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子犬のワルツの練習が、ちょこっと進んだクソババアちゃんですが、左手はまだおさらいできないようでした。そういう時は「左手弾いて!!」な彼女のスタイルは相変わらずですが、かわいいかわいい。そして、1年前くらいだったら、ちょっと間違えるとイライラと鍵盤を叩いた指が、落ち着いて間違えた箇所をさらっていることを確かめながら…。…いつもどおりの歯に衣着せぬ痛快なおしゃべりを楽しみました。(笑)最後の最後に、小さな声で彼女が言うのです。「あたし、一人でプリクラ撮ったの」乙女心としては、お友達と一緒の時に、「決め顔」をカメラの前でさらす段階にはないようで。(笑)この間、とってもかわいいお友達と二人で撮って、自分を比較して卑下してしょんぼりしてましたから。その次がかわいい。聞こえないくらいの早口で「先生と撮りたい」そういえば、1年越しくらいのかわいい約束があったような気がする。先生と映画を観にいってきたらいいって、ママが言ってたってヤツ。(笑)それを一緒に乗っけて、映画とプリクラでもやっつけに行くか、と、あたしにしては外交的な提案。まぁ、実現する前に、行くのがめんどくさいとか、お外が怖いとか色々あるんだろうけれど。(笑)げらげら笑いながら、クソババアちゃんと昼下がりの街中でも歩くか、という気にしてくれた、この子の素直でしつこい願いに、思わず笑ってしまいました。今では朝から「今日はクソババアちゃんだ」と思うと、かなり嬉しい上に、この日は、帰った後もその約束があったかい日でした。帰り際のコンビニで(←もはや末期コンビニ中毒)、気になっていた美顔ローラーを発見。心の中で自分に言い訳しつつ購入して、家で、顔をコロコロマッサージしながら、平和ーーーって気分を味わって、色々とめんどくさいことを思い出さないうちに、とっとと眠りました。
2010年09月30日
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このところ、生徒との関係が非常にスムーズになってきているのは、まだまだ甘かった「生徒の心理の読み取り」が、少しだけマシになってきたからかなという手ごたえはあります。「発表会に出る出ない」という心境などは、生徒本人にとっても、「自信が揺らぎやすい」ということに加えて「挑戦する意欲があると見られたい」という感情があるなど、なかなか複雑であります。多分、本人ですら混乱してしまうほど、よくわからないこと。それを、さらに私が読み違えたら…負のスパイラルがあちこちで勃発。…ということで、とにかく負のスパイラルだけは避けるように、落ち着いて、相手の気持ちを整理しながら進めていこうと思っています。発表会は「こりゃ、ダメかな?」と思っていた生徒さんが、意外にも「やっぱり出たい」と発表会費を早めに出してくださるという、わが教室では見たこともないような光景が繰り広げられたり、まぁ、あっちがダメならこっちが大丈夫…というような、首の皮一枚で街中を引っ張りまわされるような状態が続いています。親御さんたちも絡んでくる問題なので、やっぱり諦めまくって、「申し訳ないけれど、この点については親御さんにお任せしますから」ということをなるべく丁寧に伝えたり。毎日がヒーヒーハーハーですが、そういうもんです。ずっとそうだったし。これからも。夜には、ずいぶん久しぶりのレッスンとなる大人の生徒さん。楽器店の営業さん。彼女のピアノがみるみるうちに瑞々しくなっていく様を、二人で楽しむことができました。「無駄な頑張りは省いて、楽しいところ、わかりやすいところをつないで、楽に弾いていくコツはこうなんだよ」というスタンスでのレッスンは、彼女にとっては初めてのはず。「昔とは真逆の教え方になったかなぁと思っているの」と私が照れながら話すと、「ベースは変わっていない気がします」と、不思議な太鼓判。ただ、帰り際に「もっと弾きたくなっちゃった」と、彼女がつぶやいたときに、ベースは変わってなくても、やっぱり真逆じゃない?とこっそり心の中で思いました。やっぱり昔の教え方は下手だったなぁと思います。もう、戻れない道だけど。昔のことまで反省していたら、誰も立ち上がれないから。今の自分が整理されると、過去の間違いはよくわかってしまうもの。いまだにふと思い出すのは、後味の悪い地獄期のことですが、いろんな人たちに捨ててもらって本当に良かったんだと思います。あの時期、私を捨てた人たちは、それまで、他の人たちよりもあたしのやり方に口を出してくれた人たちだった。あの人たちも、良かれと思っていた。それはわかる。ただ、その「良かれ」があくまでも「あの人たちにとっての良かれ」であることに、あの人たちも、あたしも気づくのが遅かったということが、全ての災いの始まりだったのかもしれません。
2010年09月29日
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横綱の発表会出演も不可能とわかり、昨日は二人出演者が減りました。わかった時点でメールして、という私のお願いが届いたようで、レッスン日でないのにメールが来たからまぁいいか。「すみません!」っていう言葉はなかったけど、行間から掘り起こしておこう。レッスン自体は、厳しさと、優しさとおもしろさを、意識していろいろと繰り出した一日だったし(燃え尽きた感のほうが強いのはいつものこと)一人一人がはっとするほど上達していたし。心の電池切れと、能力の枯渇に相変わらず悩んではおりますが、「HPをみて」という中学の生徒さんからの問い合わせもあり、財布は軽いが、覚えることは満載(生徒さんの名前やスケジュールを覚えるのがチョー苦手)という感じです。異常なまでに上がりの少ない教室。やっぱり、器と光熱費がでかすぎますって。(笑)空き時間に本年の経理に取り掛かり(←ため日記か)その隙間に、ちょっと練習してみると、左手の感覚がなんかまた違ってきていて。進めば進むほど、下手になるというのも、切ないものでございます。(涙)以前、本当に身の凍るような残酷な言葉を無意識にくださった方々が、異常に理解を示してくださる様子もいくつかありましたが、なんか・・・心にとどかない。これもいつものこと。諦めるしかなさそうです。(笑)私の言動は、私のわかっている範囲では、私のやりやすい形におさまっており、生徒たちとは気持ちよいほどツーカーの仲。帰り際、コンビニで「断捨離」をうたったお片づけの方法論が書かれた雑誌を購入。あまりにみなさん、活き活きと「断捨離」を実践している様子に、嫉妬と羨望による自滅えと一件落着。ただ、「自分にマイナスなものが入ることは断つ。マイナスなものは捨てる。そこから離れて出てきた新しい自分をもてなす」ということを、片付けはともかく、身近な関係では、これまた痛快に行い続けている現在を、まぁ、もうちょっと早めに「断捨」できたらよかったのに残念だったね、と思ったりしています。そういう時期もサダメだとしたら、全然、サダメなんか好きじゃないって思ってしまうのは、これまた仕方のないことなんですよーだって感じです。←反抗期、いまだおさまらず。
2010年09月28日
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サダメというもんは、意地悪く回るのが常のようでして、「あたしのストレスをソフトにするために」一心不乱なあたくしに対して、「ソフトなキャンセルをダラダラとソフトに追加」するという胸クソ悪い展開です。(笑)まぁ、ちょっと前、出演者数多すぎ?ということをハラハラしていたんだから、「救いの手」と思えばいいけど、そう思えるんならはじめからストレスなんか感じませんから、思う存分、ストレス感じてやるぜコンチクショー。←壊れすぎ。今回ダラダラと続くキャンセルは、どれも「理にかなった形で、丁寧なキャンセル」ばかり。記念品の発注さえ終わっていなければ、ストレスなんかございませんけれど。「二回目に出る人は、やっぱり違う記念品が欲しいよね??」と生徒たちに問うと、もうそれは全力でみなさん、うん!!!なワケですよ。やっぱりそうよね、ということで発注は終わるわけですよ。それからわかるスケジュールのおかげで、「出れません」なんだから仕方ないんですけれどね。記念品が、年々、少々お安い方へと流れていくことくらいは許してくれ。まぁ、昔のあたしに比べたら、発想がまともになったもんだ。←プラス思考。(笑)さてさて、そんなこんなで、積み重なってしまうのが「過去の記念品」たち。(笑)そういうものは、それはそれで役に立ったりします。土曜日、ふらりと立ち寄ってくれたのが、1年半くらい前にお引越しでお別れしたかわいい女の子。ママも素敵な方で、ランチに誘ってくれたり、ビーズの指輪をプレゼントしてくれたり。でも、軽やか!!!最後はママのたっての願いで、「ママのための大人のレッスン。ポップス編~赤いスイトピー~」が一回こっきり繰り広げられましたっけね。(笑)引っ越してから、なかなかいい先生にめぐり合えず、今はピアノは習ってないという女の子。「先生みたいな方はいないから、この子もレッスンには行ってないんです。また時々お邪魔して、ピンポイントレッスン(一人でも進められるように、単発レッスンってこと)してもらいたいです」…ピピピピピピピピピンポイント、遠すぎじゃね?「先生みたいな方はいない」と、そのママがおっしゃるたびに、それこそ苦虫100万匹噛み潰したような顔で「あー、あたしみたいな変人はそうはいないでしょう」と何度答えたことか。(笑)そのときと同じ台詞を口にしながら、少々罪悪感。(笑)…この子のレッスンのときは、その子の発想のよい点に合わせて、「楽譜を変えちゃう」という時期だったからなぁ・・・。←遠い目。そんな先生、あんまりいないよなー。(笑)あれから、1年半。なぜか、楽譜のほうに生徒を合わせられるようにもなってきているワシ。経験ってやつは、なんのかんので役に立つもんだ。ギリギリだけど。もうちょっと普通の人にならないと!!!!と、私が無意味に頑張る理由は、どうもここの辺りにあるようです。
2010年09月27日
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大人の生徒さんをお誘いして、秋の高原コンサート@いい味たっぷりのペンションを楽しんできました。今回の私にとっての楽しみは、ソプラノの「伴奏さんの演奏」だったため、それだけを存分に楽しむのが目的でした。←ソプラノさんには失礼ですねー。でも、こちらも担当させていただけるソプラノさんがいらっしゃる以上、あまり、ソプラノを聴きすぎないのもこれまた個人的に大切。ただ、とてつもなく一生懸命なソプラノさんだったため、「あー、すごいなー」と思えてこちらも予想していたより楽しめました。私のソプラノの先生とタイプが違いすぎて、良かった!!!!!!!!!!目的の「伴奏さん」は、こりゃ、出会い方が違ったら、嫉妬に狂っちまったかもしれねぇ!というくらいに響きの綺麗な演奏で、サダメの小粋な計らいに感謝したり、ちょっと膨れたり、これまたこっそりと忙しく聴いておりました。(笑)どうしても耳がナーバスになってしまう時期も過ぎたようで、少々コンサートが長く感じられてくると、良い意味で現実逃避。目の前で巣作りに励む蜘蛛を眺めている自分。(笑)かつて、同じこの高原でビョーキ真っ盛りの頃に仕事をした自分のことはすっかり忘れ、ビョーキが治まるってこういう感じかぁ、いいもんだなぁと思いながら聴いていました。長い長い地獄期、与えられた「出演の場」だけは、泣いたり喚いたりしながらやりくりし、自分なりのやり過ごし方はおぼろげながら見えていました。でも、「聴衆になる」という場面でのトラウマを消せずに、出演だけをこなしていても、やはり無理がたまる実感もありました。そのトラウマとかけ離れた場所で、かけ離れた音楽を聴く。演奏者が口にする「ハイドン」「モーツァルト」「シューマン」といった単語が、耳に心地よく、私は幸せだった時期に心を飛ばしていました。そうやって生きていかなくて、どう生きたらいいっていうの?いつも目の前のことに集中していたら、それこそ参ってしまう。私にとってジャズは、強すぎた。手ごわすぎた。たくさんのことを教えてくれたけれど、知ってしまったら一音も弾けなくなるほど残酷な場所だった。そこから逃げ出した私に、今、与えられている基礎のしっかりしたクラシックとほんの少しのジャズ風味。だから、それだけをつないでいく。目の前の蜘蛛のように。一生懸命つないだ糸は、他人によってさっさと切り裂かれるものだけれど。蜘蛛は淡々とまた、巣をかける。そんな風に続いていくんだなと思いながら、月曜の朝のゴミ出しの際に…。勝手口の門を開くと、これまたタイムリーにちょっと大き目の蜘蛛が門に巣をかけてやがる!あらごめんなさいねー。せっかく作った巣をおっ壊しちゃったわー。せめて蜘蛛本体は塀のすみっこにそっと…と、棒切れで蜘蛛を逃げ場に追いやる自分。地獄期は、容赦なく蜘蛛ごとぶっ潰していた私。その際に、「あたしだってこんな風にぶっ潰されたんだもーん」と思いながら、「蜘蛛がぶちゅっとつぶれる感じっておもしろい」とまで思っていたわけで。人は残念ながら、自分が扱われたように、何かを扱う。回復は、いろんなところで、こっそりとひっそりと。無意識に私をつぶそうとしていることに気づかない人たちから、逃れて離れて過ごした日々は、こんな風に続いています。
2010年09月27日
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先月の血液検査で、久しぶりに悪い数値がちょこっと出たと言われてしまいました。ただ、自分としてはさほど嫌な気持ちにもなりませんでした。人体なんて、まっすぐに良くなったり悪くなったりできないでしょうと思うので。それに、バセドウが本気で悪かったころの私は、ある意味、今より活気がありました。ちょっと躁状態とも言えるような騒々しさではありましたが。あのころの自分の要素の中で、良いものはやはり、取り戻したいとも思います。数値は良くても、ゾンビみたいだったちょっと前までの自分よりは、今、少々数値が悪くなった自分の方が感覚的に合うところがあります。このくらいの行動量でいい数値を維持できるようなサイクルをつかみなおすのもいいかなと思いました。本日は病院の後、明日のコンサート会場の下見に行こうと目論んでいました。私は単なる聴衆ですが、ちょっとわかりにくいところらしい、というのがありまして。秋の高原ドライブの口実です。(笑)数値が悪化、と言われたのを消化するためにも、ちょうどいい時間になりました。もっと迷子になるはずが、すとんと到着してしまい、うっすらかすみのかかった高原のロマンチックさに酔いしれ…ああっ!このまま下界に降りるのは悔しい!!…ということで、OPENの文字が暖かい、隠れ家のようなお店に乗り込んでしまいました。ちょっと有名らしいお店ですが、これまた素敵なことにアタシは一人ぼっち!←いまだに少々人が怖い。(笑)そして、こういう気難しいお客だろうがなんだろうが、百戦錬磨と思われるマスターのやわらかい会話に誘導され、大変にホッとした時間をすごしてしまいました。何がいいって、嘘つき放題なところが最高に良かったです。マスターが「音楽なんか、お好きですか?」と聞いてくれたその瞬間に、「音楽ってさっぱりわかんないんです♪」というキャラになっちゃった自分。これには自分でも驚きましたが、チョー楽しい!!「ボサノバって何?」「バイオリンとギターの区別もつきません」的な会話を構築する快感!!!!!!この楽しさは知らなかった!!!あまりの私の「音楽オンチ」っぷりに、話題を変えてくれるマスター。(笑)ああ…この快感こそ、病み付きになりそうです。
2010年09月24日
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10月31日の発表会に向けて、「無理をすれば出れそうだけど、あえて無理をしないほうを選びたい」という意味合いの発言かな?というものが大人の生徒さんから出ました。アラサー美女の彼女は、努力しすぎる傾向がある。そして少し前まで、彼女はそういう「努力しすぎる自分」であることが好きだった。でも、それを変えようとしている。彼女がどこまで自己分析をしているかはわかりませんが、なんとなく彼女の変化に好感が持てました。1年前の私なら、まったくもって受け入れられなかったことですが。それでも生徒たちは、自分たちを守るために、ドタキャンなどの意思表示で「出ないこと」を貫いたっけ。(笑)あのときの発表会はおもしろいもので、経理的にもまっ赤っ赤。(笑)受け入れられない私にも、受け入れられないだけの理由がきちんとあって。その隙間で生徒の意思によりひねりつぶされ、ダラダラと見えない血を流した私はそのままジャズライブへ突入とかしていたわ・・・。アホだ。しかし、あのあたしをアホと罵っていいのはあたしだけ。(笑)今年は、出演者数にゆとりがあり、発表会までの日数もまだまだあり、ゆとりのなかで、納得の行く形で生徒が「出たくない」と意思表示をしている。…教室そのものが少し成長したのかもしれません。腑に落ちない成長の仕方のような気がするのも私だけ。(笑)生徒のために良かれ、ということが、私にとっても負担の少ないものであること。それが、今の私の一等賞の願いですが、それもかないつつあるのかもしれないけれど。別にここまでしなくても、うまく回っているように見える人たちもいるんだけどな。←ぼやき。(笑)彼女の出演拒否発言の前には、横綱の「やっぱり出演できないかも」という、カチンと来そうな発言もありましたが。(涙)横綱の場合は、何を言ってもカチンとくるんだから忘れるとして。(笑)間に合わなそうだから出たくない、ということは正しい。だって生徒たちは、プロじゃないんだもの。淡々と自分の努力を積み重ねる自信ができたから、「発表会というイベント」に振り回されずに「仕上がったところで出ればいい」という感覚を持ち始めているのかもしれない。それこそ、逆に言えば、「プロ以上のプロ思考」というか、それはもはや「演奏家の完ぺき主義」の領域に入るのかなぁと思ってみたり。ただ、「出ない」という意思を表示したときに、日ごろの態度によって、こちらの印象がまったく違うということは、こちらのせいではないなと思いました。レッスンや練習で「おーー頑張っているな」というのがわかる人は、ある意味、それだけで自由に振舞える免罪符を持っているようなもの。そういう人は、レッスンを休むときの連絡なども、きちんとしているし。出演しないという発言にも納得がいく。そうでない方は、あたしにそれなりに思われたとしても、仕方ないんですよ。えーそうですよ。(笑)
2010年09月24日
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発表会用に渡した曲が「好きだけれど、どうも練習できない」というサイクルにある、いとしいクソババアちゃんが、素晴らしいまでのおりこうさんだった本日でした。「練習にとりかかりたくなるような、フレッシュな気分になれる曲を選んで。そしたら、その曲をとっかかりにして練習して、難しいのもやる気になるかもしれない。あと、自分の好きな形で楽譜を貼り合わせたい。それを入れたくなるようなかわいいファイルあるかな。そのファイルを持ち歩いていたら、練習する気になるかな。そういう作戦はどうかな。」ここまで素直な生徒を前にしたら、私も張り切らざるを得ないわけでございます。練習に取り掛かれない苦悩を、なんとか自ら切り開こうとしている小5!!!!この子のために頑張れなくて、どうする私?という感じです。ファイルは、私のお気に入りのシールをペタペタ貼り付け、彼女も満足するような出来栄えにして。フレッシュな「取り掛かり曲」として子犬のワルツを渡して。ワガママで素直な彼女は、自分で「あたし、今日、おりこうでしょ?」と言い続けていました。(笑)ええ、ええ、ほんとにおりこうです。そこまで言ってくれれば、あたしのキレ脳も、一切無駄に切れる必要がございません。小さな子も大人も、ここのところ、気持ちが悪いほど上達していて、みんなめちゃくちゃ素直で、本日、あたくしは恒例の床をドンと蹴りつける病も封印できてしまうほどの有様でした。今まで大の苦手だったはずの、「小さな小さな生徒に楽譜の読み方を教える」という作業も、苦労の果てに「なぜ、今までできなかったの?」と思うほど、スムーズにできるようになっていました。そのきっかけをくれた年長さんの女の子のほっぺたをつつきながら、「あたし、あなたのおかげで小さい子に音符を教えるのが楽しくなるかもー!!ありがとね」とお礼を言っときました。おまけでとっついてきた2歳にもならない小さな女の子が、あたしの口に自分のおにぎりを突っ込みそうになるのを全力で拒否しながら。(ヨダレつきおにぎりはお断りしております)おなかがすいてしまって、挙動不審になっていたこの子のお母さんが「おなかがすいて、気が立っているんです。このはらぺこさんは」というのがおかしくておかしくて仕方がありませんでした。気の立ったはらぺこさんが、髪を振り乱しておうちに帰っていくのを見送りながら、クソババアちゃんや中学生の生徒が「かわいいねー」と言うこの教室って、なかなかいいんじゃないの?と自画自賛した一日でした。あたしの苦悩の日々も包み込んでしまうような心の広い子どもたちに囲まれて、本日の私がめちゃくちゃに気に入っていたヒョウ柄のカーディガンは「年増の魔女みたい」と酷評されておりましたが。それでもなんでも、みんながうまくなって、うまくなった自分に満足して、一日を終える。それを積み重ねていければ、あたしは結構いい感じで余生を過ごすこともできそうな気がしました。自信はそういう風に「良いことの積み重ね」でつけていくのが一番。良いことをきちんと積み重ねた生徒は、謙虚で前向きという矛盾を、両方ともきちんと身に着けていくということを、あたしは生徒たちから学び、自分に応用していくことができそうです。あたしを無駄に傷つけた人々に、心の底からサヨナラを言えるようになる日は、きっとその後につながってくるだろうとも思います。その日までは、思う存分、そんな人たちを憎み倒せばいい。だって、そういう風に人はできている。その順番は、無理して変えることなんてできっこないから。自分の心が豊かになれば、いらないものはきっと消えていく。昨日会った古い友人が、必死であたしに伝えてくれたメッセージは、「いいものだけで自分の周りを満たせば、必ず、イヤなものは出て行く」でした。
2010年09月22日
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お父さんが大好きな曲を弾きたい!と、一心不乱に取り組む小4の女の子。でも、どう考えても「難しそうすぎる」ということで、私はちょこっとずつしか教える気になれなくなってきました。(笑)そうなるとおもしろいもので、「もっと弾きたい」という気持ちに火がついちゃうのかなぁ。かみ合わないパズルみたいなものを感じて、やっぱり何かを教えることは難しいなぁと思いながらすごしました。聴覚障害のある子は、クラス伴奏のために数日おきにレッスンに来ています。淡々と積み重ねて、ほんとによく弾けるようになってきています。しかし、淡々としすぎている姿は、今度は私の「せっぱつまった感」をあおるわけで。今度はこちらがイライラしたりして。どうにもこうにも難しいものです。昨日、一緒に過ごした友人に「落ち着くことができるなら、レッスンも休んだら?」と言われました。わかる。その気持ち。でも、休むべき時期があったとしたら、もう過ぎちゃった気がする、と答えておきました。彼女と私の関係も、振り子のようにあっちに寄ったり、こっちに寄ったりするものだったりするようです。幸い、今は声楽の先生が私ごときのつたない伴奏を、まるで宝物のように扱ってくれるので、そちらに残酷な負荷がかかることはないし。レッスンも、試行錯誤だけれど、以前よりもずっと親御さんたちが、私のスタンスを理解してくれている感覚があります。大切だから迷っているし、大切だから苦しんでいるということが伝わっているような。だから、今はそんなに「休む必要」というのは感じません。友人は、友人なりに私の地獄期がどれほどのものだったかとわかって、いまさらながら「休んで」と言ってくれていたのかもしれない。「休んで」といってみたり「仕事ができることがすごい」といってみたり、なんか、彼女も揺れていました。そう考えると、今までちっとも揺らがなかった彼女の心が、何かに揺れてしまったのだろうなとも思ったりして。妹さんが重い精神的な疾患を抱えている、ということもあって、やっぱり深く考えてくれるのかなとも。相変わらず不器用な私は、いちいちこうやってめんどくさく反応してしまうのですが、その分、当たり前の日常を過ごしているときが、まったくめんどくさくなく動けるようになってきてもいます。彼女との散歩を提案したのも私のほうだし(笑)洗い物なんかをしているときには、伸びてきた髪にパーマでもあててもらうかなとか考えているし、こういうところはとてもいい感じにまわっている気もします。生徒たちの頑張りすぎ?についても、その瞬間は「これはどうだろう?」とは思うのですが、しばらくすれば、吹っ飛んでいってしまう。一番悪いときは、こうはいかなかった。だから、「休むべきときは過ぎてしまった」と、思ったりするわけです。
2010年09月22日
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東京で仕事をする友人と、久しぶりに会うことができました。こちらに戻ると、必ず連絡をくれる友人には感謝です。一年前のGWに彼女と会って、ぼんやりと「心地よい人と会うのは楽しい」と感じて以来、不器用ながら、「心地よい人は誰?心地よくない人は誰?」という感覚を確かめていました。どれだけ時を経ても、何も変わらない友人との時間は、二人でタイムトラベルを楽しむ感覚。彼女の行きつけだった「居酒屋だけど、ランチだけ行ってたお店」に、一緒にランチに行ったあと、お寺まで続く道を散歩。あまり語ることがなくても、一緒に歩いているだけで、頭が空っぽになって、あたしはとてもホッとしました。彼女が東京に行ってしまう前、独身だったあたしと夜通し語ったときのように。脈絡も無く、思いつくままに話をしながら、あたしは昔のあたしを取り戻そうとしていました。小一時間、一緒に歩いた道は、暑すぎず寒すぎずのお散歩日和。帰りがけ、今度はあたしのリハビリの殿堂ジャズ喫茶で休憩。穏やかな彼女とここで過ごすことで、あたしは、この店でのリハビリを、リラクゼーションに変えようとしていました。(笑)少し前まで、彼女はあたしと会うと、なんだかなみだ目だったりして、それがまた複雑な気持ちになったりしたんだけれど。今日は、切なかった日々も、笑いになってしまうような感覚がありました。ボーカルだった彼女と、ジャズピアノが弾けなかった私の若い日々。もうあの日は戻らないけど、彼女との友情は変わらない。連休は義弟と甥っ子に遊んでもらったり、旦那とDVD鑑賞をしてすごしたり、安心な人と静かに楽しく過ごすことが当たり前になってきています。彼女もいずれは東京から戻ってくる。その日まで、元気に向かう日々を積んでいきたいと、久しぶりに未来を思った日でもありました。
2010年09月21日
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完全燃焼した声楽練習で、「この曲、素敵過ぎる!!」と私が夢中になったカッチーニのアベマリア。一般的なテンポより、めちゃくちゃ遅く弾き始めるという暴挙に出てしまいました。あまりに美しくシンプルな曲を、このテンポで?と思ったら、「声楽の先生を殺す気か!!」と、自分で自分がおもしろくて、笑いながら前奏を弾く有様でした。自分で練習しているときには「美しすぎて、本番に泣いてしまうかもしれない」と心配だったのに。(笑)ところが、大物はこういうところで、本領を発揮するのです。いかに「余力があるか」ということを、こういうシンプルな曲で見せ付けるわけです。まるで、秘密のポンプで酸素を供給しているかのように涼しい顔で、ベリースローのアベマリアを歌ってくださいました。そして「このテンポで歌ったことはないけれど・・・かっこいい。これを柱にしながらプログラムが組めるのが楽しみ」と・・・・。教室に戻って録音を聞いてみても、唖然。豊かに響く声が伸びやかで、こんなに常軌を逸した遅さなのに、飽きさせない!!!素人には決してできないワザだとわかるけれど、「どう?すごいでしょ?」なんていう感じもまったく無く。ただただ、美しくそこにある感じでした。…この声を聞いて、誰もがハミングしたくなるような気軽さもありながら、決してまねのできない実力。結局、伴奏者のあたしが、声楽の先生の熱心なファンになってしまうという展開ですが、伴奏者を生かすのも殺すのもソリスト次第だなとも思った次第です。(笑)地獄の果てまで行って、私はとても簡単なジャズっぽい伴奏を身につけることしかできませんでしたが。このくらいが、この方の世界に、ほんのちょっとの遊びを加えるにはちょうど良かったのだと、後になって知りました。今の私は、今の自分の身の丈に合った伴奏を、気軽にしているだけで、この先生にめちゃくちゃに喜んでいただける。それが、どれほど長く私が飢えていたものか、後からわかりました。
2010年09月18日
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12月コンサートに向けての初練習でしたが、本当にここまで楽しくできるとは思いませんでした。けれど、楽しさと同時に「もう、これ以上、一音たりとも無理」というところまで練習したので、最後には「あー、もう、今日はこれ以上ダメです!おなかがすきました!」と訴え(笑)、おいしい手料理をたくさんご馳走になり、教室レッスンへと向かいました。そこから訪れたすさまじい疲労感…。(笑)レッスンは、付き合いやすい生徒たちばかりだったから助かったけれど、練習とレッスンの掛け持ちだけでもいっぱいいっぱいだなぁと思いました。しかし、先生が今日の練習までに積んでいらした練習のまじめさ、深さを垣間見て、ここまでの水準を保つだけでもありえない苦労なのに、さらに毎回進歩なさるということは、どういうことなんだろうなーとも思いました。ありがたいことに、今回の恐怖となっていたスペイン民謡の伴奏アレンジは、「勉強し尽くした方のサポートは、なんて楽チンなんだろう!!!!!」という展開。歌が素晴らしいので、伴奏なんておかずはいらない!っていうくらいに削ぎ落とすことができて、あーよかった!と思いました。これが、相手によっては、無限大に難しくなるという側面ばかり見てきた私には、オアシスのような時間でした。
2010年09月17日
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7月の発表会に出られなかったチーム中心で、プチ発表会…の予定が、参加者が徐々に増え…なんのかんので30人くらいは出るんじゃないかな?という展開です。発表会ときたら、自分の器の足りなさに私がキューキューになるイベントですが、今回は「キューキュー予防対策」に余念がありません。そのために、7月の発表会が行われていない時期に、「うちの娘のために、9月の発表会を企画してください!」と言いつづけていた、もうひとつの教室の先生への配慮を忘れることにしました。(笑)我ながら、底意地の悪いやつ!!とは思いますけれど、生徒の減少とともに、いつしか「保護者モード」でしか発表会に参加してくださらなくなったその先生。普段着で発表会に来て、始まる前に「娘の高校の文化祭に行きたいので、先に帰ります」と言われたときのあたしの唖然。準備を手伝えないとしても、片付けをしないことへの済まなさを表現してくれてもいいじゃない?去年の9月の発表会などは、「日付を間違えましたので、当日、うちの娘はキャンセルで」と、発表会の前日に会場から電話をくださいました。そのときの唖然。前日キャンセルがどれほど主催者に響くか、わかってくださる方なら、せめて発表会費は支払います、という申し出があるかと思いきや、もちろん無く。7月の会費の清算すら年末に申し出てくださるあたりの唖然。それが今年は、「受験生の娘のために、ステージを用意しろ」と????だったら、できる準備はやりますから!とかならわかるんですが、そんな気配はもちろんなく、ただただ、「出させてください!」と、決まっていない発表会を、終わっていない発表会の前に責め立てられることは、こちら目線では、単なる迷惑千万。なんとか終わった7月発表会後に、この先生から電話が来ると、「もう、電話に出たくもない!!!」という心境になりました。とりあえず、7月の発表会分の清算もまだ終わっていないので、今度の発表会前に連絡を頂いたら、「発表会やりますから、娘さんを出演させますか?」と言ってもいいけど、言わないかもしれない、と思いながら、こっちから電話して出演を問うほどのエネルギーは一切ない!と思いました。そう心が決まると、キューキューが少し楽になりました。(笑)出たかったら、出てもらいたくなるようにしてください。大先輩なんだから!(笑)何年ものお付き合いなんだから、その間に、どんどんこちらが、ドン引きするようなことばかり積み重ねないでくださいったら!!(笑)出演が決まっている生徒たちは、みんな、あっけにとられるような成長ぶり。当日の成功が目に浮かぶような状態なんですよね。1ヶ月半前の今ですら。数人の男の子が「出る気はあるけど、練習する気はない」というサイクルになっているのをどうもっていくか、は、大きな課題ですけれど。(爆)こんなおっさんみたいな性格でも、女の子を練習させるのはうまくなったんだけど、どうも男心がわからなくてねぇ・・・。←遠い目をしながらため息。今まで苦手だった課題は、いくつも克服されてきているのですが、「男心」という最大級の課題は、来世に持ち越し!!の予感です。ガーン。(笑)…明日は声楽の先生との練習です。怖いばかりが強かったこの時間も、徐々に「たのしみ」という色合いを帯びてきています。早く明日になって、先生の明るい笑い声を聞きたいな、と、素直に思う自分もいます。今日もクラリネット持参の大人の生徒さんとレッスン後にアンサンブルを楽しませていただいたのですが、「これは、明日の声楽の練習の役に立ちそう」と思うと、ちょっと冒険してみたり。私の日常は、とてもへんてこですが、このへんてこ具合を楽しみ始めている自分が確かにいるのも感じています。昔はキャーッとおびえたことを、「ああ、あんなふうにおびえたもんだよな」と、やわらかく回想する時期が訪れています。時折、自分でも読めない自分の心理が、私の意識に逆らってもきますが。そういうときの「へんてこ行動」を、ちゃっちゃとフォローする自分もいます。めんどくさいけど、もう何年もやってきたことの繰り返しに過ぎないと思っている自分もいます。
2010年09月16日
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いつごろからか、私の「癒し組」として、穏やかな存在感だった水曜日チームさんたちが、恐怖のクレーマー組として、週半ばの私を引き締める役割を果たしてくれるようになっておりました。本日は、あたしが気に入っているだけのサルエルパンツ、それもサロペットタイプ(平たく言えば、ターバンが似合いそうな股下緩めで裾が絞られたダラダラズボン、それも吊りズボンタイプ)が、非難を浴びまくりました。「太ももがおなかからつながっているから、すっごい太腿が太く見える!!!」「赤ちゃんのオムツパンツみたい」等々・・・・。クソババアちゃんに至っては、「赤ちゃんtea*」とあたしの腕に落書きする勢いでした。ひどい扱いを受けている割には、相変わらず上機嫌のワタクシ。本音のアドバイスを聞き入れて、今後の対策を立てるのです。(笑)今日は、大人の生徒さんたちがやけに上達していたのが印象的な日でした。それはそれは楽しそうに曲のニュアンスを味わっていて、聞いているこちらも「いったい何が起こっているんですか?」と思うほどの美しさ!!遠くの街から通ってくださっている56歳の生徒さんは、「主人に頼んだんです!アタシに一晩、お休みを頂戴!って!!あたし、先生と一緒にどこかにお泊りでもして、ゆっくりお酒を飲みたいんです!!」と。では、そのうち、どこかのライブを聴きにでも一緒にお付き合いいただけますか?と尋ねると「東京だってどこだっていいです!」とのお返事。(笑)では、そのうちに、ぜひともよろしくお願いします。あたし、この先ずっと、一人でコンサートやライブなんて無理そうだから。やはり隣町から仕事を終えた後に駆けつけてくださる保育士さんも、ハッとするほど音楽が変わっていました。夏の発表会では難曲に挑戦させちゃったけれど…。その分、確かにうまくなってますね!!!しみじみと感動する私の言葉が彼女を勇気付け、とても幸せそうに新しい曲を弾いていましたが、その響きの優しいことったら!この生徒さんには、9月末の高原のペンションでのコンサート鑑賞に一緒に行ってくれる?とお願いしたかったのですが。もちろん!!とのお返事。…おおおおー。高原のペンションでのコンサートなんて!!まさか、そんな楽しみを取り戻すなんて!(笑)トラウマ大軍団が暴走中みたいな私にとっては、ありえない展開です。今日はどう頑張っても、イライラさせられてしまう姉妹たちに対して、いつもなら、かけたことのなかったようないたわりの言葉や褒め言葉が飛び出したりもしました。大好きなクソババアちゃんとは、小さな喧嘩もいたしました。「いくらなんでも、ワガママすぎ!!甘えすぎ!そんなことされていると、嫌いになっちゃう」と言うと、「嫌われてもいいもん。こんなピアノ教室やめてやる!」←お手本どおりの罵詈雑言。喧嘩しながら、今日の彼女は私にものを食べさせたがるのです。それも自分の手で私の口に放り込みたがる。餌付けですか?(笑)顔を寄せ合っての写真を撮りたがってみたり、あたしの写真をいっぱい撮ってみたり。「この子、なんてかわいいんだろう」と私がそんな彼女に対して思うたびに「お!いいねいいね。その顔!!パシャ」とシャッターを切るわけで。手の甲には彼女のいたずら書き。お風呂に入っても消えないそのいたずら書きが、私の心をそっとほぐす一日でもありました。
2010年09月15日
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金曜日に、声楽の先生との「12月コンサートに向けての初練習」があるからでしょう。見事に眠りが浅くなってまいりました。わかり易すぎて、布団の中で笑ってしまいました。←ちょっと怖いですよ。今回は、先生が挑戦したいものが山盛りなので、色々と、先の読めない曲がございます。中でもピカイチに私がいやなのが(笑)スペイン民謡でして。伴奏譜がギター用なので、どういじるか?で、悶々なのです。しかし、これは、とってもベタな感じの「ジャカジャンッ!!」というフラメンコギター的なイメージで弾いてみたら、やけにおもしろくて、とりあえずこれで練習にいってみようと決まりました。今回の眠りの浅さ。これはいつものような「怖いよー」な感覚よりは、「ワクワク」なニュアンスがあります。そこが私としては、何にも代えがたいうれしさだったりするのです。きっと先生は、ノーを出すにしても、この「ジャカジャン!」の存在を、まず肯定してくれるはずですから。昨日は、やけにいきのいい新人の女の子と対面。いきなり、何でもかんでも口にするのです。「ミがわからなくなっちゃったよ」などと。はじめからそういってくれる子は本当にレアなので、楽しみです。生徒と言う立場にある人たちは、大人も子どもも、発展途上にある自分を見せることをためらいます。でも、レッスンは常に発展途上。見せたくないから練習するならわかるけど、練習はしない、発展途上も見せない、ではラチがあかない。どんなに気を遣っても、言葉を選び間違える私は、そんな中の一人の子のプライドをボッキリと折ったようでした。小さな女の子が、負けん気をたぎらせて、自分の能力を見せるために立ち向かってきたときに、あーやっちまった、と思いましたが。(笑)入室当初、この子が、前の教室で膨れてしまうことが多かったと聞いたことも思い出していました。そうなると大人たちは寄ってたかって、彼女を赤ちゃん扱いして、ぬいぐるみを出したり、赤ちゃん言葉であやしたりしながら、なんとかやる気にさせようとしていた模様。…でも、この子は多分、「あたし、もっとできる」ということが言えないでいる、と思ったのでした。そのとき感じたこの子の勝気さが、今、私に向かってわかりやすい形で出ることを、「良かった」とも思いましたが、気分は悪かったです。(笑)だってあたしに噛み付いてくるんだもの。心が痛いってば。(笑)噛まなくてもいいの。そのまま「まだ一人では練習できない」って言っていいの、そして、一緒に考えていくの、ということが、彼女にとどく日まで、私はこっそり彼女に心を噛まれることでしょう。彼女との関係が変化し、その後、因縁の横綱との関係も変化しているのも感じました。類をみないほど堂々と「練習していない」と言えるスタンスだった横綱が、練習を楽しみ始め、その成果が現れ始めたとたん、「はい」と相槌を打つ大人しい子になってしまいました。これはこれで、なんとなく違和感。(笑)こちらも勝手です。(笑)…教室には、古くて新しい写真が飾られている現在。この大きな器に移ったばかりの私と、野郎どもの発表会写真。たった3年前の私と、今の私は、写真で見る限り、表情の険しさが違います。(笑)ソワソワしながら、実りのないことに無駄な情熱を傾けた気になっていた私と、明るく笑う子どもたちの表情は、悪くはない。…でも、薄い。(笑)並んで置いた今年の写真は、とにかく濃いのです。人数的にも、圧迫感のようなものがあるし、みんなの表情も複雑。(爆)もうちょっと、お山の大将が心を開けるようにならないと、この辺りは解決できなさそうなんですけれど。それは、時に任せるしかないのです。残念ながら。10月の発表会の写真あたりで、もう少し、ソフトな表情になっているといいのですが。
2010年09月15日
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読譜力については「文句なし!」の中3の生徒がいまして。淡々と練習もしてあるし、いろんな意味で「文句なし!」な子なんですが、なんかクールすぎると言うか。(笑)抑揚の少ない演奏になってしまうので、強弱つけて!!と強く言った時期もあるけれど、どうも性格上、それもイヤなんですって。…だったら、そのままでいいやね、と思っていたんですが、なんとなく色んな意味で、クールすぎます。ねえ、あなた自身が楽しいの?と問いたくなるピアノというか。で、今までとは違ったアーティキュレーションで弾いてみて、と言うと、ピアノ自体がヨロヨロとうろたえました。…ああ、あたしも陥ったことのある「読譜に頼りすぎる演奏のサガ」が浮き彫りタイプなんだなと。その割には、あたしより練習するとは、立派だ。(笑)余計なお世話っちゃお世話ですが、淡々と弾いてる時間が、もうちょっと楽しくなればいいかな、なんてことで、新しい弾き方指示して、さぁ、もう一回いかが?と促すと、弾いた後「楽しくなった」と。(笑)ま、そんな感じで、余計なお世話を繰り返す毎日。先週、「僕はサボりすぎていた!」と言っていた中1男子。その一言はすばらしかったけれど、じゃ、その後どうなのさ?という話で。「一回だけ弾いた」と、恥ずかしそうに。(笑)でも、その一回も、「わかんないところはそのまま適当に流し、弾いたと言うためだけに一回弾いた」のレベルだろ?と、敢えて言っときました。(笑)言い訳に関して、あたしに勝てると思うな。そこまでキツく言ったのには理由がございまして。「僕はサボりすぎていた」と言うこと「だけ」を覚えたらしい彼。今週も、それを言うんですよね。…そして、先週は感動したけれど、今週はちっとも感動しなかったあたくしがおりまして。…その手だけで、生き延びられると思うな、という話でございます。(笑)さてさて、奇妙なまでに上機嫌の私。それが一番アブナイと思いつつも、長い間、微塵も感じなかった「上機嫌」ってヤツを堪能しております。今朝もNHKのニュースを見ながら「あのスニーカー欲しい!」と叫んでましたし。歩き方が良くなるスニーカーだとか。そういうのを履くと、即、歩き回るタイプです。元は死んでも取るタイプ。…まぁ、そのスニーカーを調べるところにまでは行ってないから、歩かないかもしれません。←黙って歩け。ついでにもうひとつ夢中になっていることがあります。おっきいフープのピアスが首にあたって、痒くなる。よって、このピアスをなんとか痒くならないものにできないかと、さっきからリボンを巻きつけたりしています。←でも、飽きた。洋服を着ようとすれば、これまた色々取り出しやすくなったクローゼットに、我ながらウットリ。満足行くまで着替えてやがる。着替えても、良くならないから何度も着替えるんです。バカか、と思うのですが、これらの作業がすべてシラフで、行われているというのは、我ながら、上出来なのでございます。薬ときたら、バセドウの薬以外受け付けない私にとって、酒こそブラボーでした。これからもよろしく頼むよハイボールってな感じです。ピアノは多分、ちょこちょこ弾いているらしいし、そのたびに、ギャースカわめいているらしいけれど、私の場合は、「ピアノ以外の趣味を持つ」というところで復活の糸口を探すより他にはございませんたらございません。…趣味なんだから、適当に。その加減の難しさは、ここまで十分味わってきました。いまだにつかめていない加減ではありますが、つかめないことを、加減と呼ぶのかもしれません。
2010年09月14日
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旦那は、かなり遠くの街で大イベントということで、早々に出勤していきました。洗濯機の回る音を聞きながら、日課となった変な体操をする私。(笑)姿見の前で、ふーふー言いながら体操しつつ、脳内では、昨日入手したリアルファーつき、合皮ジャンパーをコーディネートしてみていました。久しぶりに、苦手な「ボーカル男子店員」さんのいる店で購入した皮ジャン。「売らんかな」があまりに前面に出てくるので、気づけば、似合わない服をぶら下げて帰ってくる羽目になる私。今回は、彼のイラつきがうっすらと漂ってくるほど、「自分に合うかどうか」をしつこく考えていたためか、かなりのお気に入りとなりそうな革ジャン。革ジャンに、この夏、あたしを夢中にさせまくったロングワンピースを合わせたいの。もーどうしても、それがいいの。(笑)…そのコーディネートは果たしてうまくいくのか?と、体操後、さっそく試してみました。モデル側のさまざまな不具合により、イメージどおりにはいきませんが、使えそうなおりこうさん洋服との出会いに、今度は押入れの不具合さに対して腹が立ってきました。(笑)押入れは悪くない。ただ、入れ方に問題が。←誰のせいだ!丈の短い洋服も、長い洋服もぎっちりとハンガーにかけられていたら・・・出し入れがめんどくさくなるってもんです。短い洋服たちは違うところへ。・・・ただそれだけで大騒ぎ。(笑)でも、ちょっとした発掘タイムにもなるわけで。やだどうしよう。これカワイイなんつって、羽織ってみたりしながら、押入れ内をゴソゴソと。いつもなら、ボーっと過ごす朝に、押入れの整理ができたことだけでも大満足。(笑)金曜には、声楽の先生との練習もあるので、そのためにも「何を着ていくか」を考えるのは重要事項です。とにかく声楽の先生は、おしゃれ好きの褒め上手。ピンポンして、玄関に立つと開口一番、「まぁ!!今日のお洋服も素敵ね!!」と言ってくださるというのは、すごい教育だなと思うわけです。この、やさぐれ魔人をここまで更正させたのは、先生のお力です。(笑)先生に褒められたコーディネートで、別の用事にお出かけするときも、なんとなく安心というか。…ほんとに当たり前のことなんでしょうけれど。これが、真逆で毎回だと…ちょっとねえ。いったん、アホのキチガイ豚まで堕とされた私ですら、こうしてコーディネートを考える気力を回復するんですから、褒められること、自分で自分にヨシ!という事は不可欠なんだろうとも思います。どこで褒められるか、どこでヨシ!というか、という点が重要にはなるのかとも思うんですが。しかし、姿見。恐るべし。(笑)この姿見を購入した日。買いたての白いチュニックを着てみて、どれほど愕然としたことか!(笑)洋服やさんのマジックミラーに頼っているだけでは、ダメです。絶対に。(笑)洋服の整理をしながら、あいも変わらずしつこくですが、縁の途絶えた友人のことを思い出していました。(笑)彼女は、こんな風に自分のために過ごせないことを怒っていたなあと。まぁ、あたしに怒られても困るけど。(笑)それくらいに、小さな二人の子育ては大変なんでしょうけれど、あたしに当たるなよと今は思う。なんだか彼女といると、チャラチャラした洋服を着たり、アクセサリーをつけることもためらわれて、最終的には、ジーパンにTシャツで仕事にまでなってた時期もありましたが。(笑)それも、「ボーカル店員に売れ残りを押し付けられたんじゃない?」と彼女本人に言われるような変なTシャツ。(笑)あの時期のあたしは、ほんと、誰のために生きていたのかさっぱりわかりません。(笑)
2010年09月13日
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土曜日は、一日中、いろんな生徒さんが入れ替わり立ち替わりなので、飛ぶように時間が過ぎます。脳障害のある生徒さんは、楽譜を読めそうになってきましたし、何事もワガママで反対のことしか言わない女の子が、落ち着いて楽譜を読んでいましたし、新しい男の子の生徒が、これまたうれしそうに新しい楽譜に挑戦していましたし。聴覚障害のある生徒は、「クラス伴奏を頼まれた」とのことで…。「クラス伴奏」ときたら、異常に燃える私。(笑)彼女の聴覚障害なんか、ある意味無視する勢いで、床をドンドン意識的に蹴りながら、熱く指導してみたりしました。「引き受けたんだから、結果出すしかないじゃない?」ってな感じです。親御さんには、「ちょっと今日は厳しくしすぎたかも・・・」と話したのですが「そのくらいが、ありがたいかもしれません」と。意外にみなさん「先生、厳しくして!」ということも望んでいる。だとしたら、必要なタイプの厳しさは持ってもいいかなと思い始めているわけです。すべてはさじ加減。そして狙うツボ次第、ということで。感情に任せて、怒りを爆発させるのではなくて。「そこ!!!気をつけて!!!」ということを、ちょっと熱く伝えるのがうまくなったらいいなーと思った日でした。
2010年09月11日
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昨日は「順風満帆」と評してくださった大人の生徒さんがいらっしゃいましたが、本日の大人の生徒さんには、「ここまで教え方がうまいのは、ご苦労なさっているからだとわかります」と言われました。(爆笑)今日の方は、音大卒で教員さんという生徒さんだからなのでしょうか。「優等生の先生ほど、指導力の無い人はいませんから」と強くおっしゃっていました。今日の彼女のレッスンで、前回までできていなかったのに、いきなりできるようになっていたことがありまして。「ああっ!!弱い音が出せるようになっていますね!!それですそれなんです!ピアノは、弱い音色が美しく出せるか、ということが大切だと思うんです。ピアノかフォルテか、という意味では、ピアノのほうが大切です。今日はよいピアノの音色が出ていますからね」と言うと、それはもうめったやたらに感激して、ン十年前のトラウマまで拭い去られただの、人生のすべてにいえることだの、とおっしゃっていました。「仕事でもピアノを出せるか、つまり脇役、影になれるか、ということが大切ですものね」と、お一人で勝手にすばらしい結論を出して、涙ぐみながら帰っていらっしゃいました。よい生徒さんに恵まれると言うことは、こういうことでございますな。(笑)先日、ライブに連れて行ってくださった生徒さん。音楽以外のことは一切おっしゃらなかったので、それもありがたかったです。少々、特殊な香りのするライブでしたので、なんらかの勧誘であったらいやだなと思っていたのですが、そちら方面は関係なくいけそうです。ふーーーー。このまま行ってくれ。頼むから。(笑)この方に「音楽でご苦労なさったんですね」と言われたことも、昨日とはまた逆の意味でうれしくて、「なんだ。どっちにしたってうれしいってことになってきたぞ。あたし」という瞬間が、数秒ありました。数秒でも無いよりマシです。今日は小さいドロちゃんレッスンもあって、少々、気の重い日でもあったはずですが、ドロちゃんレッスンも、新しい展開。ドロちゃん、無駄なところで変に優等生ぶるところがあったので。「あんた、そこは正直に、苦しい辛いダメだと言わなきゃ、自分が追い詰まるよ」と言ってみると、今までにない表情。変な優等生は、変なところで無理がたまる、ということを考えると、彼女に少し肩の力を抜いてもらって、結果的に、ドロちゃんじゃなくなったらいいなーと思ったわけでした。どうなることかはわかりませんが。小さい小さい生徒には、まるで完全なお友達のように扱われたり、おばあちゃまがお孫さんの参観をしてくださる場面があったり、なんか、まぁ、本日もかなりにぎやかでした。その割にはさほど疲れておりません。…が、とりあえず、祝杯ということにして、一人ハイボールなんかをすすっております。
2010年09月10日
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書道が好きでずっとやっていらっしゃったという大人の生徒さん。書道への深い思いを語りながら、ピアノも楽しくなっているらしく、そりゃまぁよく練習してきてくださいます。でも、若い時期はエレクトーン。今、練習する楽器もエレクトーンということもあって、ピアノに向かうと散々な結果になると。(笑)レッスンと言うものは「怒られないためにたくさん練習して、間違えなくなってからいくもの」というかたーい感覚が最近、ずいぶん薄らいできているのか、「あたし、たくさん、ピアノのレッスンに来ます。ここにきて弾かせてもらって慣れよう」と、少し前には「家でたくさん練習してから来ます」と言っていたことが変わってきました。エレクトーンで練習しすぎたら、ピアノがうまく弾けない、ということが実感できたみたいです。人生を長く生きた人が、考えを変えるのには、それ相応の時間がかかるものだと思うのですが、このごろはそういう方がどんどん新しい考え方を見せてくださったり、生徒たちがどんどんうまくなったり。本当に、そういう意味では、何の問題もないと言う感じです。書道好きなたおやかなこの生徒さんが、熱心な顔でおっしゃいました。「先生は、ここまでずっと順風満帆で、ストレートに何も問題なく来たんですよね!!」…それ以外の答えは受け付けませんと言うくらいの顔で。そうであってください、という顔で。その瞬間、「そういう風に見えるのなら、ありがたいことだよなー」と、この数年まったく感じたことのない感覚が生じました。「先生には苦労話は似合わない」とまでおっしゃるんです。前回は確か、「先生はやっぱり先生になる人なんだ」と変なトーンで言ってたような気がするけど、夢だったかのう。(笑)そう見えるなら、それで、と答えながら、なんともいえないワクワクとした感覚のようなものがよぎったのを感じました。順風満帆ストレートに見えているのがホントなら、あたし、別にもうすねたり膨れたりする必要も無いんです。(笑)いじめっ子どものことは忘れてやるっ!(笑)←まだ無理だと思うけどー。(笑)とにかく不思議なご婦人で、「先生はあたしの娘くらいの歳」と言ってみたり、「あたし、幼稚なおばあさんですけど、これからもよろしくお願いします」と言ってみたり。こちらこそ、これからもよろしくお願いしますと口を挟む余地も無く、その方はそそくさと引き上げていらっしゃいました。なんなんだよもー。(笑)よくわかんないんですけれど、とっても素敵な時間でした。なんともいえない安心感に包まれたまま、チビさんたちのレッスンに突入すれば、これまたへんてこりんだけれど、安心続きで。ただただ不思議な気分で、「なんでみんなそんなにうまく弾けるようになってきてんのさ?」とキョトンとしたままで時が過ぎていきました。もうしばらくは続きそうな、「生徒がうまく弾けないときに限って、床をドンと蹴りたくなるのが、まったくもって抑えられない病」も、生徒から適度な距離を置けばいいとわかってきたので、ちょっと離れたところから軽く声をかけるだけ。後は黙って見守るだけ。このごろでは、「おうち練習の付き合い方がめちゃくちゃうまい親御さん」までもが増えてきておりまして。思わず口から本音が飛び出しました。それも積年の恨みが一気に。(笑)「ああ、練習してこない人の相手は辛かった…」と。(笑)なんか弾いてきてさえくれていれば、なんでもいいんだけどね。弾かなくても、なんか苦しんでくれてさえいれば、なんとかしようと言う気にもなった。でも。ピアノに来て、手だけピアノに乗っけて、「うまくして」って生徒ばかりだったような感じの日々。あれはいったい、なんの因果だったんでしょうか。(笑)
2010年09月10日
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昨日は、大人の生徒さんが、ただただ泣くためだけに来たり、かわいいクソババアちゃんに説教されたり、やっぱりドタバタした日でした。クソババアちゃん、怒ってました。「あたしをいじめたヒト、みんな大嫌いだから、もう許さないんだ」と暴言を吐く私に、「そんなことじゃダメ!ひどい人はちゃんとバチ当たるから、人を嫌いになっちゃだめ!」…小5に、こんな説教されるのも、悪くないです。(笑)つたない言葉で必死に希望を持たせようとするその様は、立派です。だから、かわいくて仕方がないんですねぇ。同じ言葉が、大人から来るとダメなの。私。(笑)彼女の信じるものをつぶさないことも、また、私の務めのひとつ、と思うと、さすがのふくれっつらにも血が通うのかもしれません。…まだまだ先の長そうな話ですけれど。気づけば、私のひざの上にその怒りんぼ頭が乗っかっていたりして、感情は枯渇しつつも、悪くは無い感じでした。うちの生徒たちは、気長に私を癒してくれています。(笑)小さい人たちの癒し力はすさまじいものですが、彼ら、楽天家すぎて、彼らの言うがままだけでも人生は回っていきません。今日や明日はどんな風に回していくべきか。それは私の戦いだろうとも思い始めています。
2010年09月09日
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今日は朝から針仕事です。(笑)突然の親族の不幸に、義母が「着ていく喪服がない!!」と大騒ぎ!!(笑)でも、ひとつ、裏地を取ってしまいたいワンピースがあるらしく。幸い、そういう作業が大好きな私が、裏地を取ったり、ほつれ止めに縫い直したりしています。なんだか不思議な時間です。いろんな時期を振り返りながら、自分の行く先も見つめるような。不幸は悲しいことだけれど、久しぶりに顔をあわせる親族と、義母が穏やかな時間をすごしてくれたらいいなぁと思うんですけどね。義母のオンナ心は80過ぎても健在なんだなとも思います。とてもいいことだなぁとも。どの喪服を着るか?で、しっかり悩める義母を、素敵な女性だなと思うんですけど。男所帯を切り盛りしてきた一輪の花のような人だと思っているのですけれど、こちとら恐怖の壊れ嫁。(笑)どんな風に、私が彼女の目に映っているかは、永遠の謎です。
2010年09月08日
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1年かけて、ようやくドレミファソの音符が理解できた小さな女の子が「あたし、読めるー」と喜んでいました。小さいながらも、「読めない時期」を苦しんでいたのかもしれない、とわかるだけに、複雑でした。いまどきの子には珍しく、ひらがなも数字もまったく読めないという状態での出会いだったため、ほかの子に使えるワザが使えず、本当に時間がかかりました。でも、その分、彼女はまっすぐに「音符と音」をつなぐところまで来ています。そういうタイミングでの出会いだったから、こうなった。そして彼女はそれを喜んでいる。それが今のすべてだと思うことにします。何かを教えると言う作業は、迷い始めたらキリがない。でも、学んだ本人が喜んでいれば、それに頼るしかない。昨日も、練習皆無の中学生男子が、DSやらおしゃべりやらを挟み込みながらのレッスンの後に、「僕、やっぱり、さぼりすぎてた。なまけすぎてた」と自分で言っていたので、ちょっと笑っちゃいました。無駄のように見える作業が、時には大事。マニュアルなんてとうてい作れないほど、一人一人のたどる道は違うけれど。「僕がサボりすぎていたんだから、僕がやらなきゃ」というシンプルな部分に目をそむけさせないことも、残酷かもしれないけれど。でも、知らないままいっても、どこかでそれにぶち当たる。だとしたら、それにぶち当たるのは、周りにサポーターがたくさんいる時期に、なるべくソフトに。そんな風に思いながら、いつもよりもやさしい口調が戻ってきた自分を確かめてもいました。
2010年09月07日
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行ってしまえば、なんてことのない時間でした。行かないで悶々としていた時期を思うと、バカバカしくなるほどに。…でも、あまり早い時期に無理して行っていたら、こんな感覚にもならなかったのでしょうけれど。きれいなお姉さんたちが3人。サックスとバイオリンとピアノという組み合わせで、熱い熱い曲をゴーゴーと演奏なさっていました。少々、煩悩はあたしの頭をまわってはおりましたが。ちょうど良いくらいの集中と、ちょうど良いくらいのボーっと感でした。お客として、ライブに行って、それこそ背筋の凍るような思いもしたことがあるので、たとえそれが私の脳内だけの出来事であったとしても、あの恐怖を塗り替えられるとは思いもよりませんでした。でも、塗り替えられました。だから行ってよかったなと素直に思いました。昼間は「夜、ライブを聴きに行くんだ・・・」という思いが巡ってはいましたが、レッスン自体は、気持ち悪いほど順調。先週、知り合ったばかりの新しい生徒が、勇んでテキストを読み解いていたり、本当に驚くことばかりでした。あまり難しいことを考えられなくなったズタボロ脳ではございますが、だからこそ、平和。ライブハウスに向かうために車を停めた駐車場が、かつての戦場の真下。まだまだ電気が煌々とともる戦場の前を、こそこそとゴキブリのように通り抜けながら。私が今在る場所で、今できることのすべてをしている以上、ここを、そんなにまで恐れることもないなぁと思ったりもしました。
2010年09月04日
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12月5日の声楽クリスマスコンサートのチラシが出来上がってしまいました。とても素敵なチラシですが、今回はうっかり、私の写真も入ってしまっています。作成用にと3枚添付した写真の中でも、とびきり腹黒そうな一枚が選ばれていて、「生意気そう」「変な顔」という評価を朝からたっぷり頂いております。10年前のヒヨっ子の世の中の怖さを知らない挑戦的な顔。それも上からアングル。(笑)にらみあげています。フフンとでも言いそうな顔。だふーーーーーー。←絶命。ところが先生の顔は、とても力の抜けたエレガントなもので、チラシの雰囲気ともぴったり。素敵なチラシの一箇所だけどす黒いトグロが巻いていて、それがあたしの顔ってやつです。まぁ、あくまでも自分の顔だから、そういう風に見えるんでしょうけれど。もうすでに撃沈。実は、今日、冒険に聴きに行くことになっているライブが、思っていたよりも大きなライブっぽいことが後から判明してしまいました。おっかなくなったら、軽くお酒でも煽って代行で、なんて思っていたけれど、これは素面で早めに退散したほうがいいのではないか、あるいは、今から断ったほうがいいのではないか、なんて気持ちにもなるわけで。まぁ、その反面、お客さんがわらわらいるところで、ミジンコより小さな存在感でいられるかもな、という気もしたような気もしますが。なんで聴きに行くだけで、こんなに大騒ぎになるのさあたしのミジンコハート。ビクビクしているところに、こちらのチラシが届いてしまったものだから、とりあえず、声楽の先生に業務連絡。明るく力強い声を聴いて、このチラシのお仕事はきっちりできるように、頑張って元気に帰ってこようと思いました。
2010年09月04日
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とてもよい理解者となってくださった、「雑誌がご縁の大人の生徒さん」に誘われるままに、週末のライブハウスに、ライブを聴きにいくことになってしまいました。ライブ、と言えば、出演する側であるのが当たり前すぎて、お客さんになることも難しくなってしまったワタシの鬼門。(笑)地獄の真っ只中の時期に、お客として、とてつもなく摩訶不思議でいやな気分になった記憶も鮮やかなので、近寄ることもできずにいましたが。あれから2年半。旦那との横浜旅行などで、ほんのちょこっとだけ「お客モード」も味わったけれど、そのたびそのたび、ヒヤヒヤしていました。出るほうが楽?聴くほうが楽?きっとどちらも難しい今の私。だけど、なぜ、単なるライブすら楽しめなくなるほどの拷問に、身をゆだねていなくてはいけないのか。確かに、バランスを崩すのは怖いけれど、このまま余生を安全運転だけでいけるのか。出演するたびに、肝っ玉が縮み上がるような恐怖に耐えるのでは、何のために生きているのかさえわからなくなる。そんな気持ちで、「ライブにあたしも行ってもいいですか」と尋ね、快諾され。いつもどおりの一日を終え、ビール片手にテレビをつけると、これまたすさまじいタイミングでテレビから流れる歌伴のジャズピアノ。(笑)私の耳に心地よい音色。ワタシの心には不協和音。「こんなことをド素人に要求されていたんだ」という気持ち。そんな無茶な!!という言葉は、ワタシに対して?あるいはオーナーに対して?私も確かに頑張りすぎた。でも・・・。あまりに濃厚な地獄の日々の記憶を、ハイボールで麻痺させながらたどりました。今でも私はこんな風には弾けない。だけど、街角で当たり前のように流れるBGMすら冷静に聴けないほどの地獄に叩き落される必要があったのだろうか。いくらヒヨっこがバカであったとしても。どう考えても理不尽な扱いではなかったのか。答えの出ない問題だけど、あたしはあたしの人生を、少しでもハッピーなものにしなくては、飽きてしまうから。あまりにジャズジャズしていないらしいライブってやつを、おとなしく楽しんできたいと思っています。本日は、2歳くらいのおチビさんに、ここに座れ、あたしのピアノを聴け、と指示され、その子のお姉ちゃんのレッスン後に、愉快な時間を過ごすことができました。ちっちゃなおばちゃんみたいなかわいいその子は、ピアノを叩いて、その次には「ぽんぽんを見せる」くらいの愉快な人ですが。その無邪気な時間に笑い転げる私。先週、ちっちゃなドロちゃんだった生徒も、複雑そうながらも本日、素直に過ごしていましたし。まぁ、あたしはあたしのやり方で突っ走るんだろうなと思った一日でした。
2010年09月03日
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何かを「やってみて」と言うと徹底的に、その反対のことをする小さな男子がおりまして。多分、彼も、そうせざるを得ないと言うか、なぜそうなってしまうのか、本人もわからないところで動いているようなところもありましたので。「発表会、お友達も出るんだから。そこでかっこよく弾くには、あなたの協力が必要」とさっぱりと言ってみたところ、効き目抜群…。ハァーーーーー。幼稚園男子相手ではございますが。なんの問題もなくレッスンが流れていくこの状況にいたるまでに、いったいどれだけの無駄足を…と思うと、ちっともうれしくありませんでした。(笑)別の幼稚園児のレッスンをしていても思ったことですが、おチビさんたちって、小さくてかわいいんだけど、決して、それだけじゃないっていう気がしました。ヤツら、決して、おバカちゃん扱いできるような相手ではないというのかなぁ。いい意味の大人扱いのようなものをしていかないと、こちらが磨り減るだけで、何も良い方へ行かない感じ。でも、合間合間に挟み込む、無邪気極まりないおふざけも不可欠…。あの人たちの注意を引き続けることは、本当に何より難しいことのような気がします。彼らとの時間が安定してくると、逆に大人との時間がまた難しくて。「え?本当にそんな単純なことが見えないんですか??」ということの多さ。それを、気分を損ねずに伝えることの難しさたるや。(笑)仕方が無いから、あたしはどんどんバカになるしかない。いやだけど。(笑)それでも、すさまじいまでの「自分さん」たちに、支配され、彼女たちの自尊心を肯定し続けていた時期。それこそ、いいことなんか何もなかった時期。彼女たちに歯向かうことはできなかったけれど、偉い人だろうがなんだろうが、「我しかここに無し」な人たちは、自分以外をどこまでつぶすかということに関して「ノー限界」であることは、本当によくわかりました。彼女たちのためには、二度と尽くせない。なぜなら焼き尽くされるから。その辺りの覚悟は、いまだに軽く揺らいだりしますが。彼女たちもまた、「なぜそこまでしてしまうのか、自分ではわからない」というところだと思えば思うほど。それでも、批判を重ねられ、無理を強いられ、際限なく続く要求に屈する力がゼロに等しくなった今。心地よい人、心地よい時間だけを探すしかできないことが、今の私のすべて。無事に心地よさが続くと、ソワソワしてきてしまって、「このままでいいの?」とこれまた危険地帯に足を踏み込みたくなるサガのようなものもあるけれど。そこでこそ、じっと我慢するような感覚が必要な気もします。縁の途絶えた友人に、これ以上ないほどにまで謝られ、息子が会いたがっている、と言われたけれど、その友人との最終戦(笑)をご存知な声楽の先生は、静かにおっしゃってました。「もう、あなたがその友人のために何かをする必要はない」近づけば、心が折れる。その心がどちらのものなのかはわかりませんが。ワタシが折れたら、私が終わる。だから近づかない。そんな寂しい実感もまた、人生にはあるんだよなぁと思ったりもしました。
2010年09月03日
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生徒たちのワガママにも、相当慣れてきたようで、イライラ四天王(←ワタシをいろんな意味で消耗させる奴ら。4人どころの騒ぎではありませんが)にも、穏やかな態度で対応できるようになりました。…まぁ、目は合わせませんし、心のこもっていない言葉しか出てきませんが。人を根本からぶっ潰すようなことを言っておいて、心のこもったアドバイスがもらえないとしても、それはこちらのせいではないというところです。ぶっ潰され返されないだけでも、ホッとしてくださいって感じ。結局、空き時間はポーっと孤独にすごし、レッスンではなんとか頑張って、夜は飲んで寝ちゃいましょうよというサイクルが、とても穏やかにまわっています。「おばあちゃんになるまで友達」でいたいらしいクソババアちゃんは、かわいいワガママを暴発していましたが。まったくもって、腹が立ちません。それよりも、その無邪気な様に笑い転げるばかり。ようやくきちんと練習できるようになったところですが、今回はリズムを間違えて練習。頑張った練習が間違えていたことに、荒れ狂っておりましたが、それがあなたの今の実力です。実感して、もうちょっと素直に人の話を聞くようになってください。何がどうなっているのか、妙なプライドめいた防御壁の向こうにいる姉妹。これもまた、なかなか愛せないどころか、一言一言イラつかされる達人姉妹ですが、小さな妹が昨日、「練習忘れた」←いっちょまえの言い方ですね。やる気もなかったくせに!←決め付け。「あーあ、あたしってダメね」…という名言を吐き出したので、憎さ軽減。反省が見えれば、こちらだって怒れなくなるでしょ?と、姉にも聞こえるように言う。←あたしのイヤらしいやり方。この程度で「四天王にエレガントに対応できた」と自分肯定に入っていかなくては、こちらのハートが持ちません。しかし、この姉妹の良い点を親御さんに伝えるくらいの元気は出ました。「あーあ、あたしってダメね」の一言で。(笑)
2010年09月02日
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突然の夕刻の雨が、津波のように襲ってきたとき。これまで何度も水没しかけた教室の隅っこから、またもや湧き水。3階建ての1階で、雨漏りがするんです。それも、下から湧いてくる。あーもう何度目だ。柱をつたって、横殴りの雨が入るんでしょう…とは何度も言われ、何度も直してもらいましたが、何度も直らず。さすがにこちらも慣れてきて、水浸しを避けるために、カーペットをまくりあげ、バスタオルを敷き…。管理人さんに電話。どう考えたって構造に欠陥があるでしょう?なこの事務所を建てた建設会社の社長は、どこかに消えたという噂。倒産後、オーナーも管理会社も変わったこの事務所で、変わらない作業を繰り返す自分。…うううううん。こんなに短い期間でも、いろいろあるのが人生ね。新しい管理会社のいいところは、「とにかくすぐ、誰かが来てくれること」直してくれるわけではなくても、現場を一緒に見てくれる人がいるほうがほっとします。今回は、レッスン後、公文に行かなくちゃならないはずのジャガー王子が、おお張り切り。湧き水教室をリアルに見守った彼は、管理会社の方が来るまで「僕がいなくちゃ」と思ったのかなんなのか。公文になんか、行きゃしない。やさしそうな管理会社の方が見えたとたん、ジャガー王子は愛らしいクレーマーに変身して、ここから水が湧き出て、あそこのエアコンのところの隙間から水が入って、ここの柱と床の間には隙間ができてる!と、あたしなら到底言えない様なクレームを…。(笑)管理会社の方も、穏やかに「ああそうなのか。ありがとう」と彼に付き合ってくださり。なんかもう、すみませんね。と、お互いに、どうにもならないところで、言葉を交わし。バスタオルを絞ってくださったり、まぁ、なんというかその、焼け石に水的な作業にお付き合いいただきました。すっかり電池切れのあたしは、最後の横綱レッスンでも、どこのおばあちゃんかと思うようなゆったり具合。彼女が一生懸命練習したらしいのもよくわかりました。こうなると、日ごろの練習不足時のいざこざや、遠い地獄の暴言に噛み付く気にもならず。「また、練習がはかどらなくなったら、教えて。なんか考えるから」という、品の良い?アドバイスもできました。…というか、もう、それしかできない、って感じなんですけど。はぁ、なんとか今日も一日終わった、と思った風呂上り。適度に酒の回った気分で携帯を探すと…なーーーーーーい!!(笑)ああ、教室か、と、そそくさと自転車を飛ばし教室へ。まぁ、浸水教室の様子も見たかったし。…ところが、携帯なんて教室には見当たらず。よくある話で、携帯は帰宅時に、ちょっとだけ見えにくい場所に放り出しただけのこと。無駄足の風呂上り。涼しくなった夜風に吹かれながら、考えていたのはただ単に「あー、このバカ脳、もうこれ以上は治んないんじゃないかしら」くらいでした。平和っちゃ、平和です。あたしを地獄のどん底に突き落とした人々の顔は、いつものように脳内をよぎりましたけれど。ま、それすらもちょっとめんどくさくなるほど、時は過ぎてしまったようです。
2010年09月01日
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