましたが、なぜ、手塚先生が百鬼丸の服をイカリの図柄にしたのか、ーー今となっては誰も知ることはできません。(下段左から景光の額の刻印、醍醐軍の槍、百鬼丸の服の紋様)※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月24日
読者の皆様、たいへんお待たせ致しました。『絵巻水滸伝』第77回 「元宵・後編」が公開されました。(キノトロープ)(次回【第78回】予告は、現在更新作業中です。いま暫くお待ちください)「"鶏狗"、翠雲楼に至れり」一月十五日、元宵節。その夜、梁山泊がついに動いた。天下の狗盗"鼓上蚤"時遷と、"鶏狗"の活躍。そして、再び北京を襲う"幻"の大軍。「実と見せて虚、虚と見せて実」―――またしても"智多星"呉用の幻惑なのか。囚われの盧俊義と石秀の運命は?さあ!梁山泊の、反撃なるか!
2007年01月23日
『絵巻水滸伝』の好漢たちは、故郷・中国でもたびたび紹介されています。その中から、『今古傳奇・故事版』の表紙を紹介しましょう。本邦初公開です!これは武漢の今古伝奇雑誌社が刊行したショートストーリーを集めた読み物の雑誌です(2000年10月発行)。「あなたの楊志の絵を、表紙に使いたい」という依頼を受け、原稿を郵送したのですが……送られてきたデザインにちょっと感動しました。少女やサーファーとの共演に、楊志も喜んでいるのではないでしょうか。
2007年01月23日
お待たせしております『絵巻水滸伝』の連載ですが、一両日中に公開できる予定です。「第77回 元宵・後編」、どうぞお楽しみに!
2007年01月22日
先日に引き続き、今日は金山軍の鎧デザインを紹介しましょう。黒い醍醐軍に対し、こちらは赤い軍団です。赤だけだと単調になり面白くないので、黒や金色も使っています。醍醐軍同様、これも将ではなく、兵の鎧としてデザインしたものです。兵は皆「赤毛」をかぶっていますが、将は色とりどりの毛をかぶっているという設定にしたのですが、予算的時間的な関係から、映画では採用されませんでした。面は、ひとつだけではなく、小部隊ごとに様々なパターンがあったほうが良いと考え、例としていくつか作ってみました。(右はそのひとつで、以前描いた「木村重成」の兜の流用)靴は平安時代の半靴のイメージです。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月22日
いよいよ受験シーズンとなりました。受験生の皆さん、自分を励まし、どうぞ頑張ってください! 祝大家難関突破!
2007年01月21日
公開目前の映画「どろろ」が、アジア、欧州など20カ国に続き、アメリカでの配給が決定いたしました。今回は醍醐景光(中井貴一)率いる醍醐軍の鎧デザインを紹介しましょう。映画の中では、将の鎧兜として登場しますが、実はこれは兵の鎧としてデザインしたものです。敵対する金山軍の赤備えに対し、醍醐軍は黒で統一しています。過去かも知れないし未来かも知れない、日本によく似た、とある国の物語という、原作とは異なる設定のため、この鎧も平安・鎌倉期の大鎧と、安土桃山期の当世具足を足したようなデザインに仕上げてみました。肩から掛けている数珠は、徳川四天王のひとり、本多平八郎忠勝の肖像画で有名な金の数珠をモチーフにしています。昆虫の触角のような長い前立は、薄い金属でできており、歩いたりすると振動で揺れて不思議な音色を奏でるという設定にしていました。何万という兵がこれを着て、行軍したり戦ったりするシーンをスクリーンで観てみたかったのですが、大量に制作するには、お金も掛かるし、時間的に間に合わないということで、実現しませんでした。※映画「どろろ」のその他の設定画はこちらを御覧ください。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月20日
読者の皆様にはたいへん申し訳ありませんが、更新作業が遅れております。どうぞ今しばらくお待ち下さい。続報は随時、当ブログでお知らせ致します。
2007年01月19日
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昨年1月、『絵巻水滸伝』全十巻刊行に先がけて、『絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八』が、装いを新たに復刻されました。『水滸伝』に登場する英雄豪傑を一人ずつ描いた、ファン必携の画集です。『絵巻水滸伝』に合わせて、右開きから左開きに変更し、収録された絵も30点以上を加筆修正いたしました。好漢のあだ名の英訳は、全面的に絵巻風に新しく訳出し直しています。※印刷精度も出力線数を175線から230線に、インクもCMYKの4色にニスを加え、より高彩画の仕上がりを目指しました。晁蓋を含め109枚の好漢画を掲載、折り込みポスター("瓦罐寺"と"潘金蓮")つき。巻末には「梁山豪傑108星列伝」として全豪傑のプロフィールもついていますので(英訳併記)、『絵巻水滸伝』の副読本としてもお楽しみいただけます。 ★『絵巻水滸伝梁山豪傑壱百零八』★ 幻の画集、復活!世界を震撼させた正子公也の華麗なる奇跡!好評発売中AB判/カラー120ページ/モノクロ32ページ/定価3200円(税別)ISBN 4-312-01001-3
2007年01月19日
『水滸伝』と『論語』──まるで対極にあるような本です。 しかし、『絵巻水滸伝』には『論語』や『孟子』など儒教の教典に書かれた言葉もたびたび引用されています。「仁者は憂えず、勇者は懼れず」「剛毅朴訥、仁に近し」「義を見てせざるは勇なきなり」 四巻に引用されたこれらはすべて、『論語』に出てくる言葉です。孔子の言葉とは知らなくても、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。 白虎山の二星、孔明と孔亮の兄弟は青州孔家。孔子の嫡流である曲阜孔家から見れば傍流ですが、孔子の教えを厳格に守り、子孫に伝えています。『論語』というと、堅苦しい道徳の本──と思われるかもしれませんが、それは後世の学者の解釈や、政治に都合よく利用されたためかもしれません。孔子が語ったとされる言葉は、どれも簡潔で味わい深く、真摯な含蓄に飛んでいます。二千五百年の時を経ても、色あせることはありません。機会があれば、ぜひ読んでみてくださ い。なお、“孔家縄術”の技の名前、「子路宿門」、「顔回問仁」、「宰予晝寝(ひるね)」、「子貢守冢」も、『論語』の文章中から取られた言葉です。(※仁者は憂えず、勇者は懼れず……の前には、本当は“智者は惑わず”がついています。呉用が決して迷った顔を見せないのは、やはり智者であるからなのでしょうか) 絵巻水滸伝(第4巻)(第二十七回 二竜山より)
2007年01月18日
額に鉄の鉢巻、首には人骨を繋いだ数珠、燃え立つような、しかしまっすぐな眼をもち、酒を好むが、色は好まず、武松は大衆の代弁者であり、超人的英雄でもありました。虎退治では未だ行者姿ではないのですが、“虎と闘う武行者”に空想を遊ばせました。日没、深紅の光が宿った山々に、酔漢・武行者の、勝利の雄叫び がこだまします。 『絵巻水滸伝(第3巻)』より『行者 武松』 絵と文★正子公也*『絵詞』は1996年に描いた水滸伝人物画約20点に添えられた、正子公也の文章を当時のまま、掲載しました。(初出;光栄刊「水滸伝」好漢ファイル)
2007年01月17日
正子公也がヴィジュアルコンセプトデザイナーとして参加した、映画「どろろ」の公開が迫ってまいりました。(1月27日公開)昨年公開の「PROMISEー無極」(監督;チェン・カイコー、主演;真田広之、チャン・ドンゴン)は約1年かけて、衣裳や小道具、屋外セット等のデザイン画をNGを含めると300点以上描きましたが、「どろろ」はスケデュールの関係で、1ヶ月ほどしか仕事ができませんでした。衣装に関しては、どろろ、百鬼丸(2点)、醍醐景光、醍醐軍と金山軍の鎧くらいしかデザインしていませんが、その他にも、絵巻水滸伝の挿絵などを参考資料として使用しながら、監督にイメージを伝えたものもありました。たとえば、原田美枝子さん演じる百合(ゆり)の額の印は、“病関索”楊雄の妻・潘巧雲(はんこううん)や、もともと「PROMISEー無極」のために描いて採用されなかった雪国人のデザインを参考にしています。この模様は花子(かし)と呼ばれ、中国は唐の時代に女官が施した化粧法として知られています。特に眉間に描くものを花鈿(かでん)といいます。『絵巻水滸伝』に登場する慕容貴妃(ぼようきひ;第九巻)や白秀英(はくしゅうえい;第六巻)にも、違った模様の花子を描いています。(上段;『絵巻水滸伝』より潘巧雲、下段;左から『絵巻水滸伝』より慕容貴妃、「無極」より雪国の女性と雪国の子供)『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月16日
本日、キノトロープのサイトで公開予定でした「第77回 元宵・後編」ですが、諸般の事情により公開が遅れております。1月19日(金)に公開の予定です。楽しみにしていただいている方には大変恐縮ですが、いま暫くお待ち下さい。
2007年01月15日
“浪裏白跳”張順(ろうりはくちょう ちょうじゅん)(其の三) 決死隊は火箭や弩で元軍の攻撃を防ぎ、また河面にめぐらされた鎖を断ち切りながら、ひたすら襄陽を目指して河を下った。 その中で、張順が体に四槍六箭を受けて戦死。流れに沈んだ。 果てしなく思われる戦いのすえ、波の彼方に襄陽の城壁が見えたのは、すでに夜が明けようとする頃だった。 翌日未明、張貴は生き残った男たちを率いて、襄陽の城下に至った。長く補給を受けていなかった城内の軍民の歓呼の中を、入城した。 数日後、戦死した張順の遺体が川面に浮かび、襄陽に流れ着いた。その顔色はまるで生きているかのようで、人々は涙を禁じえなかったという。呂文煥(注;襄陽の守将)は張順の遺体を清めさせ、塚を築き、廟を建てて祀った。 張貴は、再び出撃しようとしたが、呂文煥に止められ、そのまま襄陽に止まった。しかし、九月に入ると、張貴はテイ州に戻ろうと考え始めた。 彼らが入城して以来、元軍の包囲はますます厳重になっている。張貴は数日も水中に潜っていることのできる男を選んで蝋に封じた密書を持たせ、テイ州の范文虎に敵を挟撃するべく援軍の出兵を要請した。 張貴らは闇に紛れて襄陽を出ると、敵の真っ只中に漕ぎ出した。 モンゴル軍は、その暴挙に驚き、たじろいだ。 すぐにアジュ(注;元軍の将)と劉整(注;元に降った元南宋の将)が邀撃に出た。 張貴は漢水の流れにそって下り、小新城で元の大軍と衝突した。沿岸にはかがり火がずらりと灯され、辺りは真昼のように明るかった。戦いながら竜尾州まで進んだ時、張貴は彼方に一群の戦艦を見つけた。 援軍だ、と花火を上げて合図した。 しかし、それも敵だった。 頼みとする援軍は、一旦は出撃したものの、怖じ気づき、遙か彼方に後退していた。 命懸けで襄陽に補給を行った彼らは、臆病者の范文虎に裏切られ、見殺しにされたのだった。 張貴の軍は、奮戦むなしく全滅した。 張貴は身体中に数十創を受けて捕らえられ、降伏を迫られた。 それを頑にこばみ、張貴は殺され、その遺体は襄陽へと送られた。「“矮張”を知っているか? これがそうだ!!」 使者が示した遺体を見て、襄陽を人々はみな哭いた。 呂文煥は使者を斬り、張貴を張順の廟に合葬した。 孤立した襄陽にとって、二人の張の活躍は、希望の象徴だった。その二人の死に、城内には急速に絶望の気配が深まっていった──。 南宋が滅びるのは、それから四年後のことです。 実在の張順については、これ以上のことは分かりません。 しかし、国家の存亡をかけて戦った多くの“水の申し子”たち、歴史の一頁を“波間の白魚”のごとく駆け抜けていった男たちの記憶は、張順、そして張横に託されて、永遠の命を得たのです。※テイ州のテイは【呈+おおざと】です。 森下翠・著『元宋興亡史』(学研M文庫) より抜粋 絵巻水滸伝(第5巻)
2007年01月15日
“浪裏白跳”張順(ろうりはくちょう ちょうじゅん)(其の二) 十年の籠城にも耐えられると言われていた襄樊城の蓄えは、武器糧食に関しては十分だったが、塩や麦藁、絹布などが不足し始めていた。(注;襄樊とは襄陽と樊城、二つの城の総称) 樊城では水練に長けた勇士を選び、城外に援軍を請いに行かせることにした。使者は蝋で固めた密書を髷の中に隠し、樊城から漢水に泳ぎ出た。しかし、見張りの元軍に発見されて捕らえられ、使命を果たすことはできなかった。 そして三月、元軍(注;モンゴルが北中国に建てた王朝)は樊城の外城壁を破り、ついに城内に侵入した。二千余人の戦死者を出した戦いのすえ、樊城守備軍は外城を捨て、内城に撤退することを余儀なくされた。樊城の命運は旦夕に迫っていた。 見かねた李庭芝(注;南宋軍の将軍)は、なんとかして補給を行おうと、襄陽、テイ州地域から民兵を募ることにした。 集まったのは、死をも厭わぬ三千人の男たちだった。多くが山岳地方の勇敢な若者で、指揮官には、彼らがその知勇に心服している、“竹園張”張順、“矮張”張貴の二人が選ばれた。 李庭芝は、彼らに莫大な報酬を与えることを約束した。 そして、二十四日。夜。 闇に包まれた漢水の上流にあたる北の支流に、軽舟百余叟が集結した。船は三隻ごとに繋がれ、中央の船に塩と布帛、両側の船には槍や弩で武装した決死の男たちが乗り込んだ。 出撃にあたり、張順、張貴は男たちの前に立って言った。「ただ死あるのみ!!」 一行は襄陽の西北、清泥河を出発した。范文虎(注;南宋軍の将軍)の甥で、京湖制司の范天順が同行した。 彼らは夜陰に乗じて漢水に漕ぎ入った。張貴が先に立ち、張順が殿をつとめた。やがて元軍の囲みに突入、戦闘が始まった。 森下翠・著『元宋興亡史』(学研M文庫) より抜粋 (明日につづく) 絵巻水滸伝(第5巻)
2007年01月14日
“浪裏白跳”張順(ろうりはくちょう ちょうじゅん)潯陽江(現在の江西省)の魚河岸を取り仕切る漁師の元締め。体が練り絹のように白く、泳ぎの名手で、水中を行くこと“波間の白魚”のごとし。彼は水の申し子であり、七日七晩、水中にいることもできるという異能の持ち主です。“船火児”張横の自慢の弟でもあります。張順はかつて追剥の兄とともに潯陽江で荒稼ぎをしていたこともありますが、いつしか足を洗い、魚河岸の顔役となりました。水中では無敵、血気盛んな水軍中にあって冷静な知性派である張順は、宋江、呉用から厚い信頼を受け、梁山泊でも水軍頭領として活躍します。実は、この張順には、モデルとなった人物がいます。梁山泊の物語から数年後、宋は女真族の南下を受け、江南・杭州の地へ南遷します。水滸伝の舞台となった宋は「北宋」、この南遷した宋は「南宋」と呼ばれます。この南宋も、やがてモンゴル軍の猛威を受け、滅亡の時が迫ります。この期に及んでも、奸臣の横行によって腐敗した南宋朝廷は現実から目を逸らし、各地を防衛する将軍たちは厳しい戦いを強いられます。特に南宋防衛の要衝であった襄樊城(じょうはんじょう・現在の湖北省)はモンゴル軍の猛攻を受け、激しい籠城戦が続いていました。時は南宋末、1272年のこと。襄樊の籠城は四年目を迎えていました。少し長くなりますが、次回は森下翠の『元宋興亡史』(学研M文庫)から『張順の物語』を抜粋してお送りします。 絵巻水滸伝(第5巻)
2007年01月13日
本日、全巻予約特典のトランプを発送致しました。普通郵便ですので、明日~週明けに読者のみなさんに届く予定です。どうぞお楽しみに!
2007年01月12日
「脚を斬れ!!」 武官たちが剣を抜いた。 その時、一陣の風が走り、武松の腕を縛めていた縄がぷつりと切れた。縄を断ち切った短剣は、返す刃で兵士の喉を刺し貫いた。 雲が割れ、一条の月光が差す。「“金眼彪”参上!!」 降り注ぐ光の中に飛び出したのは、金色の瞳を輝かせた施恩だった。絵巻水滸伝(第3巻)(第25回 快活林より)
2007年01月12日
たくさんのご訪問ありがとうございました!10000ヒット記念の★記念画像・リクエスト企画★ですが、残念ながらお申し出がありませんでした。そこで、今年の干支にちなんで、顧大嫂を掲載いたします。このシーンで、顧大嫂が担いでいるのは「ブタ」です。「猪」は、日本では「イノシシ」ですが、中国では「ブタ」。今年はブタ年というわけです。猪八戒に象徴されるように、無邪気で愛嬌たっぷりのブタは中国ではとても愛されています。 これからも『絵巻水滸伝』を宜しくお願いいたします。
2007年01月11日
今年も多くのご訪問ありがとうございます。お蔭様で早くも10000ヒット目前となりました。つきましては、10000ヒットを記念して、★記念画像・リクエスト企画★を行います。10000アクセスを踏まれた方に、記念画像をリクエストしていただこうと思います。見事10000ヒット目を獲得された方は、なるべく早く「メッセージを送る」から、ご希望の人物(できれば女性が良いのですが、男性でも構いません)をご連絡ください。1時間を経過してもご連絡がなかった場合は、この権利は無効となりますのでご注意ください。また劉冬青(覚えている方はいるでしょうか?)など、画像のない人物はリクエストにお応えできませんのでご了承下さい。
2007年01月10日
その時、視線がふと一人の女の上に留まった。 やや離れた家の軒下に立つ、若い女。 髪には一本の簪もなく、身につけているのは縁飾りもない薄い緑の粗末な着物だ。それなのに、その姿は群衆の中で際立っていた。 濡れたような赤い唇。夜空を切り取ったように艶やかに輝く瞳。 二人の視線が合い、絡まった。 武松は、微かに笑った。 女は、笑みを返さなかった。 ただ、大きく目を見開いて、じっと武松を見つめているだけだった。絵巻水滸伝(第3巻)(第22回 潘金蓮より)
2007年01月09日
武松は吹きつける風を吸い込んだ。肩に、胸に力が溢れる。血まみれの肌は夕日で赤く輝いていた。 拳が唸った。 虎が跳ぶ。「ウオオオォーッッ!!」 黄昏の景陽岡に、二匹の獣の雄叫びが轟き渡った。絵巻水滸伝(第3巻)(第21回 景陽岡より)
2007年01月08日
『絵巻水滸伝』には、好漢たちの相棒として多くの動物が登場します。時遷のネズ公、薛永の太白(たいはく)、楊林の烏龍(ウーロン)──みな個性的な動物たちですが、中には実在のモデルが存在する動物もいます。“菜園子”張青が「女房よりも可愛がっている」愛兎──これは実は森下家のうさぎがモデルになっています。初登場は画集に収められた張青の一枚絵。その後、絵巻にもたびたび登場しましたが、うさぎの寿命は長くても十年ほど。今はすでに月に帰り、張青のうさぎも二代目が登場しています。お気づきになられたでしょうか? 絵巻水滸伝(第3巻)第二十六回 十字坡より
2007年01月07日
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“智多星”呉用(ちたせい ごよう)東渓村に住む読書人であった呉用は、諸子百家の学に通じ、策多く、あだ名を“知恵多き星”と呼ばれていました。字は学究、道号を加亮先生と云い、これは三国の天才軍師・諸葛孔明にもまさる智慧の持ち主という意味です。常に道服と羽扇を身につけ、その姿も諸葛亮を彷彿とさせるものがあります。彼は没落した旧家に生まれ、本来ならば万巻の書に埋もれて静かな生涯を送るべき人でした。しかし、運命の導くまま北斗の党の智嚢となり、生辰綱強奪を主導します。そして、ついには梁山泊の軍師の座につき、泉のごとく湧き出る神算鬼謀によって、次々と梁山泊に降りかかる困難を解決していくのです。一見、青白い秀才ですが、呉用は銅鏈や暗箭などの暗器を操るという特技も持っています。しかし、彼が戦場に出ることはありません。常に冷静で、この世のすべての行く末を見通しているかのような呉用。彼は、梁山泊の未来に一体なにを見ているのでしょうか。 絵巻水滸伝(第2巻)
2007年01月06日
妖刀「百鬼丸」コンセプトデザイン百鬼丸の左腕に仕込まれた刀。河に捨てられた赤ん坊(後の百鬼丸)を拾い上げた医者・寿海に埋め込まれた。この刀に魅せられたどろろは、刀ほしさに百鬼丸をつけ狙うのだが・・・・シナリオでは、長さ40cm弱とあったのですが、絵的に物足りなく感じたため倍の80cm位にしてみました。それでは腕に収まらないのではないか、との意見もあったのですが、もともと赤ん坊の腕に埋め込むわけですから、どうしても設定上、無理がでてきます。シーンによって、伸び縮みして良いのではないか、「どろろ」の世界においては、そのような不条理は許される、むしろあったほうが面白い、と思いました。僕のデザインでは、刀身には百の鬼の顔が浮き出ている設定だったのですが、映画では梵字もしくはトンパ文字のような紋様に、漢字で「百鬼丸」の銘が刻まれていました。個人的には、気に入っていたデザインのひとつでしたので、実現しなかったのはちょっと残念です。『どろろ」公式HP映画『どろろ』公式ブログ “どろログ公式”
2007年01月05日
『絵巻水滸伝』の連載がネットで始まり、今年で9年目となります。準備期間を含めると、すでに10年以上の年月が経ちました。多くの方々の応援に支えられて続いてきた『絵巻水滸伝』も、今年ついに1つの大きな節目を迎えます。ネット上の連載は9月に第1期の最終回、出版も10月に第十巻が刊行される予定です。 ★『絵巻水滸伝』今年の予定★1月15日 第77回「元宵・後編」掲載予定2月25日 第6巻『祝家荘風雲』刊行予定3月15日 第78回「蒼茫」掲載予定4月25日 第7巻『軍神独歌行』刊行予定5月15日 第79回「帰還」掲載予定6月25日 第8巻『替天行道』刊行予定7月15日 第80回「決戦」掲載予定8月25日 第9巻『大戦梁山泊』刊行予定9月15日 第81回「天命」(第1期最終回)掲載予定10月25日 第10巻『結集百八星』刊行予定 とりあえず第1期、108人の集結まではこれで完結しますが、正子&森下は、その後…招安から討伐戦、そして梁山泊の終焉までもすでに構想しています。どうぞお楽しみに!
2007年01月04日
新年三日目の画像は、三国志ファンの皆さまへ「曹操」をお送りいたします。
2007年01月03日
皆さま、どんな新年をお過ごしでしょうか?新年二日目の画像は、クリスマスプレゼント特別企画の当選者にお送りした年賀状です。今年も『絵巻水滸伝』をどうぞよろしくお願いいたします。
2007年01月02日
新年好!あけましておめでとうございます。皆様にとって幸多い一年になりますよう、お祈りいたします。祝大家身体健康、万事如意!
2007年01月01日
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