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2006 Fiddle Party !12月2日(土) チケット予約開始。Tokyo Fiddle Club 4月開講のトータルビギナー受講生募集中。ダンサーが足の甲をしならせるように、機織職人が細かい作業をするために爪を櫛歯のように細工するように、野球のピッチャーが人差し指と中指がよく開くように努力するように、少しならば身体は目的のための改造が可能のようです。バイオリンでは、私が最初に習った男の先生があごに大きな“バイオリンだこ”を持っていて、たくさん練習することへの怖れと、なるべくあごでしっかりもたない工夫を子供ながらに考えていました。フィドルの世界では、あごで楽器をしっかりはさまず持つので、それは私にとって結果的に理にかなった工夫となりました・・・「必然」だったのでしょうか?それよりもフィドル用の身体改造で思い浮かぶのは、弦を押さえる左手の指です。どんなジャンルでもバイオリン弾きの指先を見れば、弦を押さえるためにたこや溝ができ、スチールが溶けて黒ずんでいれば、どんなによく弾いているか判ります。そして爪!いつも無いほどにぱつんぱつんに“平らに”切られています。そして酷使され一般的な美しさとはかけはなれています。身体改造も無理をかけてもいいか体と相談しながらやらないと、今日の私のように切りすぎて痛いはめに・・・(涙)。
2006年11月21日
2006 Fiddle Party !12月2日(土) チケット予約開始。Tokyo Fiddle Club 4月開講のトータルビギナー受講生募集中。近頃、5歳の子がタイヤとびに熱中していて、ある日中くらいの高さのタイヤが飛べるようになりました。この高さはこの子にとって新たな段階の挑戦。喜びと感動もつかの間、何回もやって慣れてきたところで失敗してしまいました。できるなと思ったところに気が緩んだのは見ていてもわかりました。「気合を入れてごらん、いつもやるときは、よーし、今から飛ぶんだぞ、絶対にできるぞと思ってやるんだよ。」と言うと、気を取り直してまたやっていました。もう、失敗しません。なんせ、もうできるのですから。曲が全体を通して弾けるようになったら、決していたずら弾きのように練習してはいけません。どんなときも曲は一曲通してちゃんと音を出して気合を入れて弾くようにするのです。どんな人ともどんな場面でも自分が自分として恥ずかしくなく振舞えるのと同じように。もちろん曲が仕上がるまでは、苦手なところや難しいところは取り出して部分的に練習します。曲をつっかえつっかえ弾く人は、そんな地ならしの作業がまだまだ全然足らないのです。地面が平らになったところで、気合を入れて曲を弾ききるのです。伝統の曲ではいつも必ず3回繰り返しを入れて、セットの場合はセットにして弾くようにしましょう。そうすると、また、問題点が浮かぶ上がってくるでしょうから、再びそこを取り出して何回も練習するのです。どんな人も曲がちゃんと弾けるという自信をつけるには、こんな地道な作業が必要なのです。
2006年11月17日
2006 Fiddle Party !12月2日(土) チケット予約開始。Tokyo Fiddle Club 4月開講のトータルビギナー受講生募集中。昨日まで、何日か頭を離れなかった「伝統音楽に対するひどい発言」が、今日にはきれいさっぱりなくなり、それどころかそれがきっかけで、新たな発見ができて感謝の気持ちまででてきている。「何事も心の持ちよう」とはいうけれど、気持ちってこんなに変わるのかと自分でも驚きです。「この音楽は分かる人にだけ分かる」という言葉をある本の中で見つけて、わずかでもそれを都合よく考えていたのをまさに突かれた!という感じだったのです。ほんとうに「内輪受けする」音楽であっていいはずがない。私には、伝統音楽は誰が聞いても、「ああ、いい音楽だな」と思ってもらえる確信があるのです。伝統音楽にはそんな素質がある。だから、プレイヤーは「いいものはいい」と思ってもらえるように考えなくてはいけない。フィドルパーティーを前にして、痛かったけどすごいメッセージを受け取りました。そうして、自分の中に違った感覚が生まれました。実は最近このほかにも、ちょっとした小さなメッセージをたくさんもらっているのです。こういうことって小さすぎて人には言えないけど、ほんとうにうれしいですよね。
2006年11月08日
2006 Fiddle Party !12月2日(土) チケット予約開始。Tokyo Fiddle Club 4月開講のトータルビギナー受講生募集中。大阪は私が7歳から大人になるまで住んだ町です。私を支える主な文化とアイデンティティーがそこにあると思っています。連休中はそこに久しぶりに帰っていました。滞在先は夫の実家。大阪の工場がひしめく下町です。先程、文化とアイデンティティーなんていいましたが、夫の実家の人々とその地域はいつ訪ねても驚かされることばかり、私とってもかなりの異文化ワールド。大阪は大阪でも、下町と大阪のこってりと関西人特有の意地悪文化が合わさって、なかなか難しいのです。ここでは、笑いはたいてい相手を「こきおろす」ときに使われて、うっかりしていると笑われたことにさえ気づかないくらい上手に笑われていたりします。しかし、正当に抗議すると、「冗談も通じへん!」ってことになるし、知らん顔しているとすっかり笑いのねたにされ、ますます不愉快な思いをする。旦那はどうしているだろうと長年観察しているけど、「相手にも同じねたで笑い返してやる」というのがどうやら正統派らしい。とっさにそんなことができるのには機転がきくのに加え、かなり心臓が強くないとできない。フランス人の皮肉文化やイギリス人のブラックジョークに似ていなくもないけど、こちらはそのねた自体に文化があるわけではない。排他的でねたみっぽくてえげつない。だから、私が愛してやまない伝統音楽について悪意を込めた感想を言われても、そんなに傷つかなくてもよかった。でも、私は「そういううんやったら、お義母さんのやっているフラ(ダンス)もただの×××じゃないですか。」とは言わない。大阪人に限らず、知らない文化に対して軽蔑のたったひとこと片付ける人は、己の見解の狭さと無知をさらけだすだけのこと。あ~同じ日本でこうなのだから、外国のほんとうの異文化理解なんぞ夢のまた夢?
2006年11月07日
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