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一言でいえば、「頼るべき権威性」とか「確たる信憑性」を以って、ある種の事柄を判定出来ないとき、急速に膨れ上がって来る、こうした児戯めいた「空気」に対して、今どきの大人は誰も抗えない、あるいは振り回されてしまうということなのです。なぜ、そうなるのか?について、簡単に「政府が基準を示さないから」といったような、他の理由をいろいろ探しても何の益ももたらしません(京都の市長さんまで、その手のことを言っているのです。情けないですね)。 要は、誰のせいにも出来ない事柄に対して、敢えてそれを「引き受ける」人がいない、ということが問題の核心なのだと思う。児戯めいた議論を吹っかけてくる相手に対して、立ち向かう術というのは、敢えてそれを「引き受ける姿勢」を維持し続ける態度しかないのです。それを例えば「保存会」の皆さんに求めるのは、この団体が「伝統保存」とか、直接的な「利益団体」ではない、という点において絶対にムリでしょう。仮に「大文字焼き保存会」が、この行事において直接的な利益を得る「営利団体」、あるいは「私企業」であったならば、利益を最大化するという企業の論理に沿って、その代表は敢えて「事態を引き受ける」ことを厭わなかったかもしれません。 直接的な利益がないにもかかわらず、こうした「引き受けるマインド」を保持できるのは、じつは真の意味での「エリート(選抜された者)」だけであって、親睦会とは言わないにしても、いわば緩やかな「有志連合」のような団体に、それを求めるのは荷が重いというか、最初からそのような「召命」は求められていないのです。 しかし、日本にはそうした一見無益に思える事柄に対しても、黙ってその役柄を引き受けることを厭わないような精神が、当り前にあったような気もするのですが、昭和の何時のころからか、そうした人種あるいは階層の認知は、社会通念としては共有されなくなってしまいました。 私は何も少数の「哲人」による統治とか社会を推奨しているわけではありません。しかし、かつての日本が、「武士」という名の「敢えて事態を引き受けるべき階層」の存在を、社会的に認知していたのもまた事実なので、明治国家というのが、表向きの近代国家の体裁とは裏腹に、そうした「事柄を引き受ける階層」のマインドの存在によって支えられていたことも間違いないのです。これは一部のエリート層が突出して優れていた、ということを意味しません。そうした階層を社会的に認知するシステムが、統治される側にも等分に理解されていた、ということを言っているわけで、エリートというのはエリート以外からの支持や認知がない限り、存在し得ないあり方なのです。 江戸の世にあって、なぜ何も生産をしない「士族階級」を、一般社会が認知していたのか?あるいはこの階層を「役人」に祀り上げていたのか?それはたぶん、今回の「送り火騒動」や、あるいはその根本原因である「放射能汚染」のような先の見えない事態が生じたとき、「敢えてそれを引き受ける人たち」を社会が認容していないと、先に見た「児戯めいた論理」によってさえ、この世の社会制度とかモラルは簡単に崩れ去るということを、江戸期の人たちは経験的に知っていたのだと思う。 太平楽の世にあって、なぜ士族階級には「武道」が推奨されたのか(まあ中味的には、「切腹」の作法にしても、かなり形骸化していたとはいえ)?それは「武道」によってもたらされる益が、たんに「戦いの手段」の向上ではもちろんなく(戦国の世は、とっくに過ぎ去っていたのです)、「精神修養」の意味合いに価値を認めていたからなのですが、ここに言う「精神修養」とは偏頗な「精神主義」とは、たぶん全然違う在りかただったろう、と私は思うのです。 これもまた他のところで少し触れたことがあるのですが、おそらく「武道」の目的は、どう振るまうかのか先の予測出来ない「他者」、あるいは「異物」への、瞬時の対処のしかたを練磨するのであって、そこで頼りになるのは自身の「身体の感覚」のみである。「身体」の耐えざる練磨こそ、他者・異物に対する鋭敏な「嗅覚」を育てるのであって、それによって初めて他者・異物との「共存」を図ること出来る。「武道」が目指したのは、結局そうした「身体性」に裏打ちされた他者・異物との付き合いかたを、身につける場であったかとも思われ、簡単に我が身の「私」を去って「公」の精神となる、ということではないのです。 おそらく、そうした二項対立的な在りかたを止揚したような、つまり「公」であると同時に、その振るまいがそのまま「私」そのものであるという、そのような「身体性」を目指したのだと思う。何だか小難しい話になっていますが、素人目に見てもこうした「修養」の出来る人は、この世にそういるわけではなくて、江戸期の人たちも充分それは分かっていたでしょう。かなりのムダがあると知りつつ、敢えて非生産者階級を保持し、なおかつそれに一定の価値を認めていたというのは、先の見えない局面において「敢えて割の合わない事柄を引き受けてもらう」立場の人を認知しておかないと、この世の仕組みは立ち行かないという考えかたを社会が持っていたということで、とすれば、これはかなり成熟したマインドを持った社会だったのではないか、ということになりますね。― つづく ―
2011.08.29
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先が見えない状況が周囲に蔓延している時、にわかに膨れ上がってくるような、妙に分かりやすい「空気」というのは、たいてい怪しいと見破れるような心の「構え」が要るのです。それを私は「大人の常識」あるいは「都市的目線」と呼ぶのですが、山本七平さんふうに言えば、「ある種のムードに水をかける」というような態度を言います。「水をかけられた」途端に、熱病のように蔓延していたムードは、なぜか一挙に雲散霧消して、後になってなぜそういう「空気」に引っ張られたのか、誰も説明出来ない。あるいはそうしたかつての「空気」自体見ることを拒んでしまう。 戦前の日本が、関東大震災以後の経済政策に失敗して、長い不景気にあえいでいた時、「満蒙は日本の生命線」という言葉は、ほとんど議論の余地ない前提として、当時の日本人には受け入れられていたようです。しかし大半の資源を海外に頼る日本経済が、ブロック化した「閉じた経済圏」を構成すれば、国際的な孤立を招きむしろ国自体が立ち行かなくなるという認識は、ある程度の識者や政治家・軍人は持っていたはず(実際そうなりました)なのですが、彼らが声高にそれを主張した形跡はありません。 敗戦後になって「あの時はこうだった」とか「私はこう思っていた」といったしたり顔の議論は、少なくとも国の中枢にあって多少とも日本の立ち位置を、他よりも客観的に知ることの出来た人たちには、それを言ってほしくない。これは何も政治家だけではない、旧軍人さんや経済界・新聞マスコミ大手、つまり「満蒙は日本の生命線」という「空気」の醸成に加担した組織すべてをいいます。 こうした雑駁な論理に対抗するに、昔風の「反戦思想」や「平和主義」はまったく説得性を持ちません。なぜなら「反戦」や「平和」は、目下の景気浮揚つまり国民の生活改善には、どう見てもすぐに繋がるようには見えないからです。むしろ当時の軍人たちが呼号する社会政策のほうが、大半の国民にはよほど耳心地が良かった。当時、日本軍は国民からの支持に結構気を使っていたし、今想像するより、はるかに大衆的人気もあったというのは、加藤陽子さんのいくつかの本に詳しいですね。そうした「みんな支持していたではないか」という「空気」を根拠に、今どきでも当時の戦争を是とする人たちがあとを絶たないのです。 では、今でもそれを声高に主張する人たちに、私はただちに次のような対論を立てることが出来る。当時の戦争遂行責任者が、政治家も軍人も誰一人「勝てる見通し」を持っていなかった今次大戦に関して、当時の文脈に厳密に沿った上で、あなたがたは明晰な「日本の勝てるプラン」を、今の私たちに示せるのか?と。 「連合艦隊、かく戦わば」式の陳腐な「タラ・レバ」式戦術論ではなく、当時の経済金融・軍事・民力(教育レベル)などすべてを含んだ「国力」を前提とした上で、戦略的に「勝てたはずのプラン」を出して下さい。こうしたシミュレーションは、「国姓爺合戦」ばりの景気のいい戦術シミュレーションを打ち上げたり、「日本も悪いが、アメリカも悪い(出来れば、もっと悪い)」式の論法を繰り返すよりは、よほど今どきの日本にとって値打ちがあると思いますよ。 さて、話がだいぶ逸れてしまい、ちっとも「五山送り火」騒動の話と関係がないんじゃないの、と思われてしまいそうですが、放射能汚染の先が見えないという状況から、今回の騒動の「空気」が急速に醸成されていった過程は、児戯めいた議論に大人が太刀打ち出来なくなって行く、という「構造」において驚くほどその形成過程が似ているでしょう。 異を立てているクレーマーたちの振りまわす論理は、冷静によく考えてみると、やはりおかしい。これは先のブログでも話したので詳しくはしませんが、「陸前高田の松が汚染されている」と言うなら、「京都の松も、全部調べてほしい(調べるべきだ)」という話にならないとその理屈は通らないのです。そこまで話を進めることによって、彼らの主張は「大人の議論」になるべきなのですが、それをしない。そして同じクレームの中に「琵琶湖が汚染されて、水道が飲めなくなる」といった文面が並ぶようでは、いずれどこかの「頑迷な環境主義者」か「SF的誇大妄想」に取り付かれた子供の論理を振りまわしている人間だと喝破するのは、そんなに難しくはありません。 それをそうでなくさせていった過程というのは、何だったのか?― つづく ―
2011.08.27
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このあたりの言うに言われぬ「ムード」の醸成というのは、あるいは戦前の政治家たちの立ち居振るまいと似たところがあったかもしれない。誰に説得されてというわけでなく、何となく「開戦モード」が広がっていって、気がついてみたら誰も止められなくなっている。で、なぜそうなったのか?と敗戦後に説明を求められても、誰もそれとハッキリ言明することが出来ない、というまことに妙な「空気」なのです。 先日のやはりNHKの特集番組で、開戦時に勝利を意識していた日本国の政府当局・軍関係者は一人もいなかった、ということでした。最初から勝利を意識し得ない戦争を、「仕方なくやってしまった」「止むを得なかった」というのは、どういう心理的経路と合意形成をもってかもし出されて来るのか?このあたりをかなり追求されていたのが、例の山本七平さんですが、要は「空気」というのはそれが破裂した瞬間、跡形も消えてなくなってしまうわけで、後になってからでは、なぜそういう空気になったのか誰もそれを説明出来ない、という厄介な代物なのでした。 こうした「空気」の醸成の中味については、それこそ簡単に話出来ることではないので、ここではしません(これについては、前に「いわゆる戦争報道について」という長い話でしたことがあります)が、「保存会」のケースで間違いないのは、相手が眼に見えない放射能汚染であること、そしてその出来が今だに決着せずに継続していること、の二点が底流としてあったでしょう。さらに言うと、この「大文字焼き保存会」という団体自身の主意というのが、「伝統行事保存」というよりも、今でははるかに「観光事業」主体としての合意形成を主としていただろう、というところがあるのです(重ねて言いますが、だから「保存会」のありかたが間違っている、ということを言っているわけではありません)。 少なくとも上に見たような要素が絡んで、はじめ大人の常識で進んでいた話し合いが、途中から子供の意見に支配され、しかも誰もそれに反論出来ない、という「空気」になって行ったと思うのです。「伝統行事保存」の主意が毅然として屹立しているのであれば、誰もこうしたクレームに耳を貸さなかったでしょう。しかし他の京都の伝統行事の多くがそうであるように、今やそれらの「観光事業化」というのは避け難い。「これは宗教行為に基づいた伝統行事」だから聞く必要はない、と無下に突っぱねるのは、観光都市の現実問題として無理なところがあるのです。 このあたり、「保存会」そのものの立ち位置が微妙であったことが、自ら紛糾を招いてしまう原因となったのではないかとも思え、それは何度も言うように戦前の政治機構が、いったい誰のための統治機構なのか、まるきり判然としないまま事に漫然と対処した結果、最終的な破局を招いた経緯と驚くほど似ているのです。 「何を、大げさな!」と一喝されるかもしれませんが、「保存会」の理事長さんを見ていても、誰も悪意や個人的利得、はては我が身の保身などを見て取ることは出来ないでしょう。むしろ「陸前高田の松を何とか供養したい」という誠実さは、他の理事の皆さんも含めてその言動や行動によく現れている。これまた戦前の政治家・軍人の振るまいを、今どきの論理で一意的に非難出来ない状況とよく似ている。彼らは個人個人としては、概ね誠実に一生懸命振るまっていたのです(別に彼らを擁護しているわけではありません)。肝心なのは個人個人の振るまいは一生懸命であっても、組織集団としての振るまいが、全体として間違った方向に動いている時、それを指摘し気づかせるシステムあるいは思想が、日本には制度的慣習的にないということなのです。誰一人怠けていたとか、悪意を抱いて組織を壟断したという意識がないにもかかわらず、結果的にかつては「日本国自体を壊した」、今回は「東日本の被災民を、執拗に何度も傷つけた」ということです。 では私たちは、今回の騒動で何を反省すべきなのか?― つづく ―
2011.08.26
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「五山の送り火」騒動に絡む話は、先日で終わりにしたのですが、その記事内容をあるところに投稿したところが、二、三のコメントがありました。それに対する答えということではないのですが、ここで改めて感じることというのは、「放射能汚染」というものに対して、思いのほか多くの人が色濃く不安を抱いているらしいということで、であるからこそ、ああした児戯めいたクレームに誰も正面切って反対出来ない。否、むしろ(自ら)説得されてしまうという構図を見止めてしまうのです。 私がここで申し上げたいのは、以下の二点です。1.「放射能汚染」への不安は、誰しも持っている(何も今回のクレーマーだけではない)。2.ただし今回のクレームの言明のしかたには、「他者への配慮」が豪も感じられない。ということです。 二点とも肝心なことなのですが、眼に見えない汚染への不安感ということに関して、「そんなの絶対に大丈夫ですよ!」などと強弁するつもりは、もちろん私にはありません。その筋の専門家ではないうえに、その専門家だって論理的に筋道だった説明をしているわけではない。どうも原子力と放射能の専門家というのは、今もって党派性や政治性の臭みから、充分に免れているとは言えないので、むしろ現段階では中味を聞けば聞くほど、分けが分からなくなってしまうというしかけになっているのです。 では、なぜ「ハッキリ大丈夫!」と言明出来ないのにもかかわらず、「このクレームのしかたは間違っている」と言えるのかといえば、それは自分自身の感覚という他はない。で、実際の世の中には、他からの検証を受けずして、自分で判断せざるを得ない、という事象はいくらでもあるのです。私は個人的にはこんな話は、それこそ「お話にならないほどに、児戯めいた誇大妄想」と思っています。ただし何度も言うように、それを他人に強要するつもりはありません。根拠となるものは、ほとんど個人的な経験としか言いようのないものであるし、その中味などわざわざひけらかすほどのものではない。普通の常識を持った大人であれば、誰でも共有している理路なのだと思う。 不安を誰しも多かれ少なかれ抱いていることなど、それこそ誰でも分かっている。大事なのはそれを外に公言する場合、どこまで他者に対して配慮をしているか?という「内省の構え」が、通常の社会生活には不可欠だということなのです。大人の常識人なら、人にあれこれ言われる前に、体質としてまずそこから考える。したがって自身が内包する不安感を、むやみにはなはだシドケナイかたちで表明するのは、大人気なくて「ためらい」を感じてしまうものなのです。このクレーマーの言明に他者への配慮が著しく欠けている、というのはこのことなので、自分が不安を持つのはいい(誰でも不安)、しかしその不安をこういう言明のしかたでした場合、聞くほうはどう思うか(なかんずく東北の被災者たちは)、という深慮はここから先もない、つまり大人の言明ではない、子供の論理を振りまわしている、ということになりはしませんか? それにしてもこの騒ぎの発端から、これらクレーマーの言明のしかたに関して、ごく常識的に「大人気ない」とか「自己チュー」といった意見があったはずなのですが、なぜ最終的に「保存会」は中止を決定したのか?これに関して先日NHKの京都放送局が、識者を交えて特集を組んでいましたが、なかなか面白かった。というのも「保存会」自身が当初は上に見たような常識的な判断をしていたのにもかかわらず、話し合いを重ねるにつれ、だんだん中止の方向に全体のムードが傾いていったというのです。 先日のブログでも触れましたが、「保存会」の皆さんの中にも、少数ながら不安を訴える人がいて(私はその人たちを非難する気はありません。多様な意見が出るのは、むしろ好いことです)、その声に強力に説得されてというよりも、おそらくその不安顔が伝染病のようにして、「保存会」全体を浸して行ったのではないか、と私はじつは疑っているのです。― つづく ―
2011.08.25
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みたび、千年の都が、聞いて呆れる! 今回で、この話はおわりにしたいと思います。「都の矜持」とは、いったい何なのだろう?といったことなのですが。 私は京都という街が、好い意味でも悪い意味でも「都市的住民のセンス」を持った、日本で唯一の街だと思っているのです。ここで言う「都市的住民のセンス」とは、「他者」ないし「異物」とみなされるものに対して、ゆるやかなバリアを張りながらも、一見悠揚と受け入れる、そうした外部から見ればかなりハナモチならない、場合によっては「許し難い」振るまいに見えながら、なおかつそれらを平然とやってみせる(ほかない)感覚のことを言うのですが、なぜそれをやってのけることが出来るのかというと、それは京都という都市の1000年の歴史そのものから、としか言いようのないものでしょう。 京都人はそのありかを外部に向かって、ハッキリと言明することは出来ない(たぶんその理由について、都人は仔細をほとんど知らない)けれども、集団的に染みついた振るまいかたとして、図らずも思わず出てしまう。前に少し触れて中断し、なおかついずれ詳しく話さねばならないだろうと思っていることというのが、この、世にいう京都人の振るまいかたに関する話なのです。 このたびのような児戯めいた誇大妄想的クレームが出て来た場合、都人というのはどのように対処するものでしょうか?それはたぶん、粛々と黙殺するか、「そない騒がんかて、よろしいやろ」で済ませてしまうべき事柄だったのだと思う。 さて、私が今回のクレーマーのことを、何度も「誇大妄想症」とか「バカ」と呼び習わしていることについて、あるいは異論のある方がおられるかもしれません。 そうなのです。この問題の厄介で、ある意味事柄の核心をなしているのは、ひょっとするとこの部分であるかも知れず、もう少し私の考えかたをハッキリさせておく必要があるかもしれません。ここで大事なのは、このクレーマーの素振りを、当初から受け手側は(保存会の人たちも含めて)善意を以って行っていると、勝手に思っている(思い込まされている)ことです。もう一つ言っておくと、このクレーマー自身、自分がまるきり善意で異議申立てをしたと思っていて、何一つ疑いを抱いていないのではないか、ということなのです(もし仮に、このクレーマーが赤子持ちのお母さんだったら、その可能性はかなり高くなります)。 しかし、このクレームが出た時、まず最初に「では陸前高田や福島の人たち(つまり東北の人たち)は、これを聞いてどう思うだろうか?」という配慮が、ここには決定的に欠けている、と気付くのにそんなに困難があるはずがない。私が指摘したいのは、であるにも拘わらず、「保存会」の皆さんが自分たちで判断するのを避けて、言わば逃げを打つかたちで「サンプル検査します」と受けてしまったことなのです。ここでの思考回路は、ある意味「お役所的」発想で、専門家のお墨付きを得ることで責任回避する、という安易な思考が伏流していたのではないか?ちょっとキツイ言い方かもしれませんが。 一般的にこの手のクレーマーたちの特徴は、事の真偽以上に事に対する「相手の姿勢や素ぶりを見ている」ので、この時点で彼らは「これなら、もっとツッコめる」と見たのです。 しかし仮にそれがどれだけマジメを装った素振りの中味であっても、それをまともに聞いた場合に、次どのような問題が惹起して来るかはについては、うわべの気分を排して冷徹に判断しなければならない。で、その判断を支える基準とは、何度も言うように「大人の常識」といったものです。この場合の「大人」とは知性とか思考力とか、そういった種類のものではなく、長い長い娑婆の経験を経た、あるいは長い歴史に裏付けられて、街中であたりまえに共有されている「大人の常識」といったものです。 何度も言いますが、こうした本人もまるで気付いていない「悪意のクレーム」というのは、世の中にはいつの時代どこの地域にも必ずあるので、要はそうした事態が発生した時、どの世間的レベルでそれを抑えられるか、というのは、まさしくその地域社会の成熟度あるは耐性度を示しているわけで、それをなし得るのは、先ほど申し上げた「大人の常識度」が、どれだけ街中に共有されているかによって決まります。 こうした「他者」とか「異物」に対する「非寛容さ」こそ、都市的感覚からもっとも懸け離れた振るまいでしょう。爾来、ニューヨーカーとかパリジャンといった都市住民というのが、周辺住民から見れば、そのあまりに底深い受容性と、見かけ乾いた人間関係性のゆえに、「悪魔的に特殊」で「許し難い」奴らに映るというのも、むべなるところがあるのです。しかしニューヨークやロンドンやパリが、そうした「悪魔的に特殊」な危険(例えばテロとか革命)さえも受容することによって、その「世界都市」としての魅力を周辺に放ち続けて来たことも、これまた事実であって、私の見立て違いでなければ、京都もまたそうした底深い受容性を引き受けられる都市的性格を持った街なのです。 それが証拠に京都の企業は、容易に本拠を離れないでしょう。なぜ離れないのかといえば、もちろん神社仏閣がたくさんあって結構だからというのではなく、京都にいるほうが企業戦略に必要な「世界性の眼」を、他より多く涵養することが出来ると見ているからだと思うのです。これは日夜生き死にがかかった私企業にとっては、かなり覚悟を要する選択であって(人・モノ・情報の質量においては、京都は明らかに不利なのです)今回の一件はそうした企業にとっては、冷水を浴びせられたような感じがあるでしょう。 ひらたく言えば、今回のような一件で、京都が他によくある一地方観光都市に成り下がるのか、よくよく吟味して依然として1000年の都の矜持を保っていくか、の選択に迫られているということです。「そない、騒がんでよろしい」で、テロや放射能や革命勢力を受容出来る街は、同時に世界都市の栄光もまた背負っていくことが出来ますが、「一見さんはゴメンしとくなはれ」で排除するならば、それはフクシマ以後いっせいに日本から引き上げた、東アジアの住民と同じ感覚に陥っているということになるでしょう。 何だか「送り火」を前にして、はなはだ後味の悪い話になってしまいました。すいません。
2011.08.16
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ふたたび、千年の都が、聞いて呆れる! と、こう、かなり興奮して「送り火」の話をしたまさにその当日、仲裁に入った形の京都市長の「送り火」再断念の表明がなされました。理由は再度届けられた薪500本の皮からセシウムが検出されたからとのこと。大事なのは検出の量ではなく(そもそも焚き火に含まれる放射線の基準値など存在しない)、「放射線があるのかないのかだけでしか判断しようがないので、こうなりました。残念です。断腸の思いです」ということなのですが、皆さんはどう思われます? そもそもの騒ぎの発端であるクレーマーの皆さんは、「それ見たか!」ということなのでしょうが、あなた方の撒いた傷は大きいし、その傷を引き受ける気はもちろんあなた方にはないでしょう。「だって、正しかったジャン!何で引き受けないかんのや?」ということになるのでしょうが、そういうふうな発想を振り回すあなた方の論理が、どういうふうな矛盾を含んでいて、その結果がこれからもたらすであろう不毛な理路を、以下に書き記しておこうと思うのです。 これから話する内容はかなりキツイし、私自身しんどいのですが、先日あのような文を書いた以上、やはり始末だけは付けておきたい。 それにしても今回、またしても改めて知らされた事というのが、自然とは人間の思念とか感性とかにはまったく関係なく、常に事実だけを開示して、その説明は一切しないということです(あたりまえですが)。考えてみればフクシマから撒き散らされた放射性物質は、きわめて当たりまえの自然法則によって、濃度の違いはあるにせよ広範に飛散しているのであって、それは何も200キロ離れた陸前高田であろうが、800キロ離れた京都であろうが関係ない。 もしクレーマーの皆さんが「東北の薪は、汚染されているかもしれないから、燃やさないでほしい」というのなら、論理的には「送り火で燃やす、すべての薪を検査せよ」と「保存会」に要求してもおかしくない。皆さんはそれを言うのですか?で、それを言って例によって「保存会」が検査をし、放射能がたとえ微量でも検出された場合(99.9%検出されるでしょう)、あなた方はどういう要求をするのですか?それは「今年の送り火は、止めてほしい」という結論になるのじゃないですか?では、その結果を、あなた方は「引き受ける」気があるのですか?ということになるでしょう。 私は上の理屈が充分筋の通ったものであれば、別に中止にしても構わないと思っています。しかしもし、ここに筋の通らない部分や違和感を感じるとすれば、その中味こそ充分吟味すべきでしょう。 さて、私がそもそもこうしたクレームに違和感を感じている、根っこの感覚というのは、要はこれらがすべて「排除の論理に従っている」というところにあるのです。「排除の論理」の典型的な事例というのは、例えば「嫌煙権」なるもの。そもそもが個人の嗜好と責任に属する問題が、伏流煙やCO2にまでかこつけて、組織的に排除してしまおうとする態度を言います。何も肺気腫の危険や環境汚染を否定しているわけではありません。それらを一切合財一まとめにして社会的に抹殺してしまおう、という思考の乱雑さ、あるいは貧しさを言っているのです。こういう思考態度からは「他者を認める」という筋が見えてこない。 同じような雑駁な議論が、ここ最近ほとんど恒例化している「中国バッシング」でしょう。例の中国新幹線事故に対するマスコミ評論家の口ぶりは、まるで日本の「新幹線は絶対安全」ということを所与の前提にして言っている。この自信過剰ぶりはどこから来るのだろう、とさえ思ってしまいますね。つい先ほど「絶対安全神話」の牙城が無残に崩れ去ったにも拘らず、です。 我が国の新幹線システムは、「中国のとはまったく別」だから、という論法には、きわめて乱暴な「排除の論理」が伏流している。事故状況を見て、いったいどれぐらいのスピードで追突したのか、なぜ前4両だけが脱線落下したのか、つまり破壊はどのように進んだのか、といった専門的な分析をせずに、不慣れなシステムの無謀な運用といった議論で事を済ませてしまっては、実体は何も見えてこないし、さらに言うなら、来るべき日本の新幹線事故に対して何の益になる情報ももたらさない。 「そんな事故など、起こるわけがない」と決めつけて、何も情報を分析しないのなら、おそらくフクシマと同じ失敗を、ふたたび犯すことになるでしょう。 ちなみに、1998年に起ったドイツ高速鉄道のエシェデ鉄道事故では、高速走行中の車輪が、金属疲労で突然破壊して、おびただしい死者を出したのです。その時100人という死者数以上に衝撃だったのは、高速のままで列車が突っ込んだ場合、どのような車両破壊が起こるか、とうことでした。今回の追突事故は、明らかに低速事故であり(ひょっとすると福知山線事故より低速?)、であるならどのような状況で追突し、どのように破壊して行ったかの分析は、専門家の方なら写真だけでもある程度想像出来るはずです。 しかし出て来るのは、どうも中国新幹線の技術レベルとか運用の無理といった、要は「中国蔑視」を含意したもの言いであり、世界共通に起り得る車両事故の中味に関して一切分析がない。ひらたく言えば「中国の事は、別。参考にならない」といった「排除の論理」が伏流しているのです。 世の中というのは、多少の異和を伴いながらも、それを認めつつ維持されていくというのが、通常「大人」の捉える生活観ですが、これらにはそれがない。それがもたらす結果というのが、はなはだ「地域エゴ」に満ちた「窮屈な社会」であっても、「排除の論理」を貫徹するかぎり、人というのは「オタク」に籠もらざるを得ない。もちろん「それでおおいに結構じゃないか」と思っている人もいるのでしょう。 「排除の論理」に伏流しているのは、何度も言うように「他者への不寛容」です。このたびの事例に即して言えば、京都人から見れば、東北は全部一緒に見えている(ように見られている)。フクシマも陸前高田も十把一絡げに「同じ東北だから、危ない」「だから検査してほしい」「サンプル検査では信用できない」「琵琶湖が汚染されたら、水が飲めない」という誇大妄想的論理に展開するのです。そもそもの発想に、三陸にも福島にもそれぞれの多様な歴史と生活の営みがあるという、単純な事実をすっ飛ばして乱暴な議論を持ち出すという、基本的な思考の貧しさ、あるいは配慮のなさが、相手を傷つけているわけで、「燃す、燃さない」の話ではない。 だいたいが、近畿広域連合が行なっている府県別の重点地域の支援で、京都府は福島県を支援しているのです。この一連の騒ぎを見ている福島から京都府に避難して来られた皆さんのことを想像すると、私はゾッとしてしまいますね。で、それは容易に、先にも触れた京都人への古くからある妙な違和感と簡単に結びつけられるところがあるのです(現にネット上では、その手の話題が、あることないこと氾濫していますね)。 この結果を見て、いったい誰が得をしたと言えるのでしょう?この場合「全員が被害者です」といった陸前高田の市長さんの発言は正しい。それに付け加えて「もう、いい加減にしてほしい」というコメントは、被災地の首長として、それを言う権利がある。そして京都市長の謝罪の訪問を断ったというのも、その権利がある。なぜならこれ以上この話を前景化させても何も意味がない(京都側には意味があるけれど)、ただただ不毛なだけで陸前高田からすれば不愉快な気分しか出てこないからです。 そもそも事の発端はすべて京都側(保存会)から出た話。善意から出た企画とはいえ、「事の始末は言い出したそちらで全部やってください。こちらはとてもその手のことに関わっている時間はありません(まったくそのとおり)」というのは当然です。 これは純然たる京都の問題なのです。― つづく ―
2011.08.14
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千年の都が、聞いて呆れる! 四年ほど前に五山の送り火の話をしたことがありますが、今回の被災地陸前高田の松を燃やすかどうかの、一連のすったもんだを見ていて、とても残念ではありますが、京都市民に対して苦言を呈さなければなりません。 苦言の要点は、まず、はなはだ子供じみた、ヒステリックなクレームに対して「大人の態度で対処する人が、どこにもいない」ということ。初動の対処に失敗したおかげで、ますますクレーム側を増長させる結果になったということ。今だにそこをキチンと指摘する大人が、どこにもいないということ、の三点です。 今回の一件で、京都の町衆は自分たちで運営する都人の誇りを失ったという点で、醜態をさらしたと言っていい。一意的には「大文字保存会」の皆さんの判断力ということになりますが、その後のはなはだ煮え切らない態度を見るにつけ、京都市民全体の姿勢が問われるような事態になっていると思うのです。対処を間違うと、もともと「一見さん、お断り」に代表されるような、京都に対してもともと持たれている妙な先入観を、「ああ、ヤッパリな」と、さらに浸潤させることにもなりかねない。 そもそも、この最初の「放射能汚染されているかもしれないから、燃やすのは困る」というクレームが発生した時点で、それを「笑止の沙汰」「無知蒙昧な話」と、さっさと閑却してしまうような大人の判断を、なぜ「保存会」の皆さんは持てなかったのか、私は理解に苦しむ。陸前高田が福島からどれだけ離れているか、さらに仮に放射能汚染があったとして、薪300本がどれほどの汚染を引き起こすのか、少し考えればすぐ分かることなのに、そうせずに検査に回した。 私はこの時点でクレーマーの術中に乗せられてしまったと思うのです。クレーマーというのはヤクザと一緒で、一見まともそうに見えるイチャモンからはじめて、目的は出来るだけ話を大々的にしてしまうところにあるのです。 ヤクザの場合、大ごとにすればするほど、あとのリターンは大きい。最初のクレームだけのリターンでは、もともと割に合わないのです。出来るだけ紛糾させて、そのかんの手間賃(迷惑料)を膨らませることで、そのビジネス(?)は成り立っている。要は紛糾させるのが第一義で、イチャモンそのものの真偽や大小は実はどうでもいいのです。 それが証拠に、その後の検査結果を見て「サンプル検査では信用できない」「汚染肉牛だって、どこにいるのか分からないではないか」に始まって、はては「汚染物質が琵琶湖に入ったら、京都の水道は飲めなくなる」に到っては、まさしく幼児的誇大妄想になっている(それを言うなら、毎春大陸から飛んで来る黄砂に含まれたわけの分からない汚染物質のほうが、よほど怖い)わけで、この途中段階においても騒ぎを閑却することは出来たはずです。 このあたり、無知蒙昧な誇大妄想(私は今回のは、意図的に面白がって作り出された誇大妄想だと思っています)に取り付かれて無理無体を言ってくるバカは、どこの世界にも必ずいるので、要はそうした話がどの段階で封じ込められるかというのが、そこの社会基盤の強度に繋がっているのだと思うのです。 これは京都の話ではありませんが、以前「学校がうるさい!」と、職員室に怒鳴り込んだ近隣住民がいたとか、「公園で子供が遊ぶと、うるさいから止めて!」とか、(私に言わせれば)耳を疑うようなクレームが現実にあって、なおかつそれを学校や行政がまともに聞いてしまうという、ちょっと信じられないような話がありましたね。「地域エゴ」どころか、まさしく「自己チュー」以外の何物でもない話に、何で乗ってしまうのか(学校の周囲や公園が子供の声で賑やかなのはあたりまえ。それが気に入らないのなら、自分がそこから出て行けばよい。でなければ地域社会生活は成立しません)。学校や行政にこうしたバカからクレームが入った場合、周辺住民のほうからそれを封殺する声が出てこないかぎり、クレーマーの振るまいを止めることは出来ません。公の機関は(それが表の機関である結果)どうしても慇懃に対処せざるを得ないからです。 要は、どこにでもいるこのようなバカへの対処法が、今どきの世の中には存在しなくなっている、ということを示しているので、それが「京都の町衆においても、そうだったのか」というところが、残念でならないのです。私は別に京都府内に住んでいるからといって、京都の住人に対して特に味方する気も、さりとてくさす気もないのですが、全般的に言って「保存会」をはじめとする京都町衆という、昔からあったはずの社会基盤が脆弱化している、あるいはそうした町衆という在りかた自体がすでに形骸化し、「五山の送り火」本来に込められた趣意が忘れ去られ、今やたんなる観光事業行事の一環としてしか、彼らには捉えられていなかったのではないかという懸念が出て来てしまうのです。 結局、市の判断を引き入れるという、他者依存的な気分のままで、幕引きを図ろうとしているかのようですが、これでは外から見ていてはなはだ釈然としない。むしろ京都町衆に対しての偏見は、ますます強まる惧れさえあります。口で「申し訳ありません」と頭を下げて見せても、内実「いらん話になったな」という態度が丸見えでは、そんなものはやらないほうがよろしい。理事長さんにはご苦労さんですが、今起こっている事態を、自分たちで「すべて引き受けます」という姿勢を、もっとハッキリ示してほしいのです。 それがどうもイマいちスッキリしないのは、たぶん「保存会」の中自体に、上のような幼児めいた「誇大妄想」を抱いている人たちがいるらしいということで、それは理事長の「全員一致ということには到りませんでしたので、燃やすのをやめました」というコメントに現れています。要は子供の言ってきたイチャモンに、大人がまともな対処をしていない、つまり「見識」のなさを露呈していると言っていい。そもそもこの企画は、大分かどこかの人からの提案で、「保存会」から陸前高田のほうに持ちかけた話。 どこのヒステリックな環境主義者か知りませんが、このようなバカなクレームが出て来た瞬間に、毅然と突っぱねる「大人の判断」をしてほしかったですね。「仮に汚染されていようが、供養の薪300本、私たちは引き受けます」というような。もしこの企画の趣意を、真に「保存会」の人たちが理解していたとするならば、それでこそ、この「送り火」の趣意は貫徹されたと言うべきでしょう。
2011.08.12
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と、こう見ていると、ドイツやスウェーデンのような、大きな体躯の選手たちの動きというのは、どうしても「なでしこ」より鈍重に見えてしまう。圧倒的な体躯の差で粉砕しそうに見えて、じつは「なでしこ」のスピードについていけてない、という状況を呈したのでした。一発勝負の国際トーナメントで、実力どおりのパフォーマンスを発揮するというのは、まことに難しい。アメリカはこのスウェーデンに、予選では負けているのです。 対アメリカ戦を見ていてすごいと思うのは、延長戦に入っても有機的に連動したプレーが維持されていることです。しかしここで肝心なことは、それは「なでしこ」だけじゃない、対するアメリカチームもまた舌を巻くタフネスぶりを発揮している、ということなので、これは決勝戦という大舞台だけが生み出す「相互作用」の結果だ、と言うことが出来るでしょう 紗幕のようにうっすらとではあるけれど、紛れもなくそうした「拡張された身体性」のようなものを、「なでしこ」全体がまとっていることを検知したとき、アメリカチームもまた鏡に映されたように、新たな境位に立って戦うことをしはじめたように見える。というわけで、以後30分間の試合内容は、通常の延長試合では有り得ないクォリティーの高さを見せているような気がするのです。 ワンバックさんがアメリカでのインタビューで、「今回のワールドカップで、勝つこと以上のことを知りました」と言った中には、この紗幕のように立ち上がった「なでしこ」の、しなやかで不思議な「拡張された身体性」のようなものを、彼女もまた「共有」したと思ったところにあったでのではいか?「私はあなたがたと戦ったことを、誇りに思う」と試合直後、彼女が澤さんに語ったというのは、たんなる祝福儀礼を越えたところで、アスリート同士だけにしか絶対分からない、サッカーという「動的平衡」が支配するスポーツでは、めったとお目にかかれない「面白味」を、自分たちが「共有」したと感じたからでしょう。彼女もまた今やアメリカ女子サッカーの後身を育てるべき世代なのです。 それにしても「勝ち戦」というのを話すときというのは(「日本海海戦」が、そうであるように)、我ながらいくらでも調子の好い「物語」が沸いて来ますね。今回取り上げた選手のほか、すべての「なでしこ」にかんして存在感と「物語」を以って、語ることが出来る。しかしまあ、あまりこまごま話すのも、何となく大人気ないので、これぐらいにしておきましょう。 さて、今回の「なでしこ」たちが、澤穂希という巨大な才能と一緒にプレー出来たのは「あの時だった。大変な歴史に参加していたのだった」と思うのは、ずうっと後になってからの話になるのでしょうが、これは例えば、私は「釜本と同じピッチにいたのだった」とか「長島と同じグラウンドにいたんだ」というのと、同じレベルの伝説となって語り継がれていくのでしょう。男女通じてアジアのサッカーチームとして、初めて金メダルを獲得したという栄誉は、例えば荒川静香さんがフィギュアスケートにおいて、アジア人で始めて金メダルを取ったというのと同じく、二度とない(そして歴史から消しようのない厳然とした)金字塔として残るのです。 初物を生み出していく「力」とか「運」とかいったものは、二番煎じで金を取るのとはまったく異なる次元のパワーが必要なのだと思う。言うなれば「創造者」の力、あるいは一種の「憑依」ないし「変身」が必要なので、荒川さんがトリノの決勝のリンクに立った時、「氷上の天使が、舞い降りた」ように、「なでしこ」たちもまた、個々の力を超えた「拡張した身体性」を大会の途中から、そして決勝の試合途中から引き寄せたのでしょう。 こうした奇跡というか「憑依」というのはその性質上、二度と起こり得ない種類のものです。私は「なでしこ」たちが、そうしためったに見ることの出来ない「一回性の奇跡」を見せてくれたので、こうして長々と話して来たのでした。どういう場面でどういうふうにして、そうしたことが起こるのか?これはたぶんその当事者たちでさえ、あとになってみればなぜ出来たのか、根本のところではうまく説明出来ない。 ひょっとすると、そもそもこうした事柄は、言葉で再現しようとすること自体が、不可能なものなのかもしれません。それでもすべてをまるっきりの不可能性で、「語る」ことを止めてしまってはもったいない。不可能かもしれないけれども、少しでも近づこうと「語る」ことは大事なのだと思う。だからこそ、そうした機会を作ってくれた「なでしこ」の皆さんには、畏敬を以って感謝するのです。 おめでとう!なでしこジャパン! そして感謝!感謝!― 「久しぶりのジャパンブルー!」 おわり ―
2011.08.10
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その後90分後半終了までの数分間は、明らかに「なでしこ」が心理的に押していて、一種の「すごみ」を感じさせましたね。確かにここの局面では、90分の時間内で決着出来る機会があったかもしれません。 しかし結局同点延長になり、再びの失点とその後の同点ゴール、さらにはペナルティーキック合戦の経緯は、皆さんもよく知り、またさんざん繰り返し流されている映像なので、詳しくは触れませんが、この間に少なくとも三つの奇跡的なプレーを、私たちは見止めることが出来るでしょう。 例の宮間さんと澤さんの阿吽の「居合抜き同点ゴール」、その直後にあったモーガンに対する岩清水さんの「捨て身のファウル」、そして海堀さんの「神業的ブロック」です。「居合抜き」のことはもう話しましたが、岩清水さんのファウルはその瞬間その場所でなければならなかった。彼女はそれを充分理解して意図的にファウルしたらしい。相手が先制ゴールを放ったモーガンであること(さらに言うと、ワンバックの2点目も彼女がアシストしている)、この試合でおそらくいちばん乗りに乗っている選手を、そこで止めないとペナルティーエリアに入って、ブロックが困難になることを瞬時に判断して、その場で倒したらしい。となるとこのファウルには大きな「意味」があったわけで、まさしく「栄光のレッドカード」と言うべきでしょう。 同じようなことが、ペナルティーキック合戦においても起こったのごとくで、最初の神業的ブロックでアメリカ勢が堅くなった。海堀さんの脚が偶然当たったのではなくて、彼女がキックのラインを読んでいたということが、次のキッカーを力ませたのではないか?サイドは危ないというわけで、上を狙ったところが枠を外した。その結果次のキッカーはまた慎重にサイドを狙ったのですが、今度こそ海堀さんは完全にラインを読んでいましたね。 報道ではペナルティー合戦の前から、「なでしこ」が監督はじめ笑っていて、完全にアメリカを気持的に圧倒していたかのような説明をするところがあるようですが、私はそうではないと思う。勝負は海堀さんの最初のブロックで決まったのです。 こうしたプレーは一試合どころか、一シーズンに一回見られるかどうかという種類の出来事であって、それが数十分の間に立て続けに起こったというのは、やはり再三申し上げているように、めったとお目にかかることの出来ない「拡張された身体性」のようなものが、決勝戦の後半に現れたとしか言いようがない。で、それを現出させたのは、紛れもなくイングランド、ドイツ、スウェーデン戦を経た、今回の「なでしこ」自身だけであって、そのほかでは有り得ない事態だったということなのです。 このたびの「なでしこ」の戦いを、プレイバックで全試合やっているので見てみた(やっぱり、好きですね)のですが、同じ延長試合でありながらドイツ戦とアメリカ戦では、選手の動きがまるきり違うように見える。ドイツ戦は敢闘しているとはいえ文字どおりの消耗戦で、とくに延長後の30分間は「勝ちたい、勝ちたい」の一心で、互いにノーガードで立ったまま打ち合っているボクシングのような、壮烈な印象がします。逆に言うと、有機的な動きというのはお互いに少なくて、人数はたくさんいるけれども、かなり疲れきってしまって、散発的な印象がしないでもない。というか、サッカーの延長戦というのは、けっこうこうした展開が多いじゃないですか。 だからこそ、丸山さんの決勝ゴールは、もちろん彼女のタフネスが生み出したものですが、ほとんど「天佑」といっていい事態だったのだと思う。「なでしこ」が大バケして、有り得ない奇跡を続けざまに起こすような、別の次元に入って行ったのはこの時以後だろう、とは前にも言いましたが、やはりワールドカップのような舞台で、いまだ勝ったことのない相手を倒すというのは、ある種「運」を引き寄せる瞬間が必要なのかな、とも思ってしまいます。彼女たちが、まったく新しい地平を切り開いて歩み出したのは、この惨烈なドイツ戦の勝利からだと思う。 それじゃあ、まるで日本の勝利は「天佑神助」のおかげか、ということになってしまいますが、もちろんそんなことはありません。国際試合ではどうしても自チームのしんどさと、格上相手の不利な状況で何とか頑張った、つまり「気力で何とか勝ち取った」、という捉えかたをしてしまいがちですが、じつはしんどいのは相手チームも同様というか、むしろ明らかに格下と思っていた相手から、ちっともゴールを奪えない展開というのは、こちらが思う以上にプレッシャーになってのしかかっていたのではないかと思う。 ドイツチームは明らかに苛立っていたし、その苛立ちが全体的にかのチームのクォリティーを押し下げていったように見えるのです。この試合ドイツチームは明らかにベストパフォーマンスとは言えなかった。で、それを引き出したのは「なでしこ」の粘りだったでしょう。ゲームとか戦いの展開というのは、常に相手との時々の「相互作用」の結果、生み出されてくるものです。 という意味では、次のスウェーデン戦は「なでしこ」にとっては、今大会のベストゲームだったとはいえ、相手は中二日(日本チームは中三日)ということで、いささかバテていた感じがしますね。こちらのパス回しが面白いように決まるということは、逆に相手の動きが鈍いということを示しているのです。― つづく ―
2011.08.08
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アスリートに結果が常に求められるのは当然のこととはいえ、澤さんの「結果!」というのは、日本女子サッカー界全体の行く末を、おそらく見据えた思いを込めた言葉だったでしょう。こうしたかたちのマインドというのを、果たして日本の男子サッカー選手は持ち得たかどうか?かつてのスター選手も、目下の人気選手もそうした考えかたなど、夢にも思ったことがないのではないか?彼らはJリーグ機構の中で、自分の技を研く事に専念出来るようになっているのです。 これは何も、どちらが善いとか、上とかいった話ではなくて、同じサッカーでも日本の女子サッカーは、男子とはまったく別の歴史的文脈を背負って、ずうっとピッチに立ち続けて来たということを言っているのです。 で、この「結果!」を残さなければ、日本の女子サッカーは明日にも無くなるかもしれないという、はなはだ現実的な切迫感こそ、澤さんはじめ「なでしこ」すべてが共有する思いではなかったか?年齢的に最後のワールドカップになるかもしれない澤さんが、「他者を生かす」のは自身が背負って来た日本女子サッカーの歴史を、後身に「受け渡す」という思いも込めた仕事でもあったわけです。そのあたり、今回の「なでしこ」の選手たちは、ヒシヒシと感じ取っていたのに違いない。 クサすようで申し訳ないのですが、中田やイチローにこのような「受け渡す」というマインドがある(あった)とは思えない。純然として「我が身の技」の中だけで旋回している(いた)ように見える(それこそ「職人技」だと言われれば、それまでですが)。 今回の一連の「なでしこ」の戦いかたで、試合ごとに強くなっていったとはよく言われることですが、もう少し厳密に言うと「試合中に、どんどん強くなっていった。別の境位に入って行った」というところがあったような気がする。「他者を生かす」ことによって、かえって今までの自分よりも「自身を演じ切る」ことが出来るようになった。さきほど長々述べたような思いを込めたボールを、「他者に受け渡す」ことによって、逆に「拡張された自身の身体」から、同じような思いを込めた生きたボールが返ってくる、という瞬間が次々と現れたような気がするのです。何だかスピリチュアルな話になりかかっていますが。 そのあたり、相手のアメリカ選手の話を聞くとよく分かる。例のNHKスペシャルで、ワンバック選手が「サッカーは、心理戦です」と言っていたのが、とても印象的でした。はじめにアメリカチームのことを、まるで「オス化した女子みたい」というふうに揶揄してしまいましたが(すいません!)、この人はたんに卓越したフォワードであるだけでなく、頭が良くてエレガンスさえ感じさせる素敵な女性ですね。彼女もまた傑出したアスリートで、対陣する「なでしこ」を見ながら、彼女たちの不思議な「平静さ」を嗅ぎ取る鋭敏な嗅覚を持っていたのです。 彼女の言うごとく、セオリーどおりならアメリカは、二度「確かに勝ったはず」なのです。しかし「なでしこ」は相手に得点されてから、「むしろ落ち着いているようにさえ見えた」。後半終了十数分前に得点されたなら、普通「何とか取り返さねば」と、大いに前がかりになって、やみくもに攻め立てて来るということはよくあるでしょう。彼女はむしろそこからじっくりと落ち着いて攻めてくる「なでしこ」に脅威を感じたのではないか?「なでしこ」が見せたのは鋼鉄のような硬い攻めではなく(それなら彼女たちは充分予期したでしょう)、むしろ紗幕のようにしなやかに連動したプレーだったのでした。 で、そこで「なでしこ」が垣間見せた「平静さ」と「連動性」こそ、先ほどから言っている「拡張された身体性」が立ち現れた瞬間だったのではないか?澤さんが後に「一対一では、絶対アメリカには勝てない。チームで戦わないと」といったのは、要は個々的にはとても敵わない相手であっても、高度に連動したチームであれば「何とか戦える」という意味であったでしょう。 しかしここに言う「高度に連動したチーム」とは、技術的に高度な訓練を経たということでなく(もちろんそれは不可欠ですが)、個々に自律しながらも、うっすらと一つの「大きな身体性」を感じつつ動いている、というような境位ではなかったか?宮間さんを走らせていったのは、そうした「拡張した身体」のなせる業だったと思うのです。― つづく ―
2011.08.05
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個々に自律したプレイヤーたちのスピリットが、澤さんの思い描くサッカーと限りなく高いレベルで同期していたのではないか?ということなのです。簡単に言えば、澤さん自身が動かなくても、澤さんのような動きを自律的にしてみせる選手が、他にも出て来たということであって、その筆頭こそ宮間さんだったでしょう。彼女たちは澤さんの「顔を伺う」というようなことはしなかった(その必要もなかった)。高度に自律的に動き、なおかつそれがチーム全体の「意志」と同期していたのです。 またぞろ日本海海戦の話になりますが、東郷大将率いる第一艦隊が、東郷自身の読み間違いでバルチック艦隊を見失った時、その後ろに従っていた第二艦隊の上村中将は、旗艦のミスに気付いてただちに独断変進したのです。当時の海戦においては艦隊としての団体行動とともに、個々の艦隊に高度な自律性と判断力が必要であったわけで、この独断専行は決して命令違反ではない。形は命令に反していることになるけれども、高度なレベルで東郷のマインドと同期していたというべきです。 結果、バルチック艦隊からみれば、日本艦隊にはことごとく「小東郷」が乗っている、という景況を呈した(自分たちの進路を、いつも日本艦隊に扼された)のでした。澤さんは宮間さんを見て、あるいはそのようにも自身の「拡張された身体」というものを感じたのではないか? 澤穂希という人、日本の女子サッカーが「なでしこ」の通称で呼ばれるはるか以前から、常に中心選手として活躍して来た人ですが、ほんとにサッカーをするために生まれて来たような人ですね。それはたんに人並みはずれた身体能力とか技術力といったレベルではなくて、一種動物的な勘と言うか、勝負どころを嗅ぎ分ける「嗅覚」のようなものまで含めたものを指します。体力的技術的なレベルで引けを取らない選手は、他にもあるいはいるのかもしれませんが、動き続け変化して止まない試合の局面局面で、ほとんどいつも「肝心な所」に彼女は必ずいる。 こうした「嗅覚」というのは訓練して身につくといった筋のものではなくて、ほとんど天性に近いものでしょう。これと似た雰囲気を濃厚に漂わせていたのは、これまた古い話になりますが、私の知る範囲では長島選手や釜本選手だけです。歴史に名を残す「名将」というのは、天才にしか与えられない、とおっしゃったのは、確か司馬さんでしたが、彼女の場合もかなりそれに近い部分があると私は思っています。 それは逆に言うと、自身の並外れた才能ゆえに、かえって孤独を感じる局面もかなり多かったのではないか?私はかつての中田英寿や現在までのイチローを見ていて、彼らがあまりにも隔絶した才能であるために、我から疎外されざるを得ない天才というものを頭に描いています。彼らが希求するサッカーや野球のレベルとは、たぶん常人にははるかに高過ぎて誰も共有出来ない、といった世界ではなかったか? さて、澤さん個人のフィジカルな能力は客観的に言って、おそらく20歳代の時のほうが、はるかに高かったでしょう。しかし想像するに、このたびの大会ほど、彼女自身に本来備わっている並外れた天才性が、自在に現れた大会もなかったのではないか?とするなら、それはいったいどこから引き出されたものなのでしょう。私はここに日本女子サッカーの歩んで来た歴史が、不思議なくらい作用しているような気がするのです。それは間違いなくイチローや中田にはなかった歴史なのでした。 まあそのあたりの話は、新聞テレビ他でさんざん報道されて、よく知られたことなので繰り返しませんが、ようは彼女が能力的にいちばん恵まれていた時代というのは、逆に日本女子サッカー危急存亡の時代でもあったわけで(今でも、そうです)、澤さんは「このまま本当に、好きなサッカーを続けられるのか」という問題に常に突き当たらざるを得なかったでしょう。こういう命題は、同じような天才であっても中田やイチローには生じないというか、少なくとも第一番目の問題ではなかったはずです。彼らが自己の練磨に専念出来たのとは、自ずと異なった状況がずうっと彼女には取り付いていたのです。 そのあたり、傑出した一アスリートでありながら、女子サッカー界全体を意識せざるを得ない、などという状況は、ちょっと他では有り得ないでしょう。今三十二歳の彼女が、かなり前から後継あるいは後身を意識していたと想像することは、そんなに無理な話ではないと思うのです。 さて、試合をやりながら後継あるいは後身を意識するとは、どういうことなのでしょう。それはあるいは「他者を信じる」ということであったかもしれない。かつての自身の卓越した身体性だけを発揮する時代は終わり、「他者を使う」あるいは「他者を頼む」姿勢に何時ごろから変わっていったのか?サッカーというのは連動性の団体スポーツですから、そのあたりハッキリと何時などということは誰にも分からないのですが、例えば天才的なスルーパスをしたとして、それを受けてシュートに持ち込むのはフォワードの仕事とばかり、後の結果は知らず顔のミッドフィールダーというのは、高いプライドを持ったプロには意外と多いのではないか。 そのあたり、澤さんが大会前に書いた色紙の「結果!」という言葉は意味深長ですね。― つづく ―
2011.08.04
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今回決勝戦のビデオを何度か見ていて(ヒマですね!)、気づいたことというのは、圧倒的に押しまくられたように見える前半でも、「なでしこ」はまるきり防戦一方であったわけではなかったということでした。確かに決定的チャンスはアメリカに数多くあったとはいえ、「なでしこ」も常に攻める姿勢を失わなかった。それはあれだけ攻められながらも、ボール保持率ではほぼ対等だったという事実から分かります。 ただし同じ保持率でもスウェーデン戦と何が違ったか?といえば、それは敵陣内でボール回しが出来ているか、自陣内で回しているだけかというところであったでしょう。アメリカ勢はそれだけ「なでしこ」にアジャストして来たわけで、何度も言いますが、決して馬力だけで押しまくるチームではない(ラピノーというひじょうに印象的な選手がいましたね。まるで「なでしこ」のお株を奪う走りとテクニックを見せていました)。アメリカの早い潰しに寸断されて、どうしても攻撃が散発的に見える。それでも機会を完全に失っているという「構え」ではなかった。 困難な状況にあって、なおかつ常に自分たちのパフォーマンスを演じられる機会を伺う「姿勢」というのは、ワールドカップ本戦においてのみ培われたマインドでしょう。それが後半先制を許したあとの、「なでしこ」の振るまいかたに現れていたと思う。宮間選手の同点ゴールは、結果的に「あれはこぼれ玉を拾っただけ」とか、「偶然が日本側に作用しただけ」みたいな評が一部マスコミにあるようですが、大事なカギはリードされた後半終了間際になっても走り続けた「なでしこ」のスピリットなので、NHKのスペシャルでやってましたが、彼女はあの場面で50メートル以上疾走して「現場」に立ち会ったのです。 「偶然」を「必然」に転化するのは彼女たちのスピリットなのであって、たんに前にボールが転がって来たという話ではない。リードされているシチュエーションで最後の十数分を、有機的なかたちで走り切るというのは、サッカーという得点チャンスの少ないスポーツでは、なかなか難しい(野球とかアメフトは「一発逆転!」というギャンブル性を、多分に持っていますが)。足を止めるということはないにしても、支離滅裂な走りをしている(ように見える)といったことは、このスポーツではよくあるじゃないですか。 それにしても宮間選手、同点ゴールをしたあとたいそうに喜ぶわけでもなく、忙しそうにボールをセンターに戻そうとしていましたね。彼女は明らかに「勝ちに行くぞ!」というメッセージを、他の選手に発していたのです。この野武士のような不敵な面構えが、私は何とも好きで、いっぺんにファンになってしまいました。 彼女を自陣から敵陣ゴールエリアまで、駆りたて走らせていったのは何なのか?もちろん彼女に「最後まであきらめない気持ちが、人一倍あったから」という答えで充分なのかもしれませんが(そして本人も、そう答えるでしょうが)、私はもう少し穿った見かたをしてみたい衝動に駆られます。 一言でいうと「なでしこ」というチームの「意志」が、彼女個人の意志を超えたところで、敵陣まで走らせていったのではないか?ということなのです。こういう時「チーム一丸」とか「結束力」とか、よく言われますが、頭で理屈として「分かっている」ということと、身体としてそれが「沁みついている」ということとは違う。とくにサッカーのように試合進行を止めることが出来ないスポーツでは、チームが身体として完全に同期していないと、「団結力」といった言葉は絵空事になってしまうのではないか?そして今回の決勝は団体戦のスポーツにおいて、めったにお目にかかることの出来ない、言わば「拡張された身体性」のようなものを、見せてくれたような気がするのです。 私がこれから言おうとしていることは、あるいは荒唐無稽の謗りを、ひょっとすると本人たちからも受けるかもしれないのですが、あえて触れてみたいのです。今回の大会にかんするかぎり、この「拡張された身体性」の根源は、明らかに澤さんのスピリットであったでしょう。はじめに断っておかないといけないのですが、これは何も他の「なでしこ」たちが、完全に澤さんの思い描く手足になって動いていた、ということを言っているのではありません。 サッカーというスポーツでは、原理的にそういうことは不可能だと思うのです。例えばアメフトだとクォーターバックを中心に、選手個々の役割がきわめて厳密に決められていて、プレイごとに詳細な作戦を決めるし、野球もまた選手個々の役割がハッキリしているでしょう。サッカーはそれに比べて、確かに大まかなポジションや役割は決まっているけれども、では選手個々はそのあらかじめ決められた役割を果たせば、それで充分かといえば、もちろんそんなことはない。前の二つに比べて、やるべき事柄ははるかにアバウトなのであって、そのぶん個々の選手の高い判断力に依拠するところが大きいスポーツなのではないか?― つづく ―
2011.08.03
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今回の女子ワールドカップ・ドイツ大会で、真に奇跡があったとすれば、それはたぶん対ドイツ戦の丸山さんのシュートだけだったかもしれないという話です。他の試合も辛勝の連続で、勝敗がどっちに転んでもおかしくない、というシチュエーションであったにもかかわらず、スウェーデン戦、アメリカ戦は偶然の勝利ではなく、ある意味、一種の必然性をともなって引き起こされた「奇跡の連鎖」の結果だと思うのです。 これは例の小惑星探査衛星「はやぶさ」チームリーダー川口さんの語る、「運は自ら開くもの」という言葉がそのまま当てはまる。いったん行方不明になった探査機を、宇宙の彼方から見つけ出すのは至難の業ですが、通信の回復を粘り強く続けていたところが、約一ヶ月ほどして脆弱ながら電波をキャッチしたという話。いろいろ読んでいると、川口リーダーは通信途絶時の探査機の状態から、電力と通信を満たせる姿勢条件は向こう一年間と見ておられたようで、要は回復の可能性のあるかぎり「あきらめない」という心積もりだったようです。一ヵ月ほどして通信が回復したというのは、むしろ「思ったより早かった」。川口さんはもっともっと長い期間を、通信途絶直後から覚悟されていたようですね。 その後の出来事は、本や映像で繰り返し流されているとおり、苦難の連続であったにもかかわらず、必然的な「奇跡の連鎖」に導かれていったように見える。 いやな事例ですが、逆に「悪夢の連鎖」というのもまた、実際に起こり得るということを「東日本大震災」を経た日本は知ってしまいました。今どきの日本というのは、良い意味でも悪い意味でも、こうした偶然や事故の連鎖の起こり難い国柄、つまり「負けしろ」が多いぶん、ドラマティックなカタストロフもまためったに生じない国だと思っていたのですが、「フクシマ」の事故の連鎖を見るかぎり、どうもそうした時代は過ぎ去りつつあるという感じがしますね。 ネガティヴな連鎖が生じると、まるでそれを補完するように、今までの戦後日本のマインドではあり得ないような、ポジティヴな事象も連鎖して生じて来るのでしょうか? 「はやぶさ」と同じ事柄がドイツ戦後の「なでしこ」にも起こったのごとくで、格上の相手にあって、いかに自分たちのパフォーマンスを出すか。ドイツ戦の奇跡が、不思議なほど後の戦いかたの「構え」に連なっているのです。それは「あきらめなければ、必ず勝てる」といった、いわば「不合理な精神力の思い込み」ではなくて、「あきらめなければ、自分たちのスタイルを出し切れる場面は必ず出現する」といった感覚だったでしょう。 スウェーデン戦での戦いぶりは、まさしくドイツ戦を経た「なでしこ」でなくては、戦えなかった戦いかたで、要は先に先制されてもヘンに「慌てなかった」。自分たちのスタイルに持ち込む場面を、じっくりと伺っているような不思議な「平静さ」を感じます。スウェーデンといえば予選から無敗で勝ち上がって来て、ひょっとすると今大会一番波に乗っていたチームだったかもしれません。開始10分で先制して、あるいは「これは、いける」と、これまた勝手に試合を先読みしたのではないか?このあたり、自信と過信の見きわめの境界線は、まことに微妙で、かつ難しいのですが。 終わってみれば、ボール保持率も日本チームが圧倒していて、常に「なでしこ」のペースで試合が進んでいたことがわかる。この試合は高さと体格において圧倒的に勝る相手に対して、早いパス回しの「日本式サッカー」が正面から立ち向かって勝ったという意味で、今大会「なでしこ」のベストゲームと言って好いでしょう。 先制されても「自分たちのペース」に持ち込む、必ず持ち込めるという自信は、あきらかに修羅場のドイツ戦の体感から来たものではなかったか? 同じようなシチュエーションが、決勝の対アメリカ戦においても生じたわけで、ドイツ戦のタフな零点延長試合と、スウェーデン戦の先に先制を許す展開を経た「なでしこ」にとって、さらに苛烈な戦いであったにもかかわらず、この決勝戦はまるきり未体験という試合進行ではなかった。上の二つの試合を「知っている『なでしこ』」は、それ以前とは違うチームになっていたと言うべきです。さんざん攻められ続けた前半終了時に、宮間選手が結果的に失点していなかったことを以って、「悪くないんじゃない」と他の選手に言ったというのは、ドイツ戦の感覚から出たものであり、後半23分ごろにモーガンに先制された時も、それは対スウェーデン戦のパターンではありました。 かぎりなく困難な状況であるにしても、まるきり意気消沈するシチュエーションではなかった。たんに澤さんが叱咤激励したから立ち直ったとかいったレベルではなくて、チーム全体として「この状況は知っている」と思ったところが大事なのだと思う。― つづく ―
2011.08.01
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