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今年は庭先の無花果を鱈腹食べた。その医療効果を「食の医学館」をひも解き合い楽しみながらーー。店頭に並び始めるといち早く買い、庭先の木の完熟するのを待った。強風を松の枝に助けられた無花果の葉がたった一枚残っているーー。*青い果実は来年の夏果となれるか、厳寒で萎んでしまうか二者択一。願わくは何とか寒を乗り越え、5月の食膳を飾ることをーー。無花果に寄せる些細な期待。我が家の明日への希望の灯でもある。そう思うと残された青い果は宛らLEDの電球のように見えてきた。
2013.11.29
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昨日、自宅の側の電線にムクドリの小群がやってきた。3メートル先に鵯が闖入者の動向を監視するかのような恰好でいた。でも、椋鳥は鵯にお構いなくつがいでじゃれあっていた。鵯が寛大なのか椋鳥の勢力で対抗できないのか知る由もない。*右ての椋鳥の嘴は愛情を相手に精一杯に伝えようとしている様だ。写真がボケてくっきりしないが相手も快く受け入れている感じ。椋鳥は煩いと嫌われ、人間を敵対視し無表情が通り相場だが--。この様な睦まじい表情を観るとなんとなく楽しさが湧いてくる。
2013.11.28
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偕楽園吐玉泉の西崖下のエゴの大木は野鳥の溜り場所になっている。今は実が爆ぜて種が露出し四十雀、山雀を呼んでいる。一旦地中に埋めてから食するから貯蔵型種子というらしい。これから春にかけての探鳥、次いで、探梅のスタート地点だ。 エゴノキの幹を観ると楓が寄生木になって強かに生育している。最近宿ったものではなく、更に周りの楓よりも濃く紅葉している。品種改良された園芸用の楓か、あるいは宿木生育上の特性かなぁ。それにしてもこの儘エゴと楓の腐れ縁が続くのか興味津々だ。
2013.11.28
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子供の頃、鳥籠の目白を縊られた経験が多く、其の度に涙した。そのため百舌は野の殺戮者、残忍な野鳥という強烈な印象がある。昨日は、2キロほどの間隔で2回遭遇した。そして、キッキッキチキチと吠えたてられた。*何れの木立も狭い桜川の対岸。この木立の間隔が縄張りなのかなぁ。縄張りに立ち入ったのを咎めているかのようだったがーーー。鳴く姿を確認し撮影準備をするまで待っている義理堅さに感心した。同じ場所へ行けばまた会えそうな気がし散策の楽しみが一つ増えた。
2013.11.27
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10メートルの高さの堤防、葦などの雑草が晩秋に刈り払いされた。その花の絶えた野に3センチほどの紅紫の花が咲いていた。夏から秋にかけて雑草の繁茂の陰で細々と生きていたのであろう。そしてか細い陽光を求め冬将軍の目を掠めて今を生き抜いている。*野の花として今まで見たこともない花だ。多分、花壇で栽培された花がなにかの拍子に逸れてきたのであろう。転々と3輪ほど咲いていたから前から此処で細々と生きていたのか。花の生育状況を観るためウオーキングコースを一部変更しよう。
2013.11.25
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桜川の東の堤防の向うに何があるのかと行ってみた。其処には湧水が堰で止められ、桜川へ流れる溜め池になっていた。その柵に蒼鷺が何かを思索するかの様に微動だにせず留まっていた。近寄っても邪魔するなと拒み、傍若無人とはこのことだ。 陽が陰ってきたので帰路につき小半時歩くと例の蒼鷺が飛んできた。俺の進行方向の橋の句欄干の一部へ悠然と留まった。この橋の下には時々佇む姿が見られ、日頃の塒になっているらしい。が、通行人が多く騒がしいと塒変更を思い立ってか直ぐに飛立った。
2013.11.25
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白鷺の内、嘴、脚、指の色で冬時期の「小鷺」を見分けるらしい。これが典型的な「コサギ」と断定できそうだ。浅瀬をしゃにむに歩行しているが魚と戯れているだけ。小鮒釣りし彼の川と口ずさんでいるかの様で啄む姿はなかった。*約40年前、列島改造の指標の下に土地造成作業が進行した。湿地帯まで乱開発されそこに棲息していた白鷺草が人気を博した。小鷺にそっくりでその美に耽溺し液状化など夢想だにしなかった。この当時に天災が身近なものとなり既に小鷺はそれを予知していた。
2013.11.23
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躍動の若葉、豪華な花、ドライフラワー、紅葉、寒を耐える苦悶。さまざまな姿に変化し、その都度何かを訴える柏葉紫陽花。今は、大きな葉を黒紫、紅色に染め悠然と冬に立ち向かっている。枯れた花は花弁(ガク)を散らさずに咲いたままを堅持している。*自然にできるドライフラワーを観たくて花柄は摘まないで残した。花の終わる時期に剪除しないと明年の咲きが悪いと言われてもーー。兎に角、植生の全生活を現出させ生きた証を曝け出してほしい。そこに今まで気づかなかった美があり生きる意義の再発見がある。
2013.11.22
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山茱萸が赤い実を葉の間から覗かせていたが数が少なくなってきた。樹の根元に落ちた実もなにが片づけるのか綺麗になくなっている。強精薬の効果があるらしいからそれを知った野鳥の仕業に違いない。願わくば落葉し赤い実が夕日に輝く迄、啄むを待ってくれることを。*ネットでは山茱萸の焼酎漬けの効果を紹介している。今日は、真っ赤に熟れた果実を摘んで果実酒を作ってみたい。西洋医薬が浸透した今でも何らかの効果を期待している自分がいる。それ程長生きしたいのかと弄られると作る過程が楽しいと言い返す。
2013.11.21
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明日は小雪。本格的な冬に入る。でも、野原の生き物は悠長だ。吾亦紅が冷たい風に揺れている。トンボは芯から赤くなって片時も陽光を惜しんで離さない。 庭には紫陽花、2種類が強かに咲き続けている。柏葉紫陽花の葉は赤みを帯び、山茱萸の実は色づいている。ことほど左様に庭先の見慣れた事象にも変化が夥しい事を悟った。でも庭先の変化に構っていると有酸素運動が激減する難点がある。
2013.11.21
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昨日も冬日和。野鳥達も翅を伸ばしていると思うと気が気でない。やっと仕事を片付けて2時半過ぎ、家を出たが冬日は釣瓶落とし。小啄木鳥を撮ろうと思っていたが既に森の中。辺りはカラスばかり。曼珠沙華が花を捨て残っていた花茎も捨てて若葉が萌えていた。*この若葉は春先まで繁茂し春の若草が繁茂する頃に消えてなくなる。夏の太陽を奪い合うより冬のか細い陽光で満足した遠慮深い姿勢か。その代り、夏草が地上を席捲した頃、大きな花を突如突出させる。劇的な植生で、どんな環境から生まれたのかそのルーツが知りたい。
2013.11.20
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昨日、コゲラが来る崖下へ行き、会えるかドキドキしていた。四十雀が梅の枝に集っていたので混群していると思い撮り続けた。すると、目白の群れの次にコゲラの群れがやってきた。コゲラは俊敏に動くので見られた画像は出来ず次回に繰り越した。*四十雀は飛び回らずに梅の枝に落ち着いて留まっていた。目白やコゲラを連れているから泰然自若の態度を顕示したと見た。ボスの貫録を示すためには冷静沈着が不可欠と思ったのだろう。目白も四十雀も沢水で沐浴して冬将軍の来訪に備えていた。
2013.11.18
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立冬のど真ん中、電柱に寄り添うように高砂百合が咲いていた。普通の高砂百合は今盛んと朔果を裂開し種を風に運ばせているのに。その上、初氷を迎えているのに花も蕾もしゃきっとしている。秋花より一層冷徹な様相で、温暖化現象を危惧しているかのようだ。*此処で咲き始めて4年程になり地下の養分を吸収し尽くした頃だ。新天地への移転の焦りと残留の葛藤に悩んでいるのかもしれない。でーー、朔果の中に残っている種を発芽できそうな場所へ散らした。しかし高砂百合は人の手を嫌悪するから発芽を拒否するに違いない。
2013.11.17
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昨日、偕楽園の南崖下を散策した。姫女苑の最後の花に釣られた蜂たちが集っていた。人間には貧乏草と疎まれても、昆虫たちには人気があるのであろう。背は低く花も萎えていて、秋に取り残された哀しさが漂っていた。 蜂も蛾も強かに越冬し、姫女苑も土に根を張って冬を耐える。此処の20メートルの高さの崖は格好の陽だまり。春夏秋冬、此処を散策すると花鳥蝶蛾との何らかの出会いがある。彼らは強かに、そして直向きに生き逢うものに勇気を与えている。
2013.11.17
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ひたきが庭のつげの実を啄んでいた。この写真からあらためてーー。鶲は昆虫ばかりでなく確かに木の実も常食とするのだと実感した。今迄、冬の寒い最中は昆虫はおらずさぞや辛かろうと感じていた。木の実なら春先まであちこちに生っているから暮らしも楽だろう。黄楊と言っても犬黄楊。平素は花も実も無関心だった。が、渡る鶲がやってきてつくづくと年号とおり平成を実感する。この老木が各種野鳥に実を与え、人の生き行く姿も刻々見てきた。そして今後も生き代わりしていく動物たちを観察していくだろう。
2013.11.15
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久しぶりで百舌に出会った。偕楽園の南崖を縄張りとする百舌だ。眉斑や過眼線が明瞭だから雄。獲物を物色している最中かも。体は動かさず中心軸を固定したまま首を回転して観察している。今、体の真後ろに嘴がある。パノラマ撮影の原型かなぁ。*雀の様に常時体を移動しては天敵に居場所を確認さてしまう。また移動せずパン観察できれば体力消耗せず瞬発力を温存できる。俺も頸部筋肉の鍛錬をしているが視界はたった50パーセント。踵を基軸に回転して向きを変えることでパン観察を工夫している。
2013.11.15
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昨日のウォーキングは桜川の支流、沢渡川の沿線にした。田圃を埋め立てた公園増設箇所に白樺の大木が高く聳えていた。白樺は寿命が20年程度であるから、もう老境に達しているはずだ。それを取り巻くように浜菊が一面に、今、盛りを迎えていた。*白樺の白い幹に白色の浜菊。白樺と言えば白樺派の作品を思い出し、同人誌を介し多くの文士達が其々の気炎を吐いた図に見立てた。武士像、軍人に反発し西欧のリベラルな思想に惚れ込んでいた。日本の文化の礎を形成したが、所詮、大正は遠くなりにけりである。
2013.11.13
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最近は、翡翠を追うよりもアオサギに出会うのが楽しみになった。昨日も、一本足で日向ぼこするの姿に出くわした。瀬音を聞きながら独り静かに思索する青鷺の姿に惚れ込んだ。その姿に祖父、実父其々の面影の投影と感じ始めた。*肉親が夭逝するとその使いきれなかった寿命を子に授けるという。ある宗教家のこの一言を思い出し、感謝の気持ちを抱く齢になった。俺ももう、既に自分の与えられた寿命は使い果たすころかなぁ。これからは彼らの残した寿命を頂き使いだしたと考えると楽しい。
2013.11.13
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立冬から5日間は「水始氷」という(中国)。 文字通り、水が凍り始める時期。温暖化でも風邪ひきが多い昨今―。庭先で初夏から見詰められた西洋朝顔も縮みながらも咲いている。 葉も弦も枯れあがっても、花の色は冴えてこれぞ美の極致と見た。 * ある病院の飾り棚に、枯れた紫陽花を飾り終焉の美を強調していた。 卑近なれども俺も小柄になり長身の若者と並ぶと貧弱極まりない。 しかし、これからが燃え、冴える時期と心して取り組んでいる。 縦しや老惚れと侮られても花は見放さず日々勇気づけてくれるぜ。
2013.11.12
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今年は紅葉、落葉現象が遅い傾向にある。木守柿の果実は完熟しているのに、紅葉せずに執拗に付いている。すっかり落葉してから熟柿が冬陽に照り輝くのが見どころだ。そのためか、鵯も遠慮して柿を啄もうとしないのかなぁ。*今年は、熟柿が葉っぱより先に落ちてしまうかもしれない。本末転倒とはこのことではないかなぁ。約50問前、ある作業現場の作業員が毎日のように熟柿を失敬した。太い枝も折られ痛々しかったが、思えば、鵯の方が礼儀正しい。
2013.11.10
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朝から雨模様の天気で外へ出るのが億劫だ。 爪蓮華の花が盛りとなりカメラを携えて庭の木々の相手をした。 爪蓮華は鳥海石の上に芽生えたもので年々増殖し頼もしい。 水は天からの貰い水だけで岩の上で生育し時期が来れば開花する。 * 岩の上の厳しい環境では他の植物は生育不可能である。 その間隙を縫って爪蓮華は自分の領分として鳥海石を抱え込んだ。 ニッチ産業で活路を見出した経営者がいたが、将にニッチ植物だ。 でも、大手資本が何時参入してくるか安閑としてはいられない。
2013.11.10
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通路を清掃しているとカタカタという音。鶲が送電線に移った。朝日を浴びたヒタキは実に幸せそうな顔つきをしていた。長い苦しい旅などはすっかり吹っ飛んでしまっている。この朝日は旅先の太陽とおんなじだと独白しているような姿だ。*でも、ここの太陽は優しくてーー、温かい。子育てで多忙を極め太陽の恵みを忘れていたがやはり同じ太陽だ。同じ太陽の下では、領土、しま、縄張りなどの仕切りは無に等しい。地球は一つだ。
2013.11.09
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今、河川では生命の神秘をめぐるドラマが展開されている。遡上した鮭が雌雄入り乱れての乱闘――。実は、産卵風景。その結果、果てた鮭が川底で静かに眠りについた姿。それを、青鷺が一部始終を冷徹に観察し、突如、川面を飛び立った姿。 *古代エジプトでも中国でも蘇生、復活を象徴するのは青鷺であった。特に朝焼けりのナイルの水面から飛立つ鷺は太陽の象徴であった。そしてーー、500年の命を保つ奇跡の鳥フェニックスを想像した。現代でも青鷺の佇む姿、勇壮に飛立つ姿に哲学する鳥のイメージがある。
2013.11.08
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悠然と遊んでいた川鵜を撮っていると突然、川面から飛び上がった。 水飛沫が高く立ちのぼり、飛沫に追われる川鵜の図になった。 翼開長150センチの黒い鳥が、突然眼前に現れると脅威を覚える。 魚たちは驚いて物陰に隠れ、隠れる小魚を翡翠が狙っている。 *川鵜は絶滅を危惧されたが復活し漁業関係者は悲鳴を上げている。 此処は公園の一角、禁漁区域のため魚類も増えて水質の悪化を招く。その仕事師として川鵜かやってきて清掃活動を請負うのであろう。その排出物は森の肥料となり、自然の物質循環の役割を担うという。
2013.11.08
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2013.11.07
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夕日に映える庭先の柿を雀の一群が啄みに来た。 啄む順番が定められていて獲物にわれ先に飛び掛ろうとはしない。 真ん中の雀は眼をギンギラに輝かせていた。監視約かもしれない。 百舌が飛来してくるので安全管理の徹底を図っているのであろう。 * 昨日の公園の芝生に母親6人が木陰で円座になって歓談していた。 突然「だめ!」と怒鳴声。子供が堤防を降り姿を確認できないためか。 いかに怒鳴っても流れに巻き込まれては救助不可能の距離――。 人と雀と安全管理の質の違いを見せつけられる思いがあった。
2013.11.07
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桜川が支線で交差し流れが緩慢に変わる所で遡上する鮭を観察した。 正に死の行進。現に、1キロ先の地点では盛んに産卵、格闘していた。 それを観察していると連れ合いを亡くしたという人も観察に来た。 淋しくてと連発していたが慰める言葉も探せず他の話題に転換した。 暫く姿が見えないと思っていた青鷺が水際に1本脚で立っていた。 青鷺は決して孤独感を噛みしめてはいないし悄然の形容も当らない。孤独感に悩む人に見られているから悄然と見られがちなだけーー。 孤独感の主体でなくただの客体。主客逆転すれば悩みは解消する。
2013.11.06
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昨日昼前、雲の切れ間から陽が差してきたのでウォーキングに出た。もみじ谷の中ごろで雌の尉鶲に出くわした。長旅--ご苦労さん。此処は水や獲物は豊富。百舌等の外敵はおらず、快適住環境だ。円らな瞳が此処の主となり、日々の散策の楽しみが更に増えた感じ。200メートルほど進むと何時ものポイントに翡翠がいた。堤防の上に身動きせず鎮座し険しい風貌を露わにしている図はー、大自然の厳しさを一身に背負っている風情。翡翠の称賛の真髄はー、直向きな威厳の奥に慈悲と美を滲ませた仁王尊そのものと見た。
2013.11.05
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何時ものウオーキングーコースの薮の中で、カタカタと音がした。しかし、尉鶲は出てこなかった。暫くすると百舌のけたたましい響きが聞こえ大木の頂上に留った。将に天下を睥睨する姿勢であったが、この程度しか撮れなかった。*もみじ谷で四季咲きの木瓜が咲いていたのでカメラを向けた。団子四兄弟というが四つの花が初々しい。特に、花の少ない時期は貴重な花。蕾もあり実に頼もしい。紅葉が始まっても平地の紅葉はまだまだ本番ではなく時期尚早だ。
2013.11.03
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≪鳥の影方向に去る台風かな≫27号台風がもたらした長雨による増水に羽ばたいていた鳥。濁流の川岸で川面を睨み、咄嗟に素早く獲物を啄む。翼を支える筋肉がどこにあるのか分からない程の骨だらけの胴。黒鳥は見慣れていて巨大鳥に関心はないが、気になった鳥である。 増水が解消されると名前も不明のまま姿が見えなくなった。大袈裟に言えば、鳥の進化の過程を髣髴させた鳥ーー。 台風を呼んだ鳥か、それとも台風被害を防御するために来た鳥か。 お蔭で27号台風は、洋上に向きを変え直接的被害はなかった。
2013.11.03
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アオジが帰ってきた。 この夏の酷暑を湧水の山裾で快適に暮らしていたのであろう。 人間も滅多に通らないから、その怖さを伝聞だけで信じていた。 本当にそうなのかと篠竹で身を隠して自分の目で観察していた。
2013.11.02
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先月初めにプランターに植えたビオラが本来の色を競い始めた。そこへ大和シジミチョウ(小灰蝶)がやって来て花を愛でている。ビオラは初夏まで咲き続けるが、大和小灰蝶は今日明日の命だ。早く変身して蛹になれと、冬将軍も気が気でなく急かしている。*もう、大方の蝶は冬籠りの準備が完了したようだ。でも、大和小灰蝶は、年に七回も八回も世代を繰り返す。だから「急いては事を仕損じる。」と冷静沈着。見習いたいものだ。短い秋、忙し過ぎる年の瀬に悠長な大和小灰蝶。余にも対照的だ。
2013.11.02
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城址の森の頂上に赤いハンカチの様なもの。あれは、朴の果実だ。森はほったらかされているから宛らジャングル同然だ。大木の周辺には周りから追われた爬虫類、禽獣が跋扈している。紅いハンカチ模様は森に棲む百鬼夜行の信号機の様なものかなぁ。 下の写真。爆ぜた実は径1センチ以上。啄む鳥がいるのだろうか。運を天に任せて台風を待つのだろうがもう冬だ。台風は通らない。樹の根元に落としたのでは分厚い葉の上で発芽は覚束ない。更に樹冠下では強い多感作用で発芽も生育も拒否され実に哀れだ。
2013.11.01
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