全13件 (13件中 1-13件目)
1
本日午前中、記事を見た、というお電話を頂きました。善は急げと、昼には体験レッスンにお越しいただき、お帰りの際には、次回のレッスンの予約をしていただきました。教室にとっては、理想の展開です。(笑)うれしかったのは、記事の内容に書かれた「うちの教室らしい邪道なレッスンの進め方」そのものが、その生徒さんにとっては「ビンゴ!」と思えたということ。「この記事だから、ここへ来ました」ということは、ええもうそりゃ、写真があからさまに不細工すぎて、へこむとか、そういうことを軽く蹴散らすものだったようです。実は、本日まで問い合わせの電話どころか、いたずら電話すら一本も来ない有様で、なんともいえない「単に見苦しい写真をさらしただけ感」にさいなまれる日々でした。ところが、それこそ「たった一人のお客さんの反応」が、すべてを裏返すということ。一人で十分!というくらいに報われるということ。…実際お会いした生徒さんが、「もーそりゃ、何から何までわかってくれてパズルがしっくりかみ合いすぎる心地よい方」だったことを思えば、もうほんっと、この一人でほんとにありがとうございます!です。私が大破に大破を重ねて(号泣)「生徒に伝えられるようになりたかった音楽の立体構造」ってヤツをね、生徒さんの口から「あ、あたしのピアノ、立体になった感じがします・・・」ってこっちが「立体」とか一言も言う前にね、言われたらね、もうね、十分なんです。レッスンして、「ああ、確かにこんな先生は他にいないし、記事の通りですね」せわれたら、ああああーーー報われたーです。←いったいそれはどんな記事なんだ!(笑)ピアノが専門ではないけれど(クラリネットさん)音楽大好き、ピアノトラウマさんだからこそ、この邪道を良く解釈してくださったのかもしれませんが。思いが通じるって言うことは、心安らぐものです。そして、この方が、「人の心の打ってはいけないところを打たない人」であろうとして、ある種、私と似た価値観を持っていてくれたことが何よりでした。…ま、あたしは打っちゃいけないところも打っちゃうけどね。
2010年05月31日
コメント(4)
睡眠というものが、これほどまでに大切なものか…と痛感しています。相当なピンチ以外は、かなり良く寝る「のび太」体質のおかげで、とりあえず、過去と未来は無視するにしても(←無視するしかない…)今現在は、非常に穏やかな気分です。昨日はお昼寝2時間に、夜も爆睡。ううううむ。あらためて思う。2年前、地獄釜茹で時代。「私を信じなさい!」とおっしゃった、さるお方は、あたしの睡眠や疲労回復には無頓着だった気がする。「自分が使いたいときは使う!」…それは、誰しもそうなのでしょうが、ノーと言えなかった当時のアタシ、24時間戦うことから逃げ出さないのが正しいと思っていたおバカなアタシには、修行としてはキツかったな。脳内スパークにより、24時間ぶっ壊れていたアタシが、さるお方の理想どおりに動けないのは、アタシのせい、ということで落ち着いたあの釜茹で戦争。未だに少々悔しさが残っていても仕方があるまい。今は「あたしゃ寝ないとぶっ壊れる」と骨の髄まで痛感しています。日曜は、義弟ファミリーが山菜天ぷら会に来る、ということで、買い物や準備などでジタバタしました。でも、よく眠っていたので、ずいぶん遠い昔のように、「あれこれそれどれ」を考えながら、動くのが地味に楽しかったです。蓋を開けてみたら、お客様は義弟一人という小さな天ぷら会に落ち着いてしまいましたが、山盛りの天ぷら、そば、がキレイになくなった夜でした。
2010年05月31日
コメント(6)
昨日、今日と、教室を訪れた「昔の生徒のお姉さん」・・・。たった一日で、どれほど練習してきたことか!!(笑)そして、途中で突然の訪問者。…「昔の生徒」!!!倍以上に大きくなったなっ!!眉をいじっている様子。ずいぶん伸びた身長。男らしくなった姿に、くふふ☆←変態。…この教室はいつのまにか、あたしのファミリーになっていたことを思いました。去った生徒、訪れる生徒、出会いと別れが混在する場所で、おもかげすらほとんどない少年の笑顔を確かめる瞬間。土曜のレッスンは充実してきています。10時から6時まで、入れ替わり立ち替わり、さまざまな生徒が訪れてくれた時間が、どれほどあたしをホッとさせたかわかりません。理解者と過ごす時間は何十時間あっても飽きないことを思うと、今以上の幸せは望む気にもならない…というところです。「生徒のお姉さん」があたしのピアノを評して「こんなにいろんな音色が出るんだ」と。…いろんな場面で、しぶとくゲットしてきたいろんな音色だから。(笑)健康的な音色に、壊れ物のような音色をはさむことや、あえて毒のある音色をはさむこともあるんだよな、と、心の中で思いました。そのすべてを、伝えていくことしか私にはできないけれど。伝えるものがあって、良かったなと思います。
2010年05月29日
コメント(0)
第二回目の「私は誰?ここはどこ?」が訪れた瞬間、昔の生徒のお姉さんが遊びに来ていました。5日以上の不眠状態が続き、精神状態は最悪の時に、2年間、べったりと過ごした古い友人への「喧嘩吹っかけ」が引き金となり訪れた大破。友人が去った後、時間もわからなくなる有様。友人とそこんちの言葉もおぼつかない赤ちゃんの不可解な行動と、自分のぐちゃぐちゃさの限界地点で、あたしは右も左もわからないどころか・・・今、何をすべきかもわからない状態に陥りました。その瞬間、「ああ、これほどまでに壊れてしまえば、あたしは過去を手放せるかもしれない」と思っていたこと。そして、その予感は現実のものとなり、見苦しさの極地にいた2年間の自分とある種の決別。けれど、それは楽なものではありませんでした。この体で、対処するしかないリアルの世界。そんなときの「ねえ、あたし、ヤバイね?」とうろたえる姿を支えてくれた生徒のお姉さんと、今日、豊かな時間を過ごすことができました。彼女は、生徒としてこの教室に入りたいと希望してくれて。明日もレッスンに来るそうな。(笑)その瞬間の私の醜態を把握している彼女と、その瞬間の自分のことを笑い飛ばしながら、「ねえ、すごいでしょ?完璧に戻っている今」と問う私。「ええ、今だから言えるけど、あの時は、本当に狂ってましたね」と答える彼女。「そう、でも、そこから得たものがあるの」と静かに答える自分。ほんの数週間前の自分が見た地獄の光景は、あたしの脳裏を通り過ぎる風の音のようなもの。おきてしまったことは、消しゴムでは消せない。けれど、おきてしまったことを、違う私が塗り替えることはできる。そんな風にまで追い詰められたくはなかったけれど。今日は、「どうしても愛せないあたしにそっくりな生徒」が、とてつもなく頼もしい味方になってくれたり、「かわいく思えるけれど、ちょっと手厳しい生徒」が、受験のためにしばらく休むことがわかったり、やっぱりてんやわんやな一日でした。けれど、ここに現在いる生徒との関係が、無理をしなくても、心地よくかみ合う。今はそれだけがすべてだけど、「大丈夫を演じていた2年間の自分」よりも、ずっと素直な自分がいて、その素直な自分と生徒の素直な表情がリンクする。我慢しなくても、心地よい座標がある。・・・こんな限界地点だけど。(笑)ここまで来たくはなかったけれど。「昔の生徒のお姉さん」のやわらかな気遣いに包まれながら、私は今、笑っています。
2010年05月28日
コメント(2)
地獄真っ盛り中は、「音楽を楽しむ」なんてことは一切無く、技能技能技能、と、まるでスパルタのように自分を音楽に向かわせることしかできませんでした。ジャズとクラシックのハザマで意味不明さんになった私としては、TVや街のBGMのほとんどが、「地獄スイッチオン!!」の恐怖体験に直結してしまいましたので。そうならないように楽しめば?なんてことはできませんでした。恐怖と楽しみだったら、どうあたしがあがいても恐怖のほうが強いから。それでも調べたり、弾いたりしなくちゃならない曲はてんこ盛り。そういう時は、感情撲滅スイッチオンでやりくり。音楽流れているときは、基本、ゾンビ状態でした。それでもそんな時期を通り過ぎたのか、「あ、あの曲、久しぶりに聞いてみたい」という音楽気まぐれ様が訪れたため、you tube徘徊。たまたま聞いてみたくなった曲が、映画「レオン」で印象的に流れていたSTINGのshape of my heartだったので、STINGの知らない曲も聞いてみたりしていたら…。あーーーーん、STINGのバカバカバカー!!ジャズなんか歌わないでよっ!!(笑)…洋楽ワールドは危険危険、と、J-popに逃げ出し、なんとか一命をとりとめました。←大げさ。そんな精神状態で、ピアノの上手なジャズ好きのオトナの生徒さんのレッスン1時間…。だけど、「あたしだって、今、音楽好きになりかけているかもしれないもん☆」という自信のせいか否かわかりませんが、落ち着き払って独自の理論をぶちかますぶちかます。(笑)実際に弾いてみて、あたしの伝えたいことを実感している生徒さんだけに、伝わる伝わる。おまけにかなりの経験者につき・・・。「楽しい音楽」と「学ぶ音楽」を混在させると、脳内にミラクルワールドができちゃうことが実感でわかるらしい!(笑)「…ってなわけで、ワタクシ、今、お伝えしている技能が、あなたにとってプラスかマイナスかを判断することはできません。そこの責任はご自分で」どころか「ご利用は計画的に」ぐらいの勢いで理論を展開。←おい。「ミラクルワールドの後処理は、ただいま、こんな具合です。(ここで自分を指差す)」「アタシの場合は、ちょっとやりすぎさんだったから、嫌われ者の害虫みたいに仕上がってますけどね。」←開き直りは居直り強盗級。「でも、今、あたし、ここに来て、楽しいんですっ!!」と生徒さん。…じゃ、知らないよ。「来週も来たいです!7月に入れば、もっと来れます」…お客さんも物好きですね。生徒さんが帰った後、いつになく旺盛な食欲と意欲が戻ったことを確認。そして、夜は…。生徒が気にする落し物を探して3分間だけレッスン中断。たそがれの街を全力疾走。地獄期も別の生徒とこんな風に走ったけど。…あのときよりは、気持ちいい。それが今のすべてです。
2010年05月28日
コメント(4)
週半ばの水曜日は、いつでも「癒しの日」です。生徒に会うのが待ち遠しい曜日。月曜火曜は、単に「一週間の残りが長い」という点で不利、というのもあるのでしょうが。「あたしは先生の癒し人になる」と宣言してくれている小6少女が小1少女のピアノを励ます様の美しいこと。あたしをクソババアと呼んでいたのさえ、愛情表現だと信じさせてくれる小5少女の懐きっぷり。今日、彼女があたしに向かって叫んだのは…「先生!発表会で、生徒の誰よりもかわいくしてきて!美容院に行って、おしゃれして、生徒よりもずっとずっと一番に目立って!!!」という言葉でした。(笑)無理だっつーの。全力でワガママを言いながら、誰よりもアタシを案じていたのは、あなただったのかもしれない。地獄が始まりはじめていたころ、あなたのバイオリンの伴奏をしながら、ワケも無く涙が滝のように流れたのは、そのすべてがかわいくてならなかったから。ステージの上で幼い緊張を支える誇りに、あたしが酔いしれていたから。どんなにあたしが壊れても、あなたはあたしへの思いを乱さずにここまで一緒に来てくれていた。小5のワガママ少女が、あたしの膝の上でくつろぐ光景は、ある意味、ちょっとへんてこりんだけど。罵詈雑言をあたしに浴びせながら、少しでもかわいい写メを撮ろうと何度も挑戦する姿。一分でも長く、教室でピアノを弾こうとする姿。照れくさそうな「ありがとう」や「すみません」や「先生」という言葉が、知らないうちにアタシを慰めていることに、彼女が気づいているのかどうかわからないけど。ピアノ狂の中2少女のピアノが、はっとするほど美しく鳴り響くようになっていること。保育士の生徒のピアノが、ぞくっとするほど真剣なこと。そのすべてを全身で確かめながら、「あたしはあたしのままに」と思った今日。地獄は恐ろしいことこの上なかったけれど、生徒たちの誰が欠けても今のあたしがいなかったことを思うと…。もっとピアノうまくならなくちゃ☆もっと楽しい教室にしなくちゃ☆と思ったことはこれからの財産になるだろうと思いました。
2010年05月26日
コメント(4)
それは突然に訪れた「ステージドレス試着ブーム」でしたが、見事に終息を向かえました。やっぱりあんまり似合わないから飽きたらしいです。それでも、一瞬でも「試着する気になった」ことに驚きもしました。ビロード肩出しフルレングスドレスなんて、チャック上げるだけでも青息吐息なめんどくさい代物なのに!!←あくまでもそれは個人的な諸般の贅肉事情により。地獄期もお買い物の際には試着しましたが、「ああ、似合わないのはわかっているけど、着なくちゃ」っていう感覚だったのが、たとえ一瞬でも「あら、これ意外ににあうんじゃない?」という勘違い込みの、ある意味、乙女としてはまっとうな「試着ブーム」が到来した奇跡は、普段着の検討へと進んでいきました。「この服とこの服をコーディネートしたらいい感じかも?」という感覚。ああ、こればかりは・・・・。飽きないでくれ!アタシ!!しかし、この感覚でクローゼット内部を点検すると…。「見当違いのオンパレード」ああ、ダサすぎるチョイス…。誰ですか、これ選んだの?←私です。地獄前、ジャズバーライブにクラシックコンサートという「そりゃ真逆」な地帯を徘徊していた私のチョイスは…。「どう贔屓目に見ても、お品に欠ける」ものが多く。ラインの美しさなんて気にしちゃいない。ただ単に、ちょっと変わってるだけ!!(笑)また、欠点隠したつもりが、欠点をより際立たせる、という真逆っぷり。ジャズバーライブは欠落してるわけだから、少々落ち着きのあるものでも掘り出して、「この組み合わせならお品よく見えるかもしれないわ」と勘違いしながら今日一日を過ごしてみよう、と思ったりしました。幸いにも現在キープしているお仕事のステージは、「おハイソ気味」のほうがしっくり来るかもしれないわけで。邪道ピアノ教師が、「ピアノの先生らしい」お支度をしたところで似合いはしませんが。あたしの思う、おハイソスタイルでも作ってみようかなと思ったり思わなかったりしています。要はTPOってヤツを、この精神状態(美意識過剰病末期)で考えようと思っているらしいのが、われながら複雑な気分です。自分は嫌いでも、洋服嫌いじゃないのが幸いです。ハードル高い挑戦だ。(笑)
2010年05月26日
コメント(2)
前も見えないような雨の中でしたが、なんとなく「帰りたい!」という気分で実家まで往復しました。帰ってよかった、ホッとした!な一日でした。なかなかそう思っても、行動は自分中心になっていたような気もしますが・・・。実家にはクローゼットで眠るステージ衣装が数点。チャイナ服まで見つける有様。いただいた当時は、どうも似合わない、どころか、ぶよぶよボディにさっぱり合わないヤツらでしたが、重力に従い、ゴン太足へと肉が逃げていっている今は・・・。あら、素敵じゃないの?と錯覚を起こす勢いで。この間の二胡コンサートで着ちゃえばよかったのにもったいなーい、なんて発想まで。・・・いったい、そのズレたプラス思考は、どこからっ????ステージ衣装は戦闘服で、楽しく着れればステージ楽しいの方程式。そんな素敵な方程式は100年前に砂漠に埋もれちゃっていたかと思っとりましたが、とりあえず試着する元気くらいは発掘したかと思います。どうせすぐまた埋もれちゃうけどさ。戦闘服かついで教室に戻り、生徒たちに「今度の発表会は、もっとドレスアップしちゃう??」なんつって、ハッパかけてみたり。←ちょっと前から「発表会、もっとドレスアップしたい」という人が出たりもしていたけど、先生が「ヤダー」の一点張り。ちょっとおめかし程度のワンピースくらいの発表会が好みだったんですが、人の好みはそれぞれだし。まぁ、発表会ドレス戦争勃発って話を聞いたりしたこともなくはないので、慎重になっちゃったりもしていたのですが。ステージでペダルを踏む足元が、いつもより少しぴかぴかな靴、なんてのも、それはそれで素敵じゃないかな?と思うようになったのは、あたしの変化かもしれません。
2010年05月25日
コメント(4)
生徒の親御さんから間接的に、バンドのピアノのお誘いをいただきました。暇人ではあるので、ついつい話を深めに伺って、あやうく「はい☆」と言いそうになりましたが、「紅一点」という一言で、我にかえり、「ひゃっほーーーーー、それは無理!!」と、でかいノーを早めに声高に。(笑)われながらアブナイ奴でございます。新しいバンドで、フュージョンを。それも保護者の方がいらっしゃるバンドで。…何か困ったことがあっても、後からノーと言い難い!!なんでも、本番はいくつか決まっているようで、ますますノーが難しい。ノーの言えないバンドで、相手に合わせて活動するほどの器ではない自分。でも、きっとノーを言えずに、相手に合わせていたら。…オイラが大破の予感大。専門が違ったり、力量が違ったり、そういうバラバラな人たちがひとつにまとまるための切磋琢磨。それは素敵なことだけど、あたしには刺激が強すぎます。結局そこは、「人付き合い」のもっとも難しくぶつかり合うところになるわけで。もしぶつかり合うのなら、相手がとてつもなく上手で器が大きい人のほうがありがたい。そう思う私の現在のワガママは、過去の経験に基づく感想に他なりませんが。人格的には末期的。技能的には未だ発展途上。複雑な現在の自分を預けられるバンドにめぐり合うことは、夢や幻を追いかけるようなものかもしれないな、と思いました。
2010年05月21日
コメント(4)
バセドウの定期検査と、簡単な血液検査の結果を伺いに内科へ。1年前、「コレステロールが高い!!」と恐ろしい判定を頂き、それは検査前日、山盛りで食べちゃったホタルイカのせいだ!と決め付け、その他もろもろ思い当たる節を直しますから、どうか、高脂血症のお薬だけはちょっと待っておくんなさいお代官様!と騒ぎ立てて1年。「コレステロールがこわーい」と肩を落としてたどり着いたところが、問題無し!!の数値になっていることが判明…。びっくりしすぎて、脈拍あがるくらいに飛び上がって喜んでしまいました。仕事柄、帰宅が遅い上に、至れり尽くせりのご馳走の並んでいた1年前でしたが、そこもとにかく「晩御飯は軽く!それも仕事中に済ませる!」と決意。空き時間に詰め込むサンドイッチは、おいしい、と感じさせてくれるような代物ではなく(←製作者ワシ)…。でも、数値に正常!と言われると、ああ、良かったと思うのも事実で。バセドウの方も薬の効き目もあるのでしょうが、正常値のまま。穏やかなほうへと数値はますます向かっている…。薬も減ったけど、悪化の気配も無く。うううううううううううむ。不思議だ。とつぶやきながら一日を過ごしました。心の健康と体の健康はリンクする、というのが本当なら、きっとこの極悪性格も健康的?…いやいやいや、それはない。(笑)おつむの健康はどこに配置されるんだ。←バカは健康ってホントのことかもしれない。(涙)悩む暇があったら、体を動かせ!と、自分で自分のお尻を引っぱたいているような毎日ですが、頬を紅潮させ、「レッスン楽しかった!あたし、うまくなった!」と帰る生徒たちの笑顔につられて、「先生、明るくなった」「先生は子どもの気持ちがわかる大人」と言われた昨日。「子どもの気持ち」を熱弁ふるう子どもたちの態度や、いつもどおりのひっくり返りそうなワガママも、小さくイラついたりふきだしたり、なんだかとても大忙しでした。
2010年05月20日
コメント(4)
「生徒の練習を楽しくするのは、あたしの仕事」という長い長い課題に、間違ったアプローチを続けた挙句、ご本人が見事に大破であるにも関わらず。昔の先生と同じキャラ、でも、実力ついたバージョンになれている?と、ふざけて横綱に問うと、うなづかれてしまいました。(笑)それってチョー失礼!とブーブー文句を言う私も私。昔は、実力のあるなしよりも、その場の楽しさしか見えなかった。だって、自分も子どもだったから、と横綱はフォローなんだかパンチなんだかわからないワザを繰り出しておりました。それでも、横綱の「練習不足の自分をちょっと恥じているような赤みのさした頬」あたりに、長い月日をともにしたということを確かめていました。残念ながら、あたしの練習の仕方は、あたしを壊す部分も相変わらずあるけれど、あたしは練習することを恐れなくなりました。弾きながら、「練習って何?」と問い続けてしまうけれど。練習を拷問にすることは、意外に簡単で。かといって、練習しないことが当然になると、こちらには、物理的に負荷がかかってくる。そこが一番難しくて、悲しくて、寂しかったりしたけれど。相手が笑ってりゃそれでいいじゃん?と思うようになったあたしがいることも事実。その笑顔が、あたしへの嘲笑に見えないように心を配ってくれるのは、意外に、子どもたちだったりすることにも、難しさの鍵がある。気づきは、失敗の後に訪れてこそ、本当の感覚となることを思うと。なんだかもう少し、笑えそうな気がしてきています。
2010年05月19日
コメント(2)
帰り道に、かなりの頻度で教室を覗く生徒がいまして。いずれはお引越しも決定。しばらくしたら会えなくなる子ですが、彼女が引っ越してきたとき、あたしは一度目の自己大破に苦しんでいました。思うとおりにレッスンが運ばなくなると膨れてしまうように見えた彼女は、実は「もっと上の課題をよこせ」とか「自分が何ができなくて困っているか伝えられない」っていう辺りで悶々としている子のように見えました。彼女を察しながら、無駄に痛む胸を抱えて、あたしは歩いてきました。入室したときには、読めていなかったヘ音譜表が読めるようになり、何をしてほしいか、何が嫌かを言葉で伝えられるようになり、今は、教室を覗いては「今日、教室に来るの遅かったの?覗いたらいなかった」なんて言われると、なんとなく、嬉しかったけれど。自分の愚かさゆえに、もう一度、ほんとに人を信じられなくなるような二度目の大破を迎えたあたしは、風の音まで批判に聞こえるような神経過敏に陥りました。その中で、大切な人をとことん傷つけ、許され、受け入れられ、やだもう恥ずかしいからあのときのことは話さないで、なんて言いながら、生徒や周りの人たちに優しく諭されています。教室を覗く眼差しが、どんな意味を持っているか、よりも、私がそれを信じるかどうか。今週の生徒たちは、「先週の先生より、今日の先生がいい」と言ってくれました。いい先生ぶりっ子すぎて、疲れたんですと。(笑)気ままに振舞っている今週の私とのレッスンのほうが楽しいという・・・。その言葉を信じるのも、やはり私の務め。二度目の大破、神経過敏の果ての「私は誰?ここはどこ?」の瞬間、固執してしまうさまざまなものへの執着が、ここを越えたら解ければいい、と思っていました。あっという間に元通りになった「私は私。ここはここ」ちょっくら恥ずかしい残像の後始末をしながらも、この2年の地獄絵図が私を追い詰めたようには私を追い詰めなくなったことを感じています。
2010年05月18日
コメント(8)
いい仕事をしたくて、でもその方法がわからなくて、ところが、駄目な点だけはよくわかって。駄目なところしかない自分で、体当たりするこの一週間でした。駄目な自分が何かをすることすら駄目、のように思えて、それは、脳内からも私を締め上げました。でも、生きているから、ああ駄目だと思いながら、わかったことを伝え続けました。少し前まで、生徒に「ありがとう」と言ってほしかった私はいなくなり、こちらの「ありがとうございます」だけ伝えればいいと思うようになりました。そんな気持ちだけで生きられる人間なんていないから、きっと、どこかで無理もしているかもしれないけれど、もうわからないからわからないままでいくしかない。DSを握り締めていた手は、ピアノに向かうようになり、生徒たちの発表曲や自分の曲をさらっています。そして弾けるようになった曲を、「どうじゃー!」というような嫌なニュアンスで生徒たちの前で披露する自分。どこまでいってもバカはバカ。(笑)目の隅で、生徒たちが「えー、こんな風には弾けないよ」という表情を見せているような気がするのも確かめながら。「ここまでなら教えられると思う。でも、これ以上が習いたかったら、よそへ行ってもらうしかない」という言葉に、小学生が「じゅ・・・・十分です」と答えてくれるとき、ほろ苦い思いをかみ締めています。脳内で狂っていたパズルの配置が収まり始めたのか、一度に「そこまでできなくてもいい」というところまで気を張っていたところが、気を張らなくてもよくなり・・・というか、できなくなり。「ここができれば十分」というところの微調整にうつっています。できればとてもうまくいくけれど、駄目なときはひっくり返るほど駄目。その反比例ぶりが、吐き気を催すほどにひどい上に、周りにも大迷惑。その情けなさと引き換えに手にしてしまった、「どうじゃー」のジャイアンピアノ。いいとき悪いときのギャップが激しいのは、情けながりのくせに調子に乗りやすい今の自分そのものです。突発的に切り落とした前髪の短さとバランスの悪さに耐えかねて、美容院に駆け込み、久しぶりのショート。自分もまわりも心地よく、こそ、何より難しいということだけはわかったこの春は、まだまだ肌寒いようです。
2010年05月14日
コメント(2)
全13件 (13件中 1-13件目)
1
![]()