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家族のごたごたを、ごたごたと片づけつつ、今日しめ切りの仕事をせっせと仕上げてました。先ほど、できあがった原稿を送信・・・。よかった~、間に合って今日の早朝、布団の中で気づいたんですよ・・・しめ切りを一日間違えていたことに!!えっと~、今日は木曜日だから、今日と明日で見直しをすれば余裕でオッケー!なんてのんきに思っていたら、あなた!!今日は金曜日です・・・というわけで、すべての用事をキャンセルして、朝から原稿とにらめっこ。なんとか間に合いました。今回は難解な内容の記事じゃなくてよかった・・・。ほっと一息つく間もなく、月曜日まで~、というお仕事が入りました。ま、織り込み済みですが。家族のもろもろの諸事情を考えると、のんびり構えてもいられず、今晩もがんばって仕事に取り組まなければならなくなりそうです。よ~し、がんばろーーっていうわけで、英語の早期教育の話、もうちょっと待ってください~・・・(・・・いつかけるだろうか(遠い目))こんなあわただしい日常ですが、万一、へぇ~って思った方がいらっしゃったら、ポチッとよろしくお願いします。 ↓
March 17, 2006
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早期教育の話を、熱く語りはじめたら止まらなくなってしまって、「あああ~~~、またやってしまった!長い駄文!」と落ち込んでおりましたところ、意外にもいろいろな方々のご意見をいただき、本当にありがとうございます。とっても嬉しく思っております。そもそも、こんな長駄文に目を通していただいたと言うだけで、感謝の気持ちでいっぱいな私ですで、次は極力、わかりやすく短い文章に・・・などといろいろ考えはじめたら、そっちの方が書くのにパワーと時間が必要なことが判明。(短い文章の方が書くのに時間がかかるなんて(悲))次に書きたいことを頭の中で必死にまとめてます。が、ちょっと仕事のしめ切りが押してきておりますので、次に書きたいことがまとまるのにもうちょっと時間がかかりそうです。しばしお待ちを・・・(って、だから待っててくれる方がいらっしゃるかどうかは定かではないのですが)・・・で、結局、また長駄文を書き連ねたりして。そのときは、それはそれでお許しを~~(誰か、文章を『まとめる』術を教えて~~~ぇ!)
March 12, 2006
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先ほどのエントリーに続きまして・・・英語に限らず、早期教育というもの自体の是非も問題です。子供がいなかったときには考えもしなかったことですが、ひとたび子供が生まれると否応なく考えさせられる問題です。その手のダイレクトメールに勧誘の電話がじゃんじゃんと・・・。2歳、3歳では「もう遅い!」なんて!これについてはさまざまな考え方の方々がいらっしゃり、私ごときが頭から否定するつもりはありません。ただ、もし「どうしよう・・・?」と悩んでいらっしゃる方がいたら、この本を参考にすることをお薦めします。子どもの脳の発達臨界期・敏感期 早期教育で知能は大きく伸びるのか?著者の榊原洋一先生はこんな方です。榊原洋一先生プロフィール小児科のお医者さんですが小児神経学、発達神経学もご専門としている方です。上述の本は、最近の脳科学の研究成果を元に、早期教育について論じています。本の最初から3/4ほどは、生物学やら神経発達学やら、専門の話がずっと続いていてけっこう読みづらいのですが、最後の第4章のところに、榊原先生のご意見がわかりやすく述べられています。いわく、早期教育の根拠とされている研究成果は下等動物で得られたものであって、人間のような高等動物にはあてはまらない。つまり、早期教育が根拠として掲げるさまざまな科学的な研究結果は人間にはあてはまらない、とのことでした。それどころか、幼いうちにやたらとたくさんの「情報」を与えると、脳の中で混乱が生じかねないのだそうです。+++さて、この本によりますと、子供の脳では、誕生後から一定期間、爆発的に神経回路が増えるのだそうです。早期教育では、「その時期にたくさんの学習的な刺激を与えることで子供の知能を伸ばせる」といっていますが、実は爆発的に増えた神経回路は、一定期間たつと、「刈り込み」という現象を迎えます。爆発的に増えた状態の神経回路とは、迷路のようなもので、刺激として与えられた情報が、迷子になる確率が高いのだそうです。つまり、ある刺激に対して、正しい反応がぱっと出てこない。そこで、神経回路の「刈り込み」が生じることによって、生存に大切な神経回路は高速道路並みに太くなり情報伝達も高速化し、一方で生存にあまり関係のない、使われる回数の少ない回路は消えていくのだそうです。こうして、情報の交通網がきちんと整理されると、ある刺激に対してきちんとした反応が瞬時に返ってくるようになります。そこに、幼少時の生存にあまり必要のない「学習的」な情報をたくさん与えてしまうと・・・肝心の生存に必要な神経回路が十分に太くならず、脳の正常な発達を妨げる可能性があるのだそうです。乳幼児がたっぷり遊ばなければならないのは、様々な経験を通して生存に必要な回路を太くするためでもあるのです。ここからは私の推測ですが・・・もし、乳幼児期の生存に「英語」が必要な状況であれば、この時期に英語の刺激を与えるのは有効でしょう。でも、子供の英語への曝露時間が短ければ、せっかく芽生えた神経回路もすぐに刈り込まれてなくなってしまうし、生存に必要がないのに不用意に英語への曝露時間を増やしてしまうと、その時期に成長が必要な神経回路が育たなくなってしまう危険性があります。不用意に英語と日本語の両方を教え込もうとすると、どちらも中途半端になったりして。いずれにせよ、「ちょっと英語が上手になってほしい」程度の目的で、大金を投じて赤ちゃんの頃から英語を学習させる意味は・・・ないのです。ただ、榊原先生も著書の最後に書かれていますが、親が小さい我が子といっしょに楽しい時間を過ごすために、早期教育の教材を利用するのなら、それはそれでいいと思います。子供に「親といっしょに楽しい時間を過ごせた」というよい思い出ができれば、のちのちの学習の動機付けにもなります。ただ、「小さい頃からやっているのに、ぜんぜんものにならない」と焦って子供にプレッシャーをかけるようなことは、ゆめゆめ、してはいけません(^^;)悪い思い出がトラウマになったら、子供が大きくなっても英語嫌いになりますから。+++乳幼児期に英語に触れさせる必要はないと思います。では、子供時代でも大人になっても、同じように英語をマスターできるかというと・・・そうではないことは、万人の知るところで。やっぱり、大人よりは子どもの方がマスターが早い・・・。では、どこに年齢の線引きがあるのでしょう??次はその話題について・・・私個人の考察なので、なんの根拠もなさそうですが(^^;)いつも文章が長くてすみません~。でもよろしかったら、ポチっとお願いします♪(←ずうずうしい?!) ↓
March 9, 2006
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前回、「小学校教育に英語を導入しないでくれ~!」ってなことを書きましたところ、「英語の早期教育の是非」についてご質問を受けました。コメント欄の返信にじゅ~~~ぶん書いたような気もするので、これ以上書くとしつこいっていう気もするのですが、日頃いろいろ考えるところも多いので、あえてこちらにも書いてみようと思います。でも、賛否両論、いろいろある話題ですので、「押しつけ」になるような表現になって気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。そのときは、「そういう考え方もある」ということでご容赦を・・・。悪い癖で、何を言っているかわからない長文になってしまうかもしれませんが、こちらもご容赦を~。「英語の早期教育」の定義をまずはっきりさせますが、早期教育=未就学児のうちからはじめる教育、という観点で述べていきたいと思います。小学校教育への導入の是非についてはまた後ほど。で、必要ですか?と問われたら、私個人的には「必要はないと思います」とこたえます。それは、NHK「英語でしゃべらナイト」に出ているパックンマックンのパックンことパトリック・ハーランさんを見ればわかること。彼は流ちょうな日本語を駆使し、日本人以上によくできた日本語のジョークさえ口にします。でも、彼はハーバード大学出身の生粋の米国人。23歳の時に英語講師として来日したんだそうです。英語と日本語が発音も文法的な構造も違いすぎるために、幼少時から英語の訓練をしないとマスターできない、というのが事実であれば、パックンがあれだけ流ちょうな日本語を話せる理由を説明できないわけです。この事実に気づいたのは、実は日テレ系「一億人の大質問!?笑ってこらえて!」という番組でときどきやっている「世界の日本語学校の旅」というコーナーを見ていた時でした。アジア、アフリカ、ヨーロッパなど、世界各国の日本語学校や大学の日本語学科を訪問して、日本語を学ぶ学生にインタビューするコーナーだったのですが、日本語を習い始めて数年目、なんていう学生さんが、それはもうしっかりした日本語で自分の思っていることをすらすら話すのです。今ではすっかり「日本文化」の一部となった、アニメやマンガについて、日本人もびっくりの「思い入れ」をぺらぺらとしゃべりまくってたりする学生さんが、次々と出てくるです。それを見ていて思いました。日本語は諸外国の言葉と比較すると、特殊な言語なので、日本人は外国語がなかなかマスターできない、などと、まことしやかにいわれるのですが、外国の人たちは日本語をすらすら話してます!!彼らが「日本語」というマイナーな外国語を早期教育されていたとなんて、とても考えられません。ではなぜ彼らは日本語を流ちょうに操っているのか?それは、「日本語で知りたい」と熱望する情報があり、何かについて「話したい」という意欲があるからそれに尽きると思います。だから集中的に勉強するから短期間にぐんぐん能力をのばせるのです。そして、母国語でしっかり思考ができて、しっかり目標を設定して努力できるから、外国語を習得できるのだと思います。そんなことを漠然と考えていた時に、おともだちのり~やん☆(^-^)ノさん からこんなことを教えていただきました。英語教授法の先生がおっしゃっていたことだそうです。『その先生は、やはり英語を習得するには日本語をほぼ完全に習得した年齢(10歳前後)がスタートするのに一番いい時期だともおっしゃっていました。英語を習得するということは、外国語である英語を母国語のレベルによりいっそう近づけることなので、日本語が怪しければ英語も怪しいレベルまでしか上達しないとか。』さて、英語にかぎらず、早期教育自体にあまり有効性は期待できない、という根拠を科学的に示す研究結果も出ているようです。それは次回に・・・。ポチっと、お願いしま~す♪ ↓
March 9, 2006
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前のエントリーの続き・・・さて、とにかく精根尽きた私は、保険会社との交渉にはプロの通訳をつけるようにその会社にお願いし、その他のことで通訳が必要な時は、以前ボランティアで知り合った、元プロの翻訳者に頼めるようにお願いして、私は身をひきました。が・・・私にもう少し英会話の能力があったら、もうちょっと要領のいい性格だったら・・・なにかもっとできたことがあったんじゃないか、と思い悩んでいるうちに・・・英語を見聞きすると気分が悪くなる、という症状が出始めました。びっくりしました。中学生の頃から、意味のわからないFENのラジオをつけておくだけで気分がウキウキするほど英語好きだったのに、TVから流れてくるちょっとした英語にもびくっと反応してしまうのです。英語の歌もダメ、日常に目に触れるちょっとした英文も目が拒否する・・・。そのとき、思いましたね。私も含めた日本人の考える国際理解なんて、薄っぺらなもんなんだなー、と。日本人は、日本の外に「外国人」っていう1種類の人間がいて、その仮想の人間となごやかにお話しするのが国際交流なのだ、と思いがちなのかもしれません。国によって考え方が違い、さらには一つの国の中でもそれぞれ個人によって考え方が違う。そんな当たり前のことをすっかり忘れて、にこやかに日本文化を紹介し、相手の国の文化を紹介してもらうのが国際交流だと思ってしまう。ときどき、「外国人」はすべて日本に対して好意的だ、と誤解してしまう。私自身、「国際理解や国際交流なんてそんな簡単なもんじゃない」って頭ではわかっていたのに、心の底では、甘えがあったんですね~。「外国人」は多少日本に好意的なんじゃないかと、ほんのちょっぴり期待してしまった。だから、件の知り合いのむき出しの反感を目の前にして、たじろいでしまったのだと思います。それを説得できるほどの力量がない自分とも向き合わなくちゃいけなかったし。日本人であれ、外国人であれ、何人(なにじん)であれ、相手を理解するなんてことは簡単じゃない。当たり前のことですねぇ。ああ、私、まだまだ甘いわ~・・・。・・・実はこのブログをはじめたのは、そんな自分と向き合いたいと思ったからなのですが、ブログを続けていくうちに、やっぱり向き合いきれなくなって、お休みしてました。でも、諸事情が一段落して、思い切ってこちらに戻ってきてみたら、なんと英語恐怖症が治ってました(^^;;;)英語つながりのお友だちのブログに英語関係の話題が書いてあっても、ちゃんと目を通せるようになりました。久しぶりにスカパー!の英語放送を楽しめるようにもなってました。ウレシイ♪何が道影響したのか・・・はわからないのですけどね。・・・でも、この一連の経験を通して一つだけわかったことが。小学校では英語教育を導入すべきではない!!だって、英語に向き合おうともせず、国際理解の意味もわかっていない教員が、なにを教育できるんですか!?何もしないでください、とお願いしたくなりました。こんな情けな~いお話でも共感していただけたら、ワンクリック、お願いします~♪ ↓
March 7, 2006
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誤訳の話の続きを書こう書こうと思っているのですが、考えをまとめる時間がなかなかとれないので、書けません~。もうちょっとお待ちください。で、今日はタイトルの話。実は去年、おととしと、私、英語拒否症に苦しんでました・・・あ、もちろん、実際にはこんな病気は存在しませんよ英語を仕事としている人間がなぜ??とお思いかもしれませんが、2年間、専門分野の文章ならなんとか読めたのですが、日常英語は見ても聞いても気持ち悪くなる状態でした。もちろん、仕事はきっちりこなしましたが、かなり苦しかったです・・・その様子は、このブログの初めの方をごらんいただけるとよ~くわかると思います。仕事を目の前にしても集中できない、仕事が先に進まない、仕事以外に自主的に勉強したりトライアルを受けたりすることができない・・・。なんでそんなことになっちゃったのかというと、2年前、安易に引き受けた通訳のお手伝いがきっかけでした。通訳っていっても有料ではなく、知り合いの外国人のお手伝い。お子さんの学校生活がうまくいっていないようで、担任の先生との話し合いに同席して通訳してほしいとたのまれました。それがもう・・・タイヘン。その知り合いと担任の先生との間には、もともとちょっとしたコミュニケーションの溝がありました。信頼関係が崩れつつある状態で私が入ったもので、時の経過とともに、どんどん感情的になっていくのがわかりました。彼女の母国の教育制度と日本の(崩壊しかかっている?)教育制度の差も、彼女には理解できなかったらしく、そこから説明していたら、何がなんだかわからない状態になってしまいました。先生の対応も、日本語を話せない、文化的な違いを持っている人を相手にしている、という気配りがまったくなし。英語も全然理解できない・・・というより英語からはハナから逃げている感じ。相手を理解しようとする姿勢すら感じられない始末でした。とにかく、ひとたび彼女の中に生まれた学校への不信感は何をどう説明しても消えることがなく、また、学校側も言葉や文化の違いを全く無視したまま彼女のことを問題のある母親と見なしてしまったようで、学校と彼女はまったく相容れない状態になってしまいました。そんな混乱の中、彼女のお子さんが交通事故にあって、保険会社をはさんだ相手方との交渉に私も同席したり、学校への不信感から転校を考えた彼女が、引っ越し先を探すのに付き合ったり・・・。その過程で、大都市はともかく、地方では英語を母国語とする白人でもこんなに差別を受けるものなのだということが、見えてきちゃいました。もはや、私レベルの英語ではコトが混乱するだけだ、と悟った私。それに、自分の子供たちのことを犠牲にしてまで彼女の用事に付き合わなければならなくなったことが重荷になって、「ごめんなさい、もう私にはムリ・・・」と、私、タオルを投げてしまいました。長くなったので、続く・・・ワンクリック、お願いします~。 ↓
March 7, 2006
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前にも書いたのですが、確定申告の準備をしています。でも、毎年同じことをやっているのに、なぜか次々と湧き出てくる問題点・・・。青色申告に切り替えて数年・・・ようやく、簿記のイロハがわかってきたところです(涙)。最近は帳簿ソフトの性能がいいから、簿記の知識が多少なくても、入力だけでちょいちょいと帳簿がつくれてしまうのですが、やっぱり、何かおかしなことが起きると、簿記の知識なしに帳簿をつける無謀さを実感します。前に書いた、支払調書の合計額と受け取った収入の合計額があわない、という件も、なかなか解決しなかったのですが、それに加えて、昨日、決算書をつくっていたら、貸借対照表がおかしくなった・・・。なんだなんだ???と思いつつ冷や汗をかくこと2時間・・・。減価償却する固定資産の導入が間違っていたことに気づきました。さかのぼること数年前の決算書から訂正です(涙)。必要最低限の経費しか記載しないような、何一つ後ろめたいことのない帳簿なのに、何か帳尻が合わなくなると、ど~~~~~っと冷や汗が吹き出てくる。もう、こんな作業、ヤダ~~~!これまであまりにも収入と支出の動きに無頓着だった私。今年は、日頃から経理の方もきちんと処理しないと・・・と、反省。帳簿の付け方、だいぶわかるようになってきたし。さて、「支払調書の合計額と受け取った収入の合計額があわない」っていう問題の方。実は年の変わり目に支払われた翻訳料の扱いに、会社と私の方で違いがあったようです。こちらは1月1日から12月31日までに実際に入金された日付で合計を出していたのに対し、あちらは請求年月日で一年を切っていたのだそう。そんなぁ・・・だって、他社はみ~んな入金された日で合計してるのに~・・・。一つ賢くなりました。それにしても、あちらの経理担当の方、2週間も前に質問メールを出したのに、ずっと無視されたあげく、先週のはじめ「一両日中に」っていっておきながら連絡なし。仕方ないから今日こちらから電話したら、「これから調べるところでした」ってムッとした調子で返事されてさぁ。そば屋の出前じゃないんだから!あ、グチでした・・・。というわけで、ようやく確定申告に行く態勢が整いました。いくぞ~!!!
March 6, 2006
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おとといに続きまして、誤訳のお話 Part2。これは大事にならずにすんだ話なんですが、よくよく考えてみれば、こだわりのある方には噴飯ものの誤訳でした。運が悪ければ国際問題になってたかも。私は、ある科学雑誌のコラムの翻訳もお引き受けしています。このコラム、医薬、感染症、バイオテクノロジーの話題はともかく、心理学、動物学、果ては宇宙ステーションからゴキブリの話まで、とにかく範囲が広い。でももともとそういう話は好きなので、一つ一つの話題について、一通り丁寧に調査・学習してから翻訳に取り組みます。さて。このときは、『海流』の話でした。日本と韓国の間にある日本海に流れ込む暖流と寒流の影響で、大きな渦が生じるのだそうです。記事は、この渦の性質が明らかになったという研究報告でした。で、この渦、韓国のウルルン島とDok島のあたりで発生することから、Dok冷水塊と呼ばれているのだそうです。さてさて、ここでDok島の日本語表記がよくわからず、辞書などをいろいろ調べてみたのですが、めぼしい訳が見あたらない。そういう時にはカタカナ表記にしてgoogleで検索し、真偽を確かめます。確かこのときもそうしたと思います。で、「ドク島」で検索したら、ちゃんとヒットしたので、そうかそうか、ドク島でよかったんだ~、と安易に思いこんで、「ドク島」と訳しました。・・・そしてその記事が雑誌に掲載された翌月。その雑誌の編集後記を何気なく眺めていたら・・・そこには記事内容の訂正の謝罪が。それを見て、私は真っ青になりました。「『ドク島』は韓国の名称で、日本名は『竹島』でした」どっっひゃ~(冷汗)!!!そうです、Dok島は、つい最近も「竹島の日」の制定で話題になった、領土問題の渦中にある竹島だったのです。当時、竹島問題はあまり有名ではなく、知る人ぞ知る問題だったため(私はちょっとだけ知ってました)、この誤訳に編集部も気がつかなかったようです。誤訳も訂正も大事になることなく事なきを得たようですが、そのほんの数ヶ月後だったと思います。マスコミが大々的に竹島問題を取り上げるようになったのは。もう、冷や汗ものでした。すぐに編集部にお詫びのメールを入れたのですが、やさしい編集長からのお返事には「編集部のミスですので忘れてください」と書かれていました・・・。う・・・その言葉、真に受けていいんですか?よくないですよねぇ・・・。以降、土地の名称、特に隣国の土地の名称の訳には念には念を入れる。これを肝に銘じるようになりました。科学専門の翻訳者だからといって、専門分野以外のこともちゃんと勉強しておかないとしっぺ返しを食らう。駆け出し翻訳者にはいい経験でした。こんな誤訳をしても、いまだにお仕事をいただいております。感謝。うふ・・・こんなものに参加してみました♪ポチっとお願いします。
March 2, 2006
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毎年、確定申告に行ってます。めんどくさいなぁ・・・と思いつつ、結構な額の還付金が返ってくるのでしないわけにはいかない。あるお友だちブロガーさんいわく、「結構な額の還付金が返ってくることを考えると、確定申告は時給のいい仕事と思える」と。確かに。で、毎年、面倒なことはさっさと終わらせてしまえ!と2月中には終わらせているのですが、今年はまだやってません。いえ、帳簿付けは終わったので、あとは確定申告の書類に記入するだけなんですけど。帳簿上の収入と、お取引のある会社からいただいている支払調書に書いてある金額が・・・あわないのです。コマッタ!何を間違えちゃったのかと思って何度も調べてみたところ、支払調書の方の金額が違っていることが判明。先週から会社の経理担当さんに連絡しているのですが、今週になってもお返事がなくて、仕方がないから仕事の方のコーディネータさんに「かくかくしかじかで、どうなってます?」って連絡を入れてみたところ、ようやく経理さんから連絡をいただきました。でも時期が時期だけに、他のことでもいろいろお忙しいらしく、「もう2,3日待ってください」とのこと。う~ん、確定申告さえすんでしまえば、晴れて仕事の雑念から離れてすっきりできるし、子供たちの卒業(園)・入学準備に専念できる!と思ったのだけど。気になることが一つでも残っているとすご~く気になる自分の性格が恨めしい・・・。あ、昨日の続き、また後ほど書きますのでお待ちください~(って、何人待っててくれるだろう??)
March 1, 2006
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