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快適な生活をサポートしてくれる世界一の品質の家電製品や車。うちにいるおかあちゃんのために、おとうちゃんが一生懸命考えて作ってくれたもの。配管や家の器具になんらかの不具合があれば、すぐに来てくれて一生懸命直してくれるおとうちゃんたち。日本のおとうちゃんは世界一働きすぎで、家のことはおかあちゃん任せなので、こういう形で私たちをいたわって、償ってくれているのかな。日本人男性は実は、こういうところでやさしさを発揮しているのではないでしょうか。イギリスは西側でも先進国だけれども、それでも、生活が不便な感じは否めません。おとうちゃんたちがいくら午後の3時に仕事を終えて早く帰ってきてくれて、家庭を大事にしている雰囲気をかもし出しても、洗濯機は壊れたまま2週間たち、まだエンジニア(修理やさん)は来てくれない、郵便物は紛失する、水のデリバリーは、いつになったら持ってきてくれるかわからない。これじゃ、この国の人はほんとにおかあちゃんたちのこと大事にしてるのかな?と思います。日本のおかあちゃんは今、働き者のおとおちゃんに支えられて世界最先端の生活をエンジョイしているはずです。自覚がないのは井の中の蛙なのかも。
2006年02月24日
フィドルを弾いていると肩こりにならない。肩こり、または、目の疲れから肩こりにそして頭痛に発展する人は、ぜひ、フィドルを習ってみて欲しい。私の20代、出産、子育ての時期のバイオリンのブランクの間、生活が大変だったことも確かだけれども、小石を背中に埋め込んだようなつらい肩こりに悩まされていて、今思えばバイオリンを弾いていなかったからだと思うのです。昨日もその前も雑用で忙しかった私、今日は見事に肩がこっている・・・。
2006年02月22日
引越しの片付けをしていて、つくづく荷物の多いうちだなと思う。もちろん人間の頭数が多いのもあるけど、そのほとんどが私の趣味に関するものだから、責任は私にある。これまで何回かの引越しのたびに膨大なごみを出して、絶対縮小されてきてはいるはずだけど・・・。厳選され使い込まれたケーキ道具類、パリやロンドンの道具店で買った優れた器具類、キッチンの戸棚にいっぱい。料理の本、ファイリングして少なくなったけど、幅にしてまだ2メートルくらいある。裁縫道具とレースや小物、ハギレと布地は段ボール一箱分。語学大好き。いろいろな国の語学の本、いっぱい。これはもういいや捨てよう。画集、百科事典、子供の本。そして、バイオリンの楽譜やピースがいっぱい・・・ect.私の祖母は、元気なときは趣味があって、着るものが好きで宝物をたくさん持っていて、物がたくさんあったのに、90を過ぎて老人ホームに入ったときは、ボストンバックひとつに納まるくらいのおそらく着替えだけになっていた。あのたくさんの荷物はいったいどこに行ったんだろうかと不思議。もしかすると、物の多さは人間活動のバロメーターでもあるのだろうと思う。私は、今人生の最盛期。どうしたって荷物が多いのです。これから、ガーデニングを始めるし、フィドルのCDと楽譜はもっと増えていくだろうから・・・。
2006年02月17日
あるトップバイオリニストがバイオリンのテクニックについて色々解説している記事を前に読んで、そのなかで、「指先の感覚を常に鋭敏にしておくこと」というのが、とても面白いなと思いました。訓練された指先の持ち主が、プラス日常でも色々な物に触れたときの感触、例えば、新しい下ろしたてのタオルの肌触り、プラスチックの受話器の感触、冷たい流れる水の感触・・・などをいつも意識の上に置き、指先の感覚をさらに研ぎ澄まそうというものです。バイオリンの硬い弦を押さえる強くてしかも微妙な左手の指先の感覚はちょっと日常生活で養える種類のものではないけれども、指先を意識することはなるほど大事かもしれないので、バイオリンの初心者でも取り入れられことですのでやってみてはいかがでしょう。左手はあまり普段活躍しないですしね。私自身もそうですが、私の生徒さんには物づくりが好きな人が結構いて、器用な指先がもっと未知なる刺激を求めてバイオリンをしているという感じがしなくもありません。指先の器用さとバイオリンの上手さは気になるところですが、私のイギリス人の先生のピートは、お手玉がうまくできなくて、その様子が本当に不器用そうで笑っちゃいました。フィドルはすっごくうまいのに!
2006年02月16日
先日引越しをしてへとへとです。指もがさがさです。そしてこれから部屋をどうしようかとうきうき。こんな状態だったのでフィドルの練習どころではありませんでした。できないときはできない!と、割り切って自分を責めないほうがいいですよね。しかし、ありがたいことに伝統音楽は「聴く」こともりっぱな勉強のひとつなので、この期間はもっぱらフィドルチューンを聴いていました。たくさんのチューンを聴きながしたり、時にはしっかり意識して頭にインプットさせたり、どんな聴き方でもいいのですが、ちょっとした選曲のコツがあります。生物的神経の刺激は、頻度によって強さが得られるので、手当たり次第たくさん枚数を聴くより、一枚か二枚同じものを一週間くらい続けて聴くほうが、ぐっと確実に記憶に刻み込まれるのです。
2006年02月15日
私の手はいわゆるしっとり系ではありません。おまけに、水や土をいじると指がすぐがさがさに荒れます。炊事にはゴム手袋、ガーデニングは夢のまた夢です。しかし、思い起こせば、バイオリンの先生もフィドルの先生も多くのフィドラーも手が乾系で荒れてたように思います。指押さえと指先の粘着度の関係は?ただいま調査中でーす。
2006年02月03日
完璧なアーチストの音楽を聞くのもいい。けれど、うれしいとき、かなしいとき手にできる楽器があればもっといい。フィドルはそんな楽器です。以前、私の師匠が見せてくれた本の挿絵に、肉親の死を知らせる手紙を受け取って泣き崩れる妻の横で、フィドルを弾く夫の姿(2人ともなぜか戸外で)が描いてありました。曲はきっとエアの哀悼歌。はたからみるといっぱい突っ込みを入れたくなるシーンではありますが、そうやってお互いの気持ちを思いやるのってすてきじゃありませんか。私のうちには8ポンド(約1600円)で買ったエッチング(昔の銅版画)が飾ってあって、それがなかなか面白い構図なのです。The Music Lessonという題のその絵は、ぐっと右側に主題が描かれています。遊んでいる最中におじいちゃんから楽譜(らしきもの)を持っているように頼まれた幼い姉妹が2人、おじいちゃんはぐっと身を乗り出し、笛を吹いています。手つきからすると、昔はそうとうやってたのでしょうか。家のようすから、田舎の農家か酪農家と思われます。物があまりないがらんとした家の床には鍋とパースニップ(にんじんカブ)とジャガイモがころがっています。絵の左側には、暗い部屋の奥で赤ちゃんをあやしている母親がほほえみながらそれを見ています。父親はもう少し日のあるうちに片付けておかなかければいけない仕事があるのでしょう。まだ帰ってきません。夕飯までのひと時、おじいちゃんはそうやって昔の笛を取り出してふたりの子供の相手をしているのです。お姉ちゃんの方は首をかしげてちょっとふざけた様子ですが、妹の方は真剣です。伝統はこんな風に日常でなにげなく伝えられたのかもしれません。いろいろと一家の様子がうかがえる絵です。そして、なんともあたたかい、音楽の原点みたいのを感じてしまうのです。けれどもちょうど、うちに来た音楽家に「ここに音楽の原点があるね~。」といっても、ぜんぜん興味のない顔をしていました。そっか、彼にとって、音楽の原点はバッハやモーツアルトなのだ。分かる人にはわかってくれるかな。「大草原の小さな家」の父さんのフィドルなのです。
2006年02月01日
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